美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み   作:角が二本

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第二話 月を望む

 

 結局、あの少女は一体何だったのだろうか。

 昼食後の昼休み。ぼくは、机の上に頬杖をついて、ぼーっとしながら朝に見た少女に思いを巡らしていた。

 

「なあ、放課後何して遊ぶ? わたしは紙飛行機大会やりたい」

「えっと、わたしはお絵描きがいいかなぁ」

「あたしは、うーん、じゃあ相撲で」

「怪談話がしたいぜ!」

「龍子……今冬だぞ?」

 

 歳はおそらくぼくと同じくらいだろう。登校時間に公園にいたということはつまり、不登校児童というものだろうか。

 

「遊喜はどうしたい?」

「………」

「おーい! おーい! 遊喜ー!」

「返事がない。ただの屍のようだ」

 

 白銀の髪に紅い瞳。アルビノというやつだろうか。周りとの明確な差異はイジメの対象になりやすい。あの少女もそうだったのかもしれない。

 

「もういいや。決めちまおうぜ」

「いいのかなぁ」

「まぁしょうがないよ。現実に帰ってこない遊喜が悪い。決める方法はどうする?」

「ジャンケンでいいだろ」

 

 いや、だとしたらあんなに無邪気な笑みを浮かべられるはずがない。なら、多分、あの少女は観光に訪れた外国人か何かなのだろう。

 

『最初はグー! ジャンケンぽん!』

「よっしゃぁぁ! 勝ったぜー!」

「ひいっ」

「マジか」

「よりによって龍子が勝っちゃったかー」

 

 その暫定的な結論に満足して、ぼくは俯いていた顔を上げた。

 目の前には、真っ青な美々と微妙な顔をする雀花・那奈亀がいる。

 

 ………?

 

 何だろうか。この状況は。

 

「おう。遊喜。放課後に柳洞寺へ怪談しに行くことになったから準備しとけよ」

「は?」

 

 

 

 

       * * *

 

 

 

 

 

 そして三時半。

 ぼくたちは柳洞寺の前にいた。ぼくが一成さんから頂いた連絡先で柳洞寺にアポイントメントを取っておいたのだ。

 ここに来る道中。天気予報の通りに激しく降り始めた雪が積もって、地面は氷の上にいるみたいに摩擦が失われていた。危険である。

 実際、階段で龍子と那奈亀が思いっきり滑っていた。龍子は無駄に上手い受け身によって無傷で受け流し、那奈亀は無駄に高いフィジカルで空中で三回転ひねりをして綺麗に着地することでことなきを得ていたが。

 我が友人たちながら、意味不明な挙動である。

 

「やあ、一成から話は聞いているよ。君が遊喜くんかな」

「はい。えと、あなたは確か、零観さん?」

「如何にも」

「そうですか。その、本日は、お世話になります。それと……ごめんなさい。お寺の一角を、怪談話なんかに使ってしまって……」

 

 頭を下げると。零観さんは、はっはっは、と快活に笑い声を上げた。

 

「構わんさ。子を育むことは徳行であり、子の成長に遊びは不可欠。ならば此度の行いも僧侶として当然のことだ」

「おお。なんというか」

「器がデカい人だなぁ」

「太っ腹だぜ! オッチャン!」

「龍子ちゃん! 失礼だよ!」

「……零観さんは、まだ二十代」

「良い良い。気にするな。それよりも早く中に入るといい。いつまでも外に居ては体が冷えるだろう」

 

 こちらの、主に龍子の無礼にも鷹揚に対応し、零観さんはぼくたちに寺に入るように促してくれた。

 お言葉に甘えて寺へ足を踏み入れる。渡り廊下を歩いて、たどり着いたのは長方形で、両側の廊下との間を襖で仕切った殺風景な部屋であった。

 

「ここが君たちに提供する部屋だ。何もない場所だから遠慮なく使ってくれていい」

 

 おお。ほんとに何もない。

 そんな失礼な感想はおくびにも出さず、室内を見渡す。

 漆喰の壁。木目の天井。床の畳。あとは両方の廊下側に沿って直列に立ち並ぶ柱くらいか。他に、家具らしきものは何もない。

 

「……お邪魔します」

「うっし。菓子とジュース出すぞー」

「俺、ロウソク持ってきたぞ!」

 

 真昼の柳洞寺で、ぼくたちの怪談話が始まった。

 

 

 

 

 

       * * *

 

 

 

 

 

 雪雲が日差しを遮り、薄暗くなった室内。ゆらめく蝋燭の前でやけに響く重低音の声音で龍子が怪談を始める。

 

「むかぁし、むかし。ある所におじいさんとおばあさんが───」

「ちょっと待った」

 

 そして出オチした。言い出しっぺだから当然、とっておきの怪談を持ってきてるんだろうと思って、いざ喋らせてみたらこのザマである。

 

「龍子ちゃん。それ、怖い話じゃないよ。昔話だよ……」

「タツコに期待したあたしたちが馬鹿だった」

「そもそも怪談って言葉の意味、理解できてるか?」

「……ばーか。ばーか」

「う、うわぁぁん! なんだよぉ、まだ話してすらいないのに、みんな文句ばっかり……! だったらオメェらが話してみろよぉ!」

 

 その後、怪談話はぐだぐだになった。みんな真面目に話題を用意していなかったのだ。父親と洗濯物を一緒にされたことを話す者。姉にBL同人誌を描く手伝いをさせられたと話す者。マジで何も話を用意していなかった者。様々だ。

 あ、ちなにぼくは晩御飯中にお手洗いに行って、戻ってきたらオカズを野生のタイガーに全て貪り食われていた、という話をした。

 それで話題は尽きた。

 

「まあこうなるだろうと思って色々持ってきたんだよ。ほら、どれがやりたい?」

「お。じゃあトランプやろうぜ」

「……賛成」

「うおーい、おまえら! 怪談話はどうした!?」

 

 ……で。そこからはみんな好き勝手に遊び始めた。トランプの後は人生ゲーム。人生ゲームの後はジェンガ。ジェンガの後は……と。

 気がつけば外はすっかり暗くなっていた。

 

「あの、みんな……そろそろ帰らないとマズイよ」

「あー? ホントだ。もう真っ暗じゃん」

「やばっ。あたしん家こっから結構離れてるんだよなー」

「……なら、片付けはぼくがやっとくからみんなは先に帰りなよ。一番家が近いのぼくだし」

 

 ぼくがそう言うとみんなは少し悩んでから、

 

「それじゃ、悪りぃけど頼めるか? その代わりそこで寝てるタツコはわたしたちが引き摺ってくわ」

「あ、ありがとう。遊喜くん」

「今度ジュース奢ってやるなー」

 

 ……という感じで帰宅して行った。

 みんながいなくなった後、部屋を一望してみる。

 酷い有様だった。お菓子の袋や食べカスがそこかしこに散乱しているし、紙飛行機が天井と柱の間に挟まっていて、ついでに床には龍子の涎の跡がある。

 

「……あいつら、遠慮無しに散らかしやがって。……ぼくもだけど」

 

 

 

 

 

 

         * * *

 

 

 

 

 

 

「いや、助かったよ。まさか掃除をしておいてくれるとは」

「……気にしないでください。ぼくたちが散らかしたわけですし」

 

 約一時間後。ようやく部屋の後片付けが終わった。もう夜の時間だ。思ったより時間がかかってしまった。

 まあそれでも晩御飯までには帰れるはずだ。

 

「この時間に子ども一人では危ないだろう。送っていこう」

「……いえ。大丈夫です」

 

 今回のことについて、兄には話していない。こんな時間まで厄介になっていたと知られたらお小言を頂戴することになる。

 それはごめん被りたい。

 

「帰り道は覚えています。それに家も近いので」

 

 なので、その申し出は断った。零観さんは難色を示したが、帰り道に子ども110番の家もあるから不審者に会ったらそこに駆け込むと言ってなんとか説得した。

 

 帰路につく。寺を出て、境内を通り過ぎ、山門をくぐった。

 長い階段に差し掛かる。そこでふと、頭上から照らす光に気づいた。

 見上げると空に丸いお月様が浮かんでいる。それは純白とも白銀とも言える美しい光を放っていて───

 ああ、なぜかまた、あの少女のことを思い出してしまった。

 

「………」

 

 今日はずっとこの調子だ。学校の授業中も、柳洞寺で遊んでいる時も。気を抜けばすぐにあの少女の姿が脳裏に蘇る。

 ぼくはどうしてしまったのだろう。

 

「今朝の公園に行けば、また会えるかな」

 

 正体不明の熱に浮かされるままに月へと手を伸ばす。そして、

 

「───っ!?」

 

 氷の指に背筋を撫でられた様な悪寒によって、強制的にその熱を冷まされた。

 周囲を見渡す。誰もいない。そのはずだ。だというのに、木々の影から、山門の裏から、誰かがクスクスとぼくを嗤っているような気がする。

 

 気のせいだ。

 不安を振り払って、足早に階段を下っていく。

 こんなに静かなのに、とても大きくて怖い怪物が後ろからぼくを追いかけているような錯覚がある。

 早く兄の所に帰らないと。

 

 

 

 

      * * *

 

 

 

 

 

 おかしい。

 あれからもう一時間以上は経っている。なのに未だに見慣れた武家屋敷の影も形もない。

 やがてたどり着いたのは旧墓地だった。柳洞寺の裏地に霊園が作られる前から存在している。今となっては来訪者もなく。寂れた場所。

 おかしい。明らかにおかしい。

 こんな所にたどり着いたのもそうだが。

 ここに至るまで人の気配が一つもないのが、あまりに奇怪だ。

 

「ふーっ、ふぅ」

 

 がちがちと鳴る奥歯を噛み締めて。深呼吸をする。

 とにかく一度気持ちを落ち着けよう。

 自分がどこにいるのかは理解している。ここから家までのルートも分かる。ほら、なんの問題もないじゃないか。

 だったら今度こそ、怪奇現象に惑わされずに真っ直ぐに家まで帰るだけだ。

 踵を返す。まずは墓地から出なければ。

 

「───あら、こんな夜更けに一人? 呆れた坊や」

 

 振り向いた先に、女性がいた。玲瓏とした声。容姿は分からない。全身を古めかしい黒いローブで覆っている。

 ……ここでやっと人と会えたと無邪気に喜べる程、ぼくは脳天気ではない。

 

「……こんばんは、お姉さん。そっちこそ、こんな時間に女の人が一人で出歩くなんて、不用心じゃない?」

 

 根拠もなく確信する。

 こいつだ。こいつがこの不可思議な現象の元凶だ。

 警戒するぼくに、女は何がおかしいのかクスクスと嗤い始める。

 

「ええ、そうかもしれないわ。けれど貴方には及ばないでしょうね。マスターでありながら、サーヴァントも伴わず。魔術師(キャスター)の工房に立ち入った、貴方には」

「ますたー? さーゔぁんと? 魔術師? 生憎だけど、ぼくは手品なんかできないよ」

「…………そう。やはり何も理解していないのね」

 

 無知な子どもを哀れむ声。

 女は指先をぼくへと向けた。その先端に眩い星が灯る。

 旧墓所の敷地が、夜には場違いな程に明るく照らされた。

 

「特段、貴方に恨みは無いのだけれど。マスターであるなら、死んでもらうわ」

 

 その言葉が蹂躙の合図だった。

 女の手から光弾が放たれる。

 

「う、わぁっ!」

 

 思わず尻餅をつく。運のいいことにそれはぼくの頭上を通り過ぎていった。

 あまりにもファンタジーな光景に一瞬思考が止まりそうになるが、そんな暇はない。

 女はすでに次弾を装填しているのだから。

 

「ひえぇぇっ」

 

 男児にあるまじき、情けない悲鳴をあげながら墓石の裏に駆け込む。

 先程までぼくがへたり込んでいた場所から、バチバチと何かが焼き付く音がした。

 クスクスと女の嗤う声。

 

「無駄に足掻くのね。大人しく死を受け入れれば、これ以上の恐怖も苦痛も感じることはないでしょうに」

 

 冗談ではない。ぼくはまだ十一歳だ。こんな若い身空で、親……はもう死んでるか。

 兄よりも先に死んでたまるか。

 

 墓石の裏に潜伏しながら墓地の出口にまで移動する。不幸中の幸いと言うべきか、月明かりは雲に隠れ、辺りの闇は濃くなっている。

 これならば女に見つかることなく墓地から脱出できる。

 ───そんなぼくの考えを嘲笑うが如く、女の方向で閃光が瞬く。

 

「あ、……? ぎ、ああァ!?」

 

 どさりと、脳の指令に逆らって体が地に倒れた。

 否、逆らったのではなく。遂行できなくなったのだ。

 見下ろせば、ぼくの左脚。脹脛の肉がごっそりと抉られていた。

 あの女の放った鬼火が墓石を貫通して脚を撃ったのだ。

 遅れてやってきた激痛が神経を焼く。

 目尻に涙が滲んだ。

 

「ほら、言った通りでしょう? どうせ貴方に生き延びる道など無いのだから、せめて楽に逝きなさい」

 

 痛みにのたうち回って。気がつけば、女の声は頭上から聞こえてきていた。

 涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔をあげる。女は、そんなぼくの額に柔らかく指を添えた。

 

 死ぬ。

 いきなり平和な日常から殺伐とした非現実に引き込まれて。なんでどうしてなどと嘆く余暇すらなく、死を悟る。

 走馬灯がよぎる、なんてことは無い。わざわざ思い起こす程の記憶など平凡なぼくの人生にはありはしない。

 空っぽだ。夢や希望も持たず、友情も親愛も普遍的で、何かに執着する熱量がない。今日までに得てきた全てが、ぼくにとっては「必要であれば捨てられる」程度のものでしかないのだ。

 その程度の価値しか持ち得ないから、ぼくはこんな場所で意味も分からずに殺されるのだろう。是非もないことだ。

 

 ───本当に?

 

 ああ。本当だとも。

 ぼくは、嫌いなものなら山ほどあるのに、譲れないくらい好きなものが一つもないのだ。

 例えば、ぼくはハンバーグが好きだが、命と天秤に一生ハンバーグを食べるなと言われたら、一生食べることはないだろう。

 ぼくは兄が好きだが、兄か自分の命のどちらか片方を選べと言われたら、自分の命を取るだろう。

 

 八十億以上の人間が存在するこの世界。

 あらゆる人間が「生きている」の一にプラスアルファして、「幸せな家庭を持つ」だの「夢のプロ野球選手になる」だの「社長になって億万長者になる」だのと数字を上乗せして十にも百にもなるというのに、ぼくには「生きている」の一の分しか価値がないのだ。

 

 ───いや、そういう話ではなく。

 

 ───あなたは今、本当に、ここで死んでもいいって、そう思ってるの?

 

 ………………そんなわけない。

 でも、現状、ぼくはまな板の上の鯉だ。どんなに好意的に解釈しても詰んでいる。

 もう、諦める以外の選択肢がない。

 

 ───あると言ったら? 他に、選択肢があると、私が言ったなら、あなたはどうする?

 

「………そんなの、決まってる」

 

 ───叫んで。仮初でもいい。あなたの願いを。そうすれば、私はあなたの力になれる。

 

「ぼくは、死にたくない」

「なっ!? これは……!」

 

 体から黒い泥が噴出する。それに驚いたのか、女は距離を取った。

 左胸が熱い。何かが刻み込まれる感覚。

 

「だって、まだ───」

「……なるほど。そういうこと。貴方はマスターではなく、■■■■■■だったのね」

「自分の願いすら分かってないんだから───!」

 

 中空に蒼い光が生じる。それは脈打ち、明滅を繰り返す。

 そして収縮。数秒の間隙の後、爆発的に膨張する。

 まるで太陽が地上に落ちてきたかのような眩い光に、思わず目を閉じてしまう。

 目を開けると、女とぼくの間に、一人の少女が立っていた。

 見目麗しい、黒髪の乙女だ。ノースリーブの白衣と黒の袴をしめ縄で固定し。頭には、特徴的な九つの白丸が描かれた帽子のようなものが飾られている。

 侍……忍者……否、恐らくは巫女か。少なくとも神職に連なるものであろう。そう思わせるだけの神聖さを感じさせた。

 

「……ようこそ、聖杯戦争へ。可愛らしいお嬢さん。私はキャスター、魔術師のサーヴァント……貴方のクラスを教えてくれるかしら?」

 

 唐突な事態にも関わらず余裕を持って問いかけるキャスターと名乗る女。

 対して少女はカッと目を見開き声高々に名乗りを返す───!

 

「拙者は……遊喜殿の専属忍び。おろちを鎮めし歩き巫女───またの名をアサシン・望月千代女と申す者でござりゅっ!?」

 

 ……噛んだ。

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