美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
「うわあぁあッ!? な、何事!?」
おそらく遊喜の人生において、藤村の肘鉄の次に劇的な目覚めがその日もたらされた。
稲妻、地鳴り、竜巻……これらの事象が同時に起きたと錯覚する程の衝撃波が彼の鼓膜に直撃したのだ。
自室の寝台の上で療養に努めていた遊喜は、カーペットに転がり落ち、痛みに呻く。
部屋は随分と風通しが良くなっていた。窓側の壁は崩壊して外の森の景色がよく見え、扉は蝶番から外れて倒れ込み、床は一部陥没し、見上げた天井のシャンデリアは今にも落下してきそうで────
「ってあぶない!」
間一髪で横に転がり、落下する凶器を回避する。
バリン、と高い音を立ててシャンデリアは散らばった。
「もう……最近こんなのばっか……」
聖杯戦争に巻き込まれてこの頃、我が身を襲う災難の数々を嘆き、うんざりだと遊喜は溜め息をついた。だがすぐに今更だと思い直す。
ここ数日で理不尽は何度も経験した。人間とは適応する生き物だ。事ここに至って、遊喜は切り替えることを覚えていた。
「またサーヴァントの襲撃か?」
状況から推察できる尤も現実味のある可能性を思い浮かべる。
魔術的にも物理的にも頑強なこの城を僅かな時間でここまで破壊し尽くせる存在など他に思い当たらない。
ならばそのサーヴァントとは誰だ。
遊喜の脳裏に過ぎったのは黄金に輝く絶対者の姿だった。
「────ッ!」
気づいた時には遊喜は走り出していた。
部屋を出て、向かう先は千代女の所だ。イリヤと一緒にあの黄金に対抗するなら、サーヴァントの存在は不可欠。
「別にッ、バーサーカーの力を、疑ってるわけじゃない、けどッ!」
イリヤから聞いている。一日に回復できるライフストックは二つ。ランサーとの戦いで失ったストックは三つなので現在の貯蔵は十一、加えてランサーに対しては耐性を獲得している。そしてバーサーカーはまだ
例えランサー級の敵が二騎いたとしても問題なく対処できるだろう。
だが、それでもあの黄金は未知数だ。イリヤもセラたちも甘く見ていたが、遊喜と千代女はその脅威を身を以て知っている。
イリヤの身が危ないかもしれない。だから、早く千代女を見つけて助太刀に行かなければ、そう千代女を見つけて………千代女を────
「千代女ッ、どこいったの!?」
何処にも居ない。
自室、講堂やロビー……本当にどこにも影も形もない。契約のパスを辿ろうとしてもジャミングでもかけられたみたいにノイズが邪魔をする。
遊喜は一つの可能性に思い至り青褪めた。
「まさか……千代女はもう、あいつらの手に掛かってる………?」
* * *
同時刻、千代女は何時ぞやの地下牢の、冷たい石畳の上で寝転がっていた。
「……どうしてこうなった、で、ござる」
先刻、セイバーに吹き飛ばされた千代女は窓を突き破り、中庭に放り出された。そして運悪く地下牢に続く落とし穴にボッシュート……間抜けなことに、再びこの牢屋に隔離されたのである。
まあ、しかし……脱出自体は可能であると千代女は結論付けていた。
前にここに入れられた時は「宝具も霊体化も使えないから出られない」などと言った。
実際、この牢の細工は大したものだと思う。宝具と霊体化を封じるのもそうだが、この中ではサーヴァントのステータスは大幅に低下する。バーサーカーのように馬鹿げたスペックを持たない千代女は見た目通り、小娘並みの身体能力しか発揮できない。
「しかしそこはそれ。拙者は呪術使いでもあるわけでして。この様な縛りを解く事もできるのです」
そう。だからこの牢屋自体は問題にならない。問題があるとすればそれは────
「……先の侵入者、でござるな。彼が誠に
遊喜の兄と会った場合、本来なら、自分か遊喜が間に入って緩衝材になる手筈だった。それでイリヤを説得して士郎もアインツベルンの保護下に置いてもらう予定だったのだ。
しかしまさか、士郎がセイバーのマスターでアインツベルンの城に乗り込んでくるとは想定外であった。恐らくキャスターに唆されたのだろうが……このまま、もしも士郎とイリヤが遭遇すれば殺し合いになる。
高い確率で士郎がイリヤに殺される。
「急がなければ……」
* * *
「────シロウ! 無事ですか!」
「く……あぁ、俺は大丈夫だ。けど鏡が……」
同時刻、士郎はキャスターの魔術砲撃に巻き込まれていた。セイバーの対魔力があるとはいえ、キャスターは躊躇いなく城を壊すほどの大魔術に彼らを巻き込んだのだ。
結果として士郎は無事であったものの、弟を探すのに有用な魔術礼装である"グラウコスの鏡"が割れてしまった。
加えて────
「よくも………よくも我らアインツベルンの居城をこうまで壊してくれたものです」
「………ゆるさない」
アインツベルンの従者たちと接敵してしまっていた。
彼女たちは赤い眼に敵意を灯して士郎を睨みつけている。
胸の小さい方のメイドが口を開く。
「一応、お尋ねしておきましょうか。当家に如何なる御用向きでいらっしゃいましたか、お客様」
お客様、の部分にたっぷりと嫌味を乗せて彼女は言う。
士郎はその眼を睨み返す。
「家族を取り返しに来た。衛宮遊喜、この名前に聞き覚えはあるか」
セラは眼を細める。
「先日お嬢様が拾ってきたアレの家族……ということは貴方がエミヤシロウですか」
………人の弟を「アレ」と物のように呼ばれて士郎は苛立ち、そして敵が自分の名前を知っていたことに微かな希望を抱いた。
「ああ、そうだ。俺のことは遊喜から聞いたのか? アイツはまだ生きてるんだな?」
「いいえ? 貴方のことは元より存じておりました」
セラは士郎の
「………どういう、意味だ」
「そのままの意味ですよ。貴方はアインツベルンを裏切った衛宮切嗣の息子、当然調べはついています」
士郎の唇が戦慄く。
セラが仄めかした切嗣と彼女たちの関係。それには驚いたし気にもなるが、今はどうでもいい。
「違う! そんなこと聴いちゃいない! お前ら、遊喜をどうしたんだ!」
「アレはお嬢様の所有物です。生かすも殺すも、お嬢様の自由でしょう」
士郎はキャスターの言葉を思い出した。
『魔術師に囚われた人間なんて基本的にろくでもない末路を迎えているものよ? 何かの儀式の生贄にされていたり、生きたまま道具にされたりね。率直に言って死んでいる可能性の方が高いし、生きていたとしても"生きているだけ"かもしれないわよ』
「────お前らの主人の所に案内しろ。できないって言うんなら、道を譲れ」
「ニホンには"蛙の子は蛙"という諺があるそうですが、それは養父と養子の間にも適用される様ですね。
────礼儀を弁えない猿風情に、お嬢様を拝謁する権利などありません」
対話はそこで終わり。両者は断絶する。
セイバーが見えない剣を構え、リーゼリットがハルバートを持ち上げる。
対峙する両者の戦力差は明白だ。
リーゼリットにはサーヴァント相当の
一流の魔術師であるセラの支援がある故にバックアップでは優っているが対魔力を持つセイバーにはそれも有効打にはならないだろう。
この戦いはセラたちの敗北で幕を下ろす。
「────対霊呪層界"
「────っ!?」
アインツベルンは聖杯戦争という儀式を始めた御三家の一角であり、第一次から現在の第五次に至るまで、全ての戦争に参加してきた。
すなわち英霊との戦いを経験してきたノウハウがある。対霊加工とはそんな彼らが編み出した対英霊の切り札の一つだ。
遊喜が致命傷を負い、外敵への警戒を高めた彼女たちは
それがこの結界である。第四次において
セラは先のキャスターの砲撃で破損していたその術式を即席で補修し、起動したのだ。
彼女は慇懃無礼に一礼した。
「無論、修復には少々時間がかかりましたが……エミヤシロウ、貴方が私の話に付き合ってくださったおかげで十分に時間を稼げました。感謝いたします」
セイバーの霊基に呪術による負荷がかかる。まるで全身が鉛になったかの様に重くなった。
魔力不足で元々使うつもりのなかった宝具の封印はともかく、ステータスの低下はセイバーにとって致命的だった。
魔術師として未熟な衛宮士郎をマスターとしている弊害で、ただでさえスペックが落ちているのだ。今の彼女の身体能力では剣を持ち上げるのでやっとという有様だった。
「……大した魔術だ、ホムンクルス」
「かの騎士王にお褒めに預かり光栄ですね。返礼は苦痛無き斬首で返させていただきます。
────リーゼリット、やりなさい」
「
追い詰められた獲物にトドメを刺すためにリーゼリットが近づく。彼女が攻撃できる間合いに入れば、肩に担いだ鉄の塊は殺意と共に目の前の華奢な少女に振り下ろされるだろう。
「セイバー!」
共に戦うと誓った少女の危機。何かできるわけでもないのに、士郎は駆け出そうと体を前のめりにして………止まった。
肩越しに振り返るセイバーの眼差しがそれを押し留めた。
"大丈夫だ。私を信じてほしい"
そう声なき声で語る彼女の顔は穏やかであり、口元には莞爾として笑みすら浮かべていた。
士郎は………セイバーを信じた。
「これで、おしまい」
豪腕一閃。横薙ぎに斧部がセイバーの首に迫る。人外の膂力で繰り出された一撃は旋風すら伴っている。直撃すれば岩すら砕く威力は、人の肉などたちまち四散させるだろう。
セイバーは一歩後ろに下がる。それだけでハルバードは間合いから外れる。リーゼリットの攻撃は彼女の髪を一房散らしただけで終わった。
「……往生際が、わるい」
リーゼリットは上段からハルバードを振り下ろす。
セイバーは半身になってそれを躱した。今度は髪すら切り払えなかった。
「なんで、当たらない……?」
荒立ち、力任せに穂先を突き込む。
セイバーは、今度は躱しすらしなかった。ハルバードの柄に掌底を当て、自分の体の右斜め下に流す。重心を崩され、つんのめるリーゼリットの首に────一閃。
「かふ……っ?」
リーゼリットの首は半ばまで切断され、裂かれた首と口から鮮血が噴き出した。
セイバーは冷徹にその様子を眺め、
「仕留めきれていないな」
追撃の刃を振るった。
「リーゼリットッ!」
しかし間一髪でセラの援護が間に合う。彼女は左手の針金から盾を錬成して見えない剣を防ぎ、次いで右手の針金を操作してリーゼリットを巻き取り、自身の側に退避させた。
セラは体組織を錬成して彼女の首の傷を塞ぎながら叱咤する。
「何を手こずっているのです! 能力値は貴方の方が上回っているでしょう、だというのに何故────!」
「戦いは、力だけでは決まらない」
セイバーは静かに、教鞭をとるように厳かに言う。
「英雄にとっての要はむしろ技巧の方だ。我らが相対するは常に人間より上位にある超常の存在、力と力で鎬を削るなどあまりに愚か。技でもって力を制する、これが正道だ」
バーサーカーの怪力を受け流したランサーに比肩する技量をセイバーは兼ね備えていた。速さの差を観察で、力の差を精密さで補ったのだ。
重心の移動、視線の動き、筋肉の弛緩からリーゼリットの動きを予測し、一拍子早く動くことで回避を可能とし。
僅かな力でハルバードの軌道を逸らした。
「武練を極めし騎士は竜すら屠る。故に私が貴様らを斬るのに何ら不足はない。
判るか。この程度の策では私の命には全く届きはしないのだ。
だが、それでも我が首級を求めると言うのならば────死力を尽くして来るがいい」