うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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今まで通り、一話当たりの文字数は、9000字程度で変更なしとさせて頂きます。


吸血鬼編
第15話 赤き月


 

時刻は夜…。

 

ミドガル王国の王都にあるミツゴシ本社。

 

その玉座の間にて、デルタを除き七陰全員が集まりを見せていた。

 

それだけでなく、複数のナンバーズや構成員の姿も見られる。

 

そんな彼女らを見下ろすようにして玉座に腰を下ろしている男…シャドウは、右にイタチを伴いながら、肩ひじを突いて項垂れている。

 

七陰の1人であるベータは、そんなシャドウとイタチへ向けて、報告を行う。

 

「先日のブシン祭の一件以来、ミドガル王国のディアボロス教団に、目立った動きはありません。中小の組織を含め、混乱で身動きが取れないようです」

 

それを聞いたガンマとイプシロンが、ベータの言葉に付け加えるようにして口を開く。

 

「全ては主様とシスイ様の計画通り…。オリアナ王国の国王、そして王女であるローズ・オリアナも、シャドウガーデンの手の中…」

 

「これで我らは、後ろ是を気にせず、安定してオリアナ王国での事変に戦力を集中できます」

 

…どうやら、シドがジミナとして、シャドウとしてブシン祭で暴れまわったおかげで、ミドガル王国を拠点とするディアボロス教団は身動きが取れない様子であった。

 

イタチと違い、これを狙ってやっていないのだから、驚きである。

 

そして、更に続けるようにしてゼータが声を上げる。

 

「ただ、気になる情報も…」

 

「…無法都市か…」

 

ゼータの声に、イタチが小さく呟き反応する。

 

あの地には、古くからある言い伝えが存在している。

 

それは、イタチも認知している情報であった。

 

「最近…無法都市への資金の流入が…加速してる…」

 

イタチの呟きに応えるように、イータが気怠そうに答える。

 

「金…」

 

何も考えていないバK…シャドウが、資金という言葉に反応を示す。

 

圧倒的な洞察力で思考を張り巡らせているように見えたのだろう。

 

アルファが、シャドウへと視線を移し、その動向を気にしている。

 

「あの区域は、どの国家にも属さず、世界中の悪と富と力が集約する巨大なスラム…。一度緊張状態が発生すれば、表社会の影響もはかり知れません」

 

「計画の遂行に全力を尽くしたい我らとしては遺憾ですが、増員を派遣し、一気に…」

 

ベータとガンマが、無法都市への対処を口にしようとした瞬間、シャドウとイタチの言葉がまさかのシンクロを見せる。

 

「「臭うな…」」

 

「「「「「「「ッ!!」」」」」」」

 

その言葉に、2人に最も近い七陰全員が大きく目を見開き、息を呑む。

 

彼女らは、それぞれ自身の身体の臭いをかぎ始める。

 

イータに至っては、自作の謎のスプレーを、真顔で己が身体に吹きかけていた。

 

恐らくは、消臭効果のあるスプレーなのだろう。

 

イタチは、シャドウとまさかのハモリを見せたことで、固まって見せる。

 

「無法都市…血の臭いだ…」

 

その固まりを逃すことなく、シャドウはそれっぽい言葉を口にする。

 

全員が全員、それぞれに言葉の意味をはき違えているのであった。

 

「嵐が来る…血の嵐だ…」

 

シャドウがそう言い終えたタイミングを狙うかのようにして、雲に隠れた月が姿を見せる。

 

だが、その月は本来の色とは違ったものであった。

 

真っ赤に染あがった、まるで鮮血を思わせる色だった。

 

イタチは、ガラス張りの天窓から見えるその月を見て、思わず絶句する。

 

先ほどの臭う発言が、自分たちの体臭でないことを悟った七陰達は冷静さを取り戻し、イタチと同じ場所へと視線を移す。

 

「月が…」

 

「…いつもより」

 

「…赤い」

 

「あれではまるで…伝説の…」

 

ベータとガンマ、イータとイプシロンが、困惑した様子で短く言い放つ。

 

「赤き月…」

 

玉座の間に、些少の動揺が走る。

 

シャドウのその言葉に、イタチは『こいつまじか…』と言った様子で見つめる。

 

七陰の後ろに控える、シャドウガーデンの幹部、ナンバーズが膝まづいたまま口を開く。

 

「1000年前の惨劇…」

 

「だとしたら無法都市は…いえ、このままだと周辺国家にも壊滅的な被害が…」

 

「静まりなさい」

 

ラムダとニューの焦りにも似た言葉を、アルファが一言で制する。

 

その言葉は重く、玉座の間全体に広がっていた動揺を、一瞬で沈めるに至る。

 

「…あれが赤き月の前触れだというなら、悠長に監視だけで留めていることはできない。我ら七陰が…」

 

「いや…」

 

シャドウの横やりに、アルファはばっと顔を上げて驚く。

 

「…金のこt…この件は我とシスイに任せろ…」

 

イタチは、『え…?』とした表情を浮かべる。

 

その言葉に、ベータが焦る。

 

「まさか、お二人で向かうつもりですか?」

 

「不服か?」

 

「それが最も確実であることは理解できます。しかし…」

 

シャドウの圧のある声に、しかしガンマは物おじせずに発言する。

 

「御方々にもしものことがあったら…我々は…」

 

「案ずるな…」

 

イプシロンの言葉を遮り、シャドウは掌に魔力を圧縮して見せる。

 

「所詮は月が赤いだけの話…そうだろう?」

 

シャドウは生成した魔力をぐっと握り潰す。

 

それらを些少の驚きをもって眺めていたアルファは、ふっと小さく笑いかける。

 

「ただ月が赤いだけ…伝説の赤き月も、あなた達の前では形無しね」

 

「ふっ…赤い月も、美しいとは思わないか?」

 

シャドウのかっこつけた言い方に、イタチはこれ以上にない呆れを有する。

 

だが、他の面々は違うようだ。

 

立っていた七陰が、ゆっくりと片膝を突いて平伏し始める。

 

「お二方がいるからこそ、我らも美しく感じることができるのです」

 

「ご武運をお祈りしております…シャドウ様、シスイ様…」

 

ガンマとイプシロンが感銘に似た声を上げる。

 

最後までたっていたアルファですら、シャドウとシスイに向けて頭を垂れる。

 

それを視界に捉えているイタチは、心の中で叫んだ…。

 

『誰かこいつを何とかしてくれ…』と…。

 

 

 

 

 

ミドガル王国の王都には、お洒落なカフェやレストランがいくつもある。

 

それらのカフェやレストランは、ここ数年で軒並み新設されたものが殆どで、今までにないメニューが豊富に揃っている。

 

そんなお店が軒を連ねる大通りを歩いていたイタチは、前方に見知った顔を発見する。

 

少し遅れて相手も気付き、足早にこちらへと駆けてくる。

 

黒いコートにフードを被ったその人物は、一見すると怪しさのある人物であった。

 

しかし、コートの隙間から垣間見える艶めかしい身体が、それを幾ばくか緩和させている。

 

「…ようやく会えた。ずっと探していたぞ、イタチ」

 

「ベアトリクスさん、何か御用ですか?」

 

能面のような表情をしていることの多いベアトリクスであったが、無意識に少しだけ口角があがる。

 

「ベアトリクスでいい…。私より強い男に敬称をつけられるのはむず痒い…あと、敬語もやめてくれ」

 

「……そうか。ならそうさせてもらおう」

 

イタチは、ベアトリクスの提案を二つ返事で受け入れる。

 

…暫しの沈黙が流れる。

 

両者とも、おしゃべりな性格ではないがゆえに起こった事象であった。

 

イタチからすれば、先の質問にいつまでも返答してこないベアトリクスに、首を傾げる。

 

「…何か用があるのではないか?」

 

「……なぜ?」

 

「探しているといっていたではないか」

 

「…探してはいたが、特に要件はないぞ」

 

イタチは、頭の中がハテナで埋め尽くされるのを感じていた。

 

用がないのであれば、一体なぜ俺を探していたのだろうか…。

 

そんな風に悩んでいたが、ベアトリクスはどこ吹く風といった様子であった。

 

「…強いて言えば、あなたに会いたかったから、だな」

 

「…会いたかった…?悪いが、一緒に旅はできないぞ」

 

「それはこの前も聞いた…何度も言われると、落ち込む」

 

「…すまない」

 

イタチは、ベアトリクスの目尻が些少の下がりを見せたことで、小さく謝罪を口にする。

 

そんな気に入られるようなことをしただろうか。

 

だが、類まれなる洞察力が、一つの回答を導き出す。

 

「…俺の強さに興味でも湧いたのか?」

 

「それもある…が、どうやらそれだけではないらしい」

 

「というと?」

 

「………すまない、自分でもよくわからないんだ」

 

なるほど、どうやら彼女の中でも、明確な理由はわからないらしい。

 

「イタチ…旅は無理でも、一緒に食事をとるのはどうだ?」

 

「食事か…そういえば、もうそんな時間だったか…」

 

イタチは、ふと視線を左上へと向ける。

 

大きな時計台に設置されている時計は、12時を少し回っていた。

 

「…そうだな、折角だ。一緒に食べるとしよう」

 

「なら、マグロナルドに行こう…。あそこのバーガーはとても美味しいんだ」

 

「マグロナルド…少し距離があるぞ?…近くにカフェやレストランがあるから、そこでも…」

 

「…嫌か?」

 

ベアトリクスが、あからさまにしょんぼりとして見せる。

 

先日初めて会った際に、旅の動向を断った時と同じくらいの落ち込み加減であった。

 

「いや、ベアトリクスがいいならそれで…」

 

「そうか。それはよかった」

 

イタチの言葉を聞いて、ベアトリクスは些少の微笑みをもって答えた。

 

 

 

 

マグロナルドは、王都の中にある飲食店の中でも、大衆向けである。

 

わざわざ探さずとも、マグロナルドよりも雰囲気が良いお店など、いくらでも存在する。

 

しかし、斬新かつ癖になる美味しさのバーガーと、カリッとしたポテトは、例え高級店であっても味わうことができない。

 

そのため、マグロナルドは客層が広い飲食店でもあった。

 

そんなマグロナルドの座席に腰かけているイタチは、目の前に積みあがっているバーガーを見て、思わず目を細める。

 

ざっと、30個はあるだろうか…?

 

「そんなに食べられるのか?」

 

「ん…。ちょっと買いすぎたかもな…」

 

「…どう考えても買いすぎだと思うんだが…」

 

バーガーを咀嚼しながら答えるベアトリクスに、イタチは些少の呆れをもって答える。

 

イタチは、リンゴジュースをストローで吸い上げる。

 

バーガーとポテトを一つずつ平らげたのち、飲み物しか飲んでいないイタチに、ベアトリクスは疑問を抱く。

 

「…イタチは食べないのか?」

 

「もう食べたじゃないか」

 

「…2つ目はいらないのか?」

 

「そんなに食べられん…」

 

ベアトリクスは、イタチの返答に心底驚いた表情を見せる。

 

「10個くらいは余裕だと思うのだが…」

 

「…それはあなただからだ」

 

「そうなのか?」

 

「そうだ」

 

ベアトリクスは、どうやら納得のいっていない様子であった。

 

イタチが注文したのは、ポテトとドリンクがセットになっている、魚フライバーガーである。

 

1セット平らげれば、十分にお腹が満たされるものなのだ。

 

つまり、おかしいのはベアトリクスであり、この議論に関しては、イタチの方が正しいと言える。

 

そんなことに一切気づいていないベアトリクスは、今までと同様に、コロコロと話題を変えてくる。

 

「そういえば、イタチはシドの師匠をしているんだったな?」

 

「ああ」

 

「なぜシドを弟子にとったんだ?」

 

野放しにしておくには危険すぎる男だからだ…。とはいえず、それっぽい言いわけを考える。

 

「…頭を下げられたから…だな」

 

「それだけか?」

 

「それだけだ」

 

「そうか」

 

ベアトリクスは再びバーガーに食いつき、何度か咀嚼した後に、また口を開く。

 

「イタチは、どうしてそんなに強いのだ?ただの人間…それに見たところ、まだ20代だろう?たった20数年で、なぜそれほどの力を得られたんだ?」

 

「…幼少期から修行をしていたから…としか言いようがないな…。後は、人より戦闘を経験してきたから…それくらいなものだ…」

 

「ふむ…私は100年近く生きているが、イタチのレベルにまで到達するにはもう100年…いや、150年は必要だな…」

 

「…100年?」

 

イタチは、思わず大きく目を見開く。

 

エルフは、300年を生きる長命の種族。

 

アルファ達10代のエルフたちと関わっていることが多いせいで、イタチは些少の認識のバグりを見せていたのだ。

 

「ああ。見た目はイタチと同じ20代だがな…。イタチから見るとお姉さんということになる」

 

曾祖母の間違いでは…?と大変失礼なことを考えたが、口に出すことはなかった。

 

「……今、なにか失礼なことを考えなかったか?」

 

…どうやら、酷く鋭い洞察力を持っている様子であった。

 

イタチは、ほんの少しだけ焦りを見せる。

 

「…そんなことはない」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「…そうか」

 

ベアトリクスは、何個目になるかわからないバーガーを食べ終え、その包み紙を乱雑に折りたたむ。

 

「…そういえば、気になっていたことが一つ…」

 

「なんだ?」

 

「イタチからも、シドと同じようにエルフの匂いがする…。エルフの知り合いがいるのか?」

 

シドから聞いた通り、鼻がよく利くようだ。

 

まあ、それはアルファ達も同様であり、エルフという種族の特性でもあった。

 

獣人には劣るが、人間の何倍もの嗅覚を持っているため、シドよりもアルファ達エルフと共にいる時間が長いイタチから、それを察知するのは容易なのであろう。

 

「ああ。友人が何人か…。だが、シドの友人と同じエルフだ…。君の探しているエルフは心当たりがない…」

 

「そうか…それは残念だ…。私によく似たエルフを見つけたら、教えてくれ」

 

「……わかった」

 

イタチは、嘘の混じった小さい返事をする。

 

ベアトリクスは、イタチの顔をじっと眺めたのち、バーガーを持つ手が止まる。

 

「…やっぱり買いすぎたな…もういらない…」

 

「だから言っただろう…」

 

ベアトリクスの前には、まだ10個のバーガーが積みあがったままだ。

 

…いや、逆に言えば20個近くも食べたということになる。

 

一体彼女の胃袋はどうなっているのだろうか…?

 

イタチはちょっとだけ彼女に興味が湧いたのであった…。

 

 

 

 

 

ベアトリクスと別れた後、彼女が残したバーガーが入った紙袋を片手に携え、イタチはミツゴシの本社へと戻った。

 

先に無法都市へと出発しているシャドウと、調査隊として向かっているベータ達の後を追う形で、イタチも向かおうと考えていた。

 

シャドウは無法都市にある金銀財宝が目当てであるが、もちろんイタチは違う。

 

陰の実力者ごっこで見せた意味深な言葉…。

 

それらは、イタチとアルファが以前から危惧していた血の女王の復活の条件と、酷く重なっていたのだ。

 

真っ赤な月が天上に煌いているとなれば、動かないわけにはいかない。

 

…というか、『我とシスイに任せろ』とかほざいておいて、その片割れを置いていくのはどうなんだ?…と少し不貞腐れたような感情を抱いていたりもする。

 

さて、行動を開始するにあたって、報告というのは大事である。

 

イタチは、報告しておくべき人物が、執務をしているであろう部屋の扉を開ける。

 

その目的の人物の背中を捉える。

 

扉が開いたことで、その人物はスッとイタチへと顔を向ける。

 

先ほどまで一緒に食事をしていた女性と、よく似た顔立ちであった。

 

「戻ったのね、シスイ…」

 

「ああ」

 

アルファは、イタチの顔を見ても、何ら表情を変えることはない…。

 

いつもなら、些少の口角の上りを見せるのだが…。

 

不機嫌だったりするのだろうか?

 

「無法都市へ?」

 

「そうだ」

 

イタチは、アルファの質問に短く答える。

 

空いている机に、バーガーが入った紙袋を置いたことで、アルファがそれに視線を移す。

 

「それは?」

 

「マグロナルドのバーガーだ」

 

「それは見たらわかるわよ」

 

そういうことがいいたいんじゃないわ…。といった様相を見せる。

 

そこで、イタチはとんでもない勘違いをしてしまう。

 

そして、それを言葉として発する。

 

「…食べるか?」

 

アルファは確か、マグロナルドのバーガーが好きだったはずだ。

 

なにやら少しだけ不機嫌な様子であるが、好きなものを食べれば多少はそれもよくなるだろう…。

 

そう思って発した言葉であった。

 

………。

 

しかし、アルファの表情は曇ったままだ。

 

というよりも、更に曇りは深く濃くなっている。

 

「…私の伯母からもらったものを、そのまま私にあげる、ということかしら…?」

 

アルファの言葉には、相当な怒気が混ざっていた。

 

イタチは思わず大きく目を見開いた。

 

アルファに、ベアトリクスの話はまだしていないはずだ。

 

「…知っていたのか」

 

「ええ。あなたにはまだ紹介していない構成員がいるの…。その子からあなたと私の伯母が一緒に仲良く食事をしていたと報告を受けたのよ」

 

なるほど、どおりで気づかないはずだ…。

 

いくら潜入や隠密行動が得意なイタチであっても、街中にいる人物全員に警戒することはできない。

 

ましてや、自身が知りえていない人物からの視線など、それも殺気のない視線など気付かないのも仕方がないことだ…。

 

アルファは、ゆっくりとイタチの元へと歩みを進める。

 

「ねぇ…シスイ…いや、イタチ…」

 

「なんだ?」

 

「…無法都市に行く前に、大事なOHANASHIがあるのだけれど…もちろん、聞いてくれるわよね?」

 

「………」

 

どうやら、伯母と会っていたことが、気に食わなかったらしい。

 

イタチは、額に嫌な汗が滲むのが分かった。

 

「…聞いてくれるわよね?」

 

中々返事の帰ってこないイタチに、アルファはグッと顔を近づける。

 

「…ああ」

 

断ったら、殺される…。

 

ここ最近で、最も命の危険を感じたイタチであった…。

 

 

 

 

 

 

 

無法都市…。

 

数多の犯罪者や浮浪者が跋扈するスラム街…。

 

そのスラム街には、強大な3本の塔がある。

 

『紅の塔』、『白の塔』、『黒の塔』である。

 

それぞれの塔には、この街を支配する3人の実力者がおり、彼らの力の強大さと拮抗が、このスラム街の治安をギリギリのところで保っている。

 

…だが、その治安も、今や崩壊しつつあった。

 

街中に溢れているグールや吸血鬼によって、無法都市は阿鼻叫喚と化しているのだ。

 

その元凶は、『紅の塔』の頂上にいた。

 

その人物は、真っ赤なドレスを身に纏い、空中に佇んでいる。

 

眼は開いているが、どこか意識がないような様相を見せている。

 

真っ赤な鮮血を思わせる魔力が、その人物の周りを包みこむ。

 

それを見上げるようにして、塔の頂上で睨みを利かせている少女がいた。

 

「この魔力…アルファ様より…。これが血の女王…エリザベート…」

 

七陰の中でも突出した力を持つアルファ、それを超える力を放出している人物、エリザベートにベータは警戒心を跳ね上げる。

 

そんなベータの後方…崩れかかった岩柱に、真っ白な存在がいた。

 

それは、九本の尾を有した、雪のような美しい女性…、『白の塔』の支配者であるユキメであった。

 

「おやおや…可愛らしい少女の見た目しとるのに…えらい化け物でありんすなー…これは引き際を誤らんようにせんと…」

 

ユキメは、何かに気付いたように言葉を止め、視線を移す。

 

筋骨隆々とした一人の男が、大剣を片手にエリザベートへと迫る。

 

「はははッ!!俺様抜きで楽しそうなこと…してんじゃねー!!!」

 

その男は、『黒の塔』の支配者である、ジャガノートであった。

 

ジャガノートは、その大剣を力任せにエリザベートへと振りかぶるが、真っ赤な魔力に阻まれてしまう。

 

「ッ!て、てめぇ…ッ!」

 

そしてその魔力はジャガノートを絡めとり、ベータ達のいる更に後方の壁へと吹き飛ばす。

 

衝撃と共に、大きな砂煙が巻き起こる。

 

次第にそれが晴れると、吹き飛ばされたジャガノートは悪態をつく。

 

「ッ!あの野郎…」

 

「何してはるの…あんた…」

 

そんなジャガノートを、見下ろし、呆れたようにユキメが呟く。

 

「うるせー!!」

 

ジャガノートがそう言い返した瞬間、先ほどよりも更に強大な魔力が塔の頂上を支配する。

 

その魔力は、紅き弾丸となって、ベータやユキメ、ジャガノート達へと襲い掛かる。

 

それをいち早く察したベータは、一気に駆け出す。

 

「クレアさんを守りなさい!!」

 

クレアは、エリザベートが目覚めた際に、瀕死の重傷を負い、血を吸われ地に伏していた。

 

ベータは、一緒に調査に赴いていた部下…664番、665番、そしてローズである666番に指示を出しつつ、スライムを用いて紅き弾丸を防ぐ。

 

最初こそ防げていたものの、紅き弾丸はベータの予想を上回る力を有しており、すぐにその防御は崩される。

 

「くっ…!」

 

防ぎきれなかった攻撃が、ベータの手足、そして頬へと襲い掛かり、鮮血を流す。

 

その攻撃は、ベータの後方に控え、クレアを守ろうとしていた666番達にも襲い掛かる。

 

ユキメやジャガノートも例外ではなく、その攻撃をいなし、防ごうと足掻く。

 

紅き弾丸は、塔全体に機関砲のように降り注ぐ。

 

暫く続いた攻撃が止むと、塔に暫しの静寂が訪れる。

 

再び巻き上がった砂ぼこりの中で、真っ赤な髪を有した女性…メアリーが周りの状況を確認する。

 

エリザベートのメイドであり、彼女を救うため、弟のシドを救いだす目的を持っていたクレアと手を組み、この場に居合わせていた。

 

「エリザベート様…まだ意識が…ッ!」

 

辺りの砂ぼこりが晴れたことで、メアリーはベータの姿を捉えるに至る。

 

ベータは、とりわけ右手に大きな傷を負っており、ぼたぼたと血を流していた。

 

「お前…」

 

「…問題ない」

 

ベータはメアリーに短く返し、視線を横に移す。

 

クレアとローズ達は、地面に伏してはいるものの、命はあるようだ。

 

「無事ね…」

 

そして再び、空中に佇むエリザベートへと視線を戻す。

 

「…あれだけの魔力を消費しても、疲れた様子を一切見せていない…。それどころか、私たちの血を吸いあげて…ッ!」

 

ベータは、自身の傷口から血が吸われるのを、冷静に捉え分析していたが、それを許さない事態が起こる。

 

「…いや、強くなっている…⁉…666番、クレアさんを連れて脱出しなさい…」

 

「いえ…私はまだ…戦えます」

 

「ダメよ…あなたがここで死んだら…私はシスイ様に合わせる顔がない」

 

「ッ!!」

 

ベータの言葉に、666番は大きく目を見開く。

 

「今は命を惜しみなさい…」

 

ベータは、666番がクレアを連れて脱出する時間を稼ごうと、右手にスライムの剣を生成し、殿を務めようとする。

 

同時に、エリザベートの真っ赤な目が、煌々と輝く。

 

瞬間、ベータの右手に、醜悪な肉塊が発生する。

 

その痛みと不快感に、ベータは生成した剣を手放し、まじまじと肉塊と化しつつある手を眺める。

 

「ひぃ…⁉」

 

それが何であるのか、瞬時に理解したベータは、思わず悲鳴に似た呻き声を上げる。

 

そして、走馬灯のように、過去のトラウマが呼び起こされる。

 

その肉塊が全身へと広がり、世界から拒絶された、あのトラウマを…。

 

「まさか…そんな…ッ!」

 

ベータの後ろから、複数の悲鳴が響き渡る。

 

クレアやローズ達も、ベータと同じようにそれぞれに肉塊が発生していた。

 

「悪魔憑きの…魔神の血を操っているの⁉…シャドウ様とシスイ様の恩寵に唾を吐くような真似を…ッ!」

 

「くっ、ああああああああッッッッ!!!」

 

ベータの耳に、一際大きな悲鳴が届く。

 

「クレアさん⁉」

 

その悲鳴は、クレアが発しているものであった。

 

クレアに発生している悪魔憑きは、ベータ達とは比べ物にならない速度で増殖し、暴走する。

 

ベータは、どうしてよいかわからなかった…。

 

そして、たどり着く…。

 

先日の会議で、シャドウが『我とシスイに任せろ』と発言した意図を…。

 

「私達ではどうにもならないと…わかっていらしたのですね…」

 

ベータは、苦虫を噛み砕いたような表情を見せる。

 

666番とクレアだけでも逃がさなければ…。

 

そう思っていたが、それも叶いそうにない…。

 

…ベータの心が折れ、諦めかけた時であった。

 

「『火遁・豪火球の術』!」

 

ベータに、耳触りの良い男の声が届く。

 

ばっと顔を上げると、そこにはエリザベートへと襲い掛かる強大な火球が見て取れた。

 

その火球は、エリザベートの血の防壁を一瞬で蒸発させ、破り、彼女へと襲い掛かる。

 

それと同時に、ベータ達の悪魔憑きも、その侵攻が収まりを見せる。

 

そして、ベータの前に、赤き雲の紋様が入った、漆黒の衣を纏った人物が現れた。

 

ベータは知っていた…。

 

その漆黒を纏いし人物を…。

 

瞳に、じわりと涙が浮かぶ。

 

同時に、彼女を、彼女らを、深紅の魔力が包み込む。

 

それは次第に巨大な何かへと変貌する。

 

…まるでベータ達を守るようであった。

 

エリザベートと似た色の魔力であったが、エリザベートよりも強大で、濃厚で、温かみのある魔力であった。

 

そして、思わずその者の名を口にする。

 

「…シスイ様…」

 

その瞬間、ベータは一気に全身の力が抜け、ペタンと尻もちをつくようにして、その場に座り込んだ…。

 







絶対ラスボス的な人がいると思ったのに…残念…。  byシド

悪いな、シド…。血の女王は、俺が相手をさせてもらう…。 byイタチ
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