美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
『シロウ。キャスターの話を真に受けてはいけません。ユウキを襲ったのは彼女なのかもしれない』
『……だとしたら、遊喜を直接人質にして俺たちを従わせるだろ。バーサーカーが攫ったなんて嘘をついて同盟を結ぶなんて回りくどい方法を取る必要なんてない』
『ですが、彼女の話はあまりに信憑性に欠けています。そもそも、なぜバーサーカーがユウキを拐かすのですか。聖杯戦争に無関係な一般人に、どんな理由があって、そんなことをするのです』
『……アイツが怪しいっていうのは俺も判ってる。それでも今、遊喜の手掛かりはこれしか無いんだ。行かせてくれ、セイバー』
『………………』
結局、衛宮士郎はキャスターの術中に嵌った。
弟の安否を人質に取られ、対バーサーカー同盟に協力せざる得なくなったのだ。
そして今、士郎はキャスターのもう片方の同盟相手に対面していた。
先日の青い槍兵と自身のサーヴァントであるセイバー、遠坂凛のアーチャー、今日のキャスターに続き五騎目のサーヴァントとの邂逅である。
新都のカフェテリア。その指定された席にいけば、そこには一人の女と男がいた。
紫陽花の長髪の妖艶な美女だ。バイザーで視界を閉じた奇妙な格好をしている。
そして、そのマスターの────青髪の少年。
士郎は彼のことを知っている。
「慎二……おまえ、マスターだったのか」
彼は間桐桜の兄であり、以前、士郎が所属していた弓道部の副部長でもある。優秀で、鼻持ちならないが中学の頃から交友を結んでいる衛宮士郎の友人の一人だ。
その男、間桐慎二は動揺する士郎とは正反対に、まるで士郎がマスターであることを知っていたような余裕のある態度で、軽薄な笑みを浮かべて士郎を迎え入れた。
「やあ、奇遇だね、衛宮。君もキャスターに誘われたのかい? まったく、アイツも見る目がないよね。そんな弱そうなサーヴァントを仲間にしようなんてさ」
こちらを小馬鹿にするような慎二に、セイバーはまなじりを細めて何か言い返そうとする。内心でセイバーに謝りながらそれを手で制して、士郎は言った。
「そうか、期待に沿えなくて悪い。でも、俺の方は慎二の助けが必要なんだ。少しだけでいいから話を聞いてくれないか」
ライダーのマスターが慎二であることには驚いたが、それは一旦脇に置いた。
同盟自体に価値を感じていない様子の慎二に、士郎は殊勝に懇願する。
実際に慎二とそのサーヴァントにバーサーカーを倒す実力があるのかは判らないが、正面から戦う行為自体が遊喜を危険に晒す。
今日、士郎がこの場を設けた目的はそれをさせないためだ。
「実は────遊喜がバーサーカーのマスターに攫われたんだ」
「へぇ。あの生意気なガキが? 傑作じゃないか」
「………。慎二とライダーもアイツを救出するのに協力してほしい」
「ふーん?」
優越感を隠そうともしない。慎二は形だけは優雅な所作でテーブルの紅茶を飲むが、その口には卑しい笑みが浮かんでいた。
「ま、いいよ。衛宮と僕の仲だ、手伝ってやろうじゃないか」
「………本当か? ありがとう、助かる」
間桐慎二という友人と弟はあまり仲が良くない。
それだけに慎二の応えは士郎にとって予想外なものであったが、説得が簡単に済んだのなら、それに越したことはない。
士郎は率直に礼を言って頭を下げ────
「でもさ、衛宮。人にものを頼むんなら、相応の姿勢ってもんがあるだろ。
────土下座しろよ。誠意を見せたら僕も協力してやるさ」
その言葉が場を一触即発の空気に変えた。
「……シロウ。私は矢張り同盟など反対です。このような輩に助力を乞う必要などない。私一人でも貴方の弟を奪還して見せます」
澄んだ声音に憤りをにじませてセイバーが言う。王として多くの人間を知る彼女は僅かな会話で間桐慎二という男の気性を理解していた。つまり彼は、己が優れているという根拠のないプライドと全能感を持ち、それゆえに他者を軽んじて蔑ろにすることも厭わない性根の捻じれた小人であるのだと。
いつ自分たちを裏切っても、あるいは捨て駒にしてもおかしくない。それならばまだ、単独でヘラクレスと戦う方が無難だ。そう主張するセイバーを女の声が鼻で嗤う。
「なるほど、つまり自身の私的な感情でマスターの方針に異を立てると………最優のサーヴァントが訊いて呆れますね」
士郎たちの視線が声の主に向かう。
声の主は、これまで無言を貫いていたもう一騎のサーヴァント……ライダーであった。
「ライダー……ならば貴様はマスターに諂うばかりの傀儡か? マスターであるならいかなる蛮行も見逃すと? 貴様には、英霊としての誇りは、」
「くだらない」
セイバーの糾弾を彼女は切って捨てる。
「誇りを抱いて何の意味があるというのです。私達は死者、本来はいないはずの存在。気高くあっても誰に賞賛されるわけでもないというのに、無駄な努力だとは思わないのですか」
「……さもしいな。誇りというものは他者に讃えられるためにあるのではない。自らを律するためにある。どうやら貴様はそれすらできない獣らしいが」
睨み合う両者。高まる敵意は収まることなく、放置すればこのまま殺し合いに移行するだろう。
慎二はそれを愉快そうに眺めている。仲裁するつもりはないらしい。
士郎はその場で膝をおり、頭を地面に擦り付けた。
「な、シロウ……!?」
「セイバー、退がっててくれ」
自分とセイバーは対等だ。だが、対外的には自分はマスター。謙った態度はセイバーの尊厳も貶める。そう判っていても士郎の行動に躊躇いはなかった。
「慎二。この通りだ。力を貸してくれ」
弟を助けるためならなんでもする────言葉にせずとも声音にその覚悟の重みをのせて、士郎は言う。
鬼気迫る士郎に気押されたのか。慎二は呆気に取られて間の抜けた顔を晒し、
「そ、そこまで言うんならしょうがないな、手を貸してやろうじゃないか。せいぜい感謝しなよ、衛宮」
* * *
「準備はいいかしら、坊や」
「ああ、やってくれ」
キャスターが呪文を唱える。それは圧縮された神代の祈り。冥府の女神ヘカテーから隠れ兜を借り受けるための魔術。
「一応、作戦の流れを確認するわよ。よろしくって?」
士郎は静かに頷いた。
「先ずは貴方が"姿隠し"の魔術で城内に侵入、捕虜である弟を救出する。さっきも説明したけれど、セイバーの同行は許可できないわ。これで誤魔化せるのは城の結界まで、アサシンの気配遮断のようにサーヴァントの気配まで隠すことはできない。道中は、支給した魔術礼装を上手く使って切り抜けなさい」
士郎は手持ちの礼装を確認する。太陽の日差しのように白く輝く宝石、古めかしい手鏡、小瓶に入った霊薬……その他諸々、効果と使用法は記憶できている。多分。
「上手くいけば、後は私達に任せてちょうだい。いくらヘラクレスでも三騎の英霊からマスターを守るのは至難よ。ライダーとセイバーが彼を抑えている間に私がマスターを仕留めるわ」
「判った」
アインツベンの城を見上げる。
キャスターが嘘をついていないなら、ここに弟がいる。
士郎は拳を固く握りしめた。
「"
キャスターが魔術をかけ終わる。
すると士郎の姿は黒い闇に包まれ、のっぺらぼうの影法師になった。
「うわ、凄いなコレ。でも真っ黒だと外から見て目立たないか……?」
「本人以外には透明に見えるから問題ないわ」
キャスターはそう言うが、黒い影にしか見えない。士郎はセイバーに確認する。
「セイバー、どうだ?」
「……視覚だけでなく魔力による感知も完全に遮断しています。これならば城に潜入できるでしょう」
「魔術礼装に加工すればサーヴァントの気配も隠蔽できるのだけどね。それを造るには素材が足りないのよ」
肩を竦めるキャスター。その顔には呆れたような、感心したような、絶妙な表情が浮かんでいる。
「ところで、本当に行くのかしら、坊や。魔術師に囚われた人間なんて基本的にろくでもない末路を迎えているものよ? 何かの儀式の生贄にされていたり、生きたまま道具にされたりね。率直に言って死んでいる可能性の方が高いし、生きていたとしても"生きているだけ"かもしれないわよ」
キャスターからすれば望みの薄いことに命を賭けていることになる。魔術師としての冷徹さを持つ彼女はそれを愚かな選択だと思っていた。
仮に士郎が失敗したとしても、自分がセイバーのマスターになればいいだけ。自分に不利益が無いから協力はしてやるといったスタンスであった。
「どんな状態になってたって助けない理由にはならないだろ。
…………もし殺されていたとしても、せめて遺体だけでも持ち帰って弔ってやりたい」
「………そう」
ただ、そういう魔術師としての自分とは別に、かつて王女であり、弟を持つ一人の姉であった自分はこの少年の想いを肯定した。
命懸けで弟を救おうとする兄。実に尊い兄弟愛ではないか。
恋に狂い、弟を八つ裂きにした魔女と比べれば、余程正しい在り方をしている。