うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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第21話 月読

 

オリアナ王国の王宮…。

 

国王であるラファエロの誘拐、ローズ王女の失踪により、侯爵であるドエム・ケツハットが、まるで国王代理のように振舞っていた。

 

だが、ドエムはミドガル王国の王都で行われたブシン祭の一件以来、数か月にわたって不機嫌な様子を見せていた。

 

「くそっ…これだけの時間が経っても、未だにローズどころかラファエロも見つからないとは…ッ!」

 

王宮に用意させた自身の私室で、ドエムは苦悶の表情を浮かべる。

 

「…既に死んだと考えても……、いや、それはあまりに早計だ…。あの2人にはシャドウガーデンがついているという噂もある…。それに、ローズを失うのは惜しい…。指輪の発動にも、私の地位の擁立にも使える女だ…」

 

更に顔を歪ませるドエムであったが、しかし手がないわけでもなかった。

 

「…最悪は、レイナだな…。王家の血を継ぐあの女なら、地位の擁立には申し分ない…。ただ、指輪の継承ができないのと、市民が素直に受け入れるとは思えない点がネックだな…」

 

未亡人(予定)となった王妃に、後夫として結ばれるなど、オリアナ王国どころか、周辺国家ですら前例がない…。

 

それを無理に進めれば、王位継承を狙う自身の兄弟を含めた敵対派閥に付け入る隙を与えてしまう…。

 

「…だが、現状はこれしかあるまい…。あの老害の機嫌を損ねる方が厄介だ…。それに、鍵たる指輪そのものはこちらの手にあるのだ…。何も恐れることなどない…。少し計画に変更があっただけと考えれば……」

 

ドエムが自身に言い聞かせるようにしてブツブツと呟いていると、扉が激しく叩かれる音が聞こえる。

 

次期国王、次期ラウンズがいる部屋の扉をそのように叩くなど、なんと無礼な輩か…。

 

怒りのボルテージを上げ、声を荒げようとしたが、扉の先でその者が先に声を荒げる。

 

「ドエム侯爵!大変です!!」

 

「なんだ⁉何事だ!!」

 

入ってきたのは、ドエムの護衛の1人であり、ディアボロス教団の一員でもある男であった。

 

「それが…ラファエロ・オリアナとローズ・オリアナを乗せた馬車がオリアナ王国とミドガル王国の境である関所を越え、こちらに向かっているとの情報が入ってきました!」

 

「な、ななな、何だとッ!!ローズだけでなく、ラファエロまで…ッ!バカな…あの状態から回復したとでも言うのか⁉」

 

ドエムが、レイナ王妃に頼んでラファエロに秘密裏に投薬していた薬物…。

 

その量は、ラファエロの身体と精神が、取り返しのつかないレベルにまで到達しているほどであった。

 

ぐぐぐっと表情を歪ませるドエムであったが、瞬時にそれを閃いたようなものへと変える。

 

「…いや、これは好機だ…。クアドイとチルドレン1stを使い、ラファエロを暗殺、ローズを確保すれば…」

 

ドエムが不敵な笑みを浮かべるが、護衛の1人は複雑そうな顔をして口を開く。

 

「そ、それが…。同じように考えた疾風のクアドイと複数のチルドレン1stが襲撃をかけたのですが…ただ一人を残し、全滅したとの報告が…」

 

「は、はあぁ?バ、バカな、そんなバカなことがあるか⁉ローズにそこまでの力はなかったはずだ!!」

 

ドエムは、ありえないとばかりに、甲高い声を上げる。

 

「その…非常に強力な護衛がついていると、生き残りから聞き及んでおります…」

 

「ッ!…ま、まさか…シャドウガーデンの連中か!!」

 

嫌な予感は的中した…、ドエムはそう確信した。

 

やはり奴らはシャドウガーデンの後ろ盾を得ていたのだと…。

 

くっ…と息を詰まらせるが、護衛の男はそれを否定する。

 

「いえ…シャドウガーデンの者ではありません…」

 

「なに…?なら一体何者だ!」

 

「…武神ベアトリクスと、イタチ・ウチハと名乗る男です…」

 

「…ッ」

 

ドエムは、雷に打たれた様に身体を硬直させる。

 

その後、ワナワナと震え、絶句して見せる。

 

「武神ベアトリクス…。あの世捨てエルフが…奴がラファエロとローズに付いたというのか…。それに…イタチだと…、確かその名は…」

 

「…はい…。ローズ王女が度々口にしていた、あの一件で我ら教団と相対した男の名前です…」

 

5年前、ローズを攫った盗賊は、なんとディアボロス教団だったのだ。

 

当時のドエムはまだ今ほどの、侯爵としての権力を有していなかったため、その目論見は他の教団幹部によるものであった。

 

その後、イタチという魔剣士の名を耳にすることも、教団と相対したという情報も入ってこなかったため、『盗賊と勘違いした遭遇戦』として一応の片が付いた。

 

敵対意思がなければ、教団への勧誘も視野に入れていたことから、彼の者の捜索は続けていたが、5年間一切有力な情報が入ってこなかったため、海を渡り、別大陸へ行ったものだと断定されていた。

 

それが、最近になってミドガルの王都でしばしば名を聞くようになった。

 

「くそっ…最悪のタイミングで出てきたものだ…」

 

ドエムは、苦虫を噛み砕いたような表情を滲ませる。

 

ローズとイタチには、もちろん面識がある。

 

イタチがどうかは知らないが、ローズがその流浪の魔剣士であるイタチに恋心を抱いている。

 

それを知らない王族や貴族を探す方が難しいほどに有名な話である…。

 

だが、イタチにしても、一国の王女から恋心を向けられ、悪い感情を抱くことはないだろう…。

 

この状況下で、ローズの護衛をしていることがその証左だ…。

 

「侯爵…いかがいたしましょう?」

 

黙りこくったまま、深刻な表情をしているドエムに、護衛の男は狼狽えながら声を掛ける。

 

「…イタチの実力はともかく、武神がいるのであれば、ラウンズでもない限り敵わんだろう…。一先ず、王宮まで案内させろ…。奴らを逃がすことが一番の愚策だ…。その後の策は……考える」

 

「承知いたしました」

 

ドエムの命令を受け、護衛の男は足早にその場を去る。

 

「……ベアトリクスにイタチ………くそ…」

 

ドエムは、誰もいなくなった私室で、呪詛のように二人の名を唱え続けた……。

 

 

 

 

 

 

自分探しの旅をしていたシド。

 

彼は意図せずイタチとローズ達とすれ違う形で、旅先であるオリアナ王国を出ていた。

 

理由は、とある件について、七陰に…特にベータに話を聞くためである。

 

彼はオリアナ王国を出立した後、ミツゴシ本社のあるミドガル王国王都へと帰還した。

 

時刻は昼前だが、大空を覆う雪雲が太陽光を遮り、時間にしては酷く暗く感じる。

 

ミツゴシ本店近くに付くと、見知った顔を見て声を掛ける。

 

「やあ、ニュー」

 

「シャ…シド様ッ?お戻りになられていたのですか?」

 

目の前に現れた盟主に、ニューは大きく目を見開き、持っている案内用のプラカードを落としそうになる。

 

彼は、偽札による信用崩壊の一件以来、旅に出ると言ったきり、一度も戻ってきていなかったからだ。

 

その旅というのが、教団関係者を探る隠語のようなものであることを、アルファ達含め、ニューも察したのである。

 

「うん…ベータいる?」

 

「ベータ様…ですか?ベータ様は現在、例の件でここにはおりませんが…」

 

ニューは、周りへの警戒を厳となし、会話が盗み聞きされないギリギリの声量で答える。

 

なるほど…、どうやら不在のようだ。

 

例の件というのはさっぱりわからないが、恐らくは僕の陰の実力者プレイに、ニューが即興で合わせてくれているのだろう。

 

ありがたいことだ。

 

「そっか…。じゃあ、他の七陰は?」

 

「アルファ様と、ガンマ様でしたら…」

 

「じゃあその2人でいいや、案内してもらってもいい?」

 

「はい。畏まりました」

 

ニューは、近くにいる従業員(構成員)に声を掛け、業務を簡単に引き継いだ後、シドをアルファ達の元へと案内した。

 

 

 

 

 

執務室であろう部屋に案内されたシドは、アルファとガンマに質問をする。

 

内容は、『この本について知ってる?』である。

 

無法都市で助けた女性が、オリアナ王国にあるしがない喫茶店を開いていた。

 

偶然の再会であったが、彼女はシドとしての僕を知らない。

 

故にただのモブ客として利用していたのだが、カウンターから見えるある一冊の本に目が留まったのだ。

 

その本の表紙と題材を見た時、いかにも悪役と英雄みたいな物語で、一瞬興味を抱いた。

 

それに気づいた女性が、嬉々として勧めてきたため、断るのも悪いと思い、見せてもらった。

 

高速で読み進めていくうちに、絶句した。

 

自分でも感情の起伏がないと自負しているシドが、思わず歯をガタガタとさせるくらいには動揺した。

 

もっとわかりやすく言うならば、ジョン・スミスとして活動している際に、デルタが死んだことになっていた時よりも驚いた。

 

その後、その本をわざわざ自分のポケットマネーで購入し、こうして持参するくらいには看過できない内容であった。

 

「…みんなも知っていたのか…」

 

「ええ。ベータがイタチから聞いた『忍の叡智』を物語として出版したものだもの。知らないはずないわ」

 

アルファは、そんなシドの想いとは裏腹に、どこか自慢げに言い放つ。

 

「…そっか…イタチさんがね…」

 

故に、シドの表情が暗い影のようなものを抱いていると気づき、首を傾げた。

 

「あの、主様…。その本がどうかなされたのですか?」

 

同じようにシドの様子に疑問を抱いたガンマが、恐る恐ると言った様子で声を掛ける。

 

「あのさ……、これって出版停止とかにはできないよね?」

 

「「え…?」」

 

予想もしていなかったシドの一言に、アルファとガンマは短く驚き、固まった。

 

いち早くその疑問を理解したアルファが、ゆっくりと口を開く。

 

「どういうことかしら…?」

 

「え…うーん……。なんていうか…。イタチさんはこの話が世に広まることを望んでいないと思うんだよね…多分」

 

アルファとガンマは、目を大きく見開き、押し黙る。

 

『イタチが望んでいない』…その一言は、彼女たちを黙らせるには十分すぎる内容であった。

 

更に加えて、『それを広めてしまったのが自分たち』という現実が、彼女たちを不安へと駆り立てる。

 

「何を…言っているの…?」

 

その不安は、なぜという疑問となってアルファの口から漏れだす。

 

小鳥の囀りのような、か細い声であった…。

 

「…ごめん、僕の口から詳細は話せないんだ…。それで、出版停止は難しいかな?」

 

答えを得られなかったアルファは固まり、代わりにガンマが口を開く。

 

ガンマには、あまりの衝撃に思考がショートしてしまったように見えていたが、実際は違う。

 

これまでのシドとイタチとの会話を、情報を思い出しながら、アルファは思考に耽っていたのだ。

 

「出版自体を止めるのは可能ですが…。その本は既に多くの民衆の知るところとなっております…。」

 

「まあそうだよねー…今更止めても遅いか…」

 

シドが諦めたように呟き、大きくため息をつく。

 

そのため息に、ガンマは大きく身体を震わせる。

 

「も、申し訳ありません!主様!!」

 

「え……、いや、僕に謝られても困るというか……」

 

「そ、そうですね…。イタチ様に直接謝罪をしなければなりませんね…」

 

ガンマの瞳には、うっすらと涙が浮かぶ。

 

敬愛している殿方の、望んでいないことをしてしまったのだ。

 

その反応も当然であろう。

 

「…用ってのはそれだけだから…それじゃ…」

 

「あ、主様…」

 

ガンマは背中を向け、歩き去っていくシドを引き留めようとしたが、後に続ける言葉が見つからず、そのまま黙ってしまう。

 

少しだけ沈黙が流れるが、先ほどから固まっていたアルファが瞼を大きく広げ、唇を震わせる。

 

一つの結論にたどり着いたようだ。

 

「まさか…まさか…。この物語は…イタチの過去…実話…なの…?」

 

アルファが途切れ途切れに発した言葉に、ガンマはこれまでにないほどに目を見開かせる。

 

シドの表情はアルファ達からは見えなかったが、彼は足をとめるという行動に出る。

 

そして、一つ大きく息を吸い、答えた。

 

「…そうだよ」

 

「「ッ!」」

 

言葉にならない衝撃が、アルファとガンマに、電流のように駆け抜ける。

 

この時シドは、久方ぶりに自身の心の奥底が揺れ動くのを感じていた。

 

本の内容からして、イタチはアルファ達に真相までは話していない。

 

それはつまり、『真相を伝えるつもりはない』という感情を意味していた。

 

イタチが話したくないのなら、僕から話すことは何もない…。

 

そう思っていた。いや、今も思っている。

 

だが同時に、真相を知っているからこそ、例えその物語に出てくる兄がイタチであると明言されていなくとも、心に来るものがあった…。

 

『少なくとも、君たちには知っておいてほしい』…そんな感情が、シドの心の中に生まれた。

 

だが、踏みとどまる…。

 

しかし、全ての感情を塞き止めることはできなかった。

 

その止め切れなかった感情が、『イタチを尊敬しているのなら、自分たちで気づいてほしい』という、ある種の我が儘を生む。

 

「…君たちに、イタチの真意が、真実が分かるかな?」

 

シドは、そう言い放ち、アルファ達の反応を待たずして、部屋から出ていった……。

 

 

 

 

 

オリアナ王国の領内に入る際、そして入った後、何度か襲撃を受けたイタチ達一行であったが、ベアトリクスとイタチの圧倒的とも言える力で撃退して見せる。

 

その中で、イタチはあえて、襲撃してきた者達の中で、下っ端風の男を逃がす。

 

彼がそのままオリアナの王都へと戻り、その情報がドエムの耳に入れば、それ以上の襲撃はないと踏んでのことであった。

 

その思惑は見事に的中し、それ以降は目立った襲撃はなく、無事にオリアナ王国の王都、王宮へと到着を果たす。

 

衛兵も、市民も、王であるラファエロとローズの帰還を心から祝福していた。

 

王宮内の貴族や関係者も同じように無事を祝ってはいたが、どこまでが本当かはわからない。

 

現に、現在オリアナ王国を実質的に牛耳っているドエムが接触してこないのが、その証左であろう。

 

ラファエロとローズは、シャドウガーデンから聞き及んでいた作戦通りに事を運ぶため、即座にドエムを糾弾するような行動は起こさない。

 

ドエムを完全に失脚させ、オリアナ王国を裏から支配する教団勢力を完膚なきまでに叩くには、それなりの場が必要だからだ。

 

ラファエロとローズの護衛を、影分身体とベアトリクスに投げたイタチ…。

 

その日の夜に、早速自身が行うべき、自身しか行えない作戦のために、動いた。

 

もちろん、イタチではなく、シスイとしてである。

 

変化の術で容姿を変え、漆黒を纏う。

 

イタチは、王宮の外壁をまさしく忍者と言った様相で駆けあがり、目的の一室へとたどり着く。

 

中からは光が漏れ出しており、覗き見るとローズとよく似た髪を有する女性がいるのが見て取れる。

 

彼女は化粧台の前に座り、王妃という立場でありながら、自身で化粧を施していた。

 

こんな時間に、召使も呼ばず、一人で化粧を施すということは、そう言うことなのだろう…、とイタチは察する。

 

室内には王妃しかいない…。

 

絶好のタイミングと言えた。

 

イタチは、あえてフードを外し、そしてあえて王妃が気付くように音を立てて窓から室内へ侵入する。

 

イタチが室内に足を踏み入れた瞬間、王妃はゆっくりと振り向き、イタチを視界に捉える。

 

だが、なぜか驚かない。

 

イタチは思わず警戒する。

 

『罠か…⁉』…と。

 

だが、それは杞憂に終わる。

 

王妃はじっとイタチの顔を眺めたのち、ふっと笑いかける。

 

「あら…いい男ね」

 

イタチは思わず絶句する…。

 

いくら芸術の国の王妃という立場であろうと、危機意識が抜け落ちていることに対しての絶句であった。

 

先ほど、一瞬でも最大級の警戒をした自分がバカらしく思える程であった。

 

「どちら様かしら?」

 

イタチは、完全にその質問を無視し、ゆっくりとレイナに歩み寄る。

 

「…レイナ王妃だな」

 

「ええ。それで、あなたは…ッ!」

 

イタチの目が真っ赤に染あがり、三つ刃の手裏剣を模した紋様へと変化する。

 

その瞬間、レイナは混沌にも似た世界へと引きずり込まれる。

 

「え…なに…これ?」

 

明らかに視界に映る世界の色合いが違うことで、レイナは酷く動揺する。

 

キョロキョロと周りを見回し、先ほどの男を見つけて些少の安堵感に似た表情を浮かべる。

 

「あなたの仕業かしら?…これは一体…」

 

「レイナ王妃…。あなたには今から、72時間…教団の真実、ドエムの真意、父と娘の想いを見せる…」

 

「え…?」

 

イタチの言葉の意図が分からず、レイナは呆けたような声を上げた。

 

 

 

 

 

『月読』

 

空間、時間、質量、あらゆる物理的要因を支配し、術者の精神世界へと相手を引きずり込むことのできる幻術…。

 

レイナを月読にかけた瞬間、彼女はその場で苦悶の表情を浮かべて嘔吐する。

 

呼吸は荒く、目の焦点は合っていない。

 

瞬間…。

 

「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!………」

 

雄叫びにも似た絶叫を上げ、気絶する。

 

イタチは、床に伏せるレイナの首元に手を添え、脈を確認する。

 

生きてはいる…。

 

殺すつもりのない月読であったが、精神崩壊を起こした後に絶命する可能性もある…。

 

故にその行動に出たイタチであったが、遠くからバタバタと近づいてくる多くの足音が耳に入る。

 

それを聞き、イタチはばっと身体を翻して、隠れ蓑の術を用いて身を潜める。

 

「レイナ王妃!!」

 

衛兵らしき人物が数名、部屋へと入ってくる。

 

少し遅れて、高貴な見た目をした男性も来る。

 

「な、なんだ…い、一体何が起こったッ!」

 

その声と姿を捉えたイタチは、写輪眼を発動し、その男を観察する。

 

胸ポケットに魔力を帯びた指輪を発見し、微笑を漏らす。

 

「(ドエム・ケツハット…。やはり、肌身離さず持っていたか…)」

 

イタチは、ドエムの胸ポケットへ向け、細長くさせたスライムを慎重に向かわせる。

 

気付かれぬように奪い取り、回収した後、イタチはその場から姿をかき消した。

 

…ただでさえ発見が困難なイタチの隠密能力に加え、衛兵もドエムも、レイナ王妃の様相に驚き、介抱に躍起になっていたため、それに気付くものは誰一人としていなかった…。

 

 

 

 

 

 

その後、イタチは、ラファエロに件の指輪の入ったケースを手渡す。

 

「イタチ殿…。貴殿は一体何者なのだ?」

 

「…しがない、ただの魔剣士ですよ」

 

ラファエロは、ケースを開け、中に入っている指輪を確認する。

 

間違いなく、本物であった。

 

「ただのしがない魔剣士が、あのドエムの目を盗んで奪い去れるはずが……」

 

「運が良かった…ということでしょう」

 

イタチは、なんの悪びれもなく、的外れな言葉を口にする。

 

「ふっ…ならば、そういうことにしておこう」

 

ラファエロは、それが嘘であるとすぐに理解するが、詳細を聞いたところで聞き出せないと察し、苦笑いを浮かべる。

 

「一つだけお聞かせください」

 

「なんだね?」

 

「その指輪は、この国を滅ぼす可能性のある力を解放する鍵であると聞き及んでいます。シャドウガーデンの話では、回収後に速やかに破壊するよう指示を受けています…。ですがあなたはそれを私から聞き、拒んだ…。そろそろ理由をお聞かせ願えますか?」

 

イタチの言葉は、嘘も混じって入るものの、根幹の部分は真実であった。

 

且つて、オリアナ王国に侵攻するベガルタ王国軍に対抗するために発動した『黒き薔薇』。

 

教団側は、その黒き薔薇を我が物にするために、ラファエロの精神支配含め、このオリアナ王国での騒動を引き起こした。

 

それを発動させるための鍵が、ドエムから奪い、ラファエロに渡した指輪であった。

 

指輪は、所有者登録のある者しか扱えず、今はラファエロがその所有者である。

 

そして、この鍵に加えて、発動の有無を決める装置が存在する。

 

その装置は、教団側が保有しているところまでは、シャドウガーデンが調査済みである。

 

つまり、イタチ達が黒き薔薇を防ぐには、指輪を破壊し、黒き薔薇が発動できないようにする必要がある。

 

裏を返せば、所有者であるラファエロが所有していることが一番の避けるべき状況であった。

 

「これには…この国を救う…、ドエムを失脚させ、その他寝返った貴族たちを黙らせる仕掛けを施してる」

 

「仕掛け?」

 

イタチは、些少の驚きをもってラファエロに問いかける。

 

「イタチ殿は、録画、映像といった言葉を聞いたことがあるか?」

 

「…ええ」

 

「ほう?それは驚きだ…この言葉は私も最近知ったものなのだがな…。まあ、それはどうでもよい。この指輪には、私が完全に精神と身体が支配される前、ドエムのクーデターに気付いた際に録画した、遺言が記録されている。指輪の継承がそれを発動させる条件なのだが、ローズに指輪を継承し、発動することができれば、王都中にその映像を流すことができる」

 

「…つまり、貴族たちを囲い込み、民衆を味方に付ける…。そういうことですか?」

 

「何より、ドエムを討つ最大の切り札になる」

 

イタチは、確かに悪くない案だと感じた。

 

当初の案では、ドエムの悪事を白日の下に晒すことも含め、時間がかかるものであった。

 

しかし、ラファエロの策が本当だったとしたら、それは一夜にして、いや、一時にして達成されるだろう。

 

…だが同時に危険もあった。

 

「指輪の継承が条件ならば、それを狙って教団側が黒き薔薇を発動させる危険性があるのではないですか?」

 

「教団側の装置は、指輪とセットでなければ発動しないはずだ…こちら側に指輪がある以上は、その心配はない」

 

「…つまり、指輪と装置の所有者が同じでなければ黒き薔薇は発動しないと?」

 

「……多分な」

 

ラファエロは、少しだけバツの悪そうな顔をして見せる。

 

「…すまんな。あまりにも昔の…もはや伝承のようなもので、詳細な情報まではわからないのだ」

 

「…そうですか…。だが、確かにその案に乗る価値はありますね…」

 

「おお、理解してくれるか?」

 

ラファエロの歓喜にも似た表情に、イタチは小さく息を吐く。

 

もし仮に、運悪く黒き薔薇が発動したのであれば、それによって齎される『魔王』なる存在を、自分が討ち滅ぼせばいいだけだ…。

 

多少被害は出るかもしれないが、それは指輪にある映像を用いずに起こるオリアナの不安定さと鑑みても、どっこいどっこいと言える。

 

イタチは、もしもの時は自身が責任を負うつもりであった。

 

「それで、ローズはこのことを知っているのですか?」

 

「いや、知らんはずだ…」

 

「なら、俺から説明を…」

 

「それは私に任せてもらおう…。オリアナ王国に代々伝わる負の遺産だ…。私には、それを継承する義務がある…。そして、それを終わらせる義務もな…」

 

イタチは、ラファエロの言葉に、決意に思わず大きく目を見開く。

 

そのラファエロの決断が、どこか過ぐる日の自身と重なり、小さく笑って見せた。

 

 

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