美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
「凄まじい戦いでござるな。大気の震えがこちらまで伝わってくるでござる」
イリヤたちの方を見て千代女は戦慄していた。然もありなん、向こう側から響く戦闘音はとても二体の人型が生じさせているとは思えないものだった。
2、3kmは離れたというのに、道路工事の十倍は大きな破砕音が絶えず鳴り響いている。
「……大丈夫かな」
千代女からバーサーカーの能力については訊いた。
でも、だからと言って安心できたわけじゃない。サーヴァント同士の力量で敵わないと分かったら相手はマスターを狙ってくるはずだ。イリヤが危険ではないなんて言えないだろう。
「遊喜殿。そろそろ敵対象がいる場所に到着するでござるよ」
「……わかった」
千代女がそう告げてからしばらくして、薄暗い森の奥に人影を発見した。
上背の高い金髪の、十八歳くらいの男だ。黒い制服のようなものを着ている。
「……千代女」
「彼は生身の人間でござる。おそらく、ランサーのマスターで間違いないかと」
千代女の言葉にホッと胸を撫で下ろす。ここにいる侵入者がランサーと同盟を結んだ別のサーヴァントという線もあったのだ。
その場合、アサシンの戦闘力で相手ができるか不安だったのだが、そこを考慮する必要は無くなったようだ。
となれば、後は迅速に相手を捕獲するのみ。
「気配遮断を使って確実に捕まえて。万が一にも逃げられないように」
「承知でござる」
『気配遮断』とはアサシンのクラスに与えられる固有のスキルのことだ。人間はおろかサーヴァントの探知能力すら掻い潜る効果があり、このクラスがマスター殺しと呼ばれる所以でもある。
ランサーやバーサーカーが怪物退治や一対軍との戦いで功績を上げた英雄とするなら、アサシンは英雄が守護すべき弱く強い権力を持った
要は彼らは人殺しのプロフェッショナルであると言うこと。無防備に森を徘徊する人間を一人無力化する程度、なんてことはない。
スキルによって木立の影と同化し、金髪の青年の背後へと千代女が移動する。
後は意識を刈り取るのみ。影の手がひっそりと青年の首筋へと伸びていって、
「───不敬。蟒蛇如きがこの我の玉体に触れようなどと。己が分際を弁えよ」
瞬間。虚空から現れた剣山が千代女を串刺しにした。
「は………?」
悲鳴を上げる間も無く千代女が血溜まりに崩れ落ちる。
……何が起こったのか。あの青年は何をしたのか。
ランサーのように武器を振るって千代女を倒したのなら納得はできないが理解はできただろう。魔術を使ったのなら、多少の手解きを受けた今、ぼくならそれを使ったと感じられたはずだ。
だが今の攻撃はそのどれでもない。圧倒的で異質な力。
それを目の当たりにして、恐怖より困惑が優ってしまったぼくは、愚かにもその場に立ち尽くしてしまった。
「ほう? 追う手間をかけさせぬとは殊勝な心掛けだ。褒美として速やかに死ぬことを赦す」
男がそう言って指揮者のように片手を持ち上げると、背後に星が瞬いた。
視界に紅が舞う。
「ぎ、……ぐ……!」
激痛。脇腹と右腿を見下ろす。そこにはこの世のものとは思えないほど美しい宝槍宝剣が突き立っていた。
立っていられず、その場でうつ伏せに倒れ込む。
トドメを刺すつもりか、男は虚空から剣を抜き取ると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
男の足音がすぐそばで止まる。見上げれば、見下ろす男の赤い眼と視線が交わった。
「ん? 貴様……」
男はまじまじとぼくを観察する。
彼は何やら合点がいった様子で、勝手に納得して剣を納めた。
「どこの雑種かと思えば、前の戦の
───だがまあ、これはこれで珍品として稀少価値はある。内に孕んだ呪いが熟すまで間、今暫く猶予を与えてやっても良い」
男は、意味の分からないことを、上から目線で一方的に捲し立てる。
「……なに、言って……?」
「ク、理解できぬか、愚鈍な雑種よ。まあ、それならそれで良い。時が来れば否応にも知ることになろうさ」
男がパチンと指を鳴らす。すると、初めから何もなかったみたいにぼくたちを貫いていた凶器は霧のように消えた。
「ではな、精々無様に足掻いて我を興じさせろよ? 小僧」
そう言い残して男は立ち去っていった。
……………たすかった、のだろうか。
「いや……この怪我じゃ、どっちみち……」
噴水のように放出される血液がぼくの周囲に血の水溜まりを作り出している。人間は30%の血液を失うと命に関わると言うが、後どれだけ失血すればぼくは死ぬのだろうか。少なくとももうペットボトル一本分は血を失っていると思う。
「あ……ぁ……」
死ぬ。このままでは死ぬ。
先程まであった焼けた鉄棒を捻じ込まれたような激痛が薄れている。
体が急速に熱を失っているのが分かる。
寒い。
「ちよ、め……!」
自身のサーヴァントに助けを求めるも反応はない。無理もない。千代女は全身を串刺しにされているのだから。息も絶え絶えに地面に這いつくばることしかできない。
「───!」
意識が遠のく。死へと誘う睡気に恐怖し、叫び声を上げる。けれどその叫びすら掠れていって、瞼が落ちる。その刹那、
「───エミヤユウキ!」
白いメイドがこちらに駆け寄ってくるのを見た。
* * *
────リュウジンさま リュウジンさま
われらの希いを 聞きたまえ
枯れき土に 雨水を
たゆたう穢れに 清浄を
さすれば あなたに返しましょう
あなたの寵児を 返しましょう
………まるで古い映画のようだ。
傷が入った
映像の中では、白装束の人々が平伏し、女が抱く赤子に祈りを捧げていた。
彼ら彼女らは皆、痩せこけていた。
この時代の夏、彼らの土地は日照りによる干ばつで稲が実らず、飢饉が起こったのだ。
始めは彼らも自分たちで解決しようと努力した。備蓄を解放し、老若男女に適した量を分配して次の収穫まで耐えようとした。
しかし、納める年貢は減らず。上からも炊き出しなどの支援はなかった。
日が経つごとに追い詰められていった。年嵩の者ほど自分の食糧を周りの人に分け与えたから、老人から順番に死んでいった。
彼らは善良だった。しかし、赤子まで飢えて死に始めた時、ついに決断することにした。
神の子を捧げることを。
────リュウジンさま リュウジンさま
われらの子を 救いたまえ
痩けき骨に 血肉を
さまよう悪霊に 安寧を
さすれば あなたに捧げましょう
神の稚児を 捧げましょう
四百年以上も前から冬木に残る『神稚児信仰』。
それは朔月と呼ばれる神職の家系に生まれる赤い眼の女児の神秘について綴った伝承だった。
神稚児たちは己の命と引き換えに人々のあらゆる願いを叶えたという。
ただ、それはもう遠い過去の話。現在において赤い眼の女児が産まれることは無くなってしまった。
『だが、その起源は母からお前へと受け継がれている。お前には聖なる器になる素養があるんだ』
ふと、チャンネルが切り替わるように映像が変わった。
祭壇に祀られた赤子にフード姿の男が語りかけている。
『ダグザの大釜、バビロンの淫婦の杯、コルヌ・コピア……各地の聖杯伝説に端を発する魔術礼装を刻印に加工し、お前に埋めこみ、お前の特性を"願いを叶える性質"に近づける』
魔術刻印。
本来は、魔術師たちが己が血統の研鑽の全てを記録する媒体であり、積み重ねた年月がなければ何の力も持たない代物だ。埋め込む刻印の数をどれだけ増やしても意味はない。
否、『意味がない』どころか『害にしかならない』と言った方が適切だ。
世代を重ねて慣らしていない魔術刻印とは純粋に異物に過ぎず、拒絶反応によって激しい苦痛を伴うだろう。それが複数ともなれば尚更だ。
『ああ……痛いか? 心配するな、死に至ることはない。そうなるように調整した。お前は俺の大事な"聖杯"だからな。万が一にも失うわけにはいかない』
苦悶の叫び声を上げる赤子に、しかし男は一切頓着していない。
ぼくを見る男の眼はモルモットを観察する研究者のように無機質だった。
『俺の願いはひとつだ。ただ、お前が俺から奪ったものを返すだけでいい。
────お前が殺した、俺の最愛の人を』
* * *
「…………見覚えのある天井だ」
目が覚めると豪華な装飾が施された天井が目に映った。ここは千代女とぼくに割り当てられたアインツベルン城の一室だ。
体を起こそうとして、走る痛みに顔を顰める。
衣服をまくると脇腹と右腿に包帯が巻かれていた。
「命が惜しいのなら、下手に動かないことです。体組織の代用物を錬成することで傷は塞ぎましたが、この方法は人間に使うには適していません。安静にしていないと傷口が開きますよ」
横から聞こえてきた声にビクリと肩が跳ねる。
見れば、そこに居たのは頭からつま先まで真っ白な不審者────否、メイドである。
「……セラ。これはきみがやってくれたの?」
体の包帯を指差して尋ねる。するとセラは「分かりきったことを聞くな」と言わんばかりに顰めっ面を作った。
「他に誰がいるのです。……私とて甚だ不本意ですが、お嬢様は貴方を従者と認められました。
いわば貴方はお嬢様の所有物であり、財産です。それが失われるというのに、私が傍観を選ぶわけがありません」
その答えはぼくにとって予想外のものだった。セラはぼくたちが嫌いだというのは変わらないが、自身の責務ゆえにぼくたちを見捨てなかったと言っているのだ。
それは好悪のみで行動を決定するぼくの幼稚な価値観からして、新鮮な考え方で。何よりも己の役割に従順なその在り方は、人間では真似できない純粋さがある。
セラへの苦手意識が少し薄れた気がした。
ただ、セラはそんなぼくの心情の変化などカケラも興味を示さず、アインツベンの土地に無断で足を踏み入れた襲撃者の男のことへと話を変えた。
「それで、何があったのです? いくらアサシンが最弱のサーヴァントとはいえ、人間如きに遅れは取らないでしょう。敵はサーヴァントだったのですか?」
「……わからない。千代女は人間だって言ってたけど」
そうして思い返すのは黄金の男の姿。交わした言葉は少ないが、ほんの数瞬の邂逅でもその性質は察せられた。それ即ち傲岸不遜、自分以外の人の価値を等しく塵以下と断定する絶対者だ。
暴虐ではあるが、輝かしい王の気配を感じさせた。あのようなカリスマを持つ存在が現代の人間であるとは思えなかった。
加えて、
「……アレは、人が振るっていい力じゃなかった」
空間に開く無数の波紋、そこから射出された剣、槍、矢、斧……それら全てが桁違いの神秘を内包していた。まだ日は浅いが、千代女に神秘の術について教授されたから分かる。アレらは断じて魔術などでは無い。おそらく、アレらは、その全てが────宝具だった。
「ありえません」
セラはぼくの考えを戯言と切り捨てる。
「宝具というのは通常、英霊一騎に対して一つです。神話に名高い大英霊であれば、複数所持することもありえますが、それでも片手の指の数を超えることはないでしょう。
仮にその侵入者が人間に擬態したサーヴァントだったとしても、数十の宝具の操演など不可能です」
「……でも、ぼくは実際にそれを見た。自己強制の制約でぼくがきみたちに嘘がつけないのは知ってるでしょ」
「嘘を言っていないから何だというのです。たかだか二、三日魔術の手解きを受けた程度の素人の見解など当てになるものですか」
これ以上ぼくと話をしても無駄だと思ったのか、セラはため息をして、立ち上がる。
「……詳しい話はお嬢様がお戻りになった後にしましょう。その頃にはアサシンも話ができるくらいには回復しているはずです」
それだけ言い残してセラは部屋から出ていった。
重傷を負った子どもに対して随分とまあ、冷たい態度であった。
「…………やっぱり、苦手」
そう独りごちて、ぼくは再び眠りについた。