Shadowrun Anarchyの小説風リプレイ三作目です。
 世界観などは大体シャドウラン5版と同じです。
 今回遊んだのは同名の公式シナリオ『MY FAIR LADY』です。
 ネタバレを気になさる方は読まないほうがいいかと思います。

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マイ・フェア・レディ

 まぬけ(Pudd'nhead)のウィルソンは、引退したハッカーだ。

 昔はもう少し痩せていてカッコ良かったと本人は言っているが、今はどこにでもいる、しょぼくれた中年の平均値みたいな姿をしている。

 ウィルソンがまぬけ(Pudd'nhead)と呼ばれるのは、彼が現役のシャドウランナーだった頃から。

 簡単で儲かる仕事(ラン)を断り、面倒で儲からない仕事(ラン)を受けたりする。

 かと思えば、誰もが無謀と思える仕事(ラン)に挑戦して、派手に失敗する。

 本人によると、理由は説明できないがなんとなくやりたくなったり避けたくなった結果だと言ってたけど、いつもそんな調子だからまぬけ(Pudd'nhead)だなんて呼ばれるようになった。

 でも時間が経って、周囲は徐々に気付き始める。

 まぬけ(Pudd'nhead)を馬鹿にしていた連中が死んだり、不味い仕事(ラン)に手を出してどこかに姿をくらます中、ウィルソンとその仲間は生き残り続ける。

 周囲は、ウィルソンを幸運のお守りとして見るようになった。

 やがてウィルソンが年を取り、新しいハッキングの技術についていけなくなって引退した後でも、周囲は彼が持つ幸運という才能を求めた。

 今現在、ウィルソンは、昔と同じまぬけ(Pudd'nhead)の名前で、フィクサーをやっている。

 そして僕は、そんなウィルソンから仕事を貰っているハッカーの一人だ。

 僕は、まぬけ(Pudd'nhead)のウィルソンを心の底から尊敬している。

 周りに馬鹿にされても気にせず、彼のように長生きするのが、僕の理想だ。

 本当に、そう思っていたのだが……。

 

 

 

 クラブ・ペナンブラの扉が開くと、激しいベースのうねりが耳を貫いた。

 店内は煙と汗、合成アルコールの匂いが渦巻き、影のような人々が踊り狂う。

 人間、オーク、エルフ、ドワーフ、トロール──メタヒューマンの混沌が作り出されていた。

 僕は酷く場違いな気分に陥りながら、まぬけ(Pudd'nhead)のウィルソンが指定したブースまで移動する。

 途中、何度か人とぶつかったが、もごもごと謝るこっちを気にする者は誰もいなかった。

 やがて目的のブースにたどり着くと、既にウィルソンを初め、数人の人間が座っていた。

 どうやら、僕が最後のようだ。

 

 「少し遅れたが、こいつが今回呼んだハッカーだ。若いが、腕は保障する」

 

 一張羅のスーツを着たフィクサーのウィルソンは、隣に座る背の高いエルフの男性──ブリーチしたブロンドの髪と頭蓋骨に、二つのデータジャックが見える──に説明する。

 このエルフが今回の依頼人(ジョンソン)なのだろう、ウィルソンの態度も心なしか丁寧だ。

 僕は口の中で、その場にいる全員に遅れた詫びを言うと、ソファーの空いている席に座った。

 

 「我が肉体の中には、汝を債権者と見なす魂が宿っている。諸君、こんな遅い時間に会ってくれてありがとう。極めて重要な冒険のために、汝らの協力を得よう」

 

 僕が座ったのを見て、依頼人(ジョンソン)がゆっくりと話を始める。

 なんだかずいぶんと言葉遣いが独特な人だな?

 

 「ここシアトルには、かつてアネキ・コーポレーションという名を冠していた鋼鉄とガラスの城が残っている。だが、今ではレンラクの保有する施設の一つに過ぎない」

 

 彼の言葉に戸惑ってるのは僕だけみたいで、他の人たちは皆、大人しく聞いている。

 ああいけない、僕も話に集中しないと。

 

 「今夜、その城に潜入する。汝らの任務は最上階にあるコンピューターサーバーにハッキングし、『ドレイク』というファイルをダウンロードすること。城から脱出すれば、5カルマを支払う。それで我々の取り引きは終了する」

 

 余計なことを考えていたせいで危うく聞き流しそうになったが、待ってくれ!それは僕の責任が重大すぎやしないか?

 思わず目を見開いて何か言いかけたが、何をどう言えばいいのか言葉が見つからない。

 パクパクと口が開くだけ。

 

 「報酬は十分、悪くない仕事(ラン)だぞ諸君。このメンバーなら問題なくやれるとも」

 

 まぬけ(Pudd'nhead)のウィルソンは何故か自信満々だ。

 いやいやいや、僕には到底、そんな自信はない。

 依頼人(ジョンソン)には申し訳ないが、今回は辞退したいと告げよう。

 僕は心に決めると、急いで口を挟もうとした。

 

 「あの、ウィルソンさん。僕はですね……」

 「おおそうだった! 今回のチームの顔合わせがまだだったな! いやすまんな、お前がいない間に、先に挨拶は済ませちまったものだから」

 

 ウィルソンは何か早合点をして、居並ぶ面々に自己紹介するように促し始める。

 いやそうじゃなくって!

 

 「ザッパー。アデプトで、刀使いだ。あとは(ジツ)もちょい使える」

 

 アーマージャケットの上からコートを羽織り、腰に古風な刀を帯びている若いエルフの男がぶっきらぼうな口調で言う。

 見ただけでわかる、僕が苦手とするタイプだ。

 彼とはなるべく距離を置こうと決めた。

 

 「レッドフード。魔法使い。人や機械を誤魔化す呪文(スペル)と、後は攻撃呪文(スペル)が使える」

 

 赤いフード付きのジャケットを着ている、十三、十四歳くらいの少女が名乗った。

 二つに分けた茶色い髪を結っているところは、年相応に見える。

 それにしても、僕より5歳は若いのに、堂々としていて落ち着きがある。

 

 「……操縦(リギング)、する」

 「すまんな、こいつは口下手なんだ。名前はギアウィッチ。リガーで、ドローンリガーでもある。今回はお前たちを送迎でサポートする」

 

 サイバーアイをつけた、ドレッドヘアの女ドワーフに代わり、ウィルソンが彼女を紹介する。

 袖なしのシャツから見える二の腕は、僕のそれより倍は太くて筋肉質だ。

 でもなんとなく、彼女とは気が合う予感がした。

 同じ技術者同士だからだろうか。

 

 「で、そっちの名前は?」

 

 顎をしゃくって、ザッパーが僕に自己紹介を促す。

 そういえば、僕はまだ名乗ってもいなかった。

 

 「ええと、ダークナイト、と名乗ってます。ハッカーです……」

 

 尻すぼみに声が小さくなった。

 いかにもガキっぽい、シャドウランナーに夢とか見てるやつが好みそうな名前だ。

 今、僕の顔はものすごく赤くなっているんだろう。

 どうしてこんな名前にしちゃったんだろう、もっとよく考えておけばよかったと、この名前を名乗るようになってから何度目になるかわからない後悔をする。

 

 「ふーん、まあよろしく」

 

 あっ笑わない、もしかして思ってたよりいい奴なのかザッパー?

 いやそうじゃない、顔を背けてこっちから表情が見えないようにしてやがる。

 あれは確実に笑ってるな。

 

 「よろしくね、ダークナイト」

 「……」

 

 レッドフードとギアウィッチは普通に挨拶してくれた、優しい!

 この二人は信頼できると、僕はこれで確信した。

 

 「ただのダークナイトじゃねえぞ。間に短剣符がついてる『ダーク†ナイト』だ! すげえだろ!」 

 

 おいウィルソン、余計なことを言うんじゃない!

 明後日の方向を向いてるザッパーが、もう肩とかガクガク言わして笑ってる。

 ギアウィッチは、先ほどよりずっと温かい眼差しで僕の肩を優しくポンポンと叩く。

 レッドフードは、ちょっと笑いながら「ゴメン」と謝ってくれた。

 僕は何か言う気力を完全に無くし、脱力して座っていたソファーに沈みこんだ。

 ああもう、どうにでもしてくれ、畜生。

 

 

 

 深夜のシアトル、ダウンタウンの闇に、アネキビルがそびえている。

 ビルの西側の高所に青く光る「Renraku」の文字だけが嘲笑うように輝く。

 U字型の構造体は、緑豊かな中庭を囲み、表面を覆う超近代的な透明アルミニウムが、月光を冷たく反射していた。

 ギアウィッチの運転する大型バンが、ビルの影に滑り込む。

 エンジンの低いうなりの中、ザッパー、レッドフード、そしてサイバーデッキを抱えた僕の順番で降りる。

 

 「終わったら、迎えに来る」

 

 ギアウィッチがそれだけ言い残すと、バンは闇に溶けるように走り去っていった。

 僕たち三人は、アネキビルの物陰に身を寄せ、中を観察する。

 内部は殺風景──白い壁と照明が、無人の回廊を照らしている。

 夜間だから閉鎖されているようで、従業員はほとんどみかけない。

 ドローンと警備員の巡回は行われているようだ。

 ザッパーが刀の柄に手をかけ、苛立ちながら言う。

 

 「めんどくせえ。全員倒そうぜ」

 

 なんて無茶なことを言い出すんだ、この人は!?

 このままだとヤバい。

 こいつの派手で馬鹿馬鹿しい自殺に、僕まで巻き込まれてしまう。

 僕の心臓が、早鐘のように鳴る。

 

 「待ってよ。えーと、ビルの中にどれだけ警備員がいるかわからない。戦闘なんて避けよう。こっそり進むのが一番だよ」

 

 とにかく必死で、それだけ喋った。

 僕にしては、すごく上手く言えたほうだと思う。

 

 「行けるところまで、隠密(ステルス)で。遅かれ早かれ、あなたの出番はやってくるよ、ザッパー」

 

 僕たちの意見を聞いていたレッドフードが、フードの中から静かに言う。

 これで二対一。

 少しはごねるかと思ったが、ザッパーは刀の柄から手を離し、渋々という顔で同意した。

 

 「ちっ、面倒くせえな。赤いの、呪文(スペル)の警報は感知したか?」

 「今のところ、なし。でも、油断は禁物」

 「精霊の警護も見当たらねえ。ほんじゃあ静かに進むか」

 

 ザッパーを先頭に、僕らは、影を縫うように進む。

 エントランスのドアをこじ開け、中庭を横目にロビーへ。

 芝生の湿った匂いが僕の鼻を突く。

 さらに進んで通路に入ると、警備の飛行ドローンのブーンというローター音がこっちへ向かってくるのがわかった。

 僕らは身を隠そうと、慌てて手近な部屋の扉に駆け寄る。

 だけど、扉はマグロックで固く閉ざされている。

 赤い警告灯が点滅し、侵入を拒む。

 

 「マグロックだ。マグロックのカバーさえ開けてくれれば、僕が急いで鍵を開ける!」

 

 僕が言い終えるより早く、ザッパーの刀が閃く。

 一閃でカバーが裂け、中の回路が露わになる。

 僕は慌てて電子工学用のツールを差し込み、マグロックの解除を試みる。

 ほんの数秒の時間が、無限の長さに感じられる。

 

 「開いたよ!」

 

 三人で部屋に飛び込む。

 息を潜め、ドローンと警備員の気配が遠ざかるのを待つ。

 なんとか、やり過ごせた。

 

 「やるじゃん。ハッキングだけじゃねえんだな」

 「サイバーデッキの修理を覚えるついでに覚えただけだよ……」

 

 ザッパーが僕を見て、にやりと笑う。

 誉められて悪い気はしなかった。

 僕の中に、ちょっとした自信めいたものが生まれる。

 

 「次の巡回が来る。急ごう」

 

 レッドフードはいつも冷静だ。

 その言葉に頷くと、僕たちは通路に戻って先に進んだ。

 何度か巡回の警備員をやり過ごしながら僕らは移動を続け、そうしてビル最上階まで直通のエレベーターにたどり着くことに成功した。

 僕ら三人は乗り込み、最上階を選択。

 エレベーターは、静かに上昇する。

 少しだけほっとしたが、よく考えれば本番はこれからだ。

 この先に何が待ち受けているのか、それを考えると僕の掌に汗がにじむ。

 

 

 

 エレベーターが最上階にたどり着いたことを知らせ、ドアが開く。

 最上階の冷たい空気が僕たちを迎えた。

 無機質な白い廊下は、夜の闇の向こうに街の灯りがぼんやりと見えるガラス窓に面し、静寂が張りつめている。

 僕たちは下の階と同じように慎重に、最上階にあるサーバーのあるオフィスまでこっそりと進もうとしたが、それは果たせなかった。

 突如として赤い警報灯が点滅し、けたたましいサイレンがフロアを震わせる。

 僕は一瞬でパニックになった。

 

 「タイミングが良すぎる。ここまで泳がされてたか?」

 「絶対に引き返せない地点まで引き入れてからの殲滅は、罠の基本」

 「だったら、その罠を食い破って、後悔させてやる」

 

 ザッパーが刀を抜き、レッドフードはジャケットのフードを被り直す。

 僕はといえば、警報のサイレンに驚いてあたふたしていただけ。

 

 「走れ、ダークナイト。敵は俺たちに任せてとにかく急げ!」

 

 ザッパーは最初に駆け寄ってきた、犬のような戦闘用ドローン、GM-ニッサン・ドーベルマンに向かって跳躍。

 刃が弧を描き、両断、火花が散る。

 レッドフードがフードを翻し、手を掲げる。

 その手から雷球(ボール・ライトニング)呪文(スペル)が迸り、青白い球状の稲妻が通路の先から接近しようとしたドローンを次々と焼き払う。

 空気がオゾンの匂いで満ちる。

 僕は体を低くして、大事な愛用のサイバーデッキを落とさないようしっかりと抱えると、一目散に走り始めた。

 目指すサーバーは、一番北のオフィスの中にある。

 僕の頭上を弾丸の雨が過ぎる。

 よく当たらなかった、思わず振り返ると、大きな岩が人の形を取ったような存在──土の精霊というやつだ──が、文字通り壁となって、弾丸から僕を守ってくれていた。

 ほっとして、少しだけ気が緩む。

 普段の運動不足が祟り、足がもつれ始めた。

 しっかりしろ、こんなところで転んだら、それこそ終わりだ。

 死んでたまるかと、僕は必死に足を動かす。

 蜂の羽音のような音を立てて、飛行ドローンが僕を追ってくるのがわかる。

 走り続けて、心臓が破裂しそうだ。

 汗が目に入り、視界が滲む。

 僕がこうして走ってる間も、二人は戦っているようだ。

 激しい銃声と、ドローンの破壊される音が響き、魔法の残光が回廊を焦がす。

 空気が熱く、重い。

 肺が焼ける。

 ようやく、ゴールの部屋にたどり着いた。

 扉を開け、転がるように中に飛び込む。

 オフィスの中は殺風景で、部屋の隅に使われていない機材が置かれている。

 そんな部屋の奥に、だいぶ古いタイプの大容量サーバーがあった。

 こんな二十年以上も昔の古いサーバーに求めるデータがあるのかと一瞬だけ疑ったが、サーバーの外装が歪で、中身は相当いじってアップデートされてることがわかった。

 呼吸を整えると、僕は自分のサイバーデッキ、シアワセ・サイバー5に火を入れる。

 汗を拭い、データジャックに端子を差し込む。

 

 「準備はできてるか!?」

 

 僕より遅れて、ザッパーとレッドフードがオフィスに駆け込んでくる。

 二人ともひどく疲れていて、少し傷ついてもいた。

 レッドフードは、物陰に座り込んでしまっている。

 扉の前に土の精霊を立たせ、さらにそこいらにあるものを積み上げてバリケードを作るザッパーに、僕は話しかける。

 

 「何分、持たせられる?」

 「いいとこ五分、いや三分ってとこだな」

 

 ザッパーの答えに、僕はにやりと笑ってみせる。

 

 「その半分で片付けてみせるよ」

 

 サーバーに接続。

 次の瞬間、僕は、マトリックスの中で闇の騎士(ダーク・ナイト)になった。

 

 

 

 現実の僕の貧弱な体躯は霧散し、代わりに現れるのは西洋風の黒い鎧を纏った堂々たる騎士──闇の騎士を模したペルソナだ。

 漆黒のプレートアーマーが月光のように輝き、肩当てには棘のようなスパイクが並び、ヘルメットのバイザーから鋭い視線が射す。

 腰に佩く剣は、仮想の重みでずっしりと感じられ、手に握ると自信の奔流が体を駆け巡る。

 マトリックスは僕の王国だ。

 溢れ出す全能感で叫びたくなる。 

 だけど、心の奥で、現実の恐怖が囁く──外で、仲間が危険に晒されている。

 時間がない。

 僕は気を引き締める。

 マトリックスは、中世日本風の仮想空間を形成していた。

 足元に広がるのは、深い竹林。

 細い竹の茎が風にざわめき、葉ずれの音が、低く不気味に響く。

 遠くに瓦屋根の家屋が点在。

 中央に聳えるのは古い仏塔──石畳の道がそこへ導き、苔むした石段が、静寂の罠を語る。

 僕は即興でプログラムを生み出す。

 今、必要なのは、マトリックス知覚を補助するプログラム。

 出来上がったばかりのプログラムを起動、『ドレイク』を検索する。

 検索の結果は、すぐ出た。

 中央の古い仏塔、その基部にある、井戸の中。

 僕は飛ぶようにその場所へと向かう。 

 

 「ここだな」

 

 仏塔の中に、古い井戸──石枠に苔が生え、水面は黒く粘ついていて、底知れぬ闇だ。

 僕は手を伸ばし、井戸の底から輝くデータキューブを掴む。

 『ドレイク』のファイル──それは冷たい青い光を放っていた。

 

 「よし、入手した。後は脱出(ジャックアウト)するだけ……」

 

 しかし喜びは、一瞬だけ。

 突然、空気が重く歪み、侵入対策(アイス)プログラムが動き出したことを示すアラートが僕の視界の端を埋め尽くす。

 

 「引き返せない地点まで引き入れて殲滅、だったっけ。マトリックス内でも同じ手とはね」

 

 レンラクがこのサーバーに仕掛けた侵入対策(アイス)プログラムは、赤い甲冑姿のサムライを模したロボットの姿をしていた。

 身の丈二メートル程、赤く塗られた中世の侍の兜の隙間から赤いセンサーの目が、僕を射抜く。

 脱出(ジャックアウト)は不可能。

 この侵入対策(アイス)プログラムを倒さなければ、僕は逃げられない。

 

 「なら、やるべきことはひとつ」

 

 僕は自分の剣を抜き──攻撃用のプログラムだ──赤いサムライに斬りかかる。

 だけど、少し遅かった。

 赤いサムライが、刀を抜くのと同時に斬りつけてくる。

 居合の型。

 火花が散り、刃が僕の鎧の表面を削る。

 ファイアウォールが傷つけられたが、まだ軽傷だ。

 僕はカウンターを狙い、低い突きを放つ。

 剣先がサムライの甲冑の膝の隙間を狙う──だが、サムライが素早くガード。

 金属の衝突音が耳をつんざく。

 僕は諦めず、さらに連続攻撃。

 フェイントを交え、突きから上段へ移行。

 サムライは刀で受け流すのに失敗、剣が振り下ろされ、甲冑に深い傷を刻む。

 実際には、攻撃と防御のプログラムのやりとりなのだが、VRで表示されるマトリックスの中では、本物の戦闘のような斬り合いとして表示される。

 

 「一気に、畳みかける!」

 

 ここで多次元コプロセッサによるブーストを敢行。

 僕の速度が一時的に上昇し、赤いサムライを追い詰めにかかる。

 剣の柄でサムライの腕を叩き、隙を突いて剣を振り下ろす。

 刃がサムライの肩甲を砕き、内部のコードが露わに──赤い火花が噴き、爆発音が仏塔の中を震わせる。

 赤いサムライの左腕が吹き飛び、動きがわずかに鈍る──だが、赤い目が、なおも燃える。

 

 「終わりだ!」

 

 僕は回転斬りで赤いサムライの胴を狙う。

 サムライは、残る片腕で握る刀で受け止めようとするが、受け切れず刀ごと破壊。

 赤い甲冑が内側から爆発し、仮想の炎が上がる。

 赤いサムライの残骸が崩れ落ち、データストリームに溶け込む。

 僕は勝利した。

 しかしその余韻に浸る暇はなかった。

 再び侵入対策(アイス)プログラムが動き出したことを示すアラートが僕の視界の端でスクロールする。

 しかも、今度は幾重にも重なってだ。

 仏塔の外、竹林のほうから、赤い甲冑姿のサムライたちが次々と現れ、こちらへ近づいてくる。

 だけど、今回は逃げるのに十分な距離があった。

 僕はマトリックスから脱出(ジャックアウト)を行う。

 

 「バイバイ、僕の王国」

 

 マトリックスから引き離されるとき、僕はいつも遊び場を取られた子供のような、切なくて悲しい気分になる。

 意識が急速に現実へ引き戻される。

 痛みとめまいで、体を震わせる。

 貧弱な現実の体に戻ったせいか、手足に鉛でも詰まってるかのようだ。

 ひどくだるい。

 

 「ファイルは、入手、した!」

 

 なんとかそれだけを叫ぶと、僕はサーバーからコードを引き抜く。

 マトリックスに接続したときから、まだあまり時間は立っていないはず。

 

 「思ったより早いな」

 

 ザッパーがにやりと笑う。

 レッドフードは頷き、手を掲げる。

 

 「それじゃ、脱出」

 

 彼女の掲げられた手から、装甲板をも融解させる炎槍(フレイミング・スピア)呪文(スペル)が飛び、窓に大きな穴を空ける。

 そこから躊躇なく飛び出すレッドフード。

 えっ、ちょっと待ってよ!そんなの聞いてないんだけど!

 

 「パラシュートもないのに飛び降りるの!? 怖い、嫌だよ!」 

 

 思わず後ずさるが、ザッパーが僕の首根っこを摑まえて、一喝。

 

 「今さら文句言うな、さっさと落ちろ!」

 

 窓際まで引きずられ、無情な一押し。

 サイバーデッキを抱えたまま、僕は虚空へ投げ出される。

 悲鳴というより、うめき声が出た。

 空気が固まりとなって、僕の顔を叩く。

 息が出来ない。

 目を開けているのも辛い。

 それでも、アネキビルの中庭にある緑に、ものすごいスピードで自分が近づいていくのははっきりと見えていた。

 サイバーデッキを強く抱き、僕は死を覚悟する。

 その瞬間がやってくるのが怖くて、強く目をつぶる。

 ……。

 おかしい、なかなかその瞬間がやってこない。

 恐る恐る目を開く。

 先ほどまでとは違って、落下の速度がずっと緩やかになっている?

 そして地面に到着。

 僕は強く体を打ちつけて、ごろごろと転がる。

 背中を強く打ったので、暫くの間、呼吸ができなかった。

 柔らかい芝と土が衝撃を吸収してくれたが、それでも痛いものは痛い。

 命の次に大事な、僕のサイバーデッキだけは壊れないように必死で守ったが、おそらくは全身が青あざだらけになっていることだろう。

 十分痛かったが、それでもビルの最上階から飛び降りて、この程度で済むはずがない。

 一体、僕に何が起こったんだ?

 その疑問は、最後に落下してきたザッパーの姿を見て氷解した。

 複数の大型飛行ドローンが、ザッパーの体を支えて、落下速度を緩やかなものにしていた。

 無様に地面を転がっただけの僕とは違い、ザッパーは体操選手のように華麗に着地を決める。

 そしてその補助をしたドローンはというと、役目を終えると、中庭の緑に隠れていた大型のバンに収納されていく。

 あの車は、やってくるときに乗っていたのと同じもの、ギアウィッチの車だ。

 ということは、あの大型飛行ドローンも彼女の操作によるものか。

 

 「終わったら迎えに来るって、そういう意味かよ」

 

 僕は半泣きで呟いた。

 もうちょっとマシな脱出方法ってなかったのかよ。

 

 「ちゃんと行きの車の中で説明はされてただろ? お前、ぼーっとして聞いてなかったのか?」

 

 ザッパーがあきれた表情で僕のほうを見た。

 全然、記憶に無い。

 もし僕が聞いていたとしたら、こんなやり方絶対に反対していたと思う。

 

 「早く乗って。ここから離れる」

 

 先に車に乗り込んでいた、レッドフードが僕たちに声をかける。

 そうだ、僕たちは未だ敵地にいる。

 あちこちが痛む体に無理をさせて、僕は起き上がる。

 ビル最上階から落とされてまで逃げてきたのに、ここでのんびりして捕まるなんて御免だ。

 

 「とにかく、生きてて良かった…… 次の仕事(ラン)は、もっと大人しいやつを頼むよ、ウィルソン」 

 

 車に急ぎながら、ここにはいないフィクサーの顔を思い浮かべて、僕は呟く。

 シャドウランナーが長生きを目標にするのが、そもそも間違っているのかもしれない。

 いや、今ここで考え込むのはよそう、これからまだ逃げ続けなくてはならない。

 まぬけ(Pudd'nhead)のウィルソンへの文句も、自分の生き方を考え直すのも、全ては安全な場所に落ち着いてからだ。

 僕は自分にそう言い聞かせた。

 

 シアトルの夜は、まだ終わらない。




 知ってる人には蛇足になる解説ですが。
 本シナリオに登場するアネキビルとは、SFC版シャドウランに登場した建物です。
 今回はその建物へ20年以上も経ってから再び突入するというお話になっております。

 ここで少し、Shadowrun Anarchyのシステムの話を。
 ランナーの特殊な装備や能力を表現するシャドウアンプは、ルールブックのリストにあるものから選ぶだけではなく、改造や作成ができたりします。
 たとえば、レッドフードの習得している雷球(ボール・ライトニング)の呪文は、雷撃(ライトニング・ボルト)の呪文を複数の目標を攻撃できるように改造して、その分習得に必要なコストを上げたものです。
 他にはサイバーウェアを改造して、オリジナルの一品ものサイバーウェアを装備しているサンプルキャラクターなどもいて、結構楽しかったりします。

※おまけのキャラステータス
■ダーク†ナイト
種族:ヒューマン
マンデイン
■能力値
筋力:3
敏捷:3
意志:5
論理:6
魅力:2
エッジ:4
■気質
・現実はいつも場違いな気分にさせる
・真実には価値がある。だからこそ高く売れる
・戦闘より、戦いを回避するほうがかっこいい
・マトリックスの中では、僕は神だ
■技能
クラッキング:5
電子工学:5
隠密:4
■シャドウアンプ
シアワセ・サイバー5(サイバーデッキ)
データジャック
多次元コプロセッサ
■素質
忍者バニッシュ
オン・ザ・フライ
社会的ストレス
■装備
イングラム・スマートガン
スタンバトン
アーマークロージング
■ギア
コムリンク(トランシス・アヴァロン)
偽造SIN
電子工学ツール
エリアジャマー
スティムパッチ
■コンタクト
まぬけ(Pudd'nhead)のウィルソン(人間の引退したハッカー、フィクサー)
スカッグス(ドワーフのエンジニア、故買屋)

ダークナイト「全国のダークナイト、あるいはダーク†ナイトの皆様方、悪乗りでした。誠に申し訳ございません。深くお詫び申し上げます。あと、まぬけのウィルソンは昔使ってたお気に入りのPCで、綺麗に引退したキャラなのでこんな形で再登場させました」

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