【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ 作:野太刀あきら
周囲の令嬢や貴族子息たちが、笑い声を漏らした。
「王子殿下はこの国でも随一の剣士だぞ」
「まるで自殺志願者ね」
「見苦しいにもほどがある」
そのすべてを、私は聞き流した。
言葉よりも先に――私は剣を抜いた。
鋭い音が響き、空気が一瞬で凍りつく。
「自殺行為かどうか、試してみればわかります」
唇が自然と笑みを描いた。
手の中の剣が、まるで自分の一部になったように馴染む。
この一ヶ月の修練が、確かに私の血肉になっている。
「フン、よかろう」
アレクシスは冷ややかに笑い、剣を抜く。
金属の擦れる音が、広間の空気を震わせた。
「無様に泣き喚くよりは、よほど愉快だ」
(その余裕面、今度こそ砕いて差し上げますわ)
私は地を蹴った。
先に動いたのは私。
一閃――だが、アレクシスの剣がすぐさま閃き、私の攻撃を軽々と弾き飛ばす。
反撃の一撃が鋭く迫る。
「くっ……!」
腕に衝撃が走り、体が揺れる。
それでも必死に立て直し、再び踏み込む。
何度も、何度も。
斬って、いなされ、追い詰められて――それでも、私は止まらなかった。
(速い……でも、前よりは見える!)
目で追えなかった剣筋が、今はかすかに掴める。
一ヶ月の修練で、私の身体は確かに変わっていた。
セドリックの教えが、筋肉と神経の隅々に染みついている。
だが、それでも――アレクシスの速さは常識を超えていた。
しかも、速いだけではない。
一切の隙がない。鋭く、正確無比。
一振りごとに刃が空を切るたび、まるで舞うような美しさすらあった。
なまじセドリックに鍛えられたせいで、今の私にはわかってしまう。
アレクシスの剣は、天賦の才と鍛錬が融合した“完成された剣”だ。
奇をてらうことも、感情に任せることもない。
ただ最短距離で、最適の角度で、確実に相手を斬り伏せる――それだけの剣。
だが、それが恐ろしいほど美しかった。
「――ほう」
アレクシスの口元に、興味深そうな笑みが浮かぶ。
何度も打ち合ううちに、彼の瞳がほんの少しだけ楽しげに光った。
「面白い。女の身でここまでやれるとはな」
(余裕……? いや、違う)
その表情を見て、私は思い出した。
アニメでのアレクシス――見下す相手には容赦しないが、努力を重ねる者には敬意を抱く男。
冷徹で、けれど芯の通った人物。
ヒロインの恋愛対象として多くのファンを魅了したのも、そういう誠実さがあるからだ。
(甘かった……)
私は歯を食いしばる。
彼をただの“傲慢な王子”だと思っていた。
でも違う。
彼は本物だ。
剣の腕も、人間としての在り方も――私より、ずっと。
「だが、これで終わりだ」
その一言が、空気を裂いた。
アレクシスの足が床を蹴る。
目の前の景色が一瞬で歪む。
音も風も置き去りにして、彼の姿が消えた。
(くっ……!)
次の瞬間、視界の中央に銀の光が閃く。
それが、まっすぐに私の胸元へ迫っていた。
(ここで……また……!)
身体が反応しない。
腕を動かそうとしても、間に合わない。
セドリックの教えが脳裏をかすめるが、身体がついていかない。
――ズブッ!!
強烈な衝撃が走った。
熱い。痛い。
いや、もう痛みさえ曖昧だ。
「……っ……!」
息が詰まる。
視界が滲み、世界が遠ざかっていく。
「……愚か者が」
アレクシスの声が、どこか憐れむように響いた。
胸の奥に残るのは、彼の剣が引き抜かれたときの、いやに冷たい感触。
自分の血が、ドレスを濡らしていくのがわかる。
力が抜け、足元から崩れ落ちる。
落ちる――ゆっくり、静かに。
(また……ここまで、なのね)
遠ざかる意識の中、私は小さく笑った。
(でも、今度は……少しだけ、違った気がする)
そして、闇がすべてを包み込んだ。
◇
再び目を覚ましたとき、私はベッドの上にいた。
見慣れた天蓋、白い天井。
息を吸い込むと、懐かしい香りがした。
胸元を押さえる。
――痛みは、もうない。
それでも、あの鋭い刃が貫いた感覚は、まだ身体の奥に焼き付いていた。
ゆっくりと上体を起こし、カーテン越しに射し込む光を見つめる。
眩しい夏の日差し。
庭の木々は青々と茂り、鳥が枝を渡って飛び交っている。
まるで世界そのものが、何事もなかったかのように呼吸していた。
「……また戻ってきましたわね」
自嘲気味に呟き、私は窓辺へ歩み寄る。
指先で窓枠をなぞりながら、遠くの庭を見下ろした。
前回――私の体感ではほんの少し前の敗北が、鮮明に蘇る。
アレクシスの剣。あの速さ、あの精度。
セドリックに教えを受け、確かに私は前より強くなったはずだった。
けれど、それでも届かなかった。
(……剣を磨くだけでは、駄目なのかもしれませんわね)
これまで何度死に、何度ここに戻ってきただろう。
そのたびに徒労感が積み重なり、何も変わらない現実に打ちのめされてきた。
けれど、今回は――少しだけ違う。
自分の意志で剣を取り、道を選び、努力を積み重ねた。
たとえ敗北でも、それは確かな“進歩”だった。
(ただ繰り返すんじゃない。私はまだ、何度でも“やり直せる”)
心の奥に、ほんの少しだけ光が差した気がした。
私は小さく息を整え、立ち上がる。
「次は……どうするべきかしら」
その答えを探すために、私は再び庭園へと向かった。
◇
夏の風が頬を撫でる。
鳥の声、揺れる木々の音。
そして――そこに、彼はいた。
木の下で、静かに白い花を見つめる銀髪の男。
まるで前とまったく同じ光景。
ただ、私だけが知っている。
あの日、彼と過ごした一ヶ月を。
「セドリック・モルデン様」
声をかけると、セドリックはゆっくりと顔を上げた。
変わらない穏やかな瞳。
けれど、そこに宿る光はどこか違って見えた。
「……リリアナ様」
落ち着いた声。
私の胸の奥が小さく震える。
「不躾で申し訳ありません。
ですが、おりいってお願いがあります。
――私に、剣を教えていただけませんか?」
前と同じ言葉。
同じ決意を込めて。
しかし、セドリックの返答は違っていた。
「申し訳ありませんが、私は弟子を取るつもりはありません」
その瞬間、心臓が跳ねた。
「……え?」
彼は静かに首を振る。
「お力にはなれません」
(そんな……前はあんなにもあっさりと……)
どうして。
何が違うの?
同じ場所で、同じ言葉を口にしたはずなのに。
「お願いです、モルデン様。理由を――」
「悪しからず」
言葉を遮るように、低く響く声。
その瞳は、どこか遠くを見ていた。
私は何度も頼み込んだ。
けれど、彼は決して首を縦には振らなかった。
◇
現在――
「あんなことは初めてでしたわ」
私は静かに言った。
「ループの中では、私が同じ行動を取れば、
基本的に相手も同じ反応を返すものでした。
多少の誤差はあっても、行動そのものが正反対に変わるなんて、
これまで一度もなかったのです」
思い返しても、胸の奥がざわつく。
何かが狂っていた、そんな感覚。
「だから私は考えましたの。あの回のループでは、
まずセドリック・モルデンという人物を深く知ることから始めようと」
彼を再び師として迎えるために。