新生アスティカシア学園パイロット科特別臨時講師グエル・ジェターク 作:アヤユメ
「すまない。君の気持ちには応えられない」
新生アスティカシア学園。
人工的な緑の林と、不自然なまでの純白の壁にはさまれた校舎裏。
かつての地球寮生、今は教育実習生のアリヤ・マフヴァーシュは、五つも年下の少年に深く頭を下げた。
アリヤの長い髪がさらさらと揺れた。
「やっぱり……ッスよね……予想通りッス……」
ほおを掻きながら少年はアリヤに背を向けた。
「別にいいッスよ。先生がこの学園からいなくなる前に言っときたかっただけッスから」
アリヤが顔を上げるのを気配で感じた。
自分の顔を見られたくなくて、少年はほおを掻きながら足早に立ち去った。
ガリッ。
ほおに爪を立てる。
血が流れる。
少年は走り出した。
“大切な生徒をそういう対象にはできない”
“学生でいられる時間は貴重だから、今は学生らしさを大切にしてほしい”
いかにもアリヤ先生らしい、誠実で率直な言葉だった。
少年はアリヤのそんなところを好きになった……はずだった。
だけど。
「ウソだッ!」
叫び、息が切れて足を止める。
ちょうど目の前にモビルクラフトが停まっていた。
磨き上げられた装甲に、鏡のように少年の顔が映っていた。
「当たり障りのないこと言いやがって! どうせ本当は……!」
もともとバランスのよくない顔が、湾曲したスクリーンでさらにゆがみ、見つめるほどにあふれる涙で、とめどなくにじんでいった。
少年の目にはそれは醜悪な怪物のように見えた。
☆
パイロット科の二年生の教室。
先日の決闘での涙の跡はきれいに乾き、グエル・ジェターク先生はキレキレの強い男モードでキメキメで教鞭を振るっていた。
「いいか、お前ら! これは俺が実際にテロリストのモビルスーツと戦ったときの経験だが……」
だるそうにしていたイリヒとアシャケがぴしりと背筋を伸ばした。
どこかから「待ってました」と声が飛んだ。
グエルは思う。
(ジェターク社のCEOはアスティカシアの理事長でもあるのに、俺は生徒への関心が足りていなかった。
きっとラウダはそれを気にして、だからあんなことをしたんだ。
つまり別に俺のことをキライになったとか、俺が頼りなくて会社を任せておけないと判断したとかではないんだ)
やる気に満ちたグエルの姿は、少しばかり浮かれてもいた。
「機体が爆発する原因は――なので相手を生け捕りにするには――」
窓の外からのざわめきが、グエルの言葉をさえぎった。
ガラス越しに視線を向ける。
広々としたグラウンドでは同じパイロット科の、あちらは一年生の授業が行われているが、どうも様子がおかしい。
三機のモビルスーツが、授業とも決闘とも呼べない暴れかたをしていた。
三人の会話が、グエルたちの教室のスピーカーから流れてきた。
☆
授業用ユザールのコックピットで、エビィ・フォルモントは涙をこらえていた。
──おーい! 元気出せよ、エビィ!──
──告ってフラれたなんて当然じゃん!──
通信機越しにクラスメイトのヒラメオとカレイルがゲラゲラ笑う。
クラス用の回線もあるのに、わざわざ学園中に聞こえる回線を使って笑い者にしている。
──お前のその顔でうまくいくわけないじゃん!──
──月の裏側みたいに無駄に丸くて暗くてデコボコ!──
「このッ!!」
たまらずエビィがビームサーベルに手をかける。
──ぎゃははははっ!──
ヒラメオとカレイルのユザールが左右から連続でタックルを仕掛けてエビィのユザールを打ち倒す。
──アリヤ先生を口説き落とすなんて、よっぽどのイケメンじゃなくちゃ無理だろ!──
ヘルメットの中、エビィの頭蓋骨の中で、ヒラメオの言葉がこだまする。
「よっぽどの……イケメン……」
エビィの脳裏に、先日赴任してきたばかりの二年のクラスの特別臨時講師が浮かんだ。
(もしもおれがあの先生みたいだったら……)
きっとただじっと見つめただけで惚れた相手を自分のモノにすることができたのだろう。
脳が勝手に連想ゲームを始めて、アリヤ先生がグエル先生と寄り添う姿が浮かんでくる。
完璧な美男美女。
実際のところアリヤにとってのグエルは、卒業に間に合うように学園を再建して教師への道を開いてくれた恩人以外の何者でもないのだが。
──こらー!──
グラウンドに立っている一年の担任の、いかにも熱血な角刈り教師の怒鳴り声をマイクが拾った。
──お前たち! ヒトの失恋をバカにしてるとロクな大人にならないぞ!──
失恋。
かばわれたのだとわかっていても、その単語はエビィをえぐった。
「ああああああああ!!」
☆
二年生の教室に向けて、エビィのユザールがビームサーベルを柄ごと投げつけた。
もちろんアスティカシアの校舎はモビルスーツの“事故”に備えて窓も壁も特殊強化されているから授業用のビームくらいではびくともしないが、柄の質量を食らっては、さすがに窓ガラスにヒビが入った。
教室の中はパニックになった。
テストの成績は良くとも実戦経験は皆無な良家の生徒たちを、イリヒとアシャケが落ち着かせる。
教室に、グエル先生の姿はすでになかった。
☆
──あーあ。あそこってグエル・ジェターク先生の教室だよな──
──エビィ、お前、人生終わったな──
「グ、グエル先生なんてもう理事長でもCEOでもないし……」
言いながら、しかしエビィ自身も理解していた。
お家騒動があったなどとのあやふやなウワサより、現理事長たる
「うわああああああああ!!」
エビィがビームライフルを乱射する。
担任が慌ててほかの生徒たちを避難させる。
ヒラメオは笑いながらエビィを挑発し、エビィの攻撃をひょいひょいとかわしていたが……
──おっと!──
──わわっ!──
後ろ向きに跳んだヒラメオのユザールが、よそ見をしていたカレイルのユザールにぶつかった。
──あ──
そのときカレイルは、グラウンドの設備を操作するための、教師用のコードに無断でアクセスしていた。
エビィをからかうのに使えそうな機能を探していたのだ。
ユザールが揺れた弾みでカレイルの指が、押してはいけないボタンを押した。
赤い光とともに警報が鳴り響いた。
==ただいまより、鉱石採掘中の事故を想定した訓練を行います。
担当教師およびランクS災害救助コース受講の生徒以外はグラウンドから退避してください==
──は? ランクS? 三年生のやつじゃん──
カレイルがほうけている間に……グラウンドから溶岩が噴き出した。
──うわあああ! 溶ける! 溶けるぅ!──
溶岩の川は、戦いでできたグラウンドのでこぼこに沿って網のように広がっていく。
エビィはたまたま安定した足場にいたが、目の前でヒラメオとカレイルのユザールが溶岩に沈んでいく。
──助けてえぇ!──
二人の悲鳴にエビィのユザールは……ヒートソードを振り上げることで答えた。
「オレの人生、どうせおしまいだッ!!」
灼熱の斬撃は、火花とともに防がれた。
別の誰かのヒートソードが、エビィのヒートソードを弾き飛ばす。
エビィのユザールの前に、赤く塗られたユザールが立ちはだかった。
校内ではすでにうわさになっている、グエル・ジェタークの専用機だ。
──落ち着け、エビィ・フォルモント! 失恋ごときで人生は終わらん!──
凛とした声が響く。
その声のあまりの清廉さが、余計にエビィ激昂させた。
「うるせえ! テメエに何がわかるってんだよ! その顔で! そんな顔してりゃ何でもかんでもうまくいくんだろ!?」
と、急にしょげた気配がスピーカー越しに伝わってきた。
──……顔の話はしないでくれ。自分では父さんに似た男らしい顔のつもりなのに、これを言うとなぜかみんな怒るんだ……──
「殺す殺す殺す!! ブッ殺す!!」
──何でだよ!?──
「イケメンなくせに! 金持ちなくせに! ドミニコス隊にゲスト参加でエースの活躍したくせに! 失恋なんか無縁だろ!?」
エビィのユザールがツインヒートダガーを振り回す。
──よせ、エビィ! そんなことをしても何にもならん!──
「何かにしようなんて思ってねエよ!」
やみくもな動き。
さばくのはたやすいが……
「くそオオオっ! からかいやがってエエエ!」
──そんなつもりでは……──
「辛いんだよ! 世界全部壊れちまえってくらい悲しいんだよ!」
──エビィ……お前は……──
機体はどちらもユザール。
色が違うだけで性能は同等。
ならば一年生のエビィがグエルに勝てるわけがない。
だけどこのまま倒してしまっては、エビィの心を開けない。
「弱いやつの気持ちなんて、お前なんかにはわかんねーよ!!」
エビィのユザールがバッと飛び下がる。
──エビィ!──
「来るんじゃねエ!」
機雷をばらまく。
──やめろエビィ! ここでそれは……!──
「うるせエッ!」
トゲトゲの機雷はシャボン玉のようにふよふよと空中をただよい……
そのうちの一つがエビィの足もとの溶岩に落ちて大爆発。
噴き上げられた溶岩に飲まれてほかの機雷も連鎖して爆発していく。
これは普通にすれば死ぬ。
いくら授業用の溶岩といっても災害救助の授業用であって、戦闘用の教材じゃないから機雷をまかれるなんて事態は想定してない。
エビィは目を閉じ、頭を抱え、震え……
──大丈夫か? エビィ──
聞こえた声は、不思議なまでに穏やかだった。
気がつけばエビィのユザールは、グエルの赤いユザールに抱き上げられて、先ほどの炎から離れた場所にいた。
──わかるさ。俺も。世界が壊れるんじゃないかってぐらい悲しかった。
それでも世界は壊れないし人生は終わらない──
「先生は……」
教えてほしいことが次々とエビィの頭に湧いてきた。
オレを怒っていないのか。
本当はいつだって強がってきただけだったんじゃないのか。
「先生は、恋なんかしなけりゃよかったって思ったりはしないの?」
──以前は思った。でも、もう、悔やまない。
もしもあのときあいつに出逢わず、恋を知らないまま政略結婚していれば、俺自身も誰かの失恋を嘲笑う人間になってしまっていたかもしれない。そんなのは悲しすぎる。
ヒラメオとカレイルはちゃんと叱っておく。あいつらは子供なだけだから。
傷つくことは怖いけど、痛みを知らずに大人になるのはもっと恐ろしいことだ──
エビィはちらりとモニターに目をやった。
地上でヒラメオとカレイルが土下座して、横でアリヤ先生が腕組みしているのが映っている。
二人への説教はアリヤ先生が済ませてくれたようだ。
──今夜は飲み明かそう。とびきりのコーヒーを淹れてやる。
痛みを知らなければお前に寄り添えないというのなら、資格があるのが今は嬉しい──
☆ ★ ☆
ジェターク社。CEO室。
ラウダがタブレットを見ると、メールが二通、届いていた。
一つはセセリアからの報告。
兄の楽しげな様子が記されていて、思わず微笑む。
もう一つはケレスさんから。
ラウダの顔がにわかに険しくなる。
またしてもモビルスーツ製造会社のCEOが失踪した。
彼らが連続誘拐事件の被害者だと仮定して、被害者の共通点は、ドミニコス隊からガンダム開発疑惑を向けられていたこと。
(犯人の狙いがガンダムなら、ガンダムに乗ったことのない兄さんより、実際に操縦した僕のほうに来るはずだ)
そうであってくれと、祈る。