「アンジュは永遠の命を得たフラエッテの生きる意味となるものであり、私なりの贖罪のつもりだった……」
「キュルル……」
AZさんがタワーから目を離し、話の続きを紡ぎ出した。
「フラエッテと再会し、アンジュを起動させる日を夢見た。しかしついにはその日は訪れなかった。フラダリもアンジュの存在を知ったが、起動に必要な鍵がなかったことで断念したのだ」
「あの時、フラダリさんはAZさんを捕らえて最終兵器の鍵を奪った。それでも鍵がなかったということは」
AZさんがその時に持っていなかったもの……いや、ポケモンといえば。
「鍵は……フラエッテ自身?」
「そうだ。フラエッテをメガシンカさせ、タワーを制御することで命を分け与えることができるようになる。ただし制御するトレーナーにも力が求められるものだ」
「だから最強のメガシンカ使いを探しているんですね」
「でもそれっておかしくないかしら? フラエッテがここにいるのに、アンジュからメガエネルギーが出ているってことじゃない」
「恐らく5年前の最終兵器に影響されたのだろう。防衛のためのタワー内の装置が稼働してしまったのだ。フラエッテ無しで起動したことで装置内のメガエネルギーが漏れ出し、暴走メガシンカや野生ポケモンの急増を引き起こしてしまった……」
「そんな……私が、起動したせいじゃない」
セレナさんの瞳が生気を失うように絶望で染められていく。そんな彼女にAZさんは俺より早く、かつ語気を強めて否定した。
「断じて違う。全ては私やフラダリの独りよがりな正義の末路だ」
「AZさん……。それはだって、仕方ないじゃない」
戦争に駆り出されて命を失ったフラエッテを愛していたがゆえの行動だから。彼女はそう言おうとしているのだろう。それは間違いのない事実だ。それでも俺は彼女の発言を遮った。
「いえ、それは否定すべきではないことです。残念ですが今回の一件、AZさんに責任があるのは明確です」
「カイト! なんてことを言うの!」
「セレナさん。落ち着いて考えてみてください。AZさんがどうして俺達に伝えてくれたのか。そして俺達があの時、告白を通して何を分かち合ったのか」
感情が爆発したような荒い呼吸をセレナさんは必死に堪えていく。怖かった……。ある意味俺はゲームを通して知っていて良かったのかもしれない。おかげで当事者より分かることもあった。
「……これまでの過去は変えられない。けど、これからの道を選ぶことはできる?」
「ええ。過去を認めたからこそ、AZさんは未来のことを考えている。そうですよね?」
「本当に不思議な少年だな。ああ、そうだ。私は——」
AZさんは申し訳なさを残しつつも頷こうとしていた。その時だった。
「ひのこローストお待ちっ!」
割って入るように店員がコーヒーを勢いよく置いた。もはや叩きつけたと言ってもいいだろう。謝る素振りもなく短く鼻を鳴らし、ヒスイゾロアークみたいな髪を揺らして帰っていった。なんだったんだ。
「気にしなくていい。たまにしか来ないが、ここのコーヒーは美味だ。ガイが気にいるのも分かる」
「は、はあ。確かに美味しいですね」
一度小休止を入れ、俺達はコーヒーをすすった。インスタントじゃないコーヒーを初めて飲んだけど、風味が全然違うな。酸味が強く、それでいてスッキリした味わいだ。
「…………」
セレナさんは猫舌なようで少々飲むのに苦労していた。やっぱり命中安定の「かえんほうしゃ」なんだよな。
「お話は分かりましたが、それでも分からないことがあります」
「なんでも聞いてほしい」
「最強のメガシンカ使いが必要なのに、セレナさんの申し出を断った理由です」
「なるほどな。確かにセレナはミアレに限らず、カロスにおいて最強のメガシンカ使いだろう」
「褒めすぎよ二人とも。最強って称号は常に狙われているものなんだから。渡すつもりはさらさらないけどね」
セレナさんはカップから顔を上げると、堂々とした振る舞いでチャンピオンらしい矜持を見せたが、表情がまあねと言わんばかりのドヤ顔で可愛らしさが先に来ていた。
「ふふ……。だが、君が表立って関わればミアレの人々は安心するだろう。同じ街に暮らしているというだけでは、人とポケモンの距離は縮まらない。ミアレの未来は今の彼らが作り上げていくものだ」
「ええと……」
話のスケールが大きくなりすぎていまいち要領が掴めなかったが、セレナさんが補足してくれた。
「探すために開催しているZAロワイヤルね。私達は夜ハクダンに帰っているから参加してないけど、お互い厳しい環境で切磋琢磨していると聞くわ」
「飢えている者には魚そのものではなく、釣り方を教えよとある。事態の解決には最強のメガシンカ使いが必要だ。同時に一人一人が強くなることもまた大事なのだ」
「伝わりました。野生ポケモンが街に増えたことは今更変えられませんもんね」
強さを与えるのではなく、人がポケモンを知る機会を与えること。それこそがポケモンとの共生のために必要だと言っているんだな。それに時間があるのであれば、皆が強くなるのは協力して街を守ることにも繋がるだろう。
「そしてもう一つ。秩序を司るポケモン、ジガルデが動いているのだ。Fなる人物と共にな。しかしジガルデ・セルはまだ集まっていない。こちらが動くべき時ではないと伝えるかのように」
「F? 随分意味深な名前ね」
「マチエールが探っているようだ。詳しくは彼女から聞くといい」
ジガルデって殿堂入り後に洞窟の奥になんかいたイメージしかないな。申し訳ないけど。それとマチエールの名がAZさんの口から出るとは思わなかった。二台目所長として頑張っているようで、それだけでもホッコリしてしまう。
「君達も候補者に選ばれてもおかしくないが、心当たりはないようだな」
その時俺とセレナさんは目を合わせた。俺達を導くポケモンの正体ってもしかして! そう思いAZさんに打ち明けた。二人とも金色の輪を通ってカロス地方を訪れたことを。俺の事情を打ち明けられない関係で、セレナさんがAZさんに申し出を断られてなお、リングに導かれたことを話した。すると目を瞑って聞いていたAZさんは悩ましげに切り出した。
「残念だがジガルデではないな。それはフーパの仕業だろう」
「フーパ……!?」
「知っているのか」
驚きのあまり立ち上がってしまった。アルセウスほどではないにしろ何でもありのポケモンじゃないか……! 座り直して一度深呼吸を挟み、心臓の鼓動を可能な限り落ち着かせてから話を続けた。
「……聞いたことはあります。ただ詳しくは知りません。過去に利用しようとした組織がアジトごと砂漠にワープさせられたことくらいです」
「アジトごと!? とんでもないポケモンじゃない」
「そのようなこともあったな。フーパは二つの空間をリングによって繋げられるのだ」
ゲーム以外の情報も仕入れておけば良かったな。ただいたずらポケモンと呼ばれるフーパなら合点がいく部分もある。何か大義があってのことじゃなく、気まぐれなのか?
「『いましめのツボ』に封印されていたが、100年ほど前にその組織によって解放されてな……。以来活動を続けているようだ」
「ジガルデが関わっているのは秩序が乱れているからってことよね。フーパも何か関わりがあるのかしら」
「少なくとも封印される前のフーパは財を好み、住処に古今東西の財宝を集めた。時にはそれを人にも与え、彼らはフーパを称えた。やがてフーパは自身の力に自惚れ、人々の欲望を助長させていった」
「だから封印された……?」
「そうだ。解放後の動向は分からない。果たして『戒め』の意味を理解したのかどうか。しかし君達の前にジガルデが姿を現さないのは、フーパの影響を受けているからかもしれないな」
秩序を司るジガルデに対し、さながらフーパは欲望を司る……いや、司るって表現は少し違うか。自分や他人の欲望を人一倍感じ取る存在なんだろう。俺を呼んだ理由は未だ読めない。しかしセレナさんを呼んだ理由なら少し分かる気がした。彼女は過去の選択を罪として背負っていた。そして呼ばれたからこそ、しがらみを清算するために動き始めた。もしかしたらフーパも、同じ気持ちなんじゃないだろうか。
「そうだとすると私達はFさんとは会えないのね。AZさんは……知らないのよね」
「彼は私の前に姿を現そうとしない。憶測で君達を混乱させたくないのだ」
「分かったわ。マチエールに聞いてみる」
セレナさんはFに興味があるようだった。俺も心当たりがまるでないわけではなかった。ただ単純に思い当たるだけで根拠も何もない。下手な想像はやめておこう。
「こんなところか。他に聞きたいことはあるか?」
「俺は十分です。セレナさんは?」
「見落としがないか整理しておきましょうか。諸々の原因はプリズムタワー内のアンジュの影響と判明したから解決。これからの対処法は暴走メガシンカに苦しむポケモンを解放しつつ、来るべき時まで研鑽しておくこと」
「ただセレナさんが表立って動くと安心を生む恐れがあるため、ZAロワイヤルには参加せず、エムゼット団とだけ協力するのが良さそうですか」
「彼らには口外しないように私から伝えておく」
「お願いするわ。よし、聞きたいことは聞けたわね!」
「ですね」
俺達のもう一つの目的、帰る方法についても一歩前進か。空間を繋ぐフーパ相手じゃ会う方法が見当もつかないけど、ひとまず知れただけ良かった。
「未来ある若者に過去の負債を背負わせてしまい、本当に申し訳ない……」
「AZさん。確かにその気持ちは抱かなくてはいけないものかもしれない。でもね。私はあの時ガラルに留まらないで、あなたの胸の内を聞けて良かったと思っているわ」
「それは……なぜだろうか」
「分からない? 前に『過去に囚われず、今を生きて欲しい』と言ってくれたけど、今と過去は切っても切り離せないものだからよ」
「セレナ……。その通り、だな」
違う方向に伸びていたXとYが交わったことで、セレナさんはAZさんの痛みを知ることができた。痛みを分かち合える道を選べたことが、嬉しかったんだな。
「また、ね。事態が解決したらもう一度話しましょう」
「……ああ。約束しよう」
吹っ切れたように今日一番の穏やかな笑みを見せ、AZさんは去っていった。彼とセレナさんが喜びを分かち合う日のためにも、俺も頑張ろう。
「さて、これからどうしましょうか。パンジーさんと合流するか、それともマチエールさんに話を聞きに行くのか」
俺達は席を立ち、ヌーヴォカフェを背にして歩き出した。
「いえ、先にここへ行きましょう」
するとスマホロトムに表示されていた場所は思いもよらぬ場所だった。
「『フラダリカフェ』!? ……どうしてですか?」
「気付かなかった? 彼女も中々のミスディレクションの使い手ね」
するとセレナさんは顔だけ後ろに向けて先程の店員に目をやった。釣られるように振り向くと、彼女とカフェのマスターはまるで刃物でも突きつけているような鋭い眼差しをこちらに向けていた。
「時間指定までして、ここで待つってメッセージをもらっちゃった。一人でって書いてあったけど、カイトはどうする?」
迷うことはない。答えは決まっていた。
「行きます。俺はセレナさんのパートナーですから」
「ふふっ、そうよね」
フレア団の研究施設が隠されたフラダリカフェへの招待状だ。さらに過去に向き合う必要があるのだろう。立ち止まるなんて選択はなかった。俺達は再び前を向き、歩み続けた。
次回以降も日曜日の同じ時間帯に投稿していきます。