美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
その日は珍しくイリヤが外出した日だった。セラには無断で、買い物に行くリズの車に忍び込んで外を出たそうだ。
「───出たそうだ、ではありません! お嬢様はバーサーカーを連れずに町に向かったのですよ!? 万が一、他のサーヴァントに襲われることがあったらどうするのです! 今すぐに探しに行きなさい!」
で、ぼくらはセラによってアインツベルンの城から蹴り出された。
「………それで、探してこいとは言われたものの、イリヤたちの行き先が分からないんじゃどうしようもないよね」
「そうですなぁ、一度城へ戻りますか?」
「やだよ。町から城までどれだけ距離あると思ってんのさ。いちいち帰ってたら足が棒になっちゃうだろ」
「拙者が抱えていけばすぐでござるよ?」
「それはもっと嫌だ」
前に森に間引きに行った時に一度運んでもらったが、あれは最悪だった。ぼくを担ぎながらあろうことか飛んだら跳ねたり縦横無尽にアクロバティックな動きをするのだ、こいつは。
三半規管のトレーニングとでも言えば聞こえはいいだろうか。しかしゲロ塗れになるのはもうごめんであった。
「では、しらみ潰しに歩いてみるしかありませんね。イリヤ殿の向かいそうな場所に心当たりはありますか?」
「えー? 急にそんなこと言われても……うーんと」
考えて、思い出す。そういえば以前、イリヤを町で見かけた時は公園に居たな、と。
「ふむ、ならまずそちらの方から見て回りますか?」
「どうだろう。リズは買い出しに来てるんだよね、わざわざ公園によるかな」
「ですが他に行く宛もないでござろう」
まあ、それもその通り。
それに、僕としてもここ数日の間に町の様子がどう変化したのか確認したくはある。聖杯戦争というものが常識から逸脱した怪物たちの殺し合いだというなら、その舞台となっているこの町にどれほどの被害が及ぶことだろう。
ぼくの友人や家族も否応なく巻き込まれることになる。ともすれば、命を落とすことなるかもしれない。
「そうなる前に、一目でも顔を見ておきたいって考えるのは、さすがに悲観的すぎるかな」
「ん、何か言いましたか? 遊喜殿」
「なんでも。じゃあ、行こっか」
* * *
「うん。いないね」
「そうでござるなあ」
案の定、公園にイリヤはいなかった。いやまあ、それはいい。予想はできていた。ただ……
「あいつらもいない」
いつも騒がしいあの四人組がいないのは予想外だった。いつもこの時間帯はここで遊んでいるのに。
「まさか……」
嫌な想像が頭をよぎる。あいつらも聖杯戦争の争乱に巻き込まれて命を落としたのではないか、と。
……いや、妄想が飛躍しすぎだ。イリヤも言っていたじゃないか。『まだサーヴァントが出揃っていないから聖杯戦争は始まっていない』と。犠牲者が出るには早いだろう。
きっとどこか別の場所に───
「あ、遊喜殿」
「っ! 誰かいた!?」
「いえ、そうではなく……」
千代女が指を刺した方向を見る。そこには電柱に貼り付けられた一枚の紙切れ。似顔絵が描かれた張り紙だ。
「これ……ぼくの顔?」
「『行方不明者捜索、協力求む』、ですか。藤村組、と書いてありますが、お知り合いでござるか?」
千代女の言う通り、その張り紙には藤ねえの実家である藤村組の名前が書いてあった。
……何も驚くことではないだろう。常識的に考えて、よく知る家の子どもが一晩のうちに失踪したら、こうするのは自然な流れだ。
「ご家族の方でござるか。それはさぞ、心労をかけているでござろうなぁ。一度顔を見せに行ってはいかがです」
「……無理。イリヤとの契約でぼくから顔馴染みに会うことはできなくなってるから」
藤ねえも兄も、多分いなくなったぼくのことを探してくれているのだろう。けれど彼らの前に姿を見せることはできない。イリヤとの契約もそうだが、現状を話したら兄たち、特に兄は絶対にこの殺し合いに首を突っ込もうとする。そうなれば兄は九割九分九厘死ぬ。それは嫌だ。
大丈夫。兄はタフだし、藤ねえは呆れるほど元気な人だ。ぼくがいなくても、きっといつも通りの日常を過ごせているはずだ。
「行こう、千代女。早くイリヤたちを連れて帰らないと、またセラの嫌味たっぷりなお説教を聞くことになるよ。
あ、それとぼくに隠遁の呪術をかけて。知り合いにばったり出会したら面倒なことになる」
「……
───それから、町中を歩いたが、イリヤはどこにもいなかった。道中の商店街でリズとは合流したが、彼女も途中でイリヤと逸れてしまったようだ。
「ねえ、千代女。きみって忍者なんでしょ? なんかこう、諜報の忍術とかないの? それでイリヤの居場所が分かったりしない?」
「拙者の諜報術は専ら色仕掛けとか、そういうあれが大半でござるから、難しいでござるな」
「リズは? そういう便利な魔術使えないの?」
「できない。私は戦闘用に調整されたホムンクルス、だから。魔術なら、セラの方が、得意」
………なら、ぼくたちじゃなくてセラが探しに来れば良かったじゃないか。
そう口を突いて出そうになった文句を飲み込む。こんなことリズに言ったって状況は何も好転しない。
「じゃあ一旦、三手に別れよう。ぼくは港、千代女は柳洞寺と穂群原、リズは冬木大橋。それぞれ別の方向を探して、十七時に駐車場の前に集合。その時に誰もイリヤを見つけられてなかったら、セラに頼るってことでどう?」
「いや遊喜殿、それは危険ではありませぬか。拙者やリズ殿はともかく遊喜殿には身を守る手段がありませぬ。ここは拙者と遊喜殿、リズ殿で二手に別れるべきだと思うのでござるが」
「私も、同感。もう、サーヴァントを召喚してるマスターもいる。ユウキが一人でいるのは、駄目」
二人が言っていることは尤もだ。ぼくは彼女たちと違い、ただの一般人で小学生。同級生とのケンカでも一度も勝てた試しがない虚弱ボーイだ。
「でも、それはイリヤだって同じだろ。魔術師だとしても女の子が一人で出歩く方が心配じゃないか。男が多少無理してでも守ってあげないと」
ぼくの発言に二人は目を丸くして互いを見つめた後、言った。
「私たちも、女の子、だけど」
「守ってはくださらぬのですか?」
「───甘えんな。きみたちはぼくより歳上だろ」
* * *
「"Die Luft ist kühl und es dunkelt, Und ruhig fließt der Rhein.
Der Gipfel des Berges fumkelt Im Abendsonnenschein 〜♪"」
雪雲が空を覆う薄暗い街道。人気のないその道で一人の少女が歌を口ずさんでいる。
彼女にとってそれは自然な行動だった。隣に誰もいない寒々しい冬の城で彼女にできることはそれだけだった。ただ、孤独感を紛らわせるだけの行為。
だけど、今回はそうではない。今、少女の胸にあるのは期待と高揚だ。彼女は先日、自分のものとなったあの少年から聞いた外の世界を全身で享受していた。
少年がよく立ち寄るという店で買ったどら焼きを頬張り、少年が欲しがっていたゲームとやらを土産に持って今は帰路を辿っている。
「"Den Schiffer im kleinen Schiffe
Ergreift es mit wildem Web.
Er schaut nicht die Felsenriffe
Er schaut nur hinauf in die Hoh───?"」
ふと、ある一軒の武家屋敷が目についた。少女の城にはまるで及ばないものの、周囲の建物と比べても一際大きなその屋敷は、あの少年の家であり、もう一人の弟の家であり、自分を裏切ったあの男の家だ。
「───……」
そこで足が止まった。門の奥、屋敷の中庭に一人の少年の姿が見える。ユウキよりもずっと背の高い赤毛の少年、イリヤに遺された家族。
「確か、シロウ、だっけ」
ユウキの言葉を思い出す。彼はエミヤシロウを優しい人だと言っていた。ならばどうだろう。ユウキと同じように、自分を受け入れてくれるのではないだろうか。自分のものになるのではないだろうか。
そうすれば、いなくなった二人分の穴が埋まる。
そうと決まれば、善は急げだ。
イリヤは少年に声をかけようと屋敷に足を踏み入れ───
「士郎! なんで起きてるの!? 休みなさいって言ったでしょ!」
背後の猛獣の咆哮に、ビクリと肩を跳ね上げて硬直した。
そんなイリヤを置いてズンズンと屋敷の中に女は入っていく。
少年は女の姿を認めると申し訳なさそうな顔をする。
「悪い、藤ねえ。でも、遊喜が行方不明になってるって言うのに、じっとなんかしてられない」
行方不明、という言葉にイリヤは悪戯がバレた子どものようにギクリとした。
「だからって、ねえ……昨日も夜まであっちこっち探し回ったんでしょ? いい加減寝ないと倒れちゃうわよ、士郎」
そう言われた少年を見れば、確かにその顔には隈があった。加えて心労のせいか顔色も青白い。
それを見て、イリヤの胸がちくりと痛んだ。
「分かってる。だから、昼まで探したら少し仮眠をとることにする」
シロウは土蔵から取り出した自転車に乗って、屋敷を出ようとする。だが、女がそれを押さえつけた。
「駄目、士郎は今日は休むの。遊喜くんのことは
「───」
───お姉ちゃん。
女の言葉にイリヤは頭が真っ白になった。
そうだ、先ほどから少年はあの女を「藤ねえ」と呼んでいた。
おかしな話だ。少年がキリツグの息子だと言うのなら、姉と呼ぶべきは自分のはずなのに。
「───そう。わたしは替えがきく程度の存在だった、てことね。キリツグ」
つまりはそういうことなのだろう。あの男は自分のことなんか忘れてこの場所で新しい家族を作って、さぞや幸福であったことだろう。
「もう、いいわ」
高揚していた心が急速に熱を失っていく。親愛と後ろめたさは、ただ真っ暗な憎悪に塗り潰された。
騒がしい女とその弟に背を向けてイリヤは屋敷から立ち去る。
もうこれ以上、自分の存在を否定する、この場所にいたくはなかった。
「───そういえば士郎。家の前にいた銀髪の女の子はだれ? 士郎の知り合い?」
「……女の子? そんなのどこにいるんだ?」
「うん? どこにってすぐそこに───って、あれ。いない」
* * *
「あっ! やっと見つけた! イリヤ!」
時間は十六時半頃、イリヤ捜索隊の隊長、衛宮遊喜はやっとのこと捜索対象を発見した。商店街近くの小さな公園、奇しくもぼくたちが最初にやって来た所だ。その場所のベンチにイリヤは座っていた。
……長かった。こんなに外を歩き回ったのはいつぶりだろう。筋肉痛で足が棒のようになっている。
本当、文句の一つでも言ってやりたい。
だけど、まあ
「───無事で良かった。心配したよ」
そう笑いかけると、イリヤは不思議そうな顔をして、
「心配、した……?」
と聞き返してきた。
「なにその反応……? 聖杯戦争なんて物騒なことが行われている街で女の子が迷子になってたら心配するだろ、普通」
ベンチに座るイリヤに、さあ、と手を差し伸べる。
「帰ろう。イリヤ」
「……帰るって、アインツベルンの城に?」
「? そう。他にどこに帰るのさ」
ぼくがそう言うと、イリヤは挙動不審に腕を上げ下げした後、俯いてしまった。
「……今日、街を歩いて遊んでみたわ」
「そっか、どうだった? 楽しかった?」
尋ねるとイリヤは無言で首を横に振った。
なるほど、それでこの落ち込みようか。イリヤは箱入りのお嬢様だから、庶民の娯楽に馴染めなくて「思ってたのと違う」と感じたんだろう。遊び方が分からなかったのだ。
「だったら、次はぼくも一緒に行くよ」
「………え?」
「一人じゃ楽しくなかったんでしょ? なら今度はぼくが冬木を案内するよ。イリヤより歩き慣れてるし、きっと楽しませられると思う」
ぼくはどちらかと言えばインドアなのだが、いつもあの活発娘四人衆に付き合わされているから、遊び場について意外に詳しいのだ。
「だから、黙って城を抜け出すのはやめて。ぼくたちがセラに怒られちゃう」
心底うんざりした態度でそう言うと、イリヤは思わずといった様子で顔を綻ばせた。
「わかった。じゃあその時はわたしをエスコートしてね。約束だよ、ユウキ」