新生アスティカシア学園パイロット科特別臨時講師グエル・ジェターク   作:アヤユメ

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7 ガンダム・テナガーシナガの話

 場所は地球。とある国。

 スペーシアンに名前を言ってもピンとこない程度の小国。

 平和式典の会場の楽屋にラウダがいるのは、ラウダが株式会社ガンダムにいたときに行った医療支援に、当時はまだ自社の経営すら不安定だったジェターク社が資金を出したからだ。

 

 ラウダが鏡の前で服装のチェックを終えたところに、ケレスさんが入ってきた。

 

「またテロが起きた。ケナンジ・アベリーが亡くなったらしい」

 

 面識のある人の名にラウダの顔がこわばる。

 ケレスさんは手に持ったタブレットをうっとうしそうにヒラヒラさせた。

 

「こいつがケナンジ・アベリーとやりあったモビルスーツの映像だがな。戦い方にドミニコス隊の癖が出ている」

 

「じゃあやっぱり……」

 

「可能性は高いな」

 

「……兄さんに何も知られないうちに終わらせる!」

 

「ああ」

 

「兄さんも地球に来ているらしいんだ」

 

「イストラントなんて、ここからだと地球の真裏だろ」

 

「そんなに近くに……」

 

 ラウダの反応に、ケレスさんは肩をすくめた。

 

「宇宙の距離に慣れちまってるとそういう感覚になるけどな。

 地球の交通手段では地球の裏側ってのは、とんでもなく遠いことの代名詞なんだぜ」

 

 

 

 

 

 式典が始まった。

 この広大な建物は、本来はクラシックのコンサートホールなのらしい。

 数千人を収容できる客席は、前のほうだけに各国の要人が座り、後方に記者が並ぶほかはガランとしている。

 

 ステージ上では要人が順繰りに演説を続け、式典はなごやかに、否、退屈に進む。

 ラウダは拍手を送りながら、記者やスタッフに目を走らせる。

 探すはオルコットの姿。

 髪の色が似ているだけの別人に、何度も心臓が止まりそうになる。

 今、ステージでしゃべっているのは、どこの国の政治家だったか……

 

 

   ドガッ!!

 

 

 突然、会場の壁に大穴が開いた。

 人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 呆気に取られたラウダの腕を、ケレスさんが掴んで物陰に引きずり込んだ。

 壁の穴からガンダム・テナガーシナガの細長い脚がニュッと突き出していた。

 

 警備員が銃を撃つ。

 テナガーシナガの装甲に跳ね返された弾丸が、客席へ飛んで悲鳴が上がる。

 

 テナガーシナガの全身が会場の中に入ってくる。

 ラウダは通信機を取り出して警備隊に呼びかけた。

 会場の周りには襲撃に備えてアンチドートを積んだモビルスーツが待機しているはずだった。

 しかし通信機からは、砂嵐のようなノイズしか返ってこなかった。

 

──エラン・ケレスとラウダ・ジェタークを出せ! ほかの者は見逃してやる!──

 

 テナガーシナガのスピーカーから男の声が響く。

 

(これは兄さんの恩人の声なのか?)

 

 ラウダには判別できない。

 

「出ていけば殺されるな」

 ケレスさんがささやく。

「これまでのCEO連続誘拐事件の目的は、ガンダムの開発成果を奪うこと。

 だが、見ろよあのガンダムを。目的はすでに達成されている。この襲撃は、ガンダム技術を独占するための、オレたちへの口封じだ」

 

 シャンデリアが落下し、破片が飛び散る。

 そのとき、通信機に雄叫びが割り込んだ。

 

──俺の弟に! 手を! 出すなッ!!──

 

 純白の羽飾りをひるがえしてマゼンタに輝くグエル専用ディランザが、壁の穴をくぐり抜け、世界を半周して助走をつけたパンチでガンダム・テナガーシナガを吹き飛ばした。

 

「戦っちゃダメだ兄さん! その機体には兄さんの大切な人が乗っているかもしれないんだ!」

 

──ケナンジさんの部下から事情は聞いた! 俺の一番大切な人はお前だ! ラウダ!──

 

 

 

 決着は一瞬でついた。

 もともとケナンジと戦った際のダメージが残っていたテナガーシナガを沈めるのには、グエルのディランザが放ったスープレックス(※プロレス技の一種)の一撃だけでじゅうぶんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 警備隊が慎重にテナガーシナガを調べる。

 グエルはディランザのコックピットから見守る。

 テナガーシナガのコックピットハッチは、一般的なモビルスーツよりもずっと低い位置で開いた。

 ラウダは両手に汗をにじませて、パイロットがオルコットではないように祈った。

 

 警官隊がテナガーシナガのパイロットをコックピットから引きずり出す。

 パイロットの両脚はブーツ越しでもわかるほどに腫れ上がり、自力で立てなくなっていた。

 

 警官隊がパイロットからブーツを脱がせる。

 両脚ともにパーメットで真っ赤に光っている。

 

 ヘルメットを脱がせる。

 現れたのは、中年の……ちょうどグエルの親ぐらいの年齢の……

 オルコットとはあまり似ていない、痩せぎすの男だった。

 

 足がこんな状態なのに、顔には不思議とアザがない。

 グエルはその男の顔を知っていた。

 

──貴方は──

 コックピットを出て、直接話す。

「コスム・ファミルの葬式で会ったな」

 

 その男……オットー・ファミルがグエルを睨んだ。

 シャディクが起こした学園テロで重傷を負い、三年間眠り続けた果てに、つい先日、慰霊碑に名前を追加された少年の父親――

 

「どうしてミオリネを狙ったんだ?」

 

「そいつじゃない! おれたちの狙いはミオリネ・レンブランのボディガードだ!」

 

「サビーナたちのことか? いったいどうして……」

 

「こっちは元ドミニコス隊員だ! 公表されていない事実も知っている!

 グエル・ジェターク! あんた、知ってて黙ってたんだろ!? あの五人がシャディク・ゼネリの共犯者だって!!」

 

 言われてグエルは眉根を寄せる。

 

「あいつらはシャディクを土壇場で裏切って、サリウスさんの居場所をミオリネに知らせてテロを止めようとした。

 裁判ではそれが認められて減刑されて、償いはすでに済ませている!」

 

 それは三年前にミオリネがついた嘘だったが、グエルは本気で信じている。

 悲しいかなシャディクとの戦闘中にサビーナがグエルに一瞬で撃墜されたことも、本気で戦っていなかったからだとされてミオリネの嘘に信憑性を持たせていた。

 

「あー、それよりもな〜」

 ケレスさんが割って入る。

「なぁんで元ドミニコス隊員が、元ペイルの婆さんたちの使いっ走りでCEOの連続誘拐なんかやってるのかな?」

 

 ケレスさんの言葉にグエルが目を見開く。

 実は根拠などない単なるカマかけだったが、オットーはあっさりと答えた。

 

「息子をエリクト・サマヤのようにしてもらうためだ」

 

 ドミニコス隊員として三年前のクワイエット・ゼロの現場にいたオットーは、エリクトの人格がキーホルダーに保存されたことを知っていた。

 

「できないよ」

 ラウダはできうる限り冷静な声を絞り出した。

「株式会社ガンダムで研究してきた。あれはあの姉妹の特殊な体質によるものだ」

 

 オットーが泣き崩れた。

 グエルの唇が小さく動いた。

 すぐとなりにいたラウダにもその声は聞こえなかったが、その言葉が「父さん」なのはわかった。

 

 

 

 

 

「しっかしガンダムってのは強いねえ」

 

 警備隊の軽口が聞こえる。

 

「乗っても死なないってんならオレもいっぺん乗ってみてーや」

 

 何も知らない者たちの、何の罪もない軽口だ。

 その軽口が気に障ったのか、テナガーシナガの両腕のバルカン砲が突然、起動した。

 

 悲鳴が響く。

 辺りがたちまち血の海になる。

 驚いて尻もちをついたケレスさんをグエルが横抱きにして、ラウダの先導で退避する。

 

 テナガーシナガは、足はまったく動いておらず、上半身だけで暴れている。

 ケレスさんが叫ぶ。

 

「仕組みがわかったぞ! こいつは複座機だ! パーメットの逆流を、複数のパイロットで分け合っているんだ!」

 

 

 

 オットーは自分を取り押さえていた警備隊員の死体の下から抜け出して、足を引きずり、テナガーシナガの下腹部のコックピットに()い戻る。

 

 両足がコックピットハッチをくぐった瞬間……

 テナガーシナガから火花が散った。

 悲鳴が響く。

 ハッチから、オットーの両足だけが、ちぎれて弾けて飛び出した。

 

 同時に胸部のコックピットが、脱出装置の誤作動により、だらしなく開く。

 パイロットの心臓が、パイロットスーツを突き破って飛び出していた。

 

 グエルはケレスさんを下ろして胸部のパイロットに駆け寄った。

 ヘルメット越しでもはっきり見える、パーメットのアザ。

 その光に照らし上げられたのは。

 

「ツーマ・ファミルか」

 

 痩せぎすの中年女性の死に顔は、苦痛にゆがみきっていた。

 それでも。

 

「救われた顔だ」

 

 グエルはそうつぶやいた。

 

「だが、後味は悪いな」

 

 オットーは足の付け根()()()()()の激痛に悲鳴を上げ続け、ツーマの身に起きたことにまだ気づいていない。

 こんな形で一人だけ残されて、この人はこれからどれほど悲しむのだろう。

 

 

 

 

 式典会場へと続く主要道路に、ディランザ一般機とユザールが、二機で並んで警備している。

 先ほど頭上をグエルのディランザが飛び越えていったのには気づいていたし、会場内で何が起きたかも無線で伝えられたが、警戒態勢はまだ解かれていない。

 

 風が吹き、フェルシーのディランザの頭に生えた、グエル機とおそろいの羽飾りが揺れる。

 となりに並んだユザールの中でエビィが毒づく。

 

──ちぇーっ。グエル先生と共闘したかったなー──

 

──おいこらエビィ! 学校サボってまで来ておいてダレてんじゃねーよ!──

 

──だぁってあの先生、アーシアンばっか可愛がるからさぁ──

 

 警報が二人の会話をさえぎった。

 不審なモビルクラフトがこちらへ向かってきている。

 

 

 

 

 

 

 主要道路の彼方からまっすぐに突っ込んでくるその機体は、幅広の円柱に車輪が四つ、あえてふざけた言いかたをすれば巨大な鍋が走っているような姿をしていた。

 

 フェルシーの羽根ペン型ドローン(ヘルメス)がそのモビルクラフト……カー・モナーベの進路の空中に光で文字を書く。

 

『こんにちは!』

 

 道幅いっぱいの光の手紙を、カー・モナーべは気にもとめずに突き進む。

 

『止まれ』

 

『話し合おう』

 

『アンタは誰だ』

 

 スピードで勝るヘルメスが先回りしてメッセージをつづり続けるが、カー・モナーべはすべてを突き破って突っ込んでくる。

 

──何やってんだよ! 早く攻撃しようぜ!──

 

 エビィがビームバズーカを構える。

 

──ちゃんと確かめてからだ! 人質がテロリストの機体を奪って逃げてきてんのかもしんないんだから!──

 

──そんなバカなことあるわけねーだろ!?──

 

──グエル先輩をバカって言うんじゃねエ!!──

 

──???──

 

 フェルシーのディランザが前に出てエビィのバズーカの照準をさえぎる。

 

 そのままカー・モナーべに突進し、相撲のようにがっぷり組んで受け止める。

 

 カー・モナーべの装甲が、ディランザの手が触れただけで剥がれた。

 

──へ?──

 

 ディランザに持ち上げられて、カー・モナーべの車輪が浮いて空回りする。

 

 フレームがボロボロと崩れ、コックピットの天井が帽子のように風に飛ぶ。

 

 コックピットに人質がいた。

 ただし逃げてきたのではない。

 CEO連続誘拐事件の被害者であるコンペイル社のコーンCEOが、ロープで縛られて床に転がされていた。

 

 自動操縦のコックピット内は、絵に描いたようなダイナマイト型の高性能爆薬で埋め尽くされて、操縦席にはタイマーが、この場の主として鎮座していた。

 

 攻撃していれば町ごと吹き飛ぶところだった。

 装甲が簡単に剥がれたのは爆発の威力を削がないためなのだろうが、そこまでする悪意にフェルシーが気づくのにはしばらくかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やばいやばいやばいっ! 爆弾解除なんてやったことないよぉ!)

 

 ディランザのマニピュレーターなら可能なはずだし、細かい作業の訓練も受けてはいるが、フェルシーの指の震えが止まらない。

 

 エビィにはほかにも襲撃がないか見てこいと命じてここから遠ざけて、それ自体は正しい判断のはずだが、それにしたって一人ぼっちは心細い。

 

──助けてグエル先輩!──

 

 思わず叫んだまさにそのタイミングで……

 

──任せろ、フェルシー!──

 

 グエルのディランザが駆けつけた。

 

 

 

 

 

 コックピットを出て人質を抱き上げ、フェルシーのディランザの掌に乗せる。

 

「この人を安全な場所へ!」

 

──グエル先輩……先輩も危なくなったら逃げるッスよ!──

 

 フェルシーの機体が走り去り、グエルも自分のディランザに戻る。

 その間にも爆弾のタイマーは進んでいく。

 

(解体は間に合わないッ)

 

 グエルはコックピットハッチを開けたままディランザの手を操作して、爆弾をディランザのコックピットに積み替え始めた。

 

 爆弾を自分のとなりにおくのは怖い。

 だけどほかに方法がない。

 タイマーは進む。

 

(フェルシー、すまない! このペースでは……!)

 

 だけど自分が逃げるわけにはいかない。

 近くには病院があり、逃げるに逃げられない人がたくさんいる。

 爆発の被害を少しでも抑えるには、この作業を続けるしかない。

 

(父さん……!)

 

 グエルの上に影が落ちた。

 作業に夢中で気づかぬうちに、ディランザのかたわらに、ラウダと一緒に式典会場に置いてきたはずのテナガーシナガが立っていた。

 

「ラウダ!? バカ! やめろ! そんなものに乗ったらお前の心臓がツーマみたいに!!」

 

──俺はお前の弟じゃない──

 

 懐かしい声がした。

 

──俺の心臓はパーメットの影響を受けない──

 

 その理由は、パイロットの心臓がGUND義体だから。

 

「オルコットさん……!」

 

 

 

 

 オルコットが爆弾のディランザへの積み替えを引き継ぎ、グエルはディランザから降りる。

 タイマーは進む。

 GUNDアームのすべらかな動きで作業はあっという間に終わり、テナガーシナガの手がディランザのコックピットハッチを外から閉じる。

 タイマーは進む。

 

 テナガーシナガはディランザに背を向けてうずくまり、地上のグエルを両手で包んだ。

 

 

 ――――爆発――――

 

 

 テナガーシナガの背中の装甲が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレームがひしゃげ、隙間からの爆風で胸部の装甲までもが剥がれ落ちる。

 それでもテナガーシナガのコックピットが無事だったのは、オルコットにも予想外だった。

 マゼンタのディランザは黒こげになりながらもあれほどの爆発でも形を保ち、全身を覆うフェアリーブラッドの下から煙を上げていた。

 

 

 

 

 テナガーシナガの指を開く。

 グエルの姿が現れる。

 

 輝く瞳。

 健康そうな肌。 

 

──きれいになったな──

 

 思わずつぶやいてしまったあとで、オルコットはスピーカーがONのままだったと気づく。

 

「あなたのおかげです」

 

 ヘルメットでつぶれた髪を指で整え、自社製の最高級のパイロットスーツの胸を誇らしげに張ってみせる。

 

 

 テナガーシナガは無言のままに立ち上がり、グエルと、守られた町に、背を向けた。

 

「あなたは英雄だ」

 

──テロリストに懐くなと言ったはずだ──

 

「……元気にしていましたか?」

 

──GUNDの寿命が近い──

 

 最期にグエルの顔を見ておきたくてここに来た。

 思い残すことは、もう、ない。

 

 テナガーシナガはグエルに背を向け、空の彼方へ飛び去った。

 

 

★ ☆ ★

 

 

 そうしてそれからオルコットことリドリック・クルーヘルは……

 

 テナガーシナガの足の部分を操縦していたペトラに無理やり引きずられて株式会社ガンダムへ連れていかれ、

 

 GUND義体のメンテナンスを受けている間にケレスさんの嘘八百でテロ組織に潜入していた捜査官だとマスコミに発表され、

 

 平和式典に出席していた地球や宇宙の政治家がテロリストに命を助けられたとするのは都合が悪いというのもあって警察の追及もなく、

 

 真実を明かすことは世界平和の妨げになるしテロリストの仲間のもとへも帰れないしで、ペトラと一緒に株ガンで働くことになる。

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