美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
「そん、な………」
荒れ果てた森の地面に蹲って、ライダーは呆然と鉛の巨人を見上げた。
無傷。神器たる黄金の手綱と至高の天馬をもってしてもバーサーカーになんらダメージを与えられなかった。
その事実が、ライダーを絶望させる。
「っぐ、が……!? ア、ァ、ア……!」
ボコボコとライダーの肉が皮膚の下で膨張する。光沢を帯びる美しい髪が爬虫類の鱗に覆われて蛇へと変わった。
────学校から吸い上げた幾人もの人間の魂を喰らい、魔性の象徴たる黄金剣を喰らい、魔眼を限界を超えて使用したことで、ライダーは急速に怪物に変転しているのだ。
蛇の女怪ゴルゴーンへと。
「……醜いわね」
バーサーカーの背後からそれを見て、イリヤは不快そうに眉を顰める。
可哀想だとは思わない。ライダーは所詮は敵、それも自身の大切な所有物を壊した憎い相手だ。
しかしこの光景は純粋に見るに堪えない。絶世の美貌のライダーが、蠢き膨れ上がる肉塊へと化していく様は冒涜的だった。
遊喜を殺された怒りが萎えてしまうほどに。
「爪先からゆっくり潰してやろうかと思ってたけど、もういいわ。さっさと始末して、バーサーカー」
イリヤがそう命じる。だが、
「バーサーカー?」
彼女の忠実な従者は動かない。イリヤを背後に庇い、森を睨みつけている。まだ戦闘は終わっていないと彼の目は語っていた。
「……まだ何か潜んでる? もしかして正規のアサシンかしら」
魔力で視覚を強化して森の影を見る。
現れたのは無数の蟲の群れだった。
否、それを蟲と呼んでいいものか。ヂヂヂヂヂ、と不快な翅の音を鳴らしながら翔ぶ羽虫の口には牛の骨すら噛み砕く鋏のような顎がある。ぬめる体液の痕跡を残して這いずる芋虫は甲殻類のような鋭い外殻で覆われている。
人間は虫に対して本能的な嫌悪感を覚えるものだが、それらはただの虫以上に醜悪で吐き気すら催す魔蟲であった。
イリヤはそれらを冷たい目で見据える。その表情にライダーの変貌を見た時のような不快感はない。彼女たちにとってこの奇怪はウンザリするほどに見慣れたものだったから。
「何の用なの、マキリ」
その言葉に応えるように蟲の群れが脈打った。彼らは集り、形を成し、一つの人形を作る。
それは枯れ木のような翁となった。
翁は名を間桐臓硯という。聖杯戦争の創設者たる御三家の一つ、間桐の実質的な当主である。
彼は落ち窪んだ眼窩に爛々とした光を灯す。
「───ははは、気づいておったか、ユスティーツァの後裔よ。
なに、此度は少しばかり不出来な孫の手伝いをしてやろうと参じたまでのこと」
「あらそう。だとしたら耄碌したようね。自陣のサーヴァントが行動不能になった後に姿を見せるなんて、無駄死にしに来たようなものよ」
血濡れで横たわるライダーを指差しながらの発言に、妖怪は余裕すら見せながら嗤った。
「いやはや、全くもってその通りであるな。英霊も連れず、この老骨がお主のバーサーカーの前に立つなど、恐ろしくてとてもできんわ。
のう、おまえもそう思わんか。■よ」
翁が■の名を呼ぶ。
「──え?」
イリヤはそこでようやく■の存在に気付いた。
それは瞬きの間に唐突に翁の横に現れた。その痩身は影が立体になったように黒塗りでのっぺりとしていて、生命の気配を感じさせない不気味な様相をしている。
「なんなの、あなた」
その『影』はあまりにも異様だった。不気味な風貌もそうだが、何よりもその性質・在り方が。
それは触れるものを穢し、醜悪な呪詛を伝播させている。単に土地を汚染しているのではない。これは星の静脈すらも蝕んでいる。冬木の霊地に接続するイリヤにはそれが判った。
「■■■■……!」
「だめ。だめよ、バーサーカー。動かないで、あなたはあれに触れちゃいけないの」
敵に吶喊しようとするバーサーカーをイリヤは制止した。
この呪詛はサーヴァント
さしものイリヤとて無闇にバーサーカーを近づけさせようとは思えなかった。
魔術師としての、マスターとしての戦術的判断。あるいは一度
「察したか。自ずから泥に身を投げたなら楽だったのだが。まあ、佳い」
そう言うと翁は解け、再び魔蟲の群れとなってライダーに殺到した。見るも悍ましい蟲たちがライダーの皮膚を食い破り肉の中に潜り込んでいく。
「お……! あ、ああぁ……」
不快感と激痛にのたうち、しばらくしてライダーは電撃に打たれたように大きく痙攣して止まり、ゆっくりと立ち上がる。
イリヤたちはその光景を睨みつけるように眺めていた。
ライダーの口が弧を描く。それは本来の彼女であればしないような心底醜悪な笑みであった。翁はライダーの美しい声を使ってイリヤに言葉を投げかける。
「そう用心せんでよい。今宵は不詳の孫とそのサーヴァントを回収に来ただけのこと。お主らと事を構えるつもりはない」
「……あなたにその気がなかったとして、それをわたしが見逃すとでも? 呪詛の泥は多少厄介ではあるだろうけど、それだけでバーサーカーに勝った気でいるなら、その思い上がり、今すぐに正してあげる」
自身を縛りつける恐怖を振り払って、イリヤは気丈に宣告する。
あの汚泥は危険だが、近づけないならそれを考慮して動けば良いだけのこと。
それこそランサーにしたようにそこら辺の瓦礫を投擲して攻撃してもいい。
だから、不必要な怯えることはないと、己に言い聞かせる。
「呵呵、威勢の良いことよ。しかし、果たしてお主に儂に拘うだけの暇はあるのかな?」
「どういう意味────っ!?」
直後、アインツベルンの城から轟音が響く。ついでイリヤは莫大な魔力反応を感知した。この神秘の濃度はサーヴァントの宝具でなければあり得ない。
つまり、襲撃者はキャスターとライダーだけではなかったということだ。
「これはあなたの仕業かしら、マキリ」
「いいや、儂の手先ではない。下手人はおぬしが執心しておる衛宮の倅よ。大方、攫われた弟の救出にでもやってきたのだろう。
あの小僧のサーヴァントは前回に
「わたしの従者たちはあなたが思うほど脆弱ではないわ。けれど、そう。セイバーが来てるのね」
イリヤは十年前の記憶を掘り起こし、清廉な騎士の姿を思い出す。彼女もまた、イリヤにとって忌むべき存在だ。切嗣に向けるほどの憎悪はないが、復讐対象の一人ではある。イリヤとした約束を、あの騎士は護ってはくれなかったのだから。
「いいわ。今は見逃してあげる。けどこれ以上出しゃばるなら容赦はしない。次に会うときは殺すわ」
「肝に命じておくとも」
クツクツと喉を震わして嗤いながら、ライダーの皮を被った翁は影と共に消えていった。
* * *
「────そこまででござる。セイバー」
時は遡り、影と翁がイリヤの前に現れる前の時間。衛宮士郎とセイバーの眼前に再び黒髪のくノ一が姿を表した。
「アサシン!」
「無事、だったん、だ」
アサシン。その呼び名に士郎は得心がいった。巫女のような忍者のような格好をしたこの少女は暗殺者の英霊なのかと。
少女は険しい顔で口を開く。
「……セラ殿、リズ殿。どちらでも構わぬ、マスターとして仮契約してほしい」
「は? 何を言ってるいるのです。貴方は既に契約しているでしょう。一騎のサーヴァントに対して複数のマスターを付けるのは原則困難なのですよ」
「先程、遊喜殿との契約が途絶えました」
千代女のその言葉にメイドたちと士郎たちの両者が驚愕の表情を浮かべた。
「遊喜殿の命が危ういかも知れぬ上、私自身も消えかけている。一刻の猶予もないのです。早く」
「わ、わかりました。では私が────」
「ちょっと待ってくれ。おまえは遊喜のサーヴァントなのか?」
千代女は士郎に視線を移した。
「如何にも。私は貴方の弟君のサーヴァント、アサシンの英霊です。そう言う貴方は衛宮士郎殿で相違ありませんか」
「ああ、そうだ。俺の名前は遊喜から聞いたんだな。なあ、アサシン、遊喜が危ないってどういうことだ。あいつは生きてるのか?
そこのメイドの話だと死んでるような口振りだったんだが」
「……セラ殿、拙者の主人を勝手に殺さないで頂きたい」
「私は、敵に情報を与えなかっただけです。死んだ云々はその男が思い違いをしただけのことでしょう」
確かに、襲撃者に捕虜の居場所を教えるわけがないと言えばそれまでだが、千代女としては遊喜がイリヤの元にいる事情を説明して穏当に説得してほしかった。どうにも士郎はイリヤが遊喜を攫ったと勘違いしているようだが、実際はキャスターに襲われていた遊喜を保護したと言う方が正しい。
その経緯を伝えれば、きっと、士郎と戦わずに済むだろう。遊喜が家族を失うという不幸を避けられる。
……聖杯戦争の仕組みからして、士郎のサーヴァントの助命は叶わないだろうが、その事実は胸の内に秘めておこう。
「────と、私たちがイリヤ殿の元にいる理由はこんなところです。だいぶ端折ってしまいましたが、話はここまで。セラ殿は契約の詠唱を急いで下さい。そして貴方……士郎殿は城外の正門前に向かって頂きたい。最後に遊喜殿がいた場所はそこです」
「わ、かった。そこに行けば、遊喜に会えるんだな」
有無を言わさぬ口調の千代女に圧倒されて士郎は首を縦に振る。しかし、彼のサーヴァントはその決断に異を唱えた。
「シロウ、敵の言葉を鵜呑みにしてはいけない。彼女が貴方の弟のサーヴァントであるという保証などありません。いえ、むしろそうで無い可能性の方が高い」
「え………?」
「……私が遊喜殿のサーヴァントではないだと? 何を世迷言を言い出している、セイバー」
「世迷言を宣っているのは貴様の方だ、暗殺者」
アサシンに向き合い、剣を構えたまま警戒を緩めず、セイバーは士郎に語りかける。
「ユウキは魔術の知識を持たないのでしょう。その彼がどうやってアサシンを召喚すると言うのですか」
あ、と士郎が声を漏らす。
セイバーの話には一定の説得力があった。本来、サーヴァントの召喚には英霊にまつわる触媒と召喚陣、多量の魔力と詠唱が必要なのだ。第五次聖杯戦争ではイレギュラーな召喚をしたセイバー陣営でさえ、触媒と召喚陣は揃っていた。
遊喜はそれらの要素を用いずに千代女を召喚したと目の前のサーヴァントは語ったが、そんなあり得ない状況を語られても信憑性がない。
「………召喚については、『私にも判らない』と返すしかありませぬ」
というか、そもそも自分が召喚された時の状況を話すつもりはなかったのだ。だがこのセイバー、余程勘が鋭いのか、千代女が敢えて語らない部分や曖昧にした部分を詳細に話すよう指摘して来たのだ。煩わしいことこの上ない。
おかげで衛宮士郎の目にも千代女に対する嫌疑が生じ始めている。
「話にならんな。やはり貴様はここで斃れろ、アサシン」
セイバーは、完全にこちらを打倒するつもりだ。衛宮士郎はそれを諌めることもできず、棒立ちで考え込んでいる。
これ以上の説得は無意味だろう。セラとのパスも繋がったので、千代女としても一刻も早く遊喜の所に向かいたかった。
「はあ……ではせめて道を開けて下さいませんか。我が主人が死に頻しているやも知れぬのです」
「そう言って、バーサーカーと合流する心算か?」
もう、彼らに時間を割くことはできない。
千代女は自身の胸に掌を当てた。呪術によって彼女は己が血脈に継がれし呪詛に触れる。
永い時を経て、世代と共に埋まりはしても、それは神霊の呪、制御には大量の魔力を消費する。
急激な魔力の高まりにセイバーは目の色を変えた。
「宝具か!」
騎士は旋風を伴って鋭く踏み込み、その剣で暗殺者の首を薙ぎ払う。それは暗殺者を一撃で絶命させるだけの殺意を持った攻撃だった。
しかし、
「あと一歩足りなかったわね」
アサシンの纏う黒い魔力の帯がその剣撃を阻んでいた。それは、まるでトグロを巻く蛇のように、雛を覆う卵殻のように、彼女を包んでいる。
殻はセイバーの剣によってヒビ割れ、今、その中で成熟した呪いが────孵った。
「呪え、我が血を。祟れ、我が罪を。甲賀三郎より幾星霜、濯げぬものがここにはあろう。"
禍つ魔力が大蛇となってセイバーに殺到した。