イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
「お前らは死んだはずじゃっ…!」
レネゲードの兵(右)が、困惑した声を上げる。
無理もない話である。
クヴァルの死は、レネゲードの拠点で確実なものだと報告を受けていたからだ。
さらに、ロディルに至っては変貌した死体を彼らは目にしていた。
その2人が目の前に現れるなんて、信じられるはずがない。
クヴァルは、レネゲードの兵達に淡々と告げる。
「確かに。
私は神子コレット・ブルーネルが率いる一行に討たれました。
一度、死んだ身なのは間違いありません。
今だって、肉体を持たぬままです。
ですが、我々はあなた方に危害を加えるつもりはありませんし、悪巧みをしているわけでもありません」
あまり大きな声で話して更なる動揺に繋げるわけにもいかないので、低い声でゆっくりと話した。
「いきなりその話を信用しろというのが、無理ってものだろう」
レネゲードの兵(左)が正論を言う。
ロディルが続く。
「私もコレット・ブルーネルが率いる戦闘集団にやられましたな。
変身までしたのに、戦闘中は台詞無しでしたぞ。
とにかく、我々は精霊マーテル様の頼みを受けてここにやってきた次第。
少しばかりのお使いが終われば戻りますので、どうか穏便に済ませましょう」
ヘルメットで隠れているが、レネゲードの兵2人は疑いの目で見る。
「精霊…?」
「マーテル様の頼み…?」
各々が疑問を口にする。
敵対していた者の意見を素直に受け止めることができないようだった。
ただし、戦う気はないようだ。
なにせ、手にムチを持っていない。
クヴァルとロディルは、自分達の境遇を説明する。
コレット・ブルーネルを頭目とする軍団によって、長きにわたり続いた不幸な少女の旅に終止符が打たれたこと。
歴代の神子達の魂とマーテルは同化し、大樹の精霊と為ったこと。
(相手は知らぬものとしてタバサの説明は省いた)
そして、五聖刃の魂も同化し、今や精霊の使い魔として派遣業務に努めていることを説明した。
「何で五聖刃なんだ…」
胡散臭そうに聞いていたレネゲードの兵(左)は、唖然とした声を漏らす。
それについては、クヴァルとロディルも説明できなかった。
なっちゃったものは、なっちゃったのだからどうしようもない。
クヴァルは、「ともかく」と言い目的を話す。
「今は歴代の神子の中に魂を取られた者がいるので探しに来た次第です。
どうやら、『ソウルイーター』という魔の者がいて、神子も被害にあったようです。
余計なお世話かもしれませんが、あなた方も魂だけのようですから気を付けた方がいいでしょう」
レネゲードの兵(右)がクヴァルの言葉にぴくりと反応した。
気づいたロディルが質問する。
「どうしましたかな?」
「いや…」
レネゲードの兵(右)は反応の乏しい返答をした。
ロディルは、話題を変えてみる。
共通の話題で警戒心を緩めてくれれば、なんて気持ちだった。
レネゲードと言えば、率先して人間牧場内に侵入し兵を率いるあの男がいる。
「そういえば、あなた達はボータとは別働隊だったのですかな?」
「お前たちにボータ様の情報を売ると思うか?」
レネゲードの兵(左)が、冷ややかに言う。
どうもすんなりといかなかった。
クヴァルは、兵の反応も最もだと思った。
(当たり前ですが、私達にはその気がなくとも、彼らにとってはいまだ我々は敵同士なのでしょう。
むしろ、我々にその気が無いという気持ちそのものが傲慢ともいえますし。
それに、絶海人間牧場に魂があるのならばおおよそロディルが原因でしょうね。
私が言えたことではありませんが、先ほどからの冷たい反応も仕方無いというもの。
情報を得られないのは残念ですが…)
クヴァルはレネゲードの兵との会話を断念し、スピリアの魂の回収を優先しようとした時だった。
「ゴアアアアアアァァァァッッッ!!」
突如、管制室より下の階から野太くて大きな声が響いてきた。
ロディルとクヴァルの頭には、人外の存在が浮かぶ。
レネゲードの兵達は、声がした床に向けて神経を集中させる。
彼らは、頬に汗をかいていた。
ロディルがダメもとで尋ねてみる。
「何の声ですかな?」
「…ドラゴンだ」
レネゲードの兵(左)は、素直に返答した。
続けてロディルは聞いてみる。
「ドラゴン…。
絶海人間牧場には、いないはずですぞ?」
レネゲードの兵(左)は、鼻をフンと鳴らして説明する。
「元はいなかったさ。
さっきまで、ここに居た妙な男が口から出したドラゴンだ」
「ドラゴンもコンパクトになったんですなぁ」
「違う!
男の口から出た時は、黒くて丸い玉だった。
そいつの手から離れると、徐々に大きくなり出してドラゴンの姿に変わったんだ。
全身黒の変わったドラゴンだ」
レネゲードの兵(右)のやや怒気のこもった説明を聞き、クヴァルは思考する。
(ドラゴンの亜種ということでしょうか。
できれば、能力値の高い上位種でないことを願いたいですが…)
クヴァルの悪い予想は当たっていた。
ドラゴンには、いくつもの種類がいるが、黒が強調されたのは『ダークドラゴン』と呼ばれる。
クルシスによって改造された邪悪な竜で、地上には存在せずヴェントへイム最深部の扉を守護している。
そのため、五聖刃もレネゲードも認知しない個体だ。
レネゲードの兵(左)が言い終わるタイミングで、クヴァルはロディルに目配せをした。
視線に気づいたロディルは頷く。
先程の黒い玉の話を聞いて、ソウルイーターが絶海人間牧場内に入ってきたのだと2人は悟った。
「クヴァル殿。
一先ず、敵の戦力を少しでも知っておきたいですぞ。
神子のいる部屋に居付かれても困りますし」
クヴァルはロディルの提案を了承した。
「…いいでしょう。
私が向かいます。
管制室はまだ生きていますか?」
「調べてみるとしますかな。
少々お待ちを」
言い終わると、ロディルは管制室の操作盤の元へ行く。
2人の兵は行く手を阻むでもなく、あっさりとロディルを通した。
操作盤にたどり着いたロディルは、監視カメラの確認をしようと手元を動かす。
目的地の私室へ向かう途中、敵や通路を塞ぐ障害物が無いか把握することを優先する。
(この部屋はともかく、きっと他の部屋でも海水を抜く必要もありますからな)
だが、操作盤に手を付けてみても何も稼働しない。
ロディルは初め、自身が最後にコレット達を妨害するために操作盤をいじったことが原因かと思ったがどうにも違った。
(操作盤に電気が通っていませんな。
誰かが意図的に供給を切ったのでしょうか。
それとも、どこかで断線でもしたか…。
しかし、探している暇は無いですぞ。
確か、生前に非常事態時に備えた電源があるはずですが…)
ロディルは、操作盤の近くにある側面の壁を手でなぞる。
爪が何かに引っ掛かり、指で持ち上げると10cm四方の平たい蓋が持ち上がる。
中には、スイッチがあった。
ロディルがスイッチ周辺を眺めて海水の影響を受けていないこと確認する。
(ここだけ蓄電システムにしておいて正解でしたな)
スイッチを押すと操作盤に電気が流れて、操作盤中央の円盤に光が灯る。
更に、操作盤の上部にモニターのようなものが現れた。
モニターには、砂嵐のようなものが映し出された。
「こんなものが…」
レネゲードの兵とクヴァルが発電機を見て、驚きの声を出す。
ぺぺぺっと、指先で操作するロディル。
モニターに何かが映りこんだ。
ある画面は絶海人間牧場の通路であり、他の画面は部屋の内部などであった。
「とりあえず、こんな所ですな。
むっ!」
ロディルが、画面を食い入るように見つめる。
クヴァルも横から覗いてみると、とある画面内の一室に大きな竜の姿が見えた。
興奮しているのか、落ち着きがない。
キョロキョロして時折尻尾や腕を振るっている。
見えずらいが、周囲の壁には爪で傷をつけたような跡が残っている。
一度、ピタリと止まったかと思いきや、咆哮するような動きを見せた。
監視カメラに録音機能は無いが、直に管制室へ声が響いてくる。
「…あのドラゴンだ」
隙間から覗いていたレネゲードの兵(左)が悔しそうに声を漏らす。
クヴァルは兵の様子を気にしつつ、ロディルに話しかける。
「あの部屋があるフロアは、すでに海水が抜かれていますね。
ソウルイーターは、現代機器にも聡いのでしょうか。
厄介極まりないですね。
それに、ドラゴンは壁に傷をつけているように見えます。
男の口から出たと彼らは話していましたが、仮にドラゴンが魂の状態だとするとなぜ現実世界の物品に触れられるのでしょうか?
これでは、まるで…」
クヴァルの言いたい事を即座に悟ったロディルは言葉を紡ぐ。
「我々と同じ、ですな。
恐らくですが、我々がマーテル様から加護を与えられて現実世界の物に干渉できるようになったのと同様、ソウルイーターから何かしらの影響を受けたものだと推測するのが妥当でしょう」
「つまりは、私たちはあのドラゴンと戦えますが、逆もしかりということですね」
ロディルは、頷いた。
「クヴァル殿、少しよろしいですかな」
ロディルが懐から四角いケースのようなものを取り出す。
気になったクヴァルが尋ねる。
「それは、夢の世界で見た改良版『ウイングパック』ですか?」
クヴァルの指摘に対して、ロディルは愉快そうに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ。
よく覚えておいででしたな。
実は、生前ですでに作っていたのですよ。
さぁ、これをつけてくだされ」
ロディルが改良版ウイングパックから取り出したのは、イヤホン型の無線機だった。
片方の耳に装着するクヴァル。
2人で動作確認をおこなうが、問題はない。
ロディルが、操作盤を指で叩く。
どこかで大きな歯車が回るような音がすると、水が流れるような音がした。
「牧場内の海水を全て外部へ排出しましたぞ。
それと、ロックのかかっていた部屋も開放しました。
私はここで施設内の監視カメラから状況を把握し、対応に努めます。
クヴァル殿、気をつけてくだされ」
クヴァルが頷いて先へ進もうとした時だった。
「待ってくれ」
レネゲードの兵(右)が呼び止める。
クヴァルは足を止めて、振り向いて向き合う。
「どうしましたか?」
レネゲードの兵(右)は、不本意そうではあったが淡々と説明をした。
「…我々は魂の姿になってから物に触れられなくなっている。
だが、黒いドラゴンは別だった。
こちらから攻撃する手段がなく、我々は避難していたんだ。
不思議と転送装置だけは、移動手段として使えたからな」
クヴァルとロディルは、やはり加護が無ければ戦闘にもならないことを察した。
それと、ロディルはシルヴァラント王やスピリアの魂の閉じ込められた本の出入り口が転送装置だったことを思い出す。
転送装置は、どうやら肉体を持たずとも稼働するようだと、ロディルは改めて認識した。
クヴァルがレネゲードの兵(右)に質問する。
「男は、何故黒いドラゴンを口から出したのでしょうか?」
レネゲードの兵(右)は少し間を置いて返答した。
「推測に過ぎないが、隠れている魂をあぶりだすためだろう。
一部の人間たちは、光の球にされて喰われていた。
…助けられなかった。
その上奴ら、しばらくすると満足したのかドラゴンを放置して帰りやがったんだ」
ロディルはレネゲードの兵(右)の言葉に違和感を持った。
「奴ら…?」
レネゲードの兵(右)は頷いた。
「ああ、2人いた。
1人は細身の女で、もう一人は恰幅の良い男だった」
「それはまた厄介な…」
ソウルイーターが2人以上存在することを知ったクヴァルとロディル。
レネゲードの兵(右)が話を続ける。
「階下では、たくさんの死んだ魂がいた。
我々は彼らをとある一室に誘導して匿っている。
このままでは、彼らはドラゴンの餌食になってしまうかもしれない。
死んで更なる不幸を迎えるのは酷だ。
…頼む、ドラゴンを倒してくれ」
例え先程まで敵意を持った相手だとしても、何が何でも頼みたい意思を感じクヴァルはその言葉を受け入れた。
「承知しました。
罪滅ぼしにもならないでしょうが、引き受けましょう」
クヴァルがちらりと見ると、ロディルは思い当たることがあるのか冷や汗を流しながら視線を逸らしている。
(マーテル様と同化した影響で、ロディルも人間への憎しみが消えているのでしょう。
我々の今の境遇は、苦しみを背負い贖罪するためなのでしょうか)
しかし、罪滅ぼしにどれだけの年月を重ねようが、今までのディザイアンの取り組みはもはや誰かに返せる域を超えている。
使い魔として再びこの世に五聖刃の魂を顕現させたマーテルに、どういう意図があるのかクヴァルには読めない。
そう思いながらも彼は杖を取り出す。
元は持っていなかったが、使おうと思ったら出てきたのだ。
(精霊ないし使い魔とは、便利な体を持っていますね)
感心しつつ、クヴァルは奥の部屋に向かって歩き出した。
○○
『クヴァル殿、聞こえますかな?』
クヴァルはイヤホン型無線機で、ロディルと会話をする。
現在、クヴァルは転移装置が多数あるフロアに入り、階下へと下っている最中だった。
転移装置は小部屋に一つずつ配置しているが、問題はその数と仕組みであった。
何度も転移しなければ行きたい所まで行けないのだが、ロディルは一本道を良しとせずに何もない部屋をいくつも用意していた。
そのため、転移先を良く把握していないと道に迷ってしまう。
ディザイアンの兵どころかロディルもメモ用紙を見ながらでないとすんなり移動できない。
もはやディザイアン内からも『魔のフロア』と呼ばれる難所と化していた。
クヴァルは慣れたもので、すいすいと躊躇なく転移装置の上に乗り移動していく。
生前は、道に迷った一般兵を案内したことも何度かあった。
そのため、何人かの一般兵に『フロアガイドの方』と間違えて呼ばれたこともある。
クヴァルは苦い顔で思い出しながら、ロディルに返答する。
「ええ、聞こえています。
感度は問題ありませんね」
『次に転移したら、長い通路があります。
そのフロアにはもうドラゴンがいますぞ。
油断をしないように』
了承したクヴァルは、杖を構える。
転移装置に乗ると、ロディルの行った通り長い通路が続いていた。
足元は海水が僅かに残っているが、1・2cm程度で足を取られるほどではない。
壁にはいくつか扉が並んでおり、それぞれ【実験室】やら【掃除道具】、【電気室】などといったドアプレートがかけられている。
クヴァルがいくらか通路を進むと、壁に傷痕がついているのを見つけた。
ドラゴンはもう近い。
周囲に耳を澄ますが、物音は聞こえない。
(こちらの様子を見ているのでしょうか。
ドラゴン相手だと、後手に回るのは仕方ありませんね)
ドラゴンは鼻が利く上、知能も高い。
居場所を先に知ることができ、身を潜めて背後を取れるのも人より高い能力を有しているためだ。
さらに進むと、【牧場主の部屋】と書かれたプレートがあった。
(ロディルの部屋…神子の魂が保管された本はここにあるんでしたね)
クヴァルがドアノブに手をかけた時だった。
「ゴアアアアァァァッ!!」
クヴァルの数m先の壁が破壊されて、通路に敵が姿を見せる。
クヴァルは、後退して対象の様子を窺う。
【食品保管庫】と書かれたプレートが、カランコロンと音を立てて床に落ちた。
長い首と尾、鋭い爪と牙、固く大きな鱗。
首を立てれば、3mは超えるであろう大きなダークドラゴンがクヴァルを睨み付ける。
レネゲードの兵の話の通り、全体的に黒い体色をしていた。
通路の天井がそこまで高くないため、ダークドラゴンは前かがみの状態だ。
そのため、かなり頭部を下げており、クヴァルの腹部あたりの高さに位置していた。
本人(竜?)からしたら、そんな天井の低い所に召喚されてたまったものではないだろう。
ダークドラゴンは、低い姿勢のままで突進をかけてくる。
噛みつこうとして、大きく口を開いた。
クヴァルは、杖の石突を床に投げつける。
杖を中心にして、地面に文様が浮かんだ。
クヴァルの体が、重力に反してふわりと持ち上がる。
「護方陣っ!」
陣の文様から細い輝きが真上に向って上昇した。
杖の周囲は、人一人が通れる隙間も無い光の攻撃。
術者のクヴァルに、影響は無かった。
ダークドラゴンが陣の内部に顔を入れた瞬間、光が幾度も頭部を弾く。
「ゴアアアアッッ!!」
後退して、怒り狂ったように吠えるダークドラゴン。
頭を振るが、大きなダメージは与えられていない。
(やはり、鱗が固いですね。
さて、どうしたものか。
私の最大魔術は、詠唱時間が長いのでこの場面では不向きですし…)
クヴァルは、足元の海水に着目する。
ダークドラゴンが次の行動を取る前に、素早く魔法陣を展開する。
杖を前方に向けて、魔術を行使する。
「スパークウェブッ!」
対象を中心にして、球状の紫雷を作り出す術が発動する。
体中に電撃が走り、のけぞるダークドラゴン。
しかし、これも大きなダメージにはならない。
海水を伝ってクヴァルの体にも紫雷が走るが、耐性が高いのと術者本人の魔術のためか、ダメージらしいダメージなどなかった。
クヴァルは息を止めて後退し、ダークドラゴンの様子を見る。
ダークドラゴンはわずかに呼吸をする。
瞬間、眼を閉じ雄たけびを上げた。
クヴァルの目論見通りである。
彼が行使した電気の魔術は、海水と化学反応を起こしていた。
海水を電気分解すると、有害な塩素ガスが発生する。
高濃度の塩素ガスを吸うと即座に死亡する危険性があり、低濃度でも目や鼻に痛みを与える。
ダークドラゴンは痛みを引きはがすようにして、頭部を左右に振っている。
有効な攻撃手段と判断したクヴァルは、杖を構えて詠唱準備に入った。
目が開けられないままダークドラゴンは、クヴァルに向けて踏み込む姿勢を取る。
ためらいもなく唸り声をあげて、駆け出した。
初め、クヴァルは自身に再び特攻をかけてくるものと思っていた。
(自身の痛みの原因に、恐らく匂いで気づきましたか。
塩素ガスの範囲から逃れつつ、私に攻撃を仕掛けるとは…)
しかし、ダークドラゴンはクヴァルの元へ近づくと、横へ方向転換した。
その顔先は、【牧場主の部屋】と書かれた部屋を向いている。
ドアを破壊して、ドタドタと大きな足音を立てながら室内に駆け込む。
ダークドラゴンの唐突な行動に驚くクヴァル。
ロディルの話によると、今まさにダークドラゴンが入った部屋にスピリアの魂が収められた本があるはずだった。
(まずい…!
室内で暴れて本を破られでもしたら、神子を救出できない可能性もあり得る)
クヴァルも続いて室内に入ろうとした。
だが、クヴァルの体はロディルの部屋に入った直後に吹き飛ばされる。
通路の向かいの壁に背中から激突した。
「ぐぁっ!!」
ダークドラゴンは、室内に入ろうとしたクヴァルを尻尾で薙ぎ払ったのだ。
そもそもドラゴンは、賢い魔物である。
自身の今の状態は、追撃を与えやすいことを理解していた。
逃げようとしたら、クヴァルは追ってくることも推測していたのだ。
追わないなら追わないで回復に努めればいい。
また、狭い入り口を通ったのも、後続するクヴァルに攻撃を当てやすいことも理解していたのだ。
実際に取った行動は、目を閉じたままでもダークドラゴンにとっては問題ない。
目的の部屋の位置と方角も、人と遜色のない記憶力と空間把握能力によって分かっていたからだ。
つまりダークドラゴンは、逃げるためではなくクヴァルを攻撃するために誘ったのである。
壁を背にして座り込み、咳き込むクヴァル。
(これ見よがしに私を騙くらかす動きをするとは。
強靭な肉体に高い知能…。
やはり、上位種ですか。
恐ろしい相手ですよ…本当に)
クヴァルは、背中に痛みを感じつつゆっくりと立ち上がる。
尻尾の薙ぎ払いは杖で受け止めたので、手はしびれてはいるがダメージは大きくない。
体に意識を向けて痛みを確認していると、ロディルから無線が入る。
『クヴァル殿!
監視カメラで見ていますが、大丈夫ですかな』
「今はまだ問題ありません。
ですが、これが続くとキツイですね」
言い終わると、クヴァルは無線での会話を止める。
いつの間にか室内で身体を反転させていたダークドラゴンは、クヴァルの元へ歩みよってきていた。
突き出た口の左右から、炎が漏れ出ている。
火炎ブレスを放とうとしているのだと、クヴァルはすぐに気づく。
通路でブレスを吐かれては、左右のどちらに逃げようとも負傷する可能性が高い。
クヴァルの足は、ブレスの放出速度より遅いためだ。
慌てて左右の扉を見る。
【電気室】とプレートに書かれた両開きのスライド式のドアを見つけると、あることが思い付きそこへ駆け込む。
部屋に入ると同時に左右のドアを閉める。
直後、パチパチと鳴りながら突風が絶え間なく吹くような音が放たれた。
万一、ドアが開かないよう取っ手を掴んでいたが、すぐに火炎ブレスの熱が伝わり熱さで弾かれるようにしてクヴァルは手を離す。
音が止むと、クヴァルはまずドアを左右にスライドして開け放した。
理由は、ドアを壊したくなかったからだ。
ダークドラゴンは、クヴァルの元へ突進ないし再び火炎ブレスで攻撃するだろうが、まだ予備動作は見られない。
部屋のスイッチを押して、照明を点ける。
後退して、すぐにロディルに無線を入れる。
「ロディル!
電気室の消火設備が使えるか確認してください!」
『…少々お待ちを。
ふむ、問題ないですな。
ですが、クヴァル殿。
何となく意図は把握しましたが、あまり室内にとどまりすぎないように』
「ええ」
無線を切ると、ダークドラゴンは動かぬままクヴァルの杖を見ていたことに気づく。
(魔術の行使を警戒している…?
塩素は匂いが強いですし、ドラゴン相手ではもう通用しないでしょうね)
クヴァルは電気室の奥へとさらに入り込む。
通路と天井の高さが変わらない部屋の中は、ダークドラゴンがせいぜい4体横を向いて並ぶとぎゅうぎゅう詰めになるほどの広さである。
それに、人の背丈ほどの高さがある箱型の配電設備がいくつか並んで、より室内を圧迫する。
クヴァルは、側面の壁に設置された『音声警報スピーカー』を杖で叩いて破壊する。
足音がして振り返ると、通路から室内を覗くダークドラゴンが突進の構えを取り始めていた。
あえて杖を構えないクヴァル。
敵に室内に入ってもらうためと、回避に専念するためだ。
ダークドラゴンが一声叫ぶと、クヴァルに向かって突っ込む。
クヴァルは横方向に飛び込み、突進を回避する。
すぐに入り口のドアへと駆け込む。
配電設備の1つが、ダークドラゴンの突進と肉体に敵わず一瞬で破壊される。
天井の照明が消えなかったので、違う配電箇所がやられたようだ。
ドラゴンは、振り返ると口の両端から炎を漏らした。
火炎ブレスの予備動作だ。
ダークドラゴンの近くの天井部には、熱感知方式のセンサーが設置されていた。
ロディルから無線が入る。
『クヴァル殿!
作動しましたぞ!』
クヴァルは、通路には出ないでスライド式の左右のドアを閉めた。
目の前の巨体と向かいあう。
クヴァルが杖の先端を向けて足元に魔法陣を展開すると、ダークドラゴンはすぐにブレスの予備動作を中断した。
詠唱中の隙を狙ったのだろうか、体を反転させて尻尾を素早く薙ぎ払ってくる。
だが、クヴァルはダークドラゴンの攻撃を予期していた。
見せかけだけの魔法陣を展開していたクヴァルも即座に術の詠唱を中断する。
垂直に飛び上がり、尾の攻撃を避ける。
一回転したダークドラゴンは、姿勢を低くして突進してくる。
そのまま通路へと出ていくような勢いだった。
クヴァルの様子を見て、室内にいることへの危険を察知したのかもしれない。
「判断が遅かったですね。
護方陣っ!!」
杖を床に立てると、文様が広がる。
陣から上昇する光によって突進を防がれ、後退するダークドラゴン。
クヴァルは、ふわりと浮きつつ息を止める。
ダークドラゴンは、腹を立てたのか悔しそうに唸り声をあげる。
だが、ダークドラゴンの動きがピタリと止まった。
すぐに目の瞳孔がまぶたの裏に隠れて白目になる。
そのまま意識を失い、体を横たえた。
ズシリ、と重い音が響く。
クヴァルは、ダークドラゴンの動かない様子を確認すると、慌ててドアを開いて呼吸した。
電気室は、ダークドラゴンの炎によりセンサーが感知して消火機能が働いていた。
ブレスを使わないなら、クヴァルは自身の魔術で無理やり作動させるつもりだった。
消火剤となるのは、二酸化炭素。
ブレスの予備動作の熱でセンサーが働き、電気室内には二酸化炭素が排出されていた。
通常、二酸化炭素は空気中に約0.04%含まれる。
だが、電気室に排出された二酸化炭素はおよそ35%にも及ぶ。
約30%ほどでも意識を消失する無臭の毒の存在に、ダークドラゴンは気付けなかった。
また、二酸化炭素は空気より比重が大きいため、まず床に溜まっていく。
ダークドラゴンは、天井の高さのせいで頭部を低くしていたので、すぐに意識を失う原因となっていた。
対してクヴァルは、技の影響で天井付近に浮いていたため、ダークドラゴンよりは危険がなかったのである。
『音声警報スピーカー』を壊したのは、二酸化炭素排出前の大きな警告音で警戒されるのを防ぐためだった。
通路で深呼吸を繰り返したクヴァルは、ドアの向こうにいるダークドラゴンを想う。
(私たちに比べれば、あなたは利用されたに過ぎず罪などないのですがね。
ですが、こちらも引くわけにはいかなかったのですよ。
どうか、安らかに…)
気の重いままクヴァルは、ロディルの私室に向って歩き出した。
ダークドラゴン
ヴェントへイム最深部の扉の前にいる黒いドラゴン。
主人公一行に敗れたのちに、ソウルイーターに食われる。
ヴェントへイムは、デリス・カーラーンから入る原作のラストダンジョン。
ゲーム本編でのレベルは71。
クヴァルが真っ向勝負では勝てない相手だった。