【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

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第二章 女装メガネ
Ep.1


次のループ。

 

アレクシスを討ち取った直後、私はすぐにその場を離れた。

兵士たちが押し寄せてくる前に王城を抜ける――今回はそう決めていた。

 

「馬を用意しておきましたわ……これで逃げられるはず」

 

事前に脱出経路も確保してある。完璧な計画。

そう思っていた。

 

けれど――

 

「いたぞ! 逃がすな!」

 

衛兵への情報伝達速度は、私の想定よりもはるかに速かった。

数十人の兵が王城を包囲し、どこを抜けようとしてもすでに封鎖されていた。

 

結局、私は捕らえられ、その場で処刑された。

 

 

それからも何度も繰り返した。

 

セドリックから学んだ剣は、すでに私の中で完成していた。

アレクの剛の剣に対抗するため、磨き抜いた柔の剣。

 

幾度目かの決闘。

私の細剣が再び、アレクシスの首筋を切り裂いた。

 

ここまでに、いったい何年分の時間を費やしてきただろう。

王子の血が広間の床に落ちていくのを見つめながら、私は冷静に周囲を観察した。

 

取り巻きの貴族や兵たちが混乱し、騒ぎ立てる。

きっとまた伝令が走っている。

 

すぐに包囲されるだろう。

剣を握り直し、私は正面突破を選んだ。

 

「全員まとめて叩き伏せますわ!」

 

叫びながら兵たちを迎え撃つ。

けれど、数には抗えない。

 

どれほど鍛え、どれほど研ぎ澄まそうと、私の肉体はすぐに音を上げる。

何人かを斬り伏せたところで、腕が痺れ、足が止まる。

 

ガキン――!

 

敵の剣を受け止めようとした瞬間、私の細剣が真ん中から折れた。

金属の悲鳴が耳に響く。

 

兵たちの刃が私の身体を貫く。

痛みよりも、ただ――ああ、またここまでか、と。

 

私は静かに目を閉じた。

 

 

目を開けると、天井があった。

ベッドの上。

また戻ってきたのだ。

 

何度目のループか、もう数えてもいない。

天井に向かって手を伸ばす。

 

しばし虚空を見つめてから、私はふとセドリックとのやり取りを思い出した。

――あれは、ある日の修練の折だった。

 

「セドリック先生。策を練りに練り、軍備を整え、

極限まで兵を鍛え上げたとしても、それでもなお勝てない戦なら……

あなたなら、どうされますか?」

 

脈絡のない質問に、セドリックは少し考え、それから穏やかに答えた。

 

「軍師としては、勝つための策を探すべきでしょう……

ですが、それでも勝機が見えぬなら、視点をひとつ上げることも必要です」

 

「視点を、上げる?」

 

「ええ。なぜ戦うのかを考えるのです。

戦の目的は勝つことではなく、国に利益をもたらすこと。

ならば戦を避けて国益を得る道があるなら、そちらを選ぶべきだと私は思います」

 

 

(目的は、アレクを倒すことじゃない――生き延びること)

 

セドリックの声が、頭の奥で静かに反響する。

もう、わかっていた。

 

私ひとりの力で、この運命は変えられない。

アレクを倒しても、次に待っているのは残されたものによる報復。

 

ならば、報復をさせない、すべてを覆す力が要る。

深く息を吐き、私はゆっくりと身を起こした。

 

寝間着のまま机へ向かい、地図を広げる。

 

「視点をひとつ、上げてみるとしましょうか」

 

指先でなぞったのは、北方の地――エーデルハルト公爵領。

国の北辺を守る一大勢力。

 

半ば独立した軍を持ち、王国直轄軍と肩を並べる軍事力を有する。

 

「エーデルハルト家が持つのは、財と名声だけではありません。力もです」

 

(アレクを倒すだけでは足りない。

その後の報復を防ぎ、私が生き残るためには――)

 

私は地図から視線を上げ、ゆっくりと微笑んだ。

 

「反乱を起こし、エーデルハルト家がこの国を手中に収める。

それが、破滅を回避するための最善手ですわ」

 

――ならば、父を説得しなければならない。

 

 

「お父様、お話がございます」

 

そう言って、私は父――エーデルハルト公爵の執務室を訪れた。

扉を開けた瞬間に、紙の擦れる音とインクの匂いが鼻をつく。

 

大きな机の向こうで、父は書類に目を落としたまま、こちらを見ようともしなかった。

アニメでは、リリアナの父が直接登場することはなかった。

 

けれど、“リリアナは父に甘やかされて育った”――そんな説明だけは、何度も繰り返されていた。

それが、わがままで傲慢なお嬢様という彼女の人格を形づくる根拠として。

 

実際、帰省中に父と顔を合わせることはほとんどなかった。

けれど、使用人を通じてお願いごとをすれば、どんな無茶でも通った。

 

鍛冶師に剣を作らせるようなことですら、理由も聞かれずに許されたのだから。

――だからこそ、今回の説得も難しくはないはずだ。

 

私はそう信じていた。

 

「なんだ、リリアナ。話とは?」

 

書類に目を走らせたままの声。

その気の抜けた調子が、逆に身内らしい甘さを思わせた。

 

私は深く息を吸い、机の上に広げていた地図を滑らせた。

 

「お父様。私は――エーデルハルト家がこの国を統治するべきだと考えています」

 

父の手が、止まった。

 

「……何を言っている?」

 

「すでにお父様が中央に対し、反乱の準備を進めておられること、私は知っています」

 

わずかに眉が動く。けれど表情は崩れない。

公爵が密かに反乱の準備を進めているのは事実だった。

 

アニメでは、断罪イベントのあとに“反逆を企てたエーデルハルト家が取り潰された”と、

主人公クリスのモノローグで語られていた。

 

「……何の話だ?」

 

低く、鋭い声。

圧のある視線に、私は怯まなかった。

 

「今、この国は不安定です。戦争の兆しに人心は乱れ、国民は不満を抱えています。

それらを収める力が必要ですわ。――今こそ、我々が新たな秩序を築くべき時です」

 

(乗れ、乗ってきなさい)

 

言葉を重ねながら、私は祈るような気持ちで父を見つめた。

だが――

 

「愚か者」

 

その一言に、胸の奥が凍りついた。

父は深くため息をつき、椅子の背にもたれかかる。

 

「学院で誰かに吹き込まれたか? 王室に刃を向けるなど、エーデルハルト家を滅ぼす行為だ」

「ですが、今こそ――」

 

「黙れ!」

 

鋭い声が飛ぶ。

初めて、父が私を見た。

冷たい瞳が、突き刺さる。

 

「学院での素行の悪さは報告を受けている。

人前で猫をかぶることもできぬ小娘が、どうして我が家を動かせると思う?」

 

言葉が鋭く、皮膚を裂くように刺さる。

それでも私は拳を握り、唇を噛みながら視線を逸らさなかった。

 

「エーデルハルトは曽祖父の代から王室に仕えてきた譜代の家だ。

反旗を翻すなど、考えることすら恐れ多い」

 

その声は冷静で、私を“娘”ではなく、ただの“誤算”として見ていた。

 

「私は、お前のような愚かな娘を持った覚えはない」

 

一瞬、胸の奥が軋んだ。

それでも、震える手を押さえつけて、私は頭を下げた。

 

「……失礼しました」

 

静かに言い、執務室を出る。

扉を閉めた瞬間、膝が少しだけ震えた。

 

(……ダメか、公爵を動かすには、性急すぎましたわね)

 

冷たい廊下に、私の足音だけが響いた。

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