うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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第19話 依存

 

シドと雪狐商会によって引き起こされた偽札騒動は、シドが計画し、イタチが理解していた形とは違う結果となったが、とんでもない勘違いと軌道を描きながら、この上ないほどに綺麗な収まりを見せた。

 

アルファ達は真相をしったその後、シドがかき集めた金貨を一枚残らず回収。

 

信用崩壊を完璧に乗り越え、それにより更なる信用を市民、並びにミドガル王国から得ることとなった。

 

そんな中、イタチはシドから事の経緯を聞こうと、ミツゴシ本社で数日程待機していたのだが、彼が帰ってきたといった情報は入ってこなかった。

 

『ボスのところに行ってくる!』と飛び出していったデルタについていくこともできたが、急ぎではないため、暫く待つことにした。

 

そしてデルタが帰ってきたが、シドの姿はなかった。

 

なんでも、『自分探しの旅に出る』のだとか……。

 

…もしかしたら、自分の作戦が大失敗したとでも思っているのだろうか…。

 

まあ、大失敗とはいかず、失敗自体はしている……。

 

暗躍していた教団の存在と、アルファ達のとんでもない勘違いで、ミツゴシ商会は今も健在だ。

 

凡そ、シドからすれば、アルファ達に金貨を回収されたことを知らずに、『みんな怒ってる…』とでも思っているのかもしれない。

 

唯一の作戦共有者である俺の元にも顔を出さないのが、その証左だろう。

 

イタチは小さくため息をつきながら、雪の振る王都の空を、窓の内側から眺める。

 

「…まあ、暖かくなるころには帰ってくるか…」

 

 

 

 

 

 

イタチは、ミドガル王国の王宮にある野外訓練場に、時々足を運ぶ。

 

その理由はもちろん、アイリスとベアトリクスの修行に付き合うためだ。

 

最近は色々あって、意図せずベアトリクスと遭遇する機会が少なかったため、久しぶりに顔を合わせた際には、抱き着かれた…とまではいかないものの、急接近されることとなった。

 

未だ彼女らの修行に付き合うのは数回程度であるが、剣の冴えも魔力の扱いも著しい向上を見せている。

 

さて、そんな修行の時間を過ごす2人とイタチの元に、珍しい来訪者が現れる。

 

「イタチッ!」

 

長い銀髪を二つに結んだ女性が、短く叫びながら駆け寄ってくる。

 

「…アレクシア?」

 

突然の妹の登場に、姉であるアイリスは大きく目を見開く。

 

イタチの元へとたどり着いたアレクシアは、何度か大きく呼吸をして見せ、バッとイタチの胸倉をつかむ。

 

「ッ!ちょっと、アレクシア!一体何を!!」

 

「貴方一体今迄何をしていたの!」

 

アイリスの言葉を完全に無視し、アレクシアはイタチを鬼の形相で睨みつける。

 

「…何の話だ?」

 

「何の話って…ッ!ローズ先輩のことよ!!」

 

アレクシアのその一言で、アイリスも思うところがあるのか、ぐっと押し黙る。

 

「なるほど…。そういうことか…」

 

イタチは、自身の胸倉をつかんでいるアレクシアの両の手に優しく触れる。

 

力で敵わないことを知っているアレクシアは、渋々従う形でイタチの胸から手をどける。

 

「心配する必要はない」

 

「…どういう意味よ」

 

アレクシアは、ジトっとした目線をイタチへと向ける。

 

「シャドウガーデンから接触があった」

 

アレクシアだけでなく、アイリスも大きく目を見開く。

 

先ほどまで黙りこくっていてベアトリクスでさえ、その表情に動揺が走る。

 

「接触って…シャドウガーデンの奴らが……」

 

「どういうことなのですか、イタチさん!」

 

「…詳しく教えて…」

 

アレクシア、アイリス、ベアトリクスは、それに対してそれぞれ抱く感情は違えど、同じ様相でイタチへと迫るように声を上げる。

 

イタチは、一つ大きく息を吐き、抑揚のない口調で答える。

 

「…シャドウガーデンから、ローズとオリアナ国王の護衛を頼まれた…。彼女らが無事にオリアナ王国に帰還できるようにな…」

 

「じゃ、じゃあ…無事なのね⁉」

 

「ああ」

 

アレクシアは、安堵にも似た声を漏らす。

 

暫く俯いていたが、何かを決心したようにイタチへと視線を向ける。

 

「…なら、私もついていくわ」

 

「ッ!アレクシア!あなた何を言って…」

 

「ダメだ」

 

アレクシアの要望に酷く狼狽を見せるアイリスであったが、それを遮るようにしてイタチの短い拒絶の言葉が投げられる。

 

「…ッ!どうしてよ!!」

 

「…わからないのか?」

 

アレクシアは、イタチの返答にキッと再度瞳を尖らせるが、すぐにそれは悲愴に満ちたものへと変わる。

 

「……あなたも…私を足手まといだと…そう思っているの…」

 

「違う」

 

「ッ!だったらどうして…!」

 

「…君がミドガル王国の王女だからだ」

 

イタチの言葉に、アレクシアは固まる。

 

その言葉の意味を理解できぬほど、アレクシアは無能ではなかった。

 

「君が動けば、国家間の問題になりかねない…。下手をすれば、ミドガルとオリアナの戦争に発展する可能性もある」

 

「で、でも…ッ!」

 

「アレクシア…イタチさんの見解は正しい…。あなたが…いえ、私たちが動くことはできません」

 

食い下がる妹に、アイリスは肩に手を添えて宥める。

 

「姉さま……」

 

それ以上何も言えなくなってしまったアレクシアは、姉の顔を見ながら、押し黙る。

 

数秒の沈黙が齎されたが、小さく響くような声がそれを破る。

 

「…私が一緒に行く」

 

アイリスは、その声の主にそっと視線を移す。

 

「…ベアトリクス」

 

「私なら、何の柵もない…。それに、いくらあなたでも、一人で行くのは危険…。シャドウガーデンは信用ならない」

 

イタチも、同じようにして視線を移すと、ベアトリクスは淡々と言葉を並べた。

 

「……わかった」

 

少し考える素振りを見せたイタチであったが、すぐに肯定の意を示す。

 

イタチから承認を得られたことで、ベアトリクスは少しだけ表情に歓喜に似た様相が浮かぶ。

 

しかし反対に、アレクシアの顔には苦悶が滲み出る。

 

「私は…どうしてこんなにも…」

 

「アレクシア…」

 

アレクシアの気持ちを汲み取ったアイリスも、同じように悲しそうな視線を向ける。

 

「…アレクシア、君は勘違いをしている」

 

「…勘違い?」

 

「そうだ…。君は役立たずでも、足手まといでもない…」

 

「…煽ってるの?…この状況で、どうしてそんなことが言えるの!完全に…完全に私は役立たずじゃない!!」

 

アレクシアは、両手をぐっと強く握りこみ、叫ぶ。

 

血が滲むほどに強く握られた拳からは、彼女の気持ちが表れているようであった。

 

「…確かに、君はオリアナを変えられるだけの力はない…。そして王女としての立場が、君の動きに制限をかけているのは事実だ」

 

「ッ!そうよ!だから私は役立たずだと!!」

 

「だが、君にしかできないこともある」

 

激高していたアレクシアであったが、イタチの最後の言葉に、スッと目を見開いて落ち着きを見せる。

 

「私にしか…できないこと?」

 

「そうだ」

 

アレクシアは、何のことだかさっぱりと言った様子であった。

 

だが、姉であるアイリスは何かに気付いたようだ。

 

「事後…ということですか?」

 

「そういうことだ…」

 

アイリスの一言で、アレクシアも漸くイタチの言葉の意図を理解する。

 

「…つまり、内乱で疲弊したオリアナを支援しろと…そう言いたいの?」

 

「簡単に言えば、そう言うことになるな…」

 

実際にはもっと複雑ではあったが、イタチが彼女に求めていることの根底はそれである。

 

自分の立場だからこそできること、そしてできないこと…。

 

それを理解したアレクシアは、漸く普段の冷静さを取り戻す。

 

「アレクシア…君にできないことは俺がやる…俺にできないことは、君がやれ…」

 

イタチはそれを見逃さず、止めを刺すように言い放つ。

 

「……イタチ…」

 

アレクシアは、その言葉に感動に似た表情を浮かべる。

 

自分は頼りにされている、役立たずなんかではない…。

 

そう、言われている気がしたから……。

 

 

 

 

 

 

時刻は夜…。

 

イタチは、ミツゴシ本社の自室で、椅子に座りながらゆっくりと目を伏せ、思案する。

 

アレクシアとの一件で得ることができた協力者の顔を、思い浮かべていた。

 

「(ベアトリクスの同行は、存外悪くない案だな…)」

 

当初は、ローズとオリアナ国王の護衛中に、教団側から接触があると考えていた。

 

その上で教団を殲滅し、オリアナを取り返す…。

 

しかし、ベアトリクスがいれば、教団側も簡単には手を出しては来ないだろう。

 

近隣諸国に強者として、イタチよりも名が知れ渡っている彼女の抑止力は大いに役に立つ。

 

それはシャドウガーデンとしての作戦遂行に、大きな利を齎すことになる。

 

そう考えたため、イタチは彼女の同行を承諾するに至った。

 

さて、そんな風にして考え込んでいると、コンコンっと扉をノックする音が聞こえる。

 

「シスイ……まだ起きてる?」

 

「……アルファか、どうした?」

 

イタチの返答と共に、ガチャッと扉開かれる。

 

すると、寝間着姿のアルファが、枕を抱えながら入ってきた。

 

「…眠れないのか?」

 

「……うん」

 

アルファは、俯きながら小さく答える。

 

偽札騒動の一件以来、アルファは夜にイタチの元へ訪れることが多い。

 

なぜか…、それが分かっているイタチは、小さく微笑みながらアルファに声を掛ける。

 

「今日も一緒に寝るか?」

 

「……うん」

 

イタチは、椅子からゆっくりと立ち上がり、ベットへと腰かける。

 

次いでアルファも、その隣へと座る。

 

暫く沈黙が部屋を支配していたが、アルファがそっとイタチの肩に頭を預けたことで、それは終わりを見せる。

 

「…不安なのか?」

 

「…うん」

 

「俺はどこにもいかない」

 

「……わかってる」

 

アルファは、虫のような声でイタチへと言葉を返す。

 

「でも…それでも…不安なの…」

 

アルファの言葉に答えるように、イタチはそっとアルファの肩を抱きしめる。

 

「ぁ…///イタチ…ッ」

 

「すまない…君がここまで落ち込むとは思わなかったんだ」

 

アルファは、黙ったまま俯く。

 

「……悪かった」

 

「謝らないで…イタチ…。全ては、私のせいなのだから…」

 

イタチは、頭に『???』を増殖させる。

 

「君は何も悪くない…」

 

「……私は、役立たずで、弱いわ…」

 

「役立たずでも、弱くもない」

 

「いいえ…。いつもあなたに…あなた達に頼りきりだもの…」

 

アルファは、うっと瞳に涙を浮かばせる。

 

イタチからその様子は見えないが、それでも彼女の心境は手に取るようにわかった。

 

「俺は、アルファを頼りにしている」

 

「……本当?」

 

イタチの言葉に、アルファはふっと顔を上げる。

 

「…シャドウガーデンがうまく機能しているのは、アルファが頑張っているからだ…。正直に言おう、俺が君と取って代われば、今頃シャドウガーデンは存在していなかっただろう…」

 

「そんなの嘘よ…。あなたなら、もっとうまくやれていたわ…」

 

「本当だ…。君がいなければ、ここまでうまく事を運ぶことはできなかった」

 

「……そう、かしら…」

 

「そうだ」

 

アルファは、頭の中で何度もイタチの言葉を反復する。

 

次第に彼女の中の不安は収まりを見せ、その顔には些少の笑顔が戻る。

 

「…ねえ、イタチ」

 

「なんだ?」

 

「あなたは…本当に、いなくならない?…私を…私達を、見捨てない?」

 

「ああ。いなくならないし、見捨てない…。約束しよう」

 

アルファは、大きく息を吐く。

 

それは、安堵と安心による吐息であった。

 

イタチはいなくならない…、私は見捨てられない…。

 

先ほどと同じように、何度も何度も自分に言い聞かせるようにして、頭の中で繰り返す。

 

「アルファ…」

 

だが、小さく名を呼ばれたことで、それを中断させる。

 

しかし、悪い気はしなかった。

 

いや、むしろ心地よさ、歓喜にも似た感情が湧き上がる。

 

イタチが、敬愛する男性が、自分の名を呼んでくれる…。

 

それがこの上ない喜びであると、アルファは感じていた。

 

「俺からも、一つ約束して欲しいことがある」

 

「え…?」

 

突然のイタチの願いに、アルファは首を傾げる。

 

「…もし俺がいなくなっても、君には幸せになって欲しい」

 

「は…え…?」

 

だが、その願いは、先ほどまでの言葉を否定するかのような言葉であった。

 

漸く平常を取り戻したアルファの心に、再び絶望と不安が押し寄せる。

 

一度持ち上げられた分、それは先ほどよりも深い絶望へと繋がる。

 

「ど、どういう…こと…。や、やっぱり私を……捨てるの…?」

 

アルファの目から、止めどなく涙が溢れ出る。

 

思わずイタチの肩から頭を離し、それを胸へと移動させる。

 

腕もイタチの身体をしっかりと捉え、抱きしめる。

 

何処にもいかないように…、逃げられないように…、見捨てれられないように…。

 

「君を捨てる気はない…。ただ、確実に俺は君より早く死ぬ…」

 

イタチの言葉に、先の真意を理解する。

 

自分はエルフ…、しかしイタチは人間である。

 

それの意味するところは、『寿命の長さの違い』である。

 

種族による壁…。

 

それは本来覆ることのない、絶対の壁であった。

 

しかし、アルファは受け入れない…。

 

知っているからだ…。

 

それを覆すことができることを。

 

「シャドウは…シャドウは200年は寿命を延ばせると言っていたわ…。あなたにも同じことが…それ以上のことができるはずよ…!」

 

イタチは、アルファの言葉を聞き、大きくため息を吐く。

 

「…それはあいつだからだ…。俺にそこまでの力はない」

 

「ッ…うそ!あなたはシャドウと同じくらい強くて、同じくらい魔力の扱いに長けている!シャドウにできて、あなたにできないなんてことはない!」

 

アルファは、必死に、懇願するように声を荒げる。

 

「…本当だ…。それに、もしそれができたとしても、俺はそれを選ばない」

 

「ッ!どうして…どうしてよ!…あなたは長く生きなくちゃダメ…。あなたがいないのなら…私は…」

 

アルファは、喉元まで出かかっていた言葉を何とか止める…。

 

それを言ってしまえば、イタチを困らせてしまうと、ギリギリで理性が働いたのだ…。

 

「俺は…長く生きる…。いや、そもそも今こうして生きている資格すらない人間だ…」

 

「…何を…言っているの…?」

 

しかしその理性は、一瞬でタガが外れる。

 

「…俺は、多くの命を奪ってきた…。多くの不幸を生みだしてきた…。そんな俺が、長く生き、幸せになる権利などない」

 

「ッ…。そんなことない…。イタチは、あなたは、幸せになる権利がある…ッ!」

 

「ない」

 

イタチの拒絶に、アルファはこれまでにない苦悶の表情を浮かべる。

 

たった二文字…。

 

しかしそのたった二文字の否定に、イタチの確固たる決意と覚悟が現れている気がした。

 

イタチが過去に何をしてきたのか、アルファにはわからない…。

 

イタチの言っていることは、真実なのかもしれない…。

 

でも、それでも、自分を…自分たちを救ってくれたことも、また事実なのである。

 

「あなたがどんな罪を背負っていたとしても、私はあなたを支えたい…。あなたと…幸せに…なりたいの…」

 

アルファは、イタチを抱きしめる腕の力を強める。

 

だが、その想いは、無慈悲にも否定されてしまう。

 

「俺はもう十分幸せだ」

 

「これからも、ずっと…ずっと幸せにならないとダメッ!」

 

もう思い残すことはない…、そんな意味に聞こえたアルファは、必死でイタチの心へと呼びかける。

 

「許せ、アルファ…」

 

「ッ…!」

 

その想いは届いていない様子であった…。

 

優しい、慈悲に満ちた声色であった。

 

アルファは、その柔らかい言葉に一瞬心が洗い流されるような気持ちになるが、しかしその意図を受け入れることはできなかった。

 

「そう…それなら…もういい…」

 

「…アルファ?…ッ」

 

アルファのどこか諦めたような言い方に、イタチは怪訝な様相を見せるが、一気に驚きと困惑に支配される。

 

ぐっとアルファにベットに押し倒されたのだ。

 

ベットに背中を預けたイタチに、アルファは馬乗りになって見下ろす。

 

「…あなたが、長く生きる選択を…私がさせてあげる…」

 

アルファの一言で、彼女が何をしようとしているのか、イタチは瞬時に理解する。

 

それを肯定するかの如く、アルファはイタチへと身体を預ける。

 

当然、互いの顔も接近を見せ、少しでも動けば、唇が触れる位の距離となる。

 

「アルファ…」

 

「……本当は、あなたから求めて欲しかったけど……」

 

アルファがゆっくりと、更に接近してくる。

 

…イタチは、瞬時に目を真っ赤に染める。

 

アルファはそれに気づく間もなく、ふっとイタチの横へと顔を伏せる。

 

イタチは、写輪眼でアルファに幻術をかけて眠らせたのだった。

 

スゥスゥ…と安らかな吐息を耳に捉えながら、イタチは天井を見つめる。

 

「やはり…ダメか…」

 

小さくため息をつき、イタチはアルファを優しく抱きしめながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

小鳥の囀りと、朝の陽ざしによって、アルファはゆっくりと目を覚ます。

 

鼻腔に入ってくる匂いが、イタチの匂いであることに気付き、パッと目を見開く。

 

「イタチ…ッ」

 

しかし、イタチの姿は見られなかった…。

 

イタチの匂いを発しているのは、今自身が身を預けているベットであった。

 

辺りにスッと視線をずらすと、ここが自身の部屋ではないことが分かる。

 

同時に、誰の部屋なのかを理解する。

 

「…そうだ。私は…イタチの部屋に…」

 

そう呟くと同時に、昨日の出来事を思い起こす。

 

イタチを夜這いするような行動を思い出し、カアッと顔を真っ赤に染め上げる。

 

「うぅ…///冷静さを欠いていたわ…」

 

アルファは、顔を赤く染めたまま、ゆっくりと身体を持ち上げる。

 

「嫌われて…しまったかしら…」

 

イタチに嫌われる…。

 

言葉にして、それを想像しただけで、アルファは瞳に涙を滲ませる。

 

だが、同時に疑問も生まれる。

 

「どうして、私はあの状況で寝てしまったの…」

 

もしかしたら、うまくいっていたかもしれない…。

 

緊張しすぎて、興奮しすぎて、意識を失ってしまったのだろうか…。

 

考えても答えは見つからず、アルファは大きく息を吐いて立ち上がる。

 

「…とにかく、できる限りイタチの傍にいないと…」

 

イタチの…自分が彼に襲う羽目になった言葉を思い出す。

 

その言葉を思い出すだけで、心がギュッと握りつぶされたような感覚を覚える。

 

「絶対に…あなたを死なせない…」

 

確固たる決意を胸に、アルファは部屋を後にした…。

 

 

 

 

 

 

その日の正午…。

 

イタチは、作戦のためにアレクサンドリアへ戻ったとのことで、顔を合わせることは叶わなかった。

 

「正直…想像以上の売れ行きです…」

 

「そう…」

 

アルファは、ガンマの話をずっとうわの空で聞いていたが、とある話に差し掛かったところで、真剣な様相へと変化させる。

 

なぜなら、イタチに絡む話であったからだ。

 

「カフカとしてベータが執筆した『シンデレーラ』と同等の人気です…。まさかここまでになるとは…」

 

「…彼の語った物語よ…。当然と言えば当然ね…」

 

アルファは、今日初めての笑顔を浮かべ、ガンマへと向ける。

 

「はい…。ですが、これほどまでに反響があるとは、想定外でした」

 

「そうね…。それだけ、このような話…。シリアス…だったかしら。こういう物語が求められているということだわ」

 

少し前に、ベータから聞いた陰の叡智である言葉を思い出す。

 

笑いのない、真剣な話…、という意味だったかしら…。と記憶を辿る。

 

「やはり、悲劇の主人公という点が、人気の要因となっているようです…。決して美化せず、人間本来の感情と憎しみに囚われる…。現実味のある主人公の心情が、多くの者に支持されているようです」

 

「そうね…。物語の主人公であれば、憎しみに囚われず、正義を貫く…。でもそれは所詮おとぎ話の世界…。それをあえて表に出したことで、多くの者が心を揺さぶられたのかもしれないわ…」

 

「でも、最終的には悪の権化である兄を打ち倒し、英雄となる…。ストーリー展開としては完璧…。さすがはシスイ様ですね!」

 

ガンマは、両の手を胸の前で重ね、称賛の言葉を並べる。

 

「…それを汲み取ったベータも、さすがと言えるでしょう…」

 

「ええ、もちろんです!」

 

ガンマもアルファも、互いに歓喜の表情を浮かべている。

 

だが、ベータという名を聞き、アルファが思い出したように口を開く。

 

「…そういえば、オリアナ王国の作戦の方はどうなっているのかしら?現場の指揮権はベータだったはずだけれど…」

 

「滞りなく、進めております」

 

「国王の様子は?」

 

「無事に目覚めたとはいえ、未だ困惑している様子です…。ですが、内乱に関しては察していた様子で、特に驚いている様子はないとのことです」

 

「そう…。まあ、薬を盛られていたのだから、当然と言えば当然ね…」

 

アルファは、納得したように頷いて見せる。

 

「今後、シスイ様が表の顔であるイタチとして、666番とオリアナ国王と共に、オリアナへと向かう予定です」

 

「それなら問題はないわね」

 

イタチが向かうのであれば、この作戦も成功したと言っていい。

 

アルファは、ふっと少しだけ笑みを零すが、ガンマの表情はどこか暗いものがあった。

 

それに気づいたアルファは、怪訝な様子を見せる。

 

「何か問題でも…?」

 

「いえ…その…」

 

「はっきりしなさい」

 

アルファは、オドオドとしているガンマに、キッと鋭い視線を向ける。

 

それを受けて覚悟が決まったのか、ガンマは真剣な様子で告げる。

 

「そ、その…。シスイ様が、ある人物を同行させるとのことで…」

 

「…?666番と国王以外に?」

 

当初の計画には入っていない内容であった。

 

「はい…」

 

「…誰がいくの?ナンバーズかしら?」

 

「いえ…それが…」

 

ガンマは一瞬尻込みをして見せるが、先のアルファの叱責を受けた手前、迷いを捨てて口を開く。

 

「ぶ、武神…ベアトリクス…です」

 

「……は…?」

 

アルファは、その言葉を聞いて、大きく目を見開く。

 

その見開いた目は、次第に光を失い、まるでブラックホールを思わせるほどの黒さを有する。

 

「シ、シスイ様が…決めたことですので…その…、異議を申し立てることもできず…」

 

アルファから、謎のオーラが滲み出る。

 

次いで濃厚な魔力が放出され、ガンマは思わずビクッと身体を震わせる。

 

「へ…へぇ……、…私の伯母を…連れて行くの……私じゃなくて……」

 

「ア、アルファ様…ッ」

 

引きつったような笑みを浮かべるアルファに、ガンマは酷く動揺して見せる。

 

「どうしてかしら…どうして私じゃなくて…伯母を選んだのかしら…?」

 

アルファはゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

その様は、まるで悪霊に取りつかれたような動きであった。

 

「その…。シスイ様からは、『ディアボロス教団からの接触を避けるため』と聞いています…。周辺国家に名をはせている武神が一緒であれば、教団も容易に手出しはできないだろうと…」

 

その言葉を聞いて、アルファは幾ばくかの冷静さを取り戻す。

 

「そ、そう…。そうね…。確かに、イタチの名はまだそう広くは知れ渡っていない…。それを補うという意味で伯母を連れて行くのね…。決して女として…奉仕させるために連れていくのではないのね……」

 

「そ、そうです!決して女として供回りをさせるためではありません!そ、それに、シスイ様はそのようなことを女性にさせるお人ではありません!」

 

ガンマの言葉に、アルファはハッとした表情を浮かべる。

 

先ほどまでの発言は、シスイの、イタチの格を下げるものであったと理解したのだ。

 

「そうね…。失言だったわ……」

 

「いえ…。その、お気持ちはわかりますから…」

 

自分が愛している殿方を、伯母にとられるなど、この上ない屈辱であろう…。

 

そう考えたガンマは、アルファの様相にも、失言にも特に追及することはなかった。

 

「でも…それでも…」

 

だが、アルファの怒りにも似た感情は些少の維持を見せていた。

 

「……帰ってきたら、じっくりとOHANASHIする必要がありそうね…」

 

アルファは、ふふふっと不敵な笑みを浮かべる。

 

その笑みに、ガンマが思わず『ひぃ…』と悲鳴を漏らしたのは、言うまでもない……。

 

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