【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

2 / 44
Ep.2

「なっ……!?」

 

ざわめきが一瞬にして悲鳴へと変わる。

ドレスの中から現れたそれは、まるで血のように赤く、その細腕には似つかわしくない剛剣。

装飾は禍々しく、ただそこにあるだけで空気が張り詰める。

 

参列者たちは息を呑み、誰もが信じられないという目をしている。

突如として現れた異形の剣に対する驚きもさることながら――この世界では、その仕草は『決闘』の申し込みを意味するのだ。

 

アレクシスの表情が一層険しくなる。

 

「気でも違えたか!? 王子殿下に剣を向けるなど――」

「馬鹿な、死に向かうようなものだ!」

 

「やめてください、リリアナ! これ以上、 罪を重ねないで!」

 

クリスティーナの悲鳴にも、リリアナは一瞥すらくれなかった。

まるでこの状況すら織り込み済みのように、王子アレクシスを見据えた。

 

「アレクシス・フォン・レギウス殿下」

 

その声は澄んでいて、冷たく、凛としていた。

 

「あなたは今、私に一方的な断罪を下しました。ですが、貴族の名誉を奪うというのであれば――相応の覚悟をお持ちですわよね?」

 

アレクシスが眉をひそめる。

 

「貴様、何が言いたい?」

 

リリアナが構える剣の切っ先は、一寸のブレもない。

その立ち姿は、剣の異形さを差し引いても、あまりにも洗練され、美しかった。

 

「婚約云々は、確かに王室に裁量がありましょう。

ですが、私とてエーデルハルト公爵家の娘。

 

はいそうですかと、貴族としての矜持を踏みにじられることを、

ただ黙って受け入れるほど誇りを失ってはおりません」

 

リリアナは剣の切っ先をまっすぐ王子に向ける。

 

「決闘です!

私を裁きたいのであれば――力で証明なさいませ」

 

「……戯れ言を!」

 

アレクシスの鋭い声が大広間に響いた。

 

王子の側近たちがざわめく。

 

「まさか……本気で決闘を?」

「いや、たとえ相手が令嬢でも、決闘の作法に則った以上は……受けねばならん」

「だが、アレクシス殿下の剣の腕が伊達でないことくらい、リリアナ嬢も知っているはずだ!」

 

「リリアナ! 剣を下ろして!」

 

クリスティーナの悲鳴が響く。

けれど、それを遮るようにアレクシスが手を上げた。

 

「……いいだろう」

 

思わず誰もが息を呑んだ。

アレクシスは、まるでこの状況すら楽しんでいるかのように、薄く笑った。

 

「貴様がそこまで言うのなら、受けてやる」

 

腰に佩いていた宝剣の柄に手をかけながら、アレクシスは言う。

 

原作での彼はいわゆる「俺様」系キャラ。実際に王子様なのだからそれも仕方ない。

尊大な態度だが、それに見合うカリスマも実力も持っている。

 

「貴様との悪縁、ここで断ち切ってくれる」

 

シャリン――。

まるで鈴の音のように澄んだ音を立て、アレクシスの宝剣が抜かれた。

光を反射して煌めく刃が、まっすぐにリリアナを射抜く。

 

その所作ひとつだけで、空気が変わる。

(……これが、“王子の決闘イベント”の迫力か)

 

原作でも何度か見たシーンだ。

敵の貴族、あるいは別ルートの攻略対象との一騎打ち。

でも――悪役令嬢のリリアナが、その相手になるなんて展開、どこにもなかった。

 

それでも、彼女は一歩も引かなかった。

恐れも、迷いも、一切見えない。

むしろ堂々とした姿に、この場の誰よりも“気品”があった。

 

「そのお言葉、そっくりそのままお返しします」

 

低く、静かに。

リリアナは剣を脇に、左足を前に出して腰を落とす。

その動きはまるで、剣士のそれだった。

 

リリアナが床を蹴った。そして――

 

「――ッ!」

 

視界から彼女の姿が消える。

次に見えたのは、アレクシスの身体が宙を舞う瞬間だった。

 

ドンッ!!!

 

耳をつんざくような衝撃音。

アレクシスの身体が、まるで人形のように吹き飛ばされ、数メートル後方の壁に叩きつけられる。

 

分厚い石壁にひびが走り、粉塵が舞い上がる。

リリアナは剣を振り抜いた姿勢のまま。

 

(……嘘、だろ)

 

――悪役令嬢が、王子を倒した。

 

理解が追いつかない。いや、おそらくその場にいた全員がそうだっただろう。

 

視界の中で最初に動いたのは、王子に駆け寄ろうとした聖女クリスティーナだった。

その白いドレスの裾が揺れる。

だが、その隣で剣を肩に担ぐリリアナは――笑っていた。

 

すぐに、王子の側近たちが我に返り、リリアナを取り押さえようと一斉に動き出す。

重たい足音が床を揺らし、剣の鞘が擦れる音が響く。

 

(やばい、やばい……このままじゃリリアナが殺される!)

 

そう思った瞬間――

 

ドォォォォン!!!

 

轟音が、壁の向こうから響き渡った。

空気そのものが震えるような重低音。

 

次いで、無数の馬蹄の音が迫ってくる。

壁の外や階下から、剣戟の金属音が混じる。

 

それも一つや二つじゃない。

どんどん数が増え、この大広間を包囲するように響いていた。

 

「エーデルハルト軍だ!!」

「北公軍が王都に攻め込んできた!! 別の旗もあるぞ!!」

 

その叫びが反響し、学院生たちの間を駆け巡る。

悲鳴と怒号が混ざり、場内は一瞬で混乱の渦に飲み込まれた。

 

(は……? なんだよそれ!?)

 

僕の頭は完全にパンクしていた。

――公爵軍が、王都を襲撃!?

 

こんな展開、原作ゲームにはなかった!

 

リリアナだけが、広間の中心で悠然と周囲を見渡した。

 

「皆様、落ち着いてくださいませ」

 

凛とした声が響く。

人々の喧騒を切り裂くように。

 

「あなたたちの立場は、何も変わりません。ただ――上に立つ者の名が替わるだけのこと。

これは、我が父――エーデルハルト公が主導する、新たな秩序の始まりですわ」

 

その宣言に呼応するように、重厚な扉が開かれた。

金属が擦れる低い音。

鎧をまとった兵士たちが、整然とした動きで大広間に踏み込んでくる。

 

「リリアナよ」

 

威厳ある低い声。

広間の奥から、堂々と歩み出てきたのは――北方の獅子、エーデルハルト公爵。

 

その目は王族をも恐れぬ鋭さを宿し、娘を見つめていた。

 

「お前の望み通り、この国を手に入れる時が来た」

 

僕は息を呑んだ。

ただ、呆然とその光景を見ているしかなかった。

 

(……おいおい、どうなってんだよ……これ、乙女ゲームだろ?

 原作には国家転覆イベントなんて存在しなかったぞ!?)

 

周囲は悲鳴と動揺に包まれ、誰もが現実を受け入れられずにいる。

そんな中――リリアナだけが、静かに笑っていた。

 

その笑みは、勝者のものでも、反逆者のものでもない。

まるで一冊の本を読み終えた読者が、次の巻を手に取るような穏やかな笑みだった。

 

そして、その瞳がこちらを捉えた。

 

(……え?)

 

「そこな少年」

 

リリアナの声が、広間に静かに響いた。

 

僕の心臓が跳ねる。

彼女はゆっくりと僕の方へ歩み寄ってきた。

 

彼女は――獲物の観察を終え、興味を抱いた実験材料に手を伸ばす研究者のような目をしていた。

 

「先ほど、王子から責められる私を助けようとしていましたわね?」

 

青い瞳がまっすぐ僕を射抜く。

その切っ先のような視線が痛い。

 

「……あ、あれは……」

 

「その理由を聞かせてもらいたいのですけれど?」

 

剣の切っ先を下ろしたまま、彼女は淡々とした口調で言った。

その穏やかさが、逆に怖い。

 

口を開こうとするのに、喉が張り付いたみたいに声が出ない。

 

(ど、どうしよう……)

 

ここで「原作を知ってるから」なんて言えるわけがない。

仮に言ったところで、通じるはずもない。

 

一度だけ、この世界の誰かにそれっぽいことを話したことがあるけど、完全に頭のおかしい人を見る目をされた。

 

でも、それ以外に説明のしようもない。

ただのモブ貴族が、彼女を庇おうとした理由なんて――普通に考えたら不自然すぎる。

 

(下手な言い訳したら……やばい?)

 

頭の中で言い訳のパターンをいくつも考えたが、どれも詰んでいる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。