【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

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Ep.4

レオンが険しい目を向ける。

 

「確認したのか」

 

「ええ、昨日数えたときより明らかに減ってる」

 

その場に沈黙が落ちた。

誰もが互いを見やり、やがて視線は自然とカイルへと集まる。

 

私は小さく首を傾げて、あくまで“疑問”を口にする。

 

「……もしかして、誰かが……?」

 

レオンの表情がさらに険しくなる。

 

「全員の荷物を確認する」

 

 

そして――案の定。

カイルの背負い袋から、共同資金の小袋が出てきた。

 

じゃらりと音を立てて銀貨がこぼれ落ちた瞬間、空気が凍った。

 

「……え?」

 

カイルの顔色が真っ青に変わる。

 

「ち、違う! 俺じゃない! そんなの入れた覚えはない!」

 

彼は必死に訴えるが、言葉はどれも拙かった。

口下手な彼の声は説得力を持たない。

 

「でも実際に出てきたのは事実でしょ?」

 

ミレイユが冷たく言い放つ。

 

「……違うんだ、本当に……!」

 

カイルの拳は震えていた。

悔しさで顔が歪み、必死に言葉を探す。

 

だが「俺じゃない」と繰り返すだけで、証明はできなかった。

レオンはしばし沈黙した後、低い声で告げた。

 

「カイル。お前をパーティから追放する」

 

「っ……レオン!」

 

「金は……手切れ金代わりに持っていけ」

 

最後の慈悲だと言わんばかりに、レオンは背を向けた。

赤髪の少女――ミレイユが横から軽蔑の眼差しを向けて告げる。

 

「最低、これ以上は一緒にやっていけないわ」

 

彼女の声音には、わずかな哀れみすら含まれていなかった。

残されたカイルは、石畳に崩れ落ちそうになりながら呟いた。

 

「……違うのに……俺じゃないのに……」

 

その悔しさに滲む声は、誰にも届かなかった。

フードの陰で、私は静かに微笑んでいた。

 

(よし。これで“裏切り者”の烙印は押された。レオンたちにとって、もう彼は不要)

 

舞台は整った。

あとは手を差し伸べてやるだけ。

 

利用価値のある駒を、私のものにするために。

 

 

広場に人々のざわめきが残っていた。

 

「盗みだってよ」

「やっぱりな、あいつ役立たずだったし」

「イモータル・ランも見限ったか」

 

冒険者たちの声は、容赦なくカイルを打ち据えていた。

当の本人は、石畳の上に立ち尽くしていた。

 

唇を噛みしめ、肩を震わせながら。

 

「違うのに……俺じゃないのに……」

 

何度も呟くその声は弱々しく、誰の耳にも届かない。

――可哀想な男。

 

……だが、利用価値のある男だ。

私は人混みを抜け、彼の前に歩み出た。

 

カイルが顔を上げた。驚愕と困惑が混ざった瞳が、私を映していた。

 

「……リリアナ?」

 

私はそっと微笑んだ。

慈悲深い聖女を演じるように、やわらかな声で言葉を紡ぐ。

 

「私は……あなたが必要なの」

 

「……な、に……?」

 

呆然とするカイルの手を、私は取った。

彼のごつごつした掌は震えていた。

 

だが私はその震えを包み込むように、柔らかく握る。

 

「誰も信じてくれなくてもいい。私だけは信じるわ。あなたが盗みなんてする人じゃないって」

 

「……っ」

 

カイルの目が大きく揺れた。

悔しさと救われたい思いとが混ざり合い、涙ににじむ。

 

誰からも信じられず切り捨てられた彼にとって、その言葉は甘美な毒だった。

 

「……本当に……信じてくれるの?」

 

「ええ。だから――私と共に来てちょうだい」

私は彼の瞳をまっすぐに見つめ、強い意志を込めて告げた。

 

カイルは堪えきれず、私の手を強く握り返した。

 

「……行く。俺は……リリアナと一緒に行くよ」

 

その瞬間、彼は完全に私のものになった。

フードの陰で、私は笑っていた。

 

(――無限スタミナタンク、ゲットだぜ!!!ですわ)

 

表向きは慈悲深く微笑みながら。

だが心の奥底では、冷徹に計算していた。

 

――“疲れ知らず”の加護。

この力を手に入れた以上、黒鋼の迷宮はもはや恐るるに足りない。

 

「ありがとう、カイル。あなたがいてくれるなら、きっと上手くいくわ」

 

私は甘く囁いた。

そして心の中で、残酷な笑みを浮かべた。

 

(さあ……駒は揃った。次こそ迷宮を踏破してみせる)

 

 

「ちょっと、ちょっとちょっと! 何やってんの!?

いくらなんでもひどすぎるよ!

 

なんの罪もないカイルを陥れて追放させるなんて!

しかも弱ってるところにつけこむなんて、君、人の心ないの!?」

 

モブロックの慌てふためく声に、私は思わず「ほほほ」と笑い声を洩らした。

 

「な、何がおかしいのさ!」

 

私は視線を伏せ、わざとゆっくりと笑みを深める。

 

「当然でしょう? あなた、私を誰だと思っているの?」

 

「うっ……!」

 

モブロックの声が詰まるのが分かった。

私は顔を上げ、真っ直ぐに笑って見せた。

 

「彼方の聖女の悪役令嬢――リリアナ・フォン・エーデルハルト。正真正銘の“悪役”ですわ」

 

にっこりと微笑むその瞬間、内心ではぞくりとするほどの愉悦が走っていた。

 

(な、なんてやつなんだ、この子……やっぱりおかしい!!)

 

モブロックの狼狽が心地よくて、私はさらに口元を吊り上げた。

 

 

私達は黒鋼の迷宮に再び足を踏み入れた。

重苦しい金属の壁が光を呑み込み、どこからともなく低い唸りが響く。

 

普通の冒険者なら、この時点で震え上がり、緊張で呼吸を荒げるだろう。

だが私は、すでに何度もこの迷宮を踏破してきたのだ――死を以て、そしてやり直しを以て。

 

(すべて把握済み。出現位置、巡回経路、罠の発動条件……)

 

私は迷うことなく進んだ。

角を曲がるタイミングも、床板を避ける足運びも、一分の狂いもない。

 

「リリアナ……どうして……」

 

背後からカイルの声が漏れた。

驚愕と畏怖の混ざった声音。

 

「どうして敵が出てこない? 前に来たとき、このあたりにはモンスターの群れが……」

 

「ええ、以前はそうだったわね」

 

私は振り返り、聖女めいた柔らかな笑みを浮かべる。

 

「でも、私にはわかるの。正しい道が」

 

カイルは息を呑んだ。

その純朴な目には、私が“導かれた存在”として映っているのだろう。

 

(違うわ。単に私は知っているだけ。何度も死に、何度も繰り返したから。あなたが知らないだけで、私はこの迷宮の地図を、罠を、魔物の動きを、全て正確に把握している)

 

私は歩みを止めない。

通路の壁をなぞるように進み、決して中央には足を踏み入れない。

 

そこには必ず落とし穴があることを知っていた。

角を二度曲がるごとに、魔像が巡回してくる。

 

だが私はそのタイミングを完全に外して歩いた。

姿を見せぬまま、彼らの背後を抜けていく。

 

「……すごい……」

 

カイルが呟く。

 

「リリアナ、まるで……聖女様みたいだ」

 

私は口元を覆って笑った。

 

 

そして、私たちは無傷で最深部へ続く扉の前まで辿り着いた。

そこには黒鋼に覆われた巨人――アイアン・コロッサスが、沈黙のまま立ち塞がっている。

 

その赤い目が、私たちの到来に合わせるように光を帯びた。

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