【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

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Ep.6

「信じてもらえるなんて思っていなかった。でも……あの人は、そんな私の言葉を信じてくれた」

 

白淵の瞳がほんの一瞬だけ柔らかく揺れる。

 

「そこからは早かった。ちょうど新作である『彼方の聖女』の制作が始まっていたから、そこに私の仕掛けを施すことになったの。『彼方の聖女』の世界観は、私の私小説のようなもの。私がこの世界で体験したすべてを注ぎ込んだわ」

 

彼女が語る言葉に、私は背筋が冷たくなるのを感じた。

そのとき、横で黙って聞いていたモブロックがふっと息を呑み、目を見開いた。

 

「……彼方の聖女を作ったのは、白淵……」

彼はゆっくりと顔を上げ、白淵を見据える。

「そして『彼方の聖女』は、あなたの私小説……つまり主人公のクリスは……」

 

白淵――いや、彼女は静かに頷いた。

 

「……白淵うつろ……あなたはクリスだったんですね」

 

空気が凍りつくような一瞬の沈黙。

白淵の唇がわずかに震え、そして微かに笑みを浮かべた。

 

「そう……私はこの世界で生まれ、そして黒い影、昏人発生災害に巻き込まれ、アレクやセシルたちを犠牲にして一人だけ生き延びてしまった。私は――クリスだったの」

 

 

「この国を救うためには、これより後の時代への転移では手遅れだった」

白淵の声は、深い闇の底から響くように静かだった。

 

「世界間の転移では時間が曖昧であることを利用して、過去――昏人が出現しはじめた頃の自分に転移することにした。だけど問題があったの」

 

私は息をのんで耳を傾ける。彼女の告白の奥には、まだ私たちの知らない真実が潜んでいる気がしてならなかった。

 

「向こう側で転移魔法を行使できるのは、この転移を経験したことがある私だけ。しかも、転移には観測者と転移者が必要だった。私以外にこの世界を観測できる人間はいないから、私自身は転移者になることができなかった。だから、第三者を私の魔法でこちら側に送り込み、魂の出入り口――プレインズドーンを起動してもらう必要があったの」

 

彼女の声は淡々としているのに、そのひとつひとつの言葉が胸の奥に突き刺さる。

 

「私が送り込む転移者には、私をこちら側へ引っ張ってもらうためのアンカーとなる魔法もかけてある。その人がプレインズドーンを起動すれば、私自身をこちら側に引っ張ってくることが可能だった」

 

白淵の説明に、横にいたモブロックがうつむいたまま口を開いた。

 

「……どうして僕たちだったんですか」

その声は震えていた。

「僕たちは、そういう事情も知らずにこちらの世界に来ました。どうして僕たちを巻き込んだんですか」

 

非難の色を帯びた声に、私も胸の奥がちくりと痛んだ。

 

「それは……本当にごめんなさい」

白淵は目を伏せ、唇を噛んだ。

「あなたたちを巻き込んでしまったのは事故だったの。私の転移魔法は完璧ではなかった」

 

その言葉に、空気が重く沈む。

 

「この転移魔法で送り出すのは、本当は協力者である社長だったの。でも、向こう側は本来魔法が行使できる環境ではなかった。そこで無理やり私が魔法を使った影響で、2つの不具合が発生してしまった」

 

「……不具合って?」

モブロックがかすれた声で尋ねる。

 

白淵は顔を上げ、真っ直ぐに彼を見た。

 

「ゲームやアニメに触れた人間から魔力だけでなく、その魂を徴収し、こちら側の世界に無作為に送り出してしまう――という不具合が発生してしまったの」

 

 

「こちら側とあちら側は、時間的にも空間的にも距離が離れている」

白淵は淡々と語り続けていた。

 

「だから転移魔法で魂を撃ち出しても、必ず着弾点がずれる。そのズレは転移先の時代や場所、そして宿る人物に影響する。リリアナ、あなたが夏季休暇後の自宅ベッドに目覚め、モブロックが貴族学院への入学前に現れたのは――その影響だった」

 

私は無意識に唇を噛んだ。

運命のように思っていた事象が、ただの“事故”であったと告げられるのは、残酷な真実だった。

 

「撃ち出した魂は、死ぬか一定の期間が経過すればこちら側から離れ、元の世界に戻る。当初の計画では、集めたエネルギーを使って協力者である社長を何度もこちら側に撃ち出し、プレインズドーンに接触可能な“当たり”の時代と人物を引き当てるまで繰り返すつもりだった」

 

そこで私は、たまらず声を挟んでいた。

 

「……今、“死ぬか一定期間経過で魂が元の世界に戻る”とおっしゃいましたわね?」

 

白淵がわずかに眉を上げ、私を見た。

私は続けた。

 

「ですが、私はこちら側に来てから……死ぬたびに夏季休暇開始時のベッドで目覚めるという、あの“ループ”に囚われていましたわ。元の世界には戻れなかった……どういうことです?」

 

白淵はゆっくりとこちらに視線を戻し、口元に笑みを浮かべた。

 

「キミの活躍を――ずっと見てたよ」

 

その声音は優しくすらあった。

 

「もう一つの“不具合”、それがキミだった」

 

私は言葉を失った。自分が“不具合”だと?

 

白淵は淡々と続ける。

「転移者は、この世界で一定時間が経過するか、あるいは死んでしまえば、元の世界へ戻るはずだった。……本来なら」

 

私は無意識に唇を噛みしめる。

けれど彼女の言葉はさらに重く私を縛った。

 

「でも、なぜかキミの魂だけは、この世界に囚われてしまった。死んでも、あちら側に戻ることなく。――“転移した時間”まで巻き戻る」

 

私は息を呑む。

それはつまり……私が繰り返してきた、あの終わりなきループ。

 

「そう、キミの魂は――この一月にとらわれてしまったんだ」

 

耳の奥で血の音が鳴る。

私の歩んできた数え切れない死と再生が、冷たい言葉として突きつけられる。

 

「……どうして、そんなことが……」思わず声が震えた。

 

白淵は小さく首を振った。

「わからない。地球という環境で、無理やり魔法を発動した副作用なのか……それとも、キミの魂が特別だったのか」

 

「だけど――キミは諦めなかったね。なんの前情報も与えられず、繰り返される一月の中で、できる限り情報を集め、私が知る限りこの国最強の人間であるアレクまで倒してしまった。お世辞にも強いとは言えない、そのリリアナの肉体で」

 

その声音には、皮肉でも嘲りでもなく、純粋な驚嘆が混じっていた。

 

「私も知らない古代兵器の力や、ループによるアドバンテージを持っていたとしても……驚くべきことだよ」

 

私は胸の奥で熱いものがこみ上げるのを感じた。誰かに、あの地獄のような努力を認められるなど思ってもみなかった。

 

けれど、私は首を振る。

 

「運が良かっただけ、などと謙遜はしませんわ」

 

自分でも驚くほど、声は強く、はっきりと響いた。

 

「本当に大変でしたからね……それこそ、一生分では足りないほどの勤勉さを使い果たしました」

 

無数の死と失敗と絶望。

そのすべてを積み重ねてきたからこそ、今の私がある。

 

私は堂々と胸を張り、彼女の称賛を正面から受け止めた。

 

 

静まり返った遺跡の最奥で、クリス――いや、白淵うつろは静かに言葉を締めくくった。

 

「……さて、これで私が知っていることは、すべて話した」

 

私は小さく息を吐き、胸の奥のざわめきを押さえながら問いかけた。

 

「それで、この世界は……この後、どうなるんですの?」

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