うちはイタチ…再び陰として生きる   作:ペリカン96号

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シャドウ編
第33話 邂逅


 

オリアナ王国の王城、とある客間のバルコニー…。

 

今ここで、イタチはクナイを構えたまま、大きく目を見開いて固まっていた。

 

「俺が…シャドウガーデンのNO.2…?それに、シスイを名乗っていただと…?」

 

目を見開いたまま、何とか口を開き、アルファと名乗る女性が発した言葉をそのまま返す。

 

「…そうよ。シャドウガーデンの一員として活動する際に、あなたが名乗っていた名前…。シスイは、あなたの亡き親友の名前なのでしょう?」

 

「…ッ!」

 

イタチは、さらに目を見開く。

 

俄かには信じがたい話であった。

 

自分がシスイを名乗っていたことではない…。

 

「…なぜそれをお前が…いや、君が知っている…」

 

イタチの発言に、アルファはどこか悲し気な表情を浮かべる。

 

「…あなたが教えてくれたのよ…もう、4年…5年前になるかしらね…」

 

どこか哀愁漂う様子を見せるアルファに、イタチは胸に騒めきを覚える。

 

「俺が……なぜ……」

 

「…私たちが、それほどの関係だったということよ」

 

親友の名を語るほどの仲だったのか…。

 

素直に頷けるものではなかったが、記憶がなくとも理解してしまう。

 

自身の親友の名を伝え、剰えそれを偽名として使い行動することを共有するなど、生半可な関係性ではないことを…。

 

そしてそれは、一つの確信にも似た感情を生む…。

 

「なら、俺は本当に、シャドウガーデンに……」

 

「そうよ……ッ。本当に…何も覚えていないの?」

 

アルファの目に、些少の涙が溜まっている…ように見えた。

 

イタチが目を凝らしたのと同時に、アルファはふっと顔を背ける。

 

泣き顔を見られたくないのだろうか…。

 

イタチがどこか考え込むようにしていると、再びアルファは視線を合わせてくる。

 

「…もう一つだけ……シャドウのことは……?」

 

「シャドウ……」

 

アルファから齎された名前を、イタチはゆっくりと復唱して見せる。

 

もちろん、初めて聞く名前ではなかった。

 

「シャドウガーデンの長の名か………。悪いが、それも記憶にない……」

 

イタチは、ベアトリクスから…いや、この国の誰もが知っている名であることを理解しながら、ゆっくりと口を開く。

 

…世間では、大悪人として名が通っているそれを…。

 

「…ッ!どうして…ッ!一体あなたに何があったの⁉」

 

先ほどまでの冷静沈着な様相から一変し、アルファは酷く困惑した様子を見せる。

 

俺がシャドウという名を知らないことが、よほどありえないことなのだろうか…。

 

いや、彼女の話が全て真実だとすれば、俺はシャドウの右腕的な存在だと推察できる…。

 

それを『知りません』と言われれば、この狼狽にも納得がいく。

 

…というよりも、積もり積もってと言ったほうが正しいだろう…。

 

彼女は、俺の眼の前に現れた瞬間から…いや、もしかしたらそれより以前から、酷く動揺していたように思える…。

 

それを無理やり抑え込み、冷静を装っていたのだ。

 

「何があったか…。…親友の名を俺の口から伝えているということは、俺がどこから来たのかも、知っているのか?」

 

イタチは、シスイの名を伝えるほどに関係が出来上がっている仲だと仮定した場合の可能性について考えていた。

 

「…ええ知っているわ…。木の葉の国…。そしてその国は、この世界には存在しない…そうでしょ?」

 

なるほど…。

 

国か里か…その違いはあれど、俺の居た里も、ましてや俺がいた世界がこことは違うことも知っているようだ。

 

「…なら前の世界で、俺が既に死人だということも知っているか?」

 

「…ッ!ええ、あなたは前世である忍界で一度死んだ…。そして、この世界に転生してきた…」

 

アルファは、先ほどよりも大きく動揺して見せる。

 

そんな彼女を見ながら、イタチは小さく息を吸いこむ。

 

「…俺が記憶を失った原因はわからない…。だが、今の俺が覚えている範囲では、この世界に来たのは穢土転生という、死者の魂を穢土から呼び出す忍術から解放された直後だった…」

 

「ッ!…死者の魂を…呼び出す…⁉じゃ、じゃあ…あなたが急に意識を失ったのは…⁉」

 

意識を失ったという新たな情報に、イタチは些少の目の開きを見せる。

 

それが記憶を失う前と後の境目なのではと推察する。

 

イタチは、大きく息を吐き、手に携えていたクナイをしまい込む。

 

クナイをしまい、警戒心を解いたイタチを見て、アルファは目を見開いてみせる。

 

「…どうやら、少なくとも、君は俺の敵ではないようだ…」

 

「イタチ…ッ」

 

記憶がない中で、過程はあれど、自身を信用してくれたことに、アルファは安堵と感嘆の表情を漏らす。

 

「…その上で一つ聞きたい…」

 

「…なにかしら?」

 

イタチのどこか苦痛にも似た一言に、アルファはふっとその表情を真剣なものへと戻す。

 

「…シャドウガーデンは裏の組織…平たく言えば犯罪組織なのだろう?…なぜ俺と君はそこに属している?何か理由があるのか…?」

 

アルファは大きく目を見開いたのち、酷く悲しそうな表情を滲ませる。

 

彼女が、『犯罪組織』という言葉に反応したことだけは、イタチの洞察力で捉えることができた。

 

「…そうよね…。記憶のないあなたからしたら、私達シャドウガーデンは犯罪組織に見えるわよね…」

 

「…どういう意味だ?」

 

まるで犯罪組織ではないかのような口ぶりに、イタチは些少の疑念を持った視線をぶつける。

 

放火、窃盗、誘拐、王都襲撃などなど…。

 

イタチが得た情報では、シャドウガーデンが行ってきた悪事が数多くあった。

 

…こと、このオリアナ王国においては、黒き薔薇によって呼び出された魔王の手から救ったという事実はあるが、それだけでこの組織を楽観視することはできなかった。

 

イタチの怪訝な視線に気づいたアルファは、非常に苦しそうに口を開く。

 

「…今、一つだけ言えることは、あなたは私達と志を同じくして戦っていたということ…。そしてなにより……」

 

アルファが溜めるようにして言葉を詰まらせる。

 

そして、何か感慨深い感情を吐き出すようにして、ゆっくりと呟く。

 

「…私は、いえ、私たちは、あなたとシャドウに救われたのよ…。身も心も…そして尊厳も……」

 

「ッ…!」

 

アルファは、まるで聖母のような微笑みの元、一筋の涙をポロッと流す…。

 

それが嘘偽りでないことだけは、イタチにもよく理解できた。

 

まるで嘘のない、本心からの言葉であった。

 

それゆえに、イタチの動揺は激しかった。

 

「一体…どういう…」

 

だが、その答えを聞き出すことはできなかった……。

 

「何者だ…イタチから離れ…ッ!」

 

艶めかしい身体を、黒いローブで包んだ女性が、イタチとアルファの会話に乱入してくる。

 

この上ない警戒心で現れた女性であったが、アルファの顔を見た途端、まるで石像のように固まってしまう。

 

「……ここで会うつもりは、なかったのだけれど…」

 

しくじったと言った様子を見せながら、アルファはふっと顔を背ける。

 

「…ベアトリクスさん」

 

イタチは、目の前のアルファを見て、なぜ驚いているのかを理解し、この様相を見守っている。

 

「……オリヴィア……」

 

剣の柄に添えかけていた手を、ベアトリクスはブラッとだらしなく下げ降ろす…。

 

「今の私はアルファです…。伯母様…」

 

「アル…ファ…?な、何を言っているんだ……」

 

ベアトリクスは、自身が知り得ている姪の名とは違う名を名乗っている彼女に、酷く動揺する。

 

「…オリヴィアという名は、もう捨てた名です…」

 

「…ッ!捨てた……捨てただと…⁉…ッ。妹が、君の母がつけた名だぞ……」

 

姪が発する言葉を信じられないのか、ベアトリクスは見たこともない様相を見せる。

 

そんなベアトリクスを居た堪れなく思い、イタチは思わず割って入る。

 

「…捨てたとは、どういうことだ…?」

 

「そのままの意味よ…。今の私はアルファ…。この名は、あなt…いえ、シャドウが与えてくれた名前…」

 

何かを言いかけたが、それを瞬時に修正して、アルファは呟く。

 

その発言に驚きを呈したのは、ベアトリクスのみであった。

 

「シャドウ⁉シャドウだと…⁉じゃ、じゃあ君はまさか…⁉」

 

ベアトリクスの悲痛にも似た声は、震えをのせてアルファの元へと届く。

 

「そうです。私はシャドウガーデンの者…。オリヴィアという少女はもういない…」

 

「ッ⁉な、なんで……どうして……」

 

ベアトリクスは、声だけでなく、膝も震わし始める。

 

彼女の心情を察したイタチが、ゆっくりと、些少の怒りを含んだ言葉を発する。

 

「…ベアトリクスさんは、君をずっと探していたんだ…」

 

「ええ、知っていたわ…」

 

アルファの淡々とした口調に、イタチは思わず一歩前へ踏み出す。

 

「君を心配して探していたんだ…。そんな彼女に対し、あまりにも……ッ」

 

「それはあなたも知っていたことよ…!」

 

だが、イタチの感情を乗せた言葉は、アルファの小さい怒号に打ち消されるようにして四散する。

 

思わず口に出てしまった言葉なのか、やってしまったというような表情を浮かべる。

 

「知って…いた…?」

 

「…イタチが…?」

 

イタチとベアトリクスが、餌を求める魚のように、口を開いて驚く。

 

「……これ以上は、ここでは話せないわ…」

 

そんな2人を眺めた後、アルファはバルコニーの柵に飛び乗る。

 

「ま、まて…ッ」

 

その動作が、この場から立ち去る者であると感知したベアトリクスは、アルファの元へと駆け寄る…。

 

そんなベアトリクスを見たアルファは、どこか悲し気な表情を浮かべたのち、イタチへと視線を向ける。

 

「…詳しくは、あなたが目覚めた場所ですることにしましょう……。待っているわ、イタチ…」

 

アルファが指し示す場所が何処であるのか…。

 

それを理解したイタチは、些少の目の見開きを有する。

 

瞬間、アルファはまるで飛び降り自殺を図ったようにして、バルコニーから空中へと飛び下りる。

 

ベアトリクスの手は、そんなアルファにあと少し及ばず、バルコニーの柵へと身を預け、闇夜の城下を見下ろす。

 

一瞬固まったベアトリクスであったが、瞬時にバルコニーの柵に足をかける。

 

彼女が何を為そうとしているのかを理解したイタチは、大きく目を見開く。

 

「ベアトリクスさん…!」

 

「ッ!…逃がさない……」

 

イタチの声掛けも空しく、ベアトリクスはアルファを追うようにして、同じようにバルコニーから身を乗り出した…。

 

 

 

 

 

 

シャドウガーデンのアルファを名乗る女性を追いかけたまま、ベアトリクスは夜が明けてもオリアナ王国へは戻ってこなかった…。

 

輝かんばかりの陽光をその身に受けながら、イタチは一筆…というには少し長めの文章をこしらえていた。

 

「(…もしアルファという女が言っていたことが本当だとしたら、俺はベアトリクスさんを騙していたということになる…)」

 

この世界で、右も左もわからなかった自身に、あらゆる知識と情報を与え、道を示してくれた彼女に、彼女が渇望していた情報…、探している姪のことを黙っていたという事実は、イタチの胸を強く締め付けていた。

 

「(記憶にない俺が、そう判断したということは、何かしら理由があるのだろうが、現状で考えられるのは俺がシャドウガーデンの一員だったからか…)」

 

シャドウガーデンは、アルファとの会話でも問うたが、この世界では犯罪組織として認知されている。

 

オリアナ王国は、国の窮地を間接的、いや直接的に救われたということもあって、酷く寛容な様相を示しているが、隣国のミドガル王国やその他周辺国家においては、その印象はすこぶる悪い。

 

伝え聞いた情報のみであるが、それはほぼ間違いないものであった。

 

「(交友のあった彼女に黙っていなければならない程の事情があったとみるべきだが…)」

 

記憶のない自身の決断を疑うような真似をしたくはないが、現状ではイタチにベアトリクスを見放すという選択肢はなかった。

 

だが、彼女はこの場にはいないし、ましてや戻ってくるのを待っている余裕も、今のイタチにはなかった。

 

故に、こうして置手紙として残そうと、一筆したためているのである。

 

…そんな折、イタチの居る客間のドアが優しく数回、ノックされる。

 

「はい…?」

 

客人待遇とはいえ、半ば居候のみであるイタチは、丁寧な声色と言葉で、そのノックに答える。

 

「私です。ローズ・オリアナです…。イタチさん、入ってもよろしいですか?」

 

「…ええ、もちろんです」

 

イタチがそう返すと、扉がゆっくりと開かれる。

 

…開かれた扉の先には、アルファとは違う、しかし同じように金糸にも似た美しい髪が、くるっと縦にロールしている女性が姿を現した…。

 

 

 

 

 

ベアトリクスの猛烈な追跡を、オリアナ王国とミドガル王国の国境付近でようやく振り切ったアルファ…。

 

再度追いつかれることを危惧し、そのままの速度と緊張感で、一気にアレクサンドリアがある深淵の森へと足を踏み入れる。

 

「…ハァ…ハァ…。…一先ず、ここまでくれば大丈夫……」

 

深淵の森に漂う濃い霧は、シャドウガーデン以外の者を断固として通さない。

 

例えベアトリクスがここまで追いかけてこようとも、ただただ迷うだけでアルファを見つけることは叶わないだろう…。

 

アルファは、瞬時に自身の移動速度を通常の徒歩レベルにまで下げ、呼吸を整える。

 

すでに魔力は枯渇しかけ、何度かよろめきを見せる。

 

「……失態ね…」

 

誰がいるわけでもないのに、自分自身を叱責するかのようにして、小さく呟く。

 

アルファがイタチを見て最初に感じたものは、安堵であった。

 

ミリアが調査し、ニューから齎された報告で知っていたとはいえ、実際にイタチが無事であることを確認できたからだ。

 

だが、その安堵も束の間…。

 

やはり報告で知り得ていた通り、イタチは記憶を失っていた。

 

加えて、遅れてベータから齎された情報通り、『この世界での記憶』を悉く喪失していたのだ。

 

…正直、視界が大きく揺らぐのを感じたし、その場で叫び散らかしたいレベルで狂気が心を支配していたが、それを何とか堪え、冷静を装った。

 

恐らく、イタチには自身の動揺と困惑を見抜かれていただろうが、記憶のない彼からしたら、それを為す原因も意味もわからないだろう…。

 

取り繕った冷静さを維持したまま、イタチに伝えられるだけのことを伝え、アレクサンドリアに戻ってきてもらう…。

 

それがアルファの計画であった…。

 

しかし、そこに思わぬ誤算…いや、普段なら計算に入れることのできた誤算が生じた。

 

伯母である、ベアトリクスとの遭遇であった。

 

イタチの記憶がなくなっている以上、顔を合わせた時点で、伯母に自身のことを暴露される危険性は承知していた。

 

だが、少なくともあの場で再会するつもりはなかった…。

 

そしてなにより……。

 

「…やっぱり駄目ね…、イタチのこととなると、感情を抑えられない……」

 

悲痛にも似た表情を浮かべながら、ギュッと握られるような痛みを胸に抱き、そっと右手を添える。

 

「…伯母に必要以上の情報を与えてしまった……。そう長くは隠し通せないわね…」

 

伯母の口から放たれた、且つて捨てたはずの名前……。

 

その名と共に、幼き頃の、悪魔憑きとなる前の記憶が蘇る。

 

今は亡き母と、伯母であるベアトリクスとの記憶が……。

 

「…ッ!完全に捨てきったはずだったのに……どうして……」

 

胸に湧き上がる正の感情が、今のアルファを苦しめる。

 

そうして考えているうちに、次第に深い霧が晴れてくる。

 

既にアルファにとっては、深淵の森は深淵の名を有してはいなかった。

 

霧の龍の協力があることが前提だが、考え事をしながらでも、拠点である古都アレクサンドリアへとたどり着けるほどである。

 

アルファは、一度思考を止め、アレクサンドリアの正門へと足を進める。

 

そこには、いつもは見かけない人物が立っているのが見えた。

 

「…ラムダ…?」

 

なぜここにいるのかと、疑問を宿しながらその名を呟くと、ラムダはハッとした表情を浮かべたのち、駆け足で寄ってくる。

 

「アルファ様!お戻りになられたのですね!」

 

「ええ……ラムダ…あなたはなぜここに?」

 

深夜のこの時間帯、構成員の教育担当であり、教官の彼女は業務の任務もないはずである。

 

…まあ、イタチ失踪からの記憶喪失という未曽有の事態であるため、その限りではないが、それでも彼女が正門で待機しているというのは異様であった。

 

「アルファ様…お疲れのところ申し訳ありませんが、急ぎご報告したい旨が…ッ」

 

「…なにかしら?」

 

ラムダの焦りようからして、それが急を要するであろうことは言われずとも分かった。

 

「はい…。イータ様が、正気を取り戻しました…。七陰の皆様方にも、伝令を飛ばしているところです」

 

その報告を受け、先ほどまで焦燥しきっていたアルファは、それを瞬時に真剣な面持ちへと変えた……。

 

 

 

 

 

 

「…そうですか…。ではやはり、アルファという女が言っていたことは事実なのですね…」

 

「…はい」

 

イタチは訪ねてきたローズを、テーブルを挟み対面で、じっと眺めながら、頷くようにして口を開く。

 

同じように短く言葉を紡ぎ、頷くローズはどこか苦しそうな表情を浮かべていた。

 

「あの…イタチさん…」

 

「…はい?」

 

イタチは、ローズが尋ねるようにして名を呼んだことで、疑問を宿しながら短く答える。

 

「本当に、本当に記憶がないのですか…?」

 

「…ええ。この世界についての記憶は…。それこそ、あなたと出会った記憶も、関わった記憶も一切ありません…」

 

イタチの言葉を聞き、ローズは見るからに悲愴感たっぷりな表情を見せる。

 

「…そうですか……。あの…今のイタチさんは、シャドウガーデンをどう思っているのですか?」

 

「そうですね…。少なくとも、手放しで信用するには足らぬ組織だと思っています…。そこに属しているあなたに、こんなことを言うのは申し訳ないのですが…」

 

「…ッ。いえ、とんでもないです…。私も記憶を失えば、そのように考えると思いますから……」

 

ローズの擁護するような言葉に、イタチは思わず些少の目の見開きを見せる。

 

「ローズ王女…私はあなたに、何か嫌われるようなことをしたのでしょうか?」

 

「え…え?」

 

思わぬイタチの発言に、ローズは酷く狼狽して見せる。

 

そんな姿を見たイタチは、弁明するかのように再度口を開く。

 

「…どこか、怯えているような、耐えがたいような様相を見せていますので…もしかしたらと…」

 

「…ッ!違います!決してイタチさんが私に何かをしたわけでも、私がイタチさんを嫌いなわけでもありません!むしろ大好きです!愛しております!」

 

「…え…あ、はぁ…」

 

イタチはイタチで、突然のローズの告白に、思わず動揺の色を見せる。

 

イタチの様子を見て、自身が何を口走ったのかを理解したローズは、瞬時に顔を赤らめて俯く。

 

「も、申し訳ありません……つい……///」

 

「いえ……滅相もない……」

 

暫くの沈黙が流れる…。

 

冷静沈着、寡黙な様相を長年貫き通してきたイタチであったが、それでもこの空気は気まずいものがあった。

 

長く続いた沈黙ののち、ローズがどこか言いずらそうに口を開く。

 

「その…私がイタチさんに抱いているのは……共感というか…なんというか……」

 

「共感…?」

 

ローズの言っている言葉の意味を理解できなかったイタチは、小さく首を傾げる。

 

暫くもじもじとした様子を見せるローズであったが、意を決したようにして、真剣な眼差しをイタチへと向ける。

 

「…イタチさん…!」

 

「はい…?」

 

何度も大きく息を吸い、吐いて見せるローズを見て、イタチは更に疑問を抱く。

 

この子は一体、何をそんなに……。

 

イタチの心情はまさにそれであった。

 

しかし、彼女が発する一言で、その様相の意味を理解することになる…。

 

「イタチさん…私は……」

 

ローズは、何度も声を詰まらせながらも、しかしその瞳には決意に満ちたものを宿していた。

 

そしてその瞳に、小さく涙が溜まっていく。

 

「私は…、イタチさんの過去を……知っています……」

 

「は…?」

 

イタチは、酷く呆けたような表情を見せる。

 

過去……。

 

ローズとの出会いのことを言っているのだろうか…?

 

いや、違う……。

 

そうであれば、彼女かこれほどまでに言葉を詰まらせ、決意に似た表情を見せることはないだろう。

 

それはつまり、彼女がいう過去というのは……。

 

「…イタチさんが前世で選択した決断、その意図…全て私は伝え聞いております…ッ」

 

…確定だ…。

 

ベアトリクスに置手紙を残し、アルファが指し示した場所へと1人赴こうとした矢先、とんでもない事実が発覚した…。

 

「それは……どういうことでしょうか……」

 

イタチは、消え入るような声で、目の前のローズに問いかける。

 

その瞬間、ローズの瞳に溜まった涙が、一筋の軌道を描き、頬を伝った……。

 

 

 

 

 

少しだけ時は遡り……。

 

彼女が意識を取り戻した…いや、正気を取り戻した時、最初に目と脳に飛び込んできたのは、助手であるシェリーの後ろ姿であった。

 

微かに歪む視界の中で、彼女に小さく呟く。

 

可愛いシェリーは、酷く小さいその声を聞き漏らすことなく、反応してくれた。

 

「ッ!イータさん!」

 

可憐で幼さの残る顔をぐっと近づけてくる。

 

「…シェリー…私は……」

 

意識が明瞭になっていくのと同時に、先ほどまで見ていた映像が脳裏に鮮明に蘇る。

 

「あ…あぁ……ッ!」

 

瞬時に大粒の涙を拵え、両手で頭を抱えてうずくまる。

 

「だ、大丈夫ですかッ!イータさん!」

 

肩を大きく上下させ、呼吸を荒げているイータを見て、シェリーはその肩に優しくてを添える。

 

シェリーの掌の感触を捉え、イータに幾ばくかの余裕が生まれる。

 

「わ、私は……記憶を……イタチさんの……記憶を……ッ!」

 

その言葉を聞き、シェリーの顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 

シャドウから語られたイタチの過去と真実を、イプシロンから言伝に聞いたシェリーも、それは知り得ていることであった。

 

「大丈夫ですよ!イータさん!大丈夫です!!」

 

まるで滝のように涙を流すイータに、シェリーは子をあやす母のように接して見せる。

 

そんな風にしていると、イータとシェリーの居る研究室に来客…というか、一時離席していた人物が入ってくる。

 

「お待たせ…イータの様子はどう……って、イータ!正気に戻ったの⁉」

 

水色の髪を二つにまとめた女性、七陰の1人であるイプシロンが足早に2人の元へと駆け寄る。

 

「…イプシロン…」

 

自身を心配そうに見つめる彼女に、イータは小さく名を呟く。

 

「一体何があったの…⁉大丈夫…?」

 

「…ッ!……イタチさんの記憶を…見た…」

 

イプシロンの言葉に、一度言葉を詰まらせたイータであったが、何とか声に出してそれを告げる。

 

「…やっぱりそうだったのね…。イタチさんの過去と真実を、直接見たのね……」

 

イータは、その言葉に大きく目を見開く。

 

「……イプシロンも…見たの…?」

 

「いいえ……私は、七陰とナンバーズは、シャドウ様から聞かせて頂いたのよ……」

 

イータと同じように、イプシロンもどこか苦しそうに言葉を詰まらせる。

 

その内容に、イータは大きく目を見開いたままであった。

 

「…マスターが……。そっか…マスターは…知ってたんだ……ッ」

 

「……イータ…」

 

これまで、イタチの過去と真実を知り得ながら、それを誰にも伝えずにいたシャドウの心境を想っているのか、2人は暫しの沈黙を宿す。

 

だが、いつまでもそうしているわけにはいかないと、イプシロンは思考を張り巡らせ始める。

 

「…シェリー」

 

「は、はい…!」

 

唐突に名を呼ばれたシェリーは、ビクッと身体を震わせる。

 

「…イータが正気に戻ったと、皆に伝えてくれる?」

 

「わ、わかりました!」

 

イプシロンは、正気を取り戻したばかりのイータにそっと寄り添いながら、そう告げるのであった。

 





※アルファの実名を偽造しています。完全に独自命名です…。
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