美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
────"
それは信州禰津村の文書に名を残すという戦国時代末期の名士、甲斐武田家に仕えたという女忍者・望月千代女の
彼女にとっては生涯に渡って自分を苦しめた呪いであり、嫌悪と畏怖を抱くものであるが、本人の心情は別にしてその宝具の威力は凶悪であった。
禍々しい魔力が八つの帯へと収束する。それは、二階建ての家くらいの太さの胴体を持つ巨大な蛇を象った。
伊吹山の神たる伊吹大明神───すなわち甲賀の祖先たる甲賀三郎を祟った邪神・八岐大蛇の極小規模の分霊である。
サーヴァントに規格を落とそうとも、三貴神のスサノオを苦しめた怪物の力だ。
触れれば骨まで溶かす呪力は、物質的な質量すら伴っている。
それらのウチの一体がバネのように体を折り曲げ、自らを砲弾としてセイバーに射出した。
セイバーは躱せない。そうすれば、背後の士郎は肉片となって飛び散るだろう。
であれば、正面から打ち破るのみ。
「"
下段からの切り上げ、セイバーの迎撃行動はただそれだけだ。ただし、そこに込められた威力は常軌を逸している。これは単なる剣術ではなく、剣を砲身とした魔術的砲撃であった。
撃ち出されたのは魔術によって圧縮された大気。25立方メートルのそれを元の体積の十分の一ほどに加工し、大蛇が剣の先に触れる瞬間に解放した。
風船を百個束ねて割ってもこうはならないだろう。それほどのけたたましい炸裂音が木霊する。
飛びかかった大蛇の頭は上に弾かれ、上階の天井を幾つも突き破り、城の屋根さえ越えて外へと放り出された。
どう、と首を無くした蛇の胴体が倒れる。
セイバーはそれを冷めた目で見下ろし、アサシンへと挑発的な笑みを向ける。
「────興醒めだ。これならば蛮族どもの方が幾分か手強かったぞ。宝具を解放しておいてこの体たらく、恥を感じはしないか?」
「ははは、いや全く。むしろ八つ首の一本を捥いだくらいでデカい顔してる貴方に羞恥を感じるわね。共感性羞恥ってやつ」
挑発するセイバーに嘲弄を返して、アサシンは見せつけるように首を失った大蛇を撫でる。するとその首の無惨な断面から急激に肉が膨張し、瞬く間に損なわれた頭部を再形成した。
「この通り、貴方が与える傷如き直ぐに修復できるので。それと、次は一頭だけでなく、全ての首に喰らいつかせるわ。
どう? 次は防ぎ切れそう?」
「その程度の呪いであれば、百に束ねたとて、私には届かない」
「………あっそう。強がるのは結構だけど、そんな貴方の巻き添えになって後ろの主人が死ぬかもしれないってこと、ちゃんと考えられてる?
私としては"出来れば"マスターの身内は殺めたくないから、さっさと降伏してくれないかしら」
「その程度の呪い」、この呪いに苦しみ続けたアサシンは、その言葉には流石に堪忍袋の緒がキレそうになったが、努めてそれを理性で繋ぎ止め、セイバーに最後の勧告をする。
しかし、セイバーは涼しい顔でそれを切り捨てた。
「断る。私は負けない。故にマスターが命を落とすことも無い。貴様の懸念は杞憂だ」
その言葉を最後に、ついにアサシンの慈悲は底をついた。
「……猪武者が。いいだろう、ならばここで屍を晒せ、セイバーッ!」
今度こそ本気の殺意をもって蛇神の呪が唸りを上げる。八つの巨怪が音の壁を越えた速さでセイバーたちに殺到した。
「────」
セイバーは剣を正眼に構えて、大呪を見据える。
実の所、彼女はアサシンを侮ってはいない。逆に最大限に警戒したからこそ、先のような挑発をしたのだ。
八頭の大蛇、あれは呪術によって形作られていて、並どころか最上級の魔術をも無効化するセイバーの対魔力を貫通するだろう。
加えて、再生能力を持つため一つずつ破壊しても魔力ある限り無くならない。
マスターはアインツベルンの優秀なホムンクルスで、魔力切れを狙うのも無理がある。セイバーが魔力切れになる方が早い。
これらの不利な要素をセイバーは直感のスキルによって『なんとなく』理解した。
故にセイバーが求めるのは短期決戦。
「解けろ、"
その
本来の神秘の十三分の一にも満たない。それでも、この聖剣を稼働させるのに必要な魔力は膨大だ。黄金に煌めく刀身を現せるのは、ほんの一瞬、一太刀の間だけ。
だからこそ挑発を行い、八頭の蛇神を束ねて攻撃させた。一太刀で全ての首を斬り落とすために。
「はあああぁぁぁ───ッ!!」
凛とした少女の声が竜の咆哮のように轟く。魔力をジェット噴射のように放出して加速し、床を蹴って飛び上がった彼女は縦横斜めに乱回転しながら剣を振るう。
鎧袖一触。交差の一瞬で、大蛇たちは細切れにされた。
「く────っ」
聖剣の力を使えたのはそこまでだ。そこで刀身は輝きを失い、風の鞘で隠される。だが、これで千代女が盾にできる蛇はいなくなった。再生するまでの間隙に勝負を決める───!
セイバーは更に踏み込んでアサシンの眼前にまで迫る。己の宝具を瞬殺されて愕然としていたアサシンもそこでようやく正気に戻りクナイで防御しようとする。だが、そんなものでセイバーの剣撃は凌げない。
セイバーの一閃がアサシンの胴を割る。
そうなるはずだった。
「■■■■■■───ッ!!」
この鉛の巨人さえ現れなければ。
* * *
とある医師であり心理学者でもある男が語った見解では、臨死体験をした者は皆、九つの過程を通って現世に舞い戻るという。
まず初めに耳障りな怪音を聞き、次に表現しようの無い安らぎを得て、肉体より意識を離脱し、暗いトンネルを通り、ソラに昇って、死した親類に出会い、上位的存在に遭遇して、人生の全てを再体験し、最後に肉体に回帰する。
遊喜の場合、臨死体験では無く実際に死んだわけだが、肉体に戻る前にその医者と同じように己の生涯を回顧することになる。
ほんの十一年の人生だ。特筆すべきものなど無い………こともないか。白い少女と出会ってからここ最近の出来事は常人には経験できない非日常だった。
けれど、それ以前の衛宮遊喜の平々凡々で穏やかなものだったのだ。兄がいて、姉のような人がいて、兄を好きな人がいて、友達がいて、今はいなくなってしまったけど親のような人もいて、神秘なんかには関わらず生きていた。
────ほんとうに?
本当に、そうだっただろうか? ぼくは本当に、この世界をしらなかっただろうか?
あの地獄の底で掴んだ杯の権能を、自分は何処かで知ったのではなかったか?
ずっと、
■は、神稚児の伝承を受け継ぐ朔月という家の人間だった。けれど願望器としての神秘は彼女の代にはとうに枯れ果てて、彼女はとうに只人になっていた。
■は、魔術師の家系の次男だった。長男の兄よりも優れた魔術回路をもって生まれて、家を継げとせがむ父と自分を妬み陥れようとする兄に嫌気がさして家を飛び出した。彼もまた魔術師から人間になった。
養父である衛宮切嗣は言った、「魔術に関わると不幸になる」と。
では神秘から離れ、ただの男と女として出会い恋をして家庭を築いた彼らに不幸は訪れなかったのかと問われれば、そうでもない、というのが実情である。
神秘に関わらずともこの世には掃いて捨てるほど不幸の種はあるのだから。
事故だった。
医者の腕前に不足もなく、経過は順調に進み遊喜は取り上げられた。問題が起こったのはその時だ。執刀中に突如として地震が発生した。激しい揺れに医者はメスを滑らせて重要な血管を傷つけてしまったのだ。
それだけならまだ助かる目はあった。最悪だったのはその時に起きた地震がマグニチュード7を超える大地震であったということ。病院の設備は軒並み使い物にならなくなった。
そうして運悪く彼女は命を落とした。
その時から
彼は目論んだのは『第三魔法の簒奪』だ。
ただ願望器として聖杯を用いるのではなく、その先の奇跡に至ろうとした。
それが実現できる手札が彼の手元にはあったのだ。
本来、第三魔法を手にできるのは聖杯の担い手のみだ。通常の参加者には無い、御三家のアインツベルンにのみ許された特権である。しかし、彼の息子の■■遊喜は、その役割を掠め取れるだけの素質があった。だから彼は息子の体を切り開き聖遺物を埋め込むことでその起源を神稚児のものへと回帰させた。
だが、それで根源に行けるのは、■■遊喜だ。彼ではない。ゆえに、彼は息子の精神に呪縛を刷り込むことにした。
聖杯となれ。第三魔法を掴め。俺の願いを叶えろ。■を生き返らせろ。
────その為に、お前は生まれてきたんだ。
………ああ、思い出した。
かつてこの非現実な世界にいたことを、自分がかつて人ではなく道具だったと言うことを思い出した。
彼は聖杯となった息子を伴って第四次聖杯戦争に参加した。しかし召喚したサーヴァントはよりにもよって最弱のキャスター・■■■。加えて聖杯の役割を奪おうとした彼らは、アインツベルンと魔術師殺しに目をつけられてあっさりと敗退したのだ。
その時に、遊喜の願望器として機能は破損してしまった。
そして第四次聖杯戦争が終わり、衛宮切嗣に引き取られた。
衛宮切嗣は、遊喜の聖杯として機能を封印し、人として生きることを望んだ。
だけど遊喜は人にも成りきれなかった。赤子の頃に刷り込まれた強烈な使命感は、少年からあるべき情熱を奪い去った。
何をやっても、誰に対しても、夢を持てなかった。
────だが、そんな遊喜の前に、熱を上げられる相手が現れたのだ。
* * *
「──────ぁ、?」
深海から引き上げられるように、ゆっくりと感覚が戻った。
「……寒い」
冬の冷たい風が体を撫ぜる。自分はどうやら野外にいるらしい。気怠く体が動かないので、眼球だけを動かして周囲を見回す。
抉れた大地、薙ぎ倒された木々、城の残骸、目に入るのはそんなものだ。どこもかしかも破壊されていて凸凹だった。
遊喜はそんな中で瓦礫が退けられた比較的平らな場所に横たえられている。
どうやら、自分は現世に舞い戻ることができたようだ。
立ちあがろう上半身を起こすと、視界がぐるりと回る。
……ああ、そういえば、あの幽鬼のような男に首を捻り折られて死んだんだったか。
ダラリと垂れる頭を無造作に鷲掴みにして強引に元の位置に戻す。それだけで脛骨は元通りに再生した。
「イリヤは、どこに行ったんだろう」
化け物じみた自分の体に欠けらも頓着することはなく、真っ先に思い浮かんだのは白い少女の姿だった。
戦いが終わっているなら遊喜を野晒しで放置することは流石にないだろう。数日の関係ではあるが、その程度の情をかけられていると思う。
となると………
「■■■■■■!!」
硝子と壁が砕ける音と共に聴き慣れた咆哮が響く。遅れて甲高い剣戟の音も。やはり、まだ戦いは終わっていないらしい。
「千代女との契約は切れてるか……さっき死んだのがダメだったのかな」
遊喜は左胸を見る。そこに刻まれていた令呪は無くなっていた。つまり、自分のサーヴァントを呼び出すことはできない。すぐに合流も難しいだろう。戦いの場に向かったとして、遊喜一人で敵と相対しなければならないわけだ。
サーヴァントと人間の力の差を考えれば、通常あり得ない選択肢である。
だが、遊喜は躊躇いなく戦場に向かうことを決めた。
今の自分なら、サーヴァントにも対抗できるという確信があった。