最強ヒロインの俺がクラスの美少女に正体バレたら、なぜか付き合うことになった件   作:潮井イタチ

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14:どうやって収拾つけるのこれな件

 数日前。

 

「レア? 今日は随分と調子が良いみたいだけど……大丈夫?」

「ふふ、調子が良くて大丈夫というのは変ですよ、ヒイロさん」

「……そう、か。レアが大丈夫ならいいんだけど」

 

 江洲々或(えすえすある)レアは、色褪せてぼんやりとした世界の中にいた。

 

 自分がどこにいて何を見ているのか。

 目の前にいる相手が誰で何を話しているのか。

 それがまったく判然としない。

 

 だというのに体と口はまるで自律しているみたいに、いやにスラスラと明瞭に動く。

 そのことがどうにもおかしく愉快で、笑いそうになってたまらなかった。

 

 何もかもがふわふわとした認識の中で、一つだけ確かにはっきりと思い描けるのは、大切な妹のこと。

 

 ティテアを助ける。助けるのだ。

 自分は姉だから、あの子が傷つかないよう、苦しまないよう、救わなければならないのだ。

 

「ふ、ふふ……」

 

 なに、大丈夫だ、何も心配することはない。

 どうせ妹が背負っている苦痛など、自分にとっては大したことがないに決まっている。

 

 自分ならばすぐに解決できるはずなのに、あの子はどうにも生意気だ。

 姉さんには無理だ、姉さんには出来ない、姉さんでは力が足りないと、何度も何度も偉そうに。

 

 少し何か特別な力を得た程度で、自分にしかできない、自分の方が選ばれたなどといい気になって。

 

 ティテアにしかできないはずがない。何もかもが自分より劣った妹が選ばれて、姉である自分が選ばれないなどあるはずがない。

 

 どうせただの運で、降って沸いたような力なのだろう。

 寄越せ、貸してみろ。私ならもっとそれを上手く使える、私ならもっと上手く役立ててみせる。

 

 ティテアは子供の頃のように、姉のことをすごいすごいと無邪気に褒めて、ありがとうと感謝し笑っていれば、それでいいというのに……。

 

 …………。

 

 ……そういえば、ティテアがそんな風に笑わなくなったのは、いつのことだったろう。

 

 

 どうして自分は、何をしても、あの子に、あの頃みたいな笑顔をさせれなくなってしまったのだ?

 

 

「――――っ!?」

 

 思考の行き詰まりが、レアの意識を覚醒させる。

 どういうことだ。考えが致命的におかしくなっている。

 そして、それをどうしてか自覚できていなかった。

 

 いや……だが、そうだ。理由は、分かる。

 

(アレが、私の、本心だから……)

 

 それは醜悪に歪められていたが、確かにレアの内にあった感情を元にしていた。

 

「うっ……」

 

 最悪な気分だった。自分がどれだけ傲慢な考え方をしていたのか、ありありと見せつけられている。もう一度さっきまでの曖昧な意識の中に帰りたくて仕方がない。

 

 それではいけないと正気を保つことも、そう長くは続きそうになかった。はっきりとした思考を続けるだけで、意識が途切れそうになる。

 

「【傲慢】がそこまでの力をね……本当にムカつくやつだよ。いっつもこっちを舐めやがって。ボクら七王はみんな対等って契約だろうが」

「私としては、あなたも大概だと思いますがねえ【強欲】」

 

 抵抗するレアの目に映る光景は、さっきまでとは明らかに一変していた。時間感覚も曖昧になっていたのだと理解する。

 

 男性教師の実浜仁(じつはまじん)と、子供にしてはいやに邪悪な雰囲気を纏った少年。

 ぼやけた記憶をどうにか整理し、この二人が【怠惰】と【強欲】の上位魔人であることを思い出す。

 

(なんとか、しないと……)

 

 だが、剣を握る手は動かない。

 抗えば抗うほど、脳を締め付けられるような、抗いようのない苦痛が、レアの動きを制止する。

 

「まあ、リーレア・レジエンダを魔姫に堕としたってのだけは評価してやるさ。あいつだけはどうにも得体が知れない」

(っ!?)

 

 その言葉が、また途切れそうになるレアの意識を、ギリギリのところで保った。

 

「【傲慢】が今使ってる姿は確か、孤門星一とか言いましたかねえ。あの素茂(そしゃげ)ヒイロの友人だとか」

 

 孤門、星一……?

 信じられない。あの男、あれだけティテアの親身になるようなことを言っておきながら。妹のことを騙して……!

 

 ……いや、だが、妹にそんなつけ入られるような弱みを、傷を作ったのは、他でもない自分だ。

 

 償わねばならない――なんとしてでも、あの男から、【傲慢】から、ティテアを解放しなければ。

 

(ぐうぅっ……!)

 

 魔人に敵対する……そう考えるだけで、脳が軋むような苦痛が走る。

 

 レアに与えられたいくつもの命令の中でも、最高レベルの強制力を持つものは二つ。「魔人の妨害をしない」「ファフナーに危害を加えない」である。

 

 その片方を、破ろうと考えただけでこれだ。

 実際に剣を向ければ、あるいは取り返しのつかないようなダメージを負ってもおかしくない。

 

 ……こんな状態では、長くは耐えられない。

 自分には【傲慢】の魔人を倒すことはできないかもしれない……。

 

「はぁ!? 【怠惰】がやられた!? 冗談だろ、何やってんだあいつ!!」

 

 正気を手放させようとする苦しみと、狂気に誘おうとする心地良さに耐え続けるレアの前で、【強欲】の魔人が叫んでいる。

 

「隠れるか……たった五日待てばファフナーの封印は解けるんだ、わざわざリスクを侵す必要は無い。おい、この指輪を付けて、誰にもバレない姿に変身しておけ」

「は、い……」

 

 レアは洗脳に従った演技をし、指輪をつけて……変身しない。

 まるで指輪が故障でもしたかのように見せかける。

 

「……どういうことだ!? くそっ、見つかって奪われるぐらいならもう殺して……いやダメだ、ボクより強い【怠惰】がやられたんだぞ!? ファフナーが目覚めていない今、コイツの戦力を手放すわけには……!」

 

 魔人は、レアの演技を疑わなかった。

 何せあのティテアの姉である。姉は演技力に関しても妹を凌駕していたのだ。

 

「……こうなった以上、さっさとファフナーの封印を解くしかない。万が一にも神の娘(レギンレイヴ)を正気に戻されて、ファフナーを殺されるわけにはいかないからな」

 

 自分にはもう、妹を助ける資格はないのかもしれない。

 だから……他の誰かに、妹を託すためにも……。

 せめて、せめて自分の正気が残っている内にファフナーだけは……!

 

 かくして、江洲々或レアは決死の覚悟をもって、【強欲】の封印解除を早めさせる。

 

 ……あと二日待てば、とある超能力者が魔竜を消し飛ばす必殺技を開発することなど、知れるわけもなく。

 

 だがそれで彼女を責めることもまた、この世の誰にもできるわけがないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ、江洲々或先輩と隣の魔人、これファフナーの封印施設に向かってない?

 

「あれぇ……? 【怠惰】の話的にもこれまでの動き的にも、ヴァルハラが呪いで機能停止する五日後まで、【強欲】は動かないと思っていたんですが……」

 

 まあ黒幕が直で動いてくれるならむしろ助かる。

 ノコノコ出てきたところをそのままボコれば、それで一件落着なのだから。

 

 相手の行き先も分かったところで、俺たちは着替えて変身を解く。

 わざわざ謎のチビ女と金髪イケメンの姿で登場する必要もない。また話がややこしくなるだけだ。

 

「んー……木棺玄(きかんげん)さんと戦うみたいですし、終わるまで待ちますか。魔人と思われてる私たちがここで出ていっても、状況がゴチャつくだけでしょうし。危なくなったら瞬間移動で助けに行ってください」

「あいよ」

 

 どの姿で出ていくか相談した結果、俺はそのまま――というか【傲慢】の魔人として、ティテアはリーレアとして出ていくことになった。

 

 助ける時には「ククク……そいつには利用価値がある……それを殺そうとした【強欲】には消えてもらうしかないな……そういうわけで死ね……」とかなんとか言って出ていけばよかろうとのこと。

 

 と、ここでレーダーに更なる反応。

 

「ヒイロも来てるな……ヴァルハラと話つけたみたいだし当然か。また話ややこしくなるぞこれ」

「良くないですね、こう敵味方が集結していると、クライマックスフェイズ感が出てきます」

 

 当然、決戦の必要などない。あと二日待てば、俺の必殺技が完成し、全てつつがなく終わるのだ。

 それまで、なんとしてでも封印を守り通さなければならない。

 

「呑気してないで、もう少し真面目に動くべきだったでしょうか……」

「どうだろう、別に不利益になることはしてないし、ファフナーの存在を知ってからは私欲で方針決めてないし……そこからのファフナー討伐って観点じゃ結果的に最善手選んでたと思うけど」

 

 俺たちが働いた利敵行為と言えば、江洲々或先輩がファフナーを倒せると分かった時に、彼女に話を持っていかず自分たちで倒そうとしたぐらいだ。

 

 そして、振り返ってみれば先輩はその時点で既に闇堕ちしていた。

 結果的には、魔人に情報を与えず不意打ちで倒すことを可能にしたファインプレーだったと言える。

 

 てかそもそも、なんで俺たちが素直にビフレストに協力できないかって言われたら、当のビフレストが俺を魔人扱いしたのが根本の原因なのだ。何も隠さず戦っていいんだったら何も隠さず戦いたかったんだよこっちだって(怒)。

 

 悪いが、魔人と勘違いされた状態で人々に迫害されてでも戦うような悲壮な覚悟は俺にはない。シリアスな時の仮面ライダーじゃあるまいし。

 

 そういうわけで責められる謂れはない……とは思うのだが。

 だからといって、当然、放置して無意味に被害を出したいわけではない。

 

 隠れ潜む俺たちの前で、先輩が派手にヴァルハラ施設の外壁をぶっ壊し、ファフナーのいる場所へと続く地下トンネルに出る。

 実際に辿り着くにはまだ数分はかかる距離があるが、障害らしい障害はもうほぼ無いと言っていい。

 

「どうやら、間に合った……みたいだね」

「チッ、素茂(そしゃげ)ヒイロか」

 

 そう……今、目の前に立ち塞がる、ヒイロたちと、木棺玄テイ、仏請千糸(ぶつこわれちいと)の、ビフレスト&ヴァルハラ連合チーム以外には。

 

 構えようとする戦乙女(ワルキューレ)を手で制し、ヒイロが虚ろな目をした江洲々或先輩に語りかける。聞こえていなくても構わないといった口調で。

 

「……君を連れ戻す。時間経過でその状態が解除されるってことは調べがついてる。だから――」

「考えが甘いね。魔姫化の自然解除まで最低でも一週間はかかる。その頃にはボクの呪いでヴァルハラは機能停止、ファフナーは解放されている。ファフナーの性質上、ビフレストが封印の引き継ぎを行うことも不可能だ。あと少しでもファフナーの存在を知る人間が増えれば、封印は維持不能になる」

「っ……」

 

 押し黙るヒイロに対し、木棺玄テイが前に出る。

 

「ならば、お前を倒してヴァルハラにかけられた呪いを解く……!」

「フフ……それも無理だ、この呪いはファフナーの力を利用してる。ボクを倒してもファフナーを倒さない限り、呪いは解けない」

 

 ……ん? じゃあほっといても勝ち確(ただし俺の存在を除く)じゃないか? なんでわざわざ急いで封印解きに来たんだ?

 

 同じことを考えたのか、仏請千糸(ぶつこわれちいと)が【強欲】に言う。

 

「嘘じゃな。それが本当なら、わざわざ封印を解きに来る必要が無い!」

「……話は終わりだ」

 

 上手いこと誤魔化せばいいのに。ムスッとした顔でそんなこと言ったら嘘だって認めてるようなもんだぞ。腹芸は苦手か。

 

「行け。『魔姫レイティア』」

 

 先輩から溢れ出る赤黒い波動。姫騎士めいたアーマードレスが闇の炎に蝕まれ、凶悪なデザインに変化する。

 黒く染まった剣が振り上げられるより早く、ヒイロの指示が飛んだ。

 

「コマンド、メルはトラップ、カロはブースト! 仏請千糸(ぶつこわれちいと)を援護する!」

 

 最高レベルの妨害能力を持つ戦乙女(ワルキューレ)安枝斗(あしと)メルから放たれる蜘蛛の巣状の雷が、先輩の足を止める。

 そして、牛枠(うしわく)カロによる祝福の光が黒髪の着物少女、仏請千糸(ぶつこわれちいと)に降り注ぎ、彼女の全身からぶわりと禍々しいオーラを噴き出させた。

 

「はぁっ!」

 

 変身解除効果を纏った正拳突き。それを先輩が剣でガードする。

 ガード越しにも変身解除は効果を発揮し、先輩の姿を元の学生服に戻した。

 

 が、それはほんの一瞬で元に戻り、また先輩の姿が黒の装束に包まれる。

 

「……やはり普通の戦乙女(ワルキューレ)とは違うようじゃ、力の通りが悪い。じゃが、リーレアほど完璧に無効化しているわけではないようじゃな! このまま押し込めば――」

「――――」

 

 ぶわり。

 仏請(ぶつこわれ)の言葉を遮るように、先輩の体から禍々しいオーラが溢れ……()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

「こ、れは――!?」

「バカな……ワシと同じ能力じゃと!?」

 

 驚愕に動きを止める黒髪少女。戦乙女(ワルキューレ)からただの人間に戻った彼女に向けて、先輩が左拳を引き絞る。

 

《星一くん!》

《いや……大丈夫。手加減する気だ》

 

 腹に突き刺さるパンチ。

 それは必要十分な威力で彼女を悶絶させ、的確に戦闘不能にした。

 

 オーラを纏った先輩は、そのまま牛枠(うしわく)カロへと攻撃を仕掛ける。

 牛枠(うしわく)カロも抵抗するが、仏請千糸(ぶつこわれちいと)の変身解除能力は戦乙女(ワルキューレ)の天敵だ。

 すぐに変身を解除され、同様に戦闘不能にされる。

 

「くそっ!」

「だ、だめじゃ、テイ……! お主の必殺を、今、切っては……!」

「だからといって、温存している場合か!」

 

 迸る緑のスパーク。

 どうやら、変身解除効果も「攻撃」として無効化できるようだ。

 攻防無効を発動させた木棺玄テイが、サーベルを構えて先輩へと斬りかかる。

 

 あらゆる防御を無効化する一閃。

 しかしてその斬撃は……当然のように、同じく緑のスパークを迸らせる先輩に防がれた。

 

「なっ……」

 

 魔人がニヤリと笑い、楽しそうに言う。

 

()()()()()()()()()。それが魔姫レイティアの能力だよ。……くく、ありがちだろう? そら、まがい物じゃ本物には敵わないとか、お決まりのセリフを言ってくれてもいいんだぞ?」

 

 攻撃無効は防御無効に打ち消され、防御無効は攻撃無効に打ち消される。

 互いの能力は完全に相殺されていた。こうなった以上は、地力での勝負しかない。

 

 以前は互角の剣戟を繰り広げていた二人。

 だが、今は明らかに先輩の方が押していた。

 

「ぐっ……!?」

 

 木棺玄もその優れた技量で攻撃を捌いているが、如何せん先輩の基礎スペックが遥かに上がりすぎている。

 どれだけ武術の心得があろうが、人が重機に勝てないように。

 木棺玄は理不尽な性能差に押し負けていく。

 

「がはっ?!」

 

 そしてついに、彼女の体が吹っ飛ばされて、地面に転がった。

 なんとかして立ち上がろうとしているが……例え立てても、これ以上戦うことはできないだろう。

 

《……でもあれ、星一くんの超パワーはコピーできなさそうですね。エネルギーの性質は変わっていますが、エネルギーの量は全く変わっていません》

《しかも練度はコピーできないお決まりのパターンっぽい。木棺玄は相性が悪かったな》

 

 まあ、話に聞く江洲々或先輩なら、初めて使う能力でも相手より上手く使いこなしてしまうのかもしれないが。

 

「良いざまだね、木棺玄テイ。お前の攻防無効化相手じゃ、ボクら七王でも万が一が有り得る……ずっと警戒し続けてたけれど、フタを開けてみればなんてことはなかったな。……やれ、レイティア」

 

 先輩が黒剣を振り上げる。収束していく闇の輝き。

 江洲々或先輩の必殺技、極煌刃(ブライトネス)一閃(セイバー)の構えだ。ビフレスト非公式wikiの必殺技の欄に書いてあった。

 

 ……うーん、でもやっぱ手加減してるなこれ。

 射線を逸らして、掠める形で上の方に撃とうとしている。無意識の内に仲間を傷つけないようにしているのだろうか。

 でもここ地下だから、上に撃ったら岩盤崩落するぞ大丈夫か。いや岩盤崩落しても俺がビーム撃てば全部消し飛ばせるけども。

 

「――極煌刃(ブライトネス)一閃(セイバー)

 

 闇の奔流として解放される剣撃。

 その一刀は、ヒイロと戦乙女(ワルキューレ)たち全員を薙ぎ払い、無力に地面へと転がした。

 

「ぐあっ!」「がはっ……!?」

 

 地下空間が揺れる。……岩盤崩落の気配は無い。ちょっと危ういが、まだセーフ。

 

 まだ立ち上がろうとするヒイロと戦乙女(ワルキューレ)たちに対し、【強欲】が愉快そうに笑みながら手を掲げる。そして生成される闇色の炎。

 ……当然だが、これは手加減してないな。今のヒイロたちが受ければ確実に死ぬ。そろそろ出ていくか。

 

「ファフナーの封印が解ける様を見せてやろうと思っていたけど……悪いね、キミたちのその顔が見られた時点で満足しちゃったよ。キミたちは、ここで死――」

「――いいえ。死ぬのはあなたです、【強欲】」

 

 ズン、と。

 重々しい音を立てて、先輩の大剣が、【強欲】の背中に突き刺さった。

 

「なっ」

《えっ》

 

 先輩以外の、全員の動きが一瞬止まる。

 

 胸から剣を生やした【強欲】が驚愕に目を見開き、口から黒い血を零しながら言う。

 

「なん……だ、と……? どう、して……」

 

 さっきまで虚ろだったはずの先輩の瞳には、強い決意の光が宿っていた。

 

「ファフナーは、私が倒す……なんと、してでも……! ゴホッ……!」

 

 体の内側から黒いエネルギーが炸裂し、先輩が吐血する。

 

「れ、レア……!」

「江洲々或レア……お前は……」

 

 事態を飲み込みきれていない顔のヒイロと、全て理解したかのように目を見開く木棺玄テイ。

 

 倒れている皆を尻目に、先輩はファフナーがいる通路の先へ歩いていく。

 一歩足を踏み出すごとにその威力を強めていく黒雷に、その身を灼かれながら。

 

《ちょいちょいちょいちょいちょい!! 何やってんですか姉さん! 止めましょう星一くん!》

 

 是非もなし。俺は皆の死角へと瞬間移動する。

 

 演技をしている余裕は無い。

 背後から先輩の無防備な首筋に手刀を叩き込み、一撃で意識を落とす――!

 

「きっ、来た、のか【傲慢】ッ! そい、つを、レイティアを殺せえッ!」

「は? おまっ」

 

 先輩!? トドメ刺せてませんよ!?

 

 死に体の魔人の言葉に、背中を晒していた江洲々或先輩が気づいて、振り返る。

 そのギラギラと輝く瞳が俺の姿を捉え、瞬間、両の眼が限界まで見開かれた。

 

「孤門……星一……! 【傲慢】の魔人――!」

 

 大剣を腰だめに構え、凄まじい速度で先輩が俺に向けて突貫する。

 

 一瞬動揺するが、どうということはない。

 流石にノーダメージとはいかないが、この程度の攻撃、食らったところでかすり傷だ。

 それに、そもそも容易に回避でき……、

 

「逃が、すか――!」

 

 俺の後方から、木棺玄が飛びかかってくる。

 それ自体はどうとでもできるのだが、今はまずい。

 この角度。この勢い。俺が避ければ、確実に木棺玄に先輩の突進突きが当たる。

 

 あの威力を、今の弱った木棺玄に受けさせるわけにはいかない。

 

「【傲慢】の足を止めるのじゃ、安枝斗(あしと)メル――!」

「は、はい――!」

 

 俺に向けて蜘蛛の巣状の雷が投射される。

 先ほど見ていた限り、あの雷網は攻撃力が全く無いが、拘束力はかなり高い。

 俺でも喰らえば一瞬動けなくなるだろう。

 

「最大、出力だ……よく、も、ボクを、騙し、やがって――!」

 

 先輩の背中に向けて放たれる、残りの力を全て込めたであろう【強欲】の黒い炎球。

 先輩は俺に夢中で気づいていないのか、回避しようとする素振りを見せない。

 

 このままでは確実に命中する。

 

「危ない、レア――!」

 

 そして、そんな彼女を庇おうとするヒイロ。

 あの黒い炎球にどんな効果があるのかは分からない。

 だが、戦乙女(ワルキューレ)でもないあいつが、上位魔人の攻撃を受ければどうなるかは、火を見るより明らかだ。

 

 剣を突き刺そうと俺に迫る先輩。

 俺が回避すれば剣に貫かれてしまう木棺玄。

 そんな俺の動きを止めようと飛んでくる雷の網。

 先輩の背中に向けて放たれてしまった【強欲】の黒炎球。

 そして、その炎球から先輩を庇おうとして飛び出したヒイロ。

 

 放っておけば誰か死ぬ。時間的余裕はコンマ五秒ない。

 

 …………。

 

 え!? この状況から全員の救出を!?

 

「――できらぁっ!!」

 

 俺は全力で脳に身体強化を集中させた。

 

 今の状況では、コンマ一秒の隙が命取りになる。

 出の遅い瞬間移動や、特定対象のみを消滅させる特殊エネルギー波ではダメだ。

 肉体強化とエネルギー攻撃だけで凌がなければならない。

 

 俺は先輩に向けて走った。

 突き出される切っ先。後ろから来ている木棺玄のためにも、剣は手放させる必要がある。

 だが、文字通り手が足りない状況で、白刃取りをする余裕は無い。

 

 あえて肉体強化を弱め、土手っ腹に先輩の剣を受け入れた。

 生憎、腹をぶち抜かれた程度じゃ俺にとっては大したダメージにならない。

 重要部位だけ守りつつ、腹に刺さった剣を筋肉で締める。

 

 抜けなくなった剣に動揺する先輩の首根っこを右手で掴み、俺の背後から迫ってきている木棺玄の方へ放り投げる。

 ごっつんこ。そんな感じでぶつかって揉みくちゃに転がる二人を見送る余裕もなく、俺は腹に剣を突き刺したまま、左手を向けてヒイロの方へ一足で跳躍。

 

「ヒイロ!」

「えっ、星一――?」

 

 黒い炎球の射線状に立ったヒイロの腰をタックルめいて掴み、俺を捕らえんと迫ってきている雷網の方へと放り投げた。

 

「ぐわあああ!」

 

 と、ヒイロが感電するが、あの雷網に攻撃力は無い。

 そしてヒイロを盾にすることで、雷網を防ぐことに成功。

 

 最後に迫りくる黒い炎球。

 あとはこれを迎撃するのみ。

 

 威力的には大したことないはずだが、この攻撃はヤバい。

 何がどうヤバいのかまでは分からないが、当たったら俺でもヤバい。俺の超能力センサーがそう囁いている。

 

 俺は剣が抜けてダラダラと血を零す腹部に構うことなく、エネルギー弾を掌に生み出し……、

 

「……あれ?」

 

 いつの間に剣抜けた?

 ふと、上方から聞こえる風切り音。

 

 ぐるんぐるんと宙を舞い回転する先輩の大剣が、変身解除されて生身の仏請千糸(ぶつこわれちいと)へと落ちていく。

 

「しまったあッ!!」

 

 すっぽ抜けたのだ。ヒイロを投げた時、咄嗟に何かに掴まろうとして、剣柄を握ったあいつの手に引っかかって。

 

 仏請千糸(ぶつこわれちいと)はまだ先輩に腹パンされた衝撃に悶え、動けない。

 俺は生成したエネルギー弾を、炎球ではなく落下する剣に向けて放つ。

 弾かれた剣は軌道を変え、仏請千糸(ぶつこわれちいと)に落ちることなく、地下の天井へと突き刺さった。

 

 まだだ。まだ炎球の迎撃には間に合う。

 俺は今度こそエネルギー弾を生成して、得体の知れない禍々しさを宿した黒炎へ、手を向ける。

 

 ――そして。

 

「えっ」

 

 

 先輩の必殺技によって崩れかかっていた岩盤が、剣が天井に突き刺さった衝撃により、崩落した。

 

 

 ガラガラと落ちてくる瓦礫。

 巻き込まれれば、助かるのは俺と先輩だけだ。

 

 ……ちょっと、あの……。

 いや、これ……やば……。

 …………。

 

「……クソがぁ――ッ!!!」

 

 俺は天井に手を向け直し、崩落する岩盤に対しエネルギー砲を放つ。

 落ちてくる全てを消し飛ばし、天井をぶち抜いて夜空に消える光の束。

 

 だが、結果として俺の回避・迎撃・防御の余裕は完全に無くなった。

 

 魔人の全力を込めた一撃が炸裂する。

 そうして俺は、得体の知れない黒い炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 客観的にはコンマ数秒。

 超高速で行われた一連の流れを完全に理解している人間はほとんどいなかった。

 

 当事者であるレアたちは元より、立て続けに起こった事態の急変化に戸惑っている他の戦乙女(ワルキューレ)、加えて【強欲】の魔人も同様。

 

 傍から見れば、星一が爆速で動いたと思ったら江洲々或レアが吹っ飛ばされ、飛んできたレアと木棺玄テイが揉みくちゃになって一緒に倒れ、ヒイロが吹っ飛ばされて感電して、直後になんか天井が崩れたと思ったらビカッと光って地下から地上に繋がる大穴ができていたというわけのわからない状況なのだ。

 

 ゆえに一連の流れを把握していたのは、全てに対処した星一と、他より遠くからその様子を見ていたティテアのみ。

 

 そんなティテアの見ている前で、星一がバタリとぶっ倒れる。

 

「……えっ?」

 

 演技……いや、そんな演技をする必要がない。ならばなぜ?

 

《せ……星一くん?》

 

 テレパシーを送るが、反応は無い。

 星一は腹からダラダラと血を流したまま……いや、ギュギュッという音が鳴って腹筋が締められ、血が止まった。そうはならんやろ。でも確実に生きていることは分かって一安心。

 

 困惑するティテアより先に【強欲】を除く皆が復帰し、何が起こったのかと思いつつ立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ……行かなく、ちゃ……」

「ま、待ってくれ……レア……!」

「来ないでくださいッ!」

 

 安枝斗(あしと)メルの能力をコピーしたレアが雷の網を放ち、オリジナル以上の効果でその場の全員を麻痺させ、意識を奪う。

 

 レアが朦朧としながらファフナーに向かって歩いていくが……それより先に。

 

「星一くん! 大丈夫ですか、星一くん!」

「う、うぐ……」

 

 近寄って揺さぶる。

 だが、やはり返事は無い。唸り声を上げて目を瞑ったままだ。

 

「あり得ません、星一くんがやられるなんて、」

「――おい」

 

 星一の肩を掴むティテアの腕を、血塗れの手が握った。

 

「っ、【強欲】!? まだ生きて……」

「着いてこい、魔姫リーレア……!」

 

 力任せに腕を引かれ、リーレア姿のティテアが痛みに顔をしかめる。

 

「ボクを騙したレイティアも、そこに転がっているこいつらも、お前が全員殺せッ! そうだ、何でか知らないがボクの技を防ぎやがった【傲慢】も纏めて――」

 

 そんな【強欲】の言葉が、突如として止まる。

 ティテアの背後で星一が立ち上がる気配。

 

「バカな、どういうことだ……?」

 

 白い光が鮮烈に輝く。

 しかし、それを見ても【強欲】は驚愕し動かなかった。

 

「魔人には効かないはずだろ……? お前、どうして……()()()()()()()()()()()?」

「え?」

 

 返答は無い。

 ティテアの見ている前で、エネルギー弾が【強欲】の肉体を今度こそ塵も残さず消し飛ばす。

 

 ティテアの腕を掴んでいた手だけが残って、地面に落下。

 最後に残った手も、断面から発火した闇色の炎により燃え尽きる。

 

「力が……欲しい……」

「せ、星一くん……?」

 

 発される声の方に、恐る恐る、振り返る。

 

「全てを……何もかもを……地球すらも消し飛ばす圧倒的パワーが……!」

「あっ……やば、やばやばばやばばばば……! 」

 

 振り返った先にいた星一は、狂気を感じさせる血走った目で自分の手を見つめていた。

 

「まだだ、まだ足りない……もっと、もっと、もっと……!」

「十分です! 十分ですよ星一くん! 目覚まして!」

 

 ティテアが星一の頬をべしべしと叩く。

 暗くなった瞳に仄かに光が戻り、ティテアの方を見つめる。

 

「リーレア……いや、ティテア……?」

「はい、そうです! 大丈夫ですよ星一くん、星一くんもう最強ですから!」

「ティテア……ダメだ、ダメなんだ……こんなんじゃヒイロに勝てない……」

「どう見ても勝ってますけど!? 冷静になってください、星一くんの方が圧倒的に強いですよね!?」

「どうせすぐ抜かされる……今までずっとそうだった……」

「抜かされませんよ、明らかに星一くんの成長速度の方が早いです! それに抜かされたらなんだって言うんですか!? 諦めずにまた勝てばいいじゃないですか、卑怯な手でも何でも使いましょうよ!」

「でも……うお」

 

 なおも否定の言葉を連ねる星一を、ティテアはぎゅっと抱きしめる。

 全員気絶しているとはいえ、他に人がいる前でこんなことをするのはティテアも恥ずかしかったが、もはやそんなことを言っている場合ではなかった。

 

「大丈夫、大丈夫ですから。お願いだから、落ち着いてください……」

「うん……」

「そうです、いいですよ。ゆっくり、深呼吸して……」

「すー……はー……」

「よしよし……」

「リーレア、どうしてここに!? それにやっぱりそっちは【傲慢】の魔人じゃなくて星一なのか!? 一体どういうことなんだ!?」

「ああああああああ素茂(そしゃげ)くん黙って今あなたが話しかけるのが一番ダメッ!!!」

 

 気絶から起きてきたヒイロが声をかけた瞬間、星一の全身から光のオーラが溢れ、周辺物を吹き飛ばす。

 ゴロゴロと転がるティテアに目もくれず、星一は白光を迸らせながらヒイロへと歩いていく。

 

「ヒイロ……ヒイロォ……ッ!!!」

「ああ、もう!」

 

 血走った目でヒイロを見る星一。

 だが、まだ無意識の自制心が残っているのか、フルパワーではない。むしろ普段よりかなり力が抑えられている。具体的に言うと☆5戦乙女(ワルキューレ)五人分ぐらいの力しかない。

 

 今なら、止められる可能性はある。あるかな。どうだろ。

 

 振り返るが、他の戦乙女(ワルキューレ)はまだ気絶したままだ。

 動けるのはティテアと、ヒイロのみ。

 

 そして、☆3戦乙女(ワルキューレ)相当の超能力しか持たないティテアと、戦力的に一般人と同等のヒイロでは、今の星一には勝てない。

 

「この手は、使いたくなかったんですが……!」

 

 倒れた木棺玄のポケットをまさぐり、変身デバイスを取り出す。

 そして、自身の懐から取り出したケーブルに繋ぎ……ほどなくして表示される「ハッキング完了」の文字。

 

 ティテアは決意を込めて、変身デバイスの画面をスワイプした。

 

「――変、身!」

 

 虹色の光が彼女の体を包む。

 光の中から現れたのは、銀髪赤眼のリーレアの姿ではなく、金髪を揺らすティテアの姿。

 だが、その装いは普段の彼女とは一変していた。

 

 それは装飾を取り去った、無骨で重々しい金属鎧。

 全体的な意匠は似ているが、姉のレアが身につけている華々しいアーマードレスとは全く違う実戦的なそれ。

 しかしその装甲は細身なティテアの体をぴったりと沿うように覆い、鋼の硬さを持ちながらスリムで女性的な曲線のラインを描いている。

 

 武装もまた、派手さの無い実直な長剣とバックラー。お手本通りの西洋剣術でそれぞれを構え、ティテアは星一に向けて叫んだ。

 

「元ビフレスト所属☆5戦乙女(ワルキューレ)、江洲々或ティテア……! 行きます!」

「ティテア……」

 

 ロングソードが煌めく。戦乙女(ワルキューレ)の力が黄金に輝き、星一から与えられた超能力が白に瞬く。

 

 それは、今まで誰もなしたことない、戦乙女(ワルキューレ)の力と超能力の併用。

 ☆5戦乙女(ワルキューレ)を超える力を宿したティテアは、姉よりも眩い白金の光となって、最強の超能力者と激突した。

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