新生アスティカシア学園パイロット科特別臨時講師グエル・ジェターク   作:アヤユメ

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1 ケレスさんに会社を乗っ取られたグエルがこれからどうするかの話

 暗闇の宇宙に浮ぶ、無数の企業が集う都市型フロント。

 スクリーンのドームに映る、昼下がりの鮮やかな青空の下、たたずむジェターク本社ビル。

 落ち着いたデザインのCEO室の扉を開けて、オリジナル・エラン・ケレスはあいさつも抜きに宣言した。

 

「オマエの会社はオレが乗っ取った」

 

 タブレットから顔を上げたグエル・ジェタークCEOは、気遣うように眉根を寄せた。

 

「ケレスさん、どうしたんです? いつものキレがありませんよ」

 

 よく見ると今日はセセリアがいない。

 今日に限ってイジワルのセンスがいまいちなのはそのせいだろうか。

 グエルはタブレットに視線を戻し、画面のすみの時計に目をやった。

 

「おやつなら、となりの部屋にあるんで、先に食べていてください」

 

「冗談で言っているわけじゃないんだよ、兄さん」

 

 いるはずのない耳慣れた声に、グエルがタブレットから改めて顔を上げる。

 ケレスさんの斜め後ろ、開いたままの戸口に、スーツをびしりと着込んだラウダが立っていた。

 

「?」

 

 おかしい。あり得ない。

 幼いころに出会って以来、弟のこんな表情は初めて見る。

 

「またボブられても困るからね。次の仕事と住む場所くらいは用意してあげたから、さっさと出ていってよ」

 

 ラウダは冷ややかな目で椅子の上のグエルを見下ろしていた。

 

 

 

 

 大した争いが起きるでもなく、グエルが静かに立ち去ったCEO室。

 ラウダとケレスさんは棒立ちのまま閉じたドアを見つめ続けた。

 

「本当にいいのか?」

 

 ケレスさんに問われ、ラウダは目を合わさずにうなずいた。

 

「ババンバ社とダイーン社に問い合わせたよ。どちらのCEOも表向きは病気療養中だけど、明らかに様子がおかしかった。

 もしこれが貴方の言う通り、テロリストによる連続誘拐事件なら……」

 

「オレの情報網はごまかせない。犯行の手口からして犯人は元ドミニコス隊員の可能性が高い。

 なあ、どれだけ危険かわかっているのか? ラウダ・ジェターク。最悪の場合、オマエの命が……」

 

「最悪の場合、兄さんが恩人と殺し合うことになるかもしれないんだろ? だったら……」

 

 ラウダは大股歩きで部屋を横切り、CEOの椅子にドカッと腰を下ろした。

 

「生け贄には僕がなる!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 定期便の宇宙船がフロントから飛び立つ。

 時期的に人のまばらなラウンジで、グエルは窓を流れる星を眺めた。

 

 馴染んだCEO室に置いてきた仕事。

 味見で一つ食べただけの手作りスコーン。

 

(忘れよう。次へ進むんだ)

 

 コーヒーを頼む。

 香りは感じず、ただ、苦い。

 

(くそっ、ラウダのやつ……)

 

 コーヒーを味わうことなく一気に飲み干す。

 

(CEOをやりたいなら、そう言ってくれればよかったのにッ!)

 

 亡父の想いを継ぐことはグエルの生きる理由だが、それでもラウダが望むなら、喜んで譲ってやったのに。

 

(俺はどこへ行こうとしているんだ)

 

 定期船の行き先ぐらいはさすがにわかっている。

 

(俺はどこへ行きたいんだ。何をしたいんだ)

 

 与えられた左遷先での仕事内容はおおむね聞かされているが、気乗りはしない。するわけない。

 

(その役割が俺に合うわけがない)

 

 一人で首を横に振る。

 

(違う。言い訳だ。知らないことをやるのが怖いだけだ。俺はこれから新しく……)

 

 グエルはカラになったカップを見つめた。

 

 

 

「敗者のくせに!」

 

「卑怯者のくせに!」

 

 

 

 突然の怒声に思考を中断された。

 グエルが顔を上げると、ラウンジの隅で見覚えのあるセーラー制服の学生たちがケンカをしていた。

 

「お前たち、アスティカシアの生徒なのか?」

 

 声をかける。学生たちの視線がグエルに集まる。

 鋭い目をした少年二人に、おとなしそうな少女が一人。

 三人はひどく驚いた顔をして、男子二人は互いに背を向けて走り去り、少女は取り残されまいと一方の少年を追いかけていった。

 

 

 

 誰かの声がした。

 

「これだからアーシアンは」

 

 言ったのは、若い……とはいえグエルより年上らしき船員だった。

 

「なぜアーシアンだと決めつける? 素行が悪ければアーシアンだとでも言いたいのか?」

 

「い、いえっ、そんなわけでは……」

 

 身なりの良い男に詰められて、船員は急に慌て出した。

 

 

 

 

 

 個室に戻り、グエルはソファに腰を下ろした。

 二杯目のコーヒーをテーブルに置き、タブレットを取り出して、先ほどの生徒たちについて調べる。

 船員の読み通り、三人ともアーシアン……地球からの留学生だった。

 

 赤毛の少年はイリヒ・ミザル。

 黒髪の少年はアシャケ・キカヌで、アシャケの陰に隠れるようにしていたこちらも黒髪の少女はシノーメ・イワネイワ。

 

(イリヒはウェスタニスの出身か……)

 

 安全圏のスペーシアンから見れば、ウェスタニスも戦争シェアリングの犠牲になったかわいそうな国の一つではある。

 だがアーシアンの友人によればこの国は、同じアーシアンの間でもっとも憎まれる、戦争シェアリングで利益を得たアーシアン国家の最新版となる。

 コーヒーの雑味が強くなった気がした。

 

(アシャケとシノーメは……)

 

 出身国の欄にそろいの文字列が並ぶ。

 

「イストラントだと!?」

 

 その意味するところを認識し、グエルは咳き込んだ。

 コーヒーの味が完全に消えた。

 ウェスタニスとイストラント。

 となりあった二つの国は、一つの戦争の勝者と敗者だった。

 その三人が同じ学校(アスティカシア)の制服を着ていた。

 

 グエルの視界の隅で、何かが光った。

 窓の外を駆け抜ける黒と緑。

 先に宇宙に出たディランザ・ソルを追い、甲板から飛び立ったザウォート・ヘビィの肩のキャノンが高出力ビームを放つところだった。

 

 

 

 

 定期船のあちこちから悲鳴が上がる。

 窓に張りついて様子を見る者、窓からできる限りの距離を取る者。

 シノーメは半泣きで通路に立ち尽くし、二機の軍用モビルスーツが宇宙の闇の中でビームサーベルを切り結ぶさまを見かねて顔を覆っていた。

 

 アシャケは無愛想だが同じイストラント人だし、きっとこれから仲良くなれると思っていた。

 イリヒは最初はウェスタニス人とは知らず、ただ向こうから陽気に声をかけてきて、同じアーシアンとして仲良くなれそうな気がしていた。

 そんな二人の争いは、どちらかあるいは両方が死ななければ止まりそうにない。

 

「おい見ろ! 三機目だ!」

 

 シノーメの周囲で乗客がざわめく。

 

(三機目?)

 

 それはシノーメには心当たりがない。

 

「あっちもディランザか?」

 

「すごいピンクだな」

 

「何だあの羽飾り?」

 

「いや待て! あの機体はもしかして!」

 

 乗客の携帯端末を含む船内のすべてのスピーカーから声が響いた。

 

──こちら、グエル・ジェターク! 応答しろ! お前たちはなぜ争っているんだ!?──

 

 ほかの乗客にならってシノーメもポケットから端末を引っぱり出す。

 

(誰……?)

 

 声の主は接続可能なすべての通信を繋げて呼びかけているようだが、二機の軍用モビルスーツのいずれからも返事はない。

 

(誰でもいいです! 二人を止めてください!)

 

 少女は携帯端末をにぎりしめ、祈る。

 

 

 

 

 ディランザ・ソルとザウォート・ヘビィの戦いは、鍔迫(つばぜ)り合いからバッと距離を取ってビームライフルの撃ち合いに。

 定期船のほうへと飛んだ流れ弾を、グエル専用ディランザの(ビームパルチザン)が切り払う。

 

 グエルは操縦桿の脇のタッチパネルをたたき、ディランザの頭の羽飾りをモビルスーツ本体から分離させた。

 ジェターク社の新製品、羽根ペン型ドローン・ヘルメス。

 ただの羽根型ではなく羽根ペン型だ。

 

 タッチパネルを指でなぞる。

 ヘルメスは光の粒をまき散らしながら無重力のソラを舞い、争う二機の間に割り込む。

 ヘルメスが駆け抜けたあとの空間で、光の筋が文字になる。

 

『銃を下ろせ』

 

『話を聞かせろ』

 

『回線を繋いでくれ。こちらの番号は……』

 

 ザウォート・ヘビィのビームバルカンが手書きのお手紙(光の文字)を吹き散らし、ディランザ・ソルのビームサーベルがヘルメスを斬り捨てた。

 

 

 

 専用ディランザのコックピットで、グエルは地球の悲劇に歯噛みした。

 

(やはり……あいつらは……)

 

 機種を見た時点で薄々感づいてはいたが、操縦技術で確信した。

 

(少年兵……!)

 

 二人はグエルを無視してビームの応酬を続ける。

 

(あいつらも、人を殺したことがあるのか……?)

 

 先ほどの資料では二人とも二年生。

 グエルが父を(あや)めたときの年齢よりも一つ下だった。

 

 新生アスティカシアは宇宙においてはすっかり落ちぶれた元・エリート校だが、それでもアーシアンが通える学校の中では最高ランク……

 否、現在アーシアンを受け入れている唯一の宇宙(上流)学校。

 母体であるジェターク社の経営状況ではなかなか定員を増やしてやれず。だからこそ。

 

(戦争が終わって、俺が言うのもナンだが貴重なチャンスを掴んで、それなのに、なぜ!?)

 

 グエル自身も何度も他者から殺意を向けられてきたからわかる。

 あの子供たちがしているのは、悪ふざけでも、じゃれ合いでもない。

 グエルの瞳の中でビームがひらめきをくり返す。

 その光はまるで催眠術のようで……

 

「……勝手にしろ」

 

 グエルのつぶやきが、コックピットに虚ろに響いた。

 

 

 

 

 窓ガラスの前で震えるシノーメには、戦いなどまるでわからない。

 有利不利の区別すらつかない。

 ただ。

 

「誰も助けてくれない……」

 

 ピンクのモビルスーツが動きを止めてしまったことへの絶望に、膝から崩れ落ちた。

 

「ワタシたちが……アーシアンだから……」

 

 

 

 

 ディランザ・ソルのコックピット内。

 ヘルメットの下でイリヒの赤毛が汗で額にへばりつく。

 ブザーが鳴り響き、赤い光が点滅している。

 ビームライフルはエネルギー切れ。

 剣のビームも、予備も含めて、もう出ない。

 だが敵も同じ状態のはずだ。

 

 イリヒが押すべきボタンは二通りある。

 一つは脱出装置。

 もう一つは特攻を仕掛けられるブースター。

 

(脱出して定期船に救助を求めて、でも救助が来る前にアイツに攻撃されたらオシマイだ! それよりも……)

 

 リアスカート裏から実体剣を引き抜く。

 

(アイツが脱出してきたところを狙う!)

 

 敵の機体に目を凝らす。

 ザウォート・ヘビィの一点がキラリと光った。

 

(今だッ!)

 

 イリヒは最後のとっておきのブースターを点火した。

 

(もらった!)

 

 と思ったが。

 

(アイツもブースターを!?)

 

 ザウォート・ヘビィもイリヒ目がけて突っ込んでくる。

 先ほどの光はパイロットが脱出したのではなくて、イリヒと同じく相手も実体剣を抜いた際の光だったのだ。

 

(ああ、くそ! イストラント人め! オレ一人だけ船に戻るつもりだったのに!)

 

 きっと相手も同じことを考えているのだろう。

 互いの実体剣が、このままでは互いのコックピットを貫き合う。

 この速度では回避は不可能。

 二機の軍用機が激突……する……直前! イリヒの視界に濃いピンクがひるがえった。

 

 何が起きたのかイリヒが理解したとき、イリヒとアシャケの計二本の実体剣は、グエル専用ディランザの両肩のシールドに左右両側から突き刺さっていた。

 

 

 

 ブースターから光が消える。

 イリヒとアシャケの機体には、互いの攻撃は届いていない。

 だが。

 ここまでの戦いで負ったダメージで、二機双方から火花が散る。

 

(え……? 死ぬ、よな? これ。三人とも)

 

 このまま爆発すればそうなる。

 

 が。

 

 グエルのディランザのシールドの傷口から、白い粘着液が噴き出した。

 

 

 

 ジェターク社の新製品。

 フェアリー・ブラッド。

 

 

 

 モビルスーツの装甲が破壊されたことにより、装甲の下に張り巡らせた二本セットのチューブが切れて、チューブ内の二種類の薬品が混ざって一気に膨張して消火剤となる。

 白いネバネバは三機のモビルスーツをまとめてガッチリ包み込んだ。

 

 

 

 

 

 ピンクのディランザが強引に回線を繋いできた。

 

──お・ま・え・らぁ……──

 

 激昂を力ずくで押さえつけた声が、ゆっくりと紡がれる。

 

──ブースターを積んでるなら先に言え! こっちはもっと余裕を持って助けるつもりだったんだぞ!──

 

「……は?」

 

 イリヒはほうけた声を出した。

 

──何なんだアンタは!? 関係ないやつが邪魔するな!──

 

 敵対するパイロット……アシャケとか言ったか……そいつが怒鳴る。

 

──関係ある! 俺は! お前らがこれから学ぶ、新生アスティカシア学園の! パイロット科の! 特別臨時講師だアアアーーーッ!!──

 

 ジェターク社のCEO室でその役割を言い渡されたときの迷いはもう消えた。

 グエルの獅子の如き咆哮が、二機のモビルスーツと定期船内のすべてのスピーカーにハウリングを引き起こした。

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