うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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第23話 魔界

 

謎の炎に自身の攻撃を防がれたラグナロクは、天空に座す黒き薔薇を仰ぐようにして、怒りにも似た咆哮を上げる。

 

すると、黒き薔薇から無数の怪物、魔物が召喚されるようにして姿を現す。

 

モードレットは、その力を知っているのか、酷く冷静な様相で謎の炎を発したであろう男へと視線を移す。

 

赤き雲が施された、漆黒を纏う男…。

 

教団の中でも、最高幹部と称されるラウンズの名を冠する者の1人であるモードレットは、その様相から男が何者であるのかを理解していた。

 

「…ラグナロクの攻撃を相殺したのは見事だ…。それに敬意を表し、何者だ…と問うてやろう」

 

あえてその男に名乗りを上げるように仕向ける。

 

漆黒を纏う男は、モードレットの問いに答えるように、スッと漆黒の刃を天に掲げる。

 

すると、この騒動の中でも一切動じる様子を見せなかった貴族の令嬢らしき者たちが、一斉に立ち上がる。

 

その瞬間、彼女たちにも、男と同じように漆黒に身を包む。

 

「一体何が…」

 

「ま、まさか…」

 

レイナとローズは、それぞれに抱く感情は違えど、驚きを顔に滲ませる。

 

「我らはシャドウガーデン…」

 

「「「陰に潜み、陰を狩る者…」」」

 

その宣告をもってして、召喚された魔物たちが一斉に地上へと向かって急降下する。

 

ナンバーズを含めた、シャドウガーデンの構成員達は、それを迎え撃つために上空へと身を預ける。

 

ローズは、暫しその光景に見とれていたが、両者が上空で激突したのを境に、一気に思考を取り戻す。

 

「シャドウガーデンが…助けに…ッ!」

 

そしてその思考は、次第に件の男へと向けられる。

 

「行け…」

 

「ッ…シスイ…様…」

 

短い一言であったが、ローズはその言葉の意味を理解し、大きく目を見開く。

 

「…貴様には、貴様の、為すべきことがあるだろう」

 

「ッ!」

 

その理解を、確信へと変える…。

 

大きく肯定の意を唱えようとした瞬間、隣に寄り添っていたレイナがガクガクと足を震わせる。

 

「ひぃ…」

 

「お、お母様…?」

 

レイナの様相を怪訝に思ったローズはふっと視線を移す。

 

その顔には、恐怖が滲み出ていた。

 

「レイナだな…。どうやら、本当の自分を取り戻せたと見える…」

 

「シ、シスイ…様…」

 

全身を震わせ怯えきり、目に涙を浮かべる母を見て、ローズは思わずシスイに鋭い視線を向ける。

 

「母に…母に何をしたのですか⁉」

 

「…お前の父にしたことと、そう大差はない…」

 

シスイは、嘘の混じった言葉を投げる。

 

「それは…どういう…」

 

「…助けて…くれたのよ…」

 

「え…ッ!」

 

ローズは、母の言葉に、理解が追い付かずに混乱して見せる。

 

「…ならなぜ、そんなに怯えている?」

 

ローズの抱いた疑問を、代弁するものが現れる。

 

「ベアトリクス様…」

 

事の経緯を見守っていたベアトリクスが、シスイに向けて敵意を向けながらじっと見つめる。

 

その敵意に答えるように、シスイは小さく口を開く。

 

「武神か…」

 

「…あなたが、シスイ…。シャドウと同格の力を持つ男…」

 

数秒の睨みあいの末、シスイがゆっくりと視線を反らす。

 

「ローズとレイナは貴様に託す」

 

「…どういう意味…」

 

敵対の意思はないと、そう捉えられる発言であったが、ベアトリクスは一瞬も気を緩めることなく警戒する。

 

「…わからないのか?」

 

「…?…ッ!」

 

ベアトリクスは一切理解していない様子であったが、理解せざるを得ない状況が空から降ってくる。

 

自分たちを踏みつぶさんばかりの速度で、ラグナロクが降りかかってきた。

 

ラグナロクは、シスイの力に気付いているのか、彼めがけて拳を振り上げる。

 

「まさか、あなた…ッ!」

 

「…代わりに…この蝙蝠は、俺に託せ」

 

シスイは、生成した黒い剣を大きく振りかぶり、ラグナロクの拳へと叩きこんだ…。

 

 

 

 

 

 

ラグナロクと直接ぶつかり合ったシスイは、戦場を上空へと変えるため、ラグナロクを誘い出す形で空を翔る。

 

力は強大でも、知能は大したことがない様子で、ラグナロクはシスイを追いかける。

 

その様相を見上げていたモードレットは、嘲笑に似た言葉を漏らす。

 

「己の力を過信したか…。愚かな男だ…。精々足掻くといい…」

 

「誰が愚かかはすぐにわかる…」

 

誰もいなくなった会場で、呟くようにして発した言葉であったが、驚くことに返答があった。

 

「ん?」

 

モードレットは、特に狼狽える様子もなく、声のした方へと視線を向ける。

 

「初めましてかしら…、ラウンズ第9席、人越の魔剣モードレット郷…?」

 

「早速だけど、あなたを殺すわ…」

 

漆黒を纏うその姿からして、シャドウガーデンの手の者だろう…。

 

フードで隠された顔は、その殆どを見ることができないが、銀髪と水色髪を有している女2人だということはわかった。

 

だが、モードレットからすれば、シャドウガーデンを構成する彼女らが、元は何であったかをよく理解していた。

 

「その前に、答え合わせはさせてもらうけど…」

 

「実験体如きが…身の程をわきまえろ…」

 

モードレットは、怒りのこもった視線を向けながら、腰に差した剣を引き抜いた…。

 

 

 

 

 

その頃…。

 

シスイの言葉通りに、ローズは自身の為すべきこと…、オリアナ王国を守るために、王都を駆けていた…。

 

シスイとラグナロクが戦闘を開始したのを境に、ベアトリクスもローズの意思に沿う形で、王都の各地へと出現した魔物を討伐するべく、レイナ王妃を伴って、すぐ後ろを追いかけるようにして駆ける。

 

「早くしろ!死にたいのか!」

 

「もうダメだ!逃げろ!」

 

出現した魔物たちの襲撃によって、王都は大混乱と化していた。

 

ラグナロクの子どものような見た目をした魔物は、立ち向かう衛兵や逃げ惑う住民を無差別に襲う。

 

「くっ…」

 

その光景を苦悶の表情で見つめながら、ローズは近くにいる魔物へと剣を振るう。

 

シスイから力を与えられ、シャドウガーデンによって鍛え上げられた腕は、以前とは比べ物にならないほどの剣を生み、魔物を一太刀で仕留める。

 

華麗に着地したローズの元に、ベアトリクスが刀に突いた血を振るい落としながら近づく。

 

「こっちも片付いた」

 

「ベアトリクス様…では、城の周辺はこれで最後ということですね…」

 

「ローズ…いつの間に、こんな強く…」

 

ベアトリクスのすぐそばにいたレイナが、大きく目を見開いて呟く。

 

母の驚きの表情に、些少の歓喜が湧き上がったローズであったが、先ほどのシスイとのやり取りを思い出し、一気に真剣な表情を見せる。

 

「お母様…シスイ様に…いえ、シスイに一体何をされたのですか?」

 

「えっ…そ、それは…」

 

ローズの質問に、レイナは焦りにも似た様相を見せる。

 

「…尋常ではない怯えだった」

 

「……私自身のせいなのです」

 

「お母様の…一体どういう…」

 

母の悲痛な顔に、ローズは焦燥感に駆られ、母へと一歩近づく。

 

レイナは、そんなローズを思い耽るようにし見つめたのち、小さく涙を浮かべる。

 

「…ローズ、私は、あなたに…いえ、あなたとあの人に謝らなければなりません…。ですが、今はその時ではない…」

 

「……確かに、今はオリアナを救う事が先決…」

 

「お母様……。そうですね…今は、オリアナを救うことに集中しましょう!」

 

3人は、城内の安全が確保されたことを確認した後、未だ城外で暴れまわる魔物の討伐へと足を向ける。

 

その途中で、偶然にもある2人と遭遇を果たす。

 

「ッ!ローズか!それにレイナも!!」

 

2人の内の1人が、ローズとレイナを見て大きく声を上げる。

 

「お、お父様!!イタチさん!!」

 

ローズは、父とイタチの元へと駆け寄り、目に大きな涙を浮かべる。

 

「無事だったのですね!お父様!」

 

「ああ、イタチ殿がいてくれたおかげでな」

 

娘の歓喜にも似た涙声に、ラファエロは思わず大きく笑みを浮かべる。

 

「イタチさんが、お父様を守って……」

 

「…イタチが一緒だったんだ…。無事に決まっている」

 

ローズの蕩けた言葉を、ベアトリクスが当たり前だと言わんばかりに冷静に諭す。

 

ベアトリクスとは、別の意味で冷静な様子を崩さないイタチは、囁くようにして呟く。

 

「…黒き薔薇…それが発動したんだな?」

 

「はい…仰る通りです…。今、シャドウガーデンのシスイが、黒き薔薇によって呼び出された、魔王ラグナロクなる存在と戦っています…」

 

「魔王…ラグナロクか…」

 

ローズの言葉を、イタチは復唱するようにして声に出す。

 

「…魔王というのは伊達じゃない…。私を大きく上回る力を有していた」

 

続けてその力の危険性を知らせようと、ベアトリクスは自身を基準にしてそれを伝える。

 

3人が情報交換を行っている最中、ラファエロとレイナが視線を合わせる。

 

先に視線を離したのはレイナであり、その顔には苦悶にも似た表情が張り付いていた。

 

「レイナよ…」

 

「あなた…私は…」

 

「もうよい……私の責任でもある…」

 

予想していたものとは違った言葉であったのだろう。

 

レイナは大きく目を見開いたのち、俯きながら首を左右に振る。

 

「違うわ…私が…私が全て悪いのです!…私は、あなたを裏切って…ッ!」

 

半狂乱になりかけているレイナを、ラファエロはそっと優しく抱きしめる。

 

「何も言うな……お前の全てを許そう…我が妻、レイナよ…」

 

「…ッ!あなた……ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

2人の涙混じりの抱擁を見て、3人は一瞬固まる。

 

一番早く表情に動きを見せたのはイタチであった。

 

一見、何の変化も見られないものであったが、その口角は僅かに、ほんの少しだけ上を向いていた。

 

「お父様…お母様…一体何が…」

 

ローズがそう漏らした瞬間、城外で大きな雄叫びが重なり合うようにして轟く。

 

その雄たけびに反応し、皆が一斉にその方向へと視線を向ける。

 

そこには、多くの魔物が血を吹き出しながら倒れているのが見える。

 

周りには漆黒に身を包んだ者達が見え、それらが魔物を斃しているのだと理解できた。

 

「…シャドウガーデン」

 

「とりあえずは味方…ということか」

 

イタチとベアトリクスが、小さく呟く。

 

「今は、あの方たちを頼る他なさそうですね…」

 

「…そうだな。いくら俺でも、一人で一切の被害なくあれらを仕留めるのは難しい」

 

「イタチ…私もいる…。とはいっても、2人でもそれは無理か…」

 

ベアトリクスは、なぜか少しだけムスッとした表情を浮かべるが、即座に現状を把握したのか、理知的な言葉を放つ。

 

「…一先ず、民の命を守らねばならぬ…。庭園の地下を解放しそこへ誘導しよう…」

 

「そうですわね…。あそこは遺跡になっていて、頑丈だわ…」

 

「…なら、それはあなた方にお任せします…私は、シャドウガーデンと共に魔物を討ちます…」

 

イタチの言葉に、4人は大きく目を見開く。

 

「待て…」「待ってください!」

 

その驚きを、言葉にして漏らすものが2人…。

 

ベアトリクスとローズであった。

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃない…」

 

「イタチさんを、一人で行かせるわけにはいきません!」

 

ローズの怒号に、イタチは一瞬戸惑う。

 

ベアトリクスがローズの言葉に修正を加えないところを見ると、彼女も同じ意見を有しているようであった。

 

「…君たちには、陛下と王妃を守ってもらう」

 

イタチのもっともすぎる言葉に、2人は思わず黙りこくる。

 

「…その心配はない…」

 

そんな中、イタチの言葉に、ラファエロが異議を申し立てる。

 

「王城には数多くの衛兵たちがいる…我らの身の安全は心配せずとも良い」

 

「……いや、ダメです…。まだ教団の手の者がいる可能性があります…」

 

「それは確かにそうだが、奴らもこの状況で手を出してくることもないだろう」

 

「…混乱に乗じて暗殺ということもありうる…。それに…」

 

イタチがラファエロを諭そうと言葉を発している中、何かがものすごい音を立てて彼らの傍へと落ちてくる。

 

「「「「ッ!」」」」

 

イタチ以外の者が、何事かと身を強張らせる。

 

落ちてきたものは、身体の至る所を赤く染め上げ、瓦礫の上で呻き声をあげながら伏している。

 

ローズは、それが何であるのかを察すると、大きく目を見開いて口を開く。

 

「モ、モードレット!!…なぜ…」

 

先ほどまで威厳ある立ち振る舞いで会場にいた男が、瀕死に近い形で現れたことに驚いていると、後方から澄んだ声が聞こえてくる。

 

「頑張っているようね、666番」

 

王都を蹂躙している魔物を討伐している者と同じ、漆黒の衣を纏った2人組…。

 

その片割れがその澄んだ声を発した主であった。

 

ローズは、その声に聞き覚えがあった。

 

「ベ、ベータ様ッ!…それに…」

 

「イプシロンよ…。でも、まさか合流して一緒に行動をしているとは思わなかったわ…イタチ・ウチハさん」

 

イプシロンが、イタチを名指して呼んだことで、ベアトリクスは剣の柄に手をかける。

 

「…聖地以来だな…」

 

「ええ…そういうことになりま……なるわね」

 

イタチの返答に、イプシロンは一瞬言葉を詰まらせるが、何事もなかったかのよう振舞う。

 

「…ベアトリクス」

 

「…?」

 

「陛下と王妃を連れて、庭園の地下へ行け」

 

「ッ!…だが…」

 

イタチの提案に、ベアトリクスは目を見開いて抗議の意を示す。

 

「…案ずるな、奴らが俺に危害を加える意思はない…」

 

「その通りです。武神ベアトリクス…。私達とイタチさんは、いわば協力関係…。いえ、仲間と言っても過言ではありません」

 

「…イタチとお前たちが仲間だと…笑わせるな」

 

先ほどまで人当たりのよい雰囲気を巻き散らしていたベータとイプシロンであったが、ベアトリクスの最後の言葉に、一瞬殺気を漏らす。

 

「…ベアトリクス…。頼む」

 

その殺気を感知したベアトリクスであったが、イタチからの懇願もあり、渋々と言った様子で剣から手を離す。

 

「…イタチに何かあったら、私がお前たちを斬る」

 

「あら怖い…。そうならないように気を付けないと」

 

ベータはくすっと笑うようにして返す。

 

その様子に、ベアトリクスは視線を鋭くさせるが、それ以上の問答は返さず、ラファエロとレイナと共にその場を離れる。

 

「ぐ…、くそ…これほどとは…」

 

そして、ベアトリクスたちが去っていくのを待っていたかのようにして、先ほどまで地に伏していたモードレットが身体を起こす。

 

モードレットが身を起こしたことで、ローズはサッと臨戦態勢を整える。

 

「小娘如きに…ッ!」

 

「まさか、2対1だから負けたとは言いださないわよね?」

 

「数的不利をわかっていながら、道具頼りで挑んできたのはあなたよ…」

 

モードレットの呪詛のような言葉に、イプシロンとベータが煽るようにして口を開く。

 

「くっ…だが、まだラグナロクがいる!…観測史上最大級の力をもってすれば、貴様ら如き一瞬で…ッ!」

 

「随分遠い一瞬ね…」

 

「それがあなたの希望なら待ってもいいけど、その間に答え合わせをさせてもらうわよ…」

 

「なに…?」

 

イプシロンの言葉に、モードレットは怪訝な様相を見せるが、次第にその表情はにやける。

 

「ふんっ…何が聞きたい…。どうせラグナロクに焼き付くされるんだ…。答えてやろうじゃないか」

 

「いい心掛けね…」

 

モードレットの言葉を聞き、イプシロンは不敵な笑みを浮かべ、耳を傾けた…。

 

 

 

 

 

オリアナ王国の王都は、既に深い夜へと包まれていた。

 

本来であれば、月明りの元、静寂が支配する王都の上空であったが、今はいくつもの爆発と魔力の奔流が発生していた。

 

その爆発を避けつつ、更には王都に落下するであろう攻撃を空の彼方へと弾き飛ばしながら、本体であるイタチことシスイは空を飛び回る。

 

「さすがは魔王…攻撃も魔力も強大だな…」

 

無数に飛んでくる魔力の光線を、シスイは一つも見逃すことなくはじき返す。

 

「なるほど…力だけ見れば、尾獣に匹敵するか…。魔力なく、病に侵されていた以前であれば、俺でも苦戦していたかもしれないな…」

 

過去の弱体化した自身の力と照らし合わせながら、シスイは余裕ある態度でラグナロクとの戦いに身を投じている。

 

王都になるべく被害が出ないように、牽制しながら戦っていても、まだ余裕がある。

 

「…これでは、どちらが化け物か分らんな…」

 

現状の自信の力を揶揄するかのように、シスイはふっと小さく笑う。

 

魔力の閃光が意味をなさないと理解したのか、ラグナロクはその巨体をもってしてシスイへと襲い掛かる。

 

その速度は圧倒的で、その巨体には似合わない程であった。

 

「力の底は大体理解した…想定していた範囲内のようだ…」

 

シスイは、空中で両手を合わせ、一つの印を完成させる。

 

直後、突進してきたラグナロクは、何かに絡めとられた様に動きを止める。

 

よく見ると、無数の糸が、ラグナロクの身体を縛り上げるようにして拘束していた。

 

その糸は、次第に赤く染まり始め、炎を宿していく。

 

「グオオオオッ!!!!」

 

糸か、それとも熱か…どちらに悲鳴をあげているのかはわからないが、シスイは少しだけ目を見開く。

 

「ほう?魔王と言えど、痛みは感じるのか?」

 

ラグナロクは、炎を宿す糸を引きちぎらんと身を捩るが、無数の糸に絡め取られた身体は言うことを聞かず、拘束を解くには至らない。

 

「さて…アルファから聞いた、シャドウの真似事ではあるが…威力を確かめさせてもらおう…」

 

シスイは、一つ息を吐き、凛々しくも小さく声を発する。

 

「『火遁・豪炎網の術』」

 

 

 

 

 

モードレットから齎された話は、ローズにとって、俄かには信じがたいものであった。

 

この世界の外側に、無数の世界があること…。

 

教団がそこに存在する世界を『魔界』と呼んでいること…。

 

地の果てまで続く氷の世界や、生物の住めぬ毒の世界、燃え盛る炎の世界、灰色の墓標に埋め尽くされた死の世界、神の如き力を持った生物が存在する世界…例をあげればきりがないが、それらは確かに存在していること…。

 

そして、それらの世界はこの世界を含め、ある一点を中心にして周回するようにして存在している…。

 

その世界は、周回の果てに、時に衝突することもある…。

 

衝突した世界同士は干渉しあい、繋がることすらある…。

 

「そんな話…信じられるわけが…」

 

ローズの感想は、至極当然とも言える。

 

この世界と別の世界があると言われ、『はいそうですか』と納得できる者はいないだろう。

 

イタチですらも、もし自身がそれに巻き込まれた張本人でなければ、信じてはいなかっただろう。

 

だが、ことこの場においては、ローズのその想いは少数派であった。

 

イタチに加え、ベータとイプシロンも、まるで知っているかのように、モードレットの話を聞いている。

 

「講義中に口を挟むな、ローズ・オリアナ」

 

「なっ…」

 

モードレットの言葉に、ローズは思わず息を漏らす。

 

「さて…異なる世界が干渉するとどうなるか…。これは一つの例だが、この世界にはかつて、魔力が存在しなかったことが分かっている」

 

「…この世界に魔力が生まれた瞬間というのが…」

 

「魔界との衝突のタイミングと一致する…。つまり、魔力とは魔界よりこの世界より流れ込んだのだ…。いや、魔力とは少し違うな…。古代の文献には、別の名前で表記されていた…。といっても、この世界特有に変化し、すでにその力は別物となっているがな…」

 

モードレットの含んだ言い方に、イタチが目を細める。

 

「……チャクラか…」

 

「ほう…。イタチ…貴様知っているのか…。…。これはラウンズの中でも極一部の者しか知りえない情報なのだがな…。どこで知った?」

 

「さあな…だが、運が良ければ、近いうちにお目にかかることができるかもしれんぞ」

 

「…なに?」

 

イタチの言葉に、モードレットは怪訝な様相を見せる。

 

ベータですらも、イタチを凝視しながら驚愕の表情を浮かべていたが、それに区切りをつけ、ゆっくりと口を開く。

 

「…もう一つだけ、魔神ディアボロスは、あなたの言う魔界から来たのかしら?」

 

自身の疑問を打ち切られたモードレットは、一瞬不満を表情に表すが、諦めたようにベータの質問へと思考を移す。

 

「…あれは、正真正銘この世界で生まれた存在だ…。しかし、あれを魔神に変えた存在は違う…。あのお方は、魔界から訪れた…。私たちはその世界を、第一魔界と呼んでいる」

 

「あのお方…第一魔界…?」

 

モードレットの呼称を、イプシロンは呟くようにして復唱する。

 

「あのお方からは多くの知見を得た…。あれもその一つ…。もうわかっただろう…あれが何であるか…」

 

「…人為的な、魔界とのゲート…」

 

ベータがモードレットの発言に答えるようにして口を開く。

 

モードレットは、痛む身体をゆっくりと持ち上げ、立ち上がる。

 

「あのお方とは、一体何者だ」

 

そんなモードレットに、イプシロンは話に出てきた聞き流せない内容を問う。

 

「それを貴様らに話す気はない…。第四魔界の王、ラグナロクによってここで滅ぶとしても、それだけは…」

 

モードレットが些少の覇気を取り戻しながら宣言するが、空中から落下してきた巨大な何かにそれを阻まれる。

 

「ぐおッ!!」

 

ドガンッ!という圧倒的な衝撃に、モードレットは思いっきり吹き飛ばされる。

 

「「「くっ!」」」「ッ…」

 

その衝撃によって齎された砂ぼこりと暴風に、ローズ達は目を閉じ、身構える。

 

衝撃が次第に止み、漸く目を開けていられる程度にまでなったところで、ローズはゆっくりと目を開く。

 

そして、そのまま大きく目を見開く。

 

そこには、切断された巨大な腕が見て取れたからだ…。

 

 

 

 

 

 

落下してきた巨大な腕によって齎された衝撃波は、数秒で沈黙を迎える。

 

「ま、魔王の腕ッ⁉」

 

その視線は、そのまま落下してきたであろう上空へと移る。

 

そこには、次々とラグナロクの身体が切断される状況が目に入った。

 

ラグナロクは、もだえ苦しむようにして雄たけびを上げる。

 

その前方に、シスイと思しき人物が見える。

 

彼が両手を大きく広げると、ラグナロクはありえないほどの火炎に身を包み、爆散していく。

 

その光景を、またも地に伏した状態で見ていたモードレットは、大きく口を開ける。

 

「そ、そんな…バカな…ありえん…ラグナロクだぞ…!観測史上最大級の魔力体だ!…それが…こんなばかな…」

 

錯乱にも似た様相を見せるモードレットの元へと、シスイがゆっくりと落下してくる。

 

「こんなこと…あってはならないだろ!生きる神秘!次元世界の至宝が…!」

 

モードレットの錯乱に、ローズは大きく目を見開きながら見つめる。

 

そんな折、イプシロンが大きくため息をつきながら口を開く。

 

「哀れね…」

 

「陰の叡智、そして忍の叡智の一端でも理解できれば、こうはならなかったでしょうに…」

 

ベータも続けて言葉を漏らす。

 

分身体であるイタチは、『それを知ったところで理解できんがな…』と心の中で呟く。

 

すると、どこからか漆黒を纏った一人の人物が舞い降りてくる。

 

スッとイタチは視線をその人物へと移すと、それが559番と呼ばれる女性であることを認知する。

 

「報告します…周辺の魔物たちの掃討は完了しました」

 

「ご苦労様」

 

「予定通り部隊を分けましょう」

 

イプシロンとベータが彼女の報告をもとに口を開くが、559番の視線は、ジトっとローズへと移る。

 

その視線は、敵意に満ちたものがあり、なぜか殺気すら孕んでいた。

 

「…ッ!」

 

なぜそんな殺気を向けられるのか…。

 

ラムダとの修行の際にその一端を知ってはいるものの、やはり納得がいかずに、ローズは睨み返す。

 

理解が及んでいないイタチは、『…仲が悪いのか?』と素っ頓狂な考えを巡らせる。

 

だが、モードレットの狂った笑い声に、その思考も停止させる。

 

「くくっ…これは夢だ…私は疲れているのだ…」

 

モードレットがそう呟くと同時に、シスイがゆっくりと地面へと降り立つ。

 

それに一瞥もくれず、モードレットは覚束ない足取りで、切り落とされたラグナロクの腕へと歩み寄る。

 

その様相を、シスイは黙って見つめている。

 

「蛮族共に付き合わされて、ストレスが溜まっていたらしい…」

 

ラグナロクの腕へと両手を添え、モードレットは更に発狂する。

 

「でなければ、こんな悪夢はなーーーい!!!」

 

そう叫んだ後、モードレットは、ラグナロクの腕、その切断部分へと顔を埋める。

 

「「…ッ!」」

 

その行動を見た一同は、困惑を見せていたが、いち早く魔力の奔流に気付いたシスイとイタチがピクッと両目を尖らせる。

 

直後、圧倒的なまでの魔力が王都を覆いつくし、それは一点へと圧縮されていく。

 

「オオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!」

 

ラグナロクと融合を果たしたモードレットが、地へと足をつけたシスイの頭上に現れる。

 

そして、暫し両者は視線を交差させる。

 

………。

 

シスイが、嘲笑に似たため息を漏らした…。

 

「無様だな…」

 

その呟きを聞いたモードレットは、驚愕に顔を染め上げた…。

 

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