イセリア人間牧場奮闘記 before&after   作:あるいてごろりと

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最後には死に至る1日を何度も繰り返していたドア。

だが、全く同じ日を過ごしていたわけではない。

総督府で毎朝スケジュールの組み立てをおこなうのは変わらずだが、学校で講演をしたり、市場に行って人々に挨拶をしたり、まぐろの解体ショーを見学したのち魚鍋を口にして町民にPRしたり、予算の編成に取り組んだりとドアの公務は日によってランダムに変わっていた。

 

繰り返される死の体験をドアは記憶に残している。

しかし、運命に抗うための行動を起こす気持ちなど抱けなかった。

普段と変わりなく1日を過ごそうとしてしまう。

体が言うことを聞かないわけではない。

起床後、洗面台に立つのが当然のように、日中総督の仕事をするルーティンから抜け出せないでいた。

そうして最後には、クララとキリアの前で痛みを味わいながら息絶える。

 

 

○○

 

 

今日も朝を迎えたドアは着替えを済ませて総督府へと向かう。

総督府のV字型の長机でドアを頭を抱えていた。

横流しの金が徐々に少なくなってきているのだ。

住民税に通行税、マーテル協会からの献金…ディザイアンに渡した金は、もうどれだけの金額になっただろうか。

 

妻のクララが悪魔の種子を受け付けられて5年間。

町民の知らない水面下での行為は、まだ実を結ばない。

薬はいまだもらえないままだ。

すなわち、クララが人間の姿にいつ戻るかも分からない。

 

(本当に薬はあるのだろうか。

いや、諦めるな。

きっと、もうすぐだ。

だが、どうにかして多額の金を渡して早く薬をもらうことは出来ないだろうか)

 

ドアは、旅業の料金を底上げすることを考える。

関所の向こう側、遺跡の町・アスカードへのツアーは地味に人気がある。

アスカードは、人口に比べて宿泊施設の多い町だ。

一泊してからパルマコスタに帰るツアーを組んでいることも要因となっている。

要するに、アスカードで宿泊業を営む管理者とドアは関係を結んでいる。

 

ツアーに組まれた宿泊施設側は、売り上げの一部を総督府へ渡している。

つまりは、金がドアの懐に入り込む。

高級宿ほど手に入る金額も大きくなるが、段々中級宿の利用者が増えてきていた。

ドア自身、その理由は分かっていた。

 

引き上げた住民税によって、消費者の節約志向が高まっているためだ。

横流しの金も比例して少なくなる。

このままでは、クララの姿が戻るまであと何年かかるか分からない。

ドアは旅業の料金の底上げしか考えられなかったが、ますます悪循環になることも分かっている。

 

(どうすればいいんだ。

どうすれば…)

 

ドアは、普段通り解決策を見いだせないまま公務を終え、今日もクララの元へ行き殺されるものと思っていた。

だが、この日は違った。

 

「失礼します」

 

頭を抱えていたドアは、不意にかけられた声によって思考を中断する。

見ると、総督府のドアが開いており中からひょっこりと顔を覗かせる者がいた。

栗色の髪と少しきつめの目つきが印象的な女性だった。

ドアは、席を立つと扉を開きに向かう。

女性に挨拶をして中に招き入れた。

 

「すまない、仕事に夢中になっていた。

私はこの街の総督を務めるドアだ。

君は初めて見る顔だが、どんな用件だろうか」

 

ドアは、落ち着いた格好をした女性を見ながら質問した。

女性は、片手を差し出した。

挨拶のつもりらしい。

ドアも手を差し出して握手に応じる。

 

「初めまして、ドア総督。

わたくし、クロドレと申します。

総督の秘書の募集を目にしたので、総督府へと来た次第なんです。

本日は、どうぞ宜しくお願い致します」

 

ドアは、そんな応募をかけていただろうかと不思議に思う。

急に、握られた手から何かが伝わってくる感触があった。

すると、確かに秘書の募集をかけたことを思い出したのだ。

忙しいからと兵に張り紙をしてもらったのに、何故忘れていたのだろうか。

 

(疲れがたまっているせいだろうか。

いかんな…)

 

ドアは、簡単に面接をした。

クロドレの経歴や言動には、怪しい所も見られなかったので即採用した。

秘書に求めるのは、負担となっていた雑務をこなすことである。

正直、ドアは今すぐに猫の手も借りたい気持ちであった。

彼女からは、明日から出勤したいとの要望があったのでドアにとっては願ったり叶ったりであった。

 

ドアは、クロドレが総督府を出て扉を閉める様子を見送る。

考えるのは、彼女の発した『明日』という言葉であった。

明日とは、ドアにとって異なる今日に過ぎない。

朝になれば、クロドレがいない可能性があるのだ。

 

(だが…今までなかったことが起き始めている。

私はこの日々を終わらせられるのか…!?)

 

期待と不安が混じりつつも、藁にもすがる思いで明日を迎えようと決意したドアであった。

ただし、目的は新しい一日を迎えるだけでない。

クララを人間の姿に戻すことだ。

明日が全く異なる今日でも、金についての悩みを解決したい気持ちでいた。

連鎖から抜けられた後にも、資金調達の手段は知っておきたい。

薬だけは、どうしても諦められない。

やはり、ドアは妻を愛していた。

 

 

○○

 

 

1日の公務を終えて、今日も地下室へと足を運ぶドア。

3つ並ぶ牢屋の一番奥に行き、柵にかけられた白い布を取り外す。

そこには、何度も目にする変わり果てた妻の姿があった。

エクスフィギュアと化した彼女は、まるドアをで待っていたかのように柵を前にして立っていた。

うねうねと身体を動かしながら、暴れる様子もなくドアと向かい合う。

そんな様子の妻に声をかける。

 

「もうすぐだからな。

すぐに元に戻す薬を持ってくる。

あと少しだけ、どうか耐えてくれ。

クララ…」

 

言い終わると、わき腹に激痛が走り倒れるドア。

血が石床にあふれ出てくる。

顔を動かし見上げると、冷たい目をしたキリアがいた。

ドアは一度、エクスフィギュアと化したクララを見る。

脳裏に浮かぶのは、クララと過ごした日々だった。

 

―若い頃、クララに声をかけて関係を始めたこと。

―結婚の申し込みをしたこと。

―娘が生まれた喜びを共に分かち合ったこと。

―家族で食卓を囲んだ何気ない日常のこと。

 

ドアにとって、幸せな思い出だった。

今、その思い出は千切れた紙のようにバラバラとなっている。

あの日々を取り戻したくて、愛する妻を救おうとしている。

だが、どうしてもうまくいかない。

千切れた紙は、かき集めようとしても元には戻らない。

次にドアは、冷たい目で見下ろすキリアを見た。

娘に何度も言い聞かした言葉をドアは思い出す。

 

(クララの姿を戻すと言い切って、もう5年か。

キリア…。

張りぼての言葉を吐き続けた私のことは、恨んでも構わない。

だが、嘘をついたつもりはないんだ。

どんな手段を使ってでも、クララの姿を元に戻してお前に合わせたい気持ちも…)

 

再び、ドアの意識が遠のいていった。

 

 

〇〇

 

 

「おはようございます、総督。

本日からよろしくお願いいたします」

 

朝が始まったばかりの総督府で、クロドレから丁寧な挨拶を受けてドアは内心驚いた。

昨日の今日と、新しい今日が繋がっているからだ。

やはり今までとは何かが違う。

確信するだけの現象がドアの目の前で起きている。

ドアは、内心の動揺を表に出さないようにしつつ挨拶に応えた。

 

出勤初日ということもあり、ドアはひとまず自分と同伴して仕事に慣れてもらおうと考えた。

朝のスケジュール確認を皆でおこなう。

今日は、総督府への来客対応から始まった。

応接室で、マーテル教会の司祭と世間話をする。

 

このとき、クロドレは手際よくお茶を用意してくれた。

司祭も笑顔で彼女へ礼を言う。

クロドレは、お辞儀して対応する。

ドアは献金についての打ち合わせをしつつ、司祭との話を終えた。

司祭が帰ったのちに、ドアはクロドレに礼を言う。

 

「手際が良かったな。

感謝する。

少し休憩時間が取れるからゆっくりしていくといい」

 

彼女は、胸に手を当てて息を吐きだす。

 

「緊張しましたが、何とかなって良かったです。

総督は、お茶を飲んでゆっくりしていってください。

私は、表で掃除をしてきますね」

 

ドアは、無理をしないでいい伝えたがクロドレは笑顔で対応する。

 

「掃除をしながら、朝の仕事を頭の中で整理したいのでお気になさらないでください。

時間になったらすぐに戻ってきます」

 

言うと、応接室を出ていくクロドレ。

彼女の真面目な仕事ぶりにドアは感心した。

ドアは、クロドレの言う通りソファに座り休憩を取る。

正直、疲れもたまっており座っていたかった。

有難く、彼女の優しさに甘えることにした。

 

だが、お茶を飲みながら思考するのは、妻の事だった。

先ほどの祭司との話を思い出す。

マーテル教会からの献金を一度増やせないか交渉してみたが、そもそもが高い献金をもらっているため司祭は首を縦に振らなかった。

ドアは悩む。

やはり、税金か料金の引き上げしかないだろうかと思っていた。

 

「きゃぁっ!!」

 

クロドレの悲鳴を聞いたドアは、心臓の鼓動が跳ね上がった。

背中に嫌な汗をかいているのが分かる。

悲鳴が聞こえたのは、”地下室”の方だったからだ。

急いで応接室を出るドア。

 

「衛兵!衛兵!!

いないのか!?」

 

地下室への入り口には、兵を立たせていたはずだが何故だか見当たらない。

ドアの頭の中には、嫌な考えがどんどん湧いてくる。

急いで、地下への階段を降りていく。

階段を降り切り、部屋を見ると奥の牢屋の前で座り込むクロドレがいた。

牢屋にかけられた白い布は、石床に落ちていた。

 

「クロドレ!

見るな!

すぐこっちに来るんだ!!」

 

声に気づきクロドレは視線を向けるが、腰を抜かしたのか首を左右に振って意思表示をする。

ドアは、奥の牢屋とクロドレの間に立つ。

背中をクロドレに向ける。

視界に入るのは、異形の者と化した妻の姿であった。

事情を察するに、十分すぎる状況である。

 

「大丈夫だ。

彼女は何もしない。

…立てるか」

「は…はい」

 

ドアは、クロドレに肩を貸して地下室の上へと歩いていった。

 

 

〇〇

 

 

応接室のソファに座り、ドアの用意した紅茶を飲むクロドレ。

少しばかり落ち着いたように見えた。

クロドレはソーサラーにカップを置くと、ジッとドアのことを見る。

ドアは、いたたまれない気持ちになり目を背ける。

 

目を背けたのちにドアが考えるのは、クロドレをどうするかということ一点ばかりであった。

このまま地下室に異形の者を牢屋に入れていることがバレれば、町民から何らかの疑いの目を向けられるのは間違いない。

総督としての信頼を失えば、辞任を訴えるデモが起きる可能性も出てくる。

そうなると、二度と薬は手に入らなくなるだろう。

 

彼女を辞めさせるか、はたまた金を握らせた者に亡き者にしてもらうか。

前者は非難の目で見られるだろうが、まだ言葉と書類で済む。

後者は暴力的な行為を必要とする。

クロドレの動かない姿が頭をよぎり、ドアはゾッとする。

人を殺めて喜ぶような人間ではないからだ。

 

(だが…もしクララが人の姿に戻る手段を失うのならば…。

私は…)

 

自然と拳に力が入る。

俯いて静かに決心しようとしていたドアにクロドレから声がかかる。

 

「大事な方なんですか?」

 

意外な言葉を聞いて、ドアはすぐに返事をすることが出来なかった。

ゆっくりと顔を上げて、彼女の顔を見る。

クロドレの目は、非難のものではなく真実を知りたがる澄んだ目をしていた。

一度視線を逸らし、再び彼女の事を見る。

クロドレから再び言葉をかけられる。

 

「私はあの状態の者を知っています。

噂でしか聞いたことがなかったのですが…」

 

クロドレは、カップに視線を落とす。

何かを思い出す様子にも見て取れた。

 

「総督は、あの方の存在を知っておいでのようですね。

被害が町民へ及ばないように隔離しているようですが、私にはそれ以外の考えも浮かびました。

こう言っては失礼だとは思いますが…町民よりもあの牢屋の方を大事にしているように思えたのです。

牢の中はきれいに見えましたし、総督が私とあの方の間に立ったとき…。

余韻を浸したまま振り返る総督の目には、深い『愛』があるように思えました」

 

クロドレは言いよどむことなく話していた。

ドアは、彼女の言葉を聞いて逃げ道の無いような感覚になる。

クロドレの言葉は、クララを恐ろしく思う感情など一切にじませないものだった。

むしろ包容力のある優しさすら感じる。

最早、慈愛と言ってもいい。

ドアの中で、彼女をどうにかする選択肢が薄れつつある。

拳の力もいつの間にか抜けていた。

ドアから言葉が漏れ出た。

 

「…妻だ」

 

ドアは、正直に話した。

5年前のきっかけも、今の境遇も、抱えた気持ちも全て話した。

止めることが出来なかった。

言い終わると、力が抜けたのか応接室の床に膝をついて頭を垂れる。

話したことで、5年間抱えていた気持ちが一気に抜け出たようだった。

少しの間、室内を沈黙が満たしていた。

 

クロドレの座るソファから、元の位置に戻る時に発するような軋む音がした。

床のカーペットの上を歩く音がする。

今度は音がピタリと止んだ。

そのあと、ドアの手に温かいものが触れた。

 

ドアが見ると、クロドレが彼の手に自身の手を重ねていたのが分かった。

彼女の口が開いて言葉が発せられる。

 

「総督…私、総督のお役に立ちたいのです。

先程のことは、誰にも話しません。

お金に困っているのならば、少々汚い手段をもってしてでも手に入れましょう。

奥様の姿を…必ず元に戻しましょう」

 

ドアにとって彼女の言葉は力強く頼りがいのあるものに感じられた。

そんな頼りがいのあるクロドレが続けて話す。

 

「私に考えがあります。

少しお時間をください。

今日中に話をまとめてしまいましょう。

いいですね?」

 

ドアは、手の甲から何かが流れてくるような感覚があった。

だが、手のひらを振り払う気持ちにはなれなかった。

クロドレの言葉を信じる思いがそうさせたのかもしれない。

ドアは、彼女の言葉に対し頷いて了承した。

 

 

○○

 

 

外出していたクロドレが戻ってくる頃には、もうお昼を過ぎていた。

前もって彼女から言われていたこともあり、ドアは応接室で自炊のお弁当を食べ終えて布へ包む最中だった。

応接室の扉が3回ノックされる。

ドアは入るように促す。

ガチャリと扉が開かれると、クロドレが入室する。

 

「遅くなり申し訳ございません。

先程の話の続きをしたいのですけど、構いませんか?」

 

クロドレは、ドアがお昼を済ませたことを目視で確認すると尋ねた。

ドアは大丈夫であることを伝える。

返事を聞いた彼女は、応接室の扉へ顔を向けて誰かに呼びかけた。

扉の向こうから男の返事が聞こえると、入室してくる。

恰幅の良いモヒカンのような髪型をした男だった。

 

「話はそこの秘書から聞いたぜ。

金を集めたいんだってな。

良ければ力になるぜ、ドアの旦那」

 

ドアは目の前の男を訝しむ。

男も昨日までのクロドレ同様見ない顔だったからだ。

そもそもクロドレはどこまで話したのだろうか。

ドアはちらりと彼女を見るが、ウインクで返してくる。

後で聞くほかないと判断した。

再び男の方を見る。

疑わしく思う視線を感じたようで、男は口を開いた。

 

「そんな目で見ないでくれよ。

俺はあんたの力になりたいんだからよ。

ちょいと話をしたいだけだ。

もちろん、俺にとっても利益のある内容なんだがな」

 

男は、胸の前で両の手のひらをドアに向けて敵意の無いことを意思表示する。

ドアは、男の行動動機が全てドアのためでないことを聞いて少しだけ信用しようかと考える。

慈善家、博愛主義、人類みな愛すべき者などと、のたまっていたらすぐにでも追い出していた所だ。

透き通る水のような言葉を吐くにしては、男の目は濁りが入っていて似合わないためだ。

むしろ、今のドアと近いタイプと見ていい男であった。

目的のためなら他者を利用できるような…。

そのため、前もって利己的な手段であると情報を開示する分、ある程度は話を聞いてもいいかもしれないとドアは判断した。

ドアが男へソファに着くように促す。

男は促されるまま、着席する。

 

「おっと、すまねぇな。

名乗るのが遅れてしまった。

俺の名はヴァーリだ。

今後ともよろしく頼むぜ、ドアの旦那」

 

ヴァーリは、濁りの入った目によく似合うほくそ笑むような笑い方をした。

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