美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み   作:角が二本

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第十四話 運命の夜

 

 その日の夜、衛宮遊喜の兄────衛宮士郎は行方不明となった弟を探すため、円蔵山に足を運んでいた。

 捜索を始めてから四日目、彼は弟の影すら掴めていなかった。

 

「………くそ」

 

 もう十九時になる。そろそろ家に戻らないといけない。

 一度、夕飯も摂らずに徹夜で探し回った時もあったが、その時は桜たちに半ば無理矢理に休息を取らされた。それでは返って捜索できる時間が減ってしまうために、いつもなら彼はこの時間帯には大人しく家に帰っている。

 

「一体、どこに行っちまったんだ……」

 

 だが、もう弟が行方不明になってからかなりの時間が経っている。繰り返すが四日だ。

 士郎が嫌な想像を思い浮かべてしまうことも多くなった。

 

「……もう少し探してもいいか、零観さんに訊いてみるか」

 

 だから今日の捜索は少しだけ続行することにした。頭の中で自分を心配する後輩と姉貴分の女性に手のひらを合わせて、彼は柳洞寺の山門に向かう。

 

────……

 

「………?」

 

 その、最中。彼は物音を聞き取った。

 人の話し声や虫・獣の鳴き声では無い。金属がぶつかり合う甲高い音だ。

 

「これは、山門から……?」

 

 この時間に、それも友人の家のすぐ前で不穏な空気を感じた彼は、真偽を確かめるべくその場所へと進んでしまった。

 

 そして山門に辿り着く。人影はない。しかし、山門の奥の境内から絶えず鋭い衝突音が鳴り響いている。それは近づくほどに大きく、より勢いを増して聞こえてきた。

 張り詰めた空間に彼はようやく理解する。この先で行われているのは命の奪い合いであるということを。

 

「馬鹿馬鹿しい。何考えてんだ、俺……」

 

 頭の中で浮かんだイメージを苦笑で否定して、さらに足を進める。

 

 ────この時、本能が危険を察知していたのか、隠れながら奥の様子を伺おうとしていたことに彼が気づいていれば、この非日常に足を踏み入れることはなかっただろう。

 

 山門の柱に寄り添って、より近くから音の発信源を彼は見てしまった。

 

「────フッ!」

「オラァ!」

 

 そこにいたのは二人の男だ。長刀を振るう和装の男と朱い槍を薙ぐ青い男が狂気をぶつけ合っていた。

 

 時代錯誤も甚だしい殺し合い。しかし、男たちの動きは視覚で追えない超常的なもので、これがチャンバラの類ではないのだと彼は理解した。

 

 そして判った。アレらは人間ではない。人間の皮を被っているだけで中身は力そのものとも言える別の何かだと。

 

「────はッ、」

 

 息が詰まる。包丁や銃器よりもなお鮮烈な脅威を彼はアレらに抱いている。

 関わってはならないと本能が警鐘を鳴らしている。だというのに、彼の体は麻痺して動かない。

 

 

 

 ……やがて、音が止んだ。

 

 二人の男は距離を取り、向かい合って立ち止まる。

 殺し合いが終わったのかと彼は胸を撫で下ろした。

 

 ────その瞬間、いっそう強い殺気が境内に充満した。

 男の持つ槍に周囲の魔力が収束する。魔力の収束、それ自体は珍しい現象じゃない。一定以上の実力ある魔術師であれば誰でもできる。

 だが、青い男のそれは規模が違う。魔術師が集められる(魔力)をバスタブとするなら、男は湖だ。

 

 ………死ぬ。

 次に繰り出される攻撃がどんなものなのか彼には判らない。だがあれだけの魔力を解き放てば戦車だって貫けるだろう。明らかに人間に向けるには過剰な破壊力だ。このままではあの長刀使いは命を落とす。

 

 目の前で人が死ぬ。そんな結末は士郎にとって許容できないものだった。

 

 だから、

 

「やめろ!」

 

 見つかれば自分が危険に晒されると判っていても、声を上げられずにはいられなかった。

 男たちが弾かれるように士郎の方角を見た。

 彼らの顔に様々な感情が浮かんでは消えていく。

 

 驚愕、困惑、そして最後には殺意。

 青い男が放つ、見てはならないものを見てしまった目撃者への殺意だ。

 男の体が沈み込む。獲物に飛びかかろうとする肉食獣のように。

 この瞬間に彼の標的は衛宮士郎に変わったのだ。

 

「────っ!!」

 

 足は勝手に走り出した。死を回避するために体の全てを逃走することに注ぎ込んだ。

 即座に石段を外れ、木々の中へと入る。化け物じみた身体能力を持つ相手に直線的に逃げてはすぐに追いつかれると彼の頭は判断した。

 

 傾斜に沿って、転がり落ちるように走ればやがて出口が見えてきた。山道に続く道路、運がいいことに衛宮士郎の家の近くにたどり着いたらしい。

 背後を振り返る。青い男の姿はない。

 それでもまだ安心はできなかった。

 

「────ハァ、ハア────ハァ」

 

 限界以上に走り続け、武家屋敷に到着した。叩きつけるように引き戸を閉めて鍵をかける。そこでやっと一息つくことができた。走りづめだった心臓が軋む。顎を上げて大きく息を吸った。

 そうしてようやく助かったのだと彼は実感した。

 

 しばらく呼吸を整えて、落ち着いた頃に立ち上がる。冬の冷たく乾燥した空気を吸い込んだからか喉が痛い。

 水を飲むためにリビングに入った。

 

「…………ふう」

 

 どすんと床に腰をおろす。

 そのまま床に寝転がりいまだに浅く鼓動する胸を抑えつけて落ち着かせる。

 

「何だったんだ、アレ……」

 

 冷静になった頭で先ほどの光景を思い返す。

 夜の境内で人間の姿をした何かが争っていた。

 明らかに科学から離れたもの。魔術師である衛宮士郎には判る。アレらは神秘に属する現象であったと。

 見た目は人であったがアレらは魔力の塊のようにも見えた。

 

 幽霊の類だろうか。

 だが実体を持ち、現世に物理的な影響を及ぼす幽霊など聞いたことがない。しかもアレらには武器を持ち、技をみせる知性があった。自分の意思があるってことは、ますます幽霊とは思えない。

 

「いや、そんなことはどうでもいい」

 

 重要なのはあんな化け物が自分の街で殺し合いなんてことをしていることだ。

 ここ数日で街で起こった不吉な出来事を思い出す。

 

 ………新都で相次ぐ行方不明者。

 ………近所の家に押し入った強盗殺人者。

 ………そして、いなくなった弟。

 

 もしも、これらが先ほど邂逅した者たちによって引き起こされたものだったとしたら。

 

「………遊喜」

 

 そうだ。あの日、弟も柳洞寺にいた。そして自分と同じように奴らの殺し合いを目撃してしまったのではないか?

 士郎に殺意を向けてきたあの青い男。子どもの足であれから逃げ切れるとは思えない。

 だとすれば、遊喜はすでに……

 

「馬鹿、そんなわけあるかっ」

 

 頭に浮かんだ嫌な想像を振り払う。

 その直後、

 

「────!?」

 

 カラン、と屋敷の天井につけられている鐘がなった。ここは腐っても魔術師の家だ。敵意を持った侵入者がいれば警鐘がなる、そういう結界が張られている。

 このタイミングでそれが鳴ったということはつまり、

 

「振り切れてなかったってことか、クソッ」

 

 おそらく侵入者はあの青い男だ。

 ……屋敷は静まり返っている。物音ひとつしない闇の中、確かにあの境内で感じた殺気が近づいてくる。

 ごくりと唾を飲み込む。背筋に針の先を当てられているようだ。この部屋から出れば即座に串刺しされると士郎は直感した。

 

「……いいぜ。やってやろうじゃないか」

 

 窮鼠猫を噛む、とでも言うべきか。絶対的にどうしようもない状況にむしろ士郎の腹は据わった。

 台所からフライパンを取り出し、『強化』の魔術をかける。

 

「─── 同調(トレース)開始(オン)

 

 紙ですら鉄以上の強度にする効果が、鉄以上の硬さを持つステンレスのフライパンにかけられたのだ。即席の盾としては十分だろう。

 

「巧く、いった」

 

 普段はまともに成功しない魔術が土壇場で成功したことに安堵する。

 これで最低限の武器は準備した。あとは相手の出方を待つだけだ。

 

 両手でフライパンを握りしめて居間の只中に立つ。勿論、これだけで化け物に対抗できるとは考えていない。これは土蔵に向かうまでのツナギだ。土蔵にさえ辿り着けば、切嗣が残したアレ(・・)がある。ともすれば、あの男を討ち果たせるかもしれない。

 

 来るならきやがれ、と士郎は内心で吠えて身構える。

 その瞬間、

 

 ゾクンと背筋が総毛立った。

 

 ミシリと微かに天井が軋む音がして、瞬間、天井を突き破って現れた穂先が一直線に士郎に向けて落下した。

 

「なっ!? こ、のぉッ!!」

 

 転がるように前に身を躱す。

 たん、という軽い着地音。

 立ち上がり、その方向を見る。

 予想通り、そこにいたのはあの青い男だった。

 

「……はあ、余計な手間を。見えていれば怖かろうと、オレなりの配慮だったんだがな」

 

 ソイツは気怠げに槍を肩に担ぐ。

 目の前の男には境内で戦っていた時ほどの覇気はなかった。それは多分、相手が衛宮士郎という人間だからだ。男は衛宮士郎を侮っている。

 ならば、この化け物を出し抜くこともできるか……?

 

 じり、と半歩後退る。中庭まで後三メートルほど。庭に出てしまえば土蔵までは約二十メートル。フライパンを盾にして、男の槍を防ぎながらあそこまで走る、そう決めて足を動かそうとした───

 

 その時にはもう、士郎の体は窓を突き破って庭の宙を舞っていた。

 

「…………ぁ………?」

 

 ぐしゃり、と無様に地面へと不時着する。酷い筋肉痛でも起こしたかのように両腕が痙攣している。手に持つフライパンはべっこりと凹んでいた。

 

 それは一瞬の出来事だった。あまりに無造作に、反応する間も無く男の槍が突き出されたのだ。

 本来ならば、士郎はそれで死んでいただろう。それを阻んだのは急造の盾だ。

 

「ほう。その貧相な盾ごと貫くつもりだったんだが、存外硬いな。いや、微弱だが魔力を感じるな……オマエが何か手を加えて頑丈にしたのか? 変わった芸風じゃねぇか、おい」

 

 男の顔から表情が消える。それは油断を捨て、本気で殺すという意思表示だ。

 それを見て衛宮士郎は理解した。次はもうない。次、槍撃が繰り出されれば自分は死ぬのだと。

 

「ッ……!」

 

 起き上がりざまに役立たずとなった盾を男に投げつけて走る。

 だが、この悪鬼を前にしてはその行動はあまりに無意味だった。

 

「───飛べ」

 

 瞬間移動でもしたのか。瞬きの間に士郎の背後に立った男は士郎の体を小石のように蹴飛ばした。

 

「がアッ……!?」

 

 二十メートル先の土蔵の壁に叩きつけられる。血液混じりの痰を吐く士郎に男は悠然と歩み寄ってくる。

 

「はあ……はぁ、く……!」

 

 胸の中がぐしゃぐしゃになったと錯覚するほどの激痛が士郎を襲っている。蹲っていたいが、男の存在を考えればそうしていることはできなかった。

 

 士郎は動かない体に喝を入れて、四つん這いとなり、何とか土蔵の中に潜り込む。

 そこへ、

 

「そら、こいつで終いだ───!」

 

 避けようのない必殺の槍が放たれた。

 

同調(トレース)開始(オン)───!」

 

 盾は既に捨てた。故に士郎は今度はシャツに魔力を流し、急造の鎧とする。

 

「ぬっ!?」

 

 ゴン、胸をハンマーで打ち付けられたような衝撃が走る。シャツでは強化した所で余りにも強度不足だったのだ。体に穴が開くことは防げたが、衝撃はそのまま体内に伝わり、バキボキと嫌な音を立てながら士郎は壁際まで吹き飛ばされた。

 

「ぁ、……づ……ッ!」

 

 床に尻餅をついて止まりそうな心臓に喝を入れる。

 足元に切嗣が残してくれたいざという時のための切り札(・・・)が転がっていた。

 それを掴もうと手を伸ばす───その時にはもう、

 

「詰めだ。ま、わりと粘ったな、坊主」

 

 目前には槍を突き出した男の姿があった。

 その穂先は士郎の胸の上にピタリと添えられている。それは、次の瞬間には彼の皮膚を破り、肉をくぐり、肋を折って心臓を貫くだろう。

 

 迫る死の予感に走馬灯がよぎる。

 

『ああ……! 生きてる……生きてる……!』

 

 それはかつて自分を救った養父の姿。

 

『ねぇ……にいは、しなないでね……』

 

 それはかつて泣いていた弟の姿。

 

 

 

 その記憶が、衛宮士郎を奮い立たせた。

 自分はまだ、助けられた者としての義務も、兄としても責務も果たせてはいないのだと。

 

「そうだ。俺は死ねない。こんな所で意味もなく、平気で人を殺す───お前みたいなヤツに───!」

 

 殺されてやるものか、と士郎は叫んだ。

 

 

 

 ───その瞬間、眩い光が土蔵を包んだ。

 

「なんだと……ッ!?」

 

 ついで疾る風の刃が青い男を土蔵の外へと弾き飛ばす。

 

「本気か、七人目のサーヴァントだと……!?」

 

 警戒する男を体で威嚇して、それは───少女は静かに士郎に振り返った。

 

 扉から差し込む月明かりが少女を照らす。金砂の髪に蒼い瞳を持ち、白銀の鎧を身に纏う、言葉を失うほど美しい騎士の少女。

 

 彼女は呆然と座り込む士郎を何の感情もなく見据えた後。

 

「───問おう。貴方が、私のマスターか」

 

 凛とした声で、そう言った。

 

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