美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み   作:角が二本

1 / 16
 これで投稿できてますかね?


第一話 雪下の少女

 

 ────リュウジンさま リュウジンさま

 

     われらの希いを 聞きたまえ

 

     枯れき土に 雨水を

 

     たゆたう穢れに 清浄を

 

     さすれば あなたに返しましょう

 

     あなたの寵児を 返しましょう

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

 ────黒い海の底にいた。

 

 暗い暗い夜の闇に溺れる心地だった。

 もがけばもがく程に体に纏わりつくタールのような水は、神経を直接に火で炙られた痛みを、ぼくにもたらした。

 

 そんなぼくを見下ろす男がいた。

 男は、ぼくを助けることも哀れむこともせず、ただ固く両手を結んで、願っていた。

 男が何を願っていたのか。それはぼくには分からない。分かることは、その願いと引き換えに自らの命が失われるのだという結末だけ。

 

 その姿を見て、怒りよりも悲しみよりも先に羨ましいと、そう思った。

 男には冷めない熱量があった。他者の命を代価とする大罪を犯してでも、自分自身すら代償とする愚行に及んででも、願いを叶える意思があった。

 

 感情というものは消耗品である。一個の物、一人の人、一つの分野……それらを自身の全てを賭けて追い求め、極められる人間が、この世にどれだけいるだろうか。

 きっとぼくを含めて大多数の平凡な人間は願いを叶える前に、その道中で感情を使い切って、冷めてしまう。

 「叶えたい願い」は「叶えば嬉しい願い」に落ちぶれるのだ。

 そうならなかったこの男のなんと尊いことだろう。

 

 だから、叶えばいいと想ったのだ。その願いの一助となれるなら、夢や目標を持たない自分にも何か意味ができる気がしたから。

 だが、その想いが遂げられることはなかった。

 

 ────山のように大きな怪物が、男を呑み込んだ。

 

 それはぼくを包む真っ黒な水とは正反対に真っ白な大蛇だった。

 そいつは、彼女は、泣いていた。

 ごめんなさい、と。

 間違いだった、と。

 あってはならないことであった、と。

 ぼくは、ぼくの役割に満足していて、謝る必要なんてないのに。

 そう言葉を伝えようと口を開くも、そこから漏れ出るのは「あー」だの「うー」だのと呆けた音ばかり。

 

 ────『せめて、あなたの身を苛む呪だけでも』

 

 そう言って大蛇はぼくの頭に触れた。

 すると、何とも奇妙なことに抗いがたい眠気が湧いてきて。

 ぼくの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 これが、ぼくの最も古い記憶だ。

 なんとも朧げで、意味があるような無いような、非現実的な白昼夢。

 この記憶がこんな風になっているのは、多分この時のぼくがまだ赤ん坊だったからだろう。

 大人になるほど子どもだった頃の思い出が不確かなものになっていくのだと、誰かがそう言って微笑んでいた気がする。

 

 ────『眠れないのかい? 遊喜』

 

 ああ、そうだ。それが父だった。夢に見た過去にうなされて眠れないぼくに、父は安心させるように笑顔を向けた。その人はたまらなく胡散臭くて、とんでもなく優しい声をしていたと思う。ただ優しい人だということは確かだ。

 だってその人は、ぼくが眠れなかった時はいつも側にいてくれた。何度も何度も、縁側に腰掛けて、柔らかい月明かりの下で、たわいのない話をして、ぼくが眠れるようになるまで待っていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな父が死んだのは、ぼくが六つの頃だった。

 その頃のぼくはまだ泣き虫で、父の葬式の最中も、それを終えた後も、朝に起きて泣き、昼に思い出して泣き、夜に寝る前にも泣いていた。

 

 ────『……よし。わかった。なら、今日はおれも遊喜と一緒に寝ることにする』

 

 それを見かねたのか、兄はそう言ってぼくに寄り添ってくれた。

 でも、ぼくはそれを断ろうとした。正直に言って、その時はぼくと兄はまだあまり関わりがなくて、他人とさして変わらない間柄だったから。

 それに、六歳にもなって寝かしつけられるのは恥ずかしかった。

 

 ────『嫌だって言っても、聞いてやらない。やめてほしけりゃ、いい加減に泣きやめってんだ』

 

 だけど、兄は想像以上に頑固な人で。

 結局、ぼくたちは同じ布団の中に入ることになった。

 その時、ぼくは初めてあの人を兄と呼んだ。

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 そうして微睡から浮上する。

 ちゅんちゅん、と。雀の可愛らしい鳴き声。襖を通って眩い朝日の光が、瞼なんてモノともせずに網膜を焼いて、

 

「遊喜くーん! 起きてるー!?」

 

 耳をつんざく咆哮と共に叩き起こされた。

 重い一撃が腹を打つ。堪らず、ぐふっ、とぼくは空気を吐き出した。

 

 …………朝からそうそうに体罰である。教育委員会に訴えてやろうか。

 

「……おはよう。藤村先生」

「はい、おはよう。遊喜くん。もーう、起きるの遅いわよ? 桜ちゃんが朝の支度してくれるからって、それに甘えちゃダメなんだから」

「……藤村先生は、毎日タダ飯タカりに来るのに?」

「タカりとは人聞きの悪い。お姉ちゃんは保護者として二人の元気な顔を見る義務があるのです」

 

 人の安眠を妨害しておいて、悪びれる様子のない藤ねえにため息を一つ吐いて、温い布団から外に体を晒す。

 ……寒い。冬の冷たい空気が否応無しに眠気を覚ましてくる。これだから冬は嫌いなのだ。

 兄が部屋に置いてくれたストーブをつけてその前に外出用の服を置く、こうしておけば後で着替える時に少しは寒い思いをしなくて済むだろう。

 そうこうしている内に、藤ねえはもう廊下に出ていた。

 

「ほらほら、早く来なさい。ご飯が冷めちゃうわよー?」

 

 余程腹を空かせているのか、しきりに急かしてくる猛獣(タイガー)におざなりに返事をして、ぼくも居間に歩いていった。

 

 

 

      * * *

 

 

 

 幸いにも、朝食はまだ冷めておらず、温かい湯気を立ち昇らせていた。上品な朝餉の匂いが鼻腔を喜ばせる。

 

「おはようございます。遊喜くん」

 

 嫋やかな少女の声。それは台所から聞こえてきた。

 そこにいるのは長い黒髪を赤いリボンで飾ったキレイな女の子だった。

 間桐桜。兄と同じ高校で、後輩だという少女。一年半前からウチに通い始めて、家事を手伝ってくれている。姉のような存在である。

 ……いや、「ような」ではなく未来では本当に義姉になるのかもしれないが。

 

「おはよう。桜さん。それと(にい)も」

「ああ、おはよう。遊喜、昨夜はよく寝れたか?」

「……大丈夫。兄、いつもそれ聞いてくるよね」

「む……たまにしか聞いてないと思うんだが」

「昨日の朝も聞いてきたじゃん」

 

 まあ、聞いてくる理由は分かる。ぼくが昔みたいに夜泣きして、眠れない夜を過ごしていないかと心配しているのだろう。だが、ぼくももう十一歳だ。いつまでも子ども扱いをされるのは甚だ遺憾である。

 憮然とした顔をするぼく。困ったように頰をかく兄を尻目に桜さんはくすり笑った。

 

「先輩は、遊喜くんと仲がいいんですね。ちょっと羨ましいです」

「そうか? でも大変だぞ。遊喜の相手をするのは。最近、ますます生意気になってきたし」

「……そうそう。大変だよ。兄の面倒見るのは。最近、さらに朴念仁に磨きがかかってきたし」

「………」

「………」

 

 無言で兄と睨み合う。いっそうおかしそうに笑う桜さん。次に口を開いたのは、ガツガツとご飯をかき込んでいた藤ねえだった。

 

「そうねぇ。二人とも、今じゃ夜雨対牀の兄弟って感じ。うんうん、仲良きことは美しきかな」

「……藤村先生。それ、ぼくの鮭なんだけど」

「んー? ご飯が目の前にあるのに食べないってことはいらないってことでしょ? なら、もったいないからお姉ちゃんが食べたげよっかなって思って」

 

 飢えたタイガーに朝食を狙われて、ぼくはやむなく食卓についた。

 兄の子ども扱いを改めさせるよりも、朝食を死守する方が優先されるのだ。対面を見れば、兄も苦笑しながら食卓についていた。

 

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

 

 兄と桜さんとぼくの三人、きちんと座って手を合わせ、静かに食事を始める。

 基本的にぼくたちは食事時は静かだ。喧しくするのは基本的に藤ねえで、だから今回話を振ってきたのも藤ねえだった。

 

「あれま。今日、雪降るんだ」

 

 テレビの天気予報を見ながらの言葉に。つられて兄もそちらに視線を向ける。

 

「うわ。本当だ。午後三時から特に酷くなるのか……ちょうど下校時間だな。遊喜、傘持ってけよ」

「ん。分かった」

 

 

 

 

       * * *

 

 

 

 兄たちが家を出て。ぼくはそのしばらく後、七時半ごろに家を出た。

 

「遅いよ、遊喜くん! みんなもう集まってるよ!」

「また寝坊したのかよ」

「いや、たぶん寒くて家から出たくなかったとかそんなだぞ」

「フハハハハッ! 軟弱者め! 冬でも半袖半ズボンの俺を見習うがいい!」

「……みんな、ごめん。外が馬鹿みたいに寒いから、ギリギリまで家にいた。できれば、これからも続けさせてほしい」

「ほらな」

「すごいね。全く反省してない」

 

 外には登校班のメンバーが待ち構えていた。

 桂 美々、森山 那奈亀、栗原 雀花、嶽間沢 龍子の四人だ。

 ちなみに、全員女子。ぎゃるげーも驚きの男女比率である。

 

「よぉし。いくぞみんなぁ! この俺に続けー!」

「ちょっ!? 龍子ちゃんっ! そっちは学校とは逆方向だよ!」

「よし、遊喜。遅れてきた罰としておまえが連れ戻してこい」

「えー」

 

 元気な龍子。糸目の那奈亀。兄とぼくが一緒にいると気持ち悪い目で見てくる雀花と美々。

 友人たちとのいつも通りの登校時間。

 

「────」

 

 そんな日常に、一人の非日常(少女)が映り込む。

 登校路の側にある小さな公園。そこに彼女はいた。

 一目で目を奪われる。それ程に美しい、妖精のような少女だった。

 その髪は雪を束ねたみたいに純白で。

 その眼は熟れた林檎みたいに艶やかな赤色で。

 その笑顔は赤子みたいに無邪気だった。

 

「────ぇう」

 

 彼女の姿を認識してからぼくの思考は真っ白に染まった。心臓はバクバクと信じられない速さで鼓動し、湯気が出そうなくらい顔が熱くなる。

 未知の感覚に動揺する。変調の原因である少女から目を逸らして、ぼくは何とかこの苦しい鼓動だけでも収めようと胸に手を寄せ、

 

「い・い・か・げ・ん・に、離せー!!」

 

 腕の中に捕まえていた龍子に頭をはたかれた。

 

 ……ああ、忘れてた。




 文章って難しい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。