【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ   作:野太刀あきら

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Ep.3

セドリックは私をじっと見据えたまま、腰に下げた剣を鞘ごと私に差し出した。

 

「まずは剣の握り方からですね」

 

私は息を呑み、その剣を両手で受け取った。

冷たい金属の感触が掌に伝わる。

 

「……重いですわね」

 

思わず口から漏れたのは、率直な感想だった。

美しく磨かれた刃と繊細な装飾――けれど、その見た目に反してずっしりとした重みが腕にのしかかる。

 

「剣にとって重さとは、すなわち威力です」

 

セドリックは微かに笑みを浮かべながら、私の手元を確認した。

 

「まずは基本から始めましょう。

どんな剣技も、まずはその剣を自在に振るえるようになってからの話です」

 

それからその日は、ただひたすらに同じ動作の繰り返しだった。

 

構え。足の位置。握り方。

セドリックの声が静かに響き、そのたびに私の身体が微調整されていく。

 

剣を振るうたび、腕に鈍い痛みが走る。

呼吸が乱れ、指先の感覚が薄れていく。

 

「肘を上げすぎです」「足の間隔をもう少し広く」

そのたびに彼の冷静な声が飛ぶ。

 

貴族令嬢の私が、剣を振るう――外から見れば滑稽な光景だろう。

それでも彼は一度も笑わなかった。

余計な詮索もせず、ただひたすらに、私の「成長」を見守ってくれていた。

 

剣を振るたび、手が痛んで握力が抜けていく。

何度も体勢を崩し、転び、汗が頬を伝う。

 

(……こんなことで負けてたまるものですか)

 

歯を食いしばり、私は再び剣を振り上げた。

やがて、指の感覚が消え、手から剣が滑り落ちる。

 

乾いた音が庭の石畳に響いた。

 

「悪くはありません」

 

セドリックの声がした。

私は顔を上げる。彼は静かに地面の剣を拾い上げ、刃についた土を軽く払った。

 

「申し訳ありません……大切な剣を」

 

そう言うと、彼は首を振った。

 

「いえ、こんなものはただの道具に過ぎません。

大切なのは、それを振るう意志です。

――そしてあなたの意志の強さは、予想以上のようだ」

 

その言葉に胸が熱くなった。

彼の瞳は穏やかでありながら、どこか試すような光を宿している。

 

「ですが、この道は容易なものではございませんよ」

 

私は静かに頷いた。

その瞬間、覚悟が形になった気がした。

 

こうして、私の一ヶ月間の修練が始まった。

 

◇

 

今日も朝から晩まで、私は練習用に与えられた木剣を握り、セドリックの指導のもとで鍛錬を続けていた。

 

最初は、剣を振るうどころか、正しい構えを維持することさえ難しかった。

だが、日を追うごとに体が慣れ、動きが少しずつ洗練されていくのが自分でもわかった。

 

「もっと腰を落としなさい」

「肩が上がっている、無駄な力を抜くことです」

 

セドリックの声はいつも冷静で、容赦がなかった。

仮にも公爵令嬢を相手にしているとは思えないほど、厳しい指摘ばかり。

けれどその一言一言が、不思議と心地よかった。

 

言われた通りに直すたび、剣の動きがほんの少しだけ軽くなる。

手のひらの皮が剥けても、腕が上がらなくなっても、それが嬉しかった。

 

◇

 

ある日の夕暮れ。

稽古を終えた私は、地面に座り込んで息を整えていた。

夕陽に照らされた庭が赤く染まり、木剣の影が長く伸びている。

 

「ところで」

 

ふと、前から気になっていたことを口にした。

 

「どうしてこのエーデルハルト家に?」

 

セドリックは手を止め、手入れしていた剣を見つめたまましばし沈黙した。

そして、布を巻き直しながら静かに言った。

 

「あなたのお父上とは、かつて少し縁がありましてね

いわゆる戦友というやつです」

 

懐かしむような響き。

けれど、その声にはどこか冷めた響きも混じっていた。

 

彼の銀の瞳が、ちらりと私を窺うように動いた。

その一瞬に、言葉にはできない何かを感じ取った。

だが――それ以上は聞けなかった。

 

◇

 

そして、帰省期間の一ヶ月が過ぎようとしていた頃。

 

ブンッ――と木剣を振り下ろす。

風が裂ける音がした。

 

気づけば、私の剣筋は見違えるほどに整っていた。

筋肉の痛みも、もう恐れではなく、自分の成長の証として感じられる。

 

「ありがとうございました、セドリック先生」

 

修行の最終日。

私は深々と頭を下げた。

 

「お礼を言われるのはまだ早いですよ」

 

セドリックは静かに答える。

 

「リリアナ様には、まだ剣の基礎を手ほどきしただけにすぎません」

 

「いえ、何事も基礎なくしては成り立ちません。今の私に必要だったのは、まさにその“基礎”でしたわ」

 

彼は少し目を細めて、私を見つめた。

 

「リリアナ様は、まるで戦場に赴く騎士のような目をしておられるのですね」

 

私はまっすぐに彼を見返す。

 

「ええ」

 

この一ヶ月、私は剣を振り続けた。

血の滲むような鍛錬を、誰に強いられたわけでもなく、自分の意志で選んだ。

 

(……ただひとつの目標のために)

 

流されていたこれまでとは違う。

初めて、私は自分で進む道を選んだのだ。

 

セドリックに礼を告げ、背を向けようとしたその時――

 

「そうだ……リリアナ様」

 

背後から呼び止められた。

 

「はい?」

 

「ひとつお願いしてもよろしいでしょうか」

 

セドリックは穏やかな声で言いながら、少し考えるように顎に手を当てた。

 

「初めてお会いした日のことを覚えておられますか。

私が見ていた花がありましたね?」

 

「あの白い花のことですか?」

 

「ええ」

 

彼は小さく頷いた。

 

「どうにも気になっているのですが、名前が思い出せなくて。

もしおわかりになりましたら、教えていただけますか?」

 

「……お願いとは、そんなことでよろしいんですの?」

 

「ええ」

 

微笑んではいたが、その瞳の奥にはほんの僅かな翳りがあった。

 

私は少し考え、静かに頷いた。

 

「今度会うときまでに調べておきます。

これまでのご指導のお礼としては、安すぎるぐらいですわ」

 

「感謝します」

 

セドリックはわずかに笑い、丁寧に頭を下げた。

 

その姿を見つめながら、胸の奥に小さな違和感が残った。

彼の言葉の裏に、何か意味がある気がしてならなかった。

 

◇

 

――そして迎えた運命の日。

 

王城の大広間。

磨き上げられた白い大理石の床。金糸で縁取られたカーテン。

けれど、そこに流れていたのは華やかさではなく、張りつめた空気だった。

 

私はその中心に立っていた。

見慣れた光景――何度も、何度も繰り返してきた場所。

 

アレクシス王子の声が、冷たく響く。

 

「リリアナ・フォン・エーデルハルト。貴様は――」

 

隣に立つクリスの瞳が、わずかに揺れた。

けれど、アレクシスの目には一片の情もない。

 

周囲の貴族たちはざわめき、私を指さして罵声を浴びせる。

もう、聞き飽きた。

裏切り、陰謀、虚栄。彼らの言葉は、すべて形を変えながら何度も繰り返されてきた。

 

でも、今回は違う。

 

(また同じ光景……でも、今度は私が選んだ結末にしてみせる)

 

私はゆっくりと剣の柄を握りしめ、一歩前へ出た。

 

「アレクシス殿下」

 

澄んだ声が広間全体に響いた。

ざわついていた空気が、すっと静まる。

 

「私は、あなたと決着をつけるためにここへ参りました」

 

アレクシスの眉がわずかに動く。

 

「……決着、だと?」

 

「ええ」

 

私の指が柄を強く握る。

 

「お前のような女が、この私に刃を向けるというのか」

 

アレクシスは冷笑を浮かべた。

その顔を見た瞬間、胸の奥に燃えるような怒りが湧く。

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