ピピピッピピピッ
浅くなったまどろみの中何かの音が鳴っていた。音のする方向を見ると枕元の隣にあるスマホから音が鳴り響いていた。
次第に頭の霧が晴れていきこれは目覚ましのアラームであることを理解し、剣人はスマホを手に取りアラームを止め時間を見ると5時50分と刻まれており設定した時間通りに起きたことを確認し終えベッドから起き上がりまだ眠たい体を起こすように両手を大きく伸ばしながら欠伸をしベッドから出た。
立ち上がった剣人は部屋にあるタンスに近づきその引き出しを開いた。
そこには大刀の木刀と小刀の木刀が二刀あった。少年はそれらを手に取り部屋を出て廊下と階段を足音を立てずに静かに通りリビングの窓を開けて広い庭に足をついた。
空はまだ日が昇っておらず僅かに暗い庭をそのまま歩き庭の中心まで行きそこで立ち止まり持っていた木刀をそれぞれ小刀を左手に右手に大刀を持った。
剣人はすぐには木刀を振るわず正座の姿勢とりながら座り込み木刀をそばに置き目を閉じ呼吸を大きく息を吸い大きく息を吐く、また吸い込み、また吐く、深呼吸を繰り返し呼吸に意識を向けながら心を研ぎ澄ませる瞑想し5分経った辺りで頃合い右隣の木刀を手に取り立ち上がった。
まず彼は刀において基本的な構えである中段もしくは正眼の構えを取り素振りを始めた。
木刀を頭の上まで大きく上げ一歩踏み出してから一気に振り下ろす、振り下ろした瞬間木刀の周りからブォン!っと風を強く切る音を出し半径2,3メートルの周りの芝生がその風で揺らいだ。彼はそれだけの威力をほこる素振りを続けていき5分経つ頃には500回を超える素振りを繰り返していた。
そろそろ体が温まったと感じた剣人は左隣に置いていた小刀の木刀を左手に取り二刀流の修行を始める。
まず最初に両手とも地面に降ろし、二刀の切っ先は前に向けるといった構えを取り一見隙だらけに見えるがあえて隙だらけに見せるようにして相手に攻撃を誘わせるという心理的効果視野に入れ突きと斬り上げを自然にできることを重点を置いた型―五方の型の下段の意味だ。
「ふぅー」
「ッ!ハァッ!!」
息を整えた剣人は掛け声を上げながら左手の小刀で斬り上げ次に右の大刀を斬り上げ勢いを止めずに切っ先を下に向けて振り下ろし小刀を目の前に突きさらに続けざまに大刀を突き放ち両刀を自分に引き寄せて一気に左右に横薙ぎに払いそのまま二刀同時に大きく切り下ろした。
剣人は今自身が想像する敵が仮想の動きをしてそれをどうやっていなして攻撃に繋げていくかのイメージトレーニングをしていた。剣だけではなく実戦でも物怖じしないための精神面での修行も視点に入れている。
「セイッ!ヤッ!ハァッ!トリャ!」
剣人はその後も残りの型稽古を続けていき一通り終えた後も最初から始めて繰り返していき早朝の修行を始めてからすでに数十分の時間が経過していたが無我夢中になっている剣人にはそれに気づく余裕がなかった。
「おはよう剣人」
「ッ!」
ふと彼女の声が聞こえ振り返ってみるとそこには寝間着姿の晶のがそこに立っていた。
「晶だったか、おはよう。悪りぃ起こしちまったか」
「ううん、私もさっき起きたところ。目を覚ましたら下から掛け声がして相変わらず稽古してるなって分かってたから」
「そっか、リベレはまだ寝てるかな」
「うん、さっき見てきたけどまだぐっすり寝てた」
「寝る子は育つっていうから眠りが深いんだろうな」
「そういうことならこれだけ掛け声を上げてても目を開けないのも納得ね。まあそれはさておき剣人、朝ごはん作るから手伝ってくれる?」
「え、もう時間か?いつの間にかそんなに経っていたのか」
「もういつも没頭しちゃうと周りが見えなくなる貴方の悪い癖は相変わらずね」
「直そうと模索してるんだが剣のことになるとどうしてもな」
剣の修行に夢中になっている剣人の相も変わらない癖を見て晶は二割呆れつつも八割は変わらないでいてくれて嬉しい気持ちになっていた。
時間が経っていたことに気付いた剣人はすぐさま晶と一緒に朝ごはんの準備を始め、二人は鼻歌を歌いながら楽しく料理していた。食器を並べていき完成した料理はは焼きたての食パンのトーストとゆで卵、デザートには二分の一に分けたキウイと一般的なメニューを皿にのせてテーブルに持って行った。それと同時にコーヒーメーカーからアラーム音がなり晶がコーヒーが入ったマグカップ二つを運び皿のそばに置きリベレの分には牛乳を置いた。
準備が整った辺りで目を覚ましたリベレが階段から降りてくる音が聞こえてきた。降りてきたリベレは眠たそうに目を擦っていた。
「パパ、ママおはよー」
「「おはようリベレ」」
眠たそうにしながらも二人に挨拶したリベレは器用に椅子を動かしてうんしょと自分より高い椅子に座った。最初それが出来たとき二人は晶の両親より自分事のように大喜びしていたそうだ。
二人ともすっかりこの子の親である。
『いただきます』
二人も席に着きみんな食卓を囲んで食事を始めた。
「今日は授業はお昼までだっけ」
「うんだから今日は私がリベレのお迎えに行くからそのまま家に直行で帰ってきても問題ないよ」
「今日はママがお迎えにきてくれるの?」
「うん!」
「やったー!」
「嬉しそうだな」
「だってママがむかえくるのあんまりないもん」
「確かに晶も学校の用事もあってなかなか行けないからな」
「うん、今日は家庭科の部活動もお休みだから」
晶は部活動で家庭科部に所属しているため帰る時間は剣人より遅いため迎えに来れない。だからこそ剣人はリベレを早く家に帰らせてあげるために無賃乗車して特急電車の上に乗ってでも帰ってきた最大の理由だ。
「だから剣人、今日はちょっと遅くても帰ってきても問題ないよ」
「いや、いつも通りに帰ってくるから今日は一緒に迎えに行こうぜ」
「パパもいっしょ!?」
「ああ、残業が出なければな」
「わぁーい!」
食卓で一家団欒しながら今日の予定を話し合っていきその間に食事も終わらせて全員商店、学校、保育園に行くための支度を進めた。剣人は昨日忘れていった鍵をボディバックに入れて今度こそ忘れ物がないことを確認し立てかけておいた竹刀袋二本も持った。晶は剣人のお昼ご飯の弁当のおかずの準備をしていた。
三人が支度を終えたくらいで時間が迫り外出の準備をしガスが止まっているかもチェックして忘れ物がないか最終チェックも済ませ準備万端であることも確認し終えて靴を履いて扉を開けて外に出る前に三人は家の中を振り返った。
『行ってきます!』
誰もいない家に出かけの挨拶を済ませ扉の鍵を閉めた。
その後はしばらく一緒の道を歩き途中の学校と保育園の分かれ道のところで別れそれぞれのところに行く。
「剣人、リベレ。行ってきます」
「こっちも行ってくる」
「行ってきまーす」
晶と別れた二人は保育園へと向かいリベレとはそこで別れた。
「パパー行ってきまーす」
「ああ楽しんでこい。先生、この子をよろしくお願いします。」
「はい、任せてください」
リベレを保育園預けその場を後にした剣人はこの町の最寄り駅まで昨日の商店街で見せた俊足のスピードで駆け抜けた。
これは“縮地”と呼ばれる古流武術における歩法で重心移動と呼ばれる足を踏ん張らず滑らすように移動することで最小限の力で通常よりも速いスピードで走ることが可能で高い身体能力を持つ彼が使うことでとてつもない速度を出して走っているのだ。
保育園からたった一分で距離1㎞以上を走破しそのまま改札を通り発車直前の電車に乗り込めた。この電車も特急で是が非でも乗りたかったのだ。
数十分程の乗り続け何事もなく商店街がある駅に降り時間には十分な猶予があったため走らずに坂本商店まで歩いていった。
しばらく歩き続けてようやく坂本商店の姿が見えてきたのであった。時間通りに到着して遅刻もしなかった。
商店の自動ドアを抜けた先に坂本と葵がすでに仕事を始めていた。
「坂本さん、葵さんおはようございます!」
「おはよう」
「おはよう剣人君」
二人に挨拶をした剣人はそのままバックヤードに入っていきバックを降ろしてハンガーにかけていたエプロンを取り着用してカウンター裏に護身用として持ってきた竹刀袋を置いていき本日の仕事を開始した。
「いらしゃいませ」
「剣人君。湿布はどこに置いてるんかね」
「湿布ですね。それでしたらこちらになります」
おじいさんの商品探しをてつだったり、
「えーと、この菓子はこっちで弁当はこっちだったな」
商品棚に商品を並べだり、
「1970円になります」
「じゃー2000円からで」
「かしこまりました。お釣りの30円とレシートになります」
「おう、サンキュー」
「ありがとうございました」
レジをこなすなど三年もの間ここで働いてるだけあって副店長としての貫禄が出ている。お客相手に常に気を使うため周りを見渡すので相手を理解するための修行にもなり何よりも尊敬してる坂本と仕事ができることと誰かの役に立つことが少年のやりがいと生きがいにもなっている。
仕事のモチベーションが上がりまくりあっという間に時間が過ぎていきいつの間にかお昼前になっていた。
剣人がそのことに気づいたのはふと商店にかけてある時計に目を向けたときにだった。
「お、もうすぐお昼の時間か」
「剣人、お前先にお昼を済ませて構わんぞ」
「え?いいんですか?」
思わぬ提案に剣人は驚き、まだ仕事中なのに先に早弁していいのかと後ろめたさがあったが坂本が小さく頷き“食べて構わない”許可を出した。あの仕事しつつ日頃からカップ麺など食べている坂本が言うのだから不思議と説得力がある。
「分かりました。じゃあお言葉に甘えます」
坂本に礼を言いバックから晶が作ってくれた弁当を取り出して商店の外に出た。
そこには外のごみを清掃している葵さんと昨日来ていた小学生の少年と遊んでいる花がいた。
「あら剣人君弁当持ってどうしたの?仕事は?」
「葵さん、お疲れ様です。実は坂本さんから今日は早めに食事をとって休んで大丈夫って言われたんで」
「あらそうなの。剣人君ずっと頑張ってくれてるからあの人もせめてものお礼にってずっと考えてたから」
「!そうだったんですね・・・」
まさか坂本さんがそんなことを考えていてくれてたなんて思ってもみなかった。
剣人はそんな感慨深い心境に溢れていき心からこの商店に来て良かったと思った。
「そうだ!なんだったら一緒にご飯食べていかない?花も喜ぶと思うし」
「え!?今日ですか?」
葵から夕飯の誘いが来たが今日は一緒に帰ると晶とリベレに約束してしまったため夕飯を食べていたら絶対に間に合わなくなる。少しの間一巡し、
葵さんには申し訳ないが―
「葵さん。お気持ちは嬉しいんですが今日はいつも通りに帰るって幼馴染に約束しちゃってて」
「あらそうだったの。急に誘ってごめんね」
「いえまた今度にでも」
「ええ。いつでも歓迎するから」
今回の誘いは丁寧に断りを入れ次に持ち越してもらった。
それとは別に坂本と葵の気持ちは素直に嬉しかった。今度は自分がお礼をしようと心に決めた剣人は葵に許可をもらい商店の屋上で食事をとることにした。そこからの景色は山のてっぺんまでとはいかなくても絶景の風景だ。
剣人は待ちに待ったと言わんばかりに三段の弁当箱の蓋を開けると、そこには肉や野菜にふりかけのついたご飯とバランス良いかつおいしさを引き立てる献立だった。坂本ほどではないが実は剣人は結構な大食らいでその証拠に三段弁当には7:3の割合で肉が大量に詰められており彼の口からは涎が垂れまくっていた。
なにより想いを寄せている幼馴染の弁当を食べれて嬉しくないものはいない!
実は剣人は晶に密かに思いを寄せている。だが肝心の剣人が奥手で初心なので自身の想いはまだ口にしてはおらず普段は心の隅に追いやっているがこのように一番の好物である彼女の手料理となればその限りではなくこんな風に表情に出てしまう。
「そんじゃ、いただきます!」
箸を持ち豪勢な肉に口に入れた。そこから溢れ出す肉汁と歯ごたえの良い肉そのものが美味を引き出し彼の表情は至福に満ち溢れていた。そのまま他のおかずも次々と剣人の口に物凄い勢いで吸い込まれるかのように食べられていった。
「晶の料理はやっぱ誰が何と言おうとも世界一だな」
満面の笑みを浮かべながらここにいない彼女の手料理に高評価のレベルは世界一と本人がいたら止めそうなことを剣人は恥ずかしげもなく言いながら食事を楽しんでいた。
そんな時-
ガシャーン!
「!なんだ!?」
突然商店の下―つまり店内から何かが崩れるような音がした。
数十秒前―
自分以外誰もいない店内で坂本は今日の新聞紙を読みながらポテチを摘まんでいた。
今度剣人にどんなお礼をするべきか、いったいどんなことなら喜ぶのだろうかと考え続けて静かに時間は過ぎていく。
実は剣人をお昼を早めに食べさせたのは今までのお礼とかではなくただの気遣いであった。
その時自動ドアが開きチリンチリンと鈴が鳴り響きドアの方を向くと昨日来たかつての自分の部下のシンだった。
「どうも、坂本さん」
その表情は昨日よりもどこか張りつめており覚悟を持ってここに来た。そういう風に感じ取れた。
「実は今日この町を離れることになりそうで、その前に挨拶をと―」
その瞬間―シンから僅かばかりの殺気を感じ取りそれに気づいた坂本は口に中に含んでいる≪あるモノ≫を転がした。
一方のシンは隙のない元上司である坂本から目を離さずに目線を鋭くさせ、背中に隠し持っていたサプレッサー付きのピストルを彼に向けた。
「思いまして!!」
そして坂本に向けてトリガーを引き発砲した。
それと同時に坂本は口の中に入れていたモノ―飴玉を口から発射し、シンが発砲した弾丸の軌道線上に沿うように調整していたためそのまま弾丸と飴が衝突し飴は砕けたがそれによって弾丸の起動は逸れ手元にあったポテチの袋を破壊するに留まった。
「!」(飴で軌道を!?)
シンは目の前で起きた現象に動揺しつつも冷静に拳銃のスライドを手動で動かし薬莢を排出し次の弾丸を装填する。
その直後目の前から棒アイスが飛んできて顔を横にずらすことで回避したがアイスに目線がいった瞬間にレジにいた坂本が姿を消していた。
シンは姿を消した坂本を探すために思考を読もうとしたが肝心の坂本が思考をカットしているため読み取れないから居場所も突き止めれない。商品棚に隠れた坂本は手に持った菓子を大きく向こう側に投げ窓ガラスにガンッと音を立て、シンはその音につられて向こう側に誘われていった。無論そこには坂本はおらずシンは警戒して坂本を探しているが一向に見つからない。
その様子を伺いながら坂本は袋から飴玉を取り出し輪ゴムに乗せて棚の網の間からシンを狙っていた。
そこでようやくシンは坂本の向ける気配に気づきその場を走り出し、その瞬間さっきまでいた場所に弾丸並みの速度で飴玉が飛んできてそれも何発も走るシンに向けて連射し続けていた。
走り続けていたシンはそこから大きく前に飛び込んで坂本がいるであろう商店の奥を狙ったがそれを読んでいた坂本がシンにシュークリームの入った袋を投げつけすでに開いていたシュークリームに頭に直撃したことによってシンの顔はクリームに覆われて目潰しされてしまいクリームを払いシンは体制を直すべく後ろにい下がろうとしたがすでに後ろに回り込んだ坂本がおり気づいた時にはすでに遅く方向を向く回転の力を込めた横蹴りを食らい商品棚を二つ貫通して三つ目の棚で勢いが止まった。
(クソッ・・・!俺は・・・一体―)
俺は一体なにをしてるんだろうか―そんなことを思いながら彼の意識は遠のいていく。
シンを落とした坂本は一息ついた。ここまでの戦闘は剣人の稽古による戦い以外では久しぶりであった。
そんなことを思っていると自動ドアから噂をすれば剣人が焦り顔で入ってきた。
「坂本さん!!何があったですか・・・ってなんじゃこりゃー!!」
彼はシンとの戦闘の後である倒れた商品棚の惨状を見て大きく口を開けて愕然とする。それは当然だ、先程まで滅茶苦茶とまではいかないがそこそこ活気に溢れていた店がたった数十秒の戦いで強盗にでも荒らされたかのような有様である。
だが焦ったのも一瞬で倒れているシンを見つけて事態をすぐに理解・把握した。
「なるほど、さしずめそいつが所属している頭が業を煮やして貴方の首を取って来いとか言われて仕方なしでこんなことしでかしたってところでしょうか」
「恐らくそうだろうな、シンには重荷を背負わせてしまったな」
倒れこんで意識を失ってるシンを見て剣人は昨日まで憎たらしかった彼がどこか憐れに思った。同じ坂本を思う者として彼にシンパシーを感じていた。
そう思った剣人は気絶している彼に近づきその隣まで行き腰を降ろした。
「お前、本当は坂本さんのこと殺したくなかったんだろ?なのに組織に逆らえずに恩人殺しに来るは店滅茶苦茶にするはでこっちはてんてこ舞いだ。」
「本気で坂本さん大切に思ってんだったら、そいつらに逆らうくらいして見せろってんだ」
口調こそ悪いが彼にかけるのは恨み言を入れつつもその根底には彼を気遣い背中を押す剣人なりのエールである。
最も気を失っているのでシンには聞こえずただの彼の独り言になってしまうが。
言いたいことを言い切った剣人の隣から坂本が通りシンが使っていたハンドガンをサプレッサーを取りスライドを引きだし固定し弾倉の部分に何かを仕込んだ。
「何仕込んでるですか」
「盗聴器」
「さすが元・殺し屋。用意周到ですね」
シンが目を覚ましてどこに帰るとしたら言うまでもなく彼に殺す命令を下したボスの元に戻るであろう。その時に彼のハンドガンに仕掛けた盗聴器には発信機の機能も搭載しているので居所を突き止めることができる。
今回のことが毎回あっては商売あがったりになってしまっては元も子もないためそれならいっそのこと組織を潰してしまった方が手っ取り早いと二人は考えた。
「よし、そんじゃ早速起こして」
「剣人すまんがこいつをしばらく休ませてやってくれないか」
「へっ?なんで?」
さあこれからだっと行く気満々んでシンを起こそうとした直前に坂本からストップをかけられ剣人は疑問符を浮かべた。
「ちょっと強めに蹴りを入れてしまってな。最低限の応急処置しておかなければろくに歩けないくらいにな」
「え!・・・それじゃー俺、今日残業ってこと・・・?」
「・・・」コクッ
「ッ~!嘘だろー!!?」
なんてこった。下手したら夜まで帰れなくなるのでリベレの迎えには行けず晶の夕飯は食べられなくなってしまう。
いやそれだけならまだマシで、最悪の場合は深夜まで続いて晶に少年の頭上に雷を落とされる未来が容易に想像できてしまった。あまりのショッキングな事実に剣人は普段上司に心がけている丁寧な態度が一瞬吹き飛んでしまう程に。
「どうした?なにかあったのか」
「いやーそのーですねー」
剣人は今夜幼馴染と一緒に帰るという約束をしてしまっていることを伝えた。
娘の存在については坂本にはまだ話していない。話すと色々ややこしいことになるため。
「そうか、剣人。それなら無理に付き合わなくて構わんぞ」
「え?」
「今回の件は俺の不始末が引き起こしたことだからな」
「そのためにお前の都合を潰させるわけにはいかないからな」
「・・・」
その言葉を聞き剣人は坂本にこの商店に初めて来たときのことを思い出していた。
三年程前―
俺は当時まだ十五のガキで訳あって晶の家に居候するになることになりタダで泊まるのは忍びねえと思い立ち働けるところを探していたんだがろくにずっと学校行かなかったんでその経歴故にどこも俺を雇ってくれる仕事はなく完全に途方に暮れていた。
そんな時に気まぐれでこの町に来たていた。この時の天気は雲一つない澄み渡った青空だった、この時の俺の状況とは真逆だったけど。そんなつまんねーことを考えてた時に坂本商店を見かけ、この時俺は何かに引っ張られるような感覚を感じていてここには誰かがいる。
そんな理解不能な感覚に襲われながらその店の中に足を踏み入れた。
「あ、いらしゃいませー」
ちょうど外の清掃をしようとしていた葵さんが俺に向って元気よく挨拶をした。
だが俺にはそんな葵さんよりもレジカウンターにいたラ○○○・ク○ウよりも太ましくカップラーメンを食っている眼鏡をかけた男がいたことに衝撃を受けた。
俺の記憶とは姿が大きく違っていて最初は他人の空似かと思ったが俺の心がそれを否定した。彼が本当にあの人なのか俺は彼の本名を尋ねた。
「あ、あんた、坂本 太郎さんなのか?」
俺の声が耳に入った男は僅かに動揺してこちらに視線を向けていた。眼鏡で瞳の奥は見えないが彼が驚愕していることはすぐに分かっていた。
「お前・・・剣人か」
「え?あなたこの子知り合いなの?」
俺の名を呼んだことで疑念は確信へと変わった。間違いない、彼は伝説の殺し屋坂本 太郎だった。
その後俺達は外のテーブルに対峙しながら座り俺はいまだ混乱していた。
だって最後に会ったのは五年前でその時はもっとスリムで結構イケてたのに、今では太っちょなおっさんになり果ててしまっていてどんな生活をしていたらこんな姿になるのだろうか。そこまで落ち込まないでよって言われるかもだけど誰だって昔の知り合いが急に太った姿で現れたらどうすんだよ、顔色一つ変えずにいつも通りよ!って言えるわけがない。むしろいたら紹介して。
そんな考えが巡り巡ったが一番聞きたいことが頭に浮かんで霞に消えてしまう前はなしかけた。
「坂本さん、どうして殺し屋をやめて今は個人商店営んでるんですか?殺し屋やめたことについては風の便り聞きましたが店を開いてるとは知りませんでした。」
俺の質問に対し坂本さんは温めていたカップ麺をすすっていた。麺をすすり終わると彼は答えた。
「お前の方こそいつの間に日本に帰ってきた」
「ちょうど一ヵ月くらい前に隣町に居候していて色々あって仕事を探してて、でもガキの俺じゃ中々人材に取ってくれなくて困り果ててまして」
「それで気分転換にこの町に来たと」
「ええ、そんな感じです」
そんなこんなで互いの身の上話をしていると、
「まさかあなたにこんな若いお知り合いさんがいたなんてね」
仕事を一通り終えた葵さんが俺たちのそばにやってきた。
一緒に仕事しているこの人は誰だろう?そんな疑問を問いただすために彼女に質問した。
「あの、すみません。貴方は坂本さんとはどういった関係なんだ?」
「私?私はこの人の妻です。」
「は?」
今なんて言ったこの人?心からそう思った。
何かの聞き間違えかと思案してもう一度聞き直した。
「えっと聞き間違えたのでもう一度お願いします」
「私は太郎さんの妻です」
・・・・・
「えええええ!!?」
俺は衝撃の事実のあまり稲妻が落ちその衝撃を受けてしまい椅子から転げ落ちてしまった。だって仕方ないだろ、JCC時代でも昔聞いた話で大勢の女子からチョコを大量にもらったにも関わらず誰とも彼女を作らなかっていう独身人生貫くかと思いきや、まさか一般人の女性と結婚するだなんて誰が予想できる。
落ち着け、事実を即して現実を受け入れろ和泉 剣人。
「えと、葵・・・さんっていうんですね奥さん。驚きましたよ、まさか・・・坂本さんがご結婚なされているなんて」
「ああ、娘もいるからな」
「娘!?」
「そう花っていうの今はさっき寝たばかりだから顔はまだ見せられないの」
ごめんなさいと葵さんは付け足すがそんなことよりも俺は子供まで産んでいたこと奥さんとラブラブな関係にカルチャーショックを受けてしまいショックの余りペラペラの紙になってしまうほど生気が抜けてしまった。
とその時―
「だれかー!私の鞄を取り返して!!」
「「!」」」」」
悲鳴が聞こえた方を見ると、その光景には倒れこんでいるお婆さんとその場から走り去ろうとしている黒ずくめの男が目に映った。
俺は反射的に体が動き出し男の背後に一瞬で回り込み首筋に手刀を叩き込み男の意識を奪った。倒れこんだ男を横目に盗んでいたバッグを掴んだが間の悪いタイミングで若いお巡りさんが来てしまい傍から見れば俺の方が盗みを働いたかのような光景だ。
「貴様か、か弱いお婆さんの荷物をひったくったのは!」
「いや誤解だって俺は」
「問答無用!さぁ、神妙にお縄につけ!」
駄目だこの警察、人の話全く聞かないタイプの人間だ。
ここで運も尽きたかと思い諦めたとき―
「その少年は窃盗犯じゃない」
逃げ道を失った俺に助け舟を出したのは坂本さんだった。
「坂本さん」
「なんだお前は、どう考えてもこいつが犯人だろ。盗まれたバック持っているし」
「お前の目は腑抜けか。見ろ、そばに倒れている男。その男がお婆さんのバックを盗んだ窃盗犯だ。」
「な・・・、だけど俺が着いた時にはこいつがバックを持って」
「俺はずっとこのあたりからお前が来るまでの一部始終は見ているからな。それにそこのお婆さんも証人になってくれそうだ」
「え?」
言い争っていた警察官が後ろを見ると、ひったくられたお婆さんと自転車を押し歩きながら近づいてくる年老いたお巡りさんもお爺さんがそこにいた。
「誠司くん、その子は犯人じゃないよ。お婆さんも言っとる、そこに倒れとる奴が犯人だよ」
「で、ですがこいつという可能性だって」
「誠司君」
自己解釈で間違いを認められない誠司という警察にお爺さんが静かにでも穏やかに彼を諫めた。
「彼の目を見てみなさい」
「え?目を見たってなにも」
「見なさい」
お爺さんに言われるがままに渋々誠司は俺の目を見た。この時俺は誠司の顔をただ黙って目を逸らさずに彼の眼を見ていた。見た瞬間分かった、こいつは一度も挫折を経験せずに警察に成り上がっちまた奴で恐らくなまじ能力が高かったことと解決できないような問題に巻き込まれなかった運の良さが合わさっちまってこんな自分の正しさを疑わない―いや、疑えない人間に育っちまったんだと理解した。
他にも理由はあるんだろうが大方そんな理由なんだと俺独自に解釈した。
「この子の目は真っすぐにずっと君を見つめているよ。こんなに真っすぐな目をする人間はそう多くはおらんよ」
「・・・」
「君の正義感や行動力は素晴らしいし頭もよく体だって強い。けどね、自分が常に正しいとは限らないだよ。」
「君のことは昔から知っているからそうなるのは分かるがそれで人の話を聞かずに自己完結してしまうのはよくないの。それで無実の人間が捕まえてしまえばあの人も喜びはしないぞ」
「!」
ようやく誠司は自分が過ちを犯しかけたことにようやく気が付け、俺に詰め寄っていた誠司は一歩二歩と離れていき罰悪そうにしていた。
「すみませんでした、俺・・・先走りで貴方を逮捕してしまうところだった」
素直に謝罪している彼の目は淀んでいて自分がやってしまいかけたことをどこか受け入れられないこと、自身の過ちを認められないといったように感じ取れた。これは仕方ないと言え、今までの自身の行動が周りのために働いていると思い込んでいた弊害なんだから。
なにより自分の罪を認めるってのは苦しいことだってのは俺が一番よく分かってる。
だから俺は―
「気にすんなって!俺もよく周りから怖がられてたからヘイトにはもう慣れっこだ。人に好かれるような生き方してないからな、俺」
「?」
「あとそれから、間違いは間違いだって早めに受け入れた方が身のためだぞ」
「!」
やはり図星だったかと内心に呟きそのまま続けた。
「別に今すぐじゃなくたっていい、ただ間違ってないって思えば思うほど自分を余計に苦しめるだけだし、間違いから何も学べなければおんなじことが繰り返されるだけだ。だからおんなじ間違い起こさないためにはどうしたらいいかあんたの頭で考えてみてくれ。」
「そんな・・・俺にそんなことできるわけ」
自信喪失してしまっている誠司に俺はこいつが前に進めるように背中を押す一言をやった。
「大丈夫だって!間違いに気づいてそれに苦しめるんだったらあんたは変われる。同じ過ちはぜってー起こさねーって俺、期待してっから」
「!」
そこでようやくそいつの目に光が戻り先程までとは別の意味で迸る熱さを感じた。
「ありがとうございます!あんなことしたのに励ましの言葉をもらえるなんて思ってもみませんでした。」
「構わねーて。あんたみたいなまじめな奴、俺結構好きなんだ」
わだかまりが氷解して周りにいた坂本さん達にも謝罪しひったくり犯を連行しながら交番へと帰っていった。
「お爺さんもありがとうな。爺さんが来てくれなかったらどうなってたことやら」
「いいってそんなことは。儂はただ坂本さんに恩返しのつもりでやっただけよ~」
「坂本さんの?」
なぜここで坂本さんが出てくるのかこの時の俺には全く理解できなかった。
だがそれはすぐに分かったことで、とてもシンプルな理由だった。
「坂本さんはこの町のみんなの助けになってくれてね~、儂なんかはこの自転車の車輪の空気が抜けちまった時に坂本さんが空気を入れてくれたんだよ。儂だけじゃない、この町のみんなが坂本さんに恩があるんじゃよ。だから坂本さん達が困っていたときはできるだけ助けてあげたいんだねぇ」
この時俺は初めてなぜ坂本さんが殺し屋を漠然ながら察した。彼は葵さんや娘の花やこのお爺さんといった大切な人達を守るために今の平穏な日常をの日々を選んだのだと俺にはそう思えてならない。
「それじゃ~儂はパトロールに戻るからの。坂本さんも元気での~」
そう言い残した自転車に乗って巡回に戻るお爺さんだが、年寄り故に平衡感覚が衰えているのでプルプル震えながら行くのでこっちはハラハラしていた。
姿が遠くなっていくのを振り返るながら横目に見送り坂本さん達の方に向き直った。
「坂本さん、さっきはありがとうございます。さっきのお爺さんも坂本さんとの縁がなければとうなっていたことか」
「あのお爺さんはそんなこと関係なくお前を助けていたはずだ。俺はたいしたことはしていない」
「それでもあの時助けに来ていただいた時、俺本当に心強かったです。それに貴方がどうして殺し屋をやめたのかもさっきのお爺さんと葵さんを見てたらなんとなく分かった気がしました。」
「・・・」
「今日はありがとうございました。また機会があればここに来ます」
坂本さんに別れを告げてこの場を去ろうとした時、
「待て」
突然坂本さんに呼び止められた。
「どうしました?」
「お前、ここで働かいないか」
「ええ!?」
商店の店長である坂本さんから思わぬ提案を出してきたことに俺は愕然としていた。
「お前、仕事が働けなくて困っていたそうだな」
「そ、そうですけど」
「うちは今、人手足りなくて一人でも欲しいところだ」
「そうだったんですか・・・で、ですけど」
「給金はちゃんとつける。時給800円、残業手当はな・・・あり」
「え?」
今なしって言おうとしたかこの人、本当にそっち行って大丈夫なの?
そういった心配もあるが現在無職の俺にはこれほどの好待遇これから先恐らくないだろうと思い、俺としてはありがたい話なのだが。
「本当にいいんですか?迷惑かけた俺なんかが店員でも」
「迷惑?」
「だってさっきの警察の件お爺さんが来てなかったら俺だけじゃなくて坂本さんも捕まってたかも知れないのに」
「なんだそんなことか」
「そんなこと?」
てっきり迷惑かと思ってたことを坂本さんはそんなことと切り捨てた。
「お前は自分じゃない他の人のために動いた。そんな奴を見捨てるような真似、俺は間違えてもそんなことはしない」
「・・・」
「それにお前が動かなければ俺が動いていた。そしたらお前だって助けに来たはずだ」
「!」
そこまで考えていたとは、やはりこの人はただものじゃない。しかも坂本さんが動いた時俺が動くことも信じたうえで行動に移そうとしていたとは、この人にはやっぱ敵わないと心底思った。
俺はこの人の器の大きさに根負けして素直に受け取るしかなくなった。
「参りした。そのご厚意ありがたく受けさせていただきます」
「・・・」コクッ
「でも葵さんはいいんですか、俺が入っても」
「いいのよ、この人の知り合いなら大丈夫でしょ」
なんというか見かけによらず肝が据わった人だなというのがこの人の第一印象で、元々は殺し屋だったこの人の妻でいるのにもこの図太さがあるからなのだろう。
「では、これからよろしくお願いいたします」
「ええ!でも、ここに働くからには一つ絶対に守ってもらう
「ルール?」
「ええ、≪坂本家家訓第一条≫人を殺さない。これは絶対に守ってね!」
人を殺さない―
なんだそんなことか、まさしく俺にピッタリじゃないか
もう人を斬りたくないと誓った俺には
「言われずとも守ってみせますよ。そのルール」
この日をもって俺は坂本商店で働くことになった。
現在―
過去の思い出を思い出していた剣人は閉じていた目を静かに開け、自分の答えを坂本に告げた。
「いえ、俺も行かせてください」
「いいのか?もしかすると深夜に行くことになるかもしれんぞ」
彼の都合上連れていくことに懸念を持っている坂本だが、深く考え込んだ剣人は既に残業するの覚悟は済ませておりあの時と同じく真っすぐと自身の上司の目を見つめた。
「そもそも残業あるって言ったのは坂本さんじゃないですか。今回は間が悪かっただけですって。それに」
「それに?」
「このまま坂本さんの知り合いの危機を見て見ぬふりしておめおめと帰ったら幼馴染に顔向けできねーし」
剣人の頭に大切な想い人である彼女の太陽のような明るい笑顔が過り、このまま知らんぷりしたら見過ごしたら夢見が悪くなりその後ろめたさに彼女の顔をまともに見れなくなりそうで怖いのが彼を突き動かす原動力になっている。
それに同じ坂本を思う者としてシンを放っておけなかったことも理由の一つだ。
「坂本さんがダメって言ってもついていきますからね」
「・・・分かった、手伝ってくれ」
今回根負けしたのは坂本の方で彼の覚悟が届き残業ミッションについて行く許可を無事にとることができた。
「もちろん残業代は高めでお願いします」
ここでがめつい剣人は悪い顔をして残業代の上乗せも忘れずに要求を求めたためせっかくの空気が今ので台無しとなり坂本の眼鏡がそのショックでひび割れた。
ひとまず話がまとまった後は、坂本は二階の部屋でシンの応急処置をしており、一方で剣人は食べ残した晶の弁当食べきり今学校から帰って家にいるであろう彼女に電話をかけて出てくるのを待っていた。
正直な話剣人は晶とリベレと交わした約束を反故にしてしまうのはかなりのダメージであった。なにせ幼馴染と娘との約束を破るようなものだからいくら覚悟を決めたからと言って無傷でいるはずがなく一秒一秒が長く感じるほど剣人は神経を張り巡らせていた。
『剣人?どうしたの急に』
ついに晶が電話に出てきてしまった。
「あ、ああ晶!!もう学校に帰ってたんだな!」
『?何言ってるの、昼くらいに終わるって朝言ったけど。まさか忘れてたってことはないでしょ?』
「いやいやいや!そんなことねぇーってちゃんと覚えてるって!呼んだのは一応その約束の件だけど」
『どうしたの?なにかあったの』
「ああ、実は―」
ここまで来たらもうやぶれかぶれだと覚悟を決めて伝えた。
今日は商店の困りごとを片付けるため残業で残ること、その為リベレのお迎えが一緒にできないことを一言一句包み隠さずに話した。
『そうなんだ・・・』
「わりぃな、せっかく一緒に向かに行こうって約束したのに」
やはりがっかりしてしまう晶に謝罪する剣人だが、
『ううん、いいの。せっかく剣人が見つけた商店の店長さんが困ってるんだから助けてあげなきゃ』
「ああ、できるだけ早く帰ってくるから。それじゃ午後の仕事も頑張ってくるから、またな」
『うん、頑張って。私待ってるから』
そう言い残し晶は電話を切り、剣人は彼女に背中を押されて心のモヤモヤはようやく晴れて彼の瞳は蘭々と輝いていた。
「よし!頑張れって言われたからには絶対に速攻で終わらせてやる!」
そう意気込みながら剣人は食べ終えた弁当を持ち、下の商店内へと戻っていた。
今回も張り切りすぎて長文になってしまいました。
文字を打つたびに色々アイデアや展開が浮かんできて楽しいです。
読者の皆さんも楽しめたのなら自分も嬉しいです。