美遊を男体化してイリヤをヒロインにしようという試み 作:角が二本
────気がつけば、黒い空間を漂っていた。
「………………?」
いや、黒いというより暗いと言うべきだろうか。視界は閉じた瞼の裏側のようで、光一つないのに自分の体だけはくっきりと輪郭を表している。
なんだこの謎空間。夢の中だろうか。だとしたら、そうだと自覚した以上、もう目覚めても良い頃合いだが。
そうして目が覚めるのを待ってみるが、いつまで経ってもその兆候は現れない。
仕方がないので、この空間を探索してみることにした。
足を踏み出す。地面は硬くも柔らかくもなく、そもそも感触すら感じなかった。靴の音が反響することもない。
それでも前に進んでいることはわかる。
「
そうしてしばらく無心で闇の中を歩いていると、唐突に背後から聞き覚えのある声が聞こえた。振り返る。
「あ、いや、正確にはまだ起きてはいないのですが」
そこには予想通り
「……千代女。ここ、どこ? なんでぼくたちはこんな所にいるの?」
「んー、やっぱり覚えていないのでござるか」
「?」
「こっちの話でござる。それで、ここがどういう場所か、という話でしたな。ふむ、まあ端的に称するのなら『道場』と言った所でしょうか」
もっとも今回はその用途で使用することはありませぬが、と千代女は続けた。
話が見えない。頭に疑問符を浮かべるぼくに、千代女は苦笑した。
「聖杯戦争とは何かを説明すると約束したでござろう。暇のある内に済ませておこうと思ったのでござる」
なるほど。聖杯戦争、その事情を説明してくれるならありがたい。
この状況が妄想でなく現実であればの話だが。
「そこはもう信じてくれとしか。まあ夢だったとしたら、起きた時に忘れるだけでしょうし、聞いておいて損はないのでは?」
………それもそうか。それじゃあ、話してどうぞ。
「合点承知、にござる」
* * *
前提の話をしよう。
この世界には『魔術師』と呼ばれる人種が存在する。彼らは科学とは異なる法則、魔術によって求める現象を発生させる。
例えば『空を飛ぶ』という目的を果たす時、科学であれば航空力学に沿って流体の揚力と推進装置の力で飛行し。魔術であれば魔女伝承に沿って人々の信仰と神秘の力で飛行する。
────聖杯戦争とは、魔術師たちによって催された
参加者は『聖杯』によってランダムに指定され、過去の英雄────サーヴァントという武器を持たされて最後の一人になるまで殺し合う。
そうして生き残ったものに賞金として『ありとあらゆる願いを叶える権利』が贈呈される。
衛宮遊喜が巻き込まれたのはそんな戦いである。
* * *
「……なるほど、大体わかった。けど、疑問点もいくつかある。質問してもいい?」
「どうぞ」
「まず、なんでそんなに聖杯戦争のことを知ってるの? さっきの話が正しいなら、きみは大昔の人なんだよね?」
「ああ、それは『聖杯』から知識を与えられているからでござる。他にも現代の一般常識とか、言語能力とか、争いをつつがなく進めるためにある程度の知識はいただいておりまする」
「サーヴァントって召喚しないと出てこないんだよね。ぼく、きみを召喚した覚えないんだけど」
「それについては拙者からは何とも言えませぬな。余程強い『縁』があったのか、あるいは参加者が出揃わぬことに聖杯が業を煮やしたのか。真実は神のみぞ知る所かと」
「召喚者であるマスターが死んだら、サーヴァントはどうなるの? 野に放たれる?」
「放たれませぬ。サーヴァントにとってマスターは要石。失えばたちまち現世から消え去りましょう。それ故に力の弱い英霊は敵のマスターを狙うのが基本戦略となります。……まあ、拙者たちがまさにそれでござるな」
「この戦争、辞退はできない? 願いを叶える聖杯とか、胡散臭いし興味ないんだけど」
「一応、監督役の教会に申し出れば辞退は可能でございますが、おすすめはしませぬ。あそこの神父、人格が終わっております故」
「なんでそんなことがわかるのさ」
「これも、聖杯から与えられた知識でござる」
「………ふーん、そう」
「じゃあ、最後の質問。
────ぼくって、昔どこかできみに会ったことがある?」
「────」
「………千代女?」
「遊喜殿、申し訳ありませぬが、その質問には答えられませぬ」
……その返しはほぼ答えでは?
訝しむような目で見ると、千代女は困り顔で頬をかいた。
そんな彼女の姿にはやはり既視感がある。懐かしさを感じる。
その感覚はこの黒い空間に訪れてから強まったように思う。
だから聞いておきたかったのだ。ぼくと千代女が聖杯戦争より以前に出会っていたとするなら、それはいつ、どこでのことなのか。
「そろそろ、時間切れですので」
しかし、ぼくはそれ以上、千代女を問い詰めることはできなかった。
黒い空間が白く明滅した。
* * *
「………んぅ」
目覚めた時、まず初めに感じたのは背中の痛み。それは地下牢の薄いマットレスのベッドに寝そべっていたために生じたものであった。
毛布も薄い。もうすぐ二月にもなる時期、雪も降るくらいに肌寒いというのに何という仕打ちだろうか。
「あれ……でも、意外に寒くない、な────っ!?」
違和感に毛布を捲り、そこにある眩い肌色に目を見開いた。
「……ちよ、め」
そこにあったのは昨夜出会ったばかりの少女の姿。その裸体であった。
「ぐがー……すぴー……」
否、かろうじて裸ではない。服と呼べるものではないが体には黒い帯が巻き付いている。
だけど、それが何だと言うのだろう。シルクのような肌の感触が、仄かな体温が、自分の触覚にダイレクトに伝わってくるのだ。多少体が隠れていた所で、平常心を維持できるはずもない。
「────」
こんな場面、誰かに見られたら絶対に誤解されてしまう。さっさと引き剥がして服を着せなければならないのに、茹だった頭は思考を停止させ、ぼくはその場で固まってしまった。
そうして硬直すること数分。停止していた脳は、ようやく再起動を果たした。外から階段を降る足音が聞こえてきたからだ。
「ち、ちよめ。千代女、起きて」
「んー……」
「まずいよ。こんなトコ見られたら、ぼくが兄みたいな女たらしだって思われちゃう」
「むにゃ……後二刻半……」
「起きて。起きて。うぇいくあっぷ!」
「うー……!」
肩を揺らしても目覚めないので、毛布を剥ぎ取る。
すると千代女は唸り声をあげながら、ぼくに抱きついてきた。
「────!!?」
「嫌でござる……起きたくない……冬は冬眠すべきでござる……拙者は春までここで籠城するでござるよぉ」
熊かおのれは。
いやツッコミ入れてる場合じゃない。千代女が体を擦り付けてくるせいで、ぼくの「ぼく」が変態なことに……!
ダメだこれは! ア、アカン! ァ、アァ、あァー!!
「────何をしているのですか、貴方達は」
煮えたぎった脳みそが噴火する、その瞬間。刃のように刺々しい声音が思考を遮った。
見れば鉄格子の向こう側に白いメイドの姿。彼女はぼくたちに穢らわしいものを見るような大変冷たい眼差しを向けていた。
そりゃあ、自分のウチで盛られたらそんな眼にもなるだろう。
だけど待ってほしい。許可もなく人の部屋(?)を覗き込んできたこのメイドさんにも問題があるとぼくは思う。
「…………あの、ノックぐらいしてほしい、です。ぼくたちにもプライバシーというものがあるので」
不満を込めてそう言うぼくを、メイドさんは鼻で笑った。
「ご自身の立場を理解できていないようですね。貴方は捕虜、如何なる権利も認められない存在です。……というか、そもそもの話、この鉄格子のどこをノックしろというのですか」
このメイドさんの名はセラというらしい。イリヤの二人いる従者の内の一人で、主人と似て雪のように白い髪と赤い眼をしている。
ちなみにもう一人の従者のリーゼリットという人も同じ容姿なのでパッと見ると判別しずらい。
しかしぼくは見分け方を心得ている。
ポイントはそう、胸だ。
セラはまな板も同然だが、リーゼリットはメロンもかくやという程に豊かな胸部をしている。そこを比べれば一目瞭然である。
そんなことを考えていると、セラがギロリと睨みつけてきた。
「今、何か卑賤な思考を巡らせましたか?」
「ひぇっ、いえ、何も……」
「そうですか。ならば結構です」
セラは牢屋を開ける。
「出てください、衛宮遊喜。お嬢様がお呼びです」
「……わかった、です。千代女は?」
「出すわけがないでしょう。……ああ、念の為言っておきますが強引に脱出しようとしても無駄なことです。この牢には一等強力な対霊加工が施されていますから、 バーサーカーならばいざ知らず、貴女程度の英霊がこれを破ることはできません」
「念押しされるまでもありませぬ。霊体化はできず、宝具も使えない。この様ではこの牢を抜け出すことなどできないと、とっくに心得ております故」
ぼくがセラに手枷をつけられて連行されていく中、千代女はそう言って呑気に欠伸をした。