美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み   作:角が二本

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第二十話 裏切りの魔女

 

 ゴキリ、と遊喜の華奢な首が折れる音が森の静寂に響く。

 イリヤはその惨状を呆然と眺めた。

 今、目の前で起こった現象を認識するのに、彼女の脳は多大な負担を強いられていた。

 

 ドサ、と少年の体が森の湿った土の上に崩れ落ちる。

 

「───ぇ?」

 

 コレは………なんだ? この、地面に転がる肉塊は。

 否、見れば分かる。コレは死体だ、ほんの数秒前にそうなった。

 喋ることも、動くこともないモノになった。もう一緒にゲームをすることも、街を歩くことも出来なくなった。

 そう、コレは死体だ。衛宮遊喜は、死んだのだ。

 

「───なんで」

 

 いなくなった二人。白い女と黒い男。

 それらに代わる新しい家族。十年の空白を埋められるかもしれなかったもの、あるいは"天の杯"に至るまでの最後の幸福な思い出になったかもしれなかったもの。

 それがあっさりと壊されてしまった。

 

「───…………」

 

 再びイリヤの思考が停止する。

 千年続く魔術の大家、アインツベルンの当主。一流の魔術師を百人束ねた所でまるで及ばない圧倒的な魔力量を誇る最強のマスター。

 そんな肩書きを重ねてどれだけ尊大冷酷に振る舞おうとも、強者の鎧を纏っていても、彼女の根底は幼く純朴な少女である。

 昨日まで親しくしていた人間が目の前で死ねば、忘我してしまうのも無理はない。

 

 

 

 だが、乾いた殺人鬼は少女の心を慮りなどしない。

 

「隙だらけだ、バーサーカーのマスターよ」

 

 先ほどの惨劇の焼き直しだ。蛇のような掌がイリヤに迫る。

 イリヤは未だ死体を見て固まっている。魔術で防御することはできそうにない。

 であれば、この先の結末は分かりきっている。イリヤは遊喜と同じように首を捻られて死ぬだろう。

 

 殺人鬼の五指が彼女の首に伸びて────突如出現した鋼のような腹筋に遮られた。

 

「────■■■」

 

 バーサーカーだ。

 彼は俯き、地の底から響くような呻き声を漏らす。

 煮え滾る赫怒が彼の全身を震わせる。

 

 その怒りは誰に対してのものだろうか?

 これを計画したキャスターか、実行した目の前の暗殺者か、協力したライダー達か?

 

 否、どれも違う。

 これは、護ると誓った幼子一人満足に護れぬ不甲斐ない己への怒りだ。

 

「■■■■■■ッ!!!」

 

 音速の唐竹割りが男の頭部に振り下ろされた。

 人間どころか英霊すらも一撃で屠りかねない威力のそれは、男を一瞬で血煙に変える────はずだった。

 

「"瞬来(オキュペテー)!"」

 

 斧剣が男の額に触れる、その間際に男の姿がその場から掻き消された。空間を跳んだのだ。

 男はライダー達の方に転移していた。

 

「………すまん、キャスター(・・・・・)。お前の作った好機を不意にしてしまった」

 

 それを成したのは、先ほどバーサーカーが殺した筈のサーヴァントとだった。

 

 なぜ彼女は生きているのか?

 種明かしをすれば、彼女は事前に自動蘇生(オートレイズ)の魔術を己に仕込んでいたのだ。

 

 だが、それは宝具級の大魔術である。当然、代価は莫大だ。この時点でキャスターは街から徴収し、貯蔵していた魔力の八割を消費していた。

 加えて戦士ならざる彼女はバーサーカーのように死を乗り越える胆力は持たない。彼女は震える指で血で汚れたローブの上から再生した傷口をなぞり、直前の死の記憶を生の実感で必死に上塗りしていた。

 

 その苦痛・負債の全ては本命である男の────己のマスターの強襲を成功させるためだ。

 

 それを仕損じた。本来ならば面罵されて然るべき失態であるし、男もそう思ってキャスターの次の言葉を待った。

 

「……いえ、構いません。基より無謀な策でしたから。それよりも、貴方に大事が無くて良かった……宗一郎様」

「……………そうか」

 

 だが、魔女は彼を────葛木宗一郎を責めない。

 微笑みすら浮かべて彼が無事であったことに安堵した。

 彼女にとって最も優先すべきはこの愛しいマスターだ。彼を守るためならば如何なる労力も苦痛も惜しまない。最悪、自身の命でさえも犠牲にできる。キャスターは情が深い女だった。

 

「ですが……それはそれとして、この状況は拙いですね」

 

 しかし彼女は現実的な女でもある。

 アインツベルンのマスターの暗殺には失敗し、バーサーカーはひとつも命を消費せずに健在。一方こちらは虎の子の鏡面界を消費し、残存魔力も残り少ない。これではもはや、バーサーカーの打倒は不可能であると彼女は判断した。

 セイバーとライダーの宝具が余程強力であれば敵を倒せるかもしれないが、真名が露呈するリスクを冒してまで彼女達がその選択肢を取るとは思えない。

 いや………セイバーに至っては敵対の可能性もあるか。

 

 キャスターは地べたに転がる子どもの死体を一瞥した。

 衛宮遊喜。セイバーのマスター・衛宮士郎の弟。彼の救出が、士郎がキャスター達に手を貸した理由だ。

 ほとんど事故のようなものだが、己のマスターはそれを殺してしまった。敵対の理由としては十分だ。

 

 ………撤退するべきか?

 

 いや、無理だ。

 キャスターの飛行魔術では安全な高度まで昇るのに時間がかかり過ぎる。バーサーカーならフワフワ飛んでいる間に岩やら瓦礫やらを投擲して撃ち落とすくらいはしてくるだろう。

 理想的なのは転移による逃亡だが、己の陣地内ならば兎も角、ここでは制限が厳しい。葛木に使った転移も彼に植え付けたマーカーを利用してキャスターの近くに呼び寄せるだけのものだった。

 

 ………進むは死。退がるも死。

 

 ならば…………ならばもう、仕方ない。

 

 

 

 

 

 

「────"裏切りの魔女"に徹するとしましょう」

 

 フードの中で仄暗く自嘲して、魔女は魔術を発動した。

 

 間桐慎二に向けて(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ────"迷妄(アーテー)"。

 

 英霊達が神話の戦いを織りなす渦中にあって、蚊帳の外である男────間桐慎二は現状に不満を抱いていた。

 

「おい、ライダー!」

「…………はあ。何ですか、シンジ」

 

 先ずはこの女だ。

 元のマスターに似て愚鈍で使えないサーヴァント。自分という最高のマスターを持ちながら、何ひとつ予定通りに命令を遂行できないクズ。あんなデカいだけの筋肉達磨に良いようにされやがって。

 そのくせコイツは隠し事をしていたようなのだからタチが悪い。

 

「アレはどういう事だ? 僕はキャスターのマスターが葛木だなんて聞いてないぞ、説明しろ」

 

「………そう言われましても。私も今、初めて知りましたから。キャスターはひとりでこの絵を描いていたのでしょう。"敵を騙すならまず味方から"という意図か………もしくは単に私達を駒としか思っていなかったという事でしょうね」

 

 …………よくもまあ、抜け抜けと素知らぬふりをするものだ。

 馬鹿にしやがって。僕が気づいていないとでも思っているのか。

 僕が突然現れた自分の高校の教師(葛木)に動揺していた時に、コイツは落胆していた。葛木がガキを殺し損ねたことに。

 キャスターは僕には何も伝えずライダーには作戦を伝えていたのだ。その意味はコイツらは僕を不要な者としか思っていないということ。

 

『ごめんなさい、兄さん』

 

 その眼帯の下にある眼はあの愚図な妹と同じように僕を見下しているのだろう。

 

『む、そうだな、以後気をつける。悪かったな慎二』

 

 あのフードの下の眼はアイツ(衛宮)と同じように僕を見ちゃいないのだろう。

 

「クソッ………!」

「………?」

 

 馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって。

 

『ごめんなさい、兄さん。間桐の後継者は私なんです。兄さんは自分を魔術師の血を引く特別な存在だと思ってるみたいですけど、実は魔術回路を持たない兄さんは魔術が使えない出来損ないなんです。

 そうとも知らず私を生家から追い出された可哀想な子だって優しくしてくれてたんですね?

 滑稽な兄さん……今度は私が哀れんであげますね』

 

 やめろ。僕より優位に立つな。優越感に浸るな。僕の居場所を奪わないでくれ。

 おまえは僕に殴られてればいいんだ。犯されてれば良いんだ。ただ僕に従ってるだけの……下にあるだけのモノであればいいんだ。

 

『ああ、そのことなんだけどな、慎二。桜は俺に譲ってくれないか?

 魔術師は魔術師、凡夫は凡夫………お互いの血筋は分けた方がいいと思うし、何より────桜はお前より俺の方が好きみたいだからさ』

 

 ふざけるな。誰の許可を得てそいつを家に連れ込んでる。なんで魔術師であることを黙ってた。

 陰で僕を嗤っていたのか?

 

「くそ、クソッ……! ちくしょう!」

「シンジ……? 先程から様子がおか『おかしいわね、間桐くん。マスターだって得意になってるくせに、ぼうっと突っ立ってるだけ? まだ畑に植えられた案山子の方が役に立ってると思うわよ』

 

 嘲るように遠坂凛()がなじる。

 慎二の頭の中は、怒りと羞恥と劣等感でぐちゃぐちゃになっていた。

 それでも『声』は止んでくれない。耳を塞いだとて無駄である。なぜなら、彼に囁く狂気(アーテー)は彼の内側にある負の感情が形を変えたモノなのだから。

 

「……落ち着いてください。私は『兄さんのコト、心の底から軽蔑します』。ですから『お前は身の程を弁えた方がいいと思うぞ』」

 

 五月蝿い煩いウルサイうるさい『間桐ってさあ、口先だけで弓の腕前は大したコトないよね』うるさいうるさい『誰も彼もに嫌われて、貴族らしく孤高で結構なコトじゃないか』うるさいウルサイうるさいうるさい五月蝿い『間桐先輩って、意外と可愛いイチモツしてるんですね。アハハッ』煩いウルサイウルサイうるさい『見下してた親父と同じ"能無し"だと知った気分はどうだ?』うるさいうるさい五月蝿いうるさいウルサイ『慎二よ。おまえは間桐の後継者ではない。魔術回路を持たぬおまえに子としての価値などないのだ』うるさいウルサイ───!

 

『────なら、黙らせればいいじゃない。貴方にはその力があるのよ? サーヴァントをも支配する特別な力が』

 

 キャスター()の旋律が冷たく彼の耳朶に響く。繊手が彼の持つ魔本の背表紙を柔く撫ぜた。

 女の言葉に、慎二はハッと我に帰る。

 

 そうだ。その通りだ。僕は選ばれた存在だ。

 僕がこいつでライダーに手を貸してやればバーサーカーだって殺してしまえるんだ。

 

「偽臣の書をもって我が傀儡に命ずる! 宝具"他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)"を発動しろ!」

「なっ!?」

 

 内部の生命を溶かして吸い喰らう結界を構築する宝具"他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)"は彼の通う穂群原学園に仕掛けられている。

 現時刻は午後一時、教師と生徒合わせて六百人以上の人間が生贄に捧げられることになる。生粋の魂喰い(ソウルイーター)のサーヴァントがそれだけの糧を得ればどれほど強化されるだろうか。

 それこそバーサーカーの打倒すら叶うかもしれない。

 

 しかしその凶行はライダーの望むところではなかった。

 狂笑する慎二にライダーは詰め寄る。

 

「馬鹿な……! シンジ、やめなさい……! サクラまで巻き込むつもりですか……!」

「あんな売女、どうなろうが知るもんか! そら、それよりさっさとバーサーカーを殺せ! マスターの献策に献身で応えるのがおまえら奴隷(サーヴァント)の役目だろうが!!」

 

 目を血走らせて慎二が喚く。

 彼は自身の頭部に爪を立てて掻きむしった。血と髪の毛を飛び散らせながら彼は嗤い続ける。

 

 どう見ても健常な精神状態ではない。ライダーは慎二と、何よりも愛する少女を守るために彼の意識を刈り取ろうとした。

 

「つ、う……っ!? そんな、体が……」

 

 だが"偽臣の書"がそれを許さない。マリオネットのようにライダーを糸繰り、自由を奪う。

 これは本来ならばあり得ないことだ。"偽臣の書"とは令呪を一つ消費して作り出すもの。他者にマスターの権限を委譲するだけのものであり、本来の令呪の劣化に過ぎない。

 誰かがあの書に手を加え、その強制力を増幅させたのだ。ライダーはその下手人に心当たりがあった。

 

「キャスター……!」

「あら、バレてしまいましたか」

 

 数日前、キャスターがライダーに同盟を持ち掛けた時、彼女は秘密裏にライダーに一つの案を提示したのだ。

 

『あの坊や、喧しくてしょうがないわ。話し合いの間だけでも暗示をかけてもいいかしら? これでは延々に作戦が決まらないもの』

 

 ライダーはそれを了承した。キャスターの意見に心底同意したのだ。無論、慎二に魔術を仕込まれる可能性も考慮していたが………正直な話、彼女はそれで慎二が死のうが己が死のうがどうでも良かった。

 

 自分を喚んだ心優しい少女は望まないだろうが、ライダーが死ねば、手っ取り早く彼女は聖杯戦争から解放される。

 

 だがまさか、自他に頓着しないその惰性が、自ら少女を手にかける結果を招くことになるとは………

 

 こうなってはもう、ライダーに残された道は一つである。

 

「……バーサーカーを仕留めなければ。私の宝具がサクラを生贄にしてしまう前に……!」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「悪く思わないでちょうだい……」

 

 バーサーカーに駆けて行くライダーを見送りながら独り呟く。

 キャスターは葛木を抱えて空に飛び立っていた。

 

 魔術と生贄で強化されたライダーは強いが、今のバーサーカーには敵うまい。キャスターは彼らを時間稼ぎの捨て駒にした。

 

「……せめてセイバーがいれば、こんなコトをする必要もなかったのだけど。どこで油を売っているのかしら」

 

 そう言って魔女は自嘲した。悪行の責任を他に負わせようとする自分に名状し難い嫌悪感を抱いた。

 全て自分がやったことだろう。ライダーの本来のマスターを特定し、ライダーが彼女を大切に思っていると気づいた。だからその少女を人質にするような形でバーサーカーにけしかけたのだ。

 

「そう気に病むな、キャスター」

 

 マスターの声が止まらない自己嫌悪を終わらせる。

 

「敗因となった私が言っても説得力が無いだろうが、ここでライダーとセイバーを失ってもまだサーヴァントは残っている。ソレらと協力すれば勝機はあるはずだ」

 

 キャスターは苦笑した。思い悩んでいるのはその事では無いのだが、葛木の不器用な気遣いに彼女は感謝した。

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