第17話 スーパーエリートエージェント!
彼が圧倒的な魔力を感じ取ったのは、地下で金貨を漁っている時であった。
「この魔力ッ!イタチさんか!!」
イタチは(どこかのバカと違って)、不用意に強大な力を放つことはしない。
そんなイタチがこれほどの力を発している理由…。
彼には、一つしか思い浮かばなかった。
「ついにラスボス的存在が現れたか!」
金貨漁りを止め、颯爽と先の魔力を感じ取った場所、紅の塔の頂上へと向かう。
だが、そこに彼の求めるラスボス的な存在はいなかった。
彼の目に映るのは、長い真っ赤な髪を有した女性をお姫様抱っこし、空中から塔の頂上へゆっくりと降りているイタチの姿であった。
そんなイタチの元へ、シャドウは尊大な様相で近づいていく。
近づくにつれ、見知った顔ぶれが見て取れた。
「ああッ!エリザベート様ッ!」
悲壮感のある顔で、イタチの抱えているエリザベートへと、メアリーは駆け寄る。
「(あれ?あの人は確か、それっぽいことを言っていた人だよね…)」
シャドウは、無法都市でグールに襲われた際に出会った女性のことを思い出す。
「案ずるな、無事だ」
メアリーは大きく目を見開いてイタチを見つめる。
「できる限り魔力暴走…いや、吸血衝動を抑えた」
「…え?」
メアリーは理解が追い付かず、驚いた表情のまま固まる。
「…わかりやすく言えば、かつての惨劇はもう二度と起こらんと言うことだ」
「ッ!…ほ、本当に…本当に…⁉」
メアリーの頬を、大量の涙が零れ落ちる。
イタチはそんなメアリーに、エリザベートを預ける形で肯定の意を表する。
地面で安らかな吐息を立てるエリザベートを見て、メアリーは更に涙を流す。
それを表情を変えずに一瞥し、立ち上がった後、イタチはスッと視線を上空へと移す。
「随分と遅かったな…シャドウ」
その一言で、その場にいるものが全員目を見開き、同じように空を見上げる。
「どうやら、先を越されたようだ…」
シャドウは、優雅にシスイの隣へと着地をして見せる。
ベータは、シャドウガーデンのトップ2人が並び立つ姿を見て、思わず口の端から涎が垂れそうになる。
それを瞬時に袖でふき取る。
「もう終わったぞ」
「そのようだな…では戻るとするか…シスイ」
「…そうだな」
シャドウが再び上空へと身を預け、一瞬のうちに彼方へと消え去る。
その後を追おうと、イタチも足に力を籠めるが、飛び立とうとした瞬間、大声で声を掛けられる。
「待って!シスイ!」
声のした方へ視線を向ける。
発したのは、メアリーであった。
イタチの視線を受け、涙でぐしゃぐしゃになった顔に笑みを浮かべる。
「ありがとう…。エリザベート様を救ってくれて…」
イタチは、その言葉に特に返答をせず、空の彼方へと姿を消した…。
無法都市にある、まるで五重塔のような建物のてっぺんで、漆黒を纏う2人の男が言い合いをしている。
「なんでイタチさんが倒しちゃうのさ!」
「…お前が宝探しをしていて来なかったからだろう」
ジトっとした目で見つめてくるシドに、イタチは唖然としながらも返答する。
「呼んでくれればよかったのに…」
「…そんな悠長なことをしている暇はなかった」
こいつは本当に状況が分かっていないんだな…。とイタチは愕然とする。
「まあ、無法都市全体が大変なことになってたからね…」
「お前…」
それが分かっていて宝探しをしていたのか…。
金銀財宝に取りつかれている男に、イタチは大きくため息をつく。
だが、それとは対照的に、シドは思い出したように、歓喜の声を上げる。
「それにしても、あの魔力はすごかったよ、イタチさん。まるで僕のアトミックみたいだった」
「…まあ、お前のそれを参考にしたものだからな」
「やっぱりそうだったんだ…。となると、魔力の圧縮技術、追いつかれちゃったか…」
「…心配するな。お前の足首を掴んだ程度だ。魔力単体でやれと言われたら、無理だろうな」
イタチの言葉に、シドは些少の目の開きを見せる。
「その口ぶりだと、チャクラを?」
「そうだ」
「なるほどねー…。でも、二つの異なる力を組み合わせる方が難しくない?」
「…お前からしたらそうだろうな…。だが、俺からすればお前ほどに魔力を圧縮する方が至難の技に思える」
「うーん…。得意不得意って感じなのかな?」
シドは、顎に手を当てて悩むような素振りを見せる。
真剣に悩んでいるシドを見て、イタチはふっと小さく笑みを零す。
「お前なら、数年もすれば可能だろう」
「そうかな?」
「…断言できる」
「そこまで言うなら、今度試してみようかな…っと」
シドは、そういいながら、屋根から滑り落ちるようにして移動する。
「…戻らないのか?」
「うん、一応姉さんに無理やり連れてこられた感じだからね…。勝手に帰ったら何をされるか…」
「…なるほど」
「じゃ、そういうことだから。またね、イタチさん」
屋根の端から落下したことで、シドの姿はイタチの視界から外れる。
暫く無言で呆けていたイタチであったが、シドが先ほど発した言葉の中に、イタチは大きな懸念を有していた。
「クレアにアウロラか……」
紅の塔で発覚した事実に、イタチは頭を悩ませる。
「何か、策を考えなければな…」
無法都市での吸血鬼騒動から暫く経ち、季節は冬に差し掛かる。
ミドガル王国の王都にあるミツゴシの本社では、アルファ、ベータ、ガンマの3人が神妙な面持ちで会話をしている。
また、そんな3人を支える形として、ナンバーズの1人、ニューの姿もある。
「…一先ず、大商会連合の偽札に関しては、最優先事項として調査を進めて」
「承知いたしました」
アルファの命令に、ガンマは深々と頭を下げる。
一番の問題への対処を固めたのち、アルファは厚さ数㎝はあろう一束の紙を持ち上げる。
「それで…これが推敲した忍の物語ね…」
「はい。題名は『復讐と英雄』とする予定です」
アルファは、パラパラと原稿用紙をめくり、黙読していく。
本来なら、ベータが執筆したものを、アルファが事前に目を通すことはない。
だが、例外というモノがある。
一つは、『シャドウ様戦記』、もう一つが『シスイ様伝記』である。
シャドウとシスイの輝かしい戦果と、圧倒的な洞察力、活躍を記録として残しているものである。
現在では、シャドウガーデン内でのみの閲覧であるが、ディアボロス教団を打ち倒した後は、世界中にばらまく予定である。
そしてさらにもう一つ、アルファが事前に目を通すものがあった。
それが、シスイの語る『忍の物語』である。
前回、ベータが出版し大ブレイクした『カンナビの悲劇』も、事前にアルファが原稿に穴が開くくらい読んだ過去がある。
その悲しき結末に、しかしどこか美しさのある結末に、何度も涙を流したのは言うまでもない。
「相変わらず、彼の語る話は、悲しいものね…」
流し読みを終えたアルファは、スッと視線をあげる。
「確か、一族を皆殺しにした兄を討つ弟の物語…でしたね」
「ええ、あらすじはそうよ」
ガンマの疑問に似た発言に、ベータが頷きながら答える。
「…でも、一つだけ疑問だわ。なぜ兄は一族虐殺の際に、弟を殺さなかったのかしら?」
「己が力を高めるため…。とシスイ様は仰っておいででしたが…」
アルファの疑問に、ベータはシスイの言葉を思い出すようにして頭を悩ませる。
すると、同じようにしていたベータが、「あっ」と閃いたような表情を浮かべる。
「…弟を利用した、とか?」
「利用?」
ベータが、短く疑問を投げる。
「はい。家族を、一族を理不尽に殺された弟は、兄への復讐を誓う…。そしてその弟が力をつけて兄へと立ち向かう…。そんな弟を破ることができたのなら、兄は更に力を得ることができる…。そう考えられませんか?」
それを聞き、アルファが顎に手を当てて思考する。
「なるほど…。確かに、それならば納得がいくわね…。兄は弟を利用した…。しかしそれが仇となり、最後には自身が討たれることになった…。己が目的のために同胞を殺した、狂った男にお似合いの最後ね」
ベータは、アルファの言葉を聞きながら、先ほどのガンマの考えをメモ帳に記載していく。
「うんうん…。それ、とてもよい解釈かと…!ありがとう、ガンマ!」
「いえいえ。シスイ様のお話になられたことを、物語として世に知らしめるのであれば、妥協はできません」
特に天狗になることなく、さも当たり前と言った様子でガンマは笑みを浮かべる。
アルファは、原稿用紙の束をベータへと差し出す。
「そうね…。先の点を盛り込めば、読んだ後に疑問が残ることなく楽しめると思うわ」
「はい、ありがとうございます!では、すぐに取り掛かります!」
ベータはペコッと一つ頭を下げたのち、サササッとその場を後にする。
そんなベータを、微笑をもって送り届けたアルファは、ふぅと大きく息をつく。
「お疲れ様です、アルファ様…。少し休憩になさいますか?」
アルファの座る執務台の傍で、じっと控えていたニューが小さく頭を下げる。
「そうね…。紅茶を貰おうかしら…」
「畏まりました」
ニューは、近くに置いてあるティーセットへと手を伸ばし、紅茶を淹れる。
そんなニューの後ろ姿を見て、アルファはふと声を掛ける。
「ねえ、ニュー。あなたはさっきの話、どう思ったのかしら?」
「え…。私でございますか?」
「そうよ」
まさか話を振られるとは思っていなかったのか、ニューは大きく目を見開いて驚く。
だが、上司であるアルファからの質問となれば、それに答えないわけにはいかない。
「そうですね…。一言でいえば、不快でした」
「……そう」
ニューの言葉に、アルファは一瞬驚きを抱く。
彼女のシスイに対する忠誠心は、天元突破している。
それこそ、ベータやガンマなど、シスイに直接助けられたものと同等かそれ以上と言ってもいいだろう。
そんな彼女が、シスイの語った物語に『不快』と評したことは、驚き以外の何者でもなかった。
まあ、内容が内容である。
そう思うのも無理はないし、実際そう思わせることが狙いなのだ。
アルファは、シスイの語った物語を、そう考えていた。
…しかし、評価はそこで終わりではなかった。
「ですが、その後の弟の行動は素晴らしいかと…。絶望に飲み込まれることなく、一族の仇を討った。単純な英雄譚ではなく、どこか闇のある英雄譚…。我々シャドウガーデンと似ていると感じました」
「…へぇ、そういう解釈もできるのね…」
「不敬でしたでしょうか?」
ニューは、淹れ終えた紅茶を、アルファの前へと差し出す。
「そんなことはないわ…。読み手や聞き手によって抱く感情は変わる…。それが物語ですもの」
アルファは、カップを片手に、紅茶を口へと運ぶ。
「完成版が楽しみですね…!」
「…そうね」
ガンマの満面の笑みに、アルファも微笑をもってそれに答える。
…後に、この話には続編が出ることになる。
そのきっかけとなる出来事…事件は、七陰どころか、シャドウガーデン全体を巻き込み、震撼させることになるのだが…。
…それはまだ先の話……。
「僕はシャドウガーデンを裏切ることにするよ」
「…はぁ?」
場所は、ミドガル王都の時計台の頂上…。
突然、ぶっ飛んだ発言をしたシドに、イタチは一万回目くらいの呆れた声を放つ。
「ミツゴシ商会はやりすぎたんだ…」
「…どういうことだ?」
シドの説明はこうであった。
地元を無視した直営店での独占販売…。
それは大商会連合などの大手だけでなく、個人商店からも目の敵にされている…。
ここまで同業者から恨みを買ってしまっている状態では、ミツゴシの未来は暗い…。
そこで、ミツゴシを一旦潰し、更に大商会連合も潰す…。
その後、残された大量の資産を元に、まっさらな市場に、新たな商会を設立…。
そこにアルファ達を幹部として迎え入れれば、名前を変えてミツゴシ商会の再生…。
…という内容であった。
イタチは、思わず大きく目を見開いた。
『こいつ、やればできるじゃないか』…と。
そう思ったのだ。
シドの言うとおり、最近のミツゴシ商会の立場は危うい。
それこそ、商業戦争というイタチが今迄経験したことのない部類の戦争が起ころうとしている。
アルファ達の類まれなる頭脳と知識に、なんとか食いついているイタチだったため、ミツゴシの置かれている立場も理解できているのだ。
「…悪くない案だな…」
「でしょ?…全てを破壊し、再生する…。そう、それを為す僕はッ!!」
シドは、酷く恰好つけて片手を額へと添える。
「スーパーエリートエージェント♡」
「………」
うん、やっぱりただのアホの子かもしれない…。
イタチは冷ややかな目でそれを眺めていたが、しかし先ほども言ったように悪くない話ではある。
問題は、それをどう実行するかなのだが…。
シドの今迄の行き当たりばったり、アトミックバーンッ!では達成できないだろう。
「だが、力任せでどうこうなる問題ではないだろう?」
「もちろん、だから雪狐商会と手を組むことにしたんだ」
「…なるほど。だからシャドウガーデンを裏切るか…」
「そうゆうこと」
イタチは、シドの考えをなんとなく理解できた。
しかし、肝心の作戦の要は未だ謎のままである。
「それで…どうやって両者を潰すつもりなんだ?」
「これさッ!」
シドは、スッと取り出した2枚の紙をイタチへと華麗に投げる。
それをさも当然のように指で挟んで受け取ったイタチは、数秒後に目を見開く。
「偽札……。なるほど、これはお前の、お前たちの仕業だったのか…。となるとこれは、信用崩壊というやつだな…」
「御名答」
本来はただの紙切れである紙幣…。
それを支えているのは、市民の信用…。
その信用が失墜すれば、市民は忽ち金貨への換金を求め、紙幣の発行元であるミツゴシ商会と大商会連合へと押し寄せる。
しかし、両者が発行している紙幣は、同じく両者が抱えてる資産を大幅に超えている…。
つまり、全ての換金には応じられない…。
その後の顛末など、わざわざ言葉にする意味はないだろう。
「…そうだな。良い案だと思う…。それで、俺は何をすればいい?」
「というよりも、何もしないで欲しいんだ」
「…ん?」
イタチは、再度呆けた声をシドへとぶつけるのであった…。
シドから作戦の概要を聞いたイタチは、彼の言う通り『何もしない』ことにした。
いや、何もしないというと語弊がある。
シャドウガーデンに手を貸さない、若しくは手を貸せない状況にした。
シドがイタチにわざわざこの話をしてきた大きな理由は、イタチに邪魔をさせないためであった。
シャドウの名を捨て、ジョン・スミスとして活動するにあたり、一番の障害はイタチなのだ。
もしイタチが何も知らず、シャドウガーデンがこの件に本格的な対処を始めれば、どこかでジョン・スミスと衝突することになる。
それを避けたかったシドは、イタチに今回の作戦を伝えるに至る。
殆ど全面的に協力する姿勢を見せたイタチであったが、一つだけ懸念があった。
それは、『アルファ達にも秘密』という点であった。
「こじれて大きな軋轢を生まなければいいんだが…」
イタチ以外のシャドウガーデンに秘密にするということは、つまりジョン・スミスとアルファ達が衝突する可能性を意味する。
それを行う意味を、『シャドウガーデンとジョン・スミスに繋がりがあると思われてはいけない』と推察したイタチは、代替案を出せずに承諾してしまった。
いや、代替案はあった。
だがそれは、シドvsイタチという、本気の戦闘を齎すものであり、それは先の作戦よりも危うい橋渡りとなってしまう。
意味も意義も理解できる。
だが、理解できるからと言って、懸念がなくなるわけではない。
「…まあ、全てが終われば真実を知ることになる…それまでは、我慢してもらうしかないか…」
イタチは、スッと指を噛み、それによって流れた血を用いて、一匹の鴉を口寄せする。
カーカーという高い鳴き声を発する鴉に、一枚の紙を託す。
紙を託された鴉は、黒い翼を羽ばたかせ、大空へと飛び立った。
オリアナ王国のとある廃村…。
七陰第6席であるゼータは、猫耳をピクッと震わせる。
雪が降ってきそうな気温であったが、決して寒くて震わせたわけではない。
「どうだった?」
「確証が取れました。オリアナ王国を裏で操っているのは、ナイツ・オブ・ラウンズの第九席、モードレットです」
ゼータの後方に、スッと現れた女性は、どこか聖女を思わせるような服装をしていた。
しかし、聖女というにはあまりにも黒い衣装であり、その見た目はさながら堕ちた聖女であった。
「なるほど…。アルファ様の読みは当たっていたということだね…」
「それで、いかがいたしましょう…?このまま調査を続けますか?」
「いや、一度戻って報告しよう…。その上で…」「その必要はない」
急に聞こえてくる男の声に、ゼータは一瞬身を強張らせる。
黒い聖女も、同じように驚いているようだ。
だが、ゼータだけは、瞬時にその正体を見抜く。
「シ、シスイ様ッ!」
「ッ!」
ゼータの言葉に、黒い聖女はばっと片膝を突く。
「よせ、559番…」
「し、しかし…」
「お前がそのままでは、話しができないんだがな…」
「も、申し訳ございません!」
シスイの困ったような言葉を受け、559番はスッと立ち上がる。
しかし敬意を表することは忘れず、少しだけ頭を垂れて見せる。
「驚いた…まさかシスイ様がこんなところに来るなんて…」
「悪いな…驚かせて」
「謝る必要はないよ…それで、さっきの言葉はどういう意味なの?」
「そのままの意味だ…。お前たちは、そのまま調査を続けてくれ」
「報告は?」
「…俺からしておこう」
イタチとゼータの問答に、559番は焦ったように口を挟む。
「お待ちください…シスイ様の御手を煩わせるわけには…」
「構わん…今はより早く詳細な情報が欲しい。お前たちがここを離れれば、それに遅れが出るだろう」
「確かに、それはそうだね…」
559番の困惑にも似た叫びは聞き届けられることはなかった。
「それで、モードレット…と言ったか…。そいつがオリアナ王国を?」
「そう。長年オリアナ王国を裏から操っている教団の幹部…。ラウンズの第九席だよ」
「なるほど…。つまり、ドエム・ケツハットはただの操り人形だったということか…」
「そういうことになるね…」
面倒なことだ…。
イタチは目を伏せ、鼻から息を漏らす。
「シ、シスイ様…?」
559番は、どこか怯えた様子でシスイの顔色を窺っている。
「いや、なんでもない…。それよりも、お前はなぜそんなに怯えているんだ?」
「ッ!い、いえ!そのようなことは…」
ビクッと身体を震わせて、冷や汗を流す。
それを見ていたゼータは、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。
「シスイ様も意地悪だね…。559番はシスイ様に刃を向けたんだよ?ビビるのは当たり前でしょ」
ゼータの言葉に、559番は泣きべそをかくようにして深く俯く。
「いつの話をしているんだ…そんなこと気にしちゃいない」
「ほ、本当ですか…?」
559番は、大きく目を見開き、些少の安堵感を漂わせる。
「…あの時も言ったが、あれは不慮の事故だ…気にするな」
「は、はい…。ありがとうございます」
559番がペコリと頭を下げた瞬間、ゼータはふっと思いだしたように、しかし確固たる意志をもって口を開いた。
「そういえば…アルファ様から、クレア様に魔神ディアボロス…アウロラが憑依しているって話を聞いたんだけど、本当なの?」
「…ああ、間違いない」
「ッ!」
ゼータの質問にイタチは肯定して見せる。
なぜか559番が大きく身体を揺らして動揺していたが、イタチはそれを一瞥した後、視線を外す。
驚くのも無理はないか…とイタチは考えた。
そんな様相を見せる559番に、ゼータは一瞬鋭い視線を向けるが、即座に元の柔らかい視線へと戻す。
「そっか…。となると、今後のことをしっかりと考えないとだね…」
「ああ、クレアのためにも、アウロラのためにもな…」
「……そうだね」
ゼータは、イタチの返答に些少の間をおいて、小さく呟いた…。
イタチが去ってから10分程が立った後、ゼータは辺りを警戒しながら、なるべく小さな声で559に迫る。
「…失態だよ、559番」
「申し訳ありません…」
559番は、ゼータが何を言わんとしているのかを瞬時に見抜き、深く頭を下げる。
「まあ、シスイ様は気付いていなさそうだったからよかったけど…。いや、警戒しておくに越したことはないね…」
ゼータは、一切の侮りをしないよう、自分に言い聞かせるようにして言葉を発する。
「でも、これで私たちの計画は一歩前に進んだとも言える…。シスイ様が言うのなら、間違いはない」
「はい。我々の悲願…。それが叶う可能性が出てきたのですから…」
先ほどまでのしょんぼりとした雰囲気は一変し、559番は歓喜にも似た表情を浮かべる。
「まあ、主の気持ちを聞かないことには、本格的には動けないけどね…」
「シャドウ様であれば、きっと受け入れて頂けるかと…」
「確かに…。でも、焦りは禁物だ…。あの口ぶりからするに、少なくともシスイ様は敵に回ることになる…。他にもちらほら…」
ゼータは、イタチの手によって助けられた七陰や、ナンバーズのメンバーの顔を思い出す…。
「心得ております…。シスイ様の前では、我々は羽虫も同然…」
「…計画が露呈すれば、私たちはただじゃ済まない…」
「でも、成し遂げなければならない…」
「世界の平和のために…そしてなにより、主のために…」
ゼータと559番は、その心に恐怖と畏怖を抱きながらも、覚悟を持った目で、互いに空を見上げる。
天上には、黄金に見紛うほどに綺麗な光を放つ月が鎮座している。
その月光のもと、2人は行動を開始するのであった。
ミツゴシ本社。
アルファが寝床に就こうとしたその時…。
奇妙な来訪者が現れる。
それに気づいたアルファは、自室の窓をばっと開き、迎え入れる。
全身が真っ黒な鴉であった。
「シスイの鴉…ッ!」
その鴉がイタチの者だと瞬時に察したアルファは、次いで鴉の足に折り畳まれた紙が巻き付けてあるのを発見する。
急いでその紙を鴉の足から解き、広げる。
『暫く一人で行動する』
書かれていたのはそれだけであった。
…まあ、鴉の足に括り付けて送る程度の大きさの紙で、仰々しい内容が書かれていないことはわかっていた。
だが、これだけでは一体何のことなのか、さっぱりであった。
アルファは、はぁ…と大きくため息をつく。
「またそうやって…。あなたは一体何を抱えているの…?」
役目を終えた鴉は、カーと一鳴きすると、白い煙と共に姿を消す。
「私では、あなたの隣には立てないの…?」
もっと頼って欲しい…。
貴方のためなら、何だってするのに…。
でもその気持ちとは裏腹に、イタチは多くを語らない。
気づいたら彼が大方を解決し、戻ってくる。
もちろん、シャドウも同じである。
それがアルファにはたまらなく悔しかった。
暫く悲壮感に苛まれていたが、アルファはすぐに気持ちを持ち直す。
「…こんなんじゃダメね…。今はシャドウも一人で動いているみたいだし…私がしっかりしないと…」
アルファは自分にそう言い聞かせ、窓を静かに閉める。
…閉めた窓の外には、小さく白いものが、ふわふわと降り始めた…。