最強ヒロインの俺がクラスの美少女に正体バレたら、なぜか付き合うことになった件   作:潮井イタチ

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10:そっちが彼氏面をしないでほしい件

 その日の前日。

 星一とティテアが、ヴァルハラのセーフハウスを漁っていた頃。

 

 ヒイロチームが拠点とするビフレスト素茂(そしゃげ)支部の訓練場で、剣を振るう金髪の少女の姿があった。

 

「はぁあああっ!!」

 

 大剣から放たれる光波が疑似魔獣に命中し、その全身を消し炭に変える。

 

 魔獣からは『契約』の強化に使える様々な資源(リソース)を獲得できる。

 だが、通常のそれはさほど質が良くはないため、こうやって人為的に召喚した疑似魔獣を倒すなどして、精製・純化された良質な資源(リソース)を得る必要があるのだ。

 

 疑似魔獣の召喚陣は、月や星の並びを利用しているため、曜日ごとに得られる資源(リソース)の属性に違いがある。

 そして今日は光の属性……すなわち、江洲々或(えすえすある)レアの契約強化に必要な資源(リソース)が排出される曜日だった。

 

「え、江洲々或さぁん……ちょ、ちょっと休憩しましょうよぉ……もうこれ何周目ですかぁ……」

「あ……。す、すいません、カロさん」

 

 レアは、ぐったりとした様子の牛枠(うしわく)カロに頭を下げる。

 牛枠(うしわく)カロは、他者の必殺技の威力強化や即時発動などを行える、ビフレストでも屈指のサポーターだ。

 多くのチームに引っ張りだこであり、今日もこうしてレアの周回に付き合わされていた。

 

「なんだかレジエンダさん絡みで大騒ぎがあったのは聞いてますけどぉ。だからって焦ったって仕方ないじゃないですかぁ。ちょっと無理した程度で並べる相手じゃないのは、前々から分かってたことでしょう?」

「それは……そうなんですが……」

 

 俯くレア。やれやれと肩をすくめるカロと入れ替わるように、指揮をしていた素茂(そしゃげ)ヒイロが語りかける。

 

「もう一人のリーレアが言っていた、『秘密』に関わること?」

「っ、それは……」

「いや、無理に聞き出すつもりはないよ。知れば、もう一人のリーレアが襲ってくるっていうところは僕も聞いていたから」

 

 ヒイロがやってきた時、リーレアは今までに見たこともない変身をし、もう一人のリーレアと向かい合うところだった。

 そして変身の最中にやってきたヒイロと違い、レアはリーレアの変身前……つまり、彼女の正体を見たはずだ。

 

 彼女が焦ったように訓練に励むのは、きっとその正体が理由なのだろう。

 

「……あの子の、助けになりたいんです」

「それは、僕だって同じ気持ちだよ」

「でも、私たちの力じゃ全く足りない。完全に規格が違う。まるで、戦乙女(ワルキューレ)とは全く別種の力を使っているみたいに……。その上、誰かに相談することもできないなんて……」

 

 分かる範囲のことからできうる限り調べはしたが……リーレアに何が起こっているのかは、ついぞ何も分からなかった。

 

「代わってあげることはできないんでしょうか。力はともかく、彼女自身がそこまで戦いに向いているとは思えません。私ならもっと、何か……」

「分からない。戦乙女(ワルキューレ)技術の第一人者だった父さんたちが生きていたら、何か判明したのかもしれないけれど」

 

 ヒイロの両親、素茂(そしゃげ)博士夫妻の戦乙女(ワルキューレ)研究にも、あのような現象は記されていない。全くの未知といっていい事象である。

 

「今はビフレストがあの捕らえた戦乙女(ワルキューレ)……仏請(ぶつこわれ)千糸(ちいと)から情報を聞き出すのを待つしかないよ。難航しているみたいだけどね。『なんでお主らも何も知らんのじゃボケ』とか言われたし」

「……ヒイロさんは、不安にならないんですか?」

 

 暗い顔で、レアは言った。

 

「私は、不安です。自分がここまで無力だなんて思ってもいなかった。私が、あの子を助けてあげないといけないのに……」

「……僕は」

 

 ぽつりと、独白するようにヒイロは言う。

 

「僕は、いつも自分が無力だと思ってばかりだよ。自分が直接戦えないから、君たちを魔獣と戦わせていることもそうだし、父さんと母さんが死んだ時だってそうだった」

 

 ちゃり、と普段から持ち歩いている、古びたペンダントを手に取る。

 今は存在しない素茂(そしゃげ)研究所で使われていたペンダント型電子キー……それを模したものだ。

 お揃いのペンダントをねだったヒイロに両親が作ってくれた、形見の品である。

 

 子供の頃は、自分にできないことなんかないと思っていた。

 両親のみならず周囲の多くの人間に評価され、子供ながらに研究を手伝っていたヒイロは、自分の能力に絶対の自信を持っていた。

 

 だが、それは両親が死んだあの日に全て崩れた。

 自分の力なんて何の意味もないと思えて、仕方がなかった。

 そして、それなのに周囲は、そんなヒイロの才能を評価し、羨んでくる。大切な人も守れないような才能に、価値などありはしないのに。

 

 しかし……。

 

「ありきたりなセリフだとは思うけど……それでも、自分にできることを探し続けるしかないんだと思う」

 

 ヒイロはペンダントをぎゅっと握る。

 

「現に、意味が無いって思いながらも続けてきたおかげで、ビフレストの人たちや戦乙女(ワルキューレ)のみんなと出会えた。そんな今の自分に、何もできないなんて思わない。他の誰かと比べて足りないんだとしても、僕にしかできないことはきっとあるはずなんだ」

「……ヒイロさんは、強いんですね。私には……」

「僕だって、最初からこんな風に思えたわけじゃないよ」

 

 ヒイロは苦笑して、懐かしむように語る。

 

「子供の頃の僕にずっと突っかかってくる奴がいたんだ。その頃は僕も塞ぎ込んでたから、大人気ないぐらいボコボコに叩きのめしてた」

「は、はぁ……」

「でも全然へこたれずに向かってくるもんだから、僕も意地になってさ。世の中にはどうしようもないことがあるんだって、分からせたくなって、格の違いを教え込むようなことまでしてた」

 

 レアは驚く。今のヒイロからは想像もつかなかった。

 司令官(コマンダー)という、大勢の人間のチームワークを維持する立場であるが故、努めて模範的な態度で振舞っていることは知っている。

 だが、それを抜きにしても、ヒイロが善人であることは疑いようのない事実だ。そんなヒイロが……。

 

「だけどいつの間にか、あいつは向かってこなくなった。諦めたんじゃない。僕を上回ったのを確信して、もうそんなことをする必要がなくなっていたんだ」

「上回った……? 何でですか?」

「それは……今でも分からない。でも、きっと何か精神的なものだと思う」

 

 実際はゴリゴリに物理である。

 

「あいつみたいな自信が、あの頃の僕はどうしようもなく欲しかった。だから、ただ塞ぎ込むだけじゃなくて、あいつと同じように何にでも我武者羅に当たっていって……そうしている内にいつの間にか、って感じかな。あいつも今の僕と同じように、自分にしかできない何かを見つけていたんだと思う」

 

 ヒイロの話を聞いたレアは、納得がいくようないかないような、微妙な表情を浮かべる。

 そして、おずおずとした様子で、遠慮がちに問いかけた。

 

「えっと、その人の名前は……?」

 

 そうして、現在。

 

 学校の二年棟。

 何か得るものがないかと孤門星一のクラスにやってきたレア。

 だが、そこがティテアと同じクラスだったことを知り、どうにも気まずくなっていた。

 なにせ今朝、何か言おうとして何も言えずに引き下がったばかりである。

 

 ヒイロも同じクラスだったはずだが、彼は今日ビフレストで仕事がある。優等生かつ極めて優秀な司令官である彼は、学校を自由に休むことを許可されていた。

 

 うーんと思い悩むレアの元に、一人の女子生徒が気づいてやってくる。

 

「えっと、ティテアのお姉さんですよね? ちょっと今ティテア教室いないんで、何かあるなら伝えておきますけど」

「あ、そうだったんですね。実はその、ティテアではなくて、孤門星一くんの方に聞きたいことがあって……」

 

 それを聞いた女子生徒が目を見開く。そして、ひそひそと顔を寄せて小声で言った。

 

「(あの……やっぱりあの二人って付き合ってるんですか?)」

「(ふえっ!? い、いえ、私は何も聞いていませんけれど……)」

「(あ、そうなんですか。いや、なんか今日ティテアすごい緊張してて。そんで孤門に呼ばれて、顔真っ赤にして出ていったんで……)」

 

 レアが気にしていなかっただけかもしれないが、ティテアに男の気配などまるでなかった。

 何かの間違いか、この女子の勘違いなのではないかと思ってしまう。

 

「(私はまだヒイロさんと付き合えてないのに……)」

 

 ともあれ、二人がいないと言うのならば仕方がない。

 少し悶々としつつ三年棟に戻ろうとするレアだったが、その直前。

 

「あ」

 

 遠目に歩いているティテアを見つける。

 いつもきっちりとした妹には珍しく、少し乱れた制服。そして、仄かに赤らめた顔。

 

 レアの隣にいたさきほどの女子生徒が、小声で何かを言う。

 

「(やっぱりあいつらえっちなことしたんだ!)」

 

 それが聞こえたわけではないが、視線を逸らそうとするレア。

 しかし、どうにも妙な色気があって、ティテアから目が離せない。

 普段の妹と見た目は変わらないはずなのに、やたら可愛い。なんだこれは。

 

 だが、そうして見ている内に、彼女が腕を庇っていることに気がついた。

 慌ててティテアを人目につかない所に連れていき、問いかける。

 

「てぃ、ティテア……!? どうしたの、その怪我……!」

「え、江洲――、んんっ」

 

 ティテアが自分の口を塞ぐように手を当てる。

 そして何も返事をしない。頭の中で考え込んで押し黙ったままだ。

 

「と、とにかくちゃんと治療しないと! 待ってて、学校に通ってる治癒系の戦乙女(ワルキューレ)に心あたりが――」

「ちょ待っ、それは駄目……です……!」

 

 混乱したように言うティテア。だが、確かにその通りだ。これが戦いでできた傷なのだとしたら、この傷からティテア=リーレアであることがバレる可能性がある。

 

「す、すぐに治りますから……! 治癒力を高めてあるので、本当に、一時間とかで……だから、気にしないで、ください……」

「でも……!」

 

 そう思って見てみれば、乱れた制服や上気した頬も、戦いの結果であるかのように思えた。

 雰囲気も非常に弱々しく、普段のティテアらしくない。可愛らしく見えたのはそのせいか? 何が色気があるだ。弱っている妹を見てそんな風に思うだなんて……自分の鈍感さが嫌になる。

 

「せめて、保健室に行こう? こんな布じゃなくて、もう少しちゃんとした包帯を使わないと」

「う、あ、えと」

 

 怪我をしていない方の腕を引き、保健室へと連れていく‎。

 

 レアは歯を食いしばる。戦乙女(ワルキューレ)になって妹を守ると決めたはずなのに、今の自分はこんなことしかできない。すぐに治ると言っているのが恐らく本当な以上、これだってただのレアの自己満足だ。

 

 幸いにも保険室には誰もいなかった。棚から包帯と消毒液を取り出す。

 

 治療のために上着を脱がすが、その後を脱がすのに強く抵抗された。

 

「服脱いで、ティテア。手当てするから」

「いや……袖めくれば、十分です、から……」

 

 強く抵抗する様子が逆に怪しかった。姉妹同士で肌を見られることに抵抗などあるはずもないのだから。

 人に見せられないような傷でもあるのかと不安になり、半ば無理やりに脱がす。

 

「や、やめ――!」

「痛っ……」

 

 だが、抵抗する力が思った以上に強く、腕を弾かれたレアが痛みに呻く。そしてその途端に、ティテアの力が弱くなった。

 妹の良心につけ込むようなやり方に罪悪感を抱きつつも、力が弱くなったのをいいことに無理やり服を脱がしていく。

 

「ま、待って……! だめ、ダメなんですってば……!」

「大丈夫、他の人には上手く言っておくから! ティテアが怪我してるなら、ちゃんと、医者か戦乙女(ワルキューレ)の治療を受けないと――!」

 

 バッと服を剥ぎ取る。

 晒した肌に、傷跡は一切なかった。

 レアはほっと息をつき、安心してティテアを抱き締めた。

 

「良かった……何もなくて……」

「ひぇえ……!」

 

 合わせた胸同士から伝わってくる動悸が激しい。落ち着かせるように背中を撫でる。

 

「ごめんね、こんな強引に……でも、それでも私、ティテアが心配なの。こうやって怪我だってして……お願い、お姉ちゃんに話して? ティテアの抱えていること、できるなら私が代わりに――」

「――何を、してるんですか」

 

 突如、背後からかけられる男の声。

 強い怒気のこもったそれに、レアは慌てて振り返る。

 

「星い……ティテアから離れてください、江洲々或先輩」

「きゃっ!?」

 

 やってきた男子生徒に無理やりに引き離され、レアは床に尻もちをつく。

 その剣呑な光景に、ティテアが慌てて彼の腕を掴む。

 

「ちょ、何やって……!」

「そうやっていつも上から目線で偉そうに、無自覚に人の大事なものを取っていって……。あなたにわた……彼女の何が分かるって言うんですか?」

 

 言葉こそ敬語だったが、表情も態度も、完全に怒髪天を衝いていた。

 あまりの激情に一瞬怖気づきそうになるレアだが、彼女も魔獣との戦闘を行う戦乙女(ワルキューレ)。荒事への耐性は高く、すぐに取り直して男子生徒へと向かい合う。

 

「な、何が分かるって……! 私はこの子の姉です! あなたこそ急に出てきてなんなんですか!」

「姉だからなんです? あなたは何も分かってない。口では心配するようなことを言って、それで結局やることが彼女の役割を奪うことですか? 本当にくだらない……」

「そんなこと……!」

 

 とっさに反論しようとするが、それ以上が続かない。

 

「……それっ、でも、妹を心配して何が悪いんですか! それでこの子が傷つかずに済むのなら……!」

「で、あなたはこの子の代わりに力を手に入れて、それで活躍して、彼女が得るはずだった地位や名誉を奪ってめでたしめでたし、と?」

「っ」

「傲慢なんですよ、やり方が。こっちを気遣うくせに、こっちの意思はお構い無しで。傷つけてるのはどっちなんでしょうね」

 

 ついに黙り込むレア。すがるようにティテアに伸ばしかけた手は、彼が奪い取るようにぐいっと彼女を抱き抱えたことで、行き場を失う。

 

「ひゃ……! お、おま……!」

「もう一度言います。あなたは何も分かっていない。――ティテアのことを分かってやれるのは、俺だけです」

 

 そこまで言って、男子生徒は口が滑ったというように口に手を当て、ティテアはもうわけが分からないといったように目をぐるぐると回していた。

 

「そのっ、も、もう、いいから! てぃ……せ、星一くんも、あの、今言うのは、アレ、ですから!」

「……す、すいません。言い過ぎました、江洲々或先輩」

「う……」

 

 謝られるが、レアは何も返せない。

 ただ、反射的に今しがたティテアが言った名前に反応する。

 

「その、あなたの名前は……」

「……孤門星一です」

 

 やはり、という気持ち。

 彼に聞きたかったことは、しかし、今は自分には聞いたところでどうしようもないように思えて仕方がなかった。

 

 どうしようもなく、ティテアに向ける視線。

 しかしそれは、死ぬほど気まずそうに逸らされるばかり。

 

 居心地の悪い静寂。何も言えないレアは、黙って部屋を出ていく二人を、ただ見つめていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元の姿に戻ったティテアは、それはもう深々と俺に頭を下げた。

 

「ごめんなさい……」

「い、いや、俺は別に……」

「違うんです……あんなこと言うつもりじゃ、言わせるつもりじゃなかったんです……本当にすいません……」

 

 ずーんと落ち込み自己嫌悪した様子。今まで俺を巻き込むことに対して申し訳なさそうな顔ひとつしなかったティテアが、何度も謝罪を繰り返していた。

 

「あんなの口で言ったって何にも意味無いのに……それで分かってくれるような人ならここまで拗れてないのに……しかも、星一くんに責任を負わせて、評価を落とすようなやり方で……うぅ……」

「確かにまぁ、褒められたやり方じゃないかもしれないけど、そんなのもう今更だろ? 俺は気にしないし、そっちも気にしなくたっていいって。まあ、お前らしくなかったとは思うけど……」

 

 そう言う俺に、ティテアがどうにも感情を抑えきれない様子で言う。

 

「だって、姉さんが、姉さんが星一くんに抱きついたりするから! それに星一くんもドキドキしてて! 分かってますよ、ああいう大きいのの方がいいのは! でも、でも――!」

「いや俺はティテアの身体で服を脱がせられて裸を見たのにドキドキしてただけで、江洲々或先輩に興奮してたわけじゃ――!」

 

 そこまで言って、二人とも自分が何を言っているのかに気がついて黙り込む。

 ……顔が熱い。もしかしたらさっき先輩に抱きつかれた時より熱いかもしれない。

 

「……あと、あの」

「な、なんですか」

「俺その……貧乳派だから……」

「……っ?!」

 

 ティテアは覆い隠すように自分の体を抱き、しかしまだ俺が自分(ティテア)の姿であることに気づいて、混乱したように男子制服の袖を振った。

 

「それは、いや、でも、セクハラ……! ですけどその、ええと……! と、とりあえず一旦変身解除して、着替えましょう!」

「お、おう」

 

 そういうわけで服を交換し、着替えた。……ティテアの着てた服……でも俺の身体で着てたし……いや、深く考えないようにしよう。

 

「……と、とにかく、これだけティテアに協力しといて、今さら俺だけ嫌われたくないってのも虫の良過ぎる話だって。俺は何も気にしてない」

……そうやって私に甘いこと言うから……

 

 ティテアは小声で呟いてから、未だ動揺しつつも気を取り直すようにこほんと咳払いをした。

 

「ひとまず、これ以上放っておいても可哀想ですし、木棺玄(きかんげん)テイの取り調べに移りましょう。話は私がするので、星一くんはもしもの時に備えてリーレアになって控えててください」

 

 そういうわけで、瞬間移動でやってきたのは昨日のセーフハウス。

 

 既に変身デバイスは奪ってある。あの剣の腕前を見るに生身でもそれなりに動けそうだが、流石に超能力者として☆3戦乙女(ワルキューレ)相当の力を持つティテアには敵わないし逃げられないだろう。

 拘束を解かれ解放される長身女子。

 

「くっ、殺せっ……!」

 

 とは言っていないが雰囲気としてはそんな感じ。

 

 だが、そこがビフレスト本部でも何でもない、自分が使っていた人気の無いセーフハウスだと知ってから、少し態度が変わった。

 

「どういうことだ……? なぜビフレストに連行しない? リーレア・レジエンダ、君は単独で動いているのか?」

 

 俺にはなんのこっちゃ分からなかったが、ティテアはそれで何か察して、会話を上手く誘導した。

 

「ですから、ビフレストにあなたから得た情報を伝える気はありませんよ。もちろん、あなたの態度次第では分かりませんが」

「そうか……君は既に【強欲】の魔人の呪いに気づいていたんだな」

「【強欲】の魔人……」

「……知らないのか?」

「いえ、ヴァルハラに妙な事態が起こっているのは知っていましたが、その原因までは」

 

 だいぶ綱渡りな騙し方してるはずなのに、堂々とし過ぎててなんか全然そんな感じしないな……。

 

「ヴァルハラも魔人対策はしていた。だが、奴ら上位魔人の七王は、肉体の直接検査以外のあらゆる探知をすり抜けるんだ。気がついた時には、優しかった多田野(ただの)謂人(いいひと)教官や、善人だった善野(ぜんの)博士(ひろし)博士もおかしくなって……私ももう、どれだけ正気か分からない。考えてみれば、なぜ交渉もせずに強引に神の娘(レギンレイヴ)を確保しようとしたのか……」

 

 要は、ヴァルハラは悪の組織ではなく、その【強欲】の魔人とやらにおかしくされていたということか?

 

 こちらを騙すためのでまかせかもしれないが、なぜかそうではない気がする。なんでそう思うのかは分からないが……彼女の悲痛な態度が、どうにも演技には思えないからだろうか。

 

「……敗北した身で言うのは烏滸がましいが、ここから話すことは他言無用で頼む。録音機材や通信機材も停止させてほしい。君一人の胸に留めておいてくれ、リーレア」

「ええ、わかりました」

 

 ティテアは真剣な顔で頷く。

 

《聞きましたね星一くん! これから二人で聞く話は他言無用ですよ!》

《こいつ……》

 

 まあいいか。なんだかんだ元気そうで何よりである。

 

「……ヴァルハラは、ある一体の大魔獣を長年封印し続けてきた。その特性上、他組織にもその存在と脅威を伝えることができない魔獣を」

 

 木棺玄(きかんげん)テイは悔しげに言う。

 

「その名を――魔竜ファフナー。『多くの人間に敵意を抱かれるほど強くなる』という特性を持つ、間違っても外に出すわけにはいかない最強の怪物だ」

「……確かに、それはビフレストとは相性が悪いですね。戦乙女(ワルキューレ)も質より量を重点に置いていますし」

「ヴァルハラもそう考え、組織の精鋭戦力化に邁進し続けたが……そこに、【強欲】の魔人の呪いを受けた。『力を求める者を狂わせる』呪いを」

 

 それが、ヴァルハラが今や人類の敵として扱われるようになった原因。

 結果、ヴァルハラの手段と目的は入れ替わり、外法にも手を染め、果ては元凶である魔人と手を組むようにさえなってしまったらしい。

 

 一部の人員はまだ正常に機能しているが、それもいつまで保つか分からないそうだ。

 

「木棺玄さんでも倒せないんですか? いくら強くなると言っても、あの44秒の攻防無効化があれば……」

「魔竜ファフナーは不死だ。倒せるのは、強い光の属性を持ち、変身デバイスとの適合率92%を超える万能型の特性を有する最強の戦乙女(ワルキューレ)神の娘(レギンレイヴ)のみ」

「えっ」

「頼む、力を貸してくれ。君が神の娘(レギンレイヴ)であることはもはや疑いようもない。証拠に、この判別用のクリスタルが反応するは、ず……。……アレッ」

 

 長身女子が懐から取り出したクリスタルは、うんともすんとも言わない。

 そりゃそうだ。ティテアも光の属性を持つ万能型の戦乙女(ワルキューレ)だったはずだが、別に最強なんかじゃない。

 

 てか、その条件に当てはまるのってもしかして……。

 

《これ、江洲々或先輩のことじゃね?》

《うえぇ……マジですか》

 

 ついさっき軽く喧嘩したばかりのティテアは、これ以上ないくらいに渋い顔をする。今の彼女には、困惑する木棺玄(きかんげん)テイをただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レアはぼんやりとした足取りで、三年棟を歩いていく。

 脳裏をぐるぐると回るのは、先ほどあの男子生徒……孤門星一に言われた言葉だ。

 

 あれから何度も考えていたが、どうにも反論が浮かばない。いや、浮かんでも、自己正当化の方便のように感じてしまう。

 

 ティテアのために姉としてできることはしてきたつもりだった。けれど言われてみれば確かに、それで評価されるのはレアの方ばかり。ティテアの頑張りは誰にも顧みられることがなかったように思える。

 

 ティテアの文句は出来ない子供の泣き言として切断処理されて、レアの方もその認識につられて、妹のことを我儘ばかり言う手のかかる妹とか、そんな風に扱っていた。

 

 だって、レアが動けば自然と()()()()のだ。

 どうして気づかないのか分からないようなコツ。

 なぜすぐに解決しないのか分からないような簡単な問題。

 自分なら危うげなくしのげてしまう、なんてことの無い危機。

 

 そんなもののために姉である自分が手を貸してやるのは当然のことだ。

 これまでずっとそうだった。

 それに文句を言われる筋合いなんて無いと思っていた。

 

 だが、妹は自分なんて及びもつかない最強の戦乙女(ワルキューレ)だった。

 今までのやり方なんて全く通用しない。

 レアの手助けや頑張りは、妹に何の影響ももたらせない。

 それなのに代わってやりたい、自分ならもっと上手くやれるなんてのは、なんの根拠も無い戯言で、そんな傲慢さで妹の立場を奪ってしまうことに過ぎず……。

 

(じゃあ、私が今までやってきたことは……)

 

 認めたくなかった。だが、だが……。

 

 そんな風にうつむき加減に歩いていたレアは、ついに向かいから歩いてきた男性教師とぶつかってしまう。

 

「っ、す、すいませんっ」

「アァ、いえいえ。気にしないでください、江洲々或さん」

 

 見覚えのない教師だった。少なくとも、授業を受け持たれたことは無い。既婚者なのか、薬指に指輪を嵌めている。

 だが、何か違和感があった。結婚指輪にしてはデザインがどうにも禍々し……、

 

(あれ? えっと……)

 

 直後、認識にモヤがかかったみたいに、何に違和感を覚えていたのか思い出せなくなる。

 

「しかし、珍しいですね。江洲々或さんがそんな風にぼうっとしているだなんて。やはり、戦乙女(ワルキューレ)のお仕事がお忙しいとか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「となると、リーレアさんのことですかねえ?」

 

 内心を言い当てられ、ドキリとするレア。

 男性教師は穏やかに、しかし畳み掛けるように言葉を連ねる。

 

「ネットでもよく見ますからねえ。『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』だなんて。レアさんみたいな優秀な方でも劣等感を抱くぐらいですから、まあ相当なものでしょう」

「違っ、私は劣等感なんて! ただ単に、私はあの子の助けになりたくて――」

「ほぉ」

 

 ちゃり、と男性教師が懐からペンダントを取り出す。

 ヒイロが昨日見せていた、素茂(そしゃげ)研究所のペンダント型電子キーだ。

 

「! それは……」

「私、実は素茂(そしゃげ)研究所の元研究員でしてね。博士のご子息でも知らない、戦乙女(ワルキューレ)を大幅に強化する特殊な措置に、一つ心得があるのですよ」

「そうなんですか?! なら、すぐにヒイロさんにも伝えて――」

「ただ、『魔姫化』はそれなりに負荷の高い措置でしてね……。通常の戦乙女(ワルキューレ)に施すには危険があると、封印してしまったのですよ。ええ、江洲々或さんのような非常に優秀な方でないと、できないようなことですからねえ……」

 

 差し伸べられた手に、普段のレアなら、怪しいと勘づけたはずだった。

 

 だが、先ほどの出来事による精神的動揺。学校内にはレーダーがあり、魔人は入り込めないという安心。目の前の男性教師が密かに放っている心理干渉波。そして、かつてとある超能力者にワンパンで消し飛ばされた【傲慢】の魔人の遺産が、レアの心を脅かす。

 

「……江洲々或さんなら、リーレアさんのように、他の人たちに心配をかけたりはしないでしょう……?」

「あ、う……」

 

 惑わされた頭にささやかれるその言葉が決め手となって、江洲々或レアは、ついに男の手を取った。

 取ってしまった。

 

「その、先生は……」

「ああ、私ですか」

 

 偽造された電子キーを握る男性教師は、悪魔のように人好きのする優しい笑みで言った。

 

実浜(じつはま)(じん)と言います。これからよろしくお願いしますねえ、江洲々或レアさん」

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