美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
────良いことをしたら天国に行けるけど、悪いことをしたら地獄に堕ちてしまうんだよ。
ちょうど五歳くらいの頃だろうか。遊喜は養父の衛宮切嗣にそう言い聞かせられたことがある。
どうして、そんな話を聞かせられたのだろう。
『遊喜くん、切嗣さんは体調が悪いんだから、無理に遊びに付き合わせちゃダメだよ』
キッカケとなったのはそんな言葉だった。
その頃、切嗣は病気が酷くなって布団から起きてこない日も多くなり、士郎も大河もその看病にかかりきりで、遊喜が彼らに構われる機会も少なくなっていた。
だから、こっちを見て欲しくて、寂しくなくなるために彼らを困らせようと思ったのだ。
それまで溜まっていたフラストレーションが解放された影響か、我が事ながら、その時の悪戯は盛大だったと遊喜は渇いた笑みを浮かべる。
廊下に水を撒き、士郎に寝起きボディプレスを仕掛け、大河の靴に毛虫を入れもした。
そんなふうに暴れ回っていると狙い通り切嗣に見てもらうことに成功した。
切嗣は仕方なさそうに微笑んで遊喜を嗜めた。その時にかけられた言葉がそれだった。
『遊喜、悪い事をするのは君にとっても損なことだ。良いことをしたら天国に行けるけど、悪いことをしたら地獄に堕ちてしまうんだよ』
ああ、それは嫌だな、と思った。
だから遊喜はそれ以降の人生……と言ってもせいぜい五、六年の間ではあるが、できるだけ人を傷つけるようなことはしないで、兄の手伝いをしたりして、良い子でい続けてきた。
なのに、どうして自分はこんな所にいるのだろう?
────死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね────
そこは地獄の釜であった。
赤く焼けた鉄の海に浸され、輩の亡者たちが怨嗟の声をあげている。遊喜もその中の一人だ。尽きることの無い絶叫を上げ続けている。
痛い。痛い。痛い。痛い。
痛みが、熱が、全身を舐め回している。灼熱が皮膚を焼き、肉を融かしている。亡者たちが乾いた体を潤すために遊喜の骨にしゃぶりつく。臍に指を突き入れて臓物をかき出す。眼球に歯を立てる。
それでも意識が途切れることは無い。
死ねない。
誰でもいいから
亡者たちはそれを嘲笑った。彼らにとって遊喜の悲鳴は天上の演奏の如きもの。愉悦を抱けど憐憫を抱くことは無い。そしてこの地獄に蜘蛛の糸は存在しない。
仏はいない。いるのは更に別の怪物だ。
────ジ■■ャアァ■■■■■アアアアッ!!
地獄の蓋が開けられ、そこから人間を丸呑みできそうな程に巨大な大蛇達が投入される。それらは遊喜に纏わりつく亡者に食らいつき飲み込んでいった。
不幸中の幸いか。まさしく地獄絵図な光景に希望など沸かないが、亡者の手から解放されたことに違いはない。
こんな場所にいられるか、と遊喜は遮二無二に逃げ出した。
地獄道を走り、やがて遊喜は地を満たす溶鉄が流れ落ちる大穴へと辿り着く。繋がる先は無間かコキュートスか。どちらにせよ碌なものでは無いと直感で感じ取って遊喜は後退る。だが、この地獄は彼を逃すつもりはない。
ボコボコと遊喜の背後で溶鉄が噴出する。
遊喜は朱い波濤に背を押されて大穴に堕とされた。
────
────
────
────穴の奥にはただ無明の闇だけが存在していた。
亡者も大蛇も、溶鉄も……踏みしめる地面すらない。真っ暗な空間を堕ち続ける。
この大穴には痛みは無かった。
だが、光も、匂いも、感触も返ってこない。先行きは見えず。時間も意味を成さない。自分の存在を確認できない空間は、恐怖を肥大化させていく。
宇宙に放り出されたみたいだ。
────っ!!
自分は永遠にここを漂うのではないか。一度そう考えたらもう駄目だった。
膨れ上がる不安に遊喜は狂い、叫ぶ。
がむしゃらに手で空を掻く。鳥でもないのに、宙を飛んでこの大穴から脱出しようとする姿はあまりにも滑稽だった。
しかし、その行動は滑稽であっても無駄ではなかった。
────?
指先に何かが引っ掛かる感触があった。硬質で冷たい何かだ。
遊喜は両手でそれの輪郭をなぞる。
これは────サカヅキだ。
競技会のトロフィーなんて目じゃない。あらゆる金銀財宝に勝る万能の願望機。
誰に教えられるまでもなく、本能的にこれがそういうものだと遊喜は理解した。
これを使えばこの地獄から逃げられる。
遊喜は無我夢中でサカヅキを掲げ、願った。
この無間からの解放を。失われた生命の回帰を。もう一度、兄に、友人たちに、あの白い少女に逢いたいと。
────例え自分が、ヒトの形をしていなかったとしても。
* * *
「────狂いなさい。 バーサーカー」
数分間、糸の切れた人形のように力を失った少年を腕に抱き締めて、冷たくなった体温に、ようやくその死を悟ったイリヤは迅速に己の殺意を行動に移した。
彼女は令呪を通して、今まで代償のみを払わせ、恩恵を与えなかったスキルを本格的に稼働させる。
"狂化"。
それはバーサーカーのクラスで召喚された英霊が持つ自己強化能力。理性を代償にステータスを上昇させる効果がある。
ランクAの狂化にもなれば、弱卒の英霊でさえ神話の英雄と渡り合えるようになる。
ヘラクレスの所有する狂化のランクは一段下のBランクだが、元々強力なステータスを持つ彼が更にそれを向上させればどうなるか?
その答えがこれだ。
「■■■■■■■■────ッ!!!!」
バーサーカーが大地に斧剣を振り下ろす。
その一撃で
木々が根を張る岩盤がクッキーのように粉々に砕かれる。その状態でバーサーカーが斧剣を振り上げれば、砕けた大地が、倒れた木々が、掘り起こされた土塊が散弾となってライダー達に射出された。
その様相はまるで海ではなく陸で津波が起きたようだった。
ライダーが生み出した魔獣達がその波濤に飲み込まれ、ミキサーにかけられたようにバラバラの肉片に変えられていく。
「ッ………」
ライダーは即座に切り札を切った。
宙に己の血で描いた魔法陣。そこから純白に輝く有翼の馬が召喚される。
ペガサス。
それはギリシャ神話においてそう呼ばれた幻獣だ。英雄ペルセウスがゴルゴーンの怪物の首を落としたとき、その血から生まれたと云われている。
つまり彼は、神代の頃から年月を重ねた神秘そのものであり、その護りは幻想種最強の竜種にも比肩する。
ペガサスが翼を広げ、莫大な魔力を放出する。
不可視のそれは光の障壁となって土石流を遮断した。
「────ぎゃあああッ!? た、助けろ、ライダーァアア!!」
背後の愚か者の声は努めて聞き流す。自分が前で防御しているのだから死にはしないだろう。いや、別に死んでもいいか。気にならない。
それよりも、バーサーカーを倒すことに全神経を注がなくては。
「"────
黄金の手綱を取り出す。それはライダーの第三の宝具にして最大の切り札。
この宝具はあらゆる乗り物を御し、騎獣の能力値を一段階増強する効果を持つ。
彼女はそれをペガサスにかけて、騎乗した。
(いかにバーサーカーといえど、この子に吶喊されれば死は免れないはずです)
ライダーは怪物の父たる自らの子の名を冠した礼装を噛み砕き、飲み込んだ。
それは彼女の中の魔性の血を湧き立たせた。魔に近づくほどに石化の魔眼は強力になる。
………ライダーにとって、魔性への変転は忌むべきものだ。生前、怪物となった己は愛する姉達を食い散らかした。
しかし、腹立たしいことだがこの魔眼は有用である。最上位の一つ下、宝石のランクの魔眼だ。魔性に傾き、力を増した今はそれ以上かもしれない。
これならば、バーサーカーの動きを止めれるだろう。
過剰出力で眼球の血管が裂ける。ライダーは血の涙を溢しながら、土煙の向こうのバーサーカーを睥睨した。
「■■■ッ」
「……石化まではいきませんか。ですが、足は止められたようですね」
ペガサスが美しくも獰猛に嘶き、
彼の翼は油ではなく魔力を燃料として噴流を生成する神秘の時代のジェットエンジンだ。
それは莫大な推進力によって天馬を時速五百キロにまで加速させる。
日本国において地上で最速の移動手段であるリニア新幹線とほぼ同等の速度で十万トンを超える巨大質量が、純白の流星となってバーサーカーに突撃した。
その破壊力は核兵器にさえ匹敵するだろう。小さな都市一つ吹き飛ばして余りある。魔法の領域に片足を突っ込んだランクA+の対軍宝具の面目躍如である。
「────主共々塵となれ、バーサーカー!」
ライダーとバーサーカーの距離はおよそ百メートル。天馬の速力ならば一秒もかからずにつめられる。
魔眼によって縛られたバーサーカーでは回避が間に合わない。仮に回避できたとしても背後のイリヤは轢き殺されるだろう。
「────────」
しかし、そんな窮地にあるにも関わらず、バーサーカーに焦燥はない。
かの天馬は先祖ペルセウスが騎獣としていた幻想種、格は相応に高い。
が、この程度の獣なら飽くほど狩ってきた。
このヘラクレスなら天馬の迎撃もできる。
否、できなければならない。幼子ひとり満足に守れぬ無様を晒してこれ以上の恥の上塗りは許されない。
己への尽きない憤怒を力に変えろ、さりとて冷静さは失うな。心は灼熱に、頭は極寒に、最高のモチベーションで最大のパフォーマンスを実現するのだ。
バーサーカーは矢を引き絞るように、ビリヤードのキューを構えるように斧剣の切先を天馬に向ける。
"
「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」
大地を砕きながら踏み込む両の足、天を震わす咆哮とともに、バーサーカーは必滅の打突を繰り出した。
──────衝突。
斧剣と白亜の障壁はその間隙で破滅的なエネルギーを発生させる。太陽が落ちてきたような閃光が瞬き、稲妻が迸る。
そして、僅かな拮抗の後──────バーサーカーの斧剣が天馬の霊核を串刺しにした。
* * *
「ここまでだな、
白い装束を自らの血で汚し、片膝をつくリーゼリットにセイバーは不可視の剣を突きつけた。
「………む、う」
「くっ、おのれ……」
同時に城に展開された対英霊用の呪層界が解除される。セラもまた、すべての魔力を使い果たしていた。
二人のメイドとの戦闘は、終始セイバーが圧倒し、傷一つ負うことなく決着した。
士郎はただ、それを唖然と眺めていた。サーヴァントがどれだけ人間離れした存在かは聞いていた。だが、心のどこかでセイバーをただの少女だと思っている自分もいたのだ。
その認識は覆された。可憐な姿をしていても、目の前の少女はかつて『英雄』と呼ばれた存在なのだと理解した。
「……セイバー、トドメは刺さないでくれ」
「判っています」
士郎の言葉に素直に従い、剣を引くセイバー。それをセラとリーゼリットは胡乱な目で見る。
「……何の真似です。情けのつもりですか」
「違う。そんなんじゃない。あんたたちには、遊喜の居場所を吐いてもらう。
黙秘しようなんて思うな、それをしたら俺はあんたたちに何をするか判らないぞ」
ハッタリだ。
衛宮士郎は犠牲を出さないためにこの聖杯戦争に参加している。例え敵であっても無闇に命を奪うことはない。
セラも直感的にそんな彼の気質を理解したのか、彼の言葉を鼻で嗤った。
「血の臭いのしない魔術師の脅しなど、恐るるに足りませんね。貴方は人を殺したことがないでしょう?」
「……あんたが最初の一人になるかもしれないぞ」
「ならばいつでも首を刎ねて頂いて構いませんよ」
気負いなくそう言うセラに、士郎は言葉を飲み込むしかなかった。目の前の魔術師は、本当に自分の命に頓着していないと分かったから。実際の所、脅しだろうが本気だろうが彼女にとってはどうでもいいことなのだ。
セラにとって最も優先されるべきは主の望みだ。拷問されようが、殺されようが、遊喜の居場所は吐かない。その意思は変わらない。
これ以上尋問をしても無駄だ。
セイバーは士郎よりも早い段階でそう悟った。
「見上げた忠誠心だ。
「………意趣返しのおつもりで?」
「いいや、心からの賞賛だ」
セイバーは剣をセラの首に添えた。見えずとも、首に触れる鋼の冷たさからその刀身の鋭さをセラは理解した。これだけ鋭利な刃ならば大きく振りかぶる必要などない、このまま剣を横にスライドさせるだけで自分の首はするりと切断されるだろう。
だが、セラの目に恐れはない。彼女は毅然とした態度でセイバーを睨みつけ、言った。
「バーサーカーが必ず貴方を斃します」
「そうか」
不可視の剣が女の首に食い込む、その光景を幻視して士郎は衝動的にセイバーの手首を掴んだ。
「………シロウ」
セイバーが諭すように、玲瓏な目で士郎を見る。
判っている。士郎にも判っているのだ。最終的にセイバーが勝利したとはいえ、この魔術師達は脅威だ。情報が聞き出せないなら、もう殺してしまう方がいい。
弟を害されているのだから、自分にもそうするだけの動機がある。
しかし……それでも、彼女達は自分と同じく『大切な人』のために献身する人間なのだ。
善人とは言えないかもしれない。だけど、ここで死ぬべき悪であるとも、士郎には思えなかった。
「セイバー……俺は……」
士郎は許しの言葉を口に出そうとした。そして彼女達のことは見逃すようにと。
甘い判断だと詰められるだろうか、それとも弟を助けるために二人殺すことすらできない覚悟のなさに失望されるだろうか。
士郎はセイバーからの信頼を損ねる覚悟を持って、口を開く。
しかし、結果としてその決心は空回りすることになった。
「────そこまででござる。セイバー」
黒髪のくノ一が両者の間に降り立った。