美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
「………」
「………」
「うぅ……やらかした、でござる」
なんとも言えない空気が旧墓地に充満していた。千代女と言ったか、件の少女は赤く染まった頬を両手で覆ってしゃがみ込んでいる。
この状況どうするべきか。先程までとは別ベクトルで如何ともし難い。
「…………そう。アサシン……やはりサーヴァントで間違いないようね。驚いたわ坊や、現代の人間が陣も詠唱も、触媒すらなく英霊を召喚するなんて」
あ、続けるんだ。女──キャスターは、千代女の失態を無かったことにしてくれるらしい。
「けれど、残念ね。決死の覚悟で召喚したサーヴァントがアサシン風情とは。加えて自ら真名を露呈させる蒙昧っぷり……同情するわ」
「──む。アサシン風情とは随分な物言い。ならばキャスター殿、その身にて我が甲賀の術理、味わってみるか」
「ふふ……それは無理よ。アサシン、貴方はその能力を魅せる間も無く消滅することになるのだから」
再び墓地に凍てつく殺意が充満する。キャスターが指をタクトのように振るえば、それは物理的な凶器となって宙に浮かび上がった。
ぼくの相手をしていた時とは比較にならない数と熱量で光弾が展開される。
対峙する千代女が構えるのは、細い小太刀と紙切れ。側から見れば、あまりに頼りない。
だというのに、ぼくの胸中に不安はなかった。
大丈夫だ。彼女ならきっとキャスターを──
「あ、いやこれ駄目でござるっ。戦略的撤退!」
「ちょ!? 判断が早い!?」
……倒してくれる、と思ったがそんなことはなかった。
まあ当然と言えば当然である。この小柄な少女にあの魔人を倒せなどと無茶な話だ。むしろなぜ、ぼくはこの少女──千代女なら大丈夫などと無条件で無責任な信頼を抱いてしまったのだろう。
「遊喜殿、人気のある場所まで跳ぶでござるよ。聖杯戦争は秘匿するもの、そこまで逃げ切れば、ヤツも追って来れぬはず」
千代女はぼくを抱えて、信じられないくらい高く跳躍した。屋根伝いに人気のある場所──夜であっても眩い新都に向けて駆け出す。
キャスターは……何と空を飛んで追いかけてきた。
逃げるぼくたちに雨あられと光弾が降り注ぐ。
「おおうッ!?」
「うわわわ!?」
千代女は躱し、時に小太刀で弾くことでこれを凌ぎ切る。
キャスターは弾幕の密度を上げた。
千代女は苦無も駆使してこれを落とし切る。
キャスターは弾幕の速度を上げた。
千代女は謎の札から黒い霧の蛇を呼び出してこれを受け切る。
キャスターは弾幕の威力を上げた。
千代女は──
「ぐうっ!? しまった! 遊喜殿!」
キャスターの猛攻に腕を抉られた千代女はぼくを取り落としてしまった。
ジェットコースターから投げ出されたみたいだ。勢いよく地面を転がる。
「うっ、かはっ!?」
目に留まらない速さで流れていた景色がようやく落ち着く。
視界に映るのは冬木大橋。ということは、ここは海浜公園か。
……眼前が赤く歪む。パックリと割れた額から流れた血が目に入ったのか。
「……申し訳ございませぬ。治癒の術は得意ではありませぬが、せめて体の傷だけでも」
千代女がぼくの頭に触れる。すると温かな炎と共に傷ついた体が癒やされていった。
何とか立ち上がるも、ぐわん、と頭が揺れる。どうやら先程に千代女が使った術とやらは失った血までは再生しないようだ。
「遊喜殿、そのような状態で何を無茶なとおっしゃるかもしれませぬが──ここからは一人で逃げていただきたい」
コウモリのようにローブをはためかせてキャスターが地に降りる。
千代女は頬に汗を伝わせながら、再び彼女と向き合った。
「逃げてって……きみはどうするの?」
「遊喜殿が逃げられるまで時間を稼いで、後に追いつく所存」
「嘘つき」
千代女の隣に並ぶ。キャスターはすでに光の線で幾何学的な模様を空に描いている。魔法陣……というのだろうか。先程まで展開していたものより大きい。
「言っちゃあなんだけど、きみとあれには、明確に力の差があるでしょ? 時間稼ぎするっていうのは本当だけど。後で追いつくっていうのは嘘だ」
「……仮に拙者の言に虚偽があったとして。己の命を優先されるのなら、やはり逃げるべきではありませぬか?」
「それで、ぼくが助かるならそうしてたかもね」
シャツを開いて左胸に手を当てる。そこには三日月を三つ重ねた図面の赤い刺青が刻まれていた。
不思議なことにぼくにはコレの使い方が分かる。
「でも、多分無理だと思う」
「………」
「ぼくがきみを捨て石にしたら、あれはすぐにきみを殺して、逃げたぼくもあっという間に捕まって殺される。だからさ──」
赤い三日月が輝く、それは主人の願いをサーヴァントに叶えさせる小規模の奇跡。
「──『
「……承知!」
「遺言は済んだかしら? さあ、指先一つで仕留めてあげる」
そして絶望的な戦いが始まった。
「遊喜殿! これを!」
千代女が投げて寄越した紙切れを手に掴む。これは……?
「健脚と防護の護符にござる。それで、どうにか逃げ回って──くぅ!?」
「マスターを気遣う余裕があって?」
公園の石畳を吹き飛ばすライラックの光線。千代女はそれを小太刀で切り払い。キャスターへと距離を詰めていく。
なるほど。千代女も遠距離攻撃の手段はあるだろうが、ロボットアニメよろしく光弾や光線を放つキャスターには及ばない。
肉弾戦に持ち込む必要がある。そして、そうするにはぼくを置いてキャスターに進行しなければならない。
だから、ぼくは自分で自分の身を守らなければならない、とそういうことか。
「……でも、これっ。だいぶっ、厳しい、と。思うんだけ、どぉお!?」
キャスターも千代女を近づけさせないことが第一優先だ。こちらへ飛んでくる弾幕は少ない。加えて千代女の護符もある。
だが、ぼくは戦いにおいてまったくの素人なのだ。銃弾と遜色ない速度で飛んでくる弾幕を躱すなんて曲芸はできない。
走る。奔る。疾る。
公園の木なんて盾にもならない。走りながら只管に掻い潜るしかない。
しかし当然全てを避けることなど不可能。回避し損ねた弾幕がガリガリと防護の護符を削り取っていく。
このままでは拙い。防護の護符はあと何回で壊れる?
走り過ぎた結果の酸欠と晩御飯を食べていないが故の空腹で、意識が朦朧とし始めた。
その時だった。
「───殺ったぁ!」
千代女の雄叫びが公園に響く。横目に見れば、彼女はもうキャスターの眼前にまで迫っていた。
咄嗟にローブを翼とし、空へ退くキャスター。
だが、もはや間に合わない。千代女は飛び逃げるキャスターに跳躍でもって追いすがり、その首に致命の刃を一閃し───
───しかしキャスターを捉えること叶わず。虚しく空を切った。
「っ!?」
「惜しかったわね、アサシン」
瞬間移動とでも言えばいいのか。千代女の前にいたキャスターの姿がかき消え、瞬く間に背後へと移動していたのだ。
「『
「あぐっ!」
魔法陣から伸びる赤い糸が千代女を絡めとる。
これでお仕舞い。かくてアサシンのサーヴァントの起死回生の一手は失敗で終わる。
この場にぼくがいなければ、そうなっていた。
「『千代女! キャスターの背後に回れ!』」
「!」
千代女を背後から拘束するキャスター。その更に背後に千代女をテレポートさせる。
振り向くキャスター。
「はあぁ!」
その喉を千代女の小太刀が貫いた。
* * *
「はあ……はあ……ふぃー。中々、
「……そう、だね」
紫色の粒子となって消滅するキャスターを尻目に、ようやく一息つく。
どっと疲労が押し寄せてくる。
ぼくたちは二人揃って仲良く公園の地べたに横たわった。
暮夜から始まった非常識な逃走劇の終幕だった。
こうして落ち着ける状態になれば、考えるべきことが次々に思い浮かんでくる。家で帰りを待っている兄のこと。マスターやサーヴァントとやらのこと。キャスターや千代女が用いた非科学的な力のこと。
この中で、まずぼくが問いかけるべきことは───
「ねぇ、千代女。聖杯戦争って、何?」
キャスターが言っていた『聖杯戦争にようこそ』と。この言葉はきっと千代女とぼくの両方に向けられたものだった。
ならばそれを知ることが、マスターとサーヴァントの、今日体験した悪夢のような現実の全てを知る解となるのではないか。
「……うーん。拙者としてもそれを説明するのは吝かではござらんが、一先ず体を休められる場所に移りませぬか? 遊喜殿の今の住処は何処に?」
……それもそうか。
こうして脅威はもう去ったのだ。焦る必要はない。
千代女もぼくも満身創痍といった有様なのだ。先に休息をとっても罰は当たらないだろう。
「ん。分かった。ぼくの家で話そう。でも、ごめん。しばらくまともに立てそうにないから。家まで担いで行ってくれる? キツかったら肩貸してくれるだけでもいいよ」
「ふふ、お安い御用でござる。甲賀上忍はこの程度で根を上げたりはしませぬ」
「あら、無理はしない方がいいわよ、アサシン。貴女の右腕、千切れかけているでしょう?」
──────は?
居るはずのない女の声に思考が停止する。
幻覚か、幻聴か、公園の雑木林の向こう側に確かにヤツの姿がある。
「いいえ? 現実よ、坊や。けれど、また驚かせてもらったわ。人形とはいえ、私を倒すとはね。それも序盤ですらない戦いに令呪を二画も使って。大胆なのね」
「……確かに手応えがあったが、よもやそなた、不死身でござったか」
「それほど大層なものではないわ。言ったでしょう、貴方たちが倒したアレは人形よ。そもそも私は戦ってすらいなかったの」
キャスターはそう言って、人形は持っていなかった半月の杖を掲げた。空を埋め尽くす程の魔法陣は先程のものとは比べ物にならない。
彼女の面頬に浮かぶのは嗜虐の表情。
「さあ、ここからが本番よ。楽しませてちょうだい」
………終わりだ。
精悍尽き果てたぼくたちが、恐らく先の人形よりも強いキャスター本体を倒せるはずがない。
ぼくをぎゅっと抱き寄せる千代女を見上げる。
………せめて、彼女だけでも逃がそうか。
胸の刺青、令呪とやらを使えばそれも可能だろう。
足腰すらままならない。もはやぼくには生き延びることができない以上、それが唯一、キャスターへの嫌がらせになるだろう。
「『
空に地獄の門が開く。収束する淡紫のエネルギーがプラズマを発生させる。
アレが撃ち放たれれば海浜公園が焦土となるだろう。
もはや千代女の手に余る破壊の奔流だ。
使うしか、ない。胸の令呪に力を込める。
魔法陣の砲門が今にも唸りを上げて極光を吐き出して────
「そこまでよ。キャスター」
氷のように冷たい少女の声が絶望を引き裂いた。