【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ 作:野太刀あきら
調査はすぐに始まった。
厨房の召使の聞き取り。酒倉の確認。
使用されたカップの分析。
そして、一つの事実が浮かび上がった。
「ワインボトルからは、毒物は検出されませんでした」
報告を聞いた瞬間、私は息を呑んだ。
「では……毒は?」
「カップの内側に、微量の毒成分が残っていました」
「銀のカップに……?」
「はい。ですが、銀の変色はありませんでした。つまり――」
「銀に反応しない毒、ということね」
思わず口に出た推測。
それに、報告役の兵士は言葉を詰まらせた。
「……ワインカップを用意したのは誰なの?」
「調査の結果……セシル様が選ばれたものと判明しました」
「……え?」
頭がぐらりと揺れる。
セシルが、選んだ……?
だが――彼は、そのカップで死んだ。
(そんな馬鹿な……)
矛盾している。
もし彼が犯人なら、自分のカップを毒で汚すはずがない。
逆に、誰かがすり替えたなら、なぜ彼が飲んで死んだのか。
(……違う)
私は息を呑んだ。
これは――殺人のための毒殺ではない。
(“誰かを殺す”ためじゃない……“何かを壊す”ための毒)
視線が、机の上の三つのカップへと向く。
三人のうち、誰が死んでも――
「……同盟は成立しなくなる」
口から漏れた言葉に、自分でも凍りついた。
ウィンザー公爵が死ねば、西方の蜂起は潰える。
私が死ねば、北方との交渉は途絶える。
セシルが死ねば、私は容疑者となり、信頼関係が崩壊する。
誰が死んでも――結果は同じ。
「……そう。そういうこと、だったのね」
思わず、息が漏れた。
これは“誰かを殺す”ためじゃない。
“誰かが死ねば計画が止まる”ように仕組まれていた。
三つの毒杯。
どれに毒が入っているか――犯人自身にも、分からない。
「完全な、ランダム……」
声に出して呟いた瞬間、背筋が冷たくなった。
そう、これは偶然を装った必然。
誰か一人でも死ねば、反乱計画は崩壊する。
そして、それを実行に移したのは――
「……セシル」
確信が胸を貫いた。
彼は卑怯な手を嫌う人間。
正面からぶつかり、勝敗を決めることにしか価値を見出さない。
「……自分が死ぬ可能性も、受け入れていたのね」
毒殺という手段に、わずかでも“正義”を残すために。
彼は自分の命すら、賭けの対象にした。
そして、死んだ。
(セシルの勝ちね、“この周回”では)
毒杯ゲーム――誰かが死ねば、計画は潰える。
彼の目的は、最初からそこにあった。
(だったら、私は……)
私は懐から小瓶を取り出した。
ためらいはない。
「次の周回で……勝つために」
蓋を外し、一気に飲み干す。
舌に広がる苦味、喉を刺すような熱。
すぐに指先から力が抜けていく。
視界が傾き、世界がぼやける。
(……次こそ、終わらせる)
◇
再び、ウィンザー邸の晩餐室。
重厚な燭台の光が、卓上の銀器を照らす。
赤黒いワインが三つのカップに注がれ、ゆらゆらと揺れていた。
――四度目の夜。
もう、迷いはない。
「貴族の誇りと――」
公爵の声が響き、三人の手が同時に動く。
「――お待ちください」
私の声が、場の空気を裂いた。
ピシリと音がしたように、全員の動きが止まる。
「このワイン……毒が仕込まれています」
一瞬の静寂。
次に広がるざわめき。
「……なにを馬鹿なことを」
ウィンザー公爵が眉をひそめ、低く吐き捨てた。
「冗談にしては悪質すぎる。今この場でそれを言い出す意味が――」
「証明してみせますわ」
私は椅子を引いて立ち上がり、静かにカップを手に取った。
そして、部屋の隅にある装飾水槽へと歩み寄る。
ガラスの中では、調理を待つ魚たちが、ゆるやかに泳いでいた。
「リリアナ、やめろ!」
セシルの声が聞こえた。
けれど、私は黙ってワインを注ぐ。
赤い液体が水に広がり、ゆっくりと濁っていく。
数秒――
「……あっ」
水中の魚が暴れ出した。
苦しげに身をくねらせ、ぶつかり合い、そして――動かなくなった。
一匹。二匹。三匹。
すべて、水面に浮かぶ。
「毒だと……?」
ウィンザー公爵の声が、かすかに震えた。
部屋の空気が一瞬で凍りつく。
私は静かに、手にしていたカップを机の上に置いた。
ざわめく声。侍従たちの動揺。
視線が、私に、そしてカップに集まっている。
「毒は、ワインそのものではありません」
私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「カップの内側に――あらかじめ塗られていたものですわ」
公爵が唸るように問い返す。
「……誰が、そのカップを?」
「厨房の召使に確認をとりました。用意したのは……」
私は視線を横に向け、まっすぐに彼を見据えた。
「セシル。あなたです」
◇
空気が張り詰める。
私は一歩、ゆっくりと前へ出た。
「――犯人は、あなたです。セシル・ヴァン・ウィンザー」
視線が交差する。
鋭く、そして奇妙な静けさを帯びた瞳。
セシルはやがて小さく息を吐き、わずかに笑った。
「……すごいね。どうしてわかったんだい?」
「企業秘密ですわ」
「セシル……なぜこんなことをした?」
父――ウィンザー公爵の低い声が響く。
セシルは目を伏せ、少しだけ遠くを見るように言った。
「……君がここに来る一週間ほど前、僕は王都にいた。
アレク殿下やクリスたちと一緒にね」
その名を聞いて、私は息を呑んだ。
「そのとき、彼女に言われたんだ。
『もし西方に“リリアナ”が訪ねてきたら、それは災いの前触れだ』ってね」
(……どうしてクリスが、私を……?)
「そして実際に君は、反乱を促す書状を持ってきた。
確信したんだよ――君は危険だと」
クリス、あなたでしたのね。
この裏で糸を引いていたのは。
「セシル、お前は……!」
公爵の怒声が響く。
けれど、彼は静かに頭を下げた。
「申し訳ありません、父上。僕なりのやり方で、この国を守りたかったのです」
私は小さく息を吸い込んだ。
「君が持ってきた書状……あれで父上は反乱の決意を固めた。
北と西が結べば、王国は崩壊する。それだけは避けなければならなかった」
セシルの声には迷いがなかった。
「時間があれば、父を拘束してでも西方を抑えた。
中央に報告して、北方の反乱を未然に潰すつもりだった。……でも君が、早すぎた」
「だから、毒杯を?」
「そう。君が死んでも、父が死んでも、僕が死んでも――どの結果でも反乱計画は失敗する。
カップは無作為に並べた。僕自身が死ぬ可能性も分かった上で、ね」
「……どうしてそんな危険な賭けを?
毒を仕掛けたのがあなたなら、私だけを殺すことができたはず」
セシルはわずかに笑った。
「僕は騎士だ。騎士の戦いはフェアでなくちゃいけない。
か弱い女性である君と対等に戦う方法は、この形しか思いつかなかった」
――愚か。でも、どこか清々しいほどの潔さ。
これが“作中屈指の人気キャラ”の所以なのだろう。
(作中屈指の人気キャラというのは伊達ではないわね)
「セシルよ、お前がそこまで……」
ウィンザー公が、わずかに声を震わせる。
胸の奥がざらついた。
(……よくない流れですわね)