第8話 デレデレ王女
時は少し遡り…。
イタチとの話し合いの場を終わらせたアイリスは、ローズを見送ったのち、アレクシアと2人きりとなった部屋で、大きくため息をつく。
そんなアイリスを見て、アレクシアは些少の迷いを抱きながらも、口を開くに至る。
「…でも驚きました…。姉さまがイタチを紅の騎士団に勧誘するなんて…」
「そうですね…。私自身も驚いています」
アイリスは、自虐ともとれるような笑顔をアレクシアに向ける。
「…それほどの強さですか?」
「それほどの強さです…。同時に、野放しにしておくのは危険です」
アレクシアは、ギョッとした様相を見せる。
その考えに、異論はない。
問題は、真っすぐすぎる性格をもつ姉が、どこか策士のような考えと行動をしていることであった。
「姉さまは…イタチを信用していないということですか?」
「…悪人ではないと思います。かつて、ローズ王女を盗賊から救ったという話もありますし…。ですが、それだけで信用するには些か早計に思えます。まあ、それすら見透かされていましたが…」
アイリスは、先ほどの会話を思い出すようにして天井を見上げる。
『確実に信用も出来ない…。まあ、それに関してはお互い様ですが…』。
紅の騎士団の加入を提案し、その後に帰ってきたイタチからの返答である。
あの男は、強さもさることながら、アイリス以上の洞察力を有し、且つ頭も回る。
そういった才覚のある、アレクシアよりも上であろう。
だからこそ、そこを見破られているというのは、別に驚くようなことではない。
「…では、彼を騎士団に勧誘できなかったのは痛手だったということですね…」
アレクシアは、苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
何せ、イタチが自分たちを、ミドガル王国を信用しきれない原因と思われる2つの事柄に、アレクシアは関わっているからだ。
誘拐された件は、自身も被害者だから仕方がないといえよう。
しかし、辻斬りに関しては、アレクシアが全面的に悪い…。
「ちっ…ポt…シドを滅多切りにしたのは悪手だったわね…」
「当たり前です!」
アレクシアの悪態を吐くような言葉に、アイリスは酷く狼狽して見せる。
アイリスの言葉に、アレクシアは苦笑いを浮かべるが、同時にある考えを思いつく。
「…でも、これは使えるかもしれないわ…」
「どうしたのです?」
アレクシアが急に真顔になったことで、アイリスは首を傾げる。
「…彼は、弟子のシドを大切に思っている…。そして、恐らくローズ先輩のことを気にかけてもいる…」
「そうですね…。それがどうかしましたか?」
「利用するのですよ…。ローズ先輩はあと1年半はこの学園にいます…。そしてシドは2年半…。その間にイタチをうまく懐柔することができれば…」
アイリスは、アレクシアの考えを理解し、大きく目を見開く。
「確かに、うまくいく可能性は高いですが…危険ではなくて?」
「姉さまも見たでしょう?…ローズ先輩のイタチを見る目を…。あれは完全に惚れています」
「そ、そうなのですか…?」
アイリスの呆けた発言に、アレクシアは思わず黙りこくる。
恋愛に疎い姉に、そんなことが分からないのも当然であった。
…ああ、アレクシアも似たようなものであるが…。
「それに、私はシドと恋び…友達ですから。イタチとの関係性も築きやすいはずです。とにかく、試してみる価値はあると思います。私に任せてください」
「うーん…。そうですね…。まあ、その手のことは私にはわかりませんし…。確かにアレクシアに任せるべきなのかもしれません…」
アイリスは、悩む様子を見せるものの、最終的には同意するに至る。
と同時に、よい機会が近々あることを思い出す。
「では、イタチさんを聖地へお誘いするというのはいかがでしょう?」
「聖地…リンドブルムですか?」
「ええ。そこで、近々女神の試練が行われます。ローズ王女も来賓として招かれているらしいですから、イタチさんをお誘いすれば、その一助になるかと…」
アイリスの言葉に、アレクシアは『それだっ!』と大声を張り上げて立ち上がって見せた。
イタチは、アルファにローズとの馴れ初めを伝え、一応は事なきを得る。
…『自分と会うよりも…前に…ッ!』とブツブツと呪詛を吐いていたような気もしたが、気のせいであろう。
イタチからすれば、盗賊から救ってあげただけで、何もやましいことはしていないのだから…。
さて、アルファへの誤解?を解いたのち、イタチはアレクサンドリアにあるイータの研究室を訪れていた。
「イタ…シスイさん!イータさんの研究ってすごいんですね!」
「シスイ…。シェリー…素直で…いい子…」
桃色と臙脂色の髪をそれぞれに揺らしながら、イタチへ迫るようにして口を開く。
その様相は、かつての弟のような愛らしさを持っていた。
「そうか…。うまくやれているようでよかった」
…学園襲撃事件の際、写輪眼の瞳力でシェリーには義父の真実を伝えた。
シェリーの母を利用した挙句、惨殺…。
その後、自身の夢と欲を満たすためだけにシェリーを引き取り、育てた。
真実を見せた当初は、シェリーは発狂し、受け入れがたいといった様子を見せていたが、最終的には何とかそれを受け入れるに至る。
その一助となったのが、義父を殺し、母の仇をうってくれたシャドウ、シドの存在であった。
どうやら、シェリーはシドに惚れているようであった。
そんなシドが、シェリーのために仇を討ち、且つ当初は代わりに彼女の憎しみを受け止めようとしてくれたことを知り、シェリーは何とか地獄を乗り越え、シャドウガーデンへと加入を果たしたのだ。
シドのために、シャドウのために、少しでも役に立ちたいと、そう願って…。
「これを見てください!シスイさん!」
先日、地獄のような経験をしたとは思えないような笑みで、シェリーはイタチに声を掛けてくる。
だが、その笑みとは裏腹に、その手には何やらウネウネとした沢山の触手のようなものがあった。
「…なんだ…これは…」
イタチは、今までにない嫌悪感を表す。
確実に良くないものであることだけはわかる。
「魔力ちゅうちゅうくん4号…。相手の…魔力を吸って…成長…する…」
「………」
イータの話を聞き、役に立たないものではないとは感じるが、如何せん、見た目が良くない。
「これ、起動すると、魔力を吸って、無尽蔵に大きくなるんです!すばらしいですよね!」
「う、うーん…。素晴らしい…のか…?」
シェリーの満面の笑みに、イタチは言葉を詰まらせながらなんとか呟く。
「シスイの…魔力…吸わせて…」
「…すまん、無理だ…なんかキモいし…」
シスイの言葉に、イータは雷に打たれたような表情を浮かべる。
「シスイ…ひどい…頑張って作ったのに…」
「そ、そうですよ!シスイさん!イータさんが可哀そうです!」
シェリーが頬を膨らませながらイタチを睨みつける。
…俺が悪いのだろうか…?
頭痛が痛くなるのを感じながら、イタチは大きくため息をつく。
「前から言っているが、別にイータの研究が悪いとは思わんが…受け付けないものは受け付けないんだ」
「それなら…仕方ない…実験体になってくれたら…許す…」
「…実験の内容にもよるぞ…」
イタチは、怪訝な様相を崩すことなく、イータを見据える。
イータは、棚をガサガサとさせながら、一つの物体を取り出す。
帽子のような見た目をした、しかしとげとげがたくさんついた、これまた異様な見た目をしていた。
「それは…?」
「脳みそ…ちゅうちゅうくん9号…相手の…記憶を…覗き見ることが…できる…」
「却下だ」
冗談じゃない…。見られたら困る記憶しかない。
「むぅ…なら、何なら…いいのさ…」
一切の交渉の余地のないイタチの拒否に、イータは不貞腐れた様子でイタチをジトっと見つめる。
「…忍者の話で勘弁してくれ…」
イタチは、酷く疲れた様子で呟くが、その一言に、イータはキランッと目を輝かせる。
「忍の…叡智…聞きたい…」
「忍の叡智…陰の叡智と並ぶ至高の叡智…わ、私も聞きたいです!」
イータには、最終的にこの話に持っていくことで落ち着かせているのだ。
だが、今日からはイータが2人になったようだ…。
これからのことが思いやられるなと、一つ大きく深呼吸をした後、まだ話していなかった写輪眼の話をすることにした。
アレクサンドリアで数日を過ごした後、聖地へと向かうことにした。
目的は一つで、要因は二つという奇妙な様相であった。
聖地リンドブルムにおいて、ディアボロス教団の影あり…、一言でいえば、これが目的である。
では要因が二つとはどういうことなのか…。
それは、上記目的を達成するために、アルファから来てほしいという要請が一つ。
もう一つは、シドを経由してアレクシアから齎された、『聖地へのお誘い』である。
アレクシア王女か…と一瞬、些少の不快感を抱いたイタチであったが、お誘いがアレクシアからではなく、ローズからということで、些少の安堵感を覚える。
イタチは、シド経由で知りえた情報から、ミドガル王国王都から聖地リンドブルム行きの寝台列車に乗っていた。
ローズが用意したのは一等車両の個室、最高級の寝台であった。
最高級というだけあり、列車とは思えない、ホテルの一室のような空間であった。
フカフカの二人掛けのソファーに、2人は腰かけていた。
ローズは、イタチの左手を両手で包み込み、その頭を肩へと預けている。
「お誘いを受けてくださり、大変うれしいです。イタチさん」
「こちらこそ、ローズ王女」
イタチは、当たり障りのない口調で返すが、ローズはなぜか不機嫌な表情を浮かべる。
「どうして、そのように硬い感じなのですか…?それに、王女と言わず、ローズと呼び捨ててくださいな」
「…一国の王女にそのような…」
当時の、出会ったばかりの幼少期であれば、それも可能であっただろう。
しかし、彼女はもう17歳。
年齢だけ見れば、大人の女性の仲間入りを果たしていると言ってもいい。
王女であるというだけでも接しにくさがあるのに、既に大人ともなれば、イタチが畏まってしまうのも致し方ないだろう。
しかし、それでローズが納得するわけもなく…。
「イタチさんは、私の命の恩人です…。どうか、5年前と同じように接しては頂けませんか?」
ローズの懇願するような眼差しに、イタチは降参とばかりに息を漏らす。
「わかりま…わかった、ローズ」
「ありがとうございます、イタチさん!」
ローズは、頬を赤らめながら、満面の笑みをイタチへと向けてくる。
それを見て、イタチは覚悟を決めたようにして、再度口を開いた。
「…ローズ」
「はいっ!」
輝かんばかりのその笑顔に、イタチは少しだけ目を見開くが、特に表情を崩すことはない。
「もし君が、助けられたことに恩を感じているのなら、そこまで気にしなくてもいい…。君を助けたのは偶然だ…。そこまで感謝されるようなことではない」
イタチの抑揚のない言葉に、ローズは大きく目を見開き、表情を歪める。
「そんなことはありません…。私は、イタチさんがいなければ、あの日盗賊に殺されていたかもしれません…」
「確かに…。だが、それは昔の話だ。俺に恩を返そうとしてくれているのは嬉しいが…」
「私が、したくてしていることです!…それとも、私と一緒は、お嫌でしょうか…?」
ローズは、あからさまに目を伏せ、悲しそうな表情をする。
なんなら、目尻には涙まで浮かんでいた。
「嫌ではない…俺は君の負担になっているのではないかと…」
「負担ではありません!私は、イタチさんと一緒で、とても幸せです!」
「そ、そうか…?」
「はいっ…!」
「なら…いいんだが…」
イタチは、しどろもどろと言った様子で、丸め込まれてしまう。
自身の肩に乗るローズの顔を、横目で捉える。
…確かに、幸せそうな表情を浮かべている。
嫌々、というわけではないようだ。
鼻腔を通り抜ける、甘く華やかな香りを感じながら、イタチは気を紛らわそうと質問を投げかける。
「…聖地までは、どのくらいかかるんだ?」
「明後日には着きますよ。それまで、ゆっくりと過ごしましょう…。2人で…///」
「…そうか」
なるほど、確かにアルファが言う通り、距離感が近すぎるかもしれない。
『ローズ・オリアナは、あなたのことを男として見ていると思うわ…。十分に気を付けて』
そう、念押しされたことを思い出す。
ローズから誘われたのは、シド経由であったため、アルファには伝えていない。
まあ、伝えるタイミングがなかったという方が正しいのだが、こうなるのであれば、断っていた方が良かったかもしれないとも思っている。
そんな風に考えを巡らせていると、いつの間に肩から頭を離していたローズが、イタチの顔をじっと覗き込んでいた。
「イタチさん…?」
虚空を見つめながら、考え事をしているのを、不思議に思ったのだろう。
「…いや、なんでもない」
「そうですか…」
少し首を傾げたローズは、汽車の揺れと共に、一瞬だけ顔を歪める。
普通であれば気付かないようなレベルであったが、イタチの眼はしっかりとそれを捉えていた。
「(…まさか、あれは…)」
イタチがそう考えると同時に、ローズはそっと自身の左胸に手を添える。
「(…間違いないな…だが、表の顔で治すわけには…。彼女が寝ている隙に…、いや、魔力を与えることになるからバレる可能性があるか…)」
イタチは、ローズのそれが初期の初期段階であることを鑑み、一度保留とした。
「何か、お飲みになりますか?」
「いや、今はいい」
ローズの提案をそれとなく答えながらも、思案は止めない。
「(どこかのタイミングで、シスイとして彼女の前に現れて、治すしかないか…)」
イタチは、彼女の背中に気付かれない程度に人差し指で触れ、極微量の魔力を流し込む。
彼女の左胸にあるそれが、明確に侵食を始めたら感知できるようにするためであった。
「ローズは、女神の試練の来賓として向かっているんだよな?」
「はい。オリアナ王国の代表として、出席する予定です」
「そうか…」
王族…地位が高いというのも大変だな。
そうイタチが考えていた矢先、ローズが会話を再開させる。
「イタチさんは、女神の試練に興味がおありですか?」
「…ないと言えば、嘘になるな…」
女神の試練は、聖教という宗教の祭り事の一種である。
この世界におけるもっとも信者の多い宗教である。
だが、宗教というのは得てして闇深いものである。
この世界においては、裏にディアボロス教団が潜んでいる…。
つまり、イタチやシャドウガーデンにとっては敵ということになる。
この聖教に潜むディアボロス教団をあぶり出し、情報を収集、後に殲滅するというのが今回の作戦の概要である。
そしてそのためには、聖域という場所に行かなければならないのだが、それに女神の試練が絡んでくる。
「でしたら、是非参加してください。イタチさんであれば、必ず試練を乗り越えられます!」
「そうか?…だが、参加料が異様に高いのがな…」
女神の試練への参加料は、何と10万ゼニー。
ぼったくりも良いところである。
「私がお出ししますわ!無事に女神の試練を突破できれば、イタチさんの輝かしい功績の1つとなるでしょう。そうすれば、身分の違いも、乗り越えることができます」
後半は何を言っているのかよくわからなかったが、年下のそれも10個も離れている女の子から施しを受けるような真似はしたくない。
「いや、安くないお金だ。もったいない」
「いえ、そのくらいであれば、お小遣いの範囲内です!」
さすがは一国の王女。庶民とは扱う額が違う。
…まあ、イタチを庶民として扱うのか議論の余地があるが。
「だがな…」
「私からのお気持ちとして、受け取って欲しいのです!」
ローズの物おじしない様子に、イタチは些少の顔の引き攣きを覚える。
「…そうか…。まあ、君がいいというのであれば…」
「本当ですか!?嬉しいです!」
満開の花が咲いたような、華やかな笑顔に、イタチは思わず口角を上げる。
押しに弱い、新しい発見だな…、と自虐するのであった。
…その押しの弱さが、早速災いする。
時間は既に夜が深まった頃…。
なんとローズがイタチの横になっているベッドに潜り込んできたのだ。
寝室は一つ。しかしベッドはセミダブルほどの大きさが二つ。
本来であれば、別々に眠ることができる設備があるにもかかわらず、ローズはイタチのベッドへと現れたのだ。
「…なにをしている、ローズ」
「…眠れなくて」
ローズは、イタチに身を寄せる。
イタチの右腕に身体を絡める。
その逞しい腕がローズの胸に埋まりを見せる。
「んっ…///」
艶めかしい声を上げるローズに、イタチは目を鋭くさせる。
「ローズ…君はもう子どもじゃない…。一人で眠れるだろう?」
「今日は…イタチさんと一緒がいいのです…」
「…もうちょっと離れてくれないか?」
「嫌です」
イタチは大きくため息をつく。
「…ご迷惑ですか?」
「…そういうわけではないんだが…」
「なら、何の問題もありませんね…!」
ローズは、赤く染まった顔でこれでもかと口角を上げる。
平常心を保っているように見えるが、これはイタチが女性に興味がないというわけではない。
このような状況に慣れてしまっていたのだ。
…理由はわざわざ伝えるまでもないだろう。
イタチは、仰向けの状態で、そっとローズの顔を覗く。
すでに寝てしまったようだ。
スゥ…スゥ…と、可愛らしい寝息を立てている。
そんな幸せそうな、穏やかな表情を見て、イタチは小さく笑いかける。
そして、同時に悩ましい表情も浮かべる。
「…どうしたものか…」
小さく呟きながら、イタチは両の瞼を閉じた。
聖地リンドブルムは、聖地というだけあって、非常に綺麗な街並みをしていた。
「イタチさん!私、ナツメ先生の大ファンなんです!サインをもらいに行きましょう!」
「お、おい…」
イタチは、ローズに引っ張られながら、小走りで街を歩く。
ミドガル王国の王都と比べると、白が目立つ街並みであった。
とある列に、イタチはローズと共に並ぶ。
看板には、現地の言葉で『ナツメ・カフカ先生サイン会』と書かれていた。
既に現地の言葉と書き読みをマスターしていたイタチは、それを何の苦も無く黙読する。
「ナツメ・カフカか…」
イタチがそう呟いたことで、ローズはパアッと表情を明るくする。
「イタチさんもご存じですかっ!…壮大な発想力と、斬新な世界観が魅力の人気小説家です!」
知っているも何も、彼女はシャドウガーデンのメンバーの1人、銀髪エルフの少女、ベータである。
1つ列が進み、2人はそれに倣って一歩前に進む。
「恋愛、ミステリー、アクション、童話…あらゆるジャンルで多様性に富んでいて、魅力的で…」
ローズが早口で語るそれを聞きながら、イタチは思い耽る様な表情を生む。
シャドウから聞いた、陰の叡智の一端であろう…。
ベータは、小さい頃…様々な要因から眠れぬ夜を過ごすことが多かった。
その際にイタチは一緒に添い寝をしたりしていたのだが、シャドウは前世の頃にあった物語や御伽噺を聞かせたりもしていたらしい。
そのシャドウの聞かせていた物語を、この異世界で小説として昇華させたのが、ベータであった。
…まあ、一言でいえば模倣作、パクリとも言える。
シャドウが知ったらどんな顔をするのか、それを想像して少し嘲笑に似た感情を抱くイタチであったが、棚に積み上げられたナツメ・カフカの著書を横目で眺める。
そして、目に留まった一つの本を手に取る。
題名は、『カンナビの悲劇』であった。
イタチは、震える手でその本を手に取り、パラパラとめくる。
内容をさらっと読み進め、たらたらと汗を流す。
「(カカシさん…どうかお許しを…)」
間違いなく、自分がベータに語った話をモチーフに書かれた物語であった。
その登場人物となっているであろう過去の上司に、心の中で謝罪を繰り返していると、聞きなれた声が耳に入ってくる。
「次の方どうぞー」
その声に従い、イタチはナツメ・カフカがいるテーブルへと進む。
「本をこちらに…」
満面の笑みを浮かべるナツメ・カフカに、イタチはそっと手に持った本、『カンナビの悲劇』を手渡す。
その本を開き、ナツメ・カフカはさらさらとサイン?を書き記している。
「…想像以上に有名人だな」
「はい。順調に名を広げております」
「そうか…」
イタチは、抑揚のない言葉で短く返す。
上司の悲劇を、戦いを、小説として世に輩出した目の前の少女に、些少の驚きと困惑を宿した視線を向ける。
「ところで、イタチ様…。随分とローズ・オリアナと仲がよろしいようで…」
ナツメ・カフカ…いや、ベータから些少のよくないオーラが滲み出る。
「まあ、仕事…みたいなものだからな」
そのオーラに気付いたわけではないが、イタチはこの場で最適な返答を叩きだす。
「し、仕事…そ、それならまあ、仕方ありませんね…」
ベータは、どこか焦ったように、しかし安堵した様子を見せ、ペンを走らせる。
この時イタチは、全く別のことを考えていた…。
『彼女らに過去の話をするのは控える様にしよう…』と。
女神の試練の来賓としての挨拶をするというローズと一端別れたイタチは、聖地にある露天風呂へ足を運んだ。
ここ聖地では、温泉が有名らしく、イタチは少しばかりウキウキとした気分で風呂屋へ来ていた。
脱衣所で服を脱ぎ、それを個別のロッカーへとしまう。
イタチの身体は、非常に引き締まった筋肉を有しており、まさに戦う男を体現したような体つきであった。
この世界に来た際に、以前自身を蝕んでいた病の症状が見られないのも、その要因の一つであった。
イタチは、真っ白なタオルを腰に巻き、意気揚々と風呂場への扉を開ける。
だが…その感情は一気に地の底に落ちることになる。
真っ裸で湯船の中で立ち上がる男と、その男を驚愕の眼で見つめる女…。
それがイタチの感情を落とした原因であった。
見知らぬ男女が素っ裸で見つめ合っているだけでも、その衝撃は大きい。
…だが、こと知り合い、それも両方とも見知った顔となれば、更にその衝撃は大きいものである。
立った状態で、とある場所を見せつけるように立つ男…シド。
そんな場所を、驚愕の表情で見つめる女…アレクシア。
イタチは、そんな2人の様相を見て、口を半開きにして固まる。
イタチの存在に、最初に気付いたのは、アレクシアであった。
アレクシアは、ゆっくりと頬を赤らめ、震えだす。
そんなアレクシアの様相が、自身のエクスカリバーを見てではないと悟ったシドが、ゆっくりと振り返る。
そして固まる。
湧き出る湯が湯面を叩く音が支配する。
そうして数秒の沈黙ののちに、イタチが冷静な思考を取り戻す。
「その…なんだ…。邪魔したな…ごゆっくり…」
「「ちょっとまってー!誤解だ(よ)ー!!」」
悲痛の叫びを背中に受けながら、イタチはピシャッと風呂場の扉を閉めるのであった…。