【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

16 / 44
Ep.5

その声に、私は息を呑んだ。

 

あの“断罪イベント”が、まさにその日に行われる。

運命を変える日を、私たちは戦の起点に定めたのだ。

 

「お前の話を聞いて決めた。これ以上、時を失うべきではない」

 

公爵は低く言いながら、すでに筆を取っていた。

あの落ち着いた筆遣いで、密書を書き上げる姿を、私は息を殺して見つめる。

 

「西方とは話がついている。すぐに密書を送ろう」

 

「西方……ウィンザー公爵家、ですね?」

 

「そうだ。西と北が同時に蜂起すれば、王都を挟み撃ちできる。

東は王家に忠誠を誓っているが、動きは間に合わぬ。初撃で決める」

 

公爵の瞳には、明確な光――戦略家としての炎が宿っていた。

その光を見た瞬間、私は確信した。

 

この人こそが、この国を変える力を持つ唯一の存在だと。

そして、その傍に私がいる。

 

「アレクシスの始末は――お前に任せる、リリアナ」

 

公爵の声が静かに響いた。

その言葉に、血が騒ぐのを感じた。

 

娘としての情ではなく、一人の戦士として託された“使命”。

それを背負う覚悟が、今なら確かにある。

 

「承知しました。必ず、仕留めてみせます」

 

そう告げたとき、私の声は震えていなかった。

幾度もの死を経て、ようやくこの瞬間に辿り着いたのだ。

 

公爵は一度だけ頷き、視線を再び地図へと戻された。

夜の帳がゆっくりと降りる。

蝋燭の灯が、二人の影を壁に映し出していた。

 

――希望と決意に満ちたその一夜から、悲劇の幕が上がるとも知らずに。

 

 

数日後。

 

朝の冷たい風が、北方を揺らした。

執務室の扉が乱暴に開かれ、息を切らした伝令が飛び込んできた。

 

「王都より急報! 討伐軍が編成されたとのこと!

我らエーデルハルト家に対し――謀反の疑いにて討伐を命ずる勅が下りました!」

 

「……なに?」

 

公爵の声が低く響いた。

私は思わず息を呑む。

 

「まだ挙兵もしていないというのに……!」

 

机の上の書類が、拳の衝撃で跳ね上がる。

怒りのこもった声が、部屋中に響き渡った。

けれど、伝令の報せはそれで終わらなかった。

 

「討伐軍には、中央軍に加えて東方軍……さらに……!」

 

公爵の目が鋭く光る。

伝令は青ざめながら、震える声で続けた。

 

「……さらに、討伐軍の中に、西方ウィンザー家の旗がございました!」

 

「――なんだと……?」

 

その瞬間、空気が凍りついた。

鼓動の音が、やけに大きく耳の奥で響く。

 

「西が……裏切った……?」

 

の手にしていた地図が、握りしめられたまま音を立てて潰れた。

 

 

戦いは、一方的だった。

 

圧倒的な兵力により、北方領は三方から包囲され、蹂躙された。

セドリックが駆けつけてくれたものの、状況は絶望的だった。

 

どれほど兵たちが勇敢でも、数の差は埋められない。

空は赤く燃え、地は裂けるように揺れていた。

 

矢の雨が降り注ぎ、砦が崩れ、絶叫が夜を覆い尽くす。

その最中――私は見た。

 

炎の向こうに、父の姿を。

公爵は指揮を執りながら、最後まで退かなかった。

 

けれど、矢が胸を貫いた瞬間、その巨躯が崩れ落ちた。

遠くで、誰かが「公爵が――!」と叫ぶ声。

 

世界が、音を失った。

 

(あ……)

 

その瞬間、何かが胸の奥で静かに――確かに、壊れた。

 

 

「正門を突破されました!」

 

誰かの悲鳴のような声が、焼け焦げた空気の中を突き抜けた。

もう――逃げ場はない。

 

屋敷の外では火が爆ぜ、窓の外の空は血のように赤く染まっている。

焦げた鉄と灰の匂いが鼻を刺し、息をするたびに胸が焼けるようだった。

 

私は大広間の中央に立っていた。

かつては晩餐と笑いが満ちていたこの場所に、今は焼け焦げた絨毯と倒れた兵の影しかない。

 

足音が響いた。

 

「……終業式以来だね、リリアナ」

 

低く、乾いた声。

姿を現したのは、セシル・ヴァン・ウィンザー。

 

ゴーグル越しの瞳には、あのアニメで見たような優しさも、貴族然とした気品もなかった。

そこにあるのは、任務を遂行する者の冷たい決意。

 

「あなたが一番乗りですのね」

 

私は皮肉めいた笑みを浮かべた。

笑うしかなかった。――すべてが崩れ去ったこの状況で、気丈に立つために。

 

「一応、昔なじみとして忠告しておくよ。降伏してくれないかな?」

 

その声音の端に、かつての彼の面影がかすかに滲んでいた。

それでも、私は首を振る。

 

「答えは――」

 

細剣の柄を握り、静かに抜く。

月光を反射した刃が、薄暗い大広間の中で一瞬きらめいた。

 

「抵抗するってこと? 意地かい? 君、剣なんて使えないだろ?」

 

セシルの声が、わずかに侮蔑を含んで響く。

私は何も言わず、ただ構えを取った。

その一動作に、私のすべての答えを込めて。

 

「……ま、いいけどね。どうせ反逆罪は縛り首だ」

 

そう言って、彼――セシルは腰の二本の剣に手をかけた。

金属が擦れる乾いた音とともに、刃が引き抜かれる。

 

《ルミナス・フェンサー》

 

詠唱が響いた瞬間、空気が震えた。

光が走り、セシルの両手の剣に白い輝きが宿る。

 

――あのゲームの中で、何度も見た魔法剣。

画面越しでは美しくて、まるで幻想のようだった。

 

けれど、今は違う。

その光の中に、確かな“死”があった。

 

「……やはり、こうなりますのね」

 

唇を噛み、私は細剣を構え直す。

燃え盛る屋敷の中、光と炎が交錯した。

 

 

――そして現在。

 

「え、ちょっと待って。君、セシルともやりあったの!?」

モブロックが目を見開き、呆れ半分、恐れ半分といった声を上げた。

 

「ええ、まあ」

私は軽く肩をすくめる。できるだけ淡々と、何でもないことのように。

 

「“まあ”って……! あのセシル・ヴァン・ウィンザーだよ!?

原作じゃアレクに次ぐ人気キャラで、アレクに対抗心燃やしてるし、実力も作中トップクラスだよ!?

そんな彼と本気で戦うとか、どうかしてるって!」

 

興奮気味のモブロックの言葉を、私はそっけなく聞き流した。

 

「そうですの。……で?」

 

「で、じゃないよ! もうちょっとリアクションしてくれない!?」

 

私はわざとらしく髪を整え、涼しい声で言った。

 

「興味ありませんわ」

 

 

金属が打ち合う音が、屋敷中に響いていた。

剣と剣が擦れ、火花が散るたびに、焦げた空気が肌に刺さる。

 

「――はぁっ!」

 

思考より先に、身体が動いていた。

セドリックに教わった構え。

 

アレクシスとの死闘で掴んだ間合い。

すべてを重ね合わせて、私は目の前の敵を追い詰めていく。

 

セシルの瞳がわずかに見開かれた。

驚きと――ほんの少しの焦りが混じる。

 

「……鋭い!」

 

彼の双剣が交差し、火花が散る。

けれど、その防御はぎりぎり。

剣筋を読めていない。完全に、私の速度に遅れを取っている。

 

「君……本当に、あのリリアナなのか?」

 

その問いに、私は答えなかった。

言葉よりも、刃で語る方が早い。

 

突き、薙ぎ、返し――

金属の軋む音が、鼓動と重なる。

 

(悪くありませんわ。でも、まだ足りない)

 

セシルの額に汗が滲み、呼吸が荒くなる。

彼の視線が泳いだ、その瞬間。

 

「……いいね」

彼は笑った。

 

「そう来なくちゃ」

 

双剣が淡く輝き始める。

嫌な気配――魔力が空気を圧迫していく。

 

「じゃあ、僕も本気を出そうか」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。