うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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第22話 黒き薔薇

 

ローズの生存と帰還という僥倖を得たドエムであったが、それを上回る不安要素…、国王ラファエロの復活と帰還、加えてベアトリクスとイタチという護衛の存在に頭を悩ませる。

 

加えて、手籠めにしていた王妃レイナの意識不明が、ドエムの精神的負担を加速させていた。

 

そのせいもあり、ドエムは一睡もできぬまま、朝を迎えていた。

 

「くそっ!一体全体どうなっているんだ!」

 

ドエムは、怒りのままに叫ぶ。

 

全てが悉くうまくいかない現状に、冷静さを欠き始めていた。

 

「レイナが気絶した理由もわからぬまま…、式典も明日に控えているというのに…ッ」

 

ラファエロとローズが帰還を果たしたことによる式典……。

 

式典自体は夜間に行われるため、暫しの時間はあるが、講じなければならない策が多いドエムにとっては、ないも同然であった。

 

「…いや、落ち着け…。ローズが戻ってきた以上、レイナなどもはやどうでもいい…」

 

何とか思考を回復させ、ギリギリのところで段取りを組んでいく。

 

「…一番厄介なのはベアトリクスとイタチだ…。奴らをなんとか分断させる…。最適なのは、式典直前の控え室…。そのタイミングなら、ラファエロとローズは一時的に離れるはずだ…自ずとあの2人もそれぞれにつかざるを得なくなる…。そして、ラファエロを何とかして控え室に監禁する…」

 

豪華なコップに入った水を一気に飲みほしたドエムは、一度大きく息を漏らす。

 

「そして、式典でローズを拘束し、指輪の継承を行う…。いくらあの2人でも、ローズが人質に取られ、チルドレンと衛兵がいる中では、早々身動きは取れない…」

 

ドエムは、静かに口角を上げ、次第にくくっと笑みを零す。

 

「いける…いけるぞ…。想定外のトラブルばかりだったが……結果的にはなんとかなる……」

 

ドエムは自身の胸へと手をを添える。

 

鍵となる指輪が入ったケースの感触がある…。

 

服の内側にあるポケットを弄り、そのケースを右手で掴む。

 

色は深紅色…サイズは掌に収まる程度…。

 

指輪を保管するにはちょうど良い大きさであった。

 

「……これで私も、ラウンズだ!」

 

ケースの上部を親指で弾き、スタイリッシュに開きながら、宣言するように声を上げる。

 

…。

 

……。

 

………。

 

しかし、中に、指輪は、なかった。

 

…。

 

時が止まる。

 

顔から表情が消える。

 

…きっと、寝ていないから疲れているんだな…。

 

一度冷静になり、ケースを閉じる。

 

「…これで私も…ラウンズだ!」

 

スタイリッシュに開く。

 

しかし指輪はない。

 

……。

 

再度ケースを閉じ、開く。

 

「ラウンズだ!」

 

…やはり指輪はない。

 

「…まて」

 

手が小刻みに震える。

 

「まてまてまて、まって、え、ちょっと待て!!…え、どこいった!」

 

ケースを乱雑に手放し、身に着けている服のあらゆる場所を探る。

 

しかし、見つからない。

 

手放したケースが床に落ち、カランという音を立てる。

 

その音に一瞬反応し、視線をそちらに移す。

 

…瞬間、ケースそのものが、まるで幻のようにふわりと消え去る。

 

「き、消えた⁉え、なに、なんで⁉」

 

本当に幻を見ているのか…。

 

先ほどまで確かに触り、感触を得ていたケースが跡形もなく消えている。

 

もちろん、指輪もない。

 

「…な、なくした…?落とした…?」

 

全身に嫌な汗を流す…。

 

呼吸が荒くなる…。

 

「…まずいまずいまずい…」

 

ドエムの呪詛のような言葉が、私室へと低く響き渡る。

 

直後、部屋の片隅に、映像のようなものが流れる。

 

そこには赤毛の、いかにも性格の悪そうなイケメンが映る…。

 

ドエムは、現状が悟られないよう、何とか冷静さを保って、対応するのであった……。

 

 

 

 

 

シャドウガーデン、七陰の1人であるイプシロン。

 

オリアナ王国での作戦のため、演奏家シロンとして王城に潜入していた。

 

「…これから戦争が始まるかもしれないのに……、呑気なものですね…」

 

イプシロンは、敬意を込めた声色で、目の前の男に向かって呟く。

 

その男は本体ではなく、分身体であったが、それでもイプシロンの態度は変わらない。

 

「…確かに、王城にいる殆どの者に緊張感がないな…」

 

影分身体のイタチが、どこか物耽った様子で小さく答える。

 

「貴族は暴力を嫌い芸術を愛す…。それがオリアナ王国の歴史なのです」

 

「暴力を嫌うか……。大平の世であれば、上に立つものがそう考える方が平和なのかもしれないな…」      

 

イプシロンは、思わず少しだけ目を見開く。

 

「全ては、黒き薔薇の影響…。それが今のオリアナ王国を作り上げたのです…」

 

一夜にして10万を超えるベガルタ軍を消滅させ、その力が自国にまで牙を剥いた…。

 

確かにそのような経験をしたとなれば、戦や暴力によって武功をあげようと考える貴族が少ないのも納得だ。

 

「…となると、ローズに鍵を託すのは些か早計か…」

 

「えっ…鍵を、彼女に…?そ、それはどういうことでしょう?」

 

聞き及んでいた計画とは真逆の判断と行動をしたイタチに、イプシロンは思わず困惑の声を上げる。

 

「…あの鍵、指輪には、継承時にとある仕掛けが発動するらしい…。内乱をほぼ無傷で収められるほどのものがな…」

 

「内乱を…無傷で…。確かにそれならば…」

 

当初の計画では、教団側に黒き薔薇の発動を可能にする手段を潰すことが狙いであった。

 

その鍵となる指輪を奪取、破壊することでそれを防ぐ…。

 

その上でオリアナ王国に巣食う教団を叩く。

 

…だがこの作戦は、聞いての通り、黒き薔薇を教団の手に渡らせないことを第一目標としている。

 

言うなれば、オリアナ王国の内乱を収め、正常化を図るのは二の次であった。

 

「シスイ様の考えている通りにことが運べば、黒き薔薇の制御とオリアナの内乱を同時に収めることができるかもしれませんが…それはあまりにも…」

 

「わかっている…。もし黒き薔薇が発動してしまえば、事態はより深刻になるかもしれない…。そう言いたいのだろう?」

 

「…恐れながら…」

 

イプシロンは、緊張感をもってイタチへと視線を向ける。

 

その視線を受けながらも、イタチは表情を変えずに口を開く。

 

「だが、仮に黒き薔薇が発動しようとも、何の問題にもならない」

 

「それは、どういう意味でしょうか?」

 

「…俺が始末する。それだけの話だ」

 

イタチの言葉に、イプシロンは大きく目を見開く。

 

その余りにも頼りになる発言に、思わず胸が高鳴り、表情に笑みが滲む。

 

「シスイ様…」

 

感動と歓喜に身を震わせていたイプシロンであったが、暫くしてはっと何かに気付いたような表情へと変化させる。

 

「…もしや、黒き薔薇そのものをここで完全に破壊するのが目的…ッ」

 

「もし発動されればの話だ…。発動しないことが一番被害がないのは事実…。だが、もし発動したとしても、当初の作戦によって生じる内乱制圧までの国の不安定さ…それによる国民の犠牲を鑑みても、そう大差はない…。この選択が一番最善だと判断したまでだ」

 

イプシロンの頭の中に、電流が駆け抜ける。

 

イタチのプランとは、黒き薔薇を制圧だけでなく、内乱も早期に収めるもの…。

 

例え、黒き薔薇が発動したとしても、その被害は当初の計画と大きな差はない…。

 

しかももしかしたら黒き薔薇を完全に破壊することもできる。

 

それならば、よりよい結果を齎す可能性のある作戦としよう…、そう言っているのだ。

 

イプシロンは、自然な形でゆっくりと膝を折る。

 

それがさも当たり前かのような動作で…。

 

「それが、シスイ様の判断であるならば、我々はそれに従うまで…。すぐにベータにも伝えます」

 

「…助かる」

 

「とんでもないことでございます」

 

イタチの言葉に、イプシロンは深々と頭を下げた…。

 

 

 

 

 

空が暗くなった頃…。

 

ラファエロとローズの帰還を祝う式典が間近に迫っていた。

 

ラファエロは、イタチを伴いながら控室で準備をしている。

 

一通りの身支度を終えたラファエロは、大きく息を吐き、真剣な面持ちで呟く。

 

「さて…とうとうこの時が来たな…」

 

「ええ。この夜、全ては決するでしょう」

 

ラファエロの言葉に、イタチも声量を同じくして答える。

 

暫く沈黙が控室を支配したが、ラファエロが何処か籠ったようにして口を開く。

 

「…イタチ殿は、この件が無事に収まりを見せたら、どうするつもりだ?」

 

「どうするつもりとは…?」

 

「…オリアナ王国に…ローズと一緒になるつもりはないのかね?」

 

ラファエロの言葉に、イタチは大きく目を見開く。

 

ローズにとって、イタチという存在は特別である。

 

それは、オリアナ王国の、それこそ王族貴族の間では有名な話であった。

 

盗賊(教団)に攫われ、命の危機であったローズを救ったイタチ…。

 

彼女の中でそれが大きな感情となり、それは次第に恋心へと変わった…。

 

まだ数日しか滞在していないイタチの耳にも、それとなく伝わってくるくらいである。

 

イタチは、ローズの美しい顔を思い浮かべながら、小さく笑う。

 

「…私には…、眩しすぎます」

 

「それは…どういう意味かね?」

 

ローズを貶しているのではない…。

 

まるで自分では不釣り合いだと言わんばかりのイタチの雰囲気に、ラファエロは思わず狼狽する。

 

イタチの容姿は、それほど酷くはない。

 

いや、むしろ上位の、その中でも上澄みに入るくらいには美しい顔立ちをしている。

 

美しいだけでなく、その内には悟りを開いたような、それでいて歴戦の猛者を思わせる貫禄すら見え隠れしている。

 

溺愛する娘であるというフィルターを取り除いても、ローズとはお似合い…、むしろイタチの方が高嶺ともいえる程だ。

 

加えて、実力に関しては申し分ないどころか、トップクラスである。

 

あの武神ベアトリクスをもってして、『彼には勝てない』と言わしめているのだ。

 

道中でそれを聞いた時はにわかには信じられなかったが、しかし彼の戦闘を見ればそれが真実であることくらいは、剣の道を歩んでいないラファエロにも容易に理解できるものであった。

 

「…私には、償わなければならない罪があります」

 

「罪…。それは一体…」

 

話が確信に迫ろうとする中、控室に慌ただしい物音が近づいてくる。

 

「…やはりこのタイミングを狙ってきたか」

 

「……やつらか?」

 

「陛下…私の後ろに…」

 

イタチがそう言い終えた瞬間、控室の扉がものすごい勢いで吹き飛ばされる。

 

そして、10人を超える黒ずくめの男たちが、ゾロゾロとイタチ達を取り囲んだ…。

 

 

 

 

 

「ドエム・ケツハット侯爵…!あなたを断罪します!!」

 

数多くの貴族がいる前で、ローズは視線を鋭くさせる。

 

その視線の先には、高貴なスーツを身に纏ったドエムが酷く狼狽した様子を見せていた。

 

「な、なにを…」

 

そんなドエムの様子を見据えながら、ローズは淡々と口を開く。

 

「あなたは私の父であるオリアナ国王を操り、国家へのクーデターを企てた…」

 

「何を言い出す!!証拠でもあるのか!!」

 

「あります」

 

ローズは、一つの指輪をドエムへと見せつける。

 

「なっ…そ、それは…⁉な、なぜ貴様が!!」

 

その指輪は、言わずもがな、ドエムがどこかで無くした、鍵たる指輪であった。

 

「…私の愛するお方が…イタチさんが託してくれました!」

 

ローズの宣誓に、会場がざわつく。

 

『イタチってあの…』、『一体どういうことなんだ…』と各所から困惑の声が上がる。

 

その困惑に負けず劣らず、ドエムも酷く狼狽した様子を見せる。

 

「ば、ばかな…イタチだと…。あ、あの男が…⁉」

 

失くしたのではない…、奪われたのだ…。

 

ドエムは、ここにきて指輪紛失の真相を知る。

 

してやられた…。

 

一体どこで、どのタイミングで奪われたのかはわからないが、現に今、ローズがその指輪を有している。

 

それが確固たる証拠であった。

 

そしてその困惑と衝撃は、一瞬にしてドエムから冷静さをも奪っていく。

 

前置きも計画もない、思い付きの脅迫に似た言葉となって漏れる。

 

「その指輪を寄こせ!そして、俺と結婚するんだ!そうすれば…」

 

「それはできません」

 

ローズの確固たる拒否に、ドエムは大きく目を見開いて息を呑む。

 

「き、きさま…ッ」

 

それ以上の言葉が出てこず、思わず半歩身を引く。

 

「例え何があろうと…、私はあの方の想いに…真実の愛に答える!…そして……」

 

ローズは、指輪を持つ手を高らかに掲げる。

 

「これがあなたの罪の証拠です!」

 

大仰な身振りをもってして、それを左手の薬指に嵌める。

 

瞬間、指輪から真っ赤な閃光が輝く。

 

その閃光は、思わず目を背けたくなるほどに眩い光であった。

 

 

 

 

 

その頃…。

 

イタチは、王のいる控え室に襲撃を仕掛けてきた黒ずくめの男たちと対峙していた。

 

10人以上いた刺客も、今や2人を残すのみとなり、イタチの圧倒的な強さが垣間見える。

 

…まあ、本気を出せば、それこそ1秒とかからずに始末できるのであるが、後ろにいるラファエロの目を意識したのと、作戦の流れを加味した結果である。

 

だが、それでも圧倒的であることに変わりはなく、仲間の殆どを斃された男たちは、怯えを有した表情を見せる。

 

「…ディアボロス教団だな」

 

「ッ!」

 

抑揚のない、しかしよく通る声と言葉に、2人の刺客は大きく目を見開く。

 

「自分たちの正体がばれて驚いているのか?」

 

「イタチ・ウチハ…。やはり貴様は我々の敵だったか…」

 

「…まさか、味方だと思っていたのか?」

 

イタチが言い終えると同時に、2人は一斉に斬りかかる。

 

だが、振り上げられた剣はするりと手から零れ落ち、ガシャッと床へと落ちる。

 

少し遅れて、2人の首がボトッとという音を奏でて転がる。

 

「ッ…。なんという腕だ…」

 

一切の攻撃を目に映すことができなかったラファエロが、些少の怯えを抱きながら目の前の背中へと語り掛ける。

 

「まさか、10人を超える刺客をこうも一方的に…」

 

「…敵が弱かった…ただそれだけのことですよ」

 

1ミリも自身の力を誇示しないイタチの言動に、ラファエロはこれまでにないほどの高揚感を覚える。

 

「ふ、ふふ…、なおのこと、貴殿を手放すわけにはいかなくなったな…」

 

不敵な笑みを…しかし敵意のない笑みをぶつけてくるラファエロに、イタチは一瞬背筋に冷たいものを感じる。

 

だが、即座に不穏な足音を捉え、それを瞬時にかき消す。

 

「…どうやら、これで全部ではないようです」

 

「…?どういう…、まさか…ッ」

 

言葉の意味を一瞬理解できなかったラファエロであったが、ドタドタと複数の足音が耳に入ってきたことで遅れて理解する。

 

先ほどの倍…20人に近い黒ずくめの男が控室に入ってくる。

 

「まさか、これほどまでに教団の手の者が王城に入り込んでいるとはな…」

 

「…ッ!」

 

イタチの言葉に、ラファエロは苦悶の表情を浮かべる。

 

オリアナ王国の裏に、ディアボロス教団の影があるのは、王である以上承知していたことであった。

 

その規模もある程度は把握していたが、やはり全貌を捉えられてはいなかったのだと、改めてわからされる。

 

「しかし、これほどの戦力を俺に向けてくるとは…。ドエムも相当俺を警戒していると見える」

 

二陣として侵入してきた男たちは、足元に転がる仲間の亡骸を見て、一瞬固まって見せる。

 

が、すぐに臨戦態勢を整え、切っ先と殺意をビンビンに向けてくる。

 

「ッ…こうなっては致し方ない…。拘束が作戦ではあったが、そうも言ってられん相手のようだ…」

 

リーダー格と思しき男が、イタチを睨みつけ、言葉を発する。

 

そして、一つ息をつき……。

 

「殺せ!」

 

リーダー格の男のすぐ後ろにいた5人の男がイタチへと飛び掛かる。

 

しかし、空中で頭を打ち抜かれた様に態勢を崩し、バタバタと床へと落ちる。

 

「なッ…なんだ!何が起きて…ッ!」

 

襲い掛かった仲間が空中で糸が切れたように倒れたことで、リーダー格の男は驚きの声を上げる。

 

床へ落ち、身動き一つとらない仲間を見る。

 

その視界が頭を捉えた瞬間、大きく目を見開く。

 

「な、なんだこれは…。な、投げナイフ…か?」

 

黒い奇妙な形をした飛び道具…。

 

それが先ほどイタチに飛び掛かった5人の頭、眉間の少し上を寸分違わぬといった様子で突き刺さっていた。

 

「…ナイフではない…手裏剣だ」

 

酷く冷静な声に、リーダー格の男はばっと顔を上げる。

 

「しゅ、手裏剣……?」

 

聞きなれない言葉に、リーダーは思わず聞き返すようにして疑問を投げかける。

 

だが、そんな質問に答える義理のないイタチは、小さく息を吐く。

 

「俺を警戒し、これほどの人員を送ってきたことは褒めてやろう…。だが、見誤ったな…」

 

「な…なに…?」

 

「…この人数をローズ、いやベアトリクスに向けていれば、勝てずとも相当な時間稼ぎにはなっただろう…」

 

「なにを、何を言っている!」

 

リーダーの背中には、嫌な汗が滲み出ていた。

 

まるで、『武神よりも俺の方が強い』と言っているイタチを怪訝な様子で見つめる。

 

だが、はったりで言っている様子はない……。

 

いや、本当にはったりではないのではないか…。

 

そんな感情がリーダーを、更には他の刺客の中にも芽生え始める。

 

「…わからないのか?」

 

イタチの低く唸るような声に、リーダーは喉の奥をキュッと締め上げられる感覚を抱く。

 

わかっている…。いや、わかってしまった……。

 

この男は…イタチという男は……ヤバイ………。

 

身体が、本能がそうわからされてしまった。

 

しかし、脳と心がそれを否定する。

 

否定せざるを得ない……。

 

もしそれを認めてしまえば…、武神にすら届かぬ我らに、勝ち目などないのだから…。

 

「アアアアアアアアッッ!!!」

 

リーダーは雄たけびを上げながら、イタチへと突進する。

 

それに合わせ、他の刺客も狂ったように突撃…。

 

だが、イタチは動かない…。

 

ただただ、その場に立ち尽くす…。

 

しかし、口元がゆっくりと開かれる。

 

それに気づいたリーダーは、辛うじて残った理性でそれを察した。

 

「…哀れだな」

 

「…へ?」

 

呻き声のような疑問を喉から出した瞬間、リーダーの意識はプツリと事切れた……。

 

 

 

 

 

帰還式典が開かれている会場は…いや、オリアナ王国の王都全域に騒めきと困惑が木霊していた。

 

その原因は、ローズが掲げた指輪から発せられた光…ではなく、それによって齎されたラファエロの映像記録であった。

 

自身の精神が薬によって蝕まれていること…。

 

そしてその犯人がドエム・ケツハットであること…。

 

オリアナ王国がディアボロス教団によって支配されていること…。

 

国の未来を…娘であるローズに託すこと…。

 

命の危険が迫っていると理解したラファエロが残した、遺言(となるはずだったもの)であった。

 

その映像が齎した困惑は留まることを知らず、更に会場をざわつかせる。

 

自身が犯人だと断定されたドエムは、全身の毛穴から汗を吹き出しながら震える。

 

「デ、デタラメだ!誰が信じるものか!こ、これは…そう!わ、私を疎ましく思った国王の策謀だ!!」

 

ドエムは何とかこの場を収めようと、声高らかに言葉を並べ立てる。

 

だが、会場の意思は違った。

 

「「「ドエム・ケツハットは反逆者だ!!」」」

 

純粋に国を想う貴族…。

 

ドエムと共に反逆の一手を講じていた貴族…。

 

教団側の刺客と化している貴族…。

 

立場は違えど、皆がそれぞれにドエムを反逆者と罵る。

 

「くっ…、貴様らー!散々甘い汁を吸っておいて、今更私を…ッ!」

 

「ドエム・ケツハット侯爵…」

 

つい先ほどまで仲間面をして、媚び諂ってきていた者達が掌を返したことに、ドエムはこれまでにない怒りを抱くが、ローズの透き通るような、それでいて怒りを孕んだ声に、それを遮られる。

 

「オリアナ王国王女として…この国の未来を託された者として…」

 

ローズは、服の下に隠し持っていた剣を引き抜き、ドエムへと突き立てる。

 

「ローズ・オリアナが、あなたを断罪します!!」

 

「くっ…だ、黙れ!!何をしているチルド…衛兵!今すぐこの女を…ッ」

 

「貴方の野望もここまでよ!ドエム!!」

 

ドエムの指示は、届くことも、結びを迎えることもなかった。

 

「な、お、お前…レイナ…」

 

ドエムの顔に、少しばかりの余裕が滲み出る。

 

「め、目が覚めたのか!よかった!…ロ、ローズが乱心なんだ…お前からも言ってやって…」

 

「私は、全ての真実を知りました…。もう、あなたの傀儡ではない」

 

レイナの言葉に、ローズは大きく目を見開き、ドエムはギョッとした表情を見せる。

 

「か、傀儡…?お、お前は何を言って…」

 

「くっ!ドエム・ケツハット!!お父様だけでなく、お母様まで…!」

 

ローズは、母も同じように操られていたのだと判断し、ドエムを睨みつける。

 

「ま、まてまて!レイナには本当に何も…、ただ私に言い寄ってきて…」

 

「ッ!ふざけないで!私を騙していたくせにッ!」

 

「ドエム…貴様ー!!」「レイナ…貴様ー!!」

 

どこか話のかみ合っていない二人であったが、その喧騒は一瞬で無に帰る…。

 

ドエムの首から上が、弾け飛んだのだ…。

 

「「…ッ」」

 

その様子を見ていたローズとレイナは、思わず息を呑んで押し黙る。

 

「…全く、もう少し使えると思っていたのだが…」

 

聞き覚えのない低い声に、ローズは母であるレイナを庇いながら、ゆっくりと振り返る。

 

「無能な味方は敵よりも厄介だ…そう思わんか?…ローズ・オリアナよ」

 

「あなたは…ッ!」

 

「ラウンズ第9席…人越の魔剣モードレット…」

 

そう名乗った男は、謎のスイッチのようなものを手に持ち、それを撫でるようにして押し込んだ…。

 

 

 

 

 

第二陣の刺客を、苦も無く倒しきったイタチは、ゆっくりとラファエロへと視線を向ける。

 

「ご無事ですか」

 

「あ、ああ…」

 

イタチの圧倒的な力に、ラファエロは戸惑いながら小さく答える。

 

「…敵の影はもうないようです…急ぎ会場に…ッ!」

 

イタチは、珍しく大きく目を見開き、会場のある方へと視線を移す。

 

「イタチ殿…?」

 

そんな様相に驚いたラファエロは、心配するようにして声を掛ける。

 

「…陛下、どうやら鍵と装置の所有者が一緒である必要はなかったようです…」

 

「…?どういう…ッ!ま、まさか…」

 

イタチの言葉の意図を察したラファエロは、唇を震わせながら驚愕をその顔に浮かべる。

 

「…そのまさかです…。黒き薔薇が発動した…。いったんここを離れましょう」

 

「そ、そんな…。ま、まて、あそこにはローズが!!」

 

「…ベアトリクスがいます…。ローズは心配ないでしょう…。それに、それ以上の戦力もここに集結しているようです」

 

「ベアトリクス様以上の…ッ!ま、まさか…」

 

ラファエロが一つの答えにたどり着いた途端、巨大な破壊音と共に、王宮が揺れた。

 

 

 

 

 

 

モードレットが謎のスイッチを押し、再びローズの指輪が真っ赤な閃光を放つ。

 

「ま、また…ッ!」

 

再度赤く光る指輪にローズが気を取られていると、上空に真っ黒な花弁のようなものが出現する。

 

「そ、そんな…まさか、あれは…」

 

瞬間、会場を包んでいたガラスを有する天井が大きく損壊する。

 

その破壊音は凄まじく、まさしく耳を劈くほどのものであった。

 

それによって会場は一気にパニック状態となり、騒然たる様相を呈する。

 

「くっ…!これは…」

 

「黒き薔薇だ…」

 

ローズの言葉を補うようにして、モードレットが小さく呟く。

 

「…証人は全て消す…。それが教団の掟…!」

 

モードレットの持つスイッチから、真っ赤な紋様が浮かび上がる。

 

その紋様は、且つて聖域で見たものと酷く酷似していた。

 

「さあ、現れよ!第四魔界の偉大なる王…ラグナロクよ!!」

 

モードレットがそう宣言するとともに、黒き薔薇から真っ黒な怪物が現れる。

 

全長は優に100mは超えるであろうか…。

 

高い上空にいるにもかかわらず、その存在感は圧倒的であった。

 

「さあ、オリアナの全てを蹂躙せよ!」

 

ラグナロクはモードレットの言葉に答えるように、強大な魔力の咆哮を王都へと向けて放つ。

 

…だが、その攻撃は、王都には齎されることはなかった。

 

巨大な炎の球が、ラグナロクの放った魔力を押しとどめた。

 

数秒の膠着の後、両者ともが弾け飛ぶ。

 

圧倒的な魔力に、圧倒的な火炎…。

 

それが同時に四散したことによる衝撃波は圧倒的で、王都全体を激しく揺さぶる。

 

「な、なんだ…何が起こった!」

 

ラグナロクの攻撃が防がれたことで、モードレットは酷く困惑している。

 

ローズも同じように困惑の表情を浮かべていたが、モードレットのそれとは別の意味での困惑であった。

 

彼女は知っていた…。

 

この圧倒的なまでの火炎を…。

 

無法都市で見たものが、走馬灯のようにローズの脳裏に流れる。

 

そして、その答え合わせがやってくる。

 

「驚いたな…。まさか、『豪炎球』と同等の威力とは…」

 

その声に、モードレットとローズは大きく目を見開いて佇む。

 

「確かに、魔王と言われるだけの力は有しているようだ…」

 

ローズの瞳に、その姿が映る。

 

赤い雲の紋様が入った、漆黒を纏う男の姿が…。

 

「…だが…醜いな…」

 





あれ?もしかしてオリアナを後にしたのはまずかったかな? byシド

悪いなシド…。血の女王と同様、ラグナロクは俺が相手をさせてもらう byイタチ
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