【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ 作:野太刀あきら
アレクシスは強すぎる。
素人の私が無手勝流で挑んでも勝ち目がない。
技量の差。生まれ持った才。環境。覚悟。
――どれもが私を凌駕していた。
どうすれば……この運命を変えられるのか?
死にはもう慣れてきていた。
けれど、同じ日々、同じ結末を繰り返す無意味さに、精神がいつまで耐えられるのだろうか?
これでは、まるで囚人のようだ。
ふと顔を上げると、庭の奥に人影が見えた。
一本の木の下、長身の男が静かに佇んでいる。
長い銀髪が朝の光を受けて淡く輝き、落ち着いた雰囲気をまとったその姿。
彼は枝の先に咲いた小さな白い花を、まるで何かを思い出すようにじっと見つめていた。
(……こんなところに、人が?)
思わず足を止めていた。
そういえば、この時間に庭園を歩くのは初めてだった。
目覚めた直後の朝の空気は冷たく澄んでいて、私の呼吸音だけがやけに響いていた。
男は枝に手を伸ばしたが、花には触れず、ただ静かにその姿を見つめているだけだった。
まるで、触れれば壊れてしまうとでも思っているように。
「……もし」
少しだけ迷ったものの、私は思い切って声をかけていた。
男の肩がわずかに動き、ゆっくりと振り返る。
軽くひるがえったマントの内側から、腰の剣の柄がのぞいた。
そして――銀の瞳が、まっすぐに私を見据えた。
「……」
その瞬間、彼の表情に一瞬だけ驚きの色が浮かんだように見えた。
(……?)
初対面のはず。けれど、その反応には説明できない違和感があった。
私を“知っている”ような、そんな目――。
しかし、次の瞬間には彼は穏やかな微笑を浮かべ、静かに言いました。
「良い天気ですね、リリアナ様」
低く落ち着いた声。
その声音が庭の静寂をやわらかく揺らし、私の胸を強く打った。
「え、ええ」
自然に返したつもりだったが、声が少し上ずってしまった。
その声からは確かな敬意が感じられたが、過剰なへりくだりはない。
この家でも学院でも、こんな風に話しかけられたことはなかった。
彼は再び枝先の花へと視線を戻し、静かに言葉を紡ぐ。
「この庭に、このような花が咲いているとは知りませんでした。珍しいですね」
何気ない言葉。
けれど、その佇まいには不思議な威圧感と、どこか懐かしさがあった。
(初めて会うはずなのに、この顔……どこかで……)
胸の奥がざわめいた。
そして――記憶の底に沈んでいた映像が、鮮やかに浮かび上がる。
(……セドリック・モルデン?)
私は思わず息を呑んだ。
彼のことを、私は知っていた。
セドリック・モルデン――彼方の聖女のアニメにも登場したキャラクターだ。
優れた戦術家でありながら、剣の腕も一流。
物静かで知的な雰囲気をまといながら、いざ戦場に立てば誰よりも苛烈で、冷徹な判断を下す男。
まさか、この場で彼と出会うなんて。
こんなシーン、アニメには存在しなかったはず。
「……セドリック・モルデン様、でいらっしゃいますわね」
私が問いかけると、彼は薄く笑った。
「私のことをご存知でしたか」
その言葉に、思わず喉が詰まった。
落ち着け――今の私はリリアナだ。
「ええ、もちろんですわ」
なんとか微笑を保ちながら答える。
けれど内心は激しく揺れていた。
(やっぱり……彼が、あのセドリック)
アニメでは一話限りのゲストキャラのような登場だった。
けれど、こうして目の前に立つ彼は、確かに生きている。
本来のリリアナなら彼のことを知っているのかもしれない。
だが今の私は、アニメの記憶を頼りに“演じている”だけの転生者だ。
下手なことを言えば、正体が露見するかもしれない。
頭の中で必死に情報を掘り返す。
彼は王国にとって重要な軍略家でありながら、物語にはほとんど関わらなかったはず。
年上で、落ち着いた雰囲気を持つ数少ない男性、
もしかしたら、原作では攻略キャラの一人だったのかもしれない。
セドリックは、細身に見えても鍛え抜かれた体つきをしていた。
衣服の上からでもわかるほどに、無駄のない動き。
アレクシスと剣を交えた経験を持つ私には、その力量が肌でわかった。
彼の動作一つ一つが、武人としての格の違いを物語っていた。
(これは……きっとチャンスかもしれない)
私は静かに息を整え、一歩踏み出した。
「モルデン様」
彼の視線が私に向く。
その銀の瞳の奥に、冷たい光と、わずかな興味が混じっていた。
「お願いがございます」
「……伺いましょう」
穏やかな声。けれど、その底には戦場を渡ってきた者の重みがあった。
風が吹き抜け、枝の花びらがふたりの間を舞い落ちる。
私は唇を結び、まっすぐに彼を見つめた。
「私に、剣を教えていただけませんか?」
このままではアレクシスを倒すことはできない。
必要なのは、強くなるための道筋を示してくれる師――。
「……リリアナ様が、剣を?」
セドリックの銀の瞳が細められる。
「ええ」
あまりにも唐突で、単刀直入。
けれど私はもう、遠回りをする気はなかった。
ループを繰り返す中で学んだ。
“もし今回失敗しても、次がある”。
ならば最短のルートを試すほうがいい。
効率を考え、再現性を探す。
そうやって少しずつ積み上げるしかない。
セドリックはしばらく沈黙していた。
その沈黙は冷たいものではなく、何かを測るような静けさだった。
「剣を学ぶ理由を聞いても?」
「……どうしても倒したい相手がいるのです」
彼の問いに、私は短く答えた。
その瞬間、彼の瞳がわずかに揺れる。
しばしの沈黙ののち、セドリックは口元に微かな笑みを浮かべた。
「……面白い」
低く響く声が、庭の静寂を破った。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。
私は思わず、拳を握りしめていた。
こうして、私の新しい戦いが始まったのだ――。
◇
そして現在――
「セドリックがいたの!?」
モブロックが大声を上げた。
「ええ」
私は頷くだけにとどめる。
「うそでしょ!? あのセドリック・モルデン?
彼、隠しキャラなんだよ! 攻略条件が複雑で難しくってさ!」
モブロックは興奮気味にまくし立てる。
私はその勢いに押されながらも、特に表情を変えずに彼の話を聞いていた。
「どうしてそんな興味なさそうな顔してるのさ!」
「別に、そんなつもりはありませんわ」
「あるって! セドリックは隠し攻略キャラだけど、
全キャラ人気投票でもトップ10に入ってるんだよ!
知的で落ち着いてて、でもどこか影があるんだ。
クリスとは一回り以上歳が離れてるけど、それがまた良いっていうかさ……!」
「はあ……」
曖昧に返すと、モブロックはさらに勢いを増した。
「渋いおじさまだよ! ロマンスグレーだよ! 普通ときめくでしょ!?」
「いや、別に」
モブロックが頭を抱える。
(ダメだ、この子、女の子として致命的な何かが欠けている……)
「話を戻しますわよ」