イセリア人間牧場奮闘記 before&after 作:あるいてごろりと
パルマコスタは、大陸の西に面した港町である。
そのため、水平線から昇る日の出を拝むことはできないが、代わりに漁に出る船からの掛け声が1日の始まりを告げてくれる。
パルマコスタで人気が高い魚介類は、いか・たら・まぐろだ。
帰港した船からそれらの魚を買い付けた食材屋の者が店頭に並べると、奥様方が今日の夕飯求めてこぞって集まってくる。
奥様方同士の世間話。
食材屋の客寄せの声。
漁師達が船のメンテナンスや網を直しつつ、時折豪快に笑う声。
パルマコスタの朝は、人々の様々な声によって彩られていく。
ドア総督は、そんな町の喧騒を耳にしながら総督府への扉を開いた。
「おはよう諸君。
今日もスケジュール確認から始めようか」
V字型の長机の両端に部下達が座り、真ん中に座っていたドアが朝礼の司会を務める。
総督の公務は、広範囲に渡る。
まず、町民が安心安全に暮らせるようにするのが第一である。
そのためにも町の予算を組み、様々な計画や制度を作って運営していく。
税金の課税や徴収も仕事の一つだ。
ドアの父親の世代からは、ディザイアンに対抗するための義勇軍を募っており彼らへの指揮権を有しているのも総督である。
そのため、徴収した税金は、人員の増加に合わせて武器や武具・治療薬の補充もしくはその他様々なことに充てていた。
もちろん、軍事費以外にも税金は使われている。
町民の理解を得るためにも、自身が人々の前に立って説明することもある。
今日のスケジュールでは、ドアは学校で子ども達に相手に講演を開く予定だ。
部下達との話を終えると、彼は総督府を出る。
○○
「皆が町に住むことで住民税が発生する。
だが、これは町を皆で支えていくためのお金だ」
学校の教壇に立ち、ドアは講演を始める。
向かい合って椅子に座る学生達は、好奇心を秘めた目で彼の話を聞いていた。
今回の講演は、税金とディザイアンについてがテーマだ。
税金は町の財布である。
ディザイアンというムチを振るう悪の組織から町民を守り、より良い街づくりのために何が必要かを普通は考えていかなければならない。
税金は、町民の皆が喜ぶように使った方が良い。
そうなると、町を持続していくために、人々の安全を半永久的なものにしていくために使った方が良い。
これは当然のことである。
ドアは教壇から自身に向い並んで座る学生達を見回して言う。
「我々はディザイアンに必ず勝つ。
その後に必要なのは君達のような若い世代だ。
町を発展させるためにも、ここで学び育んだ知恵を是非とも活かしてほしい」
講演を終えたドアは、職員達に挨拶してから学校を出た。
ここまでで午前が終わろうとしているため、総督府に戻り昼食を取る。
ドアは学校で職員達からランチボックスの入った手提げ袋をもらっていた。
フタを開くと、中には白米が見えないほどの大きなうなぎがあった。
学食でも人気のメニューの1つでもあり、三人前を頼むものも少なくない。
ドアはランチボックスを1つ平らげて、手提げ袋に戻そうとして気が付く。
手提げ袋がまだ重いのだ。
机に置いてランチボックスを取り出したのだが、気がつかなかったのである。
袋の中を覗くと、ランチボックスがあと2つ入っていた。
嫌な予感がしつつも取り出してフタを開くと、予想した通り2つともうな重であった。
若い学生達と同じように扱われても困ると思いつつも、うな重を口内へかきこむドアであった。
胃に圧迫感を覚えつつも、午後の公務に入る。
総督府の机の上には、手紙が何十枚も置かれていた。
目安箱を設置したわけではないのだが、町民の意見が手紙として送られてくるのだ。
実際、町民の意見を受け取る手段の1つとしては悪くない方法だ。
もはや手紙の確認作業が、ドアの仕事として定着しつつある。
初めに読んだ手紙は、漁師の青年からだった。
『嫁さんが欲しいのですが、町コンやってくれませんか?
父も、私に伴侶が出来ないのではないかと不安がっています』
次は、十代前半の子どもからの激励だ。
『将来はおじいちゃんやお父さんのような立派なクリーニング屋さんになりたいので、頑張ってディザイアンから町を守ってください』
その次は、食材屋の店主からだ。
『誰でもいいので娘を嫁に引き取ってくれる人はいませんか。
父としては心配です。
娘にもいい刺激になると思うので、町コンやってくれませんか?』
漁師の青年とうまくいくといいな、とドアは思った。
次はお年寄りからの意見だ。
『齢90になるじじいからです。
総督には、町を守る大変な仕事を日々して頂き感謝しております。
私は、先代の父からクリーニング屋さんの仕事を引き継いでひた走っていました。
武士のような口調で厳格な父からの手ほどきは決して緩いものではなく、
めげそうになったことは一度や二度ではありません。
結婚して子どもが生まれると、孫をあやしていく内に父の性格も穏やかになりました。
そのためなのか分かりませんが、何とか次の代として引き継ぐことも出来、毎日仕事を懸命にやってきました。
今は退職して、息子に店長の座を明け渡しています。
最近は膝を悪くしてしまい、家の前の階段すら億劫になった外出もしない隠居じじいと化しました。
妻にも先立たれ、私もこのまま死ぬのを待つ身かと思いましたが、人間欲というものはどうしてもつきません。
これからの日々をクリーニング以外のことで充実させていこうと思っています。
外出して、わが身から湧いて出る欲を満たしていきたいのです。
貴重な財源だと重々承知していますが、家の前や公共施設の階段にスロープを作って頂けると助かります。
そのあと、町コンやってくれませんか?』
ドアは様々な町民の意見を確認しつつ、どうしても『父』や『息子』という言葉が目について仕方が無かった。
皆、未来を考えて生きている。
(私が見ているのは…過去ばかりだな)
胸の内で自嘲する。
今日の手紙だけで50通が届いていた。
読むのも一苦労であるし、読めば読むほどどのような施策に取り組むべきかまとめるのが難しくなる。
ドアは席を立ち、応接室に入って行った。
応接室の壁には、目線の位置の高さに歴代総督を務めた者達の絵画が飾られている。
その中には、前任者であるドアの父の絵画も当然あった。
ドアは、父の絵を見て自問自答をする。
毎日、己と向き合うための日課だった。
(父上は、今の私を見たら何と声をかけるだろうか)
ドアの父は5年前にディザイアンによって殺されている。
義勇軍を募ったが、巨悪に敵わなかったのだ。
ドアにとって父は、子どものころから憧れの対象であった。
厳しくも勇ましい父の背中を追ってきたはずだった。
現在彼の頭に浮かべる父の背中は、子どもの頃よりもずっと遠くに見えている。
だが、同時にそんな父の行動を愚かだと非難する自身もいた。
ドアは、父の絵画に向き合いながらも考える。
先ほど読んだ町民達からの意見についてだ。
ほとんどの要望を叶えることは不可能だが、少しでも実現出来れば評価は上がるだろう。
町民に直接会い、話を聞く姿勢を取るだけでも信頼されるだろう。
懸命に向き合っている雰囲気を感じ取ってもらえれば、大抵の町民は嫌な顔などせずに施策に応じてくれるのだ。
だからこそ、ドアは考える。
如何にして、僅かな資金のやり繰りで町民からの支持を得つつ、ディザイアンに横流しする金を作るかを。
○○
1日の公務を終えたドアは、総督府に誰もいなくなったことを確認する。
カンテラを手に持ち、総督府入り口右手にある階段を降りていく。
階段の先にあるのは、地下室だった。
毎日、帰宅する前にこの部屋を訪れている。
地下室には、罪を犯した者を罰するための拘束具や拷問のための剣にムチ、収容する牢屋がある。
木樽がそこら中に転がっているが、大したものは入っていないただの物置小屋としての一面もある。
牢屋は3つ並んでおり、一番奥には白い布がかけられて中が見えない。
奥の独房の前に立ったドアは、白い布を引っ張る。
布がはらりと地面に落ちると、中には変わり果てた彼の妻がいた。
紫や白が入り混じり変色した肌、顔の中心には目の役割を果たしているのか3つのオレンジの丸い物質が埋め込まれている。
服は、ディザイアンに『悪魔の種子』を植え付けられた当時そのままの物。
ゆらゆらと身体や頭部を動かしながら、2mを超える巨体は鉄格子越しにドアと向き合う。
「クララ…。
もう少し耐えてくれ。
すぐに薬をもらうからな」
エクスフィギュアと成った妻にドアは声を掛ける。
5年前に、彼の父がディザイアンに殺されたあとにクララは惨い姿に変えられた。
その後、ドアはディザイアンと水面下で町民に悟られぬように関係を持つ。
全てはディザイアンから薬をもらい、元の姿に戻してもらうためであった。
妻の痛ましい姿を牢屋越しにドアが見ていると、背後に誰かがいた。
ドアに気取られることなく近づき、手にした武器を突き刺した。
「がっ!!?」
ドアは、わき腹を抑えて呻く。
焼けるような痛みが走ったからだ。
冷たい石の床の上に倒れる。
体から流れる血液が、元に戻る手段も無くただただ広がっていく。
ドアは、倒れた直後に自分を刺した者を見た。
そばには、彼の娘のキリアが立っていた。
手を真っ赤に染めて、彼女は冷たい瞳でドアのことを見下ろしている。
彼は、見下す少女が本物の娘でないことを知っている。
何故かは分からないが、そんな気がしたのだ。
(私の罪を…捌きに来たのか…)
住民を騙し、あろうことか敵対するディザイアンに金を横流ししていたことに何の意識も持たぬはずが無い。
だからこそ、いつ住民達にバレるか分からぬ不安を抱きながらこれまでやってきた。
キリアの姿をした目の前の者は、ドア自身の恐怖が形作った罪の意識そのものではないかと彼は思った。
しかし、なぜ娘の姿をしているのか分からなかった。
呼吸が乱れた中でも、ドアはふと考える。
(本物のキリアだって…こんな私をどう思っていただろうか…)
ドアは、頭の中に浮かべた娘に告げる。
やはり、想像するその娘もドアのことを非難の目で見ていた。
(きっと、恨んでいるのだろうな…。
私は、目的のためにお前や町民を巻き込んだのだから。
ディザイアンの一員として、皆を騙す姿をお前に見せ続けてきた。
お前が、手を汚く染めた私を恨むのも当然だ)
ドアは、痛みをこらえながら一度奥の牢屋を見る。
異形の者と化した妻を、眺めた。
再び、自身を冷たい目で見下す少女に視線を戻す。
今度は、頭の中に浮かべた本物の娘と目の前の少女が重なって見えた。
いずれ起きたかもしれない未来の姿と思いつつ、胸の内で告げる。
(だが…だがな、キリア。
私は、クララを愛していただけなんだ。
愛していたからこそ、私はこうするしかなかったんだ。
苦しかった、楽になりたかった…。
だけど、クララを見捨てることなど出来なかった。
分かってほしいとは言わない。
許してくれとも言わない。
ただ、私はお前のことも大事にしているつもりだったんだ。
お前から見れば、そうは思えなかっただろうが…。
キリア…)
ドアの意識は遠のいていった。
〇〇
ドアが目を覚ますと、寝室の天井が見えた。
自宅のベッドで寝ていることが分かった。
ベッドから起き上がり、窓のカーテンを開く。
まだ薄暗いが、彼の耳に町の喧騒が届く。
奥様方同士の世間話。
食材屋の客寄せの声。
漁師達が船のメンテナンスや網を直しつつ、時折豪快に笑う声。
1日の始まりが、町民の声によって告げられる。
やはりか、と彼は思う。
何度目だろうか。
始めはやめて欲しいとドアは思った。
しかし、繰り返す内に受け入れつつある自分もいることに気が付いている。
ドアは、最後には死に至る変わらない日常を延々と繰り返していた。
ドア
パルマコスタの総督。
うな重は3つまでなら何とか食べれる。
神子一行のこともディザイアンに情報を売ったため、世界の救済よりも目の前の妻を選んだ男である。
罪の意識と心残りにより、その魂は総督府の地下室にとどまることになる。