うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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ブシン祭編
第12話 ローズ


時計台に佇む一人の青年…。

 

「おい、おい、おい…あいつ死ぬわ…」

 

その青年が、ニヤつきながらそう呟く。

 

「いや、あいつは強いぞー」

 

「あいつは一体何者なんだ?」

 

「…人種も国籍も関係ない。主催者も、参加者も、観客も、求めるものはただ一つ…」

 

青年は、大きく息を吸う。

 

「絶対的な強さ!最強を求める一体感に満ちたこの祭りの中で…僕がやるべきこと…」

 

「それはッ!!」

 

握りこぶしを作り、声高らかに宣言する。

 

「実力を隠して大会に出場し、最初は観客に、『おいおいおい、死ぬわあいつ(笑)』と思われていたのに、だんだん、『あいつ強いぞ?』ってなり、そして最後は、『あいつは一体何者なんだ!』ってなる、陰の実力者がやりたいことリスト、上位にランクインする…あれだ!!」

 

青年は両手を高らかに掲げ、満足そうな表情を浮かべる。

 

「乗るしかない!!このビックウェーブに!!!」

 

青年の言葉は、雲が浮かぶ晴天へと溶け込んでいく。

 

「(…何言ってんだ…こいつ…)」

 

…その青年の隣、距離にして3mほど離れた位置にいる男は、形容しがたいような表情をもって、可哀そうな人を見る目を向けていた。

 

 

 

 

シャドウガーデン、七陰の1人であるガンマは、とてつもない緊張感の下、ミツゴシ本社において最も崇高な場所…玉座の間(もどき)への扉を開く。

 

開かれた先は、陽光に照らされた部屋と、それを全身に受ける男が2人…。

 

その男2人を見て、ガンマは思わず惚けて思考を停止させる。

 

数秒で正常な思考を取り戻し、首をぶんぶんと振る。

 

「お待たせいたしました。シャドウ様、シスイ様」

 

シャドウガーデンの最高責任者たる2人の姿をいっぺんに捉え、ガンマは気持ちが高揚していた。

 

「今日はどのような…がッ…ご用件…で…」

 

しかし、その高揚と緊張感をもってしても、彼女の運動神経を補うには足りず、いつもの如く何もないところで盛大にこけ、顔面を強打する。

 

「…鼻血出てるよ」「…鼻血出てるぞ」

 

シドとイタチが、語尾は違えど、全く同じ意図の言葉を発する。

 

いつものルーティーンを終えたシドは、用意されている玉座へと腰かけ、仰々しく座って見せる。

 

イタチは特にその場から動くつもりはなかったのだが、『こっちへこい、イタチ』みたいな視線をシドから受け取り、渋々と言った様子でシドの隣に並び立つ。

 

その2人の様相に、ガンマとその供回りである構成員は、『あぁ…///』と感嘆の呻きを漏らす。

 

「一つ、頼みがある…」

 

シドは、シャドウとしての声を発し、クールに極めつける。

 

「もったいないお言葉…。なんなりとお申し付けください」

 

ガンマは片膝を突き、構成員達に鼻血の処理と衣服の汚れを落としてもらいながら答える。

 

「正体を隠して、ブシン祭に出場したい…」

 

「正体を…?それは…なぜでしょうか?」

 

…ビックウェーブとやらに乗るためだよ…と、イタチは心の中で呟く。

 

だが、シドがそんなことも言うはずはなく、視線をイタチへと移し、神妙な面持ちを見せる。

 

「…悪いが、聞かないでくれるか?」

 

そりゃ、理由が理由だもんな…聞かれては困ってしまう…と、イタチは思う。

 

だが、そんなこととはいざ知らず、ガンマは何かに気付いたように大きく目を見開く。

 

「…すまない、イタチにしか話せないことなんだ」

 

俺にも話してほしくなかった。そんな視線をシドに向ける。

 

「…そう、ですか。では、何も聞きません…。例のモノを…」

 

ガンマの一言で、構成員達がバタバタと動き始める。

 

沢山の服がかけられている陳列棒…。

 

様々な剣が立てかけられている武器置き場…。

 

シドの頭上に現れる謎の装置…。

 

それを動かす為であろう謎の二輪車…。

 

それらが出そろったタイミングで、ガンマが一つの容器を手に持ってシドに近づく。

 

「では主様、失礼します」

 

「これは?」

 

ガンマが持つ容器の中には、透明なプニプニした物が入っていた。

 

「主様の神の如き陰の叡智を参考に改良した、スライムです。魔力を通すと、本物の肌と遜色のない質感に変わります」

 

なるほど、つまりはガンマの圧倒的な頭脳と、イタチの横で座り込んでいるイータの圧倒的な開発力によって生み出されたスライムということだな…と、イタチは思う。

 

ガンマは、そのスライムを、シドの顔に塗りたくっていく。

 

「誰にでも使えるってのはいいね」

 

「イータに量産を任せているところですわ」

 

「…イタチさん…ちょっと、いい?」

 

「ああ、すまん」

 

イータの発言の意図を、『ちょっとどいて』と解釈したイタチは、一歩横にずれる。

 

イタチがずれたところに謎のホースを通し、シドの頭上にある機械へと繋げる。

 

「どのようなお顔にしましょう?」

 

ニューが、アルバムのようなものを広げ、シドへ見せる。

 

「なんか、弱そうな感じで」

 

「…それなら、こいつはどうだ?」

 

イタチは、横目で台車で運ばれて退出するイータを眺めながら、一人の男の写真を指差し、提案する。

 

「さすがはシスイ様!シャドウ様の要望にピッタリの男かと思います!」

 

ニューが、ぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべながら、その男の説明をする。

 

名前は、ジミナ・セーネン…。一言でいえば、弱そうで地味な青年であった。

 

「骨格が似てますし、再現性は高いかと」

 

「おお、いいねー。顔だけじゃなく、肩書も申し分ない。このジミナくんでいこう!」

 

「かしこまりました」

 

ニューが一礼と共に退がる。

 

「では、始めます…」

 

ガンマがそう宣言し、謎のバーをカチッと倒す。

 

すると、シドの頭上にあった謎の丸い機械が降下し、頭を包み隠す。

 

と同時に、謎の二輪車に乗ったナンバーズの1人であるカイが、ペダルをこぎ始める。

 

謎の煙突から謎の黒煙が上がり、謎の赤い光がシドを包む。

 

チンッという謎の音がすると、シドの顔はジミナの顔へと変貌を遂げていた。

 

おお…と少し感心したイタチであったが、ん?とある事に気が付いて目を細める。

 

「いかがでしょう?」

 

ガンマが、手鏡をもってシドに見えるように顔を映す。

 

「うん、なるほど…。すごく弱そうだ…」

 

シドは嬉しそうに呟き、立ち上がる。

 

「どうかな、イタチさん…」

 

「ああ、まさしくジミナ・セーネンだな…」

 

「だよねー。あ、どうせなら…」

 

シドがそう言いかけたところで、イタチは先ほどの気づきを口にする。

 

「シド…今更なんだが…」

 

「ん?」

 

イタチは、些少の申し訳なさを含みながら、呟いた。

 

「…お前なら、変化の術が使えるんじゃないのか?」

 

「あ…」「「え…?」」

 

シドの呆けた声と、ガンマとニューの疑問の声をもってして、玉座の間に静寂が訪れた…。

 

 

 

 

 

シドの変身を見届けた後…。

 

イタチは日が傾き、夕焼けが支配する王都を歩いていた。

 

「(最後まで気づかなかった俺も俺だが…ガンマとニューには申し訳ないことをしたな…)」

 

『それ、変化の術で代用できるのでは?』というイタチの発言は、ガンマとニューを深く傷つけ、しょんぼりとさせてしまったのだ。

 

「(…詫びに、何か買って帰るとするか…)」

 

そんな風に考えていたイタチは、背後に見知った魔力を有する女性を感知し、立ち止まり、振り返る。

 

「久しいな…ローズ…。マグロナルドで食事をした以来か?」

 

イタチは呟きながら、ローズ、アレクシア、カフカで食事をしたときのことを頭に浮かべる。

 

…その殆どがアレクシアとカフカ、ローズとカフカの言葉のせめぎ合いだったことを思い出す。

 

「お久しぶりです、イタチさん…。お会いできて、嬉しいです」

 

ローズは、少し顔を赤らめて、笑顔を向ける。

 

「…学園は夏休みじゃなかったか?」

 

イタチは、ローズが学生服を着ていることに、些少の違和感を覚える。

 

「この後、待ち合わせがありまして…イタチさんはなぜここに?」

 

「俺は…ただ散歩していただけだ」

 

「で、では…少しだけ、ご一緒させて頂いても?」

 

「ああ」

 

「ありがとうございます!」

 

イタチの返答に、ローズはまるで花が咲いたような笑顔を見せる。

 

…しかし、それは長くは続かなかった。

 

2人で並んで少し歩いたところで、ローズは悩むような表情を見せる。

 

「イタチさん…一つ、お話をお聞きいただいても?」

 

「どうした?」

 

「実は…これからお父様と会います…。そこで、婚約者のドエム・ケツハット殿を紹介される予定なんです」

 

ローズの発言に、イタチは特に表情を変えずに聞き及ぶ。

 

「ドエム・ケツハット…」

 

よくわからんが、なんかふざけたような名前だな…と、イタチは感じていた。

 

「はい…」

 

ローズの顔は、どこか物耽ったような様相を呈していた。

 

望まぬ婚姻か…とイタチは推察する。

 

イタチの予想が正しければ、彼女の恋心はドエムではない、別の男に向いているのだから…。

 

「……祝いの言葉は、言わないでおこう」

 

イタチの言葉に、ローズは少しだけ目を見開き、口角を上げる。

 

そして再び神妙な面持ちになる。

 

「私は、芸術の国の王女として、多くの期待を背負い、生きてきました…。ですが、それらの全ての期待を裏切り、剣の道に…」

 

ローズの告白に、イタチは居た堪れない感情を抱く。

 

「すまなかったな…」

 

それは、謝罪として言葉に出る。

 

それを聞いたローズは、酷く動揺した。

 

「謝らないでください!イタチさんの剣技は、とても素晴らしいものです!…私は、あなたの剣技に憧れて剣の道に進んだことを、後悔したことはありません!!」

 

ローズの激高に似た声色は、周囲にいる住民たちの視線を集める。

 

「…誰にも認められなくても、私はイタチさんの剣を…自分の理想を、捨てられなかった…」

 

理想を捨てられなかった…。

 

その言葉は、イタチの心に些少の動揺に似た何かを生む。

 

「そして、それは今も変わりません…」

 

ローズは、イタチの顔を横目で捉えながら、そう呟く。

 

「…もしかしたら、そのせいで、また多くの人を裏切るかもしれない…」

 

先ほどに続いて、またもイタチの心に刺さる言葉を、ローズは放つ。

 

「…でも、今度は子どものわがままではない…。イタチさん!」

 

ローズが、語尾を強めるようにしてイタチの名を呼び、歩みを止める。

 

それに倣い、少し遅れてイタチも歩みを止め、ローズへと身体を向ける。

 

夕焼けに反射しているせいか、ローズの顔は、いつも以上の赤みを帯びていた。

 

「…何があっても、私のことを信じてくれますか?」

 

ローズは、右手を左胸に添えながら、真剣な様相で見つめてくる。

 

一体何を想っているのか、何を父である国王に願い出るのか…。

 

イタチは大方の見当をつけていた。

 

それに応えられる自信も気持ちも、なにより資格もない自分であったが、今の彼女にはそんなことは関係ない。

 

今の彼女に必要なのは、心の支えだ。

 

…そして、左胸にあるであろう、少しずつ進行している悪魔憑き…。

 

その排除である。

 

「…もちろんだ。君を信じている」

 

イタチは、シスイとして彼女への接触を早期に行うことを心に決めながら、そう呟く。

 

ローズはその言葉を聞き、小さく笑う。

 

「…今日ここでイタチさんに会えてよかった…」

 

「ああ、俺もだ…ッ!」

 

イタチは、ローズへの返答を途中で中断する。

 

…ローズの唇が、イタチの唇と触れたからである…。

 

イタチは、大きく目を見開いて固まる。

 

ローズは、顔を真っ赤にし、ゆっくりと唇を離して瞼を開く。

 

「……お嫌でしたか?」

 

「…いや、そんなことは…ない…」

 

「よかった…」

 

ローズは妖艶な笑みを浮かべながら、指を自身の唇へと動かす。

 

「イタチさん…またいつか…必ず…」

 

「…ああ」

 

ローズは、お淑やかな一礼をイタチに向けると、ゆっくりとその場から去っていった…。

 

 

 

 

 

完全に夜が更けたころ、イタチはミツゴシの本社にある、自身の一室で苦悶の表情を浮かべていた。

 

怒りが混じったその様相に、ニューは思わず冷や汗を額に浮かべる。

 

「…この報告は、本当なのか?」

 

「は、はい…。間違いございません」

 

ニューは、言葉を詰まらせながら、イタチへと返答する。

 

「冗談じゃない…」

 

イタチは、2枚の報告書をそれぞれ両手に有しながら、低く唸る。

 

「…ローズの父…いや、オリアナ国王の容態は、それほど深刻なのか?」

 

「…はい…。意識を支配する薬物を投与され、すでに傀儡と化しています…」

 

「回復の見込みは?」

 

「…通常の薬物療法等では、もう手遅れかと…」

 

ニューの報告に、イタチは両目を伏せる。

 

だが、希望がないわけではなかった。

 

「薬物は、魔力による治療が可能…そうだな?」

 

「はい…。ですが、これほどまでに進行しているとなると、通常の魔力治療では…ッ!」

 

ニューは、イタチの質問に答えながら、その意図に気付く。

 

「ま、まさか、シスイ様自ら…?」

 

「…そのつもりだ」

 

イタチの発言に、ニューは思わず困惑する。

 

「オ、オリアナ国王が、そこまで重要な人物であると?」

 

「…いや、どちらかと言えば、ローズだな」

 

「…ローズ王女…」

 

ニューは、思わず怪訝な表情を浮かべる。

 

ローズ王女…。

 

恐れ多くも、シスイ様に恋心を抱き、更には七陰最高責任者であるアルファ様よりも前にお会いし、その身を助けられた存在…。

 

シスイ派の1人であり、シスイに直接力を与えられたニューからすると、彼女の存在は手放しで受け入れられる存在ではなかった。

 

その気持ちが感情として表に出てしまい、それをイタチに気付かれてしまう。

 

「…不服か?」

 

イタチの唸るような声に、ニューは背中に大量の冷や汗を有する。

 

「い、いえ!そのようなことは…」

 

ニューが怯え切っているのに気づき、イタチは不快感と怒りを即座に鎮める。

 

「…悪かったな」

 

「と、とんでもございません…!シスイ様のお考えに口を挟むような真似をした、私が悪いのです」

 

ニューは、思わず片膝を突いて頭を垂れる。

 

そんなニューの姿を見て、イタチは小さくため息を吐く。

 

「ニュー、立つんだ」

 

「し、しかし…」

 

「いいから…」

 

「は、はい…」

 

ニューは、イタチの言葉を聞き入れる形で、ゆっくりと立ち上がる。

 

それを見届け、再度報告書に目を通す。

 

オリアナ王国を覆う闇は、それだけではなかったのだ。

 

「国王は何とかなるとして…問題は王妃か…」

 

「はい…。王妃に関しては、完全にドエム・ケツハットの手の内でございます…。ローズ王女にとっては、辛い現実となります」

 

ローズは、自身の母に当たる王妃に対して、何の疑念も抱いていない。

 

それこそ、自身の婚約者であるドエム・ケツハットと男女の仲であるとは、夢にも思っていない。

 

イタチは、天を仰ぐようにして、視線を上げる。

 

報告書に嘘はない…。

 

ニューを含め、シャドウガーデンの情報網は信頼に値する。

 

故に、先ほどの情報に加え、ここに書かれていることは、悉くが事実であろう。

 

ローズの婚約者であるドエム・ケツハットが、ディアボロス教団の幹部であること…。

 

そのドエム・ケツハットがオリアナ国王を操り、ローズを我が物としようとしていること…。

 

ローズの母である王妃が、ドエムと繋がっており、夫である国王を裏切り、薬を盛っていたこと…。

 

ドエム・ケツハットの独断か、将又裏に更に手を引いている者がいるのか、なぜローズに固執するのか…、そこまでは未だ解明されていないが、この報告書の内容だけでも、既に無視できないものであった。

 

…ローズを陰ながら支えようと心に決めた、イタチにとっては…。

 

今後どう動くべきか…そう考えていた矢先に、イタチの執務室のドアがノックされる。

 

「入るわよ…」

 

「…アルファか…ああ、入れ」

 

イタチの許可を受け、アルファが一枚の紙をもって部屋に入ってくる。

 

アルファは、ニューの姿を確認する。

 

「丁度、オリアナ王国についての報告をしていたところかしら?」

 

「はい…。今しがた、報告をさせて頂いたところです」

 

「そう…なら、新しい情報よ…」

 

アルファは、手に持っている紙を、イタチの座る執務台へと置きながら、口を開く。

 

「ローズ王女が、婚約者のドエム・ケツハットを刺したわ…。現在逃亡中よ…」

 

「ッ!」

 

アルファの言葉を聞き、イタチは焦った様子でその紙を見る。

 

それは、ローズの似顔絵が描かれた、手配書であった。

 

「ちっ…考える余地はないということか…ッ!」

 

タイミングを計るように、イタチの脳内にある事象が流れ込んでくる。

 

「悪魔憑き…」

 

「「ッ!」」

 

イタチのその言葉に、アルファとニューが大きく目を見開く。

 

「どういうこと?」

 

突然呟いた、見過ごせない言葉に、アルファは疑問を投げかける。

 

「…聖地へ行く途中、ローズに悪魔憑きの兆候が見られていた…。表の顔で治すわけにはいかず…彼女の中に俺の魔力を埋め込み、進行が本格化してきたら治すつもりだったんだが…こうも重なるとはな…」

 

「ッ!シスイ様の魔力を、ローズ王女の身体に⁉」

 

ニューは、イタチが考えている場所とは違った部分に、驚きを表す。

 

「…この件は、俺が直接動く」

 

「そう…。あなたの決定に、異論はないわ」

 

イタチは、バッと立ち上がり、執務室を後にしようとする。

 

異論はない、とそう言ったアルファであったが、しかし彼の動きを制するような質問を投げる。

 

「でも、一つ聞かせて…。なぜあなたは、ローズ王女にそこまで固執するのかしら?」

 

「…何が言いたい?」

 

アルファもイタチも、どこか含みのある物言いで会話を始めたことで、ニューは思わず縮こまり、身体を震わせる。

 

「…あなたにとって、ローズ王女は特別なのかしら?」

 

「……そうだな、特別かもしれんな」

 

アルファは、大きく目を見開き、驚愕して見せる。

 

どうやら、思っていたものと違った回答だったのだろう。

 

アルファは足を震わせ、唇を震わせる。

 

「ど、どど、どういう…ことかしら…?」

 

イタチは、アルファのその様相を見て、勘違いを生んでいることに気付く。

 

本当のことを言うべきか、悩む。

 

その悩みは些少の沈黙を許す。

 

アルファからするとその沈黙は、ある意味イタチからの決別にも捉えられた。

 

「な、何で黙るの…?理由は?…どうして…」

 

身体を震わし、言葉を発する。

 

その眼には、些少の涙さえ浮かびかける。

 

だが、アルファが言い終える前に、イタチが決心したように口を開く。

 

「…このまま放っておけば、父は殺され、用済みとなればじきにに母も殺されるだろう…。例え裏切られているとしても、ローズにとっては母だ…。そしてドエムの…教団の横暴を許せば、オリアナは教団の手に落ちる…そうなれば、最終的にローズは居場所を…いや、国すらも失うことになる…」

 

「…だから助けると…?」

 

アルファは、些少の冷静さを取り戻したのか、震えを抑えるに至っていた。

 

「それもある…だが、一番の理由は…」

 

イタチは、ゆっくりとアルファへと向き直る。

 

その眼は、写輪眼へと変質しており、それをみたアルファとニューは思わず目を見開く。

 

「…このままいけば、ローズは俺と似た過去を歩むことになる…」

 

「え…?」「ッ!」

 

イタチの言葉に、ニューは疑問を抱く。

 

だが、アルファは疑問ではなく、驚きを有している。

 

「…そ、それって…どういう…」

 

アルファは、その真意を確かめようと呟くが、イタチはそれには答えない。

 

「…俺と同じ苦しみを、ローズにさせるわけにはいかない…。俺が動く理由はそれだ…」

 

「イ、イタチッ…!」

 

アルファの制止を無視し、イタチは足早に執務室を後にした…。

 

 

 

 

 

王都の地下に広がる大迷宮…。

 

かつて、アレクシア王女が誘拐された事件で、一部を地上ごとシドがアトミックした場所である。

 

その地下迷宮の一角で、金髪を有する少女が、息を荒げて座り込んでいる。

 

全身に返り血を浴び、加えてその胸元には、真っ赤な腫瘍のようなものができていた。

 

その腫瘍は、蜘蛛の巣のように身体を侵食しており、更にその一部は美しい顔にまで差し掛かっていた。

 

父との面会…。

 

それはローズにとって、驚愕の一言で終らせるには、あまりにも惨い出来事であった。

 

父は、何らかの薬物で、ドエム・ケツハットの傀儡と化していた…。

 

まだ命はあったが、すでにそれは取り返しのつかないレベルにまで達していることは、ローズの眼からも明らかであった。

 

…一言でいえば、謀反であった。

 

ドエム・ケツハットを筆頭とした、クーデター。

 

ローズはその場でドエムの命を狩り取ろうと動いたが、一歩及ばず、致命傷とはならなかった。

 

あの場に同伴していたオリアナ王国の騎士団も、ドエムの手によるものであり、ローズはその場から逃げる以外の選択肢がなかった。

 

父とドエムに、自身の想い人を伝える…。

 

そして交際の許可を得る…。

 

そのはずだったのに、結果は思わぬ事態へと発展してしまった。

 

逃げる途中に投げかけられた、ドエムの言葉…。

 

『ブシン祭が終わるまでに投降しなければ、お前の父にミドガル王国の来賓を殺させる…』

 

それは、国内の内乱問題を、他国にまで影響させることに他ならない…。

 

それだけは、絶対に避けなくてはならない…。

 

故に、ローズに残された選択肢は、ドエムの言うように、投降以外になかった…。

 

「…このまま逃げてどうなるの…祖国の騎士たちを傷つけながら…ひたすらに問題を大きくして…その先に何が…」

 

ローズは虚空を見つめるように、天を仰ぐ。

 

「もう…投降するしか…少なくとも、戦争は回避できる…お父様も…」

 

ローズは、思わず目に涙を浮かべる。

 

同時に、一人の敬愛する男の顔が頭によぎる。

 

「イタチさんも…私のこの状況は、もう知っているはず…」

 

ローズは、イタチと最後に会った時の会話を思い出す。

 

「…こんな状況でも、イタチさんは信じてくれて…」

 

ローズは、諦めかけていた心に、再び火を灯す。

 

「ドエム達を排除して…お父様を取り戻す…そしてイタチさんと添い遂げる…そんな都合のいい未来があるのなら…」

 

ローズの胸に、激痛が走る。

 

「うっ!!」

 

胸を押さえ…苦しむ。

 

痛みが治まりを見せ、自身の胸を見つめる。

 

そこには、血の塊のような腫瘍があった。

 

「所詮は悪魔憑き…最初から…全て…叶わぬ夢だった…」

 

再び天を見上げる。

 

溜まっていた涙が、頬を通じて、流れ落ちる。

 

その感触が、ローズの抑え込んでいた感情を溢れさせる。

 

「うっ…うぅ…」

 

止めどなく、涙が溢れる。

 

「…助けて…助けて……イタチさん…」

 

愛する男の顔を思い浮かべながら、助けを請う。

 

瞬間、見知らぬ声が、しかしはっきりとした声がローズの耳に入った。

 

「…お前のその想い、確かに受け取った…」

 

ローズは、バッと前を見据え、剣の柄に手を添える。

 

目の前にいたのは、漆黒を纏った、一人の男であった。

 

「シャ、シャドウ…⁉」

 

しかし、違和感があった。

 

聖地で見たシャドウとは、どこか魔力も、様相も違っていたからだ。

 

「俺はシスイ…シャドウガーデンのシスイだ…。父を、国を、民を、救う力が欲しいか…?」

 

シスイと名乗った漆黒を纏いし男は、非常に落ち着いた口調で、ローズへと語り掛けた…。

 

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