イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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許さない者

クヴァルは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。

室内はロディルの部屋らしく、何かの実験に関する書類の束や試作品の魔道具らしきものが所々に置かれていた。

だが、それらは散乱としていて明らかに何者かによって荒らされた形跡があった。

棚の引き出しがいくつも開けられており、先程のドラゴン以外の存在を匂わす。

第一、ダークドラゴンは部屋に入ってすぐに反転して戻ってきたため、部屋中を荒らしたとは考えにくい。

イヤホンをしている耳に手を当てて、ロディルに無線を入れる。

 

「ロディル、あなたの室内に誰かが侵入した痕跡が所々見られるのですが、生前は張り切り過ぎて掃除に部屋が追い付かないハウスキーパーの入室を許可していた…わけではないですよね?」

 

ちょっとした冗談を言ったためか、イヤホンからは初め愉快な笑い声が聞こえてきた。

 

『ふぉっふぉっふぉ。

そのような者は、見たこともありませぬな。

少なくともシルヴァラントに絶海人間牧場を建造してからは、私以外の入室者は最後に部屋の立会検査を一緒にした建築士だけですぞ。

魔道具関連の取り扱いはもちろんのこと、掃除や衣類の整理、部屋の衣替えなど、全て私一人で管理しておりました』

 

ロディルもすでに察しているのだろう。

無線機から、『念の為ですが』とクヴァルに声をかけた。

 

『可能性は0ではありませんので、場所をお教えしますぞ。

なに、シンプルなものですのでご安心を。

突き当り、左に曲がった先の本棚に他と比べて大きな本が2冊あります。

それが、魂の入った禁書ですぞ』

 

クヴァルは会話はここまでにして、まずは部屋の状況の把握を優先することにした。

 

「分かりました。

後で報告します」

 

入り口からまっすぐ進むと、ロディルが使っているであろう大きな机と椅子が訪問者に向かい合うようにして設置されていた。

左に曲がると、本棚が3つ並んでいる。

どの段もぎっしりと詰まっているように思えたが、クヴァルは真ん中の本棚を見て気が付く。

下の段に、隙間があるのだ。

それも大きな本であれば、2冊は入りそうな隙間だった。

 

クヴァルは、額に手を当てる。

良くない予想ばかりが、頭の中でぐるぐると渦巻いていく。

すでにスピリアの魂は、敵の手に落ちてしまったのかもしれない。

もう胃の中で消化されてしまったのかもしれない。

 

(ですが、なぜ…?

ロディルの推測だと、必要ないから彼の手に渡ったのではなかったのでしょうか)

 

視線を下げていたクヴァルは、ふと気が付く。

本棚の近くの床に、雑に置かれた大きな本があった。

背表紙には、赤い色をしたエクスフィアがはめ込まれている。

 

「ロディル、一冊だけ禁書らしきものを見つけました」

『ふぉっ!

ありましたか!

ですが、一冊ということは…』

 

ロディルもある程度状況をつかめたようだった。

 

「状況を鑑みるに、もう一冊はソウルイーターの手の中でしょうね。

しかし、何故今更になって…」

『分かりませんな。

今は、相手さん方の事情が変わったと言う他ありませんな』

 

スピリアの魂は相手の手中に収まってしまった。

最初よりも状況が悪化してしまう。

敵方の居場所も目的も分からない。

一先ず、絶海人間牧場でできることはほとんど無さそうだとクヴァルは判断した。

 

「…とにかく、後は近くの部屋に隔離された魂を見つけてきます。

その後、管制室に行きますので中身を確認しましょうか」

『おっと、クヴァル殿。

本を触るときは注意がひつーーー』

 

クヴァルが本に手を伸ばす。

指先が触れたのは、エクスフィアであった。

渦を描くようにして本に吸い込まれていく。

 

「うおっ!?

おおおおおっっっ!!!」

『クヴァル殿?』

 

ロディルの私室には、一瞬人の気配がしなくなった。

 

 

○○

 

 

そこは、牢獄を思わせる一室だった。

周りは薄暗いが、床も壁も石作りであることがクヴァルには認識できた。

壁には、松明がかけられている。

背後には、転送装置。

前方には、木製のドアがある。

 

(ここが本の中の世界ですか。

さて…)

 

クヴァルは考え始める。

ロディルの話だと、木製のドアの先に囚われた魂が存在しているとのことだった。

まずクヴァルは、無線機を使いロディルに声をかけてみるが反応は無い。

選択肢は多くない。

進むか、戻るかだ。

単独での調査は、控えるべきだろう。

 

(確か、本の中の時間は捕えられた者によって変わるのでしたね)

 

考えられるリスクは2つある。

1つ目は、先行者が時間が過ぎ去るのを望んでいた場合だ。

クヴァルが巻き込まれてしまうと、本の外に出た時にはどうなるかも予想がつかない。

 

(しかし、ロディルが会った人物達にそれに該当する者はいなかったはず)

 

1つ目のリスクは無いものとして考える。

もう1つのリスクは、すでに敵が本の中にいた場合だ。

その場合は、敵がいる情報を持ち帰るためにもすぐに退散するのがいい。

敵が管制室を通って逃亡した場合はどうだろうか、とクヴァルは思う。

仮に、敵が外の世界へと出たとしても、この部屋から通路に移動すると間違いなく監視カメラに映る。

クヴァル自身の身に危険は起きるかもしれないが、管制室にいるロディルからすれば対応策を考える時間の余裕が確保できる。

すぐにマーテルに報告して、ロディルだけでも帰還すれば良いのだ。

全滅するよりかは良い。

今ここでリスクヘッジすることは、大きなメリットである。

次に、ソウルイーターがここにいたとして、何をするかについて考える。

 

(本の中の魂を回収する理由が出来たとして、果たしてロディルの私室で確認する必要があるでしょうか。

私が相手の立場になって考えるならば、安全地帯にまで運んでからでないと気持ちが落ち着かないものですが…)

 

今ここにソウルイーターがいる可能性は限りなく低いとクヴァルは思った。

もう1冊の本を持って移動している方が、よっぽどしっくりと来る。

それでも、可能性は無いとは言い難い。

クヴァルは、自身の手に杖が握られていることを確かめる。

 

(可能な限り、戦闘は避けたい所ですが…。

さて、行きますか)

 

木製のドアを開いて、クヴァルは先に進んだ。

 

 

○○

 

 

内装は王宮のようであった。

天井が高く、大きな支柱が左右に並んでいる。

中央の床には、長い赤色のカーペットが敷かれている。

部屋の奥には、3つの段がある。

その上には、豪勢な椅子が置かれていた。

椅子には、見るからに高級そうな衣類を身に纏う男が座っている。

クヴァルは、彼がシルヴァラント王だと察した。

 

(つまり…スピリアの魂は牧場内にはもういない、ということでしょうか)

 

周囲を警戒したが、監視するような気配をクヴァルは感じなかった。

恐らくだが敵はいない。

カーペットの上を歩いていく。

段の手前まで来て、王を見上げる。

 

「私は…彼らに…だろうな」

 

壇上の王は、ぼそぼそとつぶやいていた。

クヴァルは、声をかける。

 

「失礼」

「う…むっ!

…おお、来客か。

すまない、意識が飛んでいた」

 

王はクヴァルの姿を見ると、はっきりとした口調で返答した。

疲れのせいか頬はこけているが、絶望状態とまではいっていない。

 

「私は、ロディルの知人のクヴァルと言います。

あなたは、シルヴァラント王でしょうか?」

 

王は、ロディルの名を口ずさむと思い出したような表情になった。

 

「そうか。

ずっと前に会ったあの変わり者の知り合いか…。

うむ、私がかつてシルヴァラントを治めていた王だ。

今やこのような有様だがな」

 

自身を嘲笑するシルヴァラント王。

クヴァルは、シルヴァラント王の状況をロディルから聞いて知っている。

王は、クヴァルを含む五聖刃と違って人種差別などはしていないし、命をもてあそんだり軽んじるような真似などしていない。

だが、シルヴァラント王は、古代英雄達に兵を向けたことを後悔していた。

そして、両者で戦いが起き、兵も死んだであろうことに気づいている。

4000年間、本の中でずっと無念の思いに駆られ続けていたのだ。

 

(この方は、もう報われるべきではないでしょうか)

 

そう思ったクヴァルは、王に聞いてみる。

 

「あなたは、かつて4人の英雄達に対してのおこないを悔いていると聞きました。

もし、彼らの内の誰かと話ができるならば、あなたはどうしたいですか?」

 

シルヴァラント王は、不思議そうな顔でクヴァルを見た。

 

「何を言うかと思えば、まるで夢のような話だな。

…そうだな。

私が彼らに対して謝罪したいと言えば、罪を逃れたいからと思われるだろうか…」

 

シルヴァラント王は、最後に声を小さくしてクヴァルに尋ねた。

 

「言葉を受け取る方の考え次第でしょうね。

あなたが思い描く4人は、人の謝罪をまともに受け取る事も出来ない連中の集まりでしょうか?」

 

シルヴァラント王は、クヴァルの言葉をすぐに強く否定する。

 

「そんなことは断じてない!

彼らは、たった4人で長きにわたり続いた戦争を終結させた人類にとって誇るべき英雄だ。

内面に宿る強き志があってこそ、偉業を成し遂げたのだ。

そのような者の集まりのはずがない!

だが…だからこそだ。

そんな彼らの想いを踏みにじったからこそ。

私は、許されるべきではないのだ。

 

…すまぬな。

お前なりに私を気遣ってくれたのだろう。

だが、変わり者から聞いた話では、私がここに囚われてからすでに4000年の時間が流れているという。

もう会えぬ者に想いを馳せても仕方がないのだ。

潔く、魔の者に食われるのを待つ哀れな男のままでいさせてくれ」

 

シルヴァラント王は、生前の考えに囚われたまま殻に閉じこもってしまっている。

いくら内部が王宮とはいえ、同じような空間にずっといては気持ちがふさぎ込んでしまっても仕方がない。

王が報われるのに必要なのは、新たな情報・新たな環境・そして新たな気持ち。

クヴァルは、王を外に連れ出そうと考えた。

 

「私は、今や大樹の精霊と化したマーテル様の使いです」

 

目をぱちくりとして驚いた様子をシルヴァラント王は見せた。

クヴァルは話を続ける。

 

「4000年前に2つに分断された世界は、再び1つとなりました。

さらに大樹が蘇ったことで、世界にはマナが満ち溢れていると聞きます。

もう、かつてのような枯渇していくマナを取り合う戦争などは起きないでしょう。

これは、夢の話ではありません。

現実です。

 

そして、どうかマーテル様の気持ちを理解して頂きたい。

この世界の片隅で、4000年も苦しむ魂の存在を彼女が快く思うでしょうか?

あなたは、マーテル様に直接会ってご自身の考えを伝えなければいけません」

 

困惑して返答に窮するシルヴァラント王。

 

「マーテル・ユグドラシルが…大樹の精霊にだと…?」

「ええ。

細かい説明は省きますが、彼女は世界を見守り管理する精霊となりましたよ」

「…私などでは、理解が及ばないな」

 

王はミトスの長きにわたり続いた計画と崩壊のことなど何も知らない。

マーテルが精霊になった経緯を知らない以上想像もつかないのは致し方ないことだ。

だが、生きている人間やハーフエルフも同様だろう。

精霊化という経緯と結果を聞いてすぐに理解できる者など、いなかったはずだ。

 

「それは私も同じです。

長生きしても、わからないことばかりでしたよ」

 

シルヴァラント王は、しばし沈黙する。

これからどうするかを考えているのだろう。

やがて、意を決したようで口を開いた。

 

「快く思うか…か。

随分と卑怯な言い回しをする。

…連れて行ってもらえるだろうか」

 

クヴァルは、了承した。

 

 

○○

 

 

クヴァルとシルヴァラント王がロディルの部屋に戻ると、すぐにロディルへ無線を入れた。

 

「ロディル、本の中の人物はシルヴァラント王でした。

あとで、一緒に大樹に戻りましょう」

『無事戻ってきてホッとしましたぞ。

しかし、何故シルヴァラント王を大樹へ?』

 

クヴァルは、ロディルに先ほどまでの経緯を説明した。

ロディルは、納得した反応をする。

それとクヴァルは、これから救出予定だった魂達のことに意見を出す。

 

「ロディル、隔離された魂達ですがレネゲードの兵達に迎えに行ってもらえばいいのでは?」

『レネゲードの兵達に…ですか。

確かにそれもそうですな。

我々の出る幕ではないですぞ』

 

クヴァルの意図はロディルにすぐに伝わったようだ。

 

「では、そちらに向かいますので」

『分かりましたぞ。

ああ、そうそう。

その部屋で持ってきて頂きたいものがあるのですがね』

 

 

○○

 

 

ロディルが通信を終えると、そばで聞いていたレネゲードの兵(右)が疑問を口にする。

 

「どういうことだ、そのままクヴァルが行けばいいのではないか?」

「いやなに、単純な話ですぞ。

あなた方が避難した魂は、あなた方で無事を伝えればいいというだけでしてな。

クヴァル殿の顔を知る者がいれば、逆に混乱を招くでしょう?」

「それは…そうかもしれないが…」

 

ロディルはジッとレネゲードの兵達を見る。

目の前のレネゲードの兵達も何か負い目があって、称賛される状況を避けたいものと予想した。

 

「ボータは、あなた達を助けるために囮にでもなったのでしょう?」

 

レネゲードの兵(左右)が後ずさりする。

左の兵が少々声を張って問いかける。

 

「なぜそれをっ!?」

「半分はヤマ勘ですぞ。

実は、管制室の過去の映像をさっきまで片手間に見ていましてな。

あなた方は自らの命を犠牲にしてまで、コレット・ブルーネル達を救い出したみたいですねぇ」

 

レネゲードの兵(右)が声をあげる。

 

「ああ、そうだ!

我々は、悲願を達成するために躊躇なくこの命を捧げた!

ボータ様と共に世界のために尽くしたことは、何よりも誇りだ!

それを愚弄する気か!!」

「そういきり立たないでください。

ちょっとした確認をしたいことがあるだけですぞ。

命を投げうってまで神子達を救ったのですから、ボータもソウルイーターからあなた方を助けるために動いたのではないかと思ったのですよ。

聞きたいのは、どうなったか…ですぞ」

 

レネゲードの兵2人は、互いをちらりと見て意思を確認し合っていたが、やがてレネゲードの兵(右)は話し出した。

 

「ボータ様の名誉のために話すが…」

「ええ、分かっておりますとも」

「さっきお前らに行った通り、我々はドラゴンに手を出せなかった。

魔術も使えなかったからな。

ひとまず、暴れるドラゴンから階下の魂達を避難させた。

だが、逃げ遅れた魂を食らう…お前らの言うソウルイーターをどうにかしないといけなかった。

ソウルイーターは、ボータ様を見た際に『上玉だ』と言っていた。

それを聞いたボータ様が、囮になって時間を稼ぐからさらに遠くへ避難するように言ったんだ。

当然我々は、ボータ様に加勢しようとしたのだが…」

 

 

 

『ボータ様!

我々もついていきます』

『そうです!

3人で攪乱して、あいつらを立てなくなるぐらい疲れ果てさせましょう!

すでに、敵の2人ともちょっと息荒いですし時間の問題ですよ』

『ダメだ!』

『な、なぜですか!

ボータ様!』

『食われた魂がどうなるのか分からぬ。

それに、奴らの一番の狙いは私だ。

ここは任せてほしい』

『い、いやです!

ボータ様について行かせてください!!』

『そ、そうです!!

どうか、魂だって共にいさせてください!!』

『…初めて私に意見したな。

お前達なら安心して、牧場内の魂達を任せておける。

何、すぐに戻ってくる。

あとは、頼んだぞ!!』

 

 

 

 

「ボータ様は1人駆け出した。

一瞬判断の遅れた我々は、これ以上ボータ様を追うことは足手まといになると思いついていけなかった。

その後、ボータ様がどうなったのか知らない。

だが、姿を見ないとなると…。

やはり、ついていくべきだったのだろうか」

 

レネゲードの兵(右)は言い終わると、俯いた。

左の兵も拳を握り、自身の行いを悔いているようだった。

話を聞いたロディルは、彼らに言う。

 

「確かに、絶望的状況と言えます。

しかし、ボータという男は、果たして敵に食われた程度で大人しくしている珠ですかな?」

 

レネゲードの兵(右)がロディルの言葉を聞いてカッとなる。

 

「そんなわけないだろう!

ボータ様なら敵の腹を裂いて外へ出るはずだ!」

 

左の兵も「そうだ!その通りだ!!」と乗っかる。

 

「ふぉっふぉっふぉ。

それならば、心配していたら逆に失礼というもの。

男の勇姿を見届けたなら、胸を張って帰りを待つべきでしょう。

まぁ、私達の吉報を心待ちにすればよろしいかと思いますぞ」

 

左の兵が「お前達の報告を待つだと?」と尋ねる。

ロディルは頷く。

 

「ええ、私達もソウルイーターに用がありますから。

ボータの安否も確認しておきましょう。

おっと!

確認するのは安否ではなく、腹を裂かれたソウルイーターの死体ですかね」

 

レネゲードの兵(右)が、「ふぉっふぉっふぉ」と笑うロディルをジッと見て話す。

 

「あいつら…ソウルイーターは、パルマコスタに向かうと言っていた」

「ふぉう?

それは、ありがたい情報です。

しかし、急にどうしたのですかな?」

 

ロディルの問いに、レネゲードの兵(右)はやむを得ないと言った様子で答えた。

 

「お前らに貸しばかり作っていては、ボータ様に合わせる顔がないからな」

 

その後、ロディルとクヴァルはマーテルに連絡を取り、シルヴァラント王を連れて大樹へと戻った。

 

 

○○

 

 

大樹の2階層に当たる会議室では、マーテルとシルヴァラント王が対面して椅子に座っていた。

五聖刃は、1階層で待機中だ。

大きなテーブルはマーテルが消している。

今、2人は小さなテーブルを挟んで椅子に座っていた。

テーブルの上には、お茶の入ったカップが2つある。

シルヴァラント王は、懐かしそうにしてマーテルのことを見ていた。

マーテルが挨拶する。

 

「お久しぶりです」

「ああ、まさか本当に精霊になっているとは…。

より立派になったな」

「私が今ここにいるのは、様々な者が尽力してくれたお陰です」

 

シルヴァラント王の目を見て、マーテルはほほ笑む。

だが、王はどことなく暗い表情である。

重たく口を開く。

 

「その変化の間に苦しんだ者もいるのだろうな」

「…はい。

罪なき者の血が流れることも少なくはなかったです」

「4000年前、古代大戦が終結したのちに、君達の身に何が起きた?」

「大いなる実りを狙う争いが起きました。

私は、その中で一度命を落としています。

ミトス・ユアン・クラトスは、かつて古代大戦でも使用されていた石を身に着けて長い時間を生きてきました」

 

マーテルは正直に答えた。

相手がかつてのシルヴァラント大陸を治めていた王だったからこそ、素直な言葉が出てしまったのだ。

労るような嘘を言って、その場をしのぐべきでないとも判断した。

マーテルが言い終わるとシルヴァラント王は、椅子から立ち上がりその場で頭を下げた。

 

「すまなかった。

君たちには、取り返しのつかないことをした。

言い訳のしようもない。

私の浅薄な判断が招いたことだ。

許されるはずがないのは、分かっている。

安い首だが、どうか好きにしてほしい」

 

頭を下げたまま、動かないシルヴァラント王。

4000年前の王の判断は、ソウルイーターが誘導したことである。

だが、他者の介入したこととはいえ、兵に指示をしたのは紛れもなく王がやったことだ。

誰に何を言われようと、全責任は自分の判断によるものだと王は主張するだろう。

マーテルもそれはわかっているので、ソウルイーターの名前は出さないことを決める。

彼女は、王に顔を上げるように伝える。

視線がマーテルの顔へ向いたのを確認してから、彼女は話した。

 

「王、あなたが許されざる者と言うならば、私はもっと罪深いことをした者です。

巻き込んだ命の数も、苦しめてきた期間も比較になりません。

何より、私は王に対して負の想いなど抱いてはいません。

ユアンやクラトス、それに長い間人を憎んだ私の弟も最後にはきっと…。

ですから、どうか御身を許してあげてください。

 

この世界で王のことを許していないのは、王1人だけですから」

 

シルヴァラント王は、目を見開いた。

差し出した命に、どのような仕打ちが来ても良かった。

ムチでひたすら叩かれるような扱いを覚悟もした。

なのに、自身を苦しめるためのムチを持っていたのは王だけだった。

 

王はマーテルを含む人々に謝罪してから断罪されることを望んでいた。

人々への謝罪の機会が無ければ、魔の者に食われて死んでもいいと思っていた。

その時が来るまで、4000年苦しんで本の中で生きてきたのだ。

ようやく、関係者であるマーテルに謝罪するきっかけを得た。

あとは、断罪されれば良かった。

しかし、ムチを持ったのが自身だけだと、望んだ結果にはならない。

王はぽつりと言葉を漏らす。

 

「私は…許してもいいのだろうか…?」

 

自身を戒め続けてきた王は、4000年ぶりに考えを改めようとしていた。

 

「私はそう望んでいます」

 

マーテルは、穏やかな口調で答えた。

その返事を聞いて、王は俯く。

 

「…そうか。

もう、断罪の機会は終わっていたのだな」

 

表情は暗いながらも、王の様子は肩の荷が下りたように見えた。

少しずつ、王の体に変化が起き始めていた。

体がより薄くなっている。

その変化は、王の存在が消失することを意味していた。

きっかけは、マーテルに謝罪をして許され、これ以上望むことが無くなったため。

王もマーテルもすぐに状況を理解した。

 

「精霊マーテルよ。

苦労をかけたな。

君が私のように罪の意識に囚われずにいること、そして世界が平和であり続けることを祈っている」

 

マーテルも席を立ち一礼する。

 

「ありがとうございます。

ご安心ください。

精霊となった今の私は、嘆いてばかりではいられないのです。

この世界を支えるため、もうマナを巡って争いなど起こさせないため。

それに、私が4000年前よりずっと望んできた…誰もが差別されることのない世界を実現するためにも。

私は、罪を背負いながらも安寧の世を求めて生きていくつもりです」

 

穏やかな表情のマーテルの目には、強い決意が宿っていた。

生前、王に謁見した時も彼女は同じような瞳をしていた。

だが、今のマーテルには生前と異なる部分がある。

自らの罪を抱えながらも、改めて大きな目標を達成しようとしていることだ。

やり直そうとする者の決意は、果たして純粋な初心の気持ちよりも下回るだろうか。

王は彼女の目を見て頷く。

 

「やはり、より立派になったな」

 

シルヴァラント王は微笑むと、その姿を消した。

 

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