イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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青の願い事

青い空の中にぽつねんとたたずむ太陽。

しかし、存在感は他を追随せず、眩い光が地上を照らす。

太陽の光は、様々な色をとある星へと送る。

大気圏を突き抜けて、海へと飛び込んだ色達。

 

海中を突き進む青色の光は、やがて海底から反射し海を真っ青に染める。

他の色は、海水に吸収され何処へいったか誰も分からない。

ゆえに、青は強い芯をもった色だ。

しかし、矛盾するようだが同時に流されやすい色でもある。

 

光の中でも波長の短い青色は、かき乱されやすい。

大気中で微粒子にぶつかって、行く先を何度も変えてしまう。

散乱した青は、空を真っ青に染める。

海も空も青に染まる。

 

青色の光は、何を求めて世界を行き来するのだろうか。

ただの成り行きだろうか。

それとも、熱心に働くことで太陽という主を喜ばせたいためか。

もしくは、単に主と離れたことが不安のため姿を求めてか。

地上の人々が見上げる空に身を置く太陽と青色は、いつも一緒にいるように見えるのに。

晴れ間の海面に映る太陽と青色だって、同様だ。

 

人々の思いを知ってか知らずか、青色の光は今日も懸命に星の中を動き続ける。

世界を縦横無尽に駆ける光は太陽という主をどのように思っているのだろうか。

また、太陽は己の使命を果たさんとする存在に何も感じないのか。

青色の光の想いが報われる日は、いつかやってくるのだろうか。

 

 

 

△△

 

 

 

「ユアン!クラトス!

早く来なよ」

 

水色のサーフパンツを履き、胸元を開けた白いラッシュパーカーをはおるミトスは仲間の2人を引き連れてアルタミラの海水浴場へとやってきた。

今日はお忍びで日帰り旅行だ。

関係者に見つかっては面倒なため、3人ともサングラスをかけて変装している。

オレンジのサーフパンツを着用したユアンはビーチチェアに体をうずめ、無抵抗に日の光を一身に受けていた。

サングラスを指先でずらし、わずかにできた隙間からミトスを覗く。

 

「私は海ではしゃぐ楽しみを持っていないのでな。

好きにさせてもらうぞ」

 

ミトスは唇を尖らせて不満げな表情をする。

 

「ちぇっ。

もし姉さまが一緒だったら一番にはしゃぐくせに」

「それとこれとは話が別だ」

 

ミトスは足元に蟹を見つける。

拾って、ユアンに投げ込もうかと考えていた。

 

「ミトス」

 

黒のウェットスーツを着用したクラトスがサーフボードを抱えてミトスに話しかけてきた。

脱衣所から出た時にはまだかけていたサングラスはすでに外されており、クラトスのきりっとした凛々しい目がさらけ出されている。

 

「クラトス…。

やる気満々だね」

 

ミトスもサングラスを外しつつ、少々呆れたように言った。

 

「お前も一緒にどうだ。

波に乗るのを楽しみつつも、足腰を鍛える訓練にもなる。

ささやかながら、鍛錬をしないか?」

 

クラトスの提案を聞きミトスは一瞬思案するが、目を細めて微妙そうな顔になる。

 

「…十中八九鍛錬になりそうだからいい」

 

クラトスは大したリアクションも無く、頷いた。

 

「そうか。

私は向こうに行っている。

気が向いたら声をかけろ」

「うん」

 

各々が自分の思うように行動しているのを見て、ミトスは姉がより恋しくなった。

しばらく波打ち際でぶらぶらしていたが、結局退屈になってクラトスに声をかけに行く。

ミトスが波に乗ってみたいと伝えると、クラトスはレンタルのサーフボードを取ってきてくれた。

クラトスの教えは、丁寧で分かりやすかったため、ミトスはわずかな時間だが波に乗ることが出来た。

すぐさま波をかぶってしまったが、思ったよりも楽しく過ごすことが出来た。

こういった鍛錬なら、またやりたいと思うミトス。

しばらく遊んだ後に、サーフボードを抱えて砂浜まで戻ってきた2人。

ミトスは背後から自身をじっと見るクラトスの視線に気づき、振り返る。

 

「何?クラトス」

「今日のことだが、どういった風の吹き回しだ?」

「今日のことって?」

「お前が私たちを誘って海に連れ出すなどらしくない」

 

マーテルが生きていた昔ならいざ知らず、大いなる実りと融合して眠る彼女をよみがえらせることに執心している今のミトスが、姉に関わりの無いことで外出するなど滅多にないことだ。

しかも海でバカンスを楽しむことなどは、4000年間で一度もなかったぐらいだ。

ミトスの意志で決めたとは、考えにくい。

 

「あれ、言ってなかったっけ?

頼まれて今日だけ休みを取ったんだよ」

「頼まれて?」

「うん」

 

クラトスが経緯を尋ねると、ミトスはドリンクを飲んでからにしたいと言った。

どうやら体の感覚をONにした状態で海水を飲んでしまったらしく、甘い飲み物を喉に流したいらしい。

 

「海水が肌を撫でる感覚が気持ちよくて、味覚を遮断することを忘れていたよ」

 

ミトスは口元を拭いながら、幾年ぶりの楽しそうな表情を見せた。

 

 

○○

 

 

ディザイアンの最高幹部たる五聖刃は、救いの塔内部の会議室に集っていた。

円状のテーブルに等間隔に配置された椅子にそれぞれが座っている。

五聖刃の長で紅一点のプロネーマが口を開く。

 

「此度皆を招集させたのは、ロディルより発明品の説明をさせたのちに試験をおこなうためぞ」

 

オールバックで糸目のクヴァルが質問をする。

 

「発明品とはどのようなものですか?」

 

プロネーマはクヴァルに視線を向けると、今度は別の席に座る男を見た。

 

「本人から話してもらう方が早いであろう。

ロディル」

 

小さなメガネをかけ、長髪を紫色に染めた男が席を立つ。

ロディルは足元からアタッシュケースを取り出して、円状の机の上に置いて中身を見せた。

そこには、両手で抱えるような大きさで半円球上の物があった。

中は、お椀のように丸くくぼんでいる。

 

「なんだ、これは?」

 

赤いドレッドヘアーを後ろで束ねたマグニスが答えを見ても尚更分からず、疑問を口にした。

マグニスの隣に座る左腕に魔導銃を取り付けた眼帯の男、フォシテスは黙って発明品を眺めている。

ロディルは、メガネの中央ブリッジ部分を人差し指で押し上げて独特な笑い声を上げた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。

これはヘルメットですぞ。

しかし、ただのヘルメットと侮るなかれ。

特殊な機械を内部に組み込み、かぶる者の身体を発言通りに操ることができる魔道具ですぞ」

 

自信満々に自らの発明品の説明をするロディル。

クヴァルは質問をする。

 

「誰に対してと、どのような用途で使う物なのですか?」

「人間牧場の奴隷を対象としています。

例えば、重労働に耐えきれず膝をついてしまった哀れな人間がいたとします。

働かせるために、奴らを鞭で叩く我らハーフエルフの同志たる兵士の姿を想像してみなさい。

はっきり言って、非効率的なのですよ。

何度も何度も叩いても奴隷だって、元気に働くわけではありません。

しかも、最近では兵士の方だって腕を振るいすぎて腱鞘炎になっただの、慣れた奴隷の耐久力が無駄に上がってしまい鞭で叩かれているのにいびきをかきながら寝てしまっただのといった話を聞きます。

しかし、私が開発したヘルメットがあれば、兵士の体に負担をかけることもなく奴隷に指示を出した通り働かせることができますぞ」

 

ロディルの話を聞き終えたマグニスがはぁ、とため息をつく。

 

「何だかよ、同志と言えど身体が弱すぎねぇか。

自慢じゃねぇが、パルマコスタ人間牧場では兵士も奴隷もそれぞれトレーニングを定期的にさせているから、皆体力あるし腹筋バキバキに割れているぜ?」

 

マグニスの言葉に口を挟んだのは、フォシテスだった。

 

「だが、マグニス。

牧場の環境によって特徴が異なるだけの話ではないか?

イセリアの奴隷も摩擦の大きい地面の上で箱を押させているから、老婆だろうが怖いぐらい健脚だ。

それに絶海牧場は、特殊な施設が多いから頭脳労働をする場所らしい。

アスカードは、吹きすさぶ風を毎日受けたために環境の変化で体調を崩す者など出ない牧場とも聞く」

 

フォシテスの言葉に、ロディルとクヴァルが頷く。

マグニスはフンと鼻を鳴らす。

 

「お前が言うならそういうことにしておいてやるよ。

だが、フォシテス。

全ては筋力が物をいうことは覚えとけよ?

実際、肉体を仕上げた奴隷の方が頭の回転早いし、風邪とは無縁の奴らが多いからな」

「ああ、肝に銘じよう」

 

フォシテスとマグニスの会話が終わるのを見届けたプロネーマがロディルに続きを催促する。

ごほん、と咳をするロディル。

 

「先ほど説明した通り、ヘルメットをかぶった者を操るようプログラミングしたのですが、まだ試作品に過ぎません。

試験データがいくらか欲しいのですよ。

昨日、プロネーマを通してユグドラシル様に魔道具の説明をしたところ、五聖刃の中で実験してデータを取ればいいと指示を受けましたぞ」

 

ロディルの説明に、プロネーマが補足する。

 

「後日、代表の者が結果を報告するようにともおっしゃっていた。

ユグドラシル様は、報告した代表の者には可能な限り望みを1つ叶えるとのこと。

そなたらに、この意味が分かるかえ?」

 

プロネーマがロディルを除く3人を見回す。

反応があったのは、クヴァルだった。

 

「代表というのは、プロネーマ。

別にあなたでなくても構わないのですよね?」

 

プロネーマはうっすらと笑みを浮かべる。

どうやら当たりのようだ。

途端に、目に闘志の宿る面々。

 

「わらわからの提案じゃが、魔道具の実験で指示に耐えられなかった者は脱落とする。

最後に残った者が、ユグドラシル様との謁見を許される代表になるというのはどうかえ?」

 

プロネーマの話を聞いたフォシテスが確認を取る。

 

「悪くない提案だが、指示はどの程度までならいいんだ?」

 

プロネーマは腕を組んで思案した。

 

「そうじゃな。

さすがに、命のやり取りまではわらわも気が引けるゆえ無しにしようかと思う。

身体の損傷を伴う行為も禁止にするゆえ、安心せよフォシテス」

 

決して肩を組んで仲良くしているような最高幹部達ではないが、同じハーフエルフという仲間ということには変わりない。

誰だって、同種を傷つける物騒な展開は望んでいないはずだ。

フォシテスは、考えたのちに了承したことをプロネーマに伝える。

クヴァルは「指示は1人1つまででしょうか?」と聞き、プロネーマは肯定する。

マグニスから特に意見はなかったが、うずうずしている様子は早く実験をしたいようにも見える。

 

ロディルは前もって作っていたのか、手のひらほどの高さがある円柱状の容器を持ち出した。

容器には、箸のような短い棒が5本差してある。

要するにくじ引きだ。

 

「くじの内、1本は先が朱色に染色されていますぞ。

すなわち、染色されたくじを引いたものがヘルメットをかぶり指示を受けることになります。

ふぉっふぉっふぉ。

では、実験を始めましょうか」

 

5人が容器に差し込んである5本の棒をつまむ。

同時に引き抜くと、先が染色されたくじを引き抜いたのはプロネーマであった。

彼女の頭の上半分がヘルメットで覆われる。

プロネーマは何とも言えない顔をしていた。

マグニスは、指示する順番を最後にしてほしいと言い、トイレのためか席を立って会議室を出ていった。

プロネーマの隣に座るロディルが愉快そうに彼女を見る。

 

「まず私が指示を出しましょうか。

プロネーマ、私に笑顔を向けなさい。

ニッコリと頼みますぞ」

「ぬっ、体が勝手に…」

 

ぎぎぎっとぎこちなく首を回すプロネーマの姿は、結構な抵抗の意志が表れていた。

ロディルを正面に見据えた途端、しとやかな笑顔になる。

社交界の場であれば人々の視線を集めるであろう、ものやわらかでたしなみがあるプロネーマの笑顔。

表情だけでも、彼女の教養の高さがうかがえる。

プロネーマのぷっくらとした唇の端がぴくぴくとしながら、ほんのわずかに開く。

 

「お、おのれロディル。

ユグドラシル様だけのために、毎日鏡を見て仕上げた表情を貴様なんぞに向けるとは…!」

 

表情の割に乱暴な言葉を吐くプロネーマ。

ロディルは、怪我をさせるようなことはしないとルールを決めた以上手も足もだせない彼女を見て楽しそうに、加えて茶化すようにして「ふぉっふぉっふぉ」と笑っていた。

このとき、位置的にプロネーマの横顔を見ることになるクヴァルとフォシテスは気付いた。

プロネーマのこめかみに凹凸はっきりした青筋が立っていることに。

冗談でやっては後々恐ろしい目に遭うのではないかという予感を2人はしていた。

 

マグニスが、トイレから戻ってきて席に座る。

ロディルは満足したのか、クヴァルに次の指示を催促する。

クヴァルは、プロネーマをちらりと見る。

指示は終わったはずなのに今も笑顔である。

さらにもう一度、彼女の顔の側面に浮き立つ青筋を見てしまい、思い切った指示など出せず躊躇していた。

少しの間、考えた後にクヴァルは片手をスッとあげる。

 

「お、お茶を一杯お願いします」

「わ、私もお茶だ」

 

フォシテスも元々薄かったとはいえ闘志を失ったクヴァルと同じく、視線を彼女から逸らしたままお茶を頼む。

プロネーマの表情は以前変わりない。

ロディルのせいで静かに燃やす怒りを消化しきれていないままだ。

プロネーマは会議室を出たのち、お茶2杯をトレイの上に乗せて運んでくる。

一連の流れを途中から見ていたマグニスは、くっくっくと笑う。

 

「なるほどな、クヴァルとフォシテス。

お前らプロネーマの嫌がることをよく理解しているじゃねぇか。

そいつの青筋立てる反応を見て俺も分かったぜ。

だが、ちっとばかし欲が少ないな」

 

クヴァルとフォシテスは、マグニスの言葉にきょとんとする。

むしろ、嫌がることを避けて発言したのだから当然だ。

マグニスは何を理解したのだろうか。

 

「なぁ、プロネーマ。

良く聞きな」

 

プロネーマは、キッとマグニスをにらみつける。

明らかに嫌がらせ行為をする意志を持つマグニスを警戒している。

彼女の脳裏に浮かぶのは、最初のロディルによって味わった屈辱感。

マグニスの指示は、もっと大きな辱めを与えるものなのか、と不安がよぎる。

プロネーマは、さすがにもう耐えきれないかもしれないとリタイアを覚悟する。

マグニスは、パンッと両手を叩いて声をあげた。

 

 

「ありったけのお茶を持って来い!!」

 

 

○○

 

 

円状のテーブルの上には、24杯のお茶が並べられている。

水量で言うと、お茶一杯が200mlなので24杯だと4.8Lにも及ぶ。

誰がこんな量を飲むのだろうか。

湯気を立てるお茶のせいか、五聖刃の闘志による熱量のせいか(半数は除く)会議室の温度がわずかに上昇した。

マグニスは、プロネーマの反応が思ったよりも薄くてつまらなそうな顔をしていた。

ロディルは、大量のお茶を見ながら何やらつぶやく。

 

「ふむ、マグニス殿の『ありったけ』という言葉に対して用意されたお茶は、クヴァル殿とフォシテス殿の分を除けば22杯。

これには、何の意味があるのか。

『たくさん』や『多め』だと、また違ったのでしょうか。

もしくは、実験対象者あるいは指示者の意志が結果につながるのですかな。

実に面白いですね」

「ロディル、早う次を進めるぞ」

 

ブツブツというロディルに、くじ引きを促すプロネーマ。

次のくじは、ロディルが当たった。

ヘルメットをかぶったロディルに指示するのは、プロネーマだった。

クヴァルとフォシテスが譲ったのが大きい。

ロディルは、実験データを得られることが楽しみなのかニコニコしていた。

 

「お茶を全部飲み干すがよい」

「ふぉっ!!?」

 

驚嘆するロディル。

手が勝手に動いて、お茶を掴む。

危機感を身体が大いに受容し反応したのか、すでにロディルは額から冷や汗をかいている。

ロディルは懇願にも等しい目をして、プロネーマに訴える。

 

「こ、これはやりすぎではありませんか!?

そ、そうですぞ。

先ほど物騒なことはしないとルールを決めたではありませんか!」

 

カタカタと小刻みに手を動かしながら、徐々にお茶を顔に近づける。

必死に抵抗するロディルだが、体は止まらない。

そんな様子を見てプロネーマは、フッと笑みを浮かべる。

先ほどのような上品なものではなく、悪意がやや込められた笑顔である。

 

「わらわは、ただ茶を飲めと言ったまで。

物騒などと誤解も甚だしい。

むしろ、貴様を労うわらわに感謝するがよい」

「す、すみません。

先ほどのことは謝りますからどうかもががっ―――」

 

ようやくプロネーマの怒りの大きさに気づくも時すでに遅し。

ロディルの意思を無視して、彼の体は飲み干すまでお茶を求め続けた。

 

「ふぉ…」

 

すっかり意気消沈したロディルは、座っているのもきついのか会議室の床で仰向けに寝そべっている。

苦しそうに腹を抱え「こ、これ以上は何も口にできません。魔導ふぉうを発射しそうですぞ…」とぼやいていた。

聞くまでもなくロディルは脱落した。

4人でくじを引くと、次はクヴァルが当たる。

 

「私ですか…」

 

現実であってほしくないのか、ジッとくじの先端を眺めている。

先ほどのロディルの姿を見たのだから、そう思うのも仕方がない。

やがて、諦めたのかヘルメットに手を伸ばす。

両手で抱えたヘルメットを頭上に掲げた時に、プロネーマが口を挟んだ。

 

「そなたのベタベタのワックスがついたヘルメットなぞ、普通に被りたくないのだが」

 

ピタリとクヴァルの体が固まった。

周囲の空気も巻き込まれるようにして、制止する。

温まったはずの部屋の温度が一気に下がった気さえした。

やがて、クヴァルは答えを導きだしたのだろう。

席を立ち、「終わったら呼んでください」と言い残したのちにトボトボと会議室を出ていった。

地味にプロネーマの言葉に傷ついたらしい。

今すぐにシャワーを浴びてワックスを落とすほど彼の望みは強くなかったようだ。

 

次にくじに当たったのは、フォシテスだった。

スンとした無表情でヘルメットをかぶり、諦めなのか問題ないためなのか分かりづらい。

マグニスが指示を出していいかプロネーマに確認を取る。

どうぞ、と手のひらを差し出すのを見てマグニスはニヤリと笑う。

待ってました、と言わんばかりの喜びに打ち震えた表情だ。

 

「よし、フォシテス。

俺さまを労え。

褒め称えろ!」

 

もはや脱落させることなど、頭にはないであろう要求をするマグニス。

フォシテスの顔がマグニスの方へと向けられる。

変わらず無表情のまま、口元が動いた。

 

「マグニス。

お前には感謝したい。

お前が人間牧場を懸命に経営する姿は私にとっても良い刺激となっている」

「くっくっく。

そうか、そうか。

悪い気はしねぇな。

もっと俺に好意を向けな!!」

 

プロネーマが「えっ」といった顔をする。

フォシテスは、嘆息してマグニスに続けて語る。

 

「どうやら私はお前がいないとダメらしい。

寝ても覚めてもお前のことばかりを考えてしまうんだ。

お前と会えない日は胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちにいつもなっている」

「お、おう…。

そうか…」

 

少し引き気味のマグニス。

自身の失言には気づいていない様子。

フォシテスがマグニスの左右の肩にそれぞれ魔導銃と右手を置く。

ポカンとした顔のマグニス。

 

「だから、私と一緒にここを出ていかないか?

寝食を共にして、世界を駆け巡ろう。

夜通し将来のことを語り合おう。

今、私たちに必要なのは人間牧場の経営などではない。

互いの気持ちを育むことだろう。

どうだ、マグニス。

お前の気持ちを聞かせてくれ」

「お、おい。

フォシテス」

 

フォシテスはマグニスに顔をずいとよせる。

 

「どうしたんだ。

お前だって望んでいることだろう。

何、屋根の無い暮らしも時にはするかもしれない。

だが、不便な生活など我々の気持ちを育む喜びに比べれば些末なことだ。

むしろ、より心が熱くなる。

そうだろう、マグニス?」

 

フォシテスの言葉にマグニスはたじろぐ。

 

「や、やめろ!

お前とのそんな関係俺は望んじゃいねぇ!

た、頼むから元に戻ってくれ」

 

しんと静まり返る室内。

だがフォシテスは、マグニスの肩に置いた右手に力をこめた。

びくりと反応するマグニス。

 

「何を言うマグニス。

ここで終われるわけがないだろう」

「ち、ちくしょううううう!!」

 

フォシテスの手を振り払い猛然と会議室の外へ駆け出すマグニス。

自動ドアがぷしゅりと音を立てて閉まると、フォシテスは至って冷静にヘルメットを外した。

 

「最後は演技だったのかえ?」

 

プロネーマが聞く。

マグニスの言葉がフォシテスに対しての指示とするならば、マグニスは最後元に戻るように指示したので最後のフォシテスの発言内容は自由意志によるもののはずだ。

つまりは、フォシテスが自身で意図した発言となる。

プロネーマへと振り返ったフォシテスはふっと笑みを浮かべる。

 

「答えるまでもないだろう。

まさか、あんなに慌てるとはな」

「そなたも意地が悪いな」

 

フォシテスは彼女がロディルとクヴァルに対して何をしたかを頭に浮かべる。

比べてマグニスにしたことなど、少々からかった範囲に過ぎないと判断した。

 

「なに、お前ほどじゃない。

それに、言葉は誇張気味だったが親友に対しての気持ちはそう変わらない。

指示された時だって、嘘というほど大きくズレた意志は伝えていないつもりだ」

 

フォシテスは淡々とそれが当たりまえのように語った。

人によっては誤解を与えそうな発言だ。

プロネーマは、面白いものが見れたと賞賛して自身の指示は今回無しでいいと言う。

フォシテスは、プロネーマの余裕の態度は勝つための算段がついているからではないかと訝しむが、せっかくの提案なので了承した。

 

くじを引くと、プロネーマが当たりを引いた。

ヘルメットを被る彼女を見て、フォシテスは考える。

仮に、自身が代表となりユグドラシル様に謁見したとして何を望むかを。

もちろん、五聖刃の長になることだ。

プロネーマを除く、他の五聖刃も恐らく同じ望みのはず。

気になるのは、すでに長の座につくプロネーマが何を望んでいるか、だ。

言わば、プロネーマは他の五聖刃よりも一歩先を行く望みを持っている可能性がある。

その望みはどれだけの価値があるだろうか。

フォシテスは、先行く彼女の考えを知りたくなった。

 

「プロネーマ、質問に答えてほしい。

仮に代表となった場合、お前は何を望む?」

 

プロネーマは拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 

「せっかちじゃな。

勝敗を決してからでもいいであろうに。

だが指示とあれば答える他ないゆえ。

フォシテス、わらわが望むのはな―――」

 

プロネーマの答えを聞いたフォシテスは、何かを悟ったようにして静かに瞳を閉じた。

 

 

 

△△

 

 

 

「それで、プロネーマの望みを聞いて休暇を取ったのか」

 

クラトスがミトスに聞くと、頷いた。

2人は、木陰に身を預けて海を眺めながら会話をしていた。

 

「変な奴だよね。

せっかくできる範囲で望みを叶えるって伝えたのに、言うことが『一日でいいから休みを取っていただけませんか』なんだから」

「ミトス、あれはお前のためを思ってそのような願いを口にしたのだろう。

せっかくの部下の気遣いを無下にするな」

「…まぁ、分かってはいるよ。

だからこそ、素直に休みを取ってクラトスたちとバカンスしに海まで来たんだからね」

 

遥か昔からの仲間達しか視界に入っていなかった男は、少しだけ身近にいる忠臣の存在を認めた。

クラトスは、かつて剣術を指南した弟子の物の見方がちょっぴり広くなる様子を垣間見ることが出来た。

口元をわずかに緩めることで、魂の依代が輝石となってからはもう無いのかもしれないと諦めかけていたミトスの成長をクラトスなりに喜んでみせた。

同時に、貢献した彼女にも胸の内で礼を言う。

 

(プロネーマ、感謝する)

 

クラトスは、ミトスと自身が飲みきったドリンクの容器を休憩場に戻しに行く。

1人海を眺めていたミトスは、嬉しそうに笑みをこぼす。

 

「それにしても待ち遠しいな。

もうすぐ、姉様の固有マナにもっとも近い神子が再生の旅に出るんだからね。

部下の願いを1つぐらい叶えようと思う程には、浮き足立っているよ。

楽しみだなぁ」

 

その笑みは、不気味なほどに純粋なものであった。

 

ちなみに、ユアンはずっと仰向けになって肌を焼いていたため、クラトスとミトスに指摘されたのちに帰宅までの残り時間をうつ伏せで過ごすことになる。

 

 

 

△△

 

 

 

ロディルは、腹をさすりながらだったがようやく立ち上がり絶海牧場へと帰って行った。

マグニスは、フォシテスの顔を見るなり足早に救いの塔から出ていった。

そんな親友の遠ざかる背中を見て、フォシテスはやれやれと言わんばかりにため息をつく。

クヴァルは、ワックスをあまり使わない髪型にちょっとだけ挑戦したのか額に前髪が垂れていた。

 

騒がしかった会議室は、五聖刃の男どもがいなくなった今や閑静な一室と変わり果てている。

プロネーマは天使たちと部屋の清掃を終えるとユグドラシルが不在の救いの塔地下施設で、仕事に追われていた。

五聖刃の長たる彼女は忙しい身である。

 

 

 

数日後、ユグドラシル達が休暇を取った今日もプロネーマは資料を両手に抱え足早に通路を歩いている。

彼女の仕事は、シルヴァラントとテセアラの双方に及ぶ。

普段は立体通信装置を使い他の五聖刃と連絡を取りシルヴァラント大陸に点在するディザイアンの管理をしつつ、テセアラではマーテル協会の管理支援をおこなっている。

現地に訪れることもあり、大陸間を短い期間で何度も行ったり来たりすることもある。

 

プロネーマは何を望んで、今の多忙な仕事をしているのだろうか。

それは、絶対的忠誠を誓うユグドラシル様の役に立ちたいがため。

同時に敬愛する彼のそばに少しでも長い時間ともにいたいがため。

だが、此度プロネーマはあえてユグドラシルと距離を置いてしまうような願いを伝えた。

されど、離れていても主君への気持ちは変わらない。

次に会う時を心待ちにしつつ、プロネーマは今日も世界を行き来する。

 

ふと、立ち止まり遠くで羽を伸ばしているはずの主を想う。

その間、部下の天使たちが見たこともないような穏やかな表情を彼女はしていた。

即座に考えを切り替えてすぐさま歩き始めるが、どことなく彼女の足取りは軽かった。

 

 

ちなみにだが、ユグドラシルの許諾したロディルのヘルメット型魔道具が日の目を見ることはなかった。

小さい見た目に反して、高コストであり生産数に限りがあるためだ。

しかしさして興味もなかったのか、ユグドラシルから特におとがめを受けることはなかったようだ。

 

課題として残ったのは、ムチを振るうディザイアンの腱鞘炎と奴隷の居眠り問題。

とりあえず、ロディルはムチの素材を変えて軽量化を図ってみたところ、ディザイアンの兵士たちが手首の痛みに悩むことは無くなった。

また、素材のせいか「ムチで叩かれても痛くない」やら「低刺激が心地よく睡眠の質が向上した」と奴隷たちからも好評であった。

睡眠の質が向上したことで、奴隷たちはよく働くようになった。

 

 

 

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