新生アスティカシア学園パイロット科特別臨時講師グエル・ジェターク   作:アヤユメ

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6 正しさのために死ねるのかって話

 起動エレベーターの入り口で、次の仕事に向かうミオリネ・レンブランと護衛の五人組にあいさつをして手を振って。

 ケナンジ・アベリー一人きり、駐車場に戻って黒のリムジンのハンドルをにぎった。

 

 通信機越しに部下に話しかける。

 

「お疲れちゃん。テイチャ先生は何かしゃべった?」

 

──ええ、もう、スペーシアンへの恨みつらみをそれはそれは饒舌に。

 一通り聞いてやったらやっとガンダムの出所について話し始めましたが、どうも要領を得ないですね──

 

「ご苦労さま。何かわかったらよろしくね」

 

 通信機のスイッチを切り替えて、キャリババーンが隠されていた地下施設の調査をしている部隊に繋ぐ。

 

「お疲れちゃん。何か見つかった?」

 

──二機目のガンダムを発見しました! キャリバーンとは明らかに形状が異なります!──

 

「おーけー。グエルせんせーたちを拾ってからそっちへ行くよ」

 

 

 

 

 

 交差点の真ん中。

 昼日中にはとことん邪魔だが、夜間の出来事と思えば民家を避けて人的被害を出さずに済んだといえる良ポイントに、キャリバーンに似た薄灰のガンダムが仰向けに倒れている。

 

 周囲には立ち入り禁止の黄色いテープ。

 テープの手前でグエルとスレッタが何やら言い争っていた。

 ケナンジは二人の近くに車を止めて、運転席の窓を開けた。

 

「ケナンジさん! グエルさんを説得してください!」

 

 スレッタが杖をつきつきケナンジにひょこひょこと寄ってくる。

 

「今ちょうどラウダさんが地球に来ているのに、グエルさん、会いたくないって言うんです!」

 

「いや、別に会いたくないわけではないんだが……」

 

「グエルさんはラウダさんから逃げています! ちゃんと会ってお話しするべきです!」

 

「そうはいってもあいつがいるのは、ここからじゃ地球の裏側だろ」

 

「同じ地球です!」

 

 二人のやり取りをケナンジは苦笑いで見守った。

 そもそもケレスさんにCEO連続誘拐事件の情報を流したのも、犯行の手口から犯人がドミニコス隊の関係者であることや、それがオルコットの可能性があると伝えて用心するよううながしたのもケナンジなのだ。

 

(まさか弟君が兄君に全部隠したまんま会社から追い出して学園にしまい込むとは想像できませんでしたがねえ。

 思ったよりこじれちゃってるようですけど、事件が解決すればグエルせんせーは会社に帰れるでしょ)

 

 ケナンジが密かに肩をすくめたそのとき――

 車載の通信機から悲鳴が響いた。

 地下施設の調査をしている部隊からだ。

 

──ガンダムが! 動き出しました!─

 

「アンチドートは!?」

 

──やってますが……うわあああ!──

 

 通信はブツリと途切れた。

 

(アンチドートが通じないほどパーメットスコアが高い?)

 

 ちょっと考えているうちに、すぐに次の通信が入る。

 

──こちら第二班! 警察署が襲撃を受けました!

 未知のモビルスーツがテイチャ先生を殺害!

 敵は……軌道エレベーターの方角に……狙いはミオリネ・レンブランか!?──

 

 それを聞き終わらないうちに、グエルとスレッタがキャリバーン二号機へと走り出した。

 二人の姿にケナンジは、自分は年を取ったのだなと感じた。

 昔の自分なら仕事の通信をする際に窓を開けっ放しになんかしなかったのに。

 

 

 

 

 グエルがスレッタの腕を掴む。

 

「離してください! ガンダムを倒せるのはガンダムだけだし、ガンダムに耐えられるのはわたしだけです!」

 

「すでに死人が出ている戦いに、お前を行かせられるわけないだろう!」

 

 車の窓枠に肘をついてケナンジは思う。

 

(そうは言ってもグエルせんせーも、人を殺してしまうかもしれない戦いなんて無理でしょう)

 

 スレッタはグエルに何か言いかけて、悩ましげに口を閉じた。

 

(魔女せんせーも私と同じ見解ですか。だけどどうします? それをそのまま言ったところで、グエルせんせーに反発されて腕力で抑えられるだけですよ?)

 

 スレッタは左手の薬指に目をやると、意を決した表情でキッとグエルをにらみ上げた。

 

「死人が出ている戦いで、死体を見て吐いちゃうような()は足手まといです!」

 

「なっ!?」

 

(なるほど。ミオリネ・レンブランならこんなときどう言うかと考えたわけですか)

 

 効果てきめん。

 グエルがショックを受けている隙に、スレッタは立ち入り禁止のテープをモタモタとくぐり抜ける。

 

 が。

 

 いきなり現れた赤毛の少年が、スレッタを追い越して、キャリバーン二号機の仰向けに寝そべる胴体に駆け上った。

 

(あの子は……イリヒ・ミザル。新生アスティカシアの留学生ですか。目立ちたい年ごろなんでしょうかねえ)

 

 英雄願望に目を輝かせたイリヒがキャリバーン二号機のコックピットハッチを開けたところで……

 ケナンジが後ろからイリヒの襟首を掴み、乱暴に引きずり出して投げ捨てた。

 

「うわっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「おっと!」

 

 イリヒがスレッタにぶつかって、転がり落ちてきた二人をグエルがまとめて受け止める。

 

「子供が危ないことをしようとしていたら、ぶん殴ってでも止めるのが大人ってもんです」

 

 ケナンジは巨体をコックピットにもぐり込ませた。

 

「今回は私が主人公(ヒーロー)です」

 

 ハッチを閉じて若者たちの言い分を締め出し、シートの位置を調整する。

 前にここに座ったテイチャ先生は、シルエットこそ丸っこいものの、ケナンジの半分以下の体積だった。

 

(あの先生が証言したのは、この機体がキャリバーンの設計図をもとにして作られた紛れもないキャリバーン二号機だということだけ。

 エリクト君は勝手にキャリババーンと名付けてましたが)

 

 キャリババーンが空へと飛び立つ。

 

(いったい、いつ誰がキャリババーンを作ったんでしょうね? プラントクエタにはそんな記録はなかったし、この機体、やたらと新しいよねっ)

 

 速度を上げる。

 敵の機体が視界に入る。

 軌道エレベーターの警備隊と交戦中だ。

 警備隊の最後の一機が破壊されてゆくさまに、ケナンジは歯噛みしながらビームライフルを構えた。

 

 未知のガンダムが振り返る。

 所属が同じだからだろう。

 キャリババーンのモニターは、眼前の敵の名前を知っていた。

 

(ガンダム・テナガーシナガ、か……)

 

 夕暮れどきの長く伸びた影。

 それがケナンジがテナガーシナガに抱いた第一印象だった。

 

 不気味に細長い手足。

 濃い灰色の塗装。

 黄色いツインアイ。

 

「背が高いのはいいけれど、とんだヒョロガリ君だねエ! デブに対する嫌味かな!?」

 

 テナガーシナガが振り上げた不自然に長い腕が、鞭のようにしなった。

 

「カンフー映画で見たことあるなア! 九節鞭ってヤツだっけ!?」

 

 一本の腕に九つの関節。

 その一節一節にバルカン砲がついている。

 うねりながら撒き散らされる実体弾に、キャリババーンのシールドが吹き飛んだ。

 

「やれやれっ。ここはやはりガンダムの機動力を活かすしかありませんか!」

 

 攻撃、回避、回避、攻撃、防御。

 激しく素早く動くほど、ケナンジの体をパーメットが蝕んでいく。

 グローブで包んだ指が焼けるように痛い。

 赤いアザがケナンジの首へ、頬へ、はい上がる。

 

「あいつだってっ、ガンダムなんだからっ、パイロットが無事なわけないんですけどねえっ」

 

 テナガーシナガを見据える。

 GUNDフォーマットはパイロットの肉体の延長。

 ならば自分の肘が左右合わせて十八個に増えるとはどのような感覚なのか?

 その反動はどれほどか?

 人の体には限界があり、人体のパーメットの許容量には個人差がある。

 

 距離を詰め、ビームサーベルで切り結ぶ。

 

 

「私はまだまだ耐えられますよッ! なにせ体積が常人の二倍ありますからねェ! 常人の二倍のパーメットに耐えられますッ!」

 

 

 押し合い、踏み込み、受け流され、飛び下がって距離を取る。

 ケナンジの息づかいがどんどん荒くなっていく。

 

 

「この私が負けるわけがないでしょう! ヴァナディース虐殺のあの日からずっと、私は……俺は……この日のためにこの体型を作ってきたんだ!!」

 

 

 ケナンジのパイロットスーツの首もとから煙が漏れ出した。

 パーメット汚染が、人体が超えてはいけない領域に突入したのだ。

 

 キャリババーンの剣撃で、テナガーシナガに激しく畳みかける。

 地上から見上げる人々には、いかにも化け物前とした外見のテナガーシナガと戦うキャリババーンの姿は、さぞかしヒロイックに映っただろう。

 しかしキャリババーンのコックピットでは恐ろしいことが起きていた。

 

 パーメットに焼かれたケナンジの体が………………溶け出した。

 

「わかるッ! わかるぞッ! ガンダムはッこの世にッ存在してはいけないものだとッ、ハッキリわかる!!」

 

 全身の皮膚が破れて血液と脂肪でパイロットスーツの下がぐしょぐしょになっていく。

 ケナンジの汗も涙もよだれもすべてパーメットでプリズムに輝く。

 

「やっと確信が持てたッ! あの日の私はッ! あの日のヴァナディース虐殺はッ! 正義だったッ!!」

 

 キャリババーンのビームサーベルがテナガーシナガの腹部ど真ん中を貫いた。

 同時にケナンジの体が限界を越えた。

 激痛の中、ケナンジは、最後の瞬間、笑顔だった。

 

 操縦者を失ったキャリババーンのフライトユニットの自動操縦が、パラシュート代わりの速度を保って地上へと下りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ケナンジさん! 応えてくれ! ケナンジさん!──

 

 グエルからの呼びかけが、プツンと電源ごと切れる。

 

 キャリババーンのコックピットから光も音も全て消えた、一瞬ののち……

 

──あらあら。死んじゃったわねえ──

 

 ケナンジの遺体の正面のモニターに、元ペイルテクノロジー社CEOのニューゲンの姿が映った。

 

 続いて右のモニターにネボラが現れる。

──酷いもんねえ──

 しかしその声に同情の色はない。

──世界一醜悪な有機物だわ──

 

──でも実験としては上出来よ。キャリバーン二号機のためのモルモットを二匹も無料で手に入れられて、しかも二匹目は処分の手間もかからなかったし──

 

 背後のモニターでカルが微笑む。

 

──これでいよいよアレに進めるわね──

 

 左のモニターのゴルネリは、どこか遠くを見つめていた。

 

 

 

 

 地上の人々は宙に浮いたままのテナガーシナガを慎重に見守っていた。

 ガンダムにあのような操縦をして、中のパイロットが生きているとは思えない。

 ならばキャリババーンのようにいずれゆっくりと下りてくるのか、それとも突然、墜落するのか。

 

 どちらでもなかった。

 テナガーシナガは空の彼方へ飛び去り、消えた。

 

 

 

 

 ザウォート・ヘビィのコックピットで、アシャケはモニターに映るニュースを観ていた。

 

「ガンダムがあれば、イストラントは負けなかったのに」

 

 キャリババーンのコックピットの惨状は、ニュースには映っていなかった。

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