新生アスティカシア学園パイロット科特別臨時講師グエル・ジェターク 作:アヤユメ
窓から差し込む赤いライトが、今が夕刻だと告げる。
新生アスティカシア学園、理事長室。
別名、職員用コーヒールーム。
理事長はラウダに代わったはずだが元の鍵で入れたし、このまま使ってよいらしい。
とっておきのグアテマラコーヒーのドリップの音を聞きながら、教員用の紺の制服に身を包んだグエル先生は、ゆったりした気持ちで今日の授業を思い出していた。
授業内容は建築現場でのモビルスーツの活躍という、いたって平和なものだった。
きっかけはわからなかったがイリヒとアシャケがケンカを始め、口喧嘩は取っ組み合いに発展した。
このままではまたモビルスーツを持ち出しかねない勢いだった。
そんな中、生徒の誰かが言い出した。
「決闘をやってみたら?」
それは三年ぶりの催しだった。
つまり今は三年生ですら資料映像でしか決闘を知らない。
きょとんとする当事者たちをよそにクラスメイトは勝手に盛り上がり、あっという間に新・決闘委員会が立ち上がった。
ソファに深く身を沈め、グエルはグアテマラコーヒーを味わう。
思えば三年前、グラスレー寮のパイロットたちは各々ファンクラブを持つほどの人気者でありながら自身の出自をファンたちに隠していた。
今の生徒たちはイリヒとアシャケがアーシアンだと知った上で、むしろそこにドラマ性を見い出して決闘を応援している。
それをグエルは嬉しく感じていた。
このときは、まだ――
☆
翌日。
校舎の廊下に響くチャイムが、休み時間の終わりを告げる。
新・決闘委員会の面々が、グラウンドの使用許可をもらえたことを喜びながら、一刻も早くみんなに報告しようと駆けていく。
教育実習生のマルタン・アップモントに後ろからぶつかって、謝ってすぐにまた走る。
三年ぶりに沸き立つ校内に、マルタンは懐かしくも新しい空気を感じていた。
女子生徒たちはイリヒがかっこいいアシャケがかっこいいとはしゃぎ回り、その様子を不満げに眺めていた男子生徒たちも、決闘がかつては賭けの対象になっていたと聞きつけてからは歴史の体験学習に勤しんでいる。
決闘が行われるのは二週間後。
何もかもうまくいっている……ように思える。
(なのにどうしてこんなに嫌な予感がするんだろう)
考えながらマルタンも、自身が受け持つ教室へ入っていった。
☆
今日のコーヒーはブルーマウンテン。
なんと地球産の本物である。
理事長室に広がる香りを楽しみながら、グエルは決闘の当事者たちに思いを馳せる。
二人とも最初こそ戸惑っていたが、周囲の盛り上がりに合わせてイリヒはすぐに乗り気になり、アシャケも静かに同意を示した。
グエルには一つ、ずっと気がかりなことがあった。
決闘の勝敗はモビルスーツの性能のみでは決まらない。
それでもグエルは過去の自分の勝因は、父が作ったモビルスーツと、支えてくれたメカニックの学友の力が大きいと考えている。
(イリヒもアシャケも編入したてで、そういう仲間がまだいないんだ。
互いに全力を出せるように、俺がサポートしてやらないとな)
タブレットに、イリヒのディランザ・ソルの状態を映す。
(銃に被弾した跡がある。このまま使うのは危ないぞ)
三年前のベネリットグループの解散の際に軍事部門を売却したので、今のジェターク社にはディランザ・ソルを製造販売する権利はない。
けれどソル以外のディランザ系統の機体の権利は、ヴィムから技術提供を受けていたラングランズ社(※小説版外伝より)などのグループ外企業が資金を出し合って買い取り、共有して、ジェターク社が代表で管理している。
グエルは、イリヒにはグエルの私物のスペアの銃を送るよう手配し、アシャケのザウォート・ヘビィには型の合う盾を探して取り寄せた。
(あいつらにもプライドがあるだろうし、俺からじゃ拒まれるかもしれない)
送り主の欄は“卒業生より”としておいた。
☆
決闘まで残り一週間に迫ったその日、マルタンは怒りのままに廊下を走っていた。
「グエル先生! イリヒ君が一年の女子生徒から高価な電磁バリアを受け取ったって知ってるよね!?」
コーヒールームのドアを開け放ち、開口一番に怒鳴る。
スコーンが焼けるのを待っていたグエルは、オーブンから振り返って目をパチクリさせた。
「ああ。だからバランスを取るためにアシャケにも似たようなバリアを買ってやったが?」
「でもその通販が届く前に、別の生徒がアシャケ君に、バリアを突き破れる大型のビームランスをプレゼントして」
「うん。だからイリヒにも……」
「きりがないって言ってるんだよ!
イリヒ君のファンもアシャケ君のファンも、匿名の卒業生とやらに刺激されて、我も我もと、みつぎ合戦になっちゃってる!」
「でもバランスをとってやらないと……」
「あのねえ! どっちの陣営もバランスなんて求めてないんだよ!
不公平だとか平等にしろとか言うのは自分の陣営が負けてるときだけで、本当に欲しいのは“絶対的有利”であって平等じゃないんだよ!」
「そんな言いかたするなよ! 生徒たちはみんな自分の意志で……」
「善意と悪乗りでね! それに少しの下心も!
いいかい? 大半の生徒はキミみたいに弟からブラックカードを持たされたりなんかしていないんだ!
ディランザのパーツを買うためのカンパに、親から渡された生活費をつぎ込んでいる子までいる!
賭けで儲けようとしてた子が、勝ってもギリギリ損回避、負ければにっちもさっちも行かなくなるって、引くに引けない状態になって……!
これじゃあまるで、戦争シェアリングだ!!」
☆
マルタンに呼びつけられたセセリアが、コーヒールームの戸口からそっと覗き込む。
グエルが学園に送られるのに先んじて、セセリアもケレスさんの秘書から学園のカウンセリングルームへ謎の配置換えをされていた。
窓の外ではスクリーンの空がたそがれを映して、室内に灯る明かりは、ローテーブルに置かれたコーヒーマシンのランプだけ。
オーブンはとうに切れている。
グエルはソファの上に体育座りして、虚ろな目でコーヒーのドリップを見つめていた。
ちなみに靴はソファの下にきれいにそろえられていた。
「まァた面倒くさい落ち込みかたをしちゃってますねエ。ま、戦争シェアリングだなんて言われちゃ無理ないですけどオ」
「ぼ、僕は間違っていないぞ! 言うべきことをちゃんと言っただけだからな!」
「はいはい」
手をぱたぱたと軽く振ってマルタンを制し、セセリアはソファの背もたれに肘をついてグエルの顔をのぞき込んだ。
グエルがボソリとつぶやく。
「……こんなはずじゃなかったんだ」
「でしょーねェ」
「……誰にも悪意なんてなかったのに」
「うん。それは僕もわかってるよ」
「デリング元総裁も、こんなはずじゃなかったって言ってたんだ」
「前例があるんだったら、そこから学びましょうよォ。どうすればいいか一緒に考えてあげますからァ」
それよりも、と、先ほどから気になっていた匂いをたどり、スススッとオーブンに滑りよる。
「やったァ! クランベリー入りの手作りスコーン! これってケレスさんがおいしかったって自慢してたやつじゃないですかァ!
せんぱァい、もういっそ経営者も先生も辞めてスコーン屋さんになっちゃったらどうですゥ?」
「簡単に言うな。スコーン屋さんだって大変で大切な仕事なんだぞ」
「あ。ハイ。さすがボブ経験者」
スコーンの香りとコーヒーの香りが極上のハーモニーを奏でて、部屋の空気を和らげていく。
「なあ……マルタンは、教師をやめたいって思ったことはないのか?」
「やめるも何も、まだ教育実習生だけど……
正直に言うと、逃げたくなることはしょっちゅうだよ。
でも、この道は僕だけの道じゃないんだ。
一緒に歩いてるアリヤやティルや、すぐ後ろを進んでるチュチュやニカがいるのに、僕のせいで『やっぱりアーシアンはダメだ』みたいに言われることになったら、たまらないよ」
「!」
お前は偉いな、なんて言葉を同い年の男同士では口に出すわけにもいかず、グエルはただ感嘆の息を漏らした。
★ ★ ★
そしていよいよ決闘の日。
青空輝くグラウンド。
立会人のセセリアの前で、イリヒとアシャケが宣誓する。
グエルは自信たっぷりで審査員席でくつろいでいた。
両者ともに乗機は
グエルのとなりでマルタンがタブレットに目を落とし、装備のリストを確認する。
追加の装備は上限額を決めるルールにし、どちらの機体の金額も規定の範囲に収まっている。
三年前と違ってフェアリーブラッドがあるからと、コックピットへのロックオンが可能になっているのが少しだけ引っかかるが……
(何も心配ない)
グエルは一人で首を横に振った。
新製品のフェアリーブラッドは市場では品薄状態が続いているが、学園には優先的に卸されているのだから。
(決闘は戦争じゃないんだ。安全な学園だ。絶対に大丈夫だ)
そしてバトルが始まった。
イリヒのビームライフルがキュインと呻る。
アシャケが回避し、ギュイイイイーンと撃ち返す。
イリヒのビームサーベルがブォンと鳴る。
アシャケのビームサーベルはブオオオオオオと激しく轟く。
「……おかしくないか?」
グエルつぶやきにセセリアもうなずく。
「アシャケ君のユザールぅ、装備が充実しすぎてる感じですねェ」
「そ、そんなばかな! さっきちゃんと確かめたのに!」
マルタンが再確認のために取り出したリストを、セセリアが横から取り上げた。
「マルタン先生、さては合計金額しか見てなかったでしょ。えっとォ……」
素早くチェックし……セセリアの顔から血の気が引いた。
「ない! ――が、リストにない!」
セセリアの言葉に、グエルはガタンと音を立てて観覧席から立ち上がった。
新製品のフェアリーブラッドは、市場では品薄状態で……転売価格が高い。
「アシャケのやつ! フェアリーブラッドを売り払って武器の購入に回したのか!?」
慌てる三人の視線の先で、イリヒの武器がアシャケのコックピットをロックオンした。
☆
素早く動いて敵からの照準を外し、アシャケは敵にロックオンし返した。
(……威力の大きいビーム砲は反動も大きいから、かわされればこっちの隙になる)
慎重に、はたから見れば勇猛に、しかしそう呼ぶにはあまりに冷静に、敵の攻撃を回避しながら距離を詰める。
イリヒが再びアシャケのコックピットをロックオンする。
(これ、死ぬかも)
不思議と怖くなかった。
(背中を撃たれるほうが危険だ)
地球で少年兵をしていたころ、アシャケはずっと、機動力の高いペイル社製のモビルスーツで戦ってきた。
ユザールも“アシャケに合わせたカスタム”で機動力を上げるために装甲を削っている。
あるのは勝つか相打ちのいずれか。
敗北も逃走も想定されていない。
イリヒのビームがアシャケのコックピットのすぐ脇の装甲を吹き飛ばした。
観客席から悲鳴が上がった。
「フェアリーブラッドが出ていないわ!」
アシャケのユザールから煙が立ち昇る。
(まだ負けてない!)
機体が爆発するのなら、その爆発に敵を巻き込む。
パイロットを殺せなくてもアンテナさえ折れればアシャケの勝ちだ。
負けたくなかった。
ウェスタニス人には。
そのためならこの命さえ……
グラウンドに警報が響き渡り、決闘委員会の消防車型モビルクラフトが飛び出して、アシャケのユザールに消火剤を吹きかけた。
(あ……)
ここはそういう場所なのだ
戦場ではない。
アシャケのユザールから火が消えた……が……ダメージの蓄積により、機体の脚が折れた。
(え!?)
アシャケのユザールが、ちょうどモビルクラフトの真上へと倒れてゆく。
アシャケの視界がスローモーションになった。
作業のために車外に出ていた生徒が、このままでは下敷きになる。
怯えた顔がモニターに映る。
何の罪もない。
ただアシャケを助けようとしただけの生徒の顔が。
(オレは……間違ったことをしたんだ……)
やっとわかった次の瞬間……グラウンド隅の倉庫から、かつて学園の警備に使われていたモビルスーツ、デミギャリソンが飛び出してきた!
──うおおおおおおお!!──
コックピットのグエルの雄叫びとともに一瞬でグラウンドを駆け抜け、アシャケの機体を抱き止める。
アシャケがどうにか踏ん張ろうと振り回していたナックルが、グエルのデミギャリソンの頭部に当たって半壊させてしまったが、踏ん張った甲斐があって時間を稼げて、下にいる生徒たちを無事に逃がせた。
デミギャリソンは古い機体なのでフェアリーブラッドは積んでおらず、手持ちの消火銃を自分の頭に向けて撃つ。
セセリアにうながされて、新・決闘委員会が戦闘終了を言い渡す。
──決着はぁ、えっと、んっと、アシャケくんの反則負けですぅ?──
気の抜けるようなブリっ子声に、観客席のアシャケの応援団から物言いがかかった。
「ちょっと待てよ! アシャケはルールの穴を突いただけで、ルールを破ってはないぞ!」
「てゆっかルールで言うならイリヒこそ反則負けよ! イリヒ、さっきリミッターを外したでしょ!」
その言葉に今度はイリヒの応援団がいきり立つ。
「いーじゃねーか、それぐらい! ちょっとボタンいじっただけだろ!? アシャケのほうが悪意あるだろ!」
「なんだと!?」
双方の席から罵声が飛び交う。
「どっちもダメだ。無効試合だ」
グエルがバサリと切り捨てた。
☆
観客席にあふれる落胆と安堵の声に、イリヒはコックピットで拳を固めた。
「グエル先生、オレたちに、自由にやっていいって言ったじゃん」
──命に関わる自由は認めん!──
「だったら! イリヒとの決闘が無効かオレの勝ちか賭けて勝負だ!」
──わからず屋め! 受けて立つ!──
通信にマルタンが割って入る。
──グエル先生! メインカメラが!──
──ハンデキャップにちょうどいい!──
グエルは地面に落ちたアシャケ機のアンテナを拾い上げ、デミギャリソンの頭部の傷口に突き刺して、消火剤の粘着力で固定した。
消火銃のタンクがEMPTYを示した。
先に動いたイリヒが、マゼンタに輝く銃をグエル向ける。
「オレは英雄になりたかった」
もともとイリヒには、こんな話をわざわざするつもりなどなかったが。
「イストラントとの戦争が始まったときには、オレはとっくに孤児だった。
オレはただの捨て子で、両親はただのクズで。
戦争が始まって、孤児院の仲間が急に増えて、心の中でザマァミロなんて思ってた時期もあった。
でも、あいつらと暮らしてるうちに考えが変わった。
あいつらの親の仇を取ってやりたい。
あいつらのヒーローになりたい。
そう想えるようになったんだ!
それなのに!」
戦闘がもたらす過度な興奮は、ときに年若いパイロットを不自然なまでに饒舌にする。
☆
イリヒの叫びを聞きながら、グエルは守りに徹していた。
見つめる人々の反応は二つに分かれた。
「どどど、どうしよう! グエル先生、一方的に押されちゃってるよお!」
マルタンがタブレットをにぎりしめて審査員席から腰を浮かせる。
「なァに言ってるんですかァ? ユザールがあれほど攻撃を重ねてるのに、デミギャリソンにはちっとも届いていないですよォ」
セセリアは頭の後ろで手を組んでゆったりと構えていた。
☆
「オレは英雄になりたかったんだ! ただそれだけだったんだ! それなのに!」
戦争で英雄になるというのは、人をたくさん殺すということ。
イリヒのビームバルカンが、グエルのシールドに弾かれる。
「そのために努力してきた! それなのに!」
人を殺すための努力を、こんな子供が積み重ねてきた。
グエルのシールドが揺らいだ瞬間に、イリヒは一気に駆け寄ってジャンプしてビームサーベルで上から斬りつける。
「アンタの親父のせいだ!」
グエルは地面に体を投げ出して回避する。
「アンタの親父の卑劣な抱き合わせ商法のシワ寄せでオレは!」
グエルが起き上がる前に、イリヒはビームバズーカーを構えた。
「消火銃しかッ!! 撃たせてもらえなかったッ!!」
一瞬だった。
イリヒは今起きたことが信じられなかった。
武器がユザールの掌を離れて地面に落ちる。
イリヒは今日、旧式のデミギャリソンの腕が、この世のモビルスーツの腕が、こんなに生々しく動かせうると初めて知った。
気がつけばイリヒのユザールは、グエルのデミギャリソンに抱きしめられていた。
「お、おい! 先生!」
──アウッ! アアウッ! エグッ! ウアウッ! ゲホッ! ゴホッ!──
「何で泣いてんだよ!? アンタさっきから何言ってんだよ!?」
──アウアアア、アオッ、エッ、ゥアアっ──
「何だよ父さんが守ってくれたって!? 知らねえよ何の話だよ!? なんなんだよアンタはーッ!?」
デミギャリソンにほおずりされたせいでユザールのアンテナが折れていたが、そんなのもう誰も気にしていなかった。
☆
観客席。
皆が前のほうに詰めかける中、シノーメだけが後ろの席のさらに後ろの通路にポツンと立っていた。
パイロットスーツから制服に着替えたアシャケが出口に向かい、シノーメのそばを通り過ぎる。
「結局、救われるのはウェスタニスの人だけなんだよね」
シノーメがぽつりとつぶやく。
「キミなら救ってもらえるんじゃないのか?」
アシャケは振り返りもせずに去っていった。