美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み   作:角が二本

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第十一話 二騎の大英雄

 

 千代女たちと合流して、帰路に着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 リズが運転するメルセデス・ベンツに乗って冬木市郊外の山道を進む。

 その道中────

 

『イリヤ殿』

「ええ、分かってる。停めなさい。リズ」

「ラジャー」

 

 唐突に脇道に逸れた車はそのまま森の中に入っていった。しばらくして木々に遮られた行き止まりで車は停止する。

 

「……どうしたの? 寄り道してないで早く帰らないと、セラからの説教が長くなるよ」

 

 言って隣のイリヤを見ると、彼女は無表情のまま、冷えた視線を森の奥に向ける。

 

サーヴァント()よ」

 

 ヘッドライトが一人の男の姿を照らしあげる。

 群青の衣を纏うソイツは、粗野に口元を吊り上げて、イリヤとは対照的に、まるで十年来の友人に向けるような涼やかな視線を向けている。

 

「よお。町まで買い物かい? ごくろーさん」

 

 しかし、軽薄な態度とは裏腹に放たれる殺気は肌を刺すように鋭い。

 リズはイリヤの盾になるように男の前に進み出た。

 

「イリヤ、車から出ないで」

「そうですね。ここからは拙者たちの領分でござる。遊喜殿もそこから動かないように」

 

 同時に霊体化していた千代女もその場に現れる。

 リズはトランクから取り出した鉄棒を組み立てたハルバードを構え、千代女は小太刀と呪符を取り出す。

 二人とも完全に臨戦態勢だ。

 

「へえ、いいね。話が早いやつは嫌いじゃない。だが、そのサーヴァントじゃあ、俺を相手にすんのはちと厳しいんじゃねぇか?」

 

 自身を侮っているとも言える言葉に千代女は歯噛みする。

 だけど、確かに彼の能力値は千代女を上回っている。霊格から感じ取れる重圧は、先日のキャスターすら凌ぐものだ。

 彼が手を振り上げると、そこに禍々しい朱槍が出現した。

 千代女たちには目もくれず、彼はそれをイリヤに突きつける。

 

「バーサーカーを呼びな、お嬢ちゃん。それで対等だ」

 

 ───瞬間、爆発的に膨れ上がった殺意に背筋が凍った。

 あの男からではなく、すぐ隣の少女から放たれたものに。

 

「チヨメとリズをまとめて相手取って、バーサーカーと戦えるつもり? 驕りがすぎるわよ、槍使い(ランサー)

 

 凍えるような声に、ランサー()は愉快げな表情を浮かべた。

 

「なら、試してみればいいじゃねぇか。ああ、それともあのバーサーカーは女の背に隠れる程度の腰抜けなのかい?」

「───」

 

 口調とは裏腹に男の声に侮蔑の色はない。彼とてバーサーカーの格は理解しているのだろう。よってこれはバーサーカーを戦場に引き摺り出すための挑発でしかない。

 しかし、この世の何よりもバーサーカーの強さを信じるイリヤにとってその言葉は到底許容できない妄言であった。

 

「……リズは下がりなさい。チヨメ、あなたは城に向かっているランサーのマスターを仕留めて。ソイツは───」

 

 イリヤの魔力回路が励起する。膨大な魔力が大気を乱して風を引き起こし、衣服がはためく。全身に刻まれた令呪が赤く輝いた。

 

「■■■■ッ!!」

 

 その命令(令呪)に応えて、ランサーの頭上、その遥か上空から鉛色の巨人が降臨した。

 

「───バーサーカーが殺すわ」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「……ねえ、千代女。良かったのかな、イリヤを置いてきて」

 

 契約(ギアス)による命令には逆らえず、ぼくたちはイリヤが結界で補足したランサーのマスターを捕えるため森の奥を進んでいた。

 ランサーとバーサーカーが戦う場所に、イリヤとリズを残して。

 

「こっちはサーヴァントが二人いたんだから、二対一で戦った方が安全だったと思うけど」

 

 バーサーカーは強力なサーヴァントだ。ステータスだけならランサーを遥かに上回っている。

 しかし、サーヴァントの戦いとは宝具の戦いだ。ランサーが所有する宝具次第では、能力の差すら凌駕して一発逆転という展開もあり得る。

 

「杞憂でござるよ、遊喜殿。バーサーカーが敗北することは万に一つもございませぬ。彼の宝具は反則級の代物でござるからな」

 

 千代女は淡々と事実を述べるようにそう言う。

 

「バーサーカーの宝具って……?」

「ああ、遊喜殿は知らぬのでしたな、彼の宝具───その真名は『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。不死身の肉体を獲得する恐るべき宝具でござる」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

「■■■■■■■■!」

 

 英霊同士の激突、その戦端を切ったのはバーサーカーだった。

 伝承では天空を支えたとすら語られる豪腕。その膂力でもって振るわれた斧剣は音速に達し、剣圧だけで周囲の木々を薙ぎ倒す。

 小手調べというにはあまりに過剰、並み宝具に値する一撃。

 

「とおッ! おおこわ、直撃すれば一発でお陀仏だな、こいつは」

 

 それを、ランサーは事もなげに受け流した。

 「柔よく剛を制す」とは中国の古典兵法書に由来することわざだが、ランサーの槍術はまさにその体現であった。

 嵐のように絶え間なく繰り出される攻撃を、決して正面から受け止めない。力で対抗せず、斧剣の側面を叩き、軌道を逸らす事で対応する。

 それを成功させる技巧、眼力は神域にあると言っても過言ではあるまい。槍の英霊は真実、その名に恥じぬ実力を魅せつけている。

 しかし、

 

「防いでばかりね。大口を叩いた割に、反撃すらできないのかしら? ランサー」

 

 白い少女が嘲弄する。

 事実、ランサーは防戦一方であった。加えて、斧剣の攻撃自体は捌けているものの、衝突の余波で発生する鎌鼬によって全身に裂傷が刻まれ、群青の装束は赤黒く染め上げられている。

 このまま、この状況が続けばいずれランサーはすり潰され、敗北するだろう。

 そう、続けば(・・・)、だ。

 

「───読めたぜ。そら、お返しだぁ!」

「■■!」

 

 ランサーが壮絶な笑みを浮かべ、まるで未来が見えているかのような動きで斧剣を掻い潜り、槍撃を返礼する。バーサーカーは本能(心眼)によって辛うじて防御を間に合わせた。一瞬のうちに移り変わった攻守にイリヤが閉口する。

 

「いくら力と速さがあろうが、技が死んでるんじゃ宝の持ち腐れだ。こんな単調な攻撃じゃあ、すぐに見切れちまう。

 勿体無いねぇ、アンタの実力はこんなもんじゃねぇだろうに。

 ───この聖杯戦争に次があるなら、その時は別のクラスで召喚してもらうんだな」

 

 ランサーが指で地面にルーンを刻む。すると、地面から生えた樹木の幹がバーサーカーを縛り上げた。これらは神秘を帯びたウィッカーマンの五指、バーサーカーの怪力であっても破壊には二秒の時を要する。それだけの時間があればバーサーカーを仕留めるには十分だ。

 

「じゃあな」

 

 つまりは、詰みだ。

 音の壁を超えてランサーの槍が奔る。それは、無防備に晒されたバーサーカーの左胸に寸分違わず命中し、

 

 皮膚の一枚すら裂くこと叶わず、その肉体によって甲高い音とともに弾かれた。

 

「なんだと……ッ!?」

 

 必殺のつもりで放った一撃を無効化され、ランサーは驚愕する。

 そう。これこそが、バーサーカーの宝具『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の力の一端、Bランク以下の攻撃を無効化する概念の鎧である。最上級の能力でなければ彼を殺すことはおろか、傷つけることすらできない。あまりにも不条理な宝具。

 その不条理に勝利を覆され、忘我するランサーに、しかしバーサーカーは一切の情け容赦なく反撃する。

 

「───■■ッ!」

「しまっ、がァッ───!?」

 

 バーサーカーの正拳が胸骨を砕く。ランサーは血の塊を吐き出して吹き飛ばされ、数百メートル先の小川に着弾した。

 

「グ、がはッ、咄嗟に退いてこのダメージかよ。まともに食らってたら胴体が消し飛んでたな」

 

 自身は致命傷を負い、敵は無傷。控えめに言って、状況は絶望的だ。

 その窮地に、もはや勝敗は決したと言わんばかりの顔で、バーサーカーのマスターである小娘は嗤った。

 

「あは、勝てるわけないじゃない。わたしのバーサーカーはギリシャ最強の英雄なんだから」

「……ギリシャ最強の英雄、ねえ。ってこたあ、コイツの真名は、」

「そうよ。そこにいるのはヘラクレスっていう怪物。あなた程度とは格が違う、最強のサーヴァントなんだから」

 

 追い詰められた獲物を少女は愉悦の目で眺める。そして、ランサーに更なる絶望を与えるためにバーサーカーの宝具の全貌を開示した。

 

「宝具"十二の試練(ゴッド・ハンド)"、その真価は概念防御のみに留まらない。かつて乗り越えた試練()の数だけバーサーカーは命の貯蔵を持つ。仮に加護の守りを突破して殺せたとしても、バーサーカーは蘇るのよ、それも、乗り越えた死への耐性を獲得してね」

 

 イリヤはランサーの顔を覗き込む。これでこの野卑なサーヴァントも圧倒的な力の差を理解しただろう。

 バーサーカーを倒せるなどと思い上がっていた男は今、自尊心を叩き折られて、屈辱的な表情をしている───そのはずなのに。

 

「……なにを笑っているの」

 

 男の口元は堪えきれない狂喜で歪んでいた。

 

「くく、いや、悪いね。お嬢ちゃんをバカにしてるわけじゃねぇ。ただ、眉唾物の第二の生とやらが、存外楽しめそうなもんだから。つい、な」

 

 ヘラクレス。英霊の座でその名を知らぬ者はいない。最高の知名度と最大の伝説、数ある英霊の中でも色褪せることがない最強の存在。

 聖杯を求めるサーヴァントが彼と相対したなら、あまりの壁の高さに絶望したことだろう。

 だが、このランサーは違うのだとイリヤは理解した。この英霊が求めるのは死力を尽くした強者との戦い。ランサーは弱い者と戦うよりも自分と対等以上のものと戦う方が楽しいのだ。

 

「……勝てる戦いより勝てない戦いの方が好きなんて、変なの。死ぬのが怖くないの?」

「は、怖いわけがねぇさ。英霊なんてもんは元から死人だろうが。それと訂正しとくが、俺は負けるつもりで戦ったことなんざ一度もねぇよ」

 

 治癒のルーンによって傷を治し、どっこらせとランサーは立ち上がった。

 

「つうわけで、再開だ。最後まで戦ろうぜ、大英雄」

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