シドと雪狐商会によって引き起こされた偽札騒動は、シドが計画し、イタチが理解していた形とは違う結果となったが、とんでもない勘違いと軌道を描きながら、この上ないほどに綺麗な収まりを見せた。
アルファ達は真相をしったその後、シドがかき集めた金貨を一枚残らず回収。
信用崩壊を完璧に乗り越え、それにより更なる信用を市民、並びにミドガル王国から得ることとなった。
そんな中、イタチはシドから事の経緯を聞こうと、ミツゴシ本社で数日程待機していたのだが、彼が帰ってきたといった情報は入ってこなかった。
『ボスのところに行ってくる!』と飛び出していったデルタについていくこともできたが、急ぎではないため、暫く待つことにした。
そしてデルタが帰ってきたが、シドの姿はなかった。
なんでも、『自分探しの旅に出る』のだとか……。
…もしかしたら、自分の作戦が大失敗したとでも思っているのだろうか…。
まあ、大失敗とはいかず、失敗自体はしている……。
暗躍していた教団の存在と、アルファ達のとんでもない勘違いで、ミツゴシ商会は今も健在だ。
凡そ、シドからすれば、アルファ達に金貨を回収されたことを知らずに、『みんな怒ってる…』とでも思っているのかもしれない。
唯一の作戦共有者である俺の元にも顔を出さないのが、その証左だろう。
イタチは小さくため息をつきながら、雪の振る王都の空を、窓の内側から眺める。
「…まあ、暖かくなるころには帰ってくるか…」
イタチは、ミドガル王国の王宮にある野外訓練場に、時々足を運ぶ。
その理由はもちろん、アイリスとベアトリクスの修行に付き合うためだ。
最近は色々あって、意図せずベアトリクスと遭遇する機会が少なかったため、久しぶりに顔を合わせた際には、抱き着かれた…とまではいかないものの、急接近されることとなった。
未だ彼女らの修行に付き合うのは数回程度であるが、剣の冴えも魔力の扱いも著しい向上を見せている。
さて、そんな修行の時間を過ごす2人とイタチの元に、珍しい来訪者が現れる。
「イタチッ!」
長い銀髪を二つに結んだ女性が、短く叫びながら駆け寄ってくる。
「…アレクシア?」
突然の妹の登場に、姉であるアイリスは大きく目を見開く。
イタチの元へとたどり着いたアレクシアは、何度か大きく呼吸をして見せ、バッとイタチの胸倉をつかむ。
「ッ!ちょっと、アレクシア!一体何を!!」
「貴方一体今迄何をしていたの!」
アイリスの言葉を完全に無視し、アレクシアはイタチを鬼の形相で睨みつける。
「…何の話だ?」
「何の話って…ッ!ローズ先輩のことよ!!」
アレクシアのその一言で、アイリスも思うところがあるのか、ぐっと押し黙る。
「なるほど…。そういうことか…」
イタチは、自身の胸倉をつかんでいるアレクシアの両の手に優しく触れる。
力で敵わないことを知っているアレクシアは、渋々従う形でイタチの胸から手をどける。
「心配する必要はない」
「…どういう意味よ」
アレクシアは、ジトっとした目線をイタチへと向ける。
「シャドウガーデンから接触があった」
アレクシアだけでなく、アイリスも大きく目を見開く。
先ほどまで黙りこくっていてベアトリクスでさえ、その表情に動揺が走る。
「接触って…シャドウガーデンの奴らが……」
「どういうことなのですか、イタチさん!」
「…詳しく教えて…」
アレクシア、アイリス、ベアトリクスは、それに対してそれぞれ抱く感情は違えど、同じ様相でイタチへと迫るように声を上げる。
イタチは、一つ大きく息を吐き、抑揚のない口調で答える。
「…シャドウガーデンから、ローズとオリアナ国王の護衛を頼まれた…。彼女らが無事にオリアナ王国に帰還できるようにな…」
「じゃ、じゃあ…無事なのね⁉」
「ああ」
アレクシアは、安堵にも似た声を漏らす。
暫く俯いていたが、何かを決心したようにイタチへと視線を向ける。
「…なら、私もついていくわ」
「ッ!アレクシア!あなた何を言って…」
「ダメだ」
アレクシアの要望に酷く狼狽を見せるアイリスであったが、それを遮るようにしてイタチの短い拒絶の言葉が投げられる。
「…ッ!どうしてよ!!」
「…わからないのか?」
アレクシアは、イタチの返答にキッと再度瞳を尖らせるが、すぐにそれは悲愴に満ちたものへと変わる。
「……あなたも…私を足手まといだと…そう思っているの…」
「違う」
「ッ!だったらどうして…!」
「…君がミドガル王国の王女だからだ」
イタチの言葉に、アレクシアは固まる。
その言葉の意味を理解できぬほど、アレクシアは無能ではなかった。
「君が動けば、国家間の問題になりかねない…。下手をすれば、ミドガルとオリアナの戦争に発展する可能性もある」
「で、でも…ッ!」
「アレクシア…イタチさんの見解は正しい…。あなたが…いえ、私たちが動くことはできません」
食い下がる妹に、アイリスは肩に手を添えて宥める。
「姉さま……」
それ以上何も言えなくなってしまったアレクシアは、姉の顔を見ながら、押し黙る。
数秒の沈黙が齎されたが、小さく響くような声がそれを破る。
「…私が一緒に行く」
アイリスは、その声の主にそっと視線を移す。
「…ベアトリクス」
「私なら、何の柵もない…。それに、いくらあなたでも、一人で行くのは危険…。シャドウガーデンは信用ならない」
イタチも、同じようにして視線を移すと、ベアトリクスは淡々と言葉を並べた。
「……わかった」
少し考える素振りを見せたイタチであったが、すぐに肯定の意を示す。
イタチから承認を得られたことで、ベアトリクスは少しだけ表情に歓喜に似た様相が浮かぶ。
しかし反対に、アレクシアの顔には苦悶が滲み出る。
「私は…どうしてこんなにも…」
「アレクシア…」
アレクシアの気持ちを汲み取ったアイリスも、同じように悲しそうな視線を向ける。
「…アレクシア、君は勘違いをしている」
「…勘違い?」
「そうだ…。君は役立たずでも、足手まといでもない…」
「…煽ってるの?…この状況で、どうしてそんなことが言えるの!完全に…完全に私は役立たずじゃない!!」
アレクシアは、両手をぐっと強く握りこみ、叫ぶ。
血が滲むほどに強く握られた拳からは、彼女の気持ちが表れているようであった。
「…確かに、君はオリアナを変えられるだけの力はない…。そして王女としての立場が、君の動きに制限をかけているのは事実だ」
「ッ!そうよ!だから私は役立たずだと!!」
「だが、君にしかできないこともある」
激高していたアレクシアであったが、イタチの最後の言葉に、スッと目を見開いて落ち着きを見せる。
「私にしか…できないこと?」
「そうだ」
アレクシアは、何のことだかさっぱりと言った様子であった。
だが、姉であるアイリスは何かに気付いたようだ。
「事後…ということですか?」
「そういうことだ…」
アイリスの一言で、アレクシアも漸くイタチの言葉の意図を理解する。
「…つまり、内乱で疲弊したオリアナを支援しろと…そう言いたいの?」
「簡単に言えば、そう言うことになるな…」
実際にはもっと複雑ではあったが、イタチが彼女に求めていることの根底はそれである。
自分の立場だからこそできること、そしてできないこと…。
それを理解したアレクシアは、漸く普段の冷静さを取り戻す。
「アレクシア…君にできないことは俺がやる…俺にできないことは、君がやれ…」
イタチはそれを見逃さず、止めを刺すように言い放つ。
「……イタチ…」
アレクシアは、その言葉に感動に似た表情を浮かべる。
自分は頼りにされている、役立たずなんかではない…。
そう、言われている気がしたから……。
時刻は夜…。
イタチは、ミツゴシ本社の自室で、椅子に座りながらゆっくりと目を伏せ、思案する。
アレクシアとの一件で得ることができた協力者の顔を、思い浮かべていた。
「(ベアトリクスの同行は、存外悪くない案だな…)」
当初は、ローズとオリアナ国王の護衛中に、教団側から接触があると考えていた。
その上で教団を殲滅し、オリアナを取り返す…。
しかし、ベアトリクスがいれば、教団側も簡単には手を出しては来ないだろう。
近隣諸国に強者として、イタチよりも名が知れ渡っている彼女の抑止力は大いに役に立つ。
それはシャドウガーデンとしての作戦遂行に、大きな利を齎すことになる。
そう考えたため、イタチは彼女の同行を承諾するに至った。
さて、そんな風にして考え込んでいると、コンコンっと扉をノックする音が聞こえる。
「シスイ……まだ起きてる?」
「……アルファか、どうした?」
イタチの返答と共に、ガチャッと扉開かれる。
すると、寝間着姿のアルファが、枕を抱えながら入ってきた。
「…眠れないのか?」
「……うん」
アルファは、俯きながら小さく答える。
偽札騒動の一件以来、アルファは夜にイタチの元へ訪れることが多い。
なぜか…、それが分かっているイタチは、小さく微笑みながらアルファに声を掛ける。
「今日も一緒に寝るか?」
「……うん」
イタチは、椅子からゆっくりと立ち上がり、ベットへと腰かける。
次いでアルファも、その隣へと座る。
暫く沈黙が部屋を支配していたが、アルファがそっとイタチの肩に頭を預けたことで、それは終わりを見せる。
「…不安なのか?」
「…うん」
「俺はどこにもいかない」
「……わかってる」
アルファは、虫のような声でイタチへと言葉を返す。
「でも…それでも…不安なの…」
アルファの言葉に答えるように、イタチはそっとアルファの肩を抱きしめる。
「ぁ…///イタチ…ッ」
「すまない…君がここまで落ち込むとは思わなかったんだ」
アルファは、黙ったまま俯く。
「……悪かった」
「謝らないで…イタチ…。全ては、私のせいなのだから…」
イタチは、頭に『???』を増殖させる。
「君は何も悪くない…」
「……私は、役立たずで、弱いわ…」
「役立たずでも、弱くもない」
「いいえ…。いつもあなたに…あなた達に頼りきりだもの…」
アルファは、うっと瞳に涙を浮かばせる。
イタチからその様子は見えないが、それでも彼女の心境は手に取るようにわかった。
「俺は、アルファを頼りにしている」
「……本当?」
イタチの言葉に、アルファはふっと顔を上げる。
「…シャドウガーデンがうまく機能しているのは、アルファが頑張っているからだ…。正直に言おう、俺が君と取って代われば、今頃シャドウガーデンは存在していなかっただろう…」
「そんなの嘘よ…。あなたなら、もっとうまくやれていたわ…」
「本当だ…。君がいなければ、ここまでうまく事を運ぶことはできなかった」
「……そう、かしら…」
「そうだ」
アルファは、頭の中で何度もイタチの言葉を反復する。
次第に彼女の中の不安は収まりを見せ、その顔には些少の笑顔が戻る。
「…ねえ、イタチ」
「なんだ?」
「あなたは…本当に、いなくならない?…私を…私達を、見捨てない?」
「ああ。いなくならないし、見捨てない…。約束しよう」
アルファは、大きく息を吐く。
それは、安堵と安心による吐息であった。
イタチはいなくならない…、私は見捨てられない…。
先ほどと同じように、何度も何度も自分に言い聞かせるようにして、頭の中で繰り返す。
「アルファ…」
だが、小さく名を呼ばれたことで、それを中断させる。
しかし、悪い気はしなかった。
いや、むしろ心地よさ、歓喜にも似た感情が湧き上がる。
イタチが、敬愛する男性が、自分の名を呼んでくれる…。
それがこの上ない喜びであると、アルファは感じていた。
「俺からも、一つ約束して欲しいことがある」
「え…?」
突然のイタチの願いに、アルファは首を傾げる。
「…もし俺がいなくなっても、君には幸せになって欲しい」
「は…え…?」
だが、その願いは、先ほどまでの言葉を否定するかのような言葉であった。
漸く平常を取り戻したアルファの心に、再び絶望と不安が押し寄せる。
一度持ち上げられた分、それは先ほどよりも深い絶望へと繋がる。
「ど、どういう…こと…。や、やっぱり私を……捨てるの…?」
アルファの目から、止めどなく涙が溢れ出る。
思わずイタチの肩から頭を離し、それを胸へと移動させる。
腕もイタチの身体をしっかりと捉え、抱きしめる。
何処にもいかないように…、逃げられないように…、見捨てれられないように…。
「君を捨てる気はない…。ただ、確実に俺は君より早く死ぬ…」
イタチの言葉に、先の真意を理解する。
自分はエルフ…、しかしイタチは人間である。
それの意味するところは、『寿命の長さの違い』である。
種族による壁…。
それは本来覆ることのない、絶対の壁であった。
しかし、アルファは受け入れない…。
知っているからだ…。
それを覆すことができることを。
「シャドウは…シャドウは200年は寿命を延ばせると言っていたわ…。あなたにも同じことが…それ以上のことができるはずよ…!」
イタチは、アルファの言葉を聞き、大きくため息を吐く。
「…それはあいつだからだ…。俺にそこまでの力はない」
「ッ…うそ!あなたはシャドウと同じくらい強くて、同じくらい魔力の扱いに長けている!シャドウにできて、あなたにできないなんてことはない!」
アルファは、必死に、懇願するように声を荒げる。
「…本当だ…。それに、もしそれができたとしても、俺はそれを選ばない」
「ッ!どうして…どうしてよ!…あなたは長く生きなくちゃダメ…。あなたがいないのなら…私は…」
アルファは、喉元まで出かかっていた言葉を何とか止める…。
それを言ってしまえば、イタチを困らせてしまうと、ギリギリで理性が働いたのだ…。
「俺は…長く生きる…。いや、そもそも今こうして生きている資格すらない人間だ…」
「…何を…言っているの…?」
しかしその理性は、一瞬でタガが外れる。
「…俺は、多くの命を奪ってきた…。多くの不幸を生みだしてきた…。そんな俺が、長く生き、幸せになる権利などない」
「ッ…。そんなことない…。イタチは、あなたは、幸せになる権利がある…ッ!」
「ない」
イタチの拒絶に、アルファはこれまでにない苦悶の表情を浮かべる。
たった二文字…。
しかしそのたった二文字の否定に、イタチの確固たる決意と覚悟が現れている気がした。
イタチが過去に何をしてきたのか、アルファにはわからない…。
イタチの言っていることは、真実なのかもしれない…。
でも、それでも、自分を…自分たちを救ってくれたことも、また事実なのである。
「あなたがどんな罪を背負っていたとしても、私はあなたを支えたい…。あなたと…幸せに…なりたいの…」
アルファは、イタチを抱きしめる腕の力を強める。
だが、その想いは、無慈悲にも否定されてしまう。
「俺はもう十分幸せだ」
「これからも、ずっと…ずっと幸せにならないとダメッ!」
もう思い残すことはない…、そんな意味に聞こえたアルファは、必死でイタチの心へと呼びかける。
「許せ、アルファ…」
「ッ…!」
その想いは届いていない様子であった…。
優しい、慈悲に満ちた声色であった。
アルファは、その柔らかい言葉に一瞬心が洗い流されるような気持ちになるが、しかしその意図を受け入れることはできなかった。
「そう…それなら…もういい…」
「…アルファ?…ッ」
アルファのどこか諦めたような言い方に、イタチは怪訝な様相を見せるが、一気に驚きと困惑に支配される。
ぐっとアルファにベットに押し倒されたのだ。
ベットに背中を預けたイタチに、アルファは馬乗りになって見下ろす。
「…あなたが、長く生きる選択を…私がさせてあげる…」
アルファの一言で、彼女が何をしようとしているのか、イタチは瞬時に理解する。
それを肯定するかの如く、アルファはイタチへと身体を預ける。
当然、互いの顔も接近を見せ、少しでも動けば、唇が触れる位の距離となる。
「アルファ…」
「……本当は、あなたから求めて欲しかったけど……」
アルファがゆっくりと、更に接近してくる。
…イタチは、瞬時に目を真っ赤に染める。
アルファはそれに気づく間もなく、ふっとイタチの横へと顔を伏せる。
イタチは、写輪眼でアルファに幻術をかけて眠らせたのだった。
スゥスゥ…と安らかな吐息を耳に捉えながら、イタチは天井を見つめる。
「やはり…ダメか…」
小さくため息をつき、イタチはアルファを優しく抱きしめながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
小鳥の囀りと、朝の陽ざしによって、アルファはゆっくりと目を覚ます。
鼻腔に入ってくる匂いが、イタチの匂いであることに気付き、パッと目を見開く。
「イタチ…ッ」
しかし、イタチの姿は見られなかった…。
イタチの匂いを発しているのは、今自身が身を預けているベットであった。
辺りにスッと視線をずらすと、ここが自身の部屋ではないことが分かる。
同時に、誰の部屋なのかを理解する。
「…そうだ。私は…イタチの部屋に…」
そう呟くと同時に、昨日の出来事を思い起こす。
イタチを夜這いするような行動を思い出し、カアッと顔を真っ赤に染め上げる。
「うぅ…///冷静さを欠いていたわ…」
アルファは、顔を赤く染めたまま、ゆっくりと身体を持ち上げる。
「嫌われて…しまったかしら…」
イタチに嫌われる…。
言葉にして、それを想像しただけで、アルファは瞳に涙を滲ませる。
だが、同時に疑問も生まれる。
「どうして、私はあの状況で寝てしまったの…」
もしかしたら、うまくいっていたかもしれない…。
緊張しすぎて、興奮しすぎて、意識を失ってしまったのだろうか…。
考えても答えは見つからず、アルファは大きく息を吐いて立ち上がる。
「…とにかく、できる限りイタチの傍にいないと…」
イタチの…自分が彼に襲う羽目になった言葉を思い出す。
その言葉を思い出すだけで、心がギュッと握りつぶされたような感覚を覚える。
「絶対に…あなたを死なせない…」
確固たる決意を胸に、アルファは部屋を後にした…。
その日の正午…。
イタチは、作戦のためにアレクサンドリアへ戻ったとのことで、顔を合わせることは叶わなかった。
「正直…想像以上の売れ行きです…」
「そう…」
アルファは、ガンマの話をずっとうわの空で聞いていたが、とある話に差し掛かったところで、真剣な様相へと変化させる。
なぜなら、イタチに絡む話であったからだ。
「カフカとしてベータが執筆した『シンデレーラ』と同等の人気です…。まさかここまでになるとは…」
「…彼の語った物語よ…。当然と言えば当然ね…」
アルファは、今日初めての笑顔を浮かべ、ガンマへと向ける。
「はい…。ですが、これほどまでに反響があるとは、想定外でした」
「そうね…。それだけ、このような話…。シリアス…だったかしら。こういう物語が求められているということだわ」
少し前に、ベータから聞いた陰の叡智である言葉を思い出す。
笑いのない、真剣な話…、という意味だったかしら…。と記憶を辿る。
「やはり、悲劇の主人公という点が、人気の要因となっているようです…。決して美化せず、人間本来の感情と憎しみに囚われる…。現実味のある主人公の心情が、多くの者に支持されているようです」
「そうね…。物語の主人公であれば、憎しみに囚われず、正義を貫く…。でもそれは所詮おとぎ話の世界…。それをあえて表に出したことで、多くの者が心を揺さぶられたのかもしれないわ…」
「でも、最終的には悪の権化である兄を打ち倒し、英雄となる…。ストーリー展開としては完璧…。さすがはシスイ様ですね!」
ガンマは、両の手を胸の前で重ね、称賛の言葉を並べる。
「…それを汲み取ったベータも、さすがと言えるでしょう…」
「ええ、もちろんです!」
ガンマもアルファも、互いに歓喜の表情を浮かべている。
だが、ベータという名を聞き、アルファが思い出したように口を開く。
「…そういえば、オリアナ王国の作戦の方はどうなっているのかしら?現場の指揮権はベータだったはずだけれど…」
「滞りなく、進めております」
「国王の様子は?」
「無事に目覚めたとはいえ、未だ困惑している様子です…。ですが、内乱に関しては察していた様子で、特に驚いている様子はないとのことです」
「そう…。まあ、薬を盛られていたのだから、当然と言えば当然ね…」
アルファは、納得したように頷いて見せる。
「今後、シスイ様が表の顔であるイタチとして、666番とオリアナ国王と共に、オリアナへと向かう予定です」
「それなら問題はないわね」
イタチが向かうのであれば、この作戦も成功したと言っていい。
アルファは、ふっと少しだけ笑みを零すが、ガンマの表情はどこか暗いものがあった。
それに気づいたアルファは、怪訝な様子を見せる。
「何か問題でも…?」
「いえ…その…」
「はっきりしなさい」
アルファは、オドオドとしているガンマに、キッと鋭い視線を向ける。
それを受けて覚悟が決まったのか、ガンマは真剣な様子で告げる。
「そ、その…。シスイ様が、ある人物を同行させるとのことで…」
「…?666番と国王以外に?」
当初の計画には入っていない内容であった。
「はい…」
「…誰がいくの?ナンバーズかしら?」
「いえ…それが…」
ガンマは一瞬尻込みをして見せるが、先のアルファの叱責を受けた手前、迷いを捨てて口を開く。
「ぶ、武神…ベアトリクス…です」
「……は…?」
アルファは、その言葉を聞いて、大きく目を見開く。
その見開いた目は、次第に光を失い、まるでブラックホールを思わせるほどの黒さを有する。
「シ、シスイ様が…決めたことですので…その…、異議を申し立てることもできず…」
アルファから、謎のオーラが滲み出る。
次いで濃厚な魔力が放出され、ガンマは思わずビクッと身体を震わせる。
「へ…へぇ……、…私の伯母を…連れて行くの……私じゃなくて……」
「ア、アルファ様…ッ」
引きつったような笑みを浮かべるアルファに、ガンマは酷く動揺して見せる。
「どうしてかしら…どうして私じゃなくて…伯母を選んだのかしら…?」
アルファはゆっくりと椅子から立ち上がる。
その様は、まるで悪霊に取りつかれたような動きであった。
「その…。シスイ様からは、『ディアボロス教団からの接触を避けるため』と聞いています…。周辺国家に名をはせている武神が一緒であれば、教団も容易に手出しはできないだろうと…」
その言葉を聞いて、アルファは幾ばくかの冷静さを取り戻す。
「そ、そう…。そうね…。確かに、イタチの名はまだそう広くは知れ渡っていない…。それを補うという意味で伯母を連れて行くのね…。決して女として…奉仕させるために連れていくのではないのね……」
「そ、そうです!決して女として供回りをさせるためではありません!そ、それに、シスイ様はそのようなことを女性にさせるお人ではありません!」
ガンマの言葉に、アルファはハッとした表情を浮かべる。
先ほどまでの発言は、シスイの、イタチの格を下げるものであったと理解したのだ。
「そうね…。失言だったわ……」
「いえ…。その、お気持ちはわかりますから…」
自分が愛している殿方を、伯母にとられるなど、この上ない屈辱であろう…。
そう考えたガンマは、アルファの様相にも、失言にも特に追及することはなかった。
「でも…それでも…」
だが、アルファの怒りにも似た感情は些少の維持を見せていた。
「……帰ってきたら、じっくりとOHANASHIする必要がありそうね…」
アルファは、ふふふっと不敵な笑みを浮かべる。
その笑みに、ガンマが思わず『ひぃ…』と悲鳴を漏らしたのは、言うまでもない……。