【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ 作:野太刀あきら
「リリアナ、僕は君に――決闘を申し込む」
私は口角を上げた。
「ウィンザー公爵閣下。この決闘、“怨念無用”ということでよろしいですわね?」
公爵は苦しげに眉をひそめ、しばし黙してから答えた。
「……致し方あるまい」
了承の言葉を聞き、私は静かに懐から小瓶を取り出した。
淡い琥珀色の液体。
セシルが目を細める。
「何をしている?」
答えず、私はその瓶を上空へ放り投げた。
一閃。
レイピアの軌跡が光を走らせ、空中で瓶が砕け散る。
飛び散った液体が、私の身体へと降り注いだ。
淡く香る油の匂い。
衣服に染み込み、肌にまとわりつく。
セシルが眉をひそめる。
「……まあいいさ!」
次の瞬間、雷鳴のような剣撃が飛んできた。
私は迎え撃つように剣を構え、踏み込み、打ち合う。
刃と刃がぶつかり、火花が散った。
稲妻の閃光が私の頬を照らす。
(やはり速い、アレクほどではないですけど)
周到に準備してきた通り、身体は迷いなく動く。
剣筋は淀みなく、切り返しも速い。
「……やるじゃないか、リリアナ!」
セシルの口元が歪む。
「だが――これでどうだ!」
剣が雷を帯び、光が走った。
電撃は交差する剣を伝い私の手を弾き飛ばす――はずだった。
「……効かない?」
私は微動だにしなかった。
髪がわずかに揺れただけ。
「……油での雷対策。それなりに効果、あるみたいですね」
セシルの目が見開かれ、わずかに息を呑む。
「くっ……!」
その一瞬。
(逃さない――!)
私はその瞬間、全身の力を剣先へと込めた。
閃光が走る。雷鳴が再び轟く前に、私はセシルの懐へと踏み込んでいた。
「はぁあっ!」
レイピアが弧を描き、セシルの胸を正確に貫いた。
「――っ!」
彼の顔が歪み、双剣が手から滑り落ちる。金属の音が床を打ち、沈黙が広がった。
「……勝負あり、ですわね」
私は刃をさらに深く押し込みながら、静かに言った。
空気が重く沈み、誰も動かない。
床に落ちた双剣からは、ゆっくりと魔力の光が消えていく。
セシルはわずかに笑った。
「……驚いたよ。本当に……こんなに強かったのか、君は」
その目に宿るのは、敗北ではなく――どこか清々しさのような、誇りと悔恨だった。
「……皮肉な話だよ。君がこんなに強いと知ってたら、最初から剣で決着をつけていたのに」
セシルの身体が、崩れるように私の腕に倒れかかる。
私は無意識にそれを支えた。
「君さえ……君さえここに現れなければ……」
かすれる息の中、彼が私を見上げる。
血に濡れた唇の端が、かすかに笑った。
「……まったく。憎らしいほど……綺麗な顔だ」
彼の瞳の中にわずかな憧憬をみた。
「やっぱり……僕は君が嫌いだよ、リリアナ」
その言葉を最後に、彼の身体から力が抜けた。
◇
「……なるほどね、そういうことだったんだ」
モブロックは私の話を聞き終えると、腕を組み、長いため息をついた。
私は何も言わず、ただ静かに彼を見つめる。
「つまり――エーデルハルト家とウィンザー家の軍は、君の計画通りに王都に進軍した。
アレクを倒したタイミングで、王都を制圧するために、だね?」
「ええ」
私は頷く。
モブロックは首を振りながら苦笑した。
「いやあ……まさかウィンザー家まで動かすとは思わなかったよ。
セシルまで倒してしまうなんて、大したものだよ」
私は微笑むだけで答えなかった。
「で、それが今につながるってわけなんだね」
モブロックは豪奢な天蓋付きベッドを見上げながら、肩をすくめた。
その外では、遠くから戦の音が響いてくる。
――火の音。
――金属のぶつかる音。
――悲鳴。
それらが混じり合い、まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
だが、それこそが私が選び取った“新たな運命”の音。
「……で、アレクを倒して、王都を制圧して。
この後、どうなるの?」
モブロックが真剣な目で私を見た。
私はわずかに目を細め、視線を外す。
答えない。
「リリアナ……?」
「すぐにわかりますわ」
そう言って、私はゆっくりと立ち上がった。
足音を響かせながら、バルコニーへと歩み出る。
モブロックも慌てて後を追ってきた。
夜風が吹き抜ける。
バルコニーから見下ろす王都は、一見すると穏やかで、美しかった。
灯りが点々と並び、戦火の煙が遠くに漂う。
――けれど。
ゴゴゴゴゴ……!
低い震動が、地の底から響いた。
空気が震える。
「……まさか」
モブロックが息を呑む。
次の瞬間――
バキバキバキッ!!
城壁の向こう、大地が裂けた。
無数の亀裂が放射状に走り、そこから黒い瘴気が噴き出していく。
「な……なんなの、これは……」
私は思わず言葉を失った。
瘴気の中から、何かが蠢く。
ズズズズズ……!
黒い影が地中から這い出してくる。
闇そのもののような漆黒の存在。
人間の形をしたもの、四足の獣のようなもの、
そして――見るだけで正気を削ぐような異形の怪物たち。
「な、なんでこいつらがここに……!?
このタイミングで……!?」
モブロックが叫んだ。
声が震えている。
私はそんな彼を見つめ、静かに問いかけた。
「……やはり、知っているのですね?」
彼は一瞬、息を詰まらせ、私を見た。
だがすぐに、視線を闇の怪物たちへ戻す。
「……おかしい、昏人(くらうど)は…、
こんなの、本来……こんな場面で出てくるはずじゃない……!」
まるで、物語の“外側”のことを言っているような口ぶり。
彼の焦り方が、普通ではなかった。
そして――
闇の群れが動き出した。
うねるように、波のように、黒い影が一斉に進み始める。
ただ、まっすぐに――黒い影たちは王城を目指していた。
「……こっちに来る」
モブロックの声が震えた。彼は本能的に数歩、後ずさる。
闇の群れが、地響きを立てながら迫ってくる。
ドドドドドッ――!
城門が揺れるほどの衝撃。
次の瞬間、
バチィィィン!!
雷鳴のような閃光が走った。
黒い影たちが見えない壁に弾かれ、地面に叩きつけられる。
「結界が起動してる!?」
モブロックが驚きの声を上げる。
私は静かに振り返り、彼を見つめた。
「やはり、あなたはこの結界のこともご存知なのですね」
モブロックは目を見開いたまま、焦ったように言葉を返した。
「でも、どうして……? この結界も、昏人(くらうど)も、
本来なら“あのルート”でしか出てこないはずなんだ……!」
彼は混乱していた。
何かを理解している――それなのに、何も分からないというような顔。
「いったい何がどうなってるの!? もうめちゃくちゃだよ!」
私はゆっくりと息を吸い、彼を見据えた。
「……これが、私が“断罪イベント”を生き延びたあとも命を落とした理由です」
その言葉に、モブロックの動きが止まった。
視線の先では、黒い影たちがなおも結界へと突進している。
バチンッ、バチンッ――!
何度弾かれても、立ち上がり、再びぶつかってくる。
結界に弾かれるたび、黒い霧のようなものが宙に舞う。
影の身体は形を崩し、分裂し、やがてまた再生していく。
そして、その数は――増えていた。
結界の光が、かすかに脈打つ。
まるで、限界を訴えるように。
モブロックが震える声で言った。
「……アレクを倒して、王城を制圧して……今度こそ、生き延びたと思ってたのに……?」
「ええ」
私は静かに頷く。
バルコニーの欄干に手を置き、燃え上がる王都の空を見下ろした。
「兵士たちは次々と飲み込まれ、私はただ、剣を振り続けていました。
何度も……何度も……」
風が吹き抜けた。
戦火の残り香と、焦げた空気が私の頬を撫でる。
――この景色を、私は何度も見た。
何度も、何度も、繰り返して。
それでも、まだ終わりには辿り着けていない。
私は目を閉じる。まぶたの裏に、あの戦場が蘇る。
夜の王都に響く断末魔。崩れ落ちる城壁。
黒い波に飲み込まれていく兵士たちの姿――そして、最後に自分が倒れる瞬間。
(結局、足りなかった……)
剣の腕も、軍も、覚悟も、すべて整えていたはずなのに。
それでも届かなかった。
モブロックの声が静かに響く。
「それでも、諦めなかったんでしょ?」
「ええ」
私は頷く。
「――あの影を倒すための手段を探し続けました。そして、あるものを見つけたのです」
「あるものって?」
私はゆっくりと立ち上がり、腰の剣を抜いた。
金属音が夜気を裂く。
「これですわ」
差し出した剣を見て、モブロックが目を見開く。
彼の瞳に映ったのは、紅と黒の光を帯びた剛剣だ。
「……これまでの話だと、君はずっと細剣を使ってたよね?」
確かに、以前の私は華麗なレイピアを使っていた。
だが今、私の手にあるのは――まるで世界そのものを断ち切るような重厚な刃。
「でも……アレクとの決闘で使っていたのは、確かこの剣だったね」
彼の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
あの戦いの記憶が脳裏に蘇る――アレクの光刃とぶつかり合う瞬間を。
彼は私の手元を見つめながら、苦笑する。
「それにしても……重そうな剣だね。よく持てるよ」
私は刃にそっと指を滑らせた。
触れた瞬間、冷たさとともに微かな脈動を感じる。まるで、生きているように。
「この剣――《カルヴァロス》。
これを手に入れた経緯を、お話ししますわ」
静かな夜風の中で、カルヴァロスの刃がわずかに鈍く光を返した。
第二章完結です。次から第三章が始まります