美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
「正直、貴方には感謝しているわ。キャスター」
唐突に親しみすら感じさせる声音でイリヤはそう言った。
「………身に覚えがないのだけれど、何のことを言っているのかしら」
「この襲撃のことよ」
イリヤはそう言って驕慢に微笑む。
対してキャスターは怪訝そうに眉をひそめた。
この襲撃に感謝する?
この少女は何を言っているのか、城は崩れ、従者も含めて彼女たちは生命の危機に晒されている、キャスターたちの攻撃でイリヤが得るものなど無いだろうに。
だが、イリヤにしてみれば十分に利のある話だった。
何せ
徒党を組んでサーヴァントが攻めてきた?
それがなんだ。例え六騎全てのサーヴァントが組んだとしてもバーサーカーが勝つ。
少女は自身の従者が最強であると盲目的な信頼を抱いていた。
全ては予定調和。聖杯戦争の勝者は始めから自分であると決まっている、と。
イリヤにとって他のサーヴァントとの戦いは正しく作業に過ぎない。キャスターはその作業を格段に楽にしてくれた存在だった。
二騎も
ああ、本当にありがたい。
だから、甚振るような真似はしない。全力で殺してやろう。
「────やっちゃえ、バーサーカー」
歌うような少女の声に、巨人は大地を震わす咆哮でもって応えた。
「ッ! ライダー………!」
「……私が壁になります。貴方は援護に徹してください」
人外の脚力でもってミサイルとなり、突撃するバーサーカー。ライダーはそれを正面から迎え撃つ。
岩塊の斧剣を二本の鉄杭をクロスさせて受け止める。
辛うじて、受け止めることができた。
両腕から伝わる超重力。山が落ちてきたかとライダーは錯覚した。
全身の骨が軋み、筋繊維がプチプチと千切れていく音が聞こえる。
ライダーの体を支える脚がズン、と地面に沈み、大地を陥没させた。
「ふ、うぅ…………ハ、アァアッ!!」
全身の筋肉……否、全細胞を総動員し、渾身の力で斧剣を押し返す。
わずかに仰け反るバーサーカー。キャスターはその隙を逃すことなく、魔術によって攻撃する。
「燃え尽きなさい! "
頭上に掲げた掌に極小の太陽が生成される。不死の加護を突破し得る大魔術を、キャスターは一秒未満の詠唱で完成させたのだ。
狂気に曇った瞳の奥で、『相変わらず凄まじい魔術だ』とバーサーカーは彼女を称賛した。
まあ、この程度の攻撃で死ぬつもりはないが。
光と炎を放ちながら迫る球体。それをバーサーカーは回避しない。後ろには守るべき幼子がいるのだから。
ただ斧剣を振り上げ叩き斬る。
並の英霊であれば蛮勇であろうが、彼にとってはそれで十分に対処できる攻撃だ。
神話時代、彼はその腕力で太陽神を射落としている。
────今更、こんな火花如きに怯みはしない。
「■■■■■!!」
雷と雲が太陽を覆い隠すように、バーサーカーの斧剣は暴風雨となって魔女の火球を乱打し、散り散りにして消失させた。
キャスターたちに驚愕はない。彼女らにとっても今の攻防は軽いジャブのようなもの。本命はここからだ。
「出鱈目ですね。ならば、これはどうです……!」
ライダーが俊敏に駆け、巨人の周りをぐるりと一周して鎖で全身を縛り上げる。ついでキャスターに与えられた
「"
ダメ押しにキャスターが重力増加の魔法陣を足元に展開して拘束する。
天空の重圧、鎖の呪縛、死毒を持つ蛇………見事。見事だが、こんなモノは生前に、遥か過去に乗り越えている。
「■■ッ!」
バーサーカーは全身に、目一杯力を込める。それだけで筋肉の
そして重力の圧迫だが、これは対応するまでも無い。巨岩が肩に乗った程度の負荷だ。彼の認識において赤子から岩までは同じ重さの物体だった。
最後に水蛇だが、これは毒そのものは脅威ではある────しかし小さい。
斧剣を横に軽く振るっただけで三つ頭の水蛇は呆気なく粉々になった。
所詮は宝具擬きで召喚した不完全なヒュドラ。
冥界に繋がる霊地、レルネーの泉に棲息していた不死の水蛇と比べれば蟻と像の差だった。
一連の攻防、それを見て圧倒的な実力差を聡った慎二は叫ぶ。
「お、おい、何やってるんだキャスター。予定と違うじゃないか、さっさとライダーを強化しろ!」
そう、本来ならライダーは魔女の力によってステータスを上昇させ、バーサーカーとも渡り合えているはずだった。
それがこの体たらく。慎二が「キャスターはライダーの強化を忘れている」と考えるのは自然なことだ。
だが、それは冤罪というものである。
「生憎ね、坊や。私は既にライダーに魔術を使っているわ」
「はあ!? だったらなんであのバケモノに負けてるんだよ、おかしいじゃないか!」
確かにおかしな話だ。キャスターに強化された今のライダーは本来の実力に限りなく近い状態である。
それこそあのランサーと同等の力だ。先日の戦いを焼き直すのなら現時点で一つはストックを削られていても不思議では無い。
そうなっていないのは、単純な話、バーサーカーが前よりも強くなっているからだ。
ランサーとの戦いで彼は理性なき頭で判じたのだ。
"このままでは、
バーサーカーはあの日から戦い続けていた、自らを苛む
いつかあり得たかもしれない世界、閉ざされた最果ての海で友の為に狂気を超越し、絶技"
「……このままでは、拙い」
バーサーカーの内心は知らずとも、その現状を最も実感していたのはライダーだ。
なにせ尽く攻撃を捌かれるのだ。
────バーサーカーは其れを片手で防ぎ、前腕骨から踵骨へと衝撃を伝わせ、大地に逃すことで無傷で凌いだ。
黄金剣により召喚した魔猪、獅子、怪鳥、大蛇による四方包囲攻撃。
────彼はむしろ包囲を逆手に取り、ただ回避した。獅子の腹を魔猪の牙が貫き、獅子の爪か魔猪の頭蓋を割る。怪鳥の鉤爪が大蛇を両断し、大蛇の毒牙が怪鳥の首に刺さる。
生み出された魔獣たちは同士討ちによって自滅した。
見たモノを石に変える戒めの魔眼による睥睨。
────彼は自身の神性を活性化させ、発生した膨大な
「手がつけられなくなる────キャスター!」
「……この手札を切るつもりは無かったのだけれど、背に腹はかえられないわね」
キャスターは懐からパラノス式錠型の金属板を取り出した。
悍ましい神秘がそこに宿っている。その濃度は宝具にも匹敵するほどだ。
否、事実、彼女にとってこれは自身の宝具以上に信頼のおける奥の手であった。
『亡霊の女王、道を繋ぐ者、月光の慈母よ………』
キャスターが、一秒で現代の魔術師の最高打点を出力する高き魔女が、長大な神言の詠唱を始める。
それは"灰の花嫁"を超える大禁忌、世界を上書きする奇跡の前触れに他ならない。
「■■■■■────!」
バーサーカーは瞬時にその脅威を察した。キャスターの魔術を阻止するため、彼女に向かって駆ける。
「………させません」
しかしライダーが両者の間に立ち塞がり、時間を稼ぐ。
忸怩たる思いで末裔である魔獣たちを肉の盾として彼を食い止めた。
『……我が女神、三重なるヘカテーよ』
金属板の先端で空間が捻じ曲がる。彼女たちの周囲にモザイクのような空間の歪みが浮かんでは消えていく。
『その智慧をこの鍵に賜り解き明かし、地と月の境界へ導く灯火となりて、無知矮小なる我らを救いたまえ。
────"
瞬間。極光が彼女たちを包み込んだ。
* * *
気づけば、彼女たちは見知らぬ場所にいた。
おそらく転移ではない。何故ならこんな場所が現実に存在しているはずがないからだ。
スーパームーンなどより遥かに巨大な月。宙には星ひとつなく、踏み締める足元は水面で地の果てまで一直線を描いている。宙に浮かぶ月と水面に映る月の対比が美しく、幻想的な世界。
イリヤは魔術師としての知識からこの現象の名を見つけた。
「これは……固有結界?」
「似て非なるものよ、お嬢さん」
大いなる月光を背にしたキャスターが頭上から囁く。ライダーと煩い小蝿の姿はない。
まさか一対一で戦う気か?
キャスターはそこまで愚かだったのだろうかとイリヤは首をひねる。
そんな少女を置いてキャスターは言葉を続けた。
「ここは私が意図的に創造した鏡面界……連なる世界の狭間にある異空間。不安定ゆえに永くは在り得ないけれど、魔術師にとって最高の武器庫よ。なにせ、無制限に魔力を供給できるのだから」
キャスターが神言を唱える。同時に思考を極限まで分割する。
宙に無数の魔法陣が展開された。
片手の指の数を超え、両手の指の数を超え、三十を超え、六十を超え、やがて魔術の砲塔の数は百に達した。
「さあ、そろそろ理解したでしょう? この空間において私は無敵の存在よ。いくらヘラクレスであっても敵いはしない。
……どうかしら、大人しく降伏し、道具として使われると言うのなら、慈悲をあげても良いのだけれど」
でなければ、この小さな世界ごと焼き払うぞと魔女は力を誇示する。
イリヤの返答は決まっていた。
「バーサーカー……───……勝ちなさい」
彼女は己の従者の背に願いを託す。そこには、ただ絶大な信頼だけがあった。
「────」
狂戦士ゆえに彼は応える言葉を持たない。よって斧剣を静かに構え直すことで自らの意思を示した。
「……そう。少しは利口なのだと思っていたけれど、過大評価だったみたいね」
百の魔法陣が帯電する。淡紫の魔力が光の粒子となって陣の中心に集まり、灼熱と化す。
五つの魔法陣でアインツベンの城を破壊したソレが百の魔法陣で放たれればもはや一つの都市すら更地にするのではないかと、イリヤは初めて魔女に畏怖を抱いた。
「百門壊砲───"
それはもはや攻撃では無かった。
人間の
百の魔法陣から星の雨が降り注ぐ。美しく殺意に満ちた流星群である。
ここが地球であれば、星の大気が盾となって流星を防いだだろう。
だが、ここは魔女が創造した月と地球の境目、当然に星の加護はなく、あらゆる生命は蹂躙される以外の末路を持たない。
───ならば、この男もそうだろうか?
「───オ■、」
斧剣に全霊の神気を充填する。
「───オ■■ッ、」
握り込む
「───雄■■■ォオオオッ!!!」
冴えた心に武の術理を呼び覚ます───!
「"───
かくて、神話が蘇る。
その宝具は、九つの首の蛇竜───百に再生した首となったかの蛇竜ヒュドラを打ち滅ぼした偉業の具現であり、不死を鏖殺する絶技であった。
ご覧に入れよう、我がマスター。
不死を滅ぼし、山を砕き、星を堕とし、神を下した力の極致。ひとつの世界の頂点に立った英雄の勇姿を───!
音速を超越し、神速に至った斧剣が流星の一つを斬る。
止まらない、さらに加速した斧剣がその次に飛来した星を斬る。そして次はそれ以上に速く星を斬る。
斬る。斬る。斬る。斬る。
斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る───
───
───
───
───そして、全ての砲弾を撃ち尽くした頃。
「馬鹿な……! あり得ない………!」
崩れゆく鏡面界で、キャスターはヒステリックに喚いていた。
結論から言えば、彼女はヘラクレスの命脈を奪うことはできず、それどころか傷一つ付けられなかった。むしろ彼のマスターを脅かしたことで彼の奥義を開眼させ、更に強くしてしまった。
ふざけるな、とキャスターが憤るのも無理はない話だ。ここにライダーがいれば心の底から同情しただろう。
最も、バーサーカーの主である少女にそんな慈悲はないが。
「終わりね、トドメを刺しなさい、バーサーカー」
その一言が終わる時には、すでにバーサーカーは魔女の眼前に迫っていた。斧剣が一閃され、魔女の体は肩から腰にかけて右斜に両断された。
* * *
光が瞬き、ライダーたちの前にバーサーカーたちは帰還しる。
そしてこの戦いの勝敗を残酷なまでに明らかにした。
「……キャスターは、負けたのですか」
「ええ、無様にね。そして次はあなた達の番」
そう、最初から勝敗など決まっていた。バーサーカーは数の利など意にも介さない。例え災害の如き力を持つサーヴァントが敵となっても、更なる理不尽と化してこれを打ち破るのがヘラクレスという神すら恐れぬ大英雄の在り方だった。
最初から判っていた。ライダーは諦観とともに脱力する。
「なっ……!? ふ、ふざけるな! 僕が死ぬだって!? 勝手に決めるなよこのクソガキ……! 来い、ライダー! 僕を守れ! 早くしろ、この木偶の坊ッ!」
隣の慎二が何か喚いているがそれも無視する。己の役目はもはや終わった。
追い詰められた獣の姿にイリヤは嗜虐の眼差しを向ける。
────その背後で男は幽鬼のようにゆらめいた。
キャスターもライダーも、大英雄ヘラクレスを過小評価などしていない。自分たちでは彼には勝てないと知っている。だから狙うのはそのマスターだ。
バーサーカーは万策尽きた敵を介錯するため、ライダーたちに歩み寄っている。
────アサシンよりもなお矮小なそれは、それ故に超人の意識の隙間を抜けることができた。
初めから気持ちの良い勝利をくれてやることは決めていた。
だってその時が最も油断するだろう?
もはや少女を護るものは何も無い。
────後はもう、この手で彼女の首を捻り折るだけだ。
"蛇"がイリヤの命を狙う。
少女自身も、忠実な従者もその存在に気づかない。音もなく詰みが近づいていることに、気づいていない。
死が、忍び寄っていることに、気づいていない。
「イリヤァアアアア────ッ!!!」
今までずっと隠れて様子を窺っていた少年は雑木林から飛び出して、少女の下に駆けた。
少女はいきなり現れて自分の名を叫ぶ少年に目を丸くして驚いている。
彼女の視線は自分向いている。狂戦士の眼も同じく。
恐ろしいことに、"蛇"は未だに彼女達の意識の外にいた。
だが、少年が己を見つけたことに気がついたのだろう。彼はこちらに向かって駆けていた。
──でも、ぼくの方がちょっとだけ早く着く!
「え、ユ、ユウキ? なんで────きゃっ」
「いいから下がって!」
"蛇"とイリヤの間に少年────遊喜は立ち塞がる。
彼は懐から一枚の呪符を取り出した。千代女との魔術勉強会で作成した結界の護符だ。
「イリヤに近づくな、こんの、変質者が!」
男が蛇のように曲がる掌底を打ち放つ。遊喜の結界はギリギリでそれを────防ぐことができず、障子紙みたいにあっさりと突き破られた。
「え」
スローモーションになった世界の中で男の掌が迫ってくる。当たれば死ぬ。そう判っていても遊喜に回避などできない。
別に見えるものがゆっくりになったからと言って、自分がそれより速く動けるわけではないのだから。
そしてゆっくり、ゆっくりと男の手が彼の首に触れて────
────ゴキリ、と容易く頚椎を圧し折った。
ストック切れました。