【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

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第三章 くず鉄
Ep.1


――黒い影の軍勢。

 

北と西の軍を手に入れても、奴らの猛威には抗えなかった。

剣の腕前はすでに頭打ち。

 

どれほど鍛えても、一月という限られた期間では肉体的な伸びしろに限界がある。

軍勢の強化も同様だった。

 

北と西を支配下に置くための時間的猶予を考えれば、これが限界。

王都制圧を狙うこの計画では、これ以上戦力を増やすことはできない。

 

ならば次に考えるべきは――“力”そのもの。

強力なアイテムの確保。

 

アニメ版『彼方の聖女』には、いくつものマジックアイテムが登場していた。

 

【隠者の外套】――一定時間、姿を消せる。

【守護の指輪】――致命傷を一度だけ防ぐ。

【天女の涙】――あらゆる傷を癒す奇跡の雫。

【封印の首飾り】――闇の魔力を打ち払うとされる、聖遺物。

 

どれも強力な効果を持ち、うまく活用できれば戦力不足を覆せるかもしれない。

この世界がアニメ版とほぼ同じであるならば、アイテムの位置もまた、アニメ通りのはず。

 

(これらさえ手に入れれば……!)

 

胸の奥に、かすかな希望が灯った。

 

これまでのループでは、エーデルハルト公爵の説得方法を確立する前だったため、屋敷外を自由に出歩くことすらままならなかった。

 

だが、攻略チャートを確立した今、王国北部での行動は完全に自由だ。

つまり――自由にアイテム探索できる。

 

「まずは《封印の首飾り》ですわね」

 

私は地図を広げ、アニメの記憶を頼りに遺跡の位置を洗い出した。

あの首飾りは、クリスが物語中盤で探索した北部の遺跡で発見されたはず。

 

黒い影に対抗する力を得るには、あれが最優先だ。

 

 

数日後。

 

「……甘かったですわね」

 

私は崩れた石碑の前に立ち尽くしていた。

遺跡の奥――何もない。

 

宝箱も、罠も、反応すらない。

片っ端から遺跡を巡ったが、結果は同じ。

 

そこにあるはずのアイテムは、すべて“消えていた”。

すでに、誰かが手に入れたあとだったのだ。

 

「……クリス、ですわね」

 

思えば当然だった。

今の時間軸はアニメ版でいえば終盤――学院の夏季休暇中なのだ。

 

彼女がアニメ通りに動いているなら、重要アイテムはすでにすべて彼女の手の中。

 

(……つまり、私が使えるアイテムは、もう残っていない)

 

冷たい現実が、胸を締めつけた。

だが、立ち止まるわけにはいかない。

 

何か、まだ残っているものはないのか――考えを巡らせる。

この世界は、私がかつて視聴したアニメと完全に同じではない。

 

――例えばセドリックの行動。

彼がエーデルハルト邸にいたことはアニメでは描かれていなかった。

 

アニメがクリス視点で進んだ物語ゆえに、描写されていない場所はまだまだあるのだ。

その「余白」にこそ、生き残るためのヒントが隠れているのではないか。

 

だからこの周回、私は方針を変え、王国北部の探索に時間を費やした。

そして、気づいたのだ。

 

アニメには存在しなかった遺跡、未登場のダンジョン――

“描写されなかった場所”が、実際にはいくつも存在していることに。

 

私は胸の奥に、ぞくりとした戦慄を覚えた。

ここは確かに「彼方の聖女」の世界。だが同時に、アニメの外側には“描写されなかった現実”があるのだ。

 

(……ならば、今ある現実の中にこそ活路があるはず)

 

 

それからいくつもの周回を経たある日。

 

北部の街、冒険者ギルドの前。

私は群衆のざわめきを聞いていた。

 

「カイル。お前をパーティから追放する」

 

青髪の青年――レオン・ヴァルグレイヴが冷たく告げる。

ざわめきが一瞬で止まり、昼下がりの光の中に静寂が落ちた。

 

(――始まりましたわね)

 

群衆の後ろ、フードを深くかぶった私はその場面を見つめていた。

追放を告げられた青年――カイルが口を開く。

 

「そんな、待ってよレオン!」

 

「金は……手切れ金代わりに持っていけ」

 

最後の慈悲だと言わんばかりに、レオンは背を向けた。

赤髪の少女――ミレイユが横から軽蔑の眼差しを向けて告げる。

 

「最低、これ以上は一緒にやっていけないわ」

 

彼女の声音には、わずかな哀れみすら含まれていなかった。

残されたカイルは、石畳に崩れ落ちそうになりながら呟いた。

 

「……違うのに……俺じゃないのに……」

 

カイルは俯いたまま、唇を噛みしめていた。

レオンとミレイユは背を向け、群衆をかき分けて歩き去っていく。

 

石畳の上に残されたのは、膝を折り小さくなったカイル。

肩は落ち、拳は震えていた。だが声を上げることはしない。

 

――あぁ、これでいい。

私はフードの陰でそっと笑んでいた。

 

この追放劇は偶然ではない。私が仕掛け、導いた結末だったのだから。

 

 

数日前。

 

北部領都の冒険者ギルドは、昼下がりの喧騒に包まれていた。

酒場を兼ねた広間には冒険者たちの笑い声が響き、汗と酒の匂いが混じり合う。

 

掲示板には色とりどりの依頼票が貼られ、金額や危険度を吟味する視線が飛び交っていた。

私はその前に立ち、手に握った依頼票を見下ろしていた。

 

《黒鋼の迷宮》攻略依頼。

 

「……また、断られましたのね」

 

口にした言葉は吐息のように消えた。

依頼を出しても返ってくるのは同じ言葉ばかりだ。

 

「嬢ちゃん、やめとけ。黒鋼は無理だ」

「死にたいなら勝手に行け。俺たちはごめんだ」

 

北部山脈の遺跡――通称《黒鋼の迷宮》。

北部でも最難関と呼ばれ、挑んだ者の多くは命を落とし、帰還者は指折り数えるほどしかいない。

 

報酬は破格の大金を設定した。だが力ある冒険者ほど頑なに首を振る。

気を取り直し、フードを深くかぶり直す。

 

誰もが私のことを「どこぞの令嬢」だと察しているだろう。

けれど、私が“リリアナ本人”であると気づく者など一人もいなかった。

 

そのとき、低い声が耳に届いた。

「――その依頼、君が出しているのか?」

 

振り返った瞬間、目に映った青年の姿に思わず瞬きをした。

青みを帯びた長い髪を後ろで束ね、澄んだ瞳がこちらを射抜いている。

 

軽鎧に赤いマントを羽織り、腰の剣はよく使い込まれていた。

立ち姿には隙がなく、ただ者ではないと一目でわかった。

 

「俺はレオン・ヴァルグレイヴ。冒険者だ。……君が《黒鋼の迷宮》の依頼人か?」

「ええ、リリアナと申します」

 

冷静に答えながらも、私は内心で首を傾げていた。

 

(……この顔、見覚えがある。確かアニメ版で王都のエピソードに一瞬だけ出てきた……

セリフも数えるほどの端役だったはず。

 

見た目だけは主役級ぽい雰囲気だったから覚えていたけれど、

もしかしてゲーム版では攻略キャラだったのかしら?)

 

レオンは依頼票を指で弾き、真剣な眼差しをこちらに向けた。

 

「黒鋼の迷宮か……あそこは容易ではないぞ」

 

「承知しておりますわ」

 

「……いい覚悟だ」

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